1 :
名無し三等兵 :
2007/03/09(金) 23:46:43 ID:??? 普段は知っていても役に立たない軍事情報のなかでも、
さらにしょうもない知識を披露するスレです。
例えば…
日本戦車の燃費
八九式中戦車(甲) 0.64km/l
八九式中戦車(乙) 1.00km/l
九七式中戦車 0.85km/l
九七式中戦車改 0.85km/l
一式中戦車 0.64km/l
三式中戦車 0.64km/l
四式中戦車 0.63km/l
こんな感じで。
【前スレ】
しょうもない知識を披露するスレ 第11幕
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/army/1153130204/
2 :
名無し三等兵 :2007/03/09(金) 23:48:06 ID:U+OErTQb
2
3 :
名無し三等兵 :2007/03/09(金) 23:58:27 ID:???
>>1乙
4 :
名無し三等兵 :2007/03/10(土) 05:31:42 ID:oQ7Q3rle
そっか
5 :
名無し三等兵 :2007/03/10(土) 17:51:02 ID:???
米海軍最初の重巡ペンサコラ級は重装備が過ぎて防御が弱く、このため 艦隊からは「Tinclad(ブリキ艦)」と酷評された。 なお防御力の弱さ、復元性能の低さや居住性の悪さ、散布界の拡大など、 条約時代の日米重巡はどちらも似たような弱点を抱えている。
6 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 14:59:31 ID:???
>>1 乙ッス。
戦争中にまかれたビラのお話を三題ほど。
その1
米軍が戦時急造でドイツの占領地にばら撒いたリベレーター拳銃。
とにかく数をそろえることを優先したので、銃としての能力は、「こいつで撃って無力化したら、
そいつの武器を奪って使え」というレベル。これにイギリスが別の利用方法を考えついた。
リベレーターには本体と一緒に一枚紙のマニュアルが付属しているのだが、このマニュアルだけ
大量にばらまき、「前線から離れても安全じゃないよ……」とドイツ兵を不安がらせていた。
7 :
6 :2007/03/11(日) 15:01:16 ID:???
その2 またイギリス軍。ドイツ軍が前線将兵に配る『売春宿の案内書(割引券付き)』をコピーして ドイツ国内の都市にばらまき、「旦那さんや息子さんは異国でお楽しみですよ?」と ドメスティックな嫌がらせをしていた。 その3 太平洋戦争中の話。 日本軍、米軍ともに、相手の占領地に宣伝ビラを撒くことがあったのだが、その中に、 エロ写真に 『あなたの妻や恋人は、あなたがいない故郷でこんなことをしてるかも(意訳)』 というコメントをつけたものがあった。 不安を煽って兵士の戦意を下げるのが目的だったようだが、戦後関係者に取材してみると、 日米とも「目の保養」にしかならなかったらしい。不安に思うどころか「新作」を期待して、 相手がビラを撒くのを待っていたとか。
8 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 15:16:29 ID:???
山本七平 in ジャングル 「内地の新聞のコピーや投降の勧告ビラは、字に飢えていた時だけに 楽しみだったし、なにより紙として大変重宝した」
1937年以降、節約をして前線兵士に慰問袋を送る運動を政府が提唱し始めた。 国防婦人会は、概ね会員の手で慰問袋を調製したり、軍からの依頼で調製作業を奉仕したが、 愛国婦人会は、資金提供が主で、慰問袋は商人によって調製された。 その平均は、1円程度だが、1938年7月の三越の広告では、5円、4円、3円のセット販売をしたり している。 ちなみに、慰問袋に入れられた雑誌の双璧は、「キング」と「日の出」だが、中には「主婦之友」 などと言う婦人雑誌を入れたケースもあったりする。
10 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 18:11:00 ID:???
女学生本人の写真なんかも入っていたらオナヌー用か
11 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 20:22:30 ID:???
>>9 何でもありエンタメ雑誌である「キング」「日の出」だったらいい気晴らしにもなったろうが
前線で「主婦之友」を読まされるというのもなあ・・・
米軍側でのオナペットNo.1は
セクシー女優のベティ・グレイブルの水着写真だったとか聞いたことがある
12 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 20:27:58 ID:???
第二次大戦時の米兵の罹病率トップは性病で二位の赤痢の実に4倍だった。
13 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 20:32:14 ID:???
だから慰安婦を連れて行けば(ryo
14 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 20:45:00 ID:???
>>13 米軍は実のところ場所によっては日本軍よりもよっぽど組織的に大規模な
慰安所を造ってるよ。
米陸軍の公式記録によると1943年に陸軍省兵站局ブラームフィールド少佐が
提出した報告書にて、調査したアフリカ、中東、インドなどで多数の慰安所
があり、特にリベリアには「女村」と呼ばれた売春婦集落(米軍から営業許可
を得た売春婦以外の女性は入れない)までわざわざ建設している。
兵士に性病が蔓延する危険を減らす為には、必要なコストと認識していたわけだな。
15 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 20:48:56 ID:???
問題は慰安所設置の有無とかではなくて、 意に反して慰安婦にさせられた人がいたのでは ないかということだろ?
16 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 20:59:29 ID:???
そりゃあ沢山いたに違いない。 2002年にILO(国際移住機構)が韓国において在韓米軍相手の慰安所にはロシアやフィリピンから騙されて連れてこられ、売春を強制させられている女性が大勢いると非難してる。 平時でもそれだから戦時になればそりゃ無数にいたことだろうよ。
戦後しばらくの間、猟銃等の装弾数には制限が無かった 豊和はM1カービンをライセンス生産して一般販売を行い、これは軽量小型でハンター達にも人気だった しかし、1965年に渋谷でライフル銃乱射事件が発生 これによって銃規制が一気に厳しくなり 民間人所有のライフルや散弾銃には装弾制限が課せられるようになってしまった ちなみに現在の法律ではマガジンへの装填数は5発
18 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 21:39:18 ID:???
>>12 アメリカの女性に対する純潔教育の発端は、
軍隊の性病罹病率の改善だと聞いたことが有る。
19 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 21:41:22 ID:???
>>15 「意に反して」が「貧乏でやむなく身売り」ってことを含むなら、世界中の売春のほとんどがそうだろ。
20 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 21:47:10 ID:???
>>19 売春するつもりが無かったのに売春させられたと言う意味に決まってるだろうが。
この程度の日本語を解釈できないお前は本当に日本人か?
21 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 21:51:54 ID:???
はいはい、それ以上は他所でやってね スレ違いですよ〜
22 :
名無し三等兵 :2007/03/11(日) 22:00:25 ID:???
じゃあしょうもない知識として第二次大戦中に米軍の算出した性病予防のための 各種器具の配布について 海外駐留兵一名につき最初のコンドーム12個(1セット) 予防消毒薬12個 これを3ヶ月分として、月平均4個を提供。 実際の配布率は月平均3個で必要量より少なめだったそうである。 このため性病が蔓延した地域にはコンドームが緊急空輸されたこともある。 そして1943年に必要な経費として 予防道具1個:0.03ドル 予防化学消毒薬1個:0.15ドル 最初の配布総額:6,480,000ドル 必要在庫総額:25,920.000ドル 配布経費:1,620,000ドル 1943年度用総額:34,020,000ドル ということだった。
アメリカ軍が集めた売春婦の愛称は 「ヴクトリー・ガール」
24 :
名無し三等兵 :2007/03/12(月) 01:43:20 ID:???
>>23 この前父方の爺様が亡くなったんだが、俺の姪は現在ビクトリーガールのバイトを不定期でしてるそうな。
つか…横須賀はそんなとこ?
25 :
名無し三等兵 :2007/03/12(月) 02:07:26 ID:???
経済の基本は『需要と供給』 つまりはそういうことです。
26 :
名無し三等兵 :2007/03/12(月) 19:30:10 ID:???
>>25 |ω・`) ビクトリーボーイの募集は無いの?
27 :
名無し三等兵 :2007/03/12(月) 20:18:52 ID:???
28 :
名無し三等兵 :2007/03/12(月) 20:28:13 ID:???
スレ違いの話題は辞めろw と言うわけでネタを一つ。 妙高型や高雄型重巡の散布界が大きく、命中率を損なっていた話は有名だが、 逆に6門艦の古鷹型の主砲の命中率が高かったと言われる事が多い。 だが昭和16年に入ると10門搭載艦の改良が進んだ結果、演習成績では 6門艦が最下位になってしまった。
29 :
名無し三等兵 :2007/03/12(月) 23:54:45 ID:???
>>28 最上型は15.5cm砲搭載時は散布界は20cm砲搭載艦よりも小さく
1回の射撃時の送弾量も20cm砲搭載艦よりも大きいので15.5cm砲から
20cm砲に換装するとき、砲術長達が残念がったという話を聞いたことが
あります。(ソースは失念;スマソ)
結局散布界の原因ってなんだたのだろう。
30 :
名無し三等兵 :2007/03/13(火) 00:03:10 ID:???
>>29 条約型重巡は、船体の大きさの割に多数の主砲を搭載しているので、
射撃の際に船体がゆがんでしまい、それで散布界が広がる、という話を読んだ記憶がある。
何の本だったかなあ。
31 :
名無し三等兵 :2007/03/13(火) 00:52:45 ID:???
>>30 >条約型重巡は、船体の大きさの割に多数の主砲を搭載しているので、
>射撃の際に船体がゆがんでしまい、
自分もその説は本で読んだことがあります。ただ最上型が散布界が比較的
小さかったらしいので余計になにが原因だったのだろうと悩んでいます。
最上型は船体も妙高型と大差ないですし、むしろ当初8500dで設計されて
いるはずなので散布界はむしろ大きくなると思ったものですから・・・。
32 :
名無し三等兵 :2007/03/13(火) 01:18:36 ID:???
最終的に砲弾同士の干渉によるものとして発砲遅延装置が開発されてある程度 効果を発揮したけど、戦時でもスラバヤ、アリューシャン、ブーゲンビルの各 海戦を見ると命中率は低いまま。 ただし米海軍も同様だから、日米の条約型巡洋艦共通の欠点と言っていい。 ちなみに米海軍ではレキシントン級空母に搭載した同じ8インチ砲が良好な命中率 を示したので、問題は砲ではなく船体にあるとみなされていた。
33 :
名無し三等兵 :2007/03/13(火) 01:45:06 ID:???
>>32 ありがとう。やっぱり船体かあ。条約型は色々制約があって無理してるから
何かしらひずみが出たんですね。今夜はゆっくり寝れそうです。
>スラバヤ
平賀譲は砲戦で戦果がでず、横槍で無理に搭載させた魚雷で戦果をあげた
ことを知ってどういう感想を抱いたでしょうね。
(´つω-`)モヤスミ-
34 :
名無し三等兵 :2007/03/13(火) 21:55:55 ID:???
1792年9月20日、ヴァルミーの戦いにおいて、フランス革命政府軍がプロイセン軍を撃退。 翌日フランス共和国成立が宣言された。 この戦いに居合わせたゲーテ氏(「賃借は友を失う」のゲーテね)は、手紙に以下のように 記した。 「我が目で一部始終を見届けたことを誠に嬉しく思います。 この重大な事件が話題になるたび、自分もささやかながらその一部であったと言えるのは 快いかぎりです」 30年後、同じ人物が同じ場面を書いた文章。 「私は当事者たる砲兵たちに呼びかけた。 『この日、ここにおいて世界史の新しい時代が始まる。諸君はその場に居たと公言できるのだ!』、と」 記憶ってのは美化されるものだなあ。 ちなみに、ゲーテ氏が戦いを見たのはプロイセン側の人間としてである。
35 :
名無し三等兵 :2007/03/13(火) 22:23:18 ID:???
>>34 >「賃借は友を失う」
のちのはんだやである
36 :
名無し三等兵 :2007/03/14(水) 00:40:06 ID:???
サイパン島降伏時の日本軍人員 ・陸軍 大尉:大場 榮 少尉:田中 徳祐 曹長:豊福 芳則 兵技伍長:安原 茂 憲兵伍長:土屋 學(降伏時の日本側軍吏) 兵長:加古 進、兒玉 一二、澤野 修一郎、吉田 一男、舛田 末勝、片山 政次 衛生兵兵長:寺尾 直正 上等兵:内藤 嘉一、草野 正三、永森 末彦、安部 英雄、鈴木 政一、松本 進、清水 百年、山寺 幸夫 一等兵:松浦 榮太郎、植坂 榮次郎、淺田 正治、小林 龜太郎、畑中 春三、末海 俊夫、増田 牧夫 二等兵:大仲 政治、山田 鐵夫 一等兵:丸山 儀一郎(降伏交渉中に負傷、先に下山) ・海軍 上等機関兵曹:廣瀬 部 上等飛行兵曹:鈴木 富久二 一等兵曹:伊藤 竹四郎、高光 義雄 二等兵曹:清水 力雄、北 友行、半場 義平 水兵長:谷本 貞夫、戸梶 洋一、秋葉 義一 機関兵長:新倉 幸雄 上等兵:内田 雅之 一等水兵:白田 寅夫 一等機関水兵:征矢 増 海軍軍属:石崎 昭明、江口 修、出羽 平治、坂井 西雄
37 :
名無し三等兵 :2007/03/14(水) 01:02:45 ID:???
まさに「数えるほど」しか生き残らなかったんだね...
38 :
名無し三等兵 :2007/03/14(水) 01:30:46 ID:???
ちなみに降伏時に保有していた兵器 軍刀:4 軽機:3 小銃:44 拳銃:8 擲弾筒:1 手榴弾:86
39 :
名無し三等兵 :2007/03/14(水) 01:38:03 ID:???
>>38 弾薬はどれくらいだったんだろう?
小銃44・手榴弾86って、拾い集めて貯めたのかしら。
40 :
名無し三等兵 :2007/03/14(水) 02:06:15 ID:???
弾薬をどうやって補給していたかは不明、軽機すべてと小銃のうち38は鹵獲品だってさ。 手元にある資料だと、そこまでしか分からん。 あと食料や医薬品などは民間人収容所内部と連絡をつけて、ある程度入手できていた。
41 :
名無し三等兵 :2007/03/14(水) 04:18:01 ID:???
これの二等兵って、大変そうだな・・・
42 :
名無し三等兵 :2007/03/14(水) 09:43:37 ID:???
・ホンダが作ったスポーツカーNSXは、オールアルミボディの為に溶接には大電力が必要とされた 既存の設備では消費電力を賄い切れない為、奮発して栃木工場内に新たに発電所を建設 ・世界で初めて市販車で最初からカーナビが搭載されたのは3ロータリーエンジンで名高いマツダ・ユーノスコスモ しかし肝心の精度はあまり良くなく、展示車で客やセールスマンが位置を動かして遊ぶ程度だったとか ・高級チェア等の家具メーカーとして有名なオカムラ製作所 実は1950年代には自動車も作っていた さらに飛行機までも生産しようと考えていた(こっちは資金の目処が立たず試作機を作ったところでボツ) ・1976年函館に亡命してきたベレンコ中尉操縦のミグ25は着陸時にオーバランをした為に前輪がパンクしていた 各所を駆けずり回って交換用タイヤを探した結果、ジープのタイヤがぴったり一致した …どちらかというと車板向けのムダ知識だな
44 :
名無し三等兵 :2007/03/16(金) 15:04:24 ID:???
しょうもない知識 軍板恒例、例の四月の祭典スレがもう立ってる・・・・。
45 :
名無し三等兵 :2007/03/16(金) 18:10:34 ID:???
どこ?
46 :
名無し三等兵 :2007/03/16(金) 18:26:57 ID:???
>>43 そういえば、MiG25をバラしたとき、自衛隊の持っている航空機用工具はインチ規格なので
メートル規格のロシア製部品には使えず、自動車用の工具を使ったとか。
47 :
名無し三等兵 :2007/03/16(金) 21:07:02 ID:???
裏山 グラマン ですか
48 :
名無し三等兵 :2007/03/16(金) 21:23:00 ID:???
学研歴史群像シリーズ「世界の重巡洋艦パーフェクトガイド」の139頁「日本海軍の重巡洋艦」 の扉を飾っているのは何故か軽巡時代の最上級の写真。
49 :
名無し三等兵 :2007/03/17(土) 20:45:06 ID:???
宝塚音楽学校の新入生はは自衛隊で体験訓練を行い 規律や礼儀などを学ぶ。
50 :
名無し三等兵 :2007/03/17(土) 21:36:45 ID:WDVm3QeS
米国のロスアラモス研究所にて、水爆の研究開発に使用されていたコンピューターは、 Matuhematical Analyzer Numerical Integrator and Computor と言い、単語の頭文字だけを読むと MANIACつまりマニアックとなって、実際にそう呼ばれた。
51 :
名無し三等兵 :2007/03/17(土) 21:41:54 ID:???
52 :
名無し三等兵 :2007/03/18(日) 03:40:52 ID:???
>>41 そうでもない。
あんまり内務班みたいな扱いをすると逃亡するから。
戦場では二等兵はたいした事できないから、重要な任務与えられない分は楽かも。
53 :
名無し三等兵 :2007/03/18(日) 16:46:58 ID:???
日本の名指揮者として高名な小澤征爾は父親の親交のあった 板垣征四郎と石原莞爾から一字ずつ貰って「征爾」と命名した
54 :
名無し三等兵 :2007/03/19(月) 03:05:51 ID:???
55 :
名無し三等兵 :2007/03/19(月) 23:36:30 ID:???
実はスペイン海軍は戦艦ビスマルクの乗員救助などで第二次大戦に関与した事がある。
画家の谷内六郎は、太平洋戦争中、相模工廠に徴用されていた。 当時、工廠では、防空兵器として阻塞気球を作ることにしたが、その水素ガスが風船爆弾とかち合い、 十分な原料が調達出来なかった。 其処で、阻塞気球の代用品として、紙製の凧を開発し、基地防空用に配備した。 但し、これには敵機がこの凧に触れた時に爆発する装置を付けるはずだったが、開発が間に合わなかった と言う。 兎も角、その凧は多数が作られ、敵機空襲時に風があれば基地上空に飛ばしたという。 プロペラにこの凧が巻き付いたら、エンジン故障を起こして墜落すると言う目論見だったらしい。 谷内六郎は、この防空凧の取扱説明書の作成を担当していた。 これは誰が読んでも使える様に、マンガ絵入り説明書だったからだ。
57 :
名無し三等兵 :2007/03/20(火) 23:42:58 ID:???
>>56 谷内六郎と凧という組み合わせはなかなか味があるが
その凧が代用兵器であったとなると
とたんに風情も何もなく貧乏たらしく思えるのは気のせいだろうか
58 :
名無し三等兵 :2007/03/21(水) 00:15:20 ID:???
せめて凧糸くらいは鋼線だったんだろうな、オイ
59 :
名無し三等兵 :2007/03/21(水) 03:28:58 ID:???
>>57 哀愁を帯びた説明書?
兵士も戦意をなくしそうだぞ。(w
60 :
名無し三等兵 :2007/03/21(水) 15:19:43 ID:???
ティーガーフィーベルとは真逆を行きそうだ。
61 :
名無し三等兵 :2007/03/21(水) 19:05:14 ID:???
英国にも”弾幕凧”ってのがあって、阻害気球が揚げられないような風が強い日に 凧を揚げるんだそうな。 ただそれには”致死的アッセンブリー”なる物がついていて、それにぶつかると 爆発物が爆発するらしい。
ジェットエンジンは実際の鳥を用いてバードストライクの試験を必ず行うが、これにはコツがあるとか。 死んで時間がたった鳥を使うと、死後硬直で硬くなってしまうため、絞めてすぐの鳥を使うそうです。 昔はエーテルで眠らせたのを生きたまま使っていたが、動物愛護の観点から殺してから使うようになったそうです。
63 :
名無し三等兵 :2007/03/22(木) 05:52:37 ID:???
ジェットエンジンは実際の鳥を用いてバードストライクの試験を必ず行うが、これにはコツがあるとか。 冷凍させた鳥を使うと、硬くなってしまうため、解凍させた鳥を使うそうです。 昔は冷凍させた鳥を使っていたが、研究設備と人命保護の観点から解凍してから使うようになったそうです。
64 :
名無し三等兵 :2007/03/22(木) 17:58:53 ID:???
日本では殆ど知られていないが、トルコ海軍は意外に強力。 EU諸国でトルコより有力な海軍を持っているのはイギリスとフランスのみ。
65 :
名無し三等兵 :2007/03/22(木) 18:00:42 ID:???
ガレー船の昔からですな〜
66 :
名無し三等兵 :2007/03/22(木) 18:26:32 ID:???
弩級艦持ってたしなぁ。 水雷艇がゴライアスを沈めてるし。
67 :
名無し三等兵 :2007/03/22(木) 20:06:38 ID:???
チリ海軍の最新鋭潜水艦シコルペヌ級二隻は同型艦だが一番艦のオヒギンズが フランスの建造、二番艦のカレラはスペインでの建造である。
68 :
名無し三等兵 :2007/03/22(木) 23:16:53 ID:???
海上自衛隊の潜水艦で最も全長が長いのは初代「くろしお(元ガトー級ミンゴ)」 の95メートル。
69 :
名無し三等兵 :2007/03/23(金) 01:20:09 ID:???
>>64 検索してみたがマジだ・・・
イタリアとスペインは空母所有している“だけ”だもな。
70 :
名無し三等兵 :2007/03/23(金) 11:12:50 ID:???
やっぱ空母ってイメージ的影響がでかいんだな
71 :
名無し三等兵 :2007/03/23(金) 23:06:47 ID:???
でも、タイにも空母あるけど、あまり強そうな感じはしないなw
72 :
名無し三等兵 :2007/03/24(土) 00:18:41 ID:???
>>70 戦前における『戦艦』もこんな感じだったんだろうな…
73 :
名無し三等兵 :2007/03/24(土) 00:33:19 ID:???
>>71 チャクリたん、この前の津波のときは活躍してたよう。
74 :
名無し三等兵 :2007/03/24(土) 00:47:26 ID:???
>>71 災害救助にはああいう船は役にたつね〜
16DDHも役立つ事を期待しよう
75 :
名無し三等兵 :2007/03/24(土) 12:30:32 ID:???
国際災害支援艦って名目でワスプ級くらいのを導入すればいいのに。 予算? なーに、ODAその他の援助予算を振り向ければなんとかなる。(w
76 :
名無し三等兵 :2007/03/24(土) 13:14:16 ID:???
wikiのコミケの項目に「ロシアから空母の売込み云々」とあるんだが マジか? 実際にしてたら民間団体が空母を所有した初の例になったわけだが…
77 :
名無し三等兵 :2007/03/24(土) 13:56:59 ID:???
規制から逃れるために公海上でイベントを行うわけですね!! なにそのフラフラ国。
78 :
名無し三等兵 :2007/03/25(日) 02:40:19 ID:???
沖縄戦での最後の神風は6月4日。 沖縄に停泊する米艦隊は、風速63メートルもの台風に遭遇し、死者六名、重傷者四名、重巡洋艦「ピッツバーグ」「ポルチモア」「ダルース」大破。空母「ホーネット」ほか三隻に大損害、 損害軽微の艦艇は二六隻、航空機の破壊・流失が七六機、損壊七〇機という被害をこうむった。
79 :
名無し三等兵 :2007/03/25(日) 08:19:35 ID:???
うむ。リアル神風の被害は甚大だな。
80 :
名無し三等兵 :2007/03/25(日) 09:48:09 ID:???
地の利と言うか何と言うか・・・。
81 :
名無し三等兵 :2007/03/25(日) 10:11:31 ID:???
台湾沖航空戦の前に、ちゃんとこういう台風が来ていれば。
82 :
名無し三等兵 :2007/03/25(日) 16:08:09 ID:???
