専守島の続きというか、遡った数日前のお話。
学園列島での学園同士の戦いが始まってXX年…
その小さな列島の、小さな島へと向かう航路上…夕闇の迫る海を進む輸送船艇の甲板上に人影があった。
軍刀を腰に帯び、女子学生服の上に旧日本陸軍士官服の上衣を羽織って、漆黒のストレートヘアーを海風に靡かせているその少女。
その少女は学生であり、兵士である。
小さな体でクラスメートを守り、小さな体でこの島を守る。
その少女の名は、真島美緒。
十一連学園 神風特別対戦車隊に所属する、通称で言われるところの「魔法少女」である。
八月十日 専守島近海沿岸部 夕刻
輸送船「ときつ丸」は十一連学園への補給物資を満載し、島へと向かっていた。
物資の主な内容は小銃や機関銃といった装備と弾薬、車両類の燃料の他、島で自前調達できない部類の食料品・嗜好品等である。
この補給は十一連学園にとっては生命線であり、何を置いても最優先とされるべき重要な事項である。
真島美緒は生徒会長の直接命令によって輸送船の護衛任務に就いていた。
十一連学園には数隻の海防艦があるが、沿岸と港湾防衛に手を取られて輸送船の護衛まで回らない、というか、数が足らない。
若鶴学園との交戦規定条約によって、日没後の戦闘行為は双方とも禁じられていたが、日没ギリギリを狙って奇襲を仕掛けてくることも度々あった。
暗くなって周囲の視認がやや困難になってくるこの時間帯は最も危険だ。
故に、美緒は特に警戒を強めて、島の北側、若鶴学園側の海に目を凝らしている。
島影から若鶴学園の駆逐艦がいつ姿を現さないとも限らない。
日が完全に没するまでは、安心することが出来なかった。
美緒の羽織る上衣の背中には「十一連学園 士魂」の文字が綺麗に刺繍されている。
彼女はその刺繍があまり好きではなかった。
背中に文字を入れるというのがこっぱずかしかったからだ。
発想が、いかにも「粋」を好むような格好付けたがりの男子学生っぽくて嫌だ。
美緒は個人的には珍走団っぽい、と評したりもする。
しかし、この士官服は美緒が十一連学園の生徒会長から直接譲り受けたものだった。
よく見れば刺繍は解れかかっている箇所があり、袖なんかも多少ほころびたり穴が開きかけている。
要するに、お古である。
美緒はこれを、生徒会長が捨てるというのを勿体無いから、という理由で強引に譲ってもらったのだった。
実を言えば、別に物がお古でも、趣味にあって無くても、貰えれば何でも良かったのだ。
密かに敬愛している生徒会長のお下がり、と思えば解れもほころびも愛しく思えてくるし、背中の文字も背負えば誇らしく思える。
重要なのは、生徒会長がこれを着ていたと言う事であり、それを自分にくれたという事なのだった。
美緒的には士気+20・体力+100・気力+200・運動力+100ぐらいの効果があると信仰している。
そして、生徒会長は新しい上衣を使用している。
つまり、このお下がりを着ている限り、美緒は生徒会長とペアルックになるわけだった。
「そして何よりも……生徒会長の匂いがする」
それだけ聞くと聞きようによっては変態である。
まあ…本人が幸せに浸っているのだから、そっとして置いてやるのが優しさというものだ。
その幸せが、美緒が学生兵士として戦っていくのに重要な拠り所だった。
美緒は生徒会長のためならば、いつ戦死しても悔いはないと考えている。
彼女は望んで魔法少女になったわけではない。(もっとも、望めば魔法少女になれるという物ではないが)
たまたま魔法少女になる適性を持っていたために、選ばれただけだった。
本来の真島美緒は、「小銃を持って撃ち合いするのは怖いから」という理由で後方職種を志望する様な、非積極的で臆病な少女である。
戦うことはおろか、ちょっとの怪我でも怖いし、嫌だ。
怪我をするくらいなら戦いたくないし、できれば学生兵士なんてやりたくない。
魔法少女となって神風特別対戦車隊に配属された時は、いっそのこと、島から逃げ出したいと本気で思った。
任命式の日、美緒はこれからの不安と戦わなければいけない、戦いに行かされるのだという絶望と極度の緊張で、壇上で倒れそうになった。
そんな彼女の体をすんでのところで受け止め、支えて失態を晒さないように助けたのは生徒会長だった。
生徒会長は美緒に囁いた。
「そんなに怖いなら、戦わなくてもいい。 ただし、倒れるな。 怖がっているところを顔には出すな。 心が折れてしまうからだ。
どんなに怖くても逃げ出したくても、それを他人に知られてはいけない。 逆にそんな時ほど胸を張って堂々としていろ。
そうだな、いっそ、嘘つきになれ。 嘘は大きければ大きいほどいい。 自分は勇敢に戦い、敵を撃滅するってみんなの前で大法螺を吹け。
敵に対してもそうするんだ。 魔法少女とは、嘘だ。 誰もが心に抱く幻想、御伽噺だ。 君が嘘をつけば味方は鼓舞され、敵は恐れをなして逃げ惑う。
敵も味方も等しく心に抱いている幻想が、君の声によって現実化する。 それが君の魔法だ。」
美緒は、その言葉どおりにした。 できるだけ勇敢な嘘をついた。
すると、嘘が現実化したかのように、彼女の心から恐怖も絶望も無くなった。
戦うこと、傷つくことへの恐ろしさは無くなり、内気な少女は冷徹で勇敢に、戦場を駆け回り味方に希望を、敵には恐怖を与える魔法少女となっていた。
美緒は、その日以来生徒会長に心酔した。
生徒会長は美緒にとって希望を与えてくれた救い主であり、今の自分を造った生みの親、育ての親のようなものだった。
自分がこうしてここに立っていられるのも、戦えるのも、生徒会長があの日助けてくれたからだ、と思っている。
そして、その時の言葉を思い出すたび、美緒は自分の頬が熱を持つのを自覚するのだった。
そうこうしているうちに船は何事もなく島へと到着するかに思えた。
その期待が裏切られたのは見張り員の「敵影ー! 船首方向! 駆逐艦だ!!」の声と、警報のサイレンが同時に鳴り響いた時だった。
何処からか現れたものか、船の進行方向、島のシルエットと重なるようにして若鶴学園の校章を掲げた駆逐艦が航路に割り込む形で進路をふさごうとしている。
艦影から、7U型駆逐艦をベースにした若鶴学園の駆逐艦だと認識できた。
「見張り員はどこを見ていたの!? こんな距離まで気がつかないなんて…」
罵る言葉を上げる間に駆逐艦の主砲が火を噴き、至近距離の海面に着弾して水柱が上がる。
直撃すればこんな輸送船、一撃で轟沈するだろう。
振り切って味方の制海域に逃げ込むだけの足はこちらになく、日没まで逃げ切るのも不可能だろう。
ならば、彼女がやるしかない。
そもそも美緒はこの時のために輸送船に同乗しているのだった。
不敵に笑って、美緒は女子学生服の胸元の校章、「士」の一文字をそっと撫でた。
数歩後ろに下がって、助走距離を取る。
乗組員たちの交わす叫び声も、着弾する水柱の轟音も、揺れる甲板も、意識から既に排除された。
「会長、力をください。 私に、貴方の望む勝利をもたらす力を……」
美緒は、自らの行使する「魔法」の発動を促す詠唱に入った。
私は悲しみを絶望を打ち砕くために鍛えられし一振りの刀、ただの少女から生まれ、恋を歌う一人の乙女!
私の心はあの人のために! 私の全身全霊、ただ一人のために!
我はその力の執行者として魔法を行使する! 出撃せよ 魔法少女 美緒!!