日本の航空艦隊が地上で壊滅してて、無駄な人死には出なかったな。
83 :
名無し三等兵 :2007/03/25(日) 16:09:49 ID:???
気象衛星もなければ観測拠点も無い敵地での天気予報っていかにも難しそう・・・・・・
84 :
名無し三等兵 :2007/03/25(日) 21:10:30 ID:???
気象観測の重要性がクローズアップされたのって、 確か19世紀初めにフランス艦隊あたりが 地中海で低気圧による大嵐に巻き込まれて壊滅した事件がきっかけだったな
母方の祖父から教わったシラミ・南京虫退治のやり方 1:ズボンや上着を脱ぎ、シャツ・パンツ姿になって布団にもぐりこむ 2:しばらくして暖かくなって活動が活発になってきたら、おもむろに布団から出る 3:シャツやパンツを脱いで縫い目付近を集中的に狙ってシラミ・南京虫を潰す 4:数が多くてしぶとい場合は、衣服をタライに入れ熱湯をなみなみと注いで駆除 潰し過ぎると南京虫が吸っていた血でシャツに赤い斑点ができあがったそうな ……この文章を書いてると体が微妙に痒くなってきたぞ
86 :
名無し三等兵 :2007/03/26(月) 02:54:32 ID:???
>>85 なるほど! っとメモしそうになった自分が情けない…。
今やシラミ・蚤・南京虫なんぞ当然の如く知らん時代だしな。
雑学としてはメモるぞw。。
87 :
名無し三等兵 :2007/03/26(月) 17:32:55 ID:???
このシラミや南京虫は、人間を撒き餌にして布団から出てくるの?
88 :
名無し三等兵 :2007/03/27(火) 01:04:54 ID:???
虱は小さく、また南京虫は平たくて床や壁のちょっとしたスキマにも 潜むことができる厄介な相手だったそうな 当時の平均的な木造家屋にはスキマの類はいくらでもあった訳で、 単純なサーチ&デストロイは有効な戦術になりえなかったと 満州生まれの親父の思い出話
89 :
名無し三等兵 :2007/03/27(火) 02:43:13 ID:???
布団は干して叩くってのも、 今も役立つ理にかなった生活の知恵だよな。
90 :
名無し三等兵 :2007/03/30(金) 00:54:30 ID:???
ガタルカナル、ルソンと玉砕の戦場を渡り歩いた部隊の教訓。 負傷兵を地べたに直接寝かせると朝には地面に体温を奪われて 死んでしまうので竹で編んだ敷物を用意する事。テラカナシス....
91 :
名無し三等兵 :2007/03/30(金) 02:01:49 ID:???
そうか、南方でも夜間に冷えてしまうんだな
92 :
名無し三等兵 :2007/03/30(金) 02:20:57 ID:AXlcB9nP
水中だと体温を奪われやすいので水温28℃程度でも「凍死」できるそうで。
93 :
名無し三等兵 :2007/03/30(金) 03:48:41 ID:???
人間って体温の変化が±5℃ぐらいが生存の限界らしいからな。 米国だったかバケツアイス(5Lぐらい)の一気食いで室内で凍死したのも いたそうだし。
94 :
名無し三等兵 :2007/03/30(金) 14:26:14 ID:bS8W6GCT
>>89 叩くと表面に出てくるだけだから、叩いて取り込んだ後掃除機かけるのがベストらしいぞ
95 :
名無し三等兵 :2007/03/30(金) 14:58:11 ID:???
>>90 >>93 夏場のでもバイクで高速道路をツーリングすると2時間ほどで体が冷えてくるしね。
96 :
名無し三等兵 :2007/03/31(土) 10:25:26 ID:???
体力が落ち、薬も無い過酷な環境ではただの風邪をひいても 抵抗力がないので死んでしまう。 包囲下のスターリングラードの戦場でもドイツ兵の歩哨が 過労と栄養不足から来る心臓発作でバタバタ死んでいる。
97 :
名無し三等兵 :2007/04/01(日) 01:04:30 ID:???
>>90 昭和20年に満州に慰問に出ていたばかりにソ連侵攻に会い、
ソ連軍に抑留された藤山寛美氏の体験談。
着の身着のままで夜、野外で寝るときには、
夜中に雨が降ってきてもけして寝返りを打ったり、場所を変えたりしてはいけなかった。
身体を動かすと、自分の身体が雨よけになってできていた、貴重な乾いた地面から、
わざわざ濡れた地面に身体を動かすことになり、体温をより多く奪われる羽目になったからとか。
98 :
ハイエク読者 :2007/04/01(日) 10:08:48 ID:???
左翼は平等主義を標榜して一般大衆の平等感情に訴えるが、現実問題として需要は供給を常に上回っている 「どのような基準に基づいて」資源配分を行うかという問題が生じるが、自称インテリの左翼諸君はこの設問に答えられるかな? まぁ無理だろうけど この設問の意図を理解できぬ者が多いはずだ 答えられずに無関係なスレをあげてごまかす、あるいは無意味なレスで埋める などという対処を講じてくると予測
案の定、低レベルな印象操作と無関係なスレの連発でごまかしに走っているようだが、回答を示してみれば? ジュガシヴィリの悪行を暴くスレをたててみるのも面白いが
100 :
名無し三等兵 :2007/04/01(日) 11:28:20 ID:O9FwQxVx
100なら木内梨生奈とセックスできる。 100なら去年の天てれの魔法少女姿の木内梨生奈とセックスできる。 100なら競泳水着姿の木内梨生奈とセックスできる。 100ならメイドさんの木内梨生奈とセックスできる。 100なら秘書スーツ姿の木内梨生奈とセックスできる。 100ならブルマー姿の今の木内梨生奈とセックスできる。 100ならスクール水着姿の今の木内梨生奈とセックスできる。 100なら春麗のコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 100ならバニーのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 100ならハイレグレオタード姿の木内梨生奈とセックスできる。 100ならDOAのティナのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 100ならミスアメリカのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 100ならセーラ服のコスプレをした今の木内梨生奈とセックスできる。 100ならけっこう仮面のコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 100ならミニスカポリスのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 100ならスチュワーデスのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 100ならキュティーハニーのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 100ならモリガンのコスプレをした木内梨生奈がアナルセックスさせてくれる。 100なら不知火舞のコスプレをした木内梨生奈が俺の乳首を弄りながらフェラしてくれる。 100ならセーラー戦士のコスプレを一通りした木内梨生奈がディープキスをしながら手コキしてくれる。 100ならコギャル姿の木内梨生奈が俺のアナルを舐め、乳首を刺激しながらローション付きで手コキしてくれる。 100なら攻殻機動隊の草薙素子のコスプレをした木内梨生奈が淫言を言いながら俺の前でバイブオナニーしてくれる。 100なら透け透けピッチリ胸あきブラウスにタイトミニの女教師ルックの木内梨生奈が生姦&膣内射精させてくれる。 100なら木内梨生奈が結婚してしてくれて、四六時中、淫らなセックスで俺様に御奉仕してくれる。 そして俺様の遺伝子で木内梨生奈が孕んでくれる! 100ならJSFに法則発動 100なら空自の次期F-Xはライノ ※拒否や無効化,棄却、取り消しはできません。
気違いは巣に帰れよ
102なら
>>100 は木内梨生奈の代わりに細木数子とセックスできる。
103 :
100 :2007/04/01(日) 16:16:51 ID:SDyfotTs
103なら102は俺の変わりに細木数子、和田アキコ、デヴィ夫人と 三日三晩淫らなセックスをする
104 :
102 :2007/04/01(日) 19:14:45 ID:???
その昔の朝日新聞に「ヘッドコピー・ヘッドライン」なる企画があり、 おとぎ話に現役の朝日新聞記者が見出しをつけるものだった。 ・・・「桃太郎」を例に取ると、 「黎明の殺戮・桃太郎、鬼が島に上陸」 「『侵略ではない』桃太郎、声明発表」などなど、だったのだが、 秀逸な作品?は、桃太郎の出生の秘密をスクープ?した、 「『エッ、果実から』世界に衝撃」
発想っていうかネタが2ちゃんねる的だ
>鬼が島に上陸 読み違えたw
>>98 供給の不平等が需要に応えられていない、あるいは供給手段の独占による歪みが需要を満たせていないとするのが
マルクス主義の立場なのだから、別に矛盾はあるまい
ハイエクもいいけれど、批判する対象を正確に把握してから批判しないと誠実な批判とは言えないぞ
自分で思ってるほど別に難しいこと言って無いしw
111 :
名無し三等兵 :2007/04/02(月) 22:32:03 ID:ZSc2dndp
がんばれよ102www 111なら木内梨生奈とセックスできる。 111なら去年の天てれの魔法少女姿の木内梨生奈とセックスできる。 111なら競泳水着姿の木内梨生奈とセックスできる。 111ならメイドさんの木内梨生奈とセックスできる。 111なら秘書スーツ姿の木内梨生奈とセックスできる。 111ならブルマー姿の今の木内梨生奈とセックスできる。 111ならスクール水着姿の今の木内梨生奈とセックスできる。 111なら春麗のコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 111ならバニーのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 111ならハイレグレオタード姿の木内梨生奈とセックスできる。 111ならDOAのティナのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 111ならミスアメリカのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 111ならセーラ服のコスプレをした今の木内梨生奈とセックスできる。 111ならけっこう仮面のコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 111ならミニスカポリスのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 111ならスチュワーデスのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 111ならキュティーハニーのコスプレをした木内梨生奈とセックスできる。 111ならモリガンのコスプレをした木内梨生奈がアナルセックスさせてくれる。 111なら不知火舞のコスプレをした木内梨生奈が俺の乳首を弄りながらフェラしてくれる。 111ならセーラー戦士のコスプレを一通りした木内梨生奈がディープキスをしながら手コキしてくれる。 111ならコギャル姿の木内梨生奈が俺のアナルを舐め、乳首を刺激しながらローション付きで手コキしてくれる。 111なら攻殻機動隊の草薙素子のコスプレをした木内梨生奈が淫言を言いながら俺の前でバイブオナニーしてくれる。 111なら透け透けピッチリ胸あきブラウスにタイトミニの女教師ルックの木内梨生奈が生姦&膣内射精させてくれる。 111なら木内梨生奈が結婚してしてくれて、四六時中、淫らなセックスで俺様に御奉仕してくれる。 そして俺様の遺伝子で木内梨生奈が孕んでくれる! 111ならJSFに法則発動 111なら空自の次期F-Xはライノ ※拒否や無効化,棄却、取り消しはできません。
無視
113 :
102 :2007/04/03(火) 22:11:30 ID:???
>>111 113なら木内梨生奈の代わりに研ナオコと俺がセックスをする。
NASAが一時期、真剣になって研究していたのが、 「宇宙飛行士もヒゲを剃る、その剃ったヒゲの粉をどうやって回収するか?」 細かいヒゲの粉が無重力下で漂いだすと、 電子機器に入り込み、重大な障害を引き起こさないとも限らない。 ・・・小型のバキュームポンプで吸引する、などなど、実験を重ねた結果、 「シェービング・クリームを使い、クリームごと回収する」という、安上がりで効果的な方法に落ち着いた。
日本のパスポート、数次旅券の表紙は明るめのエンジ色だが、 発展途上国の入国管理官にかかると、共産国のそれと間違えられることがあるらしい。 なお、共産国である中国の一般旅券の表紙は紺色、公用旅券の表紙は日本のものより濃いエンジ色。
>>114 何十万ドルもかけて無重力でも使えるシェーバーを開発するんじゃないのか……。
一方、ロシアはフサフサモフモフ
いっぽうロシアは... 帰還まで伸ばし放題?
>>116 案外、NASAはけちなところがある。
確か、その過程で、ゼンマイ式のシェービングマシーンと言うやつもあったと記憶している。
ゼンマイ式というと船外活動時に公式に着用が認められてるのは、
相変わらずオメガのスピード・マスター・プロフェッショナルというゼンマイ式時計だけだな。
こいつも特注のスペシャルモデルじゃなくて市販品をテストに掛けて
選定して1960年代後半からずっと変わっていない。
その一方で、無重力状態でも使えるボールペンの開発に何十万ドルもかけるとか、
コスト意識があるんだか、ないんだかw
一方ロシアは滞在中の髭剃りをやめた(嘘)
>>119 >無重力状態でも使えるボールペンの開発に何十万ドルもかけるとか
それコピペでしか見た覚えがないから嘘だと思ってたんだが、実話だったのか。
ありがとう。 8400円か……。ちょっと手がでんなあ。宇宙に行く予定もないし。
逆さまに書きものする予定も無いしな
>>117-120 ミールに何百日も滞在するミッションを終えて帰還した宇宙飛行士はロシア正教の司祭のような姿になっているとかw?
さりげなくヒゲ袋がついた長期活動用宇宙服を開発するとか
性転換するとか
>>119 ケチって言うか、機構が単純な方が故障しにくいので
そういう作り方をNASAは好む傾向があると聞いたことがある。
そのために価格も必然的に安くなるんだろう。
予算が余れば豪快に使いきるが、予算が足りなくなればケチになる。 研究機関なんてそんなもの。
>>119 オメガの話は本当かなあ。というのは、見た目も同じスピマスでも60年代と今では
中身のムーブメントが丸ごと違う。当時搭載してたのは天才時計師が設計した名機だったが、
今はETA製の普及機を軽くチューンしたもので、性能がぜんぜん違う。
おおかた時計が宇宙服にビルトインされていて必要ないとか、タイムカウントは本船側
支援員の仕事になったとかの理由でマニュアルが改定されずに生き残ってるのだろう。
>>114 確かアポロ10号で、髭剃り実験をやったはずだ。
スカイラブ(米国の宇宙ステーション)や、サリュートやミール(旧ソ連/ロシアの宇宙ステーション)では、
吸引機で吸い取りながら散髪していた、ようだ。
その吸引機は、毛屑が船内に飛び散らないように、また故障が少なく 単純堅実かつ豪快な設計を好む気風からして ホースの先は船外直結だったりするのだろうか...
顔ごとすいだされそうだなw
>>132 宇宙空間で極めて重要な資源である空気を外にポイ捨てなどするわけなかろう
故障のしにくさとメンテナンスの簡易性から考えてフィルターだろうな
スペースシャトル内とかミール内で、円筒形の電気掃除機を使っている映像を 見たことはあるな。 暇な時はその掃除機にまたがって、船内を飛び回るんだとか・・・
>>136 吹き出すエアーで推進するのかな?
機構的にはジェットエンジンと一緒だものな。
スペースシャトルの帰還が延期されて暇になったら、 スペースシャトルの空調吹き出し口にボール突っ込んで バッティングゲームするんだそうな。
スカイラブがあったころは「スーパーマンごっこ」をして喜んでいる人もいたし。 こればっかりは40を過ぎた大人がいくらやっても飽きないとか。。
無重力状態を経験できるなんて滅多にないだろうしな。 童心に帰っちまうんだろうなあw
アポロ計画のときでも、月面車を運転するにあたり、 「慎重に運転しろ」とお達しが出ていたにも関わらず、 もとはパイロットだの軍人だの、血の気が多い宇宙飛行士連中がお達しを守るワケがない、 「月面グランプリ」と称して、かっ飛ばした宇宙飛行士がいた。 ・・・その結果、月面の隆起に当たってフェンダーを破損、 これが今のところ月面で起こされた唯一の交通事故とか。
>136 ・・・それやってみたい。ドライヤーも併用して方向転換だ! だが、電気使いすぎでブレーカーが落ちるなんて事はあるまいな
いわゆるマジックインキは無重力でも使えるようにと言うことから開発したような。 逆だったっけ原理上無重力でも使えるからナサで採用しただっけか。
>>143 フェルトペンじゃなかったけ?浸透圧の原理でインキが出るから無重力でも使える。
作ったのは日本にあるメーカーだが「今までにないペンを作ろう」として、インキを溶かす溶剤で
フラフラになったり、何度もボヤ騒ぎを起こすので消防署から怒られたりしたとか。
ちなみに、ローバーの内、一台は中古車として売却する相手が決定≠オている。 乗組員がギャグで米大手中古車販売会社に下取り希望のお手紙を書いたところ きちんと返信が来た。 曰わく 「お申込み有難うございます。状態が大変宜しいようで満足しております。 さて、弊社では最新コンピューターシステムを元に、輸送費の見積もりを算定中では御座いますが ルナティック このコンピューターが先日モノ狂いになってしまい、唯今全力を投入して修理を行っております。 回復までしばらくお待ち下さいますよう、お願い致します」 乗組員も、販売会社も未だにシステム復旧を待っているという・・・
the light stuff にそんな話が載ってたな
洗練ここに極まれり、って感じのジョークの応酬だな。
アポロ13号の時も、月着陸船を作ったグラマン社から 機械船を作ったノースアメリカン社へ、牽引料金の請求書が行ったんだとか。
日露戦争時の鹵獲船の船価。 仮装巡洋艦Angara(後の姉川):95万7,829円 仮装巡洋艦Kazan(後の笠戸丸):40万円 戦艦Poltava(後の相模):1,018万円 ちなみに、「敵艦見ユ」の信濃丸は96万円、装甲巡洋艦日進、春日は、2隻で 1,600万円だそうな。
第2次世界大戦末期、ベルリンに東西から連合軍が迫っていた頃。 同市にあった日本大使館のスタッフは、大島浩大使以下、大部分の者が南部のバートガーシュタイン (現在はオーストリア領)に疎開し、ベルリンには十数名の連絡要員だけが残された。 ベルリン残留組は、一応ドイツ政府との連絡などに当たることになっていたが、 もう一つ、大使から特に命ぜられた重要な任務があった。 ベルリンの大使館に残されていた酒と肴を、バートガーシュタインに届けること、である。
98 :ハイエク読者 :2007/04/01(日) 10:08:48 ID:??? 左翼は平等主義を標榜して一般大衆の平等感情に訴えるが、現実問題として需要は供給を常に上回っている 「どのような基準に基づいて」資源配分を行うかという問題が生じるが、自称インテリの左翼諸君はこの設問に答えられるかな? まぁ無理だろうけど この設問の意図を理解できぬ者が多いはずだ 答えられずに無関係なスレをあげてごまかす、あるいは無意味なレスで埋める などという対処を講じてくると予測 99 :ハイエク読者・・・いうまでもなく右だな :2007/04/01(日) 10:24:08 ID:??? 案の定、低レベルな印象操作と無関係なスレの連発でごまかしに走っているようだが、回答を示してみれば? ジュガシヴィリの悪行を暴くスレをたててみるのも面白いが >供給の不平等が需要に応えられていない、あるいは供給手段の独占による歪みが需要を満たせていないとするのが >マルクス主義の立場なのだから、別に矛盾はあるまい 漏れとしても、ハイエクの見解を無条件に受容しているわけではないが(たとえばコミュニタリアニズムにも評価に値する側面が多い)、多様な需要に即した「計画的」供給自体が不可能であるという指摘を行っておく 「どのような基準に基づいて」という設問だが?
>>153 他所でやれ
ここは軍板であって政治系の板でも歴史系の板でもファンタジー系の板でも無い
155 :
名無し三等兵 :2007/04/07(土) 17:00:27 ID:JAwnGcDt
ノルマンディー独軍捕虜に元赤軍懲募された朝鮮属の寝返りドイツ外人部隊兵士が居た。
原子力空母エンタープライズに関する話。 原子力空母を建造するにあたり、原子炉を幾つ積むかと言う話になった。 原子力艦隊の父リッコーバー提督の 「通常動力空母のボイラーと同じ数にせよ!」 と言う意見により、エンタープライズには原子炉を8台積んだ。 さて、試験航海の最大出力試験の際、 エンタープライズはとんでもない速度(一説には40ノット以上)を出し、 護衛艦をすべて後ろに取り残してしまった。 幾らなんでもこれではまずい、と言う事で 原子炉を最大出力で運用する事はやめになった。 ちなみに、現在のニミッツ級原子力空母の原子炉は、2台である。
>>156 そのリッコーバーが直々に面接し、原潜艦長の候補者を決めたのが「リッコーバー面接」。
・・・その面接に臨んだ、ある海軍少佐、
服装にだらしないところがあり「君は何をしにきたのだ?」と、瞬殺で面接に落ちた。
そうなるとリッコーバー面接に関係のない、水上艦艇か、よくいって通常動力潜水艦の艦長か、
出世の道は残っていなかったのだが、
「リッコーバーが落とした」ために、他の艦の艦長候補にも覚えがめでたくはなく、
やっとのことで情報収集艦「プエブロ」の艦長を拝命することになる。
・・・「プエブロ」が北朝鮮に拿捕されたとき、
状況から言えばどうしようもなかったにもかかわらず、
「あいつなら仕方がない」などなど、心無い声が米海軍内部に起こっていたという。
原子炉八基って鋼鉄の咆哮かよと思った 北に拿捕された艦長さんにはそんな話があったのか
>>156 竣工時のエンタープライズが積んでたA2W原子炉は出力1基あたり35,000馬力だもの。
当時の原子炉は蒸気タービンより出力が低かったりするので、8基載せるのは別に不思議じゃない。
(D2Gを積んでたベインブリッジとか、ベースになったレイヒ級より25,000馬力ほど出力は低かったりする)
(↑当然、最高速力もレイヒ級に比べて4ktほど低い)
ニミッツ級のA4Wは1基で130,000馬力、だから2基で充分。
>>153 は左翼、特にマルクス主義の理論的支柱を叩き折る試みだが
しょうもないと言えば、リッコーヴァー提督はロシア産まれ。
TBS不二家捏造疑惑問題まとめサイト・郷原氏の公開質問状全文リンクもあり
http://fujiyavstbs.blog99.fc2.com/ TBS不二家捏造疑惑問題についてのまとめwiki
http://www31.atwiki.jp/tbs_compliance/ +殿堂入り+ オウム真理教の坂本弁護士一家殺害を幇助
+殿堂入り+ 石原都知事の日韓併合発言で捏造テロップ
+殿堂入り+ 筑紫哲也が阪神大震災で「温泉街」発言
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2006.03 ナヌムの家報道、NEWS23スポンサー不買運動
2006.04 大家族・青木家、あざみに数々の疑惑が浮上
2006.05 白インゲンダイエットで下痢や嘔吐などの入院患者100人超 ←総務省から警告
2006.06 ハイド議員の靖国発言を超訳
2006.07 731部隊の報道に安倍氏ポスターをカットイン
2006.08 亀田疑惑の判定で世界王者、抗議6万件超
2006.09 亀田大毅の判定に客が野次を飛ばし乱闘騒ぎに
2006.09 KUNOICHI収録中に感電事故、一般参加の女性が病院で手当て
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2006.11 世界バレー女子、6位・日本からのMVP選出に大ブーイング
2006.12 はなまるマーケットで便器破損の恐れがあるトイレ掃除法を紹介
2007.01 反則の柔道王・秋山成勲がヌルヌル&グローブ疑惑で失格処分
2007.02 頭のよくなる音・ハイパーソニック音で過剰表現・論文無断使用
2007.02 サンデー・ジャポンで柳沢発言を不適切編集
2007.03 桜庭選手に失望したとのネット掲示板の書き込みを捏造
2007.03 朝ズバッ!の不二家報道が事実と異なるとして総務省が調査 ←今ここ
「TBSの犯罪」2−1(H18.12.20)
http://www.youtube.com/watch?v=JJHfz2TMN1U
・・・なんだこの基地外は
リッコーヴァー伝説というと、 ・最初のオフィスは元トイレ ・完成間近の原潜に使用されているパイプに強度が低いものがあったが、 何処に使われているかわからないため、全部入れ替えさせた。 ・新しい電子機器は、オフィスの窓から投げ捨てる、もしくはストーブに叩きつけて強度を試す ・新型原潜の初航海には、必ず自分または設計責任者を同乗させた。 退役間近の公聴会で「原潜イラネ。つーか、核兵器を全廃しないとマジヤバイことになるよ?」と言い放つ。
>164 >退役間近の公聴会で「原潜イラネ。つーか、核兵器を全廃しないとマジヤバイことになるよ?」と言い放つ。 ちょwwwマジかよw
さて今年はチャック・イエーガーの音速突破60周年にあたるわけだが。 チャックと音速とくればベルX−1。 その機体形状は「超音速で飛んでるんだから、これでよくね?」と 50BMGの弾頭形状を元に作られたのは有名な話。 そんな真っ直ぐにしか飛ばなさそうな(それで十分なんだが)機体で チャックはチェイス機のP−80と模擬空戦をやってたりする。 流石というべきかなんと言うか、チャック、あんた何やっとるですか。
>>164 その公聴会だったか、退役記念とかで議会で演説したんだけど、それを掲載したメディアに対して
著作権を主張した。>リッコーバー
第二次世界大戦中、日本軍用機に、戦闘機は男性名、爆撃機、攻撃機には女性名を 適当につけていたが、一式陸攻は、その名前をつけた軍曹の知り合いの看護婦にちなん でつけられた。 理由は、一式陸攻の翼についた2つの大きく張り出したエンジンが、その看護師の身体的 特徴に似ていた為。
_ _ ( ゚∀゚ ) し J | | し ⌒J
>・新しい電子機器は、オフィスの窓から投げ捨てる、 任天堂みたいだ。
>>164 >退役間近の公聴会で「原潜イラネ。つーか、核兵器を全廃しないとマジヤバイことになるよ?」と言い放つ。
自分が一から育てたが故に、その威力を知り尽くしての発言なのかもしれないが……
なんかいろいろと個性の強い人だなあ。
リッコーヴァーは伝説がひとまとまりになってなくて散逸気味なのが残念
第二次世界大戦開戦直後、スカパフローの対潜防衛計画は、 木槌を持った水兵が、手漕ぎの小舟に乗って、艦隊周辺の海上 を監視し、Uボートの潜望鏡を発見すると、その潜望鏡に接近して 木槌で叩く、という物だった……
>>174 WW1の逸話としてはよく聞くが、WW2になっても同じことをやっていたのか、英海軍……
一方、イタリア人はジャンプして踏んづけた
ヒゲの配管工かよ
俺のキノコが大きくなったお パックンフラワーにいれてみるお
>>174 そんなことやってるからロイヤルオークを沈められるんだ。(w
銀河陸爆は当初戦闘機だと誤認されたので「Francis」と男性名コードネームが付けられたが、 後に爆撃機と判明、同音で女性名の「Frances」へ切り替えられたそうな。
>180 梓隊を発見した哨戒機が、二式の誘導で空輸中の屠龍と誤認したという話がありまし たね。
木槌でどつかれると、「あ、みつかっちった」とか言って逃げ出したのか? まさか折れて浸水ってこたあないよな。
潜望鏡のぞいてた艦長の目に青タンが出来るとか。
日露戦争のころの対潜水艦攻撃法も、似たような物だ。 当時日本が米国より潜水艦を購入した、との情報をロシア側がつかんで 以下のような攻撃方法を考えたのだとか。 潜望鏡を見つけたら、カッターでこっそり近づき 潜望鏡に布を巻いて目隠しして、曳航して拿捕する。
なんという牧歌的古きよき戦争時代
さすが、戦場整理のための一時休戦があった時代だよなぁ。(w
陣内智則と藤原紀香が婚姻届を出した加古川市の市立図書館。 1944年5月、その図書館(当時は加古川町公会堂)の西側にあった黒松の下で 徴兵検査を受けたのが、当時19歳の三島由紀夫。 加古川は祖父の生地の近くで、三島の父が、田舎で徴兵検査を受ければ、都会 育ちの人間だから、筋骨隆々な若者より貧弱に見られるので、不合格になるだろ うと言う期待を持ったからだそうな。 期待に違わず、他の若者が米俵を何回も持ち上げるのに、彼は胸までしかそれを 持ち上げられず検査官の失笑を買った。 ところが、結果は第二種乙種合格だったそうな。 但し、入隊後に誤診され、結局即日帰郷となった。
まあ「ボディビルダー三島」状態なら、米俵なんかいくらでも持ち上げられたはずだ。
きっとその「失笑」がコンプレックスになり 羞恥プレイとソッチのヶに目覚めるきっかけになったんだろうなw
>>187 徴兵検査って本籍地で受けることになっていたと思うんですが、多少は融通きいたんですか?
本籍地なんて役所で手続きすれば変えられる。 明治初期には北海道に送籍して徴兵逃れする手法もあった。
吾輩は屯田兵である
畑はまだ無い
小ネタ数本。 (その1) 日露戦争で、予備役軍人が指揮を執ったロシア義勇艦隊が活躍したのに刺激されて、日本でも帝国海事協会が中心になって、義勇艦 「さくら丸」「うめが香丸」「さかき丸」の三隻を建造した。 これは、平時は商船、戦時は仮装巡洋艦として使用するものであった。 さて、1909年、さくら丸が大阪商船に委託され、台湾航路に就航した。 しかし、船体が小さく、動揺が激しく、宮原式ボイラーは黒煙を濛々と吐き出す始末。 さくら丸が基隆に近づいた時、その周辺海域に北東の風が吹くと、本船が到着する前に、黒い霞が先着して洗濯物を汚す。 このため、船体が見えないうちから、さくら丸の到着は知れ渡り、基隆の主婦は慌てて洗濯物を取り入れたそうな。 結局、大阪商船はさくら丸の投入を二年で打ち切ってしまったりする。 二隻目のうめが香丸は、同様に朝鮮方面に用いられていたが、1912年9月、門司沖で荒天の日に舷窓を閉め忘れて停泊して いたため、船内に海水が侵入して転覆、沈没し、結局、第一次大戦でさかき丸だけが通報艦として使用されたに過ぎず、日本の 義勇艦隊計画は尻すぼみに終わった。 (その2) 現在、何気なく使われている「放送」という言葉。 これは郵船三島丸の無線電信局長葛原氏が最初。 1917年1月下旬、欧州航路に三島丸が就航していた頃、「アフリカ沿岸にドイツ仮装巡洋艦がいるので警戒せよ」 と言う通信を受けた。 しかし、発信局が不明だったため、彼は考えた末、「送りっぱなしの通信」という意味で、「放送を受信」と日誌に書き、 逓信省に提出した。 これが、「放送」と言う言葉が公文書に書かれた一番最初の事例。
(その3) 1926年、大阪商船の森勝衛と言う航海士は、アフリカ路線に就航した貨客船「かなだ丸」船長に抜擢された。 彼は第一回航海で、便船が無くて困っているケニア総督を無賃で一等船室に乗せ、ダルエスサラームに輸送し、 大変感謝された。 第二回航海でも、白人経営レストランで差別されていた日本人記者を助けた白人の二人の青年に面会し、彼ら の関心がアジアにあると知った船長は、またも独断で、低運賃で日本まで一等船客として送り届け、更に彼らを 日本での滞在中、大阪商船の賓客待遇とするよう、本社に打電した。 後日、このうちの一人、ヴァン・デル・ポストが英軍将校として日本軍の捕虜となった時、この航海で学んだ日本語 が役に立って、命が危うい場面を切り抜けることが出来た。 ちなみに、ヴァン・デル・ポストは、「影の獄にて」の著者で、この本は、大島渚がメガホンを取り、坂本龍一、 デビッド・ボウイ、ビートたけしが演じた「戦場のメリークリスマス」の原作になっていたりする。
大阪商船というと、名設計者・和辻春樹による 「あるぜんちな丸」をはじめとする数々の名作船がまず記憶に浮かぶけど それに乗る乗員にも気骨のある人がいたのね。 日本郵船だと「帝国ホテルと並んで日本一料理が美味かった」という伝説が有名だが 浅間丸はあるぜんちな丸ほど色気がないなあw
> 後日、このうちの一人、ヴァン・デル・ポストが英軍将校として日本軍の捕虜となった時、この航海で学んだ日本語 > が役に立って、命が危うい場面を切り抜けることが出来た。 「なにとぞ格別のお慈悲をもって〜」とか何とか、普通は白人が知らないような言葉を使ったという話だw
で、取り囲んだ日本兵らがぎょっとしたというw
そりゃ驚くだろうな。
WWT時のイギリス戦闘機、ソッピーズ・キャメルは搭載した回転式ロータリー エンジンの遠心力のせいで、操縦桿を右に切ると降下し、左に切ると上昇した。 そのせいで、事故続発。 撃墜された機より、事故で墜落した機の方が多かったそうな。
日本海軍の元技術少佐で艦船研究者として名高い福井静夫氏。 彼の家には、呼び鈴が二つ、居間には電話が二台有った。 軍艦は敵弾を受けても通信系統が麻痺しない様に、二系統整備する。 その常識をご自身の家作りにも生かされたらしい。 ちなみに、呼び鈴には「主用」「予備」と張り紙がしてあり、「予備」を押した人は 話の途中でやんわりと「今後は主用の方を押して下さい」と注意されたそうな。
「呼び鈴」だと思って「予備鈴」を押しました、て答えt(略
>>202 WWI時の戦闘機で、回転式エンジンを装備してるのは極く普通。
だから、ソッピースキャメルだけでは無い。
回転式エンジン搭載機で、機首の動きが操縦桿通りに行かないのは
遠心力のせいでは無く大きな質量が回転して起きるジャイロ効果が
原因。
WW1の飛行機は液冷の方が操縦性が良い
バイオリン奏者の辻久子は、戦争末期、鳴尾基地に駐屯していた海軍航空隊にいたバス歌手の紹介で、 彼の地に赴き、人間聴音機として活動する予定だった。 その音感で鍛えた耳を使って、飛行機の爆音を聞き、敵味方の識別と高度、距離を報告するのだ。 このほか、試験的に紀伊の要塞地帯に設置していた聴音機で、敵潜水艦の位置測定なんかもテストした らしい。 テストは成功裏に終わり、後は正式採用されるばかりだった。 結局、敗戦で水泡に帰したが、正式採用されれば、軍属の尉官待遇で迎えると言われていたそうな。 (当時、彼女は18〜9の娘だったが…) ちなみに、東京では、ピアニストの園田高弘と言う人が同じようなテストを受けていた。
>208 なんだか凄い話だw
海軍の大型艦艇に乗艦していた軍楽兵は、戦闘配置では電話手として重宝された。 音感に優れ、聞き取りが正確だったため。
アイオワ級戦艦が「世界最後の戦艦」となった事は周知の事実だが、このうち アイオワとウィスコンシンは1995年に一度除籍されたのち、1998年に再度、艦籍 に戻され現在も予備艦として米海軍に在籍している。
もう除籍されちゃったよ
1942年5月16日付、アウグスト・ベッカー博士(SS中尉)のガストラック※についての報告書。 ※排ガスを密閉された荷台に引き込んでユダヤ人を“処理”する特別仕様のトラック 「作業を行う際、早く終わるよう運転手がアクセルを一杯に踏み込む場合が多いが、 これは囚人を窒息死させるものでよろしくない。 私の指示通り、レバーを正しい位置に合わせることで、 囚人は速やかにかつ安らかに入眠死することができる。 この改善により、囚人が苦悶の表情を浮かべたり、荷台が排泄物で汚れることもなくなった」
>>212 アイオワ級戦艦の主砲砲弾を大量にストックしていたのが長崎県の米軍針尾弾薬庫。
もとはといえば朝鮮戦争の折、前線に近い弾薬庫ということで大量に搬入された砲弾、
ベトナム戦争の折に一部消費され、湾岸戦争でようやく在庫を使い切っている。
さらには針尾弾薬庫の場合、もともと旧日本海軍が大和級戦艦の主砲砲弾を備蓄するために整備しており、
戦艦の砲弾をストックするにはもってこいの設備が整っていた。
なお、大和級戦艦の主砲砲弾は針尾弾薬庫に、 主砲の予備砲身は佐世保海軍工廠にストックされており、 佐世保の地元出版社が出した「終戦直後の佐世保」という写真集には、 終戦直後、米軍が佐世保海軍工廠を接収した折、 運搬台車に乗せた状態で見つかった、予備砲身の写真が収録されている。 米軍の兵士がそばに立っている写真だが、比較するとまさに巨砲の砲身。
217 :
名無し三等兵 :2007/04/15(日) 00:25:22 ID:pV1YTPKX
佐世保
>>168 米海軍で最初に実戦部隊に配属された、イントルーダー乗りの女性パイロット。
巨・・・じゃなかった、身体的特徴が顕著であったため、
コールサインは”Jugs”俗語だが直訳すると「おっぱい」。
それはセクハラではないのか、という声をよそに、本人はある意味で名誉称号?を楽しんでいたとか。
>218 現在、空母キティホークの航空隊にはコールサイン「バブルス」(俗に「巨乳」)と言う女性パイロットが所属している。
コールサインで本人を思い浮かべ、ちんぴくを起こす管制官・・・。
貰ってうれしいD.S.O.といえば・・・Distinguished Service Order (特別殊勲章) 絶対欲しくないD.S.O.といえば・・・Dicky Shot Off (チンコフットバサレタorz)
>>219 顔がMonkey Faceというオチじゃないだろうな?
>222 「ベビーフェイス・バブルス」さんはみかけによらず既婚、2児の母。
>>205 さん
機体は軽量、かつ大出力のエンジンを積んでいたせいで、その影響が
顕著だったキャメルの名前を挙げてたワケでぇ〜 (w`;
ジャイロ効果でしたね。 遠心力ではなく…… orz
つまりあれか、豪徳寺みやこ嬢は数年後にはグラマーになるという 裏設定があったりするのか。
巨乳だとカタパルト発進と着艦の際のGの負荷は男性に比べて凄そうだな。
実は女性の方が男性よりGの耐性は強い
脂肪があるから、緩衝材でくるまれたHDDみたいなもんだからなぁ>女性
つまりデブのほうが(ry
299にはプレッシャーがかかったな
ショートキラーパスって感じだな
A-6ならいいかもしれんが戦闘機だと縦Gでおっぱいが垂れてしまわないか 心配だ。
ちゃんとした下着をつけていれば問題ないのでは? サラシという手もあるし。
153 :ハイエク読者@都内 :2007/04/07(土) 15:03:00 ID:??? 98 :ハイエク読者 :2007/04/01(日) 10:08:48 ID:??? 左翼は平等主義を標榜して一般大衆の平等感情に訴えるが、現実問題として需要は供給を常に上回っている 「どのような基準に基づいて」資源配分を行うかという問題が生じるが、自称インテリの左翼諸君はこの設問に答えられるかな? まぁ無理だろうけど この設問の意図を理解できぬ者が多いはずだ 答えられずに無関係なスレをあげてごまかす、あるいは無意味なレスで埋める などという対処を講じてくると予測 99 :ハイエク読者・・・いうまでもなく右だな :2007/04/01(日) 10:24:08 ID:??? 案の定、低レベルな印象操作と無関係なスレの連発でごまかしに走っているようだが、回答を示してみれば? 漏れとしても、ハイエクの見解を無条件に受容しているわけではないが(たとえばコミュニタリアニズムにも評価に値する側面が多い)、 「どのような基準に基づいて」という設問だが? この設問に対する満足の行く解が示されていないな 左がイニシアティブを握ろうとしているように思われるので、阻止してみる
>233 女性パイロット向けコルセットなんて商品が販売されているので心配無用。 海自の女性P-3Cパイロットも個人輸入して使っているらしいが、詳細不明。
陸上自衛隊員が顔に迷彩を施す「ドーラン」には、官給品もあるが、 PXで売られている「カxボウ・カモフラージュ・ファンデーション」もある。 官給品のドーランより品質がいいらしく、 「お肌のノリが違う」ということで、愛用の隊員も多いほか、 一般人向けのお土産に買って帰ると、ウケが取れる逸品だとか。
昭和45年の電子レンジの新聞広告には 「この製品は放射能・放射線とは一切関係がありません」 と断り書きがついていた。 そういう時代だったんだねぇ
>>238 そうだな。当時の人は放射線というものを知っている博識な時代だったんだな。
今の人だって、電磁波、放射線、放射能、放射性物質をわけて ちゃんと説明出来る人は少ないと思うよ。 10年前の核燃料製造会社の臨界事故の時、某国営放送は ずっと「放射能漏れ事故」ってニュースで言ってからね。
×某国営放送 ○某公共放送
文系の漏れも「放射能漏れ」には違和感を感じる。
>>241 Nxxの中のひとに「国営放送」という言葉をぶつけてみたことがあるが、
「国営放送じゃありません、公共放送です!」と、顔色を変えて否定していた。
凄いね かっこいいね
典型的厨二病
以前NHKの番組で 「NHKは民間放送局です」 と言っていたな。 「じゃあ、いわゆる民放は何なの?」 との質問に、 「あれは、商業放送です」 とも言っていた。
放射能も漏れてたろ、実際。
正確には放射能物質だな
>>247 放射線の照射は起こったが、放射性物質の漏えいは無かった。
放射能が漏れるという言葉自体がおかしい。
あんたの知能は漏れるかい?
も・・・もれちゃうぅぅ らめえぇぇぇ!!!
まあ才能もあふれたりするからねえ
だれがうまいこt(ry
クリミア戦争中、従軍看護婦だったフローレンス・ナイチンゲールは、 軍と政府の上層部に医療システムの改善を訴え続け、近代看護学の祖とされている。 ナイチンゲール本人は、戦争中の激務のせいか身体を壊し、 クリミアからの帰国後は看護の実務に携わることはほとんど無かった。
>254 ナイチンゲールは戦地において劣悪な衛生環境が銃弾よりも兵士を殺している という現実を目の当たりにしたため、帰国後陸軍に衛生管理の徹底を求める運動を 展開したが、その際わかりづらい統計データを視覚的に判りやすく見せるために 棒グラフや扇グラフを発明している。つまりナイチンゲールは看護学の母であると 同時にプレゼンテーションの母でもあったのだ。
あのグラフはナイチンゲールの発明だったのか! 勉強になったよ。
ドイツのリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領の父親 エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカーはナチス時代外務省高官 をしており、戦後戦犯として逮捕・起訴されている。
米海軍潜水艦の潜望鏡には、接眼部に像を導く光学系から分岐して、 カメラをマウントして像を撮影できる光学系があり、 そのマウントはニコンFマウントのため、ニコンのカメラならどれでも装着できる。
>257 ちなみに兄はハイゼンベルクの指揮下でドイツの核開発に携わっていた。
>>258 一方、日本では潜望鏡自体をニコンで製造した
>>259 カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカーだね。
90才越えてるけどまだご存命なんだ。
今なら書けるかな? 昔々中国での話 自分の陣地から凧を揚げて相手の要塞に落とし、凧糸の長さで相手までの距離を計測する、 と言う戦術が存在した。 で、その計測した距離を元に、坑道戦術を仕掛けたりした訳だ。 もちろん、相手のほうもその事を知っているため、その凧が自陣に近づかないように 迎撃用の凧を揚げて、凧の糸を切ったりした。 これが、喧嘩凧の始まり・・・らしい。
ふと疑問に思ってざっとぐぐったら 凧を風上の方に飛ばす事も可能なんだな ちょっと勉強になった
バタビア裁判で二番目に死刑判決が出たのは軍抑留所勤務の朴成根(パク ソングン) かれは「よく殴るやつ」との仇名でオランダ人に呼ばれていたらしい。
なんだ、やっぱり日本軍って捕虜を殴りまくってた訳ね。
アイオワ級戦艦の最大速力が33ノットなのはあまりに有名な話だが、 実際には排水量の増大により前線部隊での実用的な最大速力は30ノット とされていた。
シンガポール海軍のフォーミダブル級フリゲイトは名前はイギリス風だがフランス製。
最終的には台湾への亡命を果たした、ある中国パイロット。 兵役から戦闘機乗りを志願して航空学校に入り、 卒業後、中国民航のパイロットとして国内線の運航に携わった。 ・・・そのころから台湾に亡命を企てていたのだが、 どっこい、任地が内陸部で台湾から遠かった上、 なまじ中国民航の定期便パイロットだったため、軍用機のように亡命を狙えるフライトもなく、 燃料も必要なだけしか搭載されず、クルーや乗客の目もあるというありさま。 結局、パイロットでありながら飛行機の世話にはならず、 四昼夜、貨物列車に潜んで香港に逃亡に成功、香港経由で台湾に亡命したという。
>>269 戦闘機ごと亡命できてたら金塊がもらえたのにねぇ。
有名かも知れんがジャワにおける今村均の軍政に武藤軍務局長が 「てめぇの軍政生ぬるいんじゃゴルァ!」と言ったが後に「あんたの言った事は正しい、あん時の暴言はすまんかった、スマトラの軍政はジャワ軍政に準じます」 と今村に私信を送った
徳山ダム建設のために沈む徳山村の風景を撮り続けた増山たづ子さん。 60歳になって、この人が写真機を手にしたのは、インパール作戦で行方不明 になった夫が村に帰ってきた時、故郷が無くなっていたら申し訳ない、と思い、 せめて写真で残して見せてあげたいと思い立ったからだそうな。
>>272 増山たづ子さん、こと「カメラばあちゃん」の愛機は、
”ピッカリコニカ”コニカC35だったが、
いかにもせん古くなり、ついに故障してしまった。
「カメラばあちゃん」の話を聞き及んでいたコニカは、
「もう古い機種ですから、わが社のどの機種でも、お望みの最新型と交換してあげましょう」。
しかし、ばあちゃんは慣れ親しんだ愛機を手放せないという、
「わかりました、では、できる限り修理をしてみましょう」。
ミノルタと合併するまで、自社の旧型機種の面倒見には定評のあったコニカ、
みごとにばあちゃんの愛機を修理。
以後、ばあちゃんが亡くなるまで、重役まで含めたコニカ社員とばあちゃんは親交を深め、
ばあちゃんの愛機は、ベストコンディションに保たれていたという。
>>273 「こと」の前後の使い方も知らんようだと無教養がばれるぞ
>>272 これは、しょうもない知識というより泣ける話だなぁ。
>273 いい話だなー
>>273 傑作と言われるカメラにはいろいろな逸話がつくもので、
ライカとかニコンとかになるとこれはもう戦場の雰囲気(キャパとかベトナムとか)になるんだけど、
アメリカで言えばコダックに当たるフィルム兼業大衆機メーカーのコニカだと、こういう話が似合うね。
米軍兵士がコダックの安物カメラを手にして占領地を撮ったとかのエピソードとはまた違う味がある。
ピッカリコニカの設計者・内田康男氏が、たづ子ばあちゃんのカメラを手にして部下たちに言った。
「大衆機をここまで徹底して使い込んでくれる人はなかなかいない。
耐久性テストのサンプルとして、有り難く参考にするように」
「ピッカリコニカ」はメカを極力シンプルにした代わり、
ちょっと暗めだが大衆機用としては性能のいいヘキサノン・レンズを装備し、
光量の不足があれば新兵器の内蔵ストロボでカバーするという、兵器にも似た合理主義を備えていた。
だからこそたづ子ばあちゃんが、村の運動会の写真をピッカリコニカで撮って、
畳サイズにまで引き延ばしても耐える写りになるポテンシャルを備えた製品になったのだ。
ヘビーユーザーは、ふつう高級機に乗り換えるもんだろうしな...