叫ぶように詠う文句と共に、美緒は甲板を疾走し、跳躍した。
その時既に彼女の「変身」は完了している。
たった一つの嘘をついて、少女は分子を詐欺に、電子をペテンにかけ、粒子を手玉にとって、幻想をそこに顕現させる。
あらゆる物理法則を騙しきり、捻じ曲げて、敵味方の幻想しうる「魔法少女」の姿を現実化させる。
それが美緒がたったひとつだけ使える、最強にして最高の魔法である。
空中にある真島美緒は、姿こそなんら変わりは無いが先ほどまでの美緒ではなくなっている。
輸送船と駆逐艦の間にある海を、距離を、空間を飛翔し、自在に動き回り、急降下爆撃機のように駆逐艦へと強襲した。
12.7ミリ連装対空機銃と高角砲が美緒を迎撃せんと弾幕を浴びせるが、木の葉のように急旋回、急上昇、急下降を不規則に繰り返し、美緒は駆逐艦の艦首甲板上に着地。
膝を折り曲げた屈伸状態の姿勢から、軍刀を居あい抜きの型で抜刀、130 mm単装砲を砲塔ごと切り裂く。
火花を上げ、分断される砲塔をかえりみることなく、そのまま甲板上を疾走して次々と機銃・砲や魚雷発射管を軍刀で破壊していった。
軍刀は鋼鉄の艦体を紙切れのように易々と切り裂き、マストや煙突さえ巻き藁を切るように解体されてゆく駆逐艦の乗員は声にならない悲鳴を上げて逃げ惑う。
何人かは夕闇の迫る海へと飛び込んで行く者もあった。
「このまま艦ごと全部3枚おろしに解体して沈めてしまってもいいけれど……過剰な殺生は好きじゃないから、機関部だけ破壊させてもらう」
美緒がそう言って軍刀を構えなおした時、はるか背後で轟音とともに赤い火柱と閃光が上がり、驚愕して振り向いたその先には輸送船が轟沈してゆく姿があった。
駆逐艦は制圧したはず、なぜ輸送船が、と信じられない光景に表情の固まる美緒。
そして輸送船の上空には光の尾を引いて飛翔する小さな物体があった。
「残念、駆逐艦は囮なのでした。 本命は私」
その飛翔体は飛行機にしてはやけにシルエットが小さかったため、攻撃機や爆撃機の類ではなかった。
なにより若鶴学園は航空機の類を装備・運用していない。
専守島において、航空戦力と言えるものは唯一つ……飛行系統の魔法を使える魔法少女のみである。
そして、その飛行航跡のクセと、声に美緒は覚えがあった。
「上沢・ナスターシャ・詩穂乃。 たかが輸送船一つ沈めるのに貴女を投入するなんて、若鶴もだいぶ情勢が逼迫している様子ね?」
「真島美織。 たかが輸送船一つで生き死にが決まってしまう十一連よりは我が校は困窮してないのでした。
それと、同志藤原・ヴァーリャ・ナジエンコフがずいぶんお世話になったよね。 ついでなので借りを返しにきたのでした」
空中の上沢詩穂乃と、駆逐艦上の美緒。 上下の視線が交差し、見えない火花を散らして激突する。
金属部品を組み合わせて作られた箒らしきものに跨る、若鶴学園の機動攻撃隊に所属する彼女らは、十一連学園の魔法少女たちにとって仇敵であった。
その関係はちょうどそれぞれの部隊の性質と、優劣の差も加わって戦車部隊と対地攻撃に似た状態になっている。
輸送船を撃破された美緒に対し、十一連の補給を断つという目標を達成した上沢詩穂乃の表情には余裕が見られた。
ただし駆逐艦一隻を犠牲にしたのだ、という事は微塵も気にしていないようだ。
「さーて、もうすぐ日没で休戦なのでしたが、お前を始末する絶好のチャンスを逃すわけもないので…スクラップ同然の艦と一緒に海の藻屑になっちゃうといいのです
駆逐艦の艦長以下乗員に警告ー、死にたく無かったらさっさと退艦したほうがいいのでした」
そう宣言すると上沢詩穂乃は右手で金属箒の柄を握ったまま、左手を駆逐艦へと向けた。
箒の後部に装着されたターボシャフトのような謎の部品が高速で作動しだすと同時に、向けた左手に光が灯る。
光は渦を巻いて電子回路図にも似た魔方陣を描き出し、マナを凝集させて輝きを増していく…