秦の始皇帝がなんだ。四百六十人の儒者を穴埋めにしただけだ。われわれは四万六千人の儒者を穴埋めにしたぞ。 反革命の鎮圧のとき、反革命のインテリを殺さなかったとでもいうのかね。 民主人士に反論したことがある。 「われわれのことを秦の始皇帝だとおっしゃるが、まちがっていますぞ。 秦の始皇帝の上をゆくこと百倍ですぞ。秦の始皇帝だ、独裁者だと罵倒して下さるが、 一貫して認めてきました。残念なことに、あなたがたはまだ、 いい足りませんな。われわれのほうでつけ加えなきゃなりません。」 (毛沢東「第八回党大会第二次会議での演説」一九五八年) ♯ 毛沢東(竹内実:岩波新書、1989年刊)P.204から引用
ソ連邦崩壊後、多数の艦艇が中国やインドに売却されたが、これらの表向きは 「スクラップ」というものだった。 これは一時期「大量の武器輸出」のイメージを払拭する為と言われたが、実は海軍 の高官が勝手に売却して私腹を肥やす為に「スクラップ」の名目を付けて輸出し 当局の目を誤魔化していたのである。
ソ連崩壊直前、オーストラリアに対し、ソ連政府から打診があった。 「わが国の新型駆逐艦、ソブレメンヌイ級を買わないか? お代は貴国名産の羊毛か、羊肉とバーターでお願いしたい」。 ・・・この商談はむろん、流れたが、 このときのソ連商務省高官いわく、 「わが国は外貨も食料も不足している、売れるものは何でも売りたい」。
日露の時には貨物車まるまるちょろまかしてたよな
>>281 ソブレメンヌイ級駆逐艦だが80年代末〜90年代初頭に17隻という大量竣工しておきながら、
現在艦籍に残っているのは9隻、内稼働しているのは僅か4隻という有様である。
(それより古い日本の「はつはる」級が一隻練習艦になったとはいえ現在でも12隻全艦が
健在である事と比較すると、その差は歴然)
これは艦の設計に起因するものではなく、完成がソ連邦末期から崩壊時に重なった為に
製造が粗雑だった上に整備も満足に出来なかったから。
品不足・物価暴騰・しかも給料はロクに出ないわじゃ工員も管理者も まともに働く気になるわけないよなあ
ソ連が亡び、自由経済となり、○○スタンだのがぼこぼこ独立していた時代。 とある共和国の紙幣を製作するため、日本からODAで技官が派遣された。 そこで日本人技官が目にしたモノは、 印刷に失敗した紙幣を持ち去る、現地の造幣廠職員。 技官は職員を集めて、きつく叱り付けた。が、職員はこう反論してきた。 「いまは自由経済になったんだ、 農家は余った作物を自分で使う 工場でも余った製品は持ち帰る だったら俺達もそうしていいんだ!」 技官は自らに課せられた遠き道のりを思い、頭を抱えたという。
>>284 燃料もないから出動も出来ず港内に繋がれっぱなしだったからねぇ。
朽ち果てていくしかない状態だったかと。
>>284 のちにミグ25で日本に強行着陸、アメリカに亡命したベレンコ中尉は、
軍に入る前、工場労働者だった時代がある。
ベレンコ中尉のいた工場では、給料日になると毎回のように、
給料をもらうやいなや売店に飛び込み、ウォッカを買おうとする工員と、
そうはさせじと売店の前に立ちはだかり、家計のために給料を取り上げようとするカミさんたちの、
犬も食わない乱闘騒ぎが繰り広げられていたという。
工場労働者から空軍中尉に任官した、前代未聞の出世頭ということで、
休暇のときに工場に立ち寄ったベレンコ中尉、
かっての同僚にウォッカを買ってきて、大盤振る舞いしたこともあったとか。
パイロットなのに給料少ないから亡命したとか言ってなかったっけ?
・・・うちのじい様ばあ様夫婦も、給料日はそんな感じだったらしい 思わず苦笑 ケンカが嵩じて、ある時、じい様は経理担当にねじ込んで給与をぜんぶ 一番小額の紙幣(1銭札?)に崩させて、家の中にばら撒いて回ったとか
>>288 加えて、アル中だらけのチュグエフカ基地のありさまに閉口、
せめてアル中になりにくいビールを支給すべきだと上官に進言、
「ソ連軍の兵士処遇に物申す反ソ分子」として、きつく叱責されている。
あの国で反ソ分子扱いされたら・・・・。
その上、なまじエリートの戦闘機パイロットということで、
毛並みのいいカミさんをもらったまではいいが、
映画「モスクワは涙を信じない」みたいなモンだ、
将校につきものの田舎暮らしにカミさんは不平タラタラ、夫婦仲は冷え切っていたらしい。
・・・そりゃまあ、飛んで逃げたくもなるわなあ。
18世紀後半、フランス海軍のガレー船の船長の給料は、年に12,000リーヴル。 なお、当時の農民の年収は100リーヴル前後、 地方貴族は年に1,000リーヴル程度でかなりの贅沢が出来た。 ただし、パリで貴族の体面を保つためには、年に3〜4万リーヴルが必要だった。
>>285 ○○スタンネタでもう一つ
やはり独立後に、ODAで通信網整備をやってた頃の事。
日本の援助で新設された電話局が開局間近になろうとすると、警官らしき制服を着た
役人がしょっちゅう様子を見に来ては、局員に何か指示を出し、いつの間にか見慣れぬ
装置がくっ付いている。
ありゃ何だ?と尋ねると「情報収集用の装置だ」との答え。
ソ連時代ほどではないが、政治的に目を付けられている連中は監視されてるんだね。
ちなみに警官らしき連中は、KGBの職員だって。
かーげーべーって聞くと、(映画による刷り込みもあるが)すぐにCIAと並ぶスパイ組織
みたいに思われてしまうのだが、ソ連崩壊後は、日本で言えば公安に相当する組織の
ようなもので、現地人曰く「大した連中じゃないよ」だって。
椎名誠のエッセイによると、ソ連(当時)を旅行中にホテルの部屋で 盗聴器らしき物をみつけてしまったそうな。 もちろん、椎名氏を狙ったものではなくて常備されてたんだろうし おそらくあちこちにあるんだろうけど それら全てをリアルタイムで聞いてるわけにはいかんし、 ここで陰謀をしゃべっても捕まる前に国外にでられるじゃないかと思ったそうな なんか色々とソ連なおはなしだ。
旧ソ連時代は電話がつながるのにやたらと時間がかかる国だった、とか 大学の先生が言ってたな
>>288 当時米はMig-25の性能を知りたがってたから、ここぞとばかりにベレンコをそそのかしたんだろうね。
推測なんだけど、彼が日本のレーダー網の穴を知ってた背景には、米国を通して日本からの情報の
リークもあったんじゃないかと思う。
この事件をきっかけに空自にはE-2Cが配備され、国は国民に防衛力の強化を訴える契機になった。
また米国はE-2Cで儲かりMigの情報も入手できた。
日米間の何らかの密約があったとしてもおかしくはない。
ガイシュツだったらスマン。
ベレンコが元からCIAのスパイだった説もあったよね。 ただ、レーダー網の穴の件については赤の広場にセスナで着陸したルフト君の例もあるから。 レーダー網に関しては電波である以上はどうしても完全にカバーするのは無理で未カバー部分が 国家の最高機密だもんな。
>>294 交換装置や伝送装置の性能が悪かったってのもあるけれど、それ以上に機器のセッティングが
無茶苦茶で、電話が繋がらないとか片通話になるとか当たり前だった。
なんせ連中の言う International Standard って、ロシア標準の事だもんな。
だから世界標準の電話の信号方式と微妙にマッチしてなかったりする。
それでも全ての機器がロシア式 International Standard できちんと調整が取れていれば、外部の
装置を(嫌々でも)ロシア式にあわせればよいのだが・・・・・・
同じ場所に並んでる同じタイプの機械であっても、信号の出るタイミングや長さ、周波数帯域がバラバラ
だったりするから始末が悪い。
知り合いから聞いたけど、本来のスペックを相手の仕様にあわせて(嫌々ながらでも)柔軟に対応するのは、
日本のメーカーだけだって。海外のメーカーは売りつけて、後は国際標準でないのが悪いと言って知らん
ふりするらしい。
いまでもロシアの片田舎に行くと、日本に国際電話をかけるためには 電話局まで行って窓口の巨大なオバサンに申込書出して呼ばれるまで待って、 電話ボックスみたいなところで通話しないといかんのかな。2000年頃はそうだったんだが。
そういえば、誰の話だったかな? ソビエトのホテルに宿泊していると、やたらと間違い電話が かかってきた。 と言う話。
途上国に電話設備売ったあとのメンテの面倒見が良いのも 日本らしい 電話線が盗まれるとかは序の口で、そもそも交換機が屋外に むき出しで(無人交換所を建てる予算がない)、そこにアリ塚が できてたり、タダ電しようとしてパネル開けられて壊されるとか、 日本じゃちょっと考えられないようなトラブルが多発するとか
>>298 ロシア本国は知らないけれど、旧ソ連の一部の国や地域では、一般の電話からでも、国番号+相手先電話番号で
かけられるよん。要は国際電話の料金を自動的に課金できるかどうかのシステムが整備されているかどうかだと
思うんだけど。
ロシア系の女性って20代までは綺麗なんだけど、それを超えると魔女に変身しちゃうから怖い。
>>299 ホテルの電話って取り次ぎ式だから、ホテル側の人間が間違ってるだけじゃないか?
市内通話でも異様に遠くて、マトモに会話できなかったりするしね。
喧嘩してるわけじゃないんだけど、大声で話さないと相手に聞こえず、互いにエキサイトする事もあるし。
今の日本じゃ考えられない光景だけどね。
軍事ネタから脱線しましたな。スマソ
>>300 このようなトラブルがあるからこそ、途上国は携帯電話の普及に力を入れてます。
電話線引かなくていいし、プリカ式なら通話料の取りっ逸れも無いから一石二鳥。
中近東のイスラム諸国で電話局や電話設備を破壊すると、軍隊が飛んでくるらしいよ。
日本の技術者が、真夜中に交換機のリセットをかけ、1分程度不通が発生しただけで、
銃持った兵隊が押しかけて来た事もあるそうな。
旧ソ連の電話だが、ロシア語通訳で小説家の故米原万理さんによると 日本で言うところのナンバーディスプレイみたいな機能がアナログ回線の時代から しっかり存在していたらしい。密告社会らしいというか発展がいびつだよなあ。
>>302 でも数年前の調査では
アフリカ全域の携帯電話の総数=マンハッタン島にある携帯電話の総数
(しかもアフリカの携帯電話の大部分が南アフリカとエジプトに偏ってる)
だったそうな。
>>304 アフリカ全体の人口の内、携帯を持てる層なんてたかが知れてるからね。
それでもそれなりに普及してるのは、固定回線の申し込み数が、交換機のキャパを遥かに越えてて、
ザラに2〜3年待たされるからだとか。
だから国民総数が東京の人口より少ないのに、携帯のキャリアが3社も入って顧客の争奪戦やってる国もある程。
幕末の薩摩島津家家老の一人、小松帯刀清廉。 彼は島津久光の懐刀として、薩長同盟成立に力を尽くし、その同盟締結交渉には、 必ず彼の私邸で行われた。 また、将軍慶喜に、大政奉還を進言した人物としても有名。 大政奉還後は、建設官僚の始祖として、長崎に作られた日本初の洋式船舶ドックの 建設計画に携わった他、鉄道建設の廟議にも加わり、将来を嘱望されたのですが、 36歳で病死した。 彼の功績を評価して、1922年、孫の重春の時代で、時の運輸大臣から重春の妻・ふく子 に品川駅構内での店舗営業の独占権を認められ、彼女は品川駅で駅弁や駅蕎麦の店を 出す様になった。 それが今の「常磐軒」。 ちなみに、現在名誉会長の小松士寿子氏は三島由紀夫の夫人の叔母に当たり、彼は1970 年、盾の会の決起に際し、駅近くの製造工場で合宿を行ったりしていたと言う。
>>299 ブレジネフ時代のソ連で、日本からの特派員が作り出し、
特派員仲間や商社マンの間でウケていたジョーク。
当時のモスクワ、特派員が住んでいた外国人向けのアパートで、
その特派員、ある大晦日にわざと大声で、ひとりしかいない部屋で話してみた。
「今日は大晦日だから、KGBの盗聴係もお休みだろうさ」
・・・とたんに部屋の電話が鳴り響き、特派員が出てみると、
「なめるな!俺たちはちゃんと仕事をしているぞ!」
・・・しかし、外国人向けのアパートに盗聴器が仕掛けられていたのはほぼ間違いなく、
一説にはこの話、全くのジョークではなく、実話が下敷きになっているのではないかという噂もあった。
309 :
元空士長 :2007/05/06(日) 21:54:57 ID:???
知り合いがニコンに勤めているが、 その職場は戦中むに作られた1トン爆弾に耐える代物。 戦後、何度と無く立替えの案が出たが、 壊せる解体屋がいなくて断念。 ある解体屋が結構な値段で引き受けたが、 クレーンにハンマーを積んだものでガンガン外壁を叩いたが ひびが入る程度で壊れなかったそうな。 しょうもないから、今でもその建物を使っている。
>>310 大震災で被災後、どんな地震にも耐えうるようにとやたら頑丈に建てたがために、
立て替えたくても壊せなくなってしまった(横にしても壊れないくらい頑丈らしい)
建物を持つ大学が実際にある
本郷か!
東大は建て替え可能でも金がない というか、金があったら他に使っちまう。
東工大?
耐震構造ってのは単に硬いだけの建物じゃないよう
古手のオーオタにしかわからない話題 アルテックの604DUPLEXスピーカーは大戦中に潜水艦のソナー室用に作られた。 後のスタジオモニターである。
徳川慶喜が銀製の飯盒を愛用していたというのはガイ出ですか?そうですか。
「最後の将軍」でも読んだか
>>310 初期のコンクリート建築物なんかで安全率を高く取りすぎて、
結果的に壊したくても壊せなくなってしまったケースとかあるな
阪急電車の旧・天神橋駅ビルなんか、80年物のビルでできれば壊したいらしいんだが
あまりに頑丈すぎて壊すに壊せないらしい
旧内務省も異常に丈夫だったらしいからねぇ。 1d爆弾にも耐えられるとかだったそうだし。 建て替えの時、一部を残してぶった切って残存部をそのまま使用してたってのは、余程頑丈に出来てたんだろうな。(w
青の洞門
>>320 今でも各地に旧軍の掩体壕が残っている理由のひとつに、
壊そうとしても歯が立たず、どうしてもとなれば巨額の撤去費用がかかるから、というのがある。
>314 東工大はもっと金がないだろうが。 東工大大岡山本館の3階と4階に居た陸海軍(どっちが上だか忘れた)は 空襲が始まると1階と2階に移動した。 大岡山西地区のいくつかの建物は耐震基準が古くヤバイ。 大岡山南地区も同様なうえ、余剰資材で増築や建設した建物も有る。 まあ、10年前の話なのでいくつか建て替えただろうけど。
耐震性重視で建てられたNTTや電力会社の設備ビルも けっこう凄いことになってそうだな 窓が小さくて、中はスペースとかお構いなしに太い柱が 下から上まで貫いてて、それをこれまた太い無骨な梁が 連結してる感じだし
>>311 早稲田大学のある校舎は建築学科の設計なのだが
外壁がKとOの模様に見えると不評
責任を取って建築学科が入ることになった
>>327 いや、あれは校舎自体が傾いてるという話だぞ。>理工学部校舎
そういう噂があったのである学生が卒論のテーマにしたところ結論が「傾いている」。
教授会で大問題になって検証したところ学生が正しかったそうだ。(w
で、設計を担当した建築学科が責任を取って入ることになった、んだとか。
>323 あれは禅海和尚が鑿で彫り抜いたトンネル
マジノ要塞やUボートバンカーが今なお残っているのも、同じ理由なんだろね。
ベルリンだかウィーンだかの高射砲塔が現存している理由もそうかな?
一方、金のない海保は 戦末期に急造された格納庫を泣く泣く使っている。 弾痕まであって、あれは地震が来たらやばいような気がする・・・
札幌の陸自官舎は、まだ明治時代の木造の奴使ってるのか? 土浦のは、会社の新人が飛び込みセールスに行ったあと 「・・・廃屋かと思った」という感想を漏らしてたが
戦時のコンクリート耐爆建造物は頑強だから解体と言っても爆破しか手がないんだよね。 でも、それをすると周囲に影響があるから出来ない。日本では法律上も無理じゃないか? アメリカのビル解体でそれをやっているがこれは脆い作りの民間ビルだから出来る事。 例に取ると高射砲塔で一番でかかったベルリンのツォー(動物園)ブンカーは1947〜1948年に 下部に438個の穴を酸素トーチで開けて、35tのダイナマイトでぶっ飛ばした。 しかし、その轟音と衝撃は避難させていた動物に被害がでたそうだから押して知るべし。
>315->337ちゃねらーの強い味方、日本ブレイク工業が有るぢゃないか
サーマルランスかなんかですこしづつぶった切っていって解体とかできんの? すごく時間がかかるだろうけど。
結局は費用対効果の問題になるわけですね その点ミサイルなら空き地があれば展開も撤収もすぐだが なにか、萌えない・・・ やはり軍用物は鉄とコンクリの塊でないと
昔のコンクリのビルの建物は結構頑丈だよ。 今はオフィスにするのにスペース上不利だからと言って柱の本数減らしている関係で 主要な柱を何本か爆破するだけで大きなビルも簡単に崩壊する。
前に千歳の倉庫の建築にバイトで行った時は普通の倉庫と同じ造りだったな。 駐屯所に入所する時、手続きのあいだ外が吹雪いてたんで詰め所に入れてもらった けど小銃が壁に無造作に立て掛けられててちょっと興奮(弾倉は無かったけど)。 それより、役所の仕事は寸法が図面と少しでも異なってたら修理じゃ無くて やり直させられるから気を抜くなと念入りに監督が言ってたのが印象に残ってる。 まぁ、民間の仕事でもそんなずさんな事は普通無いけどね。
陸上自衛隊某駐屯地に残る、日露戦争時代に建てられた赤レンガの兵舎。 現在は施設隊の倉庫として使われており、文化財として残そうという動きもある。 ・・・が、この兵舎に幽霊が出るといううわさがあり、 隊員に質問してみたところ、あっさりと、 「あ、出ますよ、新隊員のころならともかく、今じゃいちいち驚いていられませんね」。
旧軍の跡地といえば明治大学もそう。 文系の1・2年生が通う和泉キャンパスは、1934年に陸軍省の火薬庫跡地の 払い下げてを受けて作られたもの(当初は予科のみ)。 で、理系の学生が通う生田キャンパスは、知る人ぞ知る陸軍登戸研究所の跡地。
>>345 そういえば、京王線の「明大前」駅、開業当初は「火薬庫前」って物騒な名前だったんだよね。
347 :
名無し三等兵 :2007/05/09(水) 02:36:32 ID:WQ4Yk5M3
>345 二十ウン年前くらいまでは登戸研究所時代の実験棟が少し残ってたはずだけど 今はどうなってるんだろ。
>347 まだ残ってると聞いた。
ところで、知ってる人は知ってるが、 ドイツのリュースバルク市にはもっと凄い高射砲塔がw
妄想ノート乙 高射砲塔はどちらかと言えば貯蔵庫兼市民避難用のブンカーに高射砲を載せた代物なんで 防空効果は二の次。
対独戦勝60年記念軍事パレードの時にオープンカーに乗って先頭を行進 していたのはグレベニュク大将なんだぜ
>353 ソ連がベアでやった、大馬力エンジンの出力を高ピッチのプロペラで無理矢理 吸収させるって方式はどうなんだろう。 なんかドイツ人だと「そんな単純な方法で問題を解決するのは敗北主義だ!」 とか真顔で言ってそうだけど。
>>354 旧ドイツ的な技術開発の思考系は
「できることが重要なのではない、どうやるかが重要なのだ」ですな。
356 :
名無し三等兵 :2007/05/12(土) 11:39:12 ID:UGx3K/ok
白バイ野郎ジョン&パンチのジョン役の俳優さん 元海兵隊砲兵、軍曹… ベトナム実戦体験者。
ウルトラセブンのキリヤマ隊長役で有名な故「中山昭二」氏は 戦争中は海軍特別年少兵の水測兵だったぞ。「なに〜!」
>357 www.bea.hi-ho.ne.jp/nukamisso/aku/meibo/aku_meibo.html 凶悪だな、キリヤマ隊長。
理想の上司
360 :
名無し三等兵 :2007/05/12(土) 13:07:42 ID:wOljDipi
大戦中から 小松は ブルトーザを作っていた しかも陸海軍別に 2種類もあった
どっちが性能がいいんだろうか
363 :
名無し三等兵 :2007/05/12(土) 13:22:25 ID:UGx3K/ok
メジャーな歌手 故〇田こうじ氏 自称、「特攻隊の生き残り」 事実、真っ赤な嘘…。
故たんばもそう言ってなかったっけ?
365 :
名無し三等兵 :2007/05/12(土) 14:10:34 ID:UGx3K/ok
空手バカ一代の 主人公も自称…朝鮮の人なのにな?
366 :
名無し三等兵 :2007/05/12(土) 14:22:43 ID:UGx3K/ok
丹波氏は学徒動員、予科練? あやふやな記憶…。
丹波は学徒動員で地上勤務でしょ、本当の特攻くずれは白菊特攻隊の西村晃。 MAT隊長の根上 淳は特操で負傷したのか指が1本無かったはず。
光人社文庫は神田古本街には少ない
三菱の主任設計技師だった本庄季郎氏は、敗戦直後、食べるために工場に放置されていた ジュラルミンをフレームにした自転車を設計し、製作した。 これは珍しいので人目を惹いたものの、捻り剛性が不足、高速でハンドルが不安定な代物で、 結局市場では不評であった。 流石の本庄氏も、「自転車は、思いの外難しいわい」と述懐している(ぉぃ。 ちなみに、機体メーカーでは生きるために様々な商品を作ったが、ジュラルミンで作った食器は 腐りやすいので失敗、マグネシウムで作った火鉢は燃え出す事故があり、金属ナトリウムでも 製品を作ったが、うっかり水の中に入れて爆発する事故を起こしている。
技術屋が金属ナトリウムの性質を知らんわけあるまいに... 人間追い詰められると恐ろしいことをするなw
自転車メーカーのミヤタは、もとは「宮田製銃所」という銃器メーカー。 自転車メーカーに転換した理由のひとつが、 銃身を作る関係で、細い金属パイプの扱いに慣れていたから。 そういえばイギリスのオートバイメーカー、BSAも、 バーミンガム・スモール・アームズの名の通り、もとは銃器メーカーだったっけ。
日本楽器は金管楽器の加工技術が生かせるだろうということで、戦時中 航空機エンジンの排気管などを作ることになった。 エンジン製作に携わった経験が、戦後ヤマハ発動機を発足させた原点になった。
>>370 戦後、余剰ジュラルミンはバスボディにも使われた。
それどころか電車にまで使われた。
バスはまだ良かった。車庫に入れられたからだ。
問題は電車で、電蝕で車体が傷んでしまい、ボロボロになって10年保たなかった。
>>372 WW2時代のアメリカでも、ミシンメーカーのシンガー社がコルト・ガバメントを生産している。
ミシンの内部部品の製造ノウハウ、特に小さな鉄製部品の精密加工と焼き入れ技術が、
拳銃の部品の製造と共通するところがあったから。
しかし、逆に銃器メーカーの負のノウハウ「手の抜き方」を知らなかったシンガーは、
部品の組み立てや摺り合わせ、また、外観の仕上げをきっちりやったため、
現在、シンガー社製のガバメントにとんでもない高値がついているのは、
希少価値もあるが、戦時生産のガバメントとしては他社製に比べ品質が良かったこともあるという。
>>371 戦時中の高速増殖炉で使われてた奴か>ナトリウム
先代シーウルフの原子炉もナトリウム炉 酷いぼっこれ原子炉だったらしいが
>375 レミントン・アームズじゃないほうのレミントン(タイプライター会社)もガバメント作ってるよね。 タイプライターのほうのレミントンは今はユニシスに吸収合併されている。
>>372 宮田は今は消火器メーカーのイメージが強いなぁ。
>>379 機械メーカーのショーで豊和のパンフをもらったことがあるが、
自衛隊の小銃どころか、猟銃を作っていることにも触れていなかった。
「武器メーカー」のイメージを持たれたくないのだろうか?