右往左往する駆逐艦の乗員たち、中には「正気か!?」と空に向かって罵倒の叫びを上げるものもいる。
しかし上沢詩穂乃はそれらに構うことなく、魔法を完成、発動。
次の瞬間、轟音を伴って上沢詩穂乃の左手より極太のレーザーが放射され、それは駆逐艦の船体を穿った。
着弾時の衝撃波で大きく揺れ、船体が徐々に傾いてゆくゆく駆逐艦。 救命ボートを下ろす暇さえ与えられず海へ投げ出されてゆく乗員たち。
急速に斜めになり始めた甲板の上で、美緒は歯軋りをした。
「なんて人…自分の味方ごと沈めるなんて」
「代わりに十一連学園の魔法少女一人を葬る事ができるのでした。 安い出費です。 お前たちは私たちほどは高度をとって飛べないのは判りきってるので、
これほど確実な始末の仕方もないのでした。 それじゃあ、溺れ死んでゆくのを見物させてもらいます」
そういって上沢詩穂乃は嬉しそうに笑う。
上空に留まり、本当に見物を決め込むようだ。
一方、美緒は短距離低高度の飛翔は可能だが、一定高度以上での飛行と長時間飛行はできない。
十一連学園に所属する他の3人の魔法少女も同様で、それ故に彼女らは若鶴学園の魔法少女に苦戦を強いられていた。
しかし、同時に若鶴の魔法少女の幾人かを屠ってきたのも、また十一連の魔法少女たちなのである。
美緒は甲板を艦首方向に向かって走ると軍刀をふるい、自分が切断した砲塔の残骸に向かって、マナを凝集させた切っ先を付きいれる。
砲塔内部に、軍刀に帯びさせていたマナを開放、注ぎ込む。
破壊エネルギーの奔流となったマナは砲塔内部に残されていた主砲弾の弾薬に引火、そして巻き起こる爆発に甲板上の美緒の体が巻き込まれる。
「自爆っ!?」
目を見開いた上沢詩穂乃だが、次の瞬間にはより一層目を見開いて驚愕することになる。
爆風によって吹き飛ばされた美緒の体が、上空へと飛び上がっていた。
制服と上衣のあちこちに引火した小さな火と焦げ跡を纏わり付かせ、甲板構造物の破片とともに、宙を待っていた。
それでわずかに、上沢詩穂乃の滞空する高度に届かない。 しかし、美緒はそこで自身の飛翔魔法を発動させた。
上方へ、ただひたすらに上方へ向けて急加速する少女の身体。
爆風に身体を晒し、自ら吹き飛ばされることで稼いだ高度と飛距離、そして飛翔魔法の推力が加わり…
「そん…な……反則技も……いいとこ…なのです……」
「裏技ぐらい使わなくちゃ、貴女たちには勝てない。 スペックで不利なら知恵で勝負でしょ?」
軍刀の刀身が深々と、少女の胸に鍔元まで刺さり、呆然と、まだ信じられないという風にそれを見つめる上沢詩穂乃。
口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと軍刀を引き抜いてゆく美緒。
上沢詩穂乃は胸からとめどなく流れる赤い血を抑えようともせず、悔しげに表情を歪め、そして、笑った。
「ああ、同士藤原の仇は討てなかったのでした……」
上沢詩穂乃の金属箒が機関停止し、飛翔魔法が解除される。
同時に、美緒の飛翔魔法も高度を維持するだけの推力が足りなくなり、ゆっくりと重力に引かれてゆく。
滞空する二人の少女の身体が離れてゆき、そして、二人とも金色に染まる海面へと落下して行った。
日没を迎えた海は暗く、美緒は輸送船や駆逐艦の残骸等と共に波間に揺られていた。
全身脱力したように身体が動かない。 勝つ方法がアレしかなかったとはいえ、少々無謀な行動をしすぎたようだ。
海図上の現在地点はそれほど沖ではなく、潮の流れはそんなに早くは無い。
運が向けばそのうち、十一連学園の海防艦が捜索に来てくれることだろう。
「戦闘には勝利、敵の損害、駆逐艦1、魔法少女1…味方損害、輸送艦および補給物資…護衛任務は失敗…会長に、なんて顔で報告すればいいのかな…?」
遠く、波の音の向こうに聞こえるエンジン音と探照灯の光がこちらへやってくるのを待ちながら、美緒は力なくそう呟いた。
(終わり)