>>381 豊和工業の公式サイトも、火器のページがないんだよな
383 :
名無し三等兵 :2007/05/14(月) 03:43:29 ID:4Ewe64Xk
三菱重工業のパンフなんか普通に戦闘機が載ってるけどね。 3年前の航空宇宙ショーではF-2のパンフを貰ったし、その昔には ターゲットドローンのパンフを貰った事もあるよ。 銃器メーカーの製品は、ある意味身近なものだから、扱いが微妙 なんじゃないのか。
レミントンは鼻毛切りも作ってなかったっけ? ワルサーのタイプって看板を横浜で見たような。 空調機メーカーのダイキンも防衛省への売上が全体の11%とかって聞いた気が。
逆に三菱重工は一般向けの製品となるとエアコンくらいしかないし、 防衛関連No.1企業だってのは有名だから、今さら隠そうともしないんだろう。
ダイキンはミサイル弾頭のトップメーカーじゃなかったかな。 東海道線の大船・藤沢間は軍需工業の一大集積地で、三菱重工、ダイキン、山武ハネウェル となじみの看板がたくさん見える。
>>387 横須賀があったし16号がそばを通ってるからね。
戸塚寄りにはニコンがあるし、今はなくなったけど辻堂にGSバッテリーがあった。
NECは『軍事研究』誌には必ず広告出しているけど、一般向けにはPRしてなさそう。
ダイキン って大阪金属ナントカからきてるんだろうけど、大阪砲兵工廠の何かを引き継いでるのかな?
ダイキンのHPで社史のpdfファイルがダウンロードできる。 創業者がもともと大阪砲兵工廠に勤めてたそうだ。
ダイキンは90式のAPFSDSなんかを作ってたように記憶している
最も最後に完成したナチスドイツ開発の戦車は戦後の1946年にドイツのZF社が 完成させフランスに引き渡したパンサー。
東レ、帝人も防衛庁(当時)関連企業で、 陸上自衛隊が新迷彩服を制式化したときは、開発段階から協力している。
防衛産業であっても、防衛庁関連企業では決して、決して無いと思う。
人民解放軍関連企業はいくらでもありそう。
>>396 人民解放軍そのものが企業経営やってたりとかな。
おれが見たのは中国某市で、
新装オープンのレストランの開店祝いに、
人民解放軍の軍楽隊がマーチを演奏していた光景だった。
ガイドに聞くと「あ、お金を払えば来てくれますよ」。
>>397 毛沢東が号泣しながら悶絶しそうな光景だな。
>>398 今の北京には「文革カフェ」があり、
文革ポスターに壁新聞、スローガンだらけの店内に、
紅衛兵のコスプレねーちゃんの革命歌ショーまであるそうだから、
それを見た毛沢東の霊が機嫌を直すかもしんない。
デモ鎮圧やらチェチェンでの暴れっぷりで有名なロシア内務省のOMONも 金払えば家や会社の警備をやってくれるとか
ウェイトレスに密告されそうで落ち着かないな、文革カフェ。 誕生日のお客様には自己批判サービスいたします。
>>398 もともと人民解放軍はゲリラから始まったので「自力更生」つって「自分たちの部隊は自分たちで支える」
という精神があるから問題なし。
略奪が合法的な(この言葉が大陸でどの程度意味があるのかわかりかねるが)商売に変わっただけってか
俸給で働く公務員というより、手っ取り早くカネでどうとでも転ぶ体質は健在だな
>>401 むしろ三角帽被せられ「私は反動主義者です」とかって書かれたプラカードを
胸に下げさせられて、ウェイトレスに毛沢東語録で顔を叩かれつつ悪罵を
浴びせられたい。
第二次大戦終結時、米戦艦群で第一線の艦として扱われていたのは ネヴァダ以降の20隻だが、この中で最も水平防御が劣っていたのは 実はかつて「世界の7大戦艦」だったコロラドとメリーランドだった。 これは他の旧式戦艦が近代化改装で水平防御を中心に強化したのに この両艦は水平防御の強化をしていないから。 なお同型艦のウエストバージニアは真珠湾攻撃後の修理と平行して 行われた近代化改装で水平防御は飛躍的に強化され、サウスダコタ級 を凌ぐ程になっている。
さて、ガ島から命からがら脱出した辻〜んは、陸軍大学校の教授をやった あと、南京の総軍第三課長に任命されます。 で、辻〜んが南京に着いてみると、南京には将校用の高級料亭が軒を並べ、 毎夜、将官たちが宴会を開いていた。 それを知った辻〜んは 「前線では兵士が飲まず食わずで戦っているのに、将校 がこんな事でいいのか!」 と激怒。 その後、司令に上申書を書き、裁決を受けて、将官向けの料亭を悉く閉鎖に追い込 んだ。
大型旅客機の代名詞的な存在、ボーイングB747、ジャンボ。 実はこの機体は軍用機として、当初開発された。米軍の輸送機として。 しかし、競合したロッキードC−130ギャラクシーに破れた。 そして、せっかく性能特性などは優れているのだからと、 ボーイング社はこの機体の設計を変更し、旅客機として完成させる。 そうして生まれたジャンボは世界の枢要な民間航路を制圧することになった。 何かがまかり間違い結果が逆転していたら、 我々は横田に発着するジャンボ、成田を行き交うギャラクシーを見ることになったのかもしれないな。
キャラクシーはC-5だぞ。
>>409 C-5な。
ちなみに747のエンジンはC-5への採用を目指したP&Wだったわけで、いわば負け組コンビといえる。
設計じゃなくて、企画段階だな、昔みたいに競争試作をしたわけ じゃないよ。
ホンダのCVCCエンジン。 これが出来た切っ掛けは、1969年に発表されたソ連の論文「過薄混合気を使用する火花点火機関についての ソ連に於ける実験」と言うものに掲載されていた実験用エンジンから着想を得たそうな。 ちなみに、この論文は軍用車輌に使用するエンジンに多種類の燃料を使用して作動させると言う実験について 述べたものであると言う。
>>409 ギャラクシーは高翼配置だから、あの形のまま旅客機になったかは・・・。
B-747ジャンボは更に、
「そのうち超音速旅客機が主流になったら、すぐに貨物専用機に転用できるように」
という視点で設計されていた。
あの特徴的な二階建て構造は、元々は軍用輸送機としての「人員室」だが、旅客機と
してはそういう視点で設けてあった。
結局オイルショックその他のせいでコンコルドとTu-144以外の超音速旅客機が
作られず、B-747の方が主流になっちゃったのは歴史の皮肉か。
尚ボーイング社はB-747の2階部分を後方に延ばした「総二階建機」を構想したが、
航空会社に「そんなに需要があるわけないし、第一そんなに人が載れる飛行機を
ペイさせるにはチケットの大幅値引きが必要になって利益が減る」と反対されたので
あえなく没った。
映画「フライトプラン」にはこの「総2階建てB-747」が登場している。
CGだけど・・・。
映画「フライトプラン」に積まれていた貨物コンテナはJAL所有のコンテナである (コンテナ上のロゴは変えられていたがコンテナ番号から所有者が判別できる) どうゆう経緯で「出演」したのかは謎だが
あんま有名じゃない戸塚道太郎、加藤寛治海軍大将の元帥昇格運動には終始反対し或る宴席の際に戸塚は出席していた 加藤から頭を叩かれた代わりに加藤に手にした杯の酒をブッかけ周囲を唖然とさせた。
第二次大戦後に米海軍で行った各国の艦艇についての評価において 水上艦の造機技術が最低と評価されたのはドイツ海軍。
第二次世界大戦中、イギリス護衛艦隊のトバーモリー基地司令、スティーヴンソン は、その検閲の厳しさから 『トバーモリーの恐怖』 と渾名された。 あるとき、コルベット艦の検閲中、いきなり帽子を甲板に叩きつけると、スティーヴン ソンは叫んだ。 「コレは不発弾だ! さっさと始末しろ!」 それを聞いた一人の若い水兵が列から飛び出し、その帽子を海に蹴り落とした。 (多分、ここまでは、昔、眠い人がしたと思う) それを見たスティーヴンソン。 その水兵を褒めたあと、流されゆく帽子を指差して、 「こんどは、あれは生存者だ! 飛び込んで救助しろ!」 と云い、11月の寒い海へ、その水兵を飛び込ませた。
>417 それは分からんでもない。 殆どの艦が計画重量より重くて、舷側装甲が半分海面下なんてのもあったから。
ドイツ海軍の場合、ヴェルサイユ体制で新造艦の建造がストップして 技術的空白が生じてしまった上に、要求性能が厳しくて無理のある設計 にならざるを得なかったからの最大の欠点。 大型艦はもちろん小型艦でも故障がちな上に、燃料消費量が予定より 大幅に増えてカタログデータよりかなり航続力が短かった。 ちなみにシャルンホルストやプリンツ・オイゲンなど主機が故障だらけ だった艦がフランスで整備を受けると快調になることがあったが、これは ドイツ製の機関鋼材よりもフランス製の方が優秀だったから。 なお日本海軍は技術的に平凡で特に見るべきモノはないが、堅実で問題は 少ないと評価されたそうな。
「戦艦の装甲板」の性能評価結果も悪かった。 こっちも技術の断絶と、進歩の失敗によるものだが。
大戦中の1942年でも、カムチャツカ半島では北洋漁業が行われ、1943年に至っても 北洋漁業が営まれていた。 1944年に、南方に回す船が必要になり、また、日ソ漁業協定の難航もあって、北洋 漁業は中止されたが、1945年になって切羽詰まった日本に食糧を送り込む為、カム チャツカに残していた冷凍魚とか干し魚、缶詰を回収するため、日本から船団が派遣 された。 残念なことに出航直前にTF38の小樽攻撃に遭い、2隻しか派遣できなかったが、 兎も角、カムチャツカに至った2隻は、工場に残した缶詰や魚類を回収し、出航する ばかりになった。 出航予定は、1945年8月9日となっていたりする。 ソ連参戦に伴い、乗組員は抑留され、紛れ込んでいた陸軍軍人は戦犯として逮捕、 投獄された上に、大きい方の船、笠戸丸はMBR2飛行艇に撃沈された。 ちなみに、この笠戸丸、1900年竣工の元ロシア帝国義勇艦隊の船だったりする。
水木しげるがラバウルへ行く際に乗艦したのは「信濃丸」(日本海海戦での無電通報のふね)、 敗戦後、復員するために乗り込んだのは「雪風」、 らしい。
信濃丸って残ってたの? 船舶改善施設でスクラップにされていそうな気がするが。
>425 蟹工船に改造されて、暫く利用された後、貨物船に復帰してます。 >423で書いた、1945年の回収船団に入る予定でしたが、TF38の小樽空襲で 中破し、結局その船団に入るのを断念しました。 これが笠戸丸との運命の分かれ道。 信濃丸は戦後も生き長らえています。 ちなみに、笠戸丸は、旅順で接収されたロシア義勇艦隊の「カザリン」で、 蟹工船時代は日露戦争で戦った(広義の意味で)船同士が同じ船団を 組んで蟹を捕っていたりします。
信濃丸が解体されたのは、1951年。 日露戦争から太平洋戦争まで戦い抜いて生き延びた ある意味とんでもない代物
大和だって日清戦争前から戦後まで生き延びてるぞ。 初代艦長は東郷平八郎 日本海に大和堆を発見し今も名前が残されている。 姉妹艦武蔵も結構長生きだったな。こちらも北海道沖で武蔵堆を発見し名を残した。 大和、武蔵、信濃最高!
すると何だ。時期によってトン数が変わっているのは、出世魚みたいなものなのか?
希代のストーリー・テラーとして知られるイギリスの作家ロアルド・ダールは、元々作家志望ではなかった。 彼は第2次大戦中、戦闘機パイロットとして従軍し、機体の故障により不時着、負傷して、 結局この事故の後遺症で軍を去ることになる。 第2次世界大戦に関する記事を執筆中だった作家のセシル・スコット・フォレスターは、 人里離れた荒野に不時着し、そこから生還したパイロットの心理がどんなものか知りたいと思い、 人づてに紹介されたダールに取材することにした。 取材には時間がかかりそうだったので、ダールは、フォレスターに、そのときの体験を簡単にまとめて、 送付すると約束した。 その後、送られてきたダールの体験談を読んだフォレスターは、その文章があまりにも見事なのに驚き、 ダールの体験を自らの文章に引用するのをやめ、その体験談をそのまま出版することにした。 こうして、作家ロアルド・ダールは世に出ることになったのである。
>>430 同じく、持ち込み原稿がそのまま出版されたのが、
ロータル・ギュンター・ブーフハイム。
どさっとばかりに出版社に送りつけられた原稿を、
編集者が目を通すうちに吸い寄せられてしまい、
タイトルだけを「いつかすばらしき日が」から「Uボート」に変え、出版。
ベストセラーになり、やがては映画の原作にもなった。
1961年、ベルリンの壁が築かれ始めると、米国は自国占領地区がソ連軍に占拠されることを恐れた。 このため、真っ先に防備が整えられたのが、米国の占領地区で、周囲が東ドイツに囲まれている 飛び地、シュタインシュテュッケンで、此処に兵がヘリコプターで送り込まれた。 この飛び地に通じる通路は全て封鎖されており、米国軍と雖も直接道路を伝って入れなかった為である。 この飛び地を守る兵力は、3名の米兵で、2〜3日毎にベルリンの米軍基地からヘリコプターで送り込まれ、 交代で警備に当たり、壁の崩壊までそれは続いた。 一方、英国はもう少しシニカルに事を運び、抗議の意を表した。 英国の占領地区には、ソ連の戦勝記念碑があり、此処はソ連占領地区の飛び地の様な存在で、ソ連兵が 警備に当たっていた。 其処で、英国大使は英国軍司令官に諮って、その戦勝記念碑の回りを有刺鉄線で囲むことにしたのである。 その上で近くに英国軍の分遣隊を派遣した。 その目的は同盟国ソ連軍を守るために…。 ソ連軍の指揮官である大佐が、英国軍憲兵隊大佐の元にやってきて、記念碑に何をするかと抗議した。 英国の憲兵隊大佐は、ベルリン市民の破壊活動から君たちを守ってやっているのだと答える。 それは非道だ、ソ連当局に相談もなく、そんなことをするのは遺憾だと抗議した瞬間、英国軍大佐は、ブラン デンブルク門を身振りで示し、ソ連当局は事前に相談もなく、可成りのことを遣って退けたようだ、と語った。 ソ連軍の大佐は、無言で立ち去ったが、怒りに震えていたような様子だったという。
痛烈な皮肉を喰らわすためなら、手間ひまを惜しまないッ そこにシビれるあこがれるゥ!
一昔前のトルコの学校では、チンギス・ハーンをトルコ人だと教えていた。 もちろん彼はモンゴル人であるが、モンゴル人はトルコ系=トルコ人という素敵論法である。 似たようなものに、「トルコ語はイスタンブールから北京まで通じる偉大な言語」というのがある。 列強に領土をズタズタにされた反動なんだろか。
それにしても下っ端が相手だし 効果はどんなものだろう
硫黄島上陸時、アメリカ軍は、保護することにになるだろう日本人非戦闘員の 為に1,500人分の食料を用意していた。
>>408 インパール戦末期、第15軍司令部が退却する際、
高級将校はとっくに後方に下がり、
経理部、参謀部、軍医棟、副官棟にそれぞれ割り当てられていた4棟の小屋の中では、
残務処理に残された数名の兵が機密文書の処分にあたっていた。
経理部の小屋には文書のほか、山のような乾パン、砂糖、塩干魚、菓子が残されており、
打ち捨てられていた将校行李の中には、新品の被服や長靴もたくさんあったのだが、
これら全ては兵の手で処分され、大半は防空壕に投げ捨てられていた。
・・・その傍らを、ボロボロの軍服をまとい、飢えきった兵が退却していったのだが・・・。
よくある話だ 平時でも石油危機のときなんか逆に石油貯蔵量や輸入量は増えたりしてる まして戦時なら
世界史上最高のエースとして知られるエーリッヒ・ハルトマンは公式の行事や 空軍高官との会見でも常に軍帽を右に傾けてかぶっていた。
>>438 アッツ島でも守備隊が戦わず降伏する事を考えて米軍は当地に2500人が収容できる収容所の準備と設営を行っていた。
殆ど知られていないが独ソ戦開戦直前の1940年、ソ連の海軍費は国家予算の 実に1/3を占めていた。
あの海軍のどこにそんなに金を使っていたんだろうか・・・
SLBMと空母作ろうとしてたからじゃね?
>>444 そりゃあーた、海軍大拡張ってんで
あちこちに大造船施設建設するは、戦艦やら巡洋戦艦大量に建造しようとしてればお金掛かるよ。
しかしスターリンおじさん、戦前のならともかく、戦後の計画にすら空母が入っていないって
どれだけ戦艦が好きなんだ
つーか、ガングート級なんかは艦齢とっくに過ぎた老朽艦で一斉射撃すると船体が裂けるとも言われていた代物。 それに前年の冬戦争の代償にフィンランドのハンゴ半島の租借権手に入れているから、ソ連海軍は機雷封鎖を受けずにやっとバルト海から外に出れる様になった。 とかく要塞建築や軍艦建造にはお金がかかる。フランスはマジノ線建設で近代化が遅れたし、日本も八八艦隊案で国を潰しかけたし。
あんだけ国土が広いんだから、ICBM一本槍で行けばもう少しソ連ももったかも知れんのにね。
まぁソ連だけに横道に逸れんかったという訳ですなwははは
>>444 ソビエツキー・ソユーズ級戦艦3隻の建造だけで、当時のソ連の造船力の2/3
を使っていたりする。
映像の20世紀だったかに、ベルリンの壁の前段階の鉄条網が出来た直後、 銃を持ったまま、その有刺鉄線を飛び越えて西側に亡命した国境警備隊員 の映像があったかと思う。 その映像の主、コンラート・シューマンは、その後バイエルンに住み、両腕に入れ墨 を入れ、アウディの組立工として働いた。 そして、1998年6月、彼は家族と口論した挙げ句、外の樹木で首を吊っているのが 妻によって発見された。 ちなみに、亡命時、彼が欲しがったのはサンドイッチだったと言う。
>>450 計画では1946年までにソビエツキー・ソユーズ級を15隻を建造すると言う
信じがたいものだった。
勿論、実現可能性はゼロ。
ドイツのZ計画同様、もしこんな計画が実行に移されていれば1940年代後半
にはソ連は崩壊していたかもしれん。
本日しいれた本に書いてあった話。 東京初空襲を行ったドゥーリットル氏、爆撃後中国上空まで飛行して Bー25からパラシュートで脱出した。 そして着地したのは、肥だめだった。
↑ ひとつ疑問が浮かんだんだが メリケンは肥だめなぞ知らなかったのではなかろうか。 教えてエロイ人
いいじゃん、着地のショックが少なくて。
>>452 >ソビエツキー・ソユーズ級を15隻を建造
( д ) ゚ ゚ マジ?
スタ公は一体何を考えてんの?
鳥肌実ばりにバルト海沿岸を戦艦で埋め尽くし・・・
>>456 まあ、あの世代の青少年の頃は戦艦の時代だったからねぇ。
国力(国威)=戦艦って感じじゃないのかな。
>>456 バルト海、黒海、太平洋の各艦隊毎に5隻配備の予定だった。
もっとも現在ですらウラジオストックでは6万トン級の艦5隻の運用が出来る
設備なんて無いから、巨大な海軍工廠の建設も同時で行われるはずだった。
どれだけ金がかかるのか想像も出来んがな。
恐ろしいのは、計画の一部艦艇は建造に着手していることなんだよな……
開戦時点でのソ連海軍潜水艦部隊、隻数&トン数では世界でも有数の勢力を誇っていたりします。 その後の活動は全くパッとしませんが。
ちなみに第二次大戦が勃発した1939年においてソ連は ・戦車 ・航空機 ・潜水艦 において世界最大の勢力を誇っていた。
ソビユッキー級の名前ってどんなんだっけ ソユーズ ベラロシア ウクライナ…?
ソビエツキー・ソユーズ (ソビエト連邦) ソビエツカヤ・ウクライナ (ソビエトのウクライナ) ソビエツカヤ・ベロルーシヤ (ソビエトの白ロシア) ソビエツカヤ・ロシア (ソビエトのロシア)
> 設備なんて無いから、巨大な海軍工廠の建設も同時で行われるはずだった。 > どれだけ金がかかるのか想像も出来んがな。 ほら、そこは核土木でぱぱっと…
>>464 そんな名前付けたら前線に出しにくそう。
そして、その後スターリング級を・・・
20世紀におけるソ連(ロシア)の海軍拡張とその結果 20世紀初頭 日露戦争で海軍壊滅 1910年代 15年で27隻の超弩級・巡戦の建造を計画。 第一次大戦とロシア革命で海軍壊滅 1940年代 ソビエツキーソユーズ級15隻、クロンシュタット級15隻を根幹とする海軍拡張を計画 独ソ戦で海軍壊滅 1950年代 スターリングラード級戦艦を始めとする海軍拡張を計画。スターリンの死で計画中止 この結果、キューバ危機ではアメリカの海上封鎖に対抗できず、フルシチョフ失脚の 一因となる。 1970〜80年代 キエフ級、タイフーン級などを建造し、短期間で米国の半分にまで海軍力を拡張 するも莫大な軍事支出に耐えかねてソ連邦崩壊。やっぱり海軍は壊滅。 このようにロシアが海軍を拡張すると必ずロクでもない結果になります。
70年代からのソ連海軍の軍事費を調べてきてから寝言を言いましょう
>>469 大陸国家が海軍整備するとろくなことにならんからな。
そもそも守るべき海上交易線が大してない(キューバは? アフリカの
親ソ国家は? というのは置いとく)のに大海軍持っても何の意味もない罠。
>>470 「莫大な軍事支出」としか書いてないんだから、別に海軍費に限った話では
無いと思うが。
大陸国家以前に・・・ ・東−大日本帝国>日本(中国)、アメリカ ・北西−英国、ドイツ、フランス ・南西−(フランス)イタリア、トルコ ・西−アメリカ ・・・と、周囲のすべてに有力な海軍を持ってる国があって、 地形的に相互に艦隊が支援できない、というどうしようもない状況がだからね おまけにワルシャワ条約機構内で、「もっとも優秀な過去の海軍保有実績」がポーランドか東ドイツ・・・
>>473 >ポーランドか東ドイツ
造船技術がドイツ系じゃないとダメってことなのかな?
>>469 昨今プーチン閣下がまた海軍を拡張しようとしているのですが・・・。
ロシアがまた弱るチャンスじゃないか ま、極東方面はもともと弱いからたいした変化は無いのか
>ソビエツキーソユーズ級15隻、クロンシュタット級15隻を根幹とする海軍拡張を計画 これは対独戦用では無く、対日戦用だったんですが。 「ツシマ」の復讐にしてはスターリン執念深過ぎw 実は45cm砲も機関も米国からの技術供与が頼りだったんだから駄目過ぎるんだけど。
朝鮮戦争あたりで ソビエツキーソユーズ級4隻 Vs アイオワ級4隻 ていうのを見たかった。
>>479 「航行中に沈んだ最後の戦艦」のタイトルを大和から奪わないでください>ソビエツキー・ソユーズ
独ソ戦が無ければ10隻くらいはウラジオストックに回航されて 突如、満州に侵攻したソ連軍と日本海の覇権をめぐって連合艦隊と 艦隊決戦おこなっていた予感。
連合艦隊と言ってもその頃には何隻も残ってない訳で・・・
イタリアの技術が多いから荒れた日本海では甲板が波をかぶって砲戦に向いてなかったがデフォだと思う。
訓練不足のまま波荒い日本海の作戦に投入され、もっぱら船酔いで 壊滅した唯一の近代海軍のタイトルを獲得
>>484 艦隊決戦前に
「天気晴朗なれど波高し」
で日本側は「万歳!」かと
日米聯合艦隊 大和型×2、改大和型×3、サウスダコタ型×4、モンタナ型×6 vs ソヴィエツキー・ソユーズ型×15 な大艦巨砲大決戦を見てみたいような‥
>>484 スパルヴィエロの設計を買ったミサイル艇1号型の事ですか
>>487 あのう、ソヴィエツキー・ソユーズ型は対日戦に使うとの前提でアメリカから技術供与の覚書とってますが。
ソ連艦隊が来ればアメリカは知らん顔。
ロシアミサイル巡洋艦アドミラール・ラーザリェフ(旧ソ連海軍フルンゼ) は1993年の事故で原子炉が緊急停止したが、緊急停止した原子炉の再稼働 には艦隊司令官の許可が必要だったのだが、ソ連崩壊後に海軍をおそった ゴタゴタに巻き込まれて許可が下りず、その後はオーバーホールする金も 無かったので現在に至るまで係留保管されたままである。
東西ベルリン間の通行証明書の正式名称は、「I/16.01 F250/67 KB 2070」 それを持たない人たちの東西間の移動を、俗に「亡命」というのだが。 結構有名なのは、1964年10月3〜5日に57人が通り抜けた「トンネル57」と呼ばれた 地下トンネル。 これを掘削する人々は、このトンネル掘りの事を「東京作戦」と呼んだ。 これは、この年の10月に東京でオリンピックが開催され、このトンネル完成が10月だった からだと言う。
日本初の南極点往復旅行に関する小ネタ。 ・参加した雪上車は合計4台で、それぞれ「翔鶴」「瑞鶴」「蒼龍」「飛龍」と名づけられた。 司令車は「瑞鶴」である。 ・南極点到達数日前、東京より「ト」連送の電報が南極点旅行隊に届いた。 ・南極点到達時、先頭の司令車には旭日旗と星条旗が翻っており、それを南極点基地の隊員が 撮影し各地に配信した。 後日、この旅行の隊長は文部省の人に怒られたそうだ。 ちなみに、他の雪上車「蒼龍」には特大の日章旗、「飛龍」には国土地理院の旗が 翻っていた。 (「翔鶴」は、足回りの故障の為に途中で放棄された) 後の話だが、海上保安庁旗と空気膨張式ビニール人形を翻して、ドームふじ基地 へ行った雪上車もいました。
>>492 >「翔鶴」は、足回りの故障の為に途中で放棄
やっぱり被害担当艦・・・ (ノД`)
>>489 いやいや、火葬戦記的なアクロバット時間犯罪なら問題はないw
火葬戦記じゃ、一瞬のシチュエーションのために世界を魔改造するのがデフォだから。
まあ15隻全部が完成するまでかなり時間がかかるから、ソ連財政からスターリンの健康問題まで
無数の問題も片付けないとならんがw
無茶苦茶言うのと金払いが悪くなったので交渉を途中で打ち切られてるから、 実際のところはアメリカとの縁もさほどでもないわけで。 つか基本設計はイタリアだしな。
>基本設計はイタリアだしな。 地中海と日本海の差は考慮されてなさそうだな。
きっと、艦の大きさと乗員の士気が反比例している。
自衛隊の階級は全部で17階級だが、階級章は18種類ある。 これは、米国出張中の源田実航空幕僚長が、勝手に階級章の星を一つ増やし、 後にそれが規則改定によって公式のものとなった……という話は、自衛隊裏話のたぐいには良く載っているので、 知っている人も多いと思われる。 航空自衛隊での現場の勝手な行為が、後に公式なものになった例は他にもある。 航空自衛隊草創期の1950年代後半、隊員の間に、冬季、青のマフラーを着用することが流行ったことがある。 これは、同時期日本に駐留していた米空軍の流行を取り入れたものらしい。 厳密には規則違反の行為なので、当初は注意などをしていたのだが、あまりにもこの着こなしをしている隊員が多く、 高級幹部でもこのスタイルを好む者が現れたため、結局、航空自衛隊の服装規則には、許可される服装として 「外とうの下に淡青色無地のえり巻きをを着用すること」という一文が書き加えられることになったのである。 この手の流行は時代とともに変わるもので、青のマフラーで外を出歩く者はほとんどいなくなったが、 この一文は現在も残っており、レトロなスタイルを好む航空自衛隊員がこの服装をすることは規則違反ではない。
>>498 >これは、米国出張中の源田実航空幕僚長が、勝手に階級章の星を一つ増やし・・・
詳細を知りたし
倒幕議長
>>499 現在の自衛隊の階級章、統幕長と各幕長は星四つ(各国の大将相当)なんだけど、
階級としてはあくまで将(中将相当)です。
源田実が空幕長だったときの米国視察の折、空将の星三つの階級章を付けて各地を訪問したところ、
先方は当然中将待遇しかしない。
米空軍参謀総長(大将)との扱いの差に腹を立て、勝手に階級章を四つ星に変更したとのこと。
源田の帰国後、自衛隊の服装規則が変更されて、この措置が追認されたと、そんなような話。
「源田実」「階級章」でググるといろいろ引っかかる。
502 :
名無し三等兵 :2007/06/08(金) 22:41:12 ID:cpGhgWEs
>>491 東ドイツから西ドイツに脱出を企てたある青年。
なかなかのアイデアマンで、
芝刈り機のエンジンを収めたシェルから、小さなスクリューを突き出した、
水中スクーターを自作し、海からの脱出を試みた。
冬の、人のいない海水浴場から、全身に油を塗って体温が奪われるのを防ぎ、
それでも凍死寸前まで身体を冷やしつつ、かろうじて西側に脱出に成功。
・・・しかし、青年の誤算?は、文字通り「裸一貫」で脱出したため、
西側での生活を始める元手がまるでなかったことだった。
青年は自作した水中スクーターのアイデアを、西ドイツのメーカーに売り込み、
メーカーがこれを商品化したところ、ヒット商品に。
青年はメーカーの重役に収まり、まずまずの成功者になったという。
なお、青年が自作したオリジナルの水中スクーターは、
旧西ベルリン地区にある、西側に亡命を図った東ドイツ人の記録や持ち物を収めた、
「脱出博物館」の目玉展示品になったとか。
502レベルの文章を空で書けるとしたら結構すげぇな。 何処かからのコピペ?
いや、別に文章は普通だろ……? 内容はともかく。
>>492 >後日、この旅行の隊長は文部省の人に怒られたそうだ。
なんで怒られたの?
どの行為にどんな問題があったの?
南極のコケから勝手にペギミンHを作ったからだろ。
508 :
492 :2007/06/09(土) 10:05:38 ID:???
>>506 日本人初の南極点到達写真として、中学生の教科書にその写真が
掲載されたと言う話なんですが、
「教科書に”日本海軍の旗”を掲載するのはうまくない!」
ということなんじゃないんですかね?
官僚は頭が固いから。
戦後日本の国威をしめす大事業なんだから、星条旗などあったらいかんだろうが。
そう言えば、そのときに資金を出したのは朝日新聞。読売や産経もこういう事に金を出せば良いのに・・・・
しかし南極探検を言い出した朝日新聞の記者と、 南極観測隊の隊長は、大喧嘩をして仲違いしてしまった。
米国には江戸に因む地名が:4カ所ある。 IndianaにYeddo、New YorkとPennsylvania、MichiganにJeddo。 Indianaのは、米国郵政省によって短く珍しくて独特な地名として名付けられた。 New YorkのJeddoは、郵便局を設置する際に、村民が集会を開いて正式地名をどうするか討議した時に、 一人の小学生の提案によって決定された。 PennsylvaniaのJeddoは、1854年の日米和親条約に因んで(但し、村の成立は1872年)。 MichiganのJeddoは、前の名称が周りと同じだったので改名した。 東京は、TexasにTokioと言う地名であるが、辺鄙なこの町に郵便局を作る際、日本の「寂しい」都市東京を 想起するとして名付けられた。 人に因む地名は駅に多く、North Dakotaにあった貨物駅にはKurokiと言う駅があった。 これは、日露戦争時の第一軍司令官黒木為髑蜿ォに因んだもの。 カナダのCNR鉄道にも駅名にKurokiがあるが、同じ路線には他に東郷平八郎元帥に因むTogo駅、帝に因む Mikado駅があり、同鉄道のRegina駅には、1905年に戦費調達のためにNew Yorkに向かう途中、福島安正 参謀が平原を眺めるために小休止した事が縁となって、待避線の名前にFukushimaと言う名前が付いている。
>>512 パイナップルARMYのジェド豪士の名前はそこからとったんだろうか
東京の地名にも軍事にちなんだものがある 巨大団地で有名な高島平は江戸時代に洋式砲術師範の高島秋帆が砲術演習を行い 江戸の庶民どもに「高島先生が砲術を行った場所」という意味で「高島平」と呼ばれるようになった お台場も、もとは「砲台場」からきている
さすがは歴史の浅い米国だな。軍艦にまで旧敵国の島名、付けるんだから。余裕か…イイヤツダ(T_T)/~
島名じゃなくて戦場の名前だろ。
戦場というよりは勝ち戦?
>>517 じゃ、ジパングとかジャーマンとか言う駆逐艦があっても良かったんだな。少しかっこ悪いが。
勝ち戦ってか激戦地 Battle Of 珊瑚海とか、勝ち戦とは言えない戦場の名前が付いてるのもあるし
アメリカのネーミングセンスは俺も時々「?」が浮かぶ 揚陸艦「ニューヨーク」なんか、9.11テロに因んでだからなぁ… 「犠牲者への哀悼の意を表して対テロ戦に携わる戦闘艦に」って言ってるけども何かなぁ それってPAC3に愛称「太っちょ」ってつけるようなもんだと思うのは俺だけ?
永六輔:編の「無名人名語録」シリーズより。 「こないださぁ、テレビ見てたらアメリカの軍艦にオキナワって名前の空母あんのね。 ビックリしちゃった。 トーキョーなんていう戦艦あるかも知れない、面白いよね」 ……非オタの認識なんてこんなもん、という例。
核爆発探知衛星”ベラ”、ガンマ線や強い閃光を探知して 核爆発を探知する人工衛星だが、初めて探知したガンマ線は 宇宙空間から飛来する物だった。 この発見によって、ガンマ線天文学の道が開かれた。
日本の軍艦にも、ノブナガとかケンシンとか付けたら強そうなんだけどなぁ。潜水艦にはカンスケとかヤギュウとか。
艦隊派で知られる高橋三吉、WW1の時に特務艦隊参謀として派遣される時に 妻に変な虫が付かないように米内光政のもとに夫人を預けている・・・ 思想が違えども二人の仲はよかったそうだ だけど米内が夫人に手を出すと考えなかったのか?米内はもてて愛人イパーイいたそうな
>>525 海自の潜水艦には「海中生物」の名が付けられると艦艇命名基準にある。
旧軍の大鯨とか長鯨あたりを意識してるんだろうが、海自創設以来一度たりとも使われた事がなかったりする。理由の想像はつくけどね。
>>527 なんで?潜水艦にはどちらかいうと昔の駆逐艦の命名基準(海洋、気象を表す用語)が使われているような…カイリュウってあったね?フクリュウは違うか…
解った!ゴメン!タコとかウニだと寿司を連想するからだな?喰われる→撃沈される。
アメリカの潜水艦には美味しそうな名前が一杯だった訳だが
おなかすいた
>>530 そのアメリカの潜水艦も、今は州名や都市名に
海軍の中の人曰く「魚では票にならん」
流石にみかさやしきしまやあさひは出来んか
〈しきしま〉は海保に、〈あさひ〉は昔の海自貸与艦にいたり。
>>529 いや、鯨の名前なら反捕鯨諸国には有効かもしれない。
……なわけないよな。
>>527 蟹シリーズはどう?
ハサミもあって強そう!!
とりあえず次期最新鋭潜水艦の1番鑑には
「スベスベマンジュウガニ」をお願いします。orz
毒も持っていて、とても強いです。
二番艦は ケブカガニ まちがいない
深海の装甲巻貝こと「ウロコフネタマガイ」 狩猟する毒貝「アンボイナ」「タガヤサンミナシ」 うん、そんなフネ乗りたくないw
そろそろスレタイ読んでくれないかな。
>>525 明治大帝が「人名つけてそのフネが沈没したら失礼になっちゃうからやめようよ」って言ったの。
戦艦の名前に「神武」はどうでしょうか、と海軍からお伺いを立てられて答えたときのお言葉だそうですが。
POWかたなしw
ドイツ海軍で使用されたナチス時代の軍人の名前を冠した駆逐艦 「リュッチェンス」「メルダース」「ロンメル」の3隻は米国製。 さすがドイツはイヤミったらしいぜw
米軍も駆逐艦「ウィンストン・チャーチル」を持ってる
ソ連の潜水艦は、「ウィスキー級」なんてあるな
もっともソ連がつけた名前ではないけど
>>541 「インヴィンシブル」だの「ビクトリー」だの、負けることを最初から考えてない英国海軍だからな
プリンスオブウェールズが沈んだらシャレにならんとか考えないんだもんな
フッドなんかは沈没することどころか、沈み方すらまんまだしなぁ。。。
>>546 微妙だが、それは違う
爆沈したフッドは、乗艦が爆沈したフッドではなくて、
アメリカ独立戦争のときに提督だったサミュエル・フッドからつけられている
ちなみにサミュエル・フッドの上官は、ジョージ・ブリッジス・ロドネイ
「フッド」(=hoodlum)は、アメリカの俗語で「ならず者」「犯罪者」という意味であることのほうが問題かと
スピットファイアやヘルキャットに比べたら
ヴァンガードは先駆者か前衛のどっちだ意味…
通常型動力潜水艦おおさか級…か、微妙だな。マックのフォントみたいだし。アメリカの都市名ならしっくりするのになぁ。やはり負けたからかな。
>>544 ウィスキーは単に「ソビエトの潜水艦はフェネティックコ−ドでクラス名を呼ぶ」の
基準から「U」が割り振られただけだからねぇ。
ただ、「じゃあなんでUなの?」の答えは「そりゃお前ェ、”敵”の潜水艦に付ける
アルファベットったらまずはUだろが」というただそれだけの理由だったそうだが。
>>549 ヴァンガードの意味は「前衛(的」。
フランス語の「アヴァンギャルド」と意味同じ。
・・・先鋭的でも何でもなく完成した時は既に時代遅れだった戦艦にこんな名前を
つけた英国海軍は流石だ。
ウィスキーはWで始まるんじゃ・・・
釣りで言ってるのかマジで言ってるのか判断に苦しむ。
ヴァンガードの説明は正しい
>>552 で、「U」級ってのもあったよね? ユニフォーム級だっけ? ユニコーン級だったかな?
ソビエト発の原子力潜水艦が「N(ノヴェンバー)」級なのはやっぱり「Nuclear」だから「N」なんだろうなぁ。
557 :
556訂正 :2007/06/12(火) 20:31:05 ID:???
「初」だった、スマソ。
まぁ不屈とか勝利とか復讐は悪くは無いと思うんだ・・・だけど革命はないだろ・・・ そんなにアカになりたいのかイギリス
へ? イギリスって革命の本場じゃん。清教徒革命、名誉革命、産業革命。
ロシア語で革命、「Revolyutsiya」は英語の「Revolution」に由来する。 (元々、ロシア語にそのような概念はなかった)
そろそろスレタイ読んだら
英海軍にレボリューションってフネは見当たらないんだが レゾリューションと間違えてるのだろうか
チャレンジャー戦車には、紅茶用湯沸しポッドが標準装備されている。
チャレンジャー戦車と言ってもいくつかあるわけだが。
旧日本軍にはぎんばえと呼ばれる物資調達専門の特殊兵士がいたらしい
567 :
名無し三等兵 :2007/06/12(火) 23:47:34 ID:AKS7y2Ng
>>566 物資をちょろまかす行為をギンバエと呼ぶんじゃなかったか?
568 :
司令長官 :2007/06/12(火) 23:56:52 ID:???
日本海軍はラムネ、アメリカ軍はアイスの製造機があった。 ラを取ったらムネ、最近憧れてますってふざけるなボケ!
>>567 シールズみたいな感じの特殊な任務でなかったの?
一瞬、嘘を教えるスレからの誤爆かと思ったぞw >ギンバエ
>>566 ,567,569
高橋 孟「海軍めしたき物語」を読むことをお勧めしとく。
ギンバイだけじゃなく戦艦霧島の艦底内部は錆でボロボロだったとか、
大和は巨大な坂だったとか、面白い話がいろいろ出ている。
そういえば坂井三郎氏も戦艦霧島に乗っていたんだが、 二重底内の掃除をする時、見える所だけ掃除して 奥の方は掃除しなかった、なんて話をしていたな。
>>573 あ、それしるこ作ってて「甘みを足せ」といわれて延々砂糖足してたという話が載ってるやつ?
もう一度読みたかったけど題名忘れてたんだ。助かった、サンクス
>>575 まさにそれ。気付いて塩を足したら甘くなり過ぎて薄めまくったとか。
春風亭柳昇「与太郎戦記」も面白いよ。
陸軍なのに輸送船に対空射撃要員として乗り込んで
支給された謎の新兵器「打上筒」は実はただの花火
夜間に飛来した敵機は花火に驚き退散
打上筒って制式だったのだろうか?
>>575 そうそれ。
汁粉なんて作ったことなくて、「なんでこう砂糖ガンガン入れてるのに一向に甘く
ならないんだろう?」とか思ってたら上官がやってきて「塩は入れたのか?」「?」
って答えたら「馬鹿野郎、塩入れない汁粉が甘くなるわけないだろ!!」って殴られた、
という。
言われたとおり塩入れたら今度はとても食べれないくらい甘くなっちゃって、
「水で薄めろ!」「はい!」「もっと薄めろ!」「はい!」を繰り返すうちに量が
倍くらいになってしまった・・・という話ね。
1895年6月10日、占領した台湾の基隆と台北の間の鉄道を工兵部隊が4日間で応急 修理し、1日1往復、貨車12両編成の列車を運行させることになった。 この時の積荷は、歩兵部隊や工兵部隊が必要とした弾薬や食糧と言った、軍需 物資や総督府関連の物資だったが、変わったところでは近衛師団長療養用の氷塊 も含まれていた。 ところが、この列車には各部隊が先を争って急ぎの物資と称して需品を積み込んだ為、 列車は重量オーバーで発車できず、60名の人夫に後押しして貰って漸く発車する有様。 このため、この列車を称して関係者は、「後押汽車」だの「肺病鉄道(機関車は蒸気漏れが 激しく非力であったため)」だのと言われた。 因みに台湾には碌な道路が無かったため、止むを得ず各部隊が移動のために鉄路を 歩いた関係で線路や路盤は荒れ放題となり、6月14日に樺山総督を乗せた列車は途中 2回も脱線し、基隆〜台北の間を7時間半も掛けて走ったと言う。
>>578 まあ、日清戦争の直前の時期に至って
清国側の有能な官僚がやっとこさ台湾の重要性に着目し(それまでは放置状態)、
規格の低いのは承知でとにかく速成建設したのが、台湾の鉄道の最初だからな。
台湾における東海道本線とも言うべき西海岸の縦貫線が、
まともな規格に改められて本来あるべき機能を果たすに至ったのは、
台湾が日本領となった後、ほとんど一からやり直すほどの大改修をしてからだ。
今も昔も日本は他国の援助に存在価値があるということか。
>>565 はん
FV4030/4 Challenger 1には確実についてる。
2ははっきりとはワカランが、多分付いてるんじゃないかなぁ?
不整地走行中にお湯が飛び散り乗員が火傷する危険性と 紅茶が飲めなくて士気がだだ下がりになって戦闘不能となる可能性 どちらを重視するかってことか。 英国人はやはり紅茶飲まないと死んでまうのか・・・
>>582 中で紅茶を飲めないほうが圧倒的に不利だぞ
もし、中で飲めないと・・・
・お茶の時間になるたびに、勝手に外に出てお湯を沸かし始める
→攻撃されて、全滅
・お湯を沸かす機材すらないと、勝手に宿営地に帰ってくる
→進軍速度の劇的な低下
・仕方ないから我慢する
→紅茶の消費量が減って、不況に
どう考えても、紅茶を飲めるようにしたほうがいい
なんか、そういう流れの結果エロいことする漫画って無かったか?ww
前にどこかに書き込んだけど、英国人は、敵地に向かう弾薬満載の木骨布張りグライダーの中で 野戦用ストーブ使って紅茶を淹れ始める人種ですよ?
こっちは、内地に向かう全金属製四発機の中で煙草すら吸えないというのに・・・
紅茶の値上げが植民地の独立の契機に成る民族ですからね。
奴らの体内には血液やリンパ液のほかに紅茶が循環する管があるに違いない
帝政ロシア海軍にもサモワールでのお茶の時間はありました。 ソ連戦車兵は戦車に搭乗しながら喫煙できるぞ。
そののりで、ウォッカあおりながらでも事故らない 運転装置を開発したらいいのにな。
ウォッカって暖まるための飲み物だろ?それと煙草って!火が付かなかったのかな?ソ連の戦車って硬くて丈夫だったそうな、カラシニコフと一緒で大雑把に造ってるから故障も少なかったらしい。ドイツやニホンと違うな。
>>591 逆に考えるんだ。
機械を作ったり、使ったりする人間が大雑把なんだと。
>>578 発車できないだけなら笑い話ですむがその電車はちゃんと停止できたのだろうか
>>591 T34は故障が多かったと聞くけどな;。
ただ、作りが単純だからすぐ直るだけで。
どの国にも英国の紅茶に相当する物があるんだろうな 韓国のキムチ、日本の白飯や醤油、アメ公のソフトクリーム、 オージーはまさかあの黒い発酵スプレッドを戦場にも持って来てるのか?
>>595 カンガルー肉とかじゃないのか?
モンティパイソン的には生肉w
>>591 独ソ戦開戦以降のソ連では熟練工員が殆ど徴兵されてしまい、未熟練工員が
兵器を造っていたので故障は多かったよ。
それを上回る数を造っただけ。
>>595 軍用レーションにはしっかりとヴェジマイトが入ってますがな。
>>594 ギアが切り変わらない時に叩く用のハンマーが標準装備なのってT-34だっけ?
>>591 >カラシニコフと一緒で大雑把に造ってるから故障も少なかったらしい。ドイツやニホンと違うな。
大雑把な作りというより機構が単純なのを好んでいたね。変速機とかは。
リアエンジンだから妙なアイドリングなんぞ使わずに回転計に合わせてギアを力まかせに叩き込む感じ。
当然に寿命は短い。
反面、T-34の燃料噴射ポンプなんかは凄く精巧な代物だよ。
それゆえ故障しても前線で調整できないから、エンジン丸ごと取替え。
まぁ、故障する前にやられる場合が多かったと思うけど。
あの噴射ポンプは凄いと思った。 当時のソ連であれだけのものを開発・生産できたこと自体が信じがたい。 同じ軍用ディーゼルでも、とりあえずボッシュポンプの国産化はしたにせよ とにかく重くて、雑食性だけが取り柄、という100式統制型しか作れなかった日本との パワーの差を感じた。 鈴木孝先生の本で、前面の装甲はしっかりつくるが、 後部装甲は大して重要でないから多少スが入っててもいい、 と割り切ったT34の生産手法が紹介されていて、これも脱帽した。 なるほど理に適った割り切りだ。
T-34の燃料噴射ポンプはボッシュ社のライセンスですよ。 開戦前の独ソ蜜月の賜物。
戦後ライセンス料払ったんだろうか?
戦前には農産物とかのバーターで払ってますよ。 戦中は当然に無視w >割り切ったT34の生産手法が紹介されていて ソ連戦車は戦前の方が国家が納入規格に厳しく、装甲板を丁重に溶接したり 鋳造部分の湯口をわざわざグラインダーで削ったりして綺麗に作られている。 戦中にノルマが厳しくなると鋳造砲塔なんてかなり検査が雑で弾丸が貫通しなくても 内部の装甲が剥がれて被害を受けるなんて苦情がでている。
>>599 アンドルー・コックバーン「脅威」に、著者が米軍オプ・フォースを取材したときの話があるが、
オプ・フォースで使われていたT62を評して、
責任者の大尉
「変速機は手動だが、操作がやっかいで操縦手はうんざりする。
実は、操縦手はギアを入れるのに大づちを支給されている」
ある軍曹
「ソ連戦車がそんなによく設計されているのなら、
エンジンを取り出すのに、まず、砲塔を半日もかかって取り外さなくてはならないとはどういうことなんだ?」
・・・そのT62につけられていた公式の運転手引き書
「250時間エンジンを動かしたら完全分解しての修理が必要、全体の耐用時間は500時間」
駄っ作機に載ってた誤差がセンチ単位でも動くように設計した ソ連の飛行機ってなんだったっけ?
ドイツがソ連になだれ込んだときに、日本も攻め込んだら勝ってたかな?97式中戦車は大活躍したかな?
>>608 無理、というのが当時の陸軍参謀本部の判断
在満兵力かき集めても、極東ソ連軍を破るのは無理だろうと
準備だけはしてたけどね、関特演
>>605 ソ連兵器は蓋を開けたら対した事がなかったりしたのが多い。
T-55やらT-62もゴラン高原でやたら撃破されてしまい、
燃料タンクが操縦者の隣にあるのと変速機でカバーされてないために
操縦者の死者と意外にも炎上した戦車が多かった事を露呈してしまった。
ちなみにWW2のドイツではドイツ戦車兵は撃破されて黒い黒煙を上げるのはソ連戦車、
白い煙があがるのがドイツ戦車と区別していた。
>>610 T72も神戦車じゃなかったしなぁ・・・。
>>610 煙の色の違いは燃料の違いのせい?
そういえばソ連戦車は錆止めのために車体表面にオイルを塗ることが多く、
被弾したときなどにこれが良く燃えたとも聞くが、模型雑誌の記事がソースなので本当かは知らん。
重機で撃たれたくらいでも火がつきそうだな、それ
軍板でT-72が神戦車と呼ばれるようになったのは「PCコマンド ボブ&キース」 にて「鬼戦車T-34」をパロッた「鬼戦車T-72」のネタがふられ、それが転じて 「神戦車T-72」と呼ばれるようになった。 マジでしょうもない知識だなw
615 :
605 :2007/06/17(日) 00:56:31 ID:???
同じく「脅威」からの引用を続けると、
オプ・フォースで使われていたソ連戦車の、最も故障が多いのはエンジンと変速機だったが、
>>605 に登場した責任者の大尉、
実は著者の取材時点で、変速機の修理の仕方を知っている兵士が米陸軍をやめると言ったため、
かなり落ち込んでいたのである。
少なくとも週に1回は変速機が故障するため、
その兵士がやめてしまうと、オプ・フォース部隊全部が動きの取れなくなる危険があったから、とか。
>>612 オイルを塗るのはパレード時のおめかしと聞いたが....
タンクデサントのおしりを汚すだけで、錆び止めにはあまり効果ないと思う。
ソ連戦車はディーゼルエンジン本体の軽量化にマグネシウム合金使う関係で
火災で融点を超えると派手に燃え上がったそうです。
おっしゃるとおり、煙の違いは燃料の違いでドイツ戦車は一気に火が出るが、
消火できたり、しばらくしたら消える場合もあったそうです。
ただ、ソ連戦車はいったん火が付くと止まらず弾薬まで爆発する場合も多かったとか。
>>609 ありがと。やっぱり97式は話にもならん?行っててほしかったなぁ。うまくいけば、サイパン、トラック、サハリン、満州、などは国内旅行で行けるようになってたかも…
>>617 満州どころか、札幌、東京、大阪、福岡まで国内旅行で行けるようになってたよ。
ソ連のな。
>>608 関特演はドイツの侵攻に対するソ連への牽制よりも、ソ連の大動員に対する防衛策の方が正しいとも。
事実、ドイツがソ連侵攻に成功するとの意見は陸軍でも疑問視されていたし。
陸軍でも疑問視されていたのなら、バスに乗り遅れるなとか政府を煽るなよ。
そのスローガン陸軍か?
>>617 97式の主砲では、BT-7の装甲すら撃ち抜けないからなあ。
ましてやT-34やKVが出てきた日には……
ドイツがソ連を牽制する事を陸軍は歓迎していたが、ドイツが本当にソ連に侵攻すると凄く迷惑になった。
なんか陸軍って性格悪くて小心者やな、弱いくせに偉そうにするし。女の子に嫌われるタイプだな。
ガキなんぞに嫌われても、なじみの芸者が戦地の司令部まで来てくれれば問題無し。
>>624 海軍もカッコばかりつけて、いざとなるとだらしないしいい加減だし。
どっちも女の子にもてないと思われ。
ホリエモンも見栄えばかり繕って、いざとなると情けないしいい加減だし。 どいつも女の子にもてないと思われ。
>>622 ええー、BT7はノモンハンで八九式に撃破されてたじゃん。
あいつなんだかんだ言ってチハより装甲薄いぞ。
>>615 BTRは左右にそれぞれエンジンが一基ずつついてるんで同調で死ぬ、とか書いてなかったか。読んだのがずいぶん昔なんでうろ覚えだが。
>>629 「脅威」の他にも、
スヴォーロフ「ソ連軍の素顔」にその記述がある。
著者は西側に亡命した機甲科の佐官で、スヴォーロフはペンネーム。
>>628 そうか、八九式に撃破されるなら九七式なら楽勝だったな!歴史の舞台に踊り出れなかったのが残念。九七式棺桶と言われなくてすんだかも知れないのに。合掌。
T-55、T-62はエンジンは冷却不足で夏はオーバーヒート気味との話もあったな。 ロシアではむしろ加冷の方が心配だったのかもしれんが。
寒冷地仕様。高いんだ。
>>631 マレー進撃戦で歴史の舞台に出たじゃん。
>>634 あれは自転車でなかったの?知識なくてスマン
>>635 マレー侵攻では97式戦車は活躍してますよ。
元々の目的だった歩兵支援にはぴったりでしたから。
>>636 そうなんだ!敵戦車をがんがん撃破した話を是非ききたい!あんな遠くで…
>>637 「島田戦車隊」で検索しろ、幸せになれる
敵戦車をガンガンなら硫黄島とか沖縄の方が良いような薬缶
日本の戦車は基本的に対戦車戦闘するように出来てねぇからなぁ・・・。 フィリピンでホニが頑張った位か?
>>640 八九式で包囲してガンガン直撃させたのに1発も貫通しなかったのはどこだっけ?
>>640 誰が薬缶だよ!鉄瓶くらいには丈夫だぞ。
>>642 日本戦車の活躍ではほぼどこでも。
リンガエン上陸後、ビルマ侵攻後、ビルマ防衛戦、比島防衛戦。
日本軍砲弾は軽戦車相手だと跳ね返されるが、
敵が中戦車だと刺さったままになることがある。
1945年、大陸転嫁輸送も関門海峡が機雷で封鎖され、末端まで来た貨車が大量に物資を積んだまま滞留していた 状態だった。 また、日本海ルートで、清津から新潟などの輸送が始まり、釜山から日本への航路は途絶した。 其処で、軍部が取ったのが、ドラム缶に穀物などの食糧を詰め込み、密閉して岸壁から海に落とす作戦。 こうすれば、海流に乗って、そのうち山陰の日本海沿岸の何処かに打ち上げられるはずと言うのが、軍部の読みだった。 幸いにして、この手法は、敗戦直前だったために余り適用されずに済んだりする。
明治時代の軍艦は牛や鶏を飼ってたらしい。もぉ〜こけこっこぉ〜
>>646 それは帆船時代の名残ですな。
昔は塩漬けしか保存方法がなかったし、それでも腐ったからねぇ。
まあ、羊なんかは食用以外の用途(ry
>>647 よく「英海軍は慰安用に羊を」などとネタにされているが、実際の帆船時代の英海軍刑法では、
船上で飼われている家畜を慰安用に使用した場合、絞首刑になります。
やるやつがたまにいるから刑罰になったんだろうな‥
明文的に禁止されなければやってしまうのがエゲレス人
女がそれしか居なかったら誰でも…本能
>>648 雌羊と真剣な恋愛の末の行為ならよかったのか?
当時はジュゴンとかステラ海牛でやってたらしいからな… おかげでジュゴンは絶滅危惧種、ステラ海牛は絶滅と。 もう一つどーでもいい話。 防衛医大に入ったあとは数年間地方に配属されるが、行先は各自衛隊で違う。 空自は三沢、陸自は広島はともかくとして、海自は硫黄島だとか。 …なんか扱いおかしくない?
硫黄島行ってみてぇ。
>>653 ・硫黄島のあとなら、どこでも天国
・硫黄島なら引き抜きの誘惑もない
・実は結構楽しい
どれなんだろう?w
>>650 明文化してあっても審判が見てなければ何でもありなのが英国文化
>>653 ホントかよ!ステラー海牛って象みたいにでかいぞ?
自衛隊も統合運用で医療、糧食関係は陸海空関係無くなるんでしょ。
>>655 3つとも全部じゃね。
旧島民の願いで 「いおうじま」から旧来の「いおうとう」したとか最近の新聞にあったな
アメリカの軍艦の名前も変わるのかな?
あの強襲揚陸艦シリーズってみんな「〜アイランド」なのに、硫黄島だけ「イオージマ」だよな。 なんでだろ。 ところで太平洋戦争開戦当時のアメリカ空母の命名基準て何? サラトガとかレキシントンとかヨークタウンは分かるが、なぜにホーネット?
ヒント:ワスプとホーネット
>>653 産婦人科以外なんでもかんでも一人でこなさなくちゃならないからじゃね?
ホワイトとかアングロサクソンとかでなしに、 あの獰猛な昆虫が擬似民族(集団?)のシンボル的存在。結果としてゴロあわせがある。
単にスズメバチとスズメバチ ‥ええい、訳し方によっては両方同じ意味になるではないか。 おおざっぱなヤンキーめ!
あ、そういう事か。 てっきりワスプは白人支配者階級を意味する方だと思ってたわorz
>>664 生物学的には一応別物なのに、同じ訳語を当ててしまった大ざっぱな日本人が悪いです!
waspは「ハチ類の総称」で、hornetは「スズメバチ」なので問題ない。 なんだけど訳者によっては orz
>>662 硫黄島にはWAVEは居ないの?
てか普通は産休とって帰ってくるねorz
子供が出来たら世界平和に繋がるかもしれん。
>>667 ミツバチなんかはwaspに含まれなかったような希ガス
>>670 ん、「スズメバチ、ジガバチなど大型ハチの総称」というべきだったか。
カリウドバチ類≒waspでいいんじゃないか?多分
旧陸軍において、東京・京都・大阪あたりの都市部の師団は確かに弱兵であった。なぜか。 人間としての兵の資質ではなく、兵卒たちが馬匹の扱いに慣れていなかったからである。 馬は手入れが悪いとすぐ斃死する。最後まで馬匹輸送から脱却できなかった日本軍において、 それはすぐ機動力と補給力の喪失につながり、兵団規模での遊兵化に繋がった。 レイテ島・バレテ峠の固定防御戦で玉兵団は勇猛果敢な戦いを見せたが、 機動の余地がない事が逆に幸いした面はあるだろう。 一方、派手好みな資産家が多い事から、騎兵将校は都市部から輩出している例が多い。逆説ではある。
その発想は無かった
>>674 都市部の兵の方が要領が良く臨機応変に対処できるので、戦場では役に立つという話も聞く。
大都市の人ごみの中をかきわけて歩くからだろうか?ということだが、さて。
実際の戦場で輸送力としての馬や牛はどれくらい役にたったんだろか?人間でも閉口するよな南方の熱帯雨林で。馬が死んで、その荷物を持たされた兵隊はカワイソすぎる。
行動指針に合理性がある、という感じだわね。 「無駄に奮戦するのはごめんや。勝つために戦うんや」みたいなことを言ってたはず。
大阪、京都の兵隊は戦況が悪くなると軍隊としてのまとまりが無くなる、とも聞いたが
またも負けたか大阪八連隊。は有名だな。
しかし戦歴を見る限り、戦歴は悪くない。 というか、 「またも負けたか八聯隊、それでは勲章九聯隊(くれんたい)、 敵の陣屋も十聯隊(とれんたい)、大阪鎮台ヘボ鎮台」 といわれるが、少なくとも八聯隊に関してはそこまでいわれる根拠は戦史では存在しない。 ただ単に、中の人が嫌われてたんじゃなかろうか‥
>>660 「(海兵隊が激戦を戦った)戦場名」からであって地名からではないので
>強襲揚陸艦イオージマ
とりあえずWW2前のアメリカの空母の命名基準は
「高名な過去のアメリカ海軍軍艦名」「アメリカの歴史的な戦場名」で、
”レンジャー”ホーネット”ワスプ”なんかは前者。”エンタープライズ”も。
ホーネッツはノースカロライナ関係者が名づけたんじゃないのか? 英軍の司令官が当地の民兵を罵って 「なんと忌々しいスズメバチどもめ!」 と言ったことから
>>674 そうとも言え無い。
大都会出身の兵士ならではの「方向オンチ」が居るので、戦場では不利だったとも。
田舎の兵は子供の時から何も無い山道を何キロも歩いて学校や田畑に行ってた人が多かったので
自然環境に対する注意力と柔軟性が自然と身についていた。
都会は交通機関を使ったりランドマークを目印にして行動するのでどうしてもそこが劣る。
そのため日本軍が重視した偵察力や浸透戦術に差がでてくる。
たとえば、オリエンテーリングなんてすると普段、自然に成れ親しんで無いといかに厳しいかが分かるよ。
ワスプとかホーネットとか、空を飛ぶものでも昆虫ばかり選んでいるあたり、 大艦巨砲主義の命名者が「えーい、空母なんてけしからんものは昆虫あたりの 名前をつけちまえ」と僻んで命名したのではないかと言うのはうがちすぎだろうか。
ドイツではベルリンとか大都市の郷土師団はさっさと機械化部隊に再編成してたような。 日本で言うと都市部の師団が弱いのは、やはり重労働に慣れてない都会人との体格差からくるのではなかろうか?
>>679 京都はインパールの「安」第53師団か?
インパール戦では最後の方にやってきて、さっさと撤退してしまったので評判が悪いが
装備はともかく召集兵主体だし、実戦未経験な師団。
でも、唯一師団長粛清されてないし、あの戦場で損害が一番少なかったので京都人は世渡り上手なのか。
>>682 シャングリラなんて文学的なのもあるがな。
>>687 インパールで最前線にやってきた安部隊、「まずは腹ごしらえ」と飯を炊き出した。
それを見ていた33師団の兵士は「おいおい、勘弁しろよ」
案の定、炊飯の煙を目標に砲弾の雨が降ってきたそうだ。
まあ、151連隊なんで三重県の兵士のようですが。
しかし、教えてやればいいのになぁ。>炊事は危ない
>>689 前線で装備を失いボロボロになっていった菊だか龍だかの兵隊が
撤退時に安が置いてった新品の兵器や装備でパワーアップ
なんて笑えない話もあった。
日本軍には個人携帯のレーションみたいなのは無かったのかな?やっぱ、握り飯?
>>691 つ 圧縮口糧
握り飯はすぐ腐るから長期の携帯には不向き。
つ 干飯 つ 兵糧丸
ろしあを征服する丸。せいろがん。グリセリンの塊。突撃一番とか兵隊の命を救ってくれたらしい。傷には赤チン?
>傷には赤チン? 汎用性のあるヨードチンキだ。 これと、包帯、リバノールガーゼ、メンタム、正露丸、アスピリンは衛生兵の必需品。
特攻や突貫の前にはモルヒネ打ったとか、ホントかな正露丸は征露丸でクレームついて変えたとか。突撃一番は最も優秀な防御兵器だったとか。
モルヒネは貴重品で重症者だけだ。そもそも衛生兵はもっとらん。 でも、過酷な環境なのか軍医はモルヒネ中毒者が少なくなく、インパール戦とかでは打ちすぎでショック死している軍医までいる始末。
ちなみに「突撃一番」は先端の精液溜めの部分が無いので今ひとつの評価だ。
>>697 まあベトナム戦争でも米軍は多数のモルヒネ中毒者出してるし、どこの国でも
似たようなものかもしれんな。
>>696 当時の日本軍で軍医が栄養剤と称して打つ注射はたいていがヒロポンw
>>698 性能はともかく突撃一番が使える状況って…楽しかっただろな。
売春宿や慰安所の前に兵隊がズラリならんで 後ろから「最大戦速!」「急げ!」とのヤジを飛ばされながら 衛生クリームと突撃一番を装着して前戯も無しで5分くらいで事を済まして 帰る状況って楽しいですか?
今、現代科学で進化した突撃一番の孫を試してるところなんだ。すげえや!コイツ!生と変わらん。科学って有り難いな。でも死ぬかも…
>>688 空母シャングリラはあの「理想郷」のことだが、これは東京初空襲の時
記者団が「一体どこから爆撃機部隊は飛び立ったのですか?」と訊かれた
ルーズヴェルト大統領が「我々のシャングリ・ラからだよ」と答えたのを、
元ネタが解らないまま「攻撃隊は危険を冒し日本に肉薄した空母”シャングリラ”
から発進した」と書いた雑誌があったので、
「そうか、俺達米海軍は”シャングリラ”って名前の軍艦を保有してたのか(笑」
ということで
「東京初空襲作戦に参加した空母はこれです(笑笑」
ということで命名された。
米海軍的には「高名な過去の軍艦名」の範疇に入る命名例、ということになってる
らしい。
「シャングリラ」の名が広まったのは、ジェームズ・ヒルトンが書いた1930年代の理想郷ものベストセラー小説 「失われた地平線」(当時映画化もされた)が元だな。 それを戦時にネタにした訳だ。
あのオリビアハッセイがでてたミュージカル映画かな?アホやからさっぱり解らんかった。サントラ盤買ってしまったけど。
現在の米大統領御用達別荘キャンプ・デービッドも、 最初はルーズベルトによってシャングリラと命名されていた。
強襲揚陸艦ボノム・リシャールは、同名の独立戦争時代の軍鑑にちなんだ命名だが、 初代がフランス風の艦名を持っているのは、元々フランスから寄付された艦だからである。 ボノム・リシャールは、ベンジャミン・フランクリンの「貧しいリチャードの暦」のフランス語版タイトル。
>>707 ちなみにデービッドはジョンソンだか誰だかの孫の名前。
無粋きわまりない改名だ。
>>708 かのジョン・ポール・ジョーンズが引っ張ってきた艦ですな。
当然ながら本人も艦名になっているが。
ジョージ・ジョン・ポール、顔はリンゴ。
俺だ!ポールだよ、ポール!
エディ?エディだろ〜?
エンストしたタイガー戦車はバッテリーが不調であったり、乗員が外に出れない場合などは僚車からお尻を押してもらいいわゆる‘押し掛け’をすることがあった。
シーウルフ級攻撃原潜3番艦・USSジミー・カーターのモットーは ”Semper Optima”英語にすると”Always the Best” 由来は、まあ、ここでは言うまでも無いでしょう。
( ´∀` )bどんと来い、超常現象
「第二次世界大戦あんな話こんな話」から、オレンジ・プランで有名な米軍の国別色分けコードを、同系色と思えるものでまとめてみた。 白・アメリカ(国内内乱状態) 黒・ドイツ グレー・アゾレス諸島 赤・イギリス 深紅・カナダ 緋・オーストラリア ガーネット・ニュージーランド ルビー・インド 橙・日本 金・フランス 銀・イタリア 黄・中国(国際紛争時) 淡黄・ブラジル レモン・ポルトガル 黄褐色・キューバ 緑・メキシコ エメラルド・アイルランド オリーブ・スペイン 茶・インドネシア 青・アメリカ(交戦国としての自国) 菫・中国(国内状況介入時) 藍・アイスランド 紫・ソ連 一番やばい白状況と黒の対比で、ドイツが主敵なのは確かみたいだね。その中間のグレーのアゾレスは大西洋ASWの要地で争奪対象。 次点で赤色警報の英連邦、日本は赤色警報と黄色警報の間で橙? ポルトガルのレモンはアゾレス絡み、アイスランドが藍なのは米軍進駐? ソ連の紫はよく判らん…
戦前の対米主力輸出品のみかんからだったりして。>オレンジ
フランス語は各国名でも男女名詞に分かれている。尊敬する国は女性名詞、そうでないのは男性名詞。もちろんアメリカや日本はムサイ男。なんちゅう国や。
風船爆弾の放球場所であった勿来基地で使われた機材は、敗戦後、大日本炭礦の旧坑で 焼却処分された。 ちなみに、大戦中、炭砿には生活必需品を輸送用の帰りの空炭車で運んだが、荷物が多い 場合は数人が同行することになっていた。 特配の酒樽を運ぶ場合、同行者達は酒樽に錐で穴を開け、麦をストロー代わりにして飲み、 マッチ棒を詰めて痕跡を隠した。 マッチ棒を詰めると、棒は酒を吸って膨れあがり、酒は漏れなくなって発覚しなかったとか。 一方、米は米俵に詰めたものを、米屋の裏手にある軌道から、同じく帰りの炭車に搭載した。 これは、屡々、米俵に篦を差し込んで抜き取られた為、注文書と違うと、炭砿が米屋に苦情を 出されたと言う。
ハワイやボストンには、第二次世界大戦中に使われた水陸両用車、DUKWを使って、 市内を陸上、海上両方から回るツアーがある (w`;
>>721 >同行者達は酒樽に錐で穴を開け、麦をストロー代わりにして飲み、マッチ棒を詰めて痕跡を隠した
これ、昔からある盗み飲みの手口なんですよね。
樽回船なんかでは、たがの部分をずらして錐で穴を開け、飲んだあと水を足して杉箸を突っ込んで栓をしたとか。
戦前でもそういった「修理跡」のある樽がままあったそうです。
>718 演習での「味方=青軍、敵=赤軍」から考えれば、赤のイギリスが主敵ではないですか? 米英戦不可避論が言われていた時期もあったというし。
>>724 イギリスの赤は、独立戦争当時の「レッドコート」からではないかな
日本は、日英同盟のころに色が決まっているだろうから、「赤を弱くした感じ」だと思う
日英同盟は、少し見方を変えると、「米国包囲同盟」になっちゃうからね
「満州−台湾−香港−シンガポール−インド」でアジアを独占してるし
だからワシントン軍縮条約では日英同盟破棄が条件に入っていた。 不思議なのはワシントン軍縮条約が無効になった後、日本はイギリスに 接近するつもりを毛頭持ち合わせていなかったことだけどなw
韓国鉄道、釜山の西を走るローカル線「鎮海線」。 時刻表には起点の馬山駅から終点、統海駅までの時刻が載っていたが、 実は終点の統海駅は韓国海軍基地の敷地内にある駅のため、 ひとつ手前の鎮海駅から統海駅の1区間は、一般人が乗車できない区間だった。 ・・・が、日本人鉄ちゃんの中には、この区間に乗った者が少なからずいた。 ほとんどはそれと気づかずに乗車し続け、終点の統海駅で見とがめられたケースだったが、 「一般乗客お断り」の”禁断の列車”に乗るべく、 わざと気づかないふりをして乗り続けた猛者もいたという。 ・・・ここまでが過去形なのは”禁断の列車”は利用客が少なかったため、 2005年7月以降、鎮海⇔統海間の旅客扱いが廃止されたから。
海上自衛隊の船内郵便局としては、「しらせ」船内局が有名だが、1991年の湾岸戦争時、 日本から派遣された掃海艇を束ねる母艦「ときわ」の船内にも、防衛庁の開設申請により、 船内郵便局が設けられた。 この船内郵便局、局長は機関士の二尉で、事前入手の機会が無かった為、そこから 差し立てられた消印には非常に価値があり、現在でも市場で高額(5千円〜1万円)程度で 取引されている。 ちなみに、2001年のイラク攻撃で、後方支援の為に派遣された自衛艦にも船内局は開設 されている。 戦前には第一艦隊郵便局や連合艦隊郵便局もあった。 又、陸軍の大演習に際しては、その演習期間中だけ「陸軍特別大演習大本営内郵便局」 が設置された。
>>728 ちなみに、カンボジアにPKO活動で派遣された「とわだ」にも船内郵便局が開設されました
が、こちらの消印は陸自隊員も乗り込んだこともあり、流通数が非常に多くタダ当然であったそうです
「ときわ」にも「とわだ」にも「しらせ」にも乗り込んだカメラマン、不肖・宮嶋氏が著書で述べています
韓国では、兵役中の留守宅などから兵士に手紙を送るときなどは、 「軍事郵便」として送料無料、検閲なし、ということになっている。 問題となるのは、確かに制度としての検閲はないのだが、 義務兵役の兵士の場合、例えば陸軍であれば小隊長や営内班長の手でことごとく開封され、 ことに恋人からの手紙などはヤッカミも加わった、すさまじい”検閲”にさらされることだという。
韓国の徴兵といえば、留学生から聞いたんだが 1〜2年の兵役でできることなんてたかが知れている上に、 人数の割りにやること無くて、 空軍基地に配属されても 主任務は体力づくり、滑走路脇の芝生の手入れ 及び離陸前に鳥を追い払う等してとにかく時間をつぶしてる感じらしい。
旧ソ連軍では、一応、義務兵役中の兵士にも家族からの小包が届くことになっていた。 一応、というのは、差し入れの品、ことに食料が入っていた場合、 ことごとく古参兵に召し上げられる手筈になっていたからで、 ことに家族に義務兵役経験者がいた場合、受け取り人に差し入れというより、 受け取り人の待遇に手心を加えてやって下さい、という、いわばワイロの心得があったからだった。 ワイロとして最も効き目があるのが酒だが、こればかりはご禁制の品。 缶詰の中身を抜き、ウォッカを満たしてフタをハンダ付けしたものを送った家族もいたが、 バレて受け取り人が営倉にブチ込まれるハメになった例もある。
>>731 台湾では従来、徴兵するにあたって「極度のデブは除外する」規定があったが、
経済発展にともなって若者の体格が向上し、
同時に、兵役逃れのためにわざと太る例が続出したため、
現在では規定を改正「デブといえども徴兵する」。
・・・しかし、さすがに普通の体格の兵士と同列には訓練できないため、
デブだけで編成した新兵訓練部隊を作り、
規則正しい生活+ローカロリーの食事を出す「軍隊ダイエット」を課し、
ある程度やせさせてから、実戦部隊に配備している。
ビリーズブートキャンプが台湾に上陸する日も近いのかもしれん
あれっ? 党員じゃ無いと戦死公報すら家族に送られないんじゃなかったっけ?
>>731 暇な職種の人間が体力作りや草刈りをするのは、どこの国の軍隊でも一緒。
やたら武道大会で強かったり、長距離走が速かったりする部隊は、他にすることが無いから。
富士山を走って登ったり?
将来チベットで人民解放軍とやりあうための訓練…てか
>>739 チベットとインドの国境にある、中印双方の国境監視哨。
最も双方の間隔が狭いところでは70m程度しかなく、
高山の厳しい自然環境に閉ざされて、黙々と監視をこなしているところは双方同じ。
・・・ある日、中国側監視哨を取材に訪れたのが、人民解放軍の女性カメラマン。
中国側では大歓迎されたのは当然だが、
インド側でも「どうやらあちらには女性が来ているらしい」となり、
”中国にとっての仮想敵国と対峙する国境最前線”を写真に収めようと望遠レンズを向けたところ、
インド兵が総出で精一杯にこやかに手を振る、はなはだ緊張感のない写真しか撮れなかったとか。
>>742 イタリア人なら手を振るだけじゃすまないと思う…
70m全力疾走してきそうだなw
そしてなしくずしに国境開放。 世界平和の要は色気と食い気に違いない。
それは平和じゃなくて無秩序の始まりに見えるぜ
人類皆兄弟と言うやつだなw
兄弟の前に穴が付いてそうなのが問題だ
アメリカの某宇宙飛行士が一問一答に答えていわく。 質問者「宇宙でセックスは可能だと思いますか?」 宇宙飛行士「愛があれば何とかなるでしょう」。
船室内をパッドで埋めて中でギシアンてネタが スターリングかギブスンの短編にあったような
無重力状態でセックスしても、浮揚感が無いから(もともと浮いたような状態だからね) 大して面白くないんじゃないか? という話を聞いたことがある。
どっちかを壁に固定してヤったら良い。
よくわからんが、そんなことして股間に血液集めたらすげー宇宙酔いしないか?
安定してないからピストン運動はしにくいと思うyo
セックスのために人工重力が発達したりしたら笑える。
「さよならジュピター」で無重力セクロスシーンがあったなw
無重力の船室の反対側から双方が接近して「ドッキングごっこ」とか、 長期滞在になると、マンネリ回避にロクなこと考えそうに無いな・・・
実際は宇宙酔いで一般人はそれどこじゃないし 宇宙飛行士はそんな暇ない、って話を聞いたことあるけど。
「宇宙空間でイタして出来た子供第1号」 ・・・マスコミのさらし者になるわ、学術データは取られるわ、で、 かなり可哀想な目にあいそうな気がせんでもない・・・。
「宇宙空間で撮影したAV第1号」は日本の某社だろうなw
どMのオレには辛いな>無重力セクロス
たしかNASAの宇宙飛行士達は、実際に任務につく時に性欲減退の薬を処方してもらって 宇宙に行くとか聞いた事がある(ホントかどうかは不明だが) あんな密閉された空間だと、たしかにムラムラしたら性欲処理も大変だしな
そりゃ硝安がレーションにっちゅう都市伝説の2番煎じなんじゃ?
>>760 残念ながら受精してからの一定期間は発生には重力が必要なんで宇宙でセクロスしても子供はできないんだ
逆に考えるんだ。中でいくら出しても大丈夫と考えるんだ
>>763 無重力オナヌーしたら発射の反動で体が動くのだろうか?
てか飛んでった汁の処理が大変だから禁止なのか・・・
>>766 これはすげえw 宇宙行きたくなったww
日露戦争で捕虜になったロシア兵。 あまりの待遇の良さに感謝の気持ちでキスしようとしたら 噛み付かれると勘違いされて、ふん縛られたそうです
>>769 同じ描写が吉村昭「海の史劇」、
ノヴィコフ・プリボイ「ツシマ」にある。
「ツシマ」にそんなのあったっけ?
ロシア人が男同士でもキスをするのは有名だが、実はこれ、ヨーロッパに広く広がっていた風習だった。 中世の終わり頃、西欧では度重なる疫病の流行により、特に親しい間柄以外では、必要以上の接触を避けるようになる。 しかし、比較的疫病による被害の少なかった東欧では、現在までこの風習が残ることになったのだ。
疫病といえば…。 中世ヨーロッパでも疫病が伝染することは経験的に学習されていたので その対策として極力衣服を脱いで素肌を晒さないようにした。 着替えは勿論、体を拭くのも、水を浴びるなどもってのほか。 時には何ヶ月も、 伝染病にかかったら大変だから皮膚病にかかってもじっと我慢。 どっちにしても感染症なり破傷風なりで死ぬわけだが。
>>759 宇宙酔いってのは高山病みたいなもんで、体がなれると2〜3日で収まるとか何とか。
訓練した宇宙飛行士でも初めて宇宙に行くと必ずかかるんだとか。
ロシアは国がアレでも、個々人にはいいやつが多いらしい。 ロシア海軍某艦が日本を親善訪問した折、 ホストシップを務めた護衛艦の給養員長が、ロシア艦の給養員長?を表敬訪問。 ロシア艦の給養員長は護衛艦の給養員長とは親子ほどの年の差がある若者だったが、 同じ「艦の士気を左右する長」として意気投合。 日本側の誰も入れなかった、ロシア艦の居住区に招待され、 クニの家族が映ったビデオレターなど見せてもらったあとは、 缶詰だの水兵のシャツだの制帽だの、持ってけ持ってけのお土産攻め、 ロシア海軍の制帽をかぶった給養員長と、ガタイの大きなロシア艦給養員長、 並んで記念写真も撮ってきた。 「ただ、ロシア艦の食事はお粗末でしたね」と、給養員長のコメント。
>ロシアは国がアレでも、個々人にはいいやつが多いらしい。 どこの国だってそうだろ
>>777 どういうつっこみを期待してるのか分からんが
日本人が「いいやつ」と言うからには特筆すべき善良さなのだろう。
ソースは司馬遼太郎くさいけどさw
日本人がそれほどのものか?と俺は思うぞ。
寒くて長い冬の一番の楽しみは 外部からのニュースを持ってくる善良な訪問者がくること だから、いい知らせ・面白い話を持ってくる人を激しく歓迎するのはロシアのDNAと 誰かが言っていた
>>778 良い人ほどすぐ他人も良い人だと思うんだって、元詐欺師が言ってた。
まあ、詐欺師の言う「良い人」ってのは、マヌケって事だが。
あー、ごめん。 「元詐欺師」ってのは役名で、本業は俳優さんです。
面倒だからもうロシア人は善良ということでいいよ
中国人だって義理堅く、礼儀正しく、人情に厚い。 ごく限られた「身内」の間では、だが。
俺が大学で中国・韓国の留学生にやたらと助けを求められるのと 俺が角刈りでちょっと筋肉質、上下ODの服装なのは何か関係あるのだろうか。
>>786 彼らは一体軍隊で何を覚えてきたのだろうか…
脳内大学も最近は国際的なんだな
なるほど。OD兄貴略してODAということか。
オーバードライブ兄貴?
オーバードーズ兄貴
オークドール兄貴
疾走兄貴
弟に 抱っこされる 姉貴
大のMe262好きで実業家だったスティーブン・シュナイダーは、再び Me262が空を飛ぶ姿が見たい一心で可能な限り原型に近いレプリカを 造る為ウィローグローブ海軍基地に展示されていたMe262B−1aを 分析させて欲しいと海軍に頼み込んだ。 2年間に渡る交渉の末「完全にレストアして返す」という条件で借り受け て同機を徹底的に分析して、遂にほぼ完全なレストアが可能となった。 だがこの愛すべき飛行機バカ、スティーブン・シュナイダーは彼の夢が かなうのを見ることなく1999年に飛行機事故で死去。 しかし彼の遺志を継いで現在もプロジェクトは遂行中であり、第一号機は メッサーシュミット財団に納入され、最終的に5機が製造される予定である。
それってJ85を積んだMe262のことでしょうか。
CJ610かJ85のどちらかを購入者が選べるよ。
ちなみにメッサーシュミット財団はこのクラシック・ファイター社製作の Me262も正式なものと認めているのでナチス時代には存在しなかったCの略号 (ちなみにAは単座機、Bは複座機の略号)が与えられていたりする。
この手のデータベースにも載ってるって事は 意外とメジャーな話だったんですね。
イラク戦争後のバグダッド。 米軍にとって最良の道案内はサダムフセイン像であった。数フィートごとに存在しそれぞれ傷つけられている。 「眉間に弾痕のあるバカのところを右折してから、顔に赤い×が3つあるバカの所に来たら左折して…」
あのおっさんどんだけ自分の像を作ってるんだ
映画「戦艦ポチョムキンの反乱」で有名なポチョムキンはロシア革命後 ソヴィエト政府、ウクライナ民族共和国政府、ドイツ帝国、イギリス・フランス 連合の干渉軍、白衛軍と渡り歩き、最後にまたソヴィエト政府の手に戻っている。
戦艦ポチョムキンは反乱後、ロシア海軍に戻り「バンデルクモン」(どん百姓)と改名させられた。
806 :
名無し三等兵 :2007/07/13(金) 14:48:13 ID:uxT/8Dk1
>805 ドミトリー・ドンスコイ→ごみ取り権助見たいな真似を自国内でやっとったんかw
近衛が政治投げ出して総理大臣となった東条、対米強硬派だったが天皇から 「戦争より、対話の道を出来るだけ模索するように」といわれそれに従った もちろんその変節ぶりに強硬派は怒り狂った。 そして東条の下にも右翼や在郷軍人会の血判状や脅迫文が連日のように贈られていたそれで 秘書「手紙読まないの?} 東条「よまねぇ・・・どーせ「弱虫東条」って書いているだろ。」 其の通りだった
>>805 いやその名前はロシア正教の聖人にちなんだものなんだが。
そんでもってロシア革命後にまたポチョムキンになったが、これは第一次ロシア革命
のきっかけとなったポチョムキンの神聖化のためだと言われている。
だがポチョムキンとはロシア貴族の名前だったので、同艦はソ連海軍で唯一貴族名を
関した軍艦となった。
1912年にレーニンが発刊した共産党の機関紙「プラウダ」の創刊号は、すぐに政府に発禁、弾圧を 食ったお陰でソ連共産党も所持しておらず、アメリカの有名な収集家が集めたコレクションをアメリカまで 出向いて写真コピーしてクレムリンに保存していた。
812 :
名無し三等兵 :2007/07/14(土) 16:18:26 ID:/3utnSKe
湾岸戦争での笑い話。 米軍にはAGM-88HARM発射専門の航空部隊がいて、HARM発射時の符丁は「マグナム」だった。 あるとき、ある地上攻撃部隊のF-16がイラク軍からレーダー照射を受けた。 まずい!と思った同機のパイロットが咄嗟に「マグナム!」と無線機に叫んだら、 途端にレーダー照射が止んだそうな。
聖将今村均陸軍大将閣下と、悲劇の名将本間雅晴陸軍中将閣下は 陸軍士官候補生募集試験時の机では相席だった。
>>813 それって、米軍側の航空隊内無線の周波数がイラク側に筒抜けだったって事?
>>815 古今東西無線とはそう言う物だと認識した上で使うもの。
レーダー照射も反撃を免れるために 出したり止めたり位置を変えたりするのが 普通だけどな。 (レーダーサイトの種類によるが)
文化大革命の折の中国。 外国製品、特に西側の製品はブルジョアの象徴とみなされ、排撃されていた。 ・・・が、各地区の共産党委員会がプロパガンダ写真撮影用に使っていたのは、 ライカM3、ローライフレックスなど、西側でさえ高級品とされるカメラ。 それどころか、当の共産党高級幹部が趣味+地位の象徴として使っていたのがライカだったが、 その状況に異議?を唱えたのは江青。 江青の、いわばツルの一声で、中国はライカM4の海賊版生産に着手する。 出来上がったカメラ「紅旗」はその数、わずかに数百台、 新華社など国営報道機関に配られたが、メカの出来はよいカメラではなく、 実際はオリジナルのライカM3が使われることが多かった上、 文革終了後、ニコンやキヤノンが輸入されるようになると、ライカより早くお払い箱に。 後先考えずにコスト度外視で作ったため、動けば写りだけはよかった紅旗、 現在、日本の中古カメラ市場に流出したものは、完全な状態なら100万円以上の高値がついている。
>>818 確か高級車にも「紅旗」って名前の奴なかったっけ?
25年ほど前、中国の技術屋さん達が視察に来た時、案内したことがある。 鴎とかいう中国製の一眼レフを持っている人がいた。 また、リコーの一眼レフ(自動連写装置付き)を交換レンズ付きで持ってきた人がいて、 同僚が持っていたニコンを見て、中国では見かけないカメラですね、日本では二流の メーカーですか?などと言っていた。 彼のニコンFは標準レンズのみで連写装置も付いてはいないが、貴方が持っている リコーのフルセットよりも高価だよとは、とても言えなかった。
>820 何で中国人っていきなり他人の所有物を貶すような発言をするんだろうか? 俺の友人の元中国人はまだマシだったが、それでも批評とかが好きな奴だったな
25年も前だと、素で知らなかっただけじゃないか?
でも25年前なら、まだ最高の35mmカメラだったんじゃないの?>ニコン
>>821 中国(つーか儒教)の精神文化には基本として
「全てのものに序列をつけないと安心できない」
というのがあるので、言ってる当人にしてみれば
”貶してる”つもりはないんだろう。
「見たことがない形のカメラ」
−「メジャーな製品ではなさそうだ」
−「二流品かな?」
の3連コンボということだろう。
「お前さんの国で見かけないものはみんなマイナーな
品なのか?」
ってのは、まぁ、ほら、
「世界の中心で華」
って国名にしてるくらいだから仕方ない。
その辺にいちいち苛立ってると大陸で商売はできません。
犬と一緒で序列が決まってないと困るんだよ
>>812 やっぱ飛んでる姿はカッチョエエな
フォッケもB17もP51もあるんだから「ベルリンの黒騎士」実写版作って欲しいなw
>824 てことは>820の場合、変に遠慮せずに日本でのリコーの価格と ニコンの価格を淡々と知らせてやるのが、先方にとって最大の親切になるとか? 序列をはっきりさせた上で、自分が知らない上位アイテムがあるって知識は向こうさんにとって普通に役立つだろうし。 察しろ、空気嫁 と 言いたいこた言ってくれんと判らん がどつくと大概ロクな結果に終わらんからな…
>>819 かっては中国の純国産高級車で、共産党幹部しか乗ることができなかった。
現在も「紅旗」ブランド?で共産党幹部向けの高級車はあるが、
中身は中国ライセンス生産のアウディで、
民間でもお金持ちがベンツを乗り回すようになったご時世、いささか見劣りがする。
なお、日本にも純国産時代の「紅旗」が、わずかな数、輸入されている。
>>820 70年代、ヤシカがコンパクトカメラ「リンクス」を香港で生産していた時期があり、
モデルチェンジと同時に、要らなくなった「リンクス」用の金型や専用工具が、
スクラップとして香港の廃品業者に売られたことがある。
・・・ところが、スクラップのはずが右から左に大陸中国に渡っていたらしく、
しばらくして「人民中国純国産コンパクトカメラ」の名のもと、
ヤシカ・リンクスの海賊版が中国で出回ることに。
・・・のちにはヤシカが生産拠点を中国に移して1眼レフカメラを生産、
同時に中国国内市場にも製品販売を始めたのだが、
その頃、その中の1台は、人民解放軍機甲師団の広報カメラマンに使われているところを、
日本のクラシックカメラマニアに確認されている。
なお、現在の人民解放軍機関紙「解放軍報」のカメラマンは、
最新型のキヤノン1眼レフカメラで”武装”している。
仕事で中国に行ってきたが、電気製品は韓国製が主流を占めてるのに対して カメラはニコンとキャノンが圧倒的だったな。 スレタイに沿ったネタを投下。 香港が中華人民共和国に返還されて10年になるが、香港空港の売店では 「中国の脅威に対抗する」台湾の軍事雑誌を置いていた。
>>828 現行型「紅旗」って確かビュイックがベースだったような……
1958年に開発された最初の「紅旗」はメカは大型アメ車のパクリだったが
手作り部分が多く、部品精度が低くて、性能は悪かった。
中国はそのころ、トラックの国産化(「東風」トラックの最初のモデル開発)
をやっと実現したばかりの時期だから、かなり無理をしたようだ。
一方少し遅れて1960年代初頭に開発された中型車「上海760」は、デザインはアメ車のパクリ、
中身のメカはメルセデス・ベンツ180のパクリだった。
「額面のスペックだけ」なら、同時代のトヨペット・クラウンを凌いでいた。四輪独立懸架のOHCだから。
品質がどうだったかはすこぶる怪しいが。
>829 中国製「リンクス」の話は、故小倉先生の「カメラと戦争(朝日文庫、2000)」に もありますね。 天津のカメラ工場を見学したとき、どこかで見たようなボディーパーツだと 思ったら、工場長が「あ、これね。これはもともとは日本のカメラですよ。(略) ヤシカの製品ですよ。」と言ったので驚いた、と。 で、コピーかと思ったら、「いや、コピーなんかではありません。本物です。」 「正真正銘、本物の製造設備を買ったのです。どこからって?ええ、南の方 からです。広東の先の…」と言って口をにごしたとか。 で、帰国後にヤシカの知人たちに確認したところ、「香港で三年ほど作って いたが、設備は全部廃棄したはずだ」という話だった、と。
>>830 中国東北部の某市に出張で出かけ、ホテルの部屋のテレビを見て仰天したのは、
NHKはもちろん、台湾からの衛星放送も見ることができ、
たまたまやっていた連続ドラマが、タイトルはわからなかったが台湾陸軍の新兵さんモノで、
「大陸反攻」だの何だの、反共スローガンもそのままに放映されていたことだった。
・・・しかし、現地企業のスタッフと話していると、
「それは外国人向けのサービスで、われわれが外国の衛星放送なんか見られるワケがありません」とか。
>>828 中国の初代「紅旗」は旧ソ連のZISを元に作られた(コピー)、そしてその元になった
ソ連のZISは1942年に当時のアメリカ大統領のルーズベルトからスターリンに送られた
1942年式パッカードを元につくられた。
スターリンがパッカード大好きなんで、ルーズベルトがパッカード社に口利きして 旧型パッカードのボディプレス型をソ連に譲ってやったんだよな。それがZISのスタート。 ちなみにソ連最初の量産自動車のGAZも フォードにソ連が交渉して1929年型フォード・モデルAの生産プラントを丸ごと譲り受けたのが最初。 (フォードはモデルAについて1930年型でモデルチェンジをしたので、旧プラントは売っても差し支えなかった) そしてそのモデルAがソ連でも古くなると、今度は1934年型フォード・モデルBのプレス型がソ連に売られ、 これはGAZ-M1となって、戦後の1946年まで生産された。 こういうことやってるヘンリー・フォード本人はナチスシンパなんだからもうよくわからん。 ZISやGAZはまだ正式に譲り受けたものだからいいとしよう。 ドイツ相手となると乱暴なことになってくる。 オペルが大戦直前に開発したばかりの1100ccコンパクト「カデット」の生産設備を 終戦時に丸ごと収奪してソ連に移設し、「モスクビッチ」として生産、 あまつさえ西側に輸出までしてるんだから、さすが外道w これをやられたせいで、戦前ドイツ最大のメーカーだったオペルは 戦後15年以上に渡ってVWビートルに対抗する小型車の持ち駒がないまま VWの勢力拡大を許す羽目になってしまった……
836 :
名無し三等兵 :2007/07/20(金) 01:43:17 ID:59xjoYCE
>835 欧州情勢は複雑怪奇w
837 :
名無し三等兵 :2007/07/20(金) 02:42:39 ID:1EPRfkxb
う ん こ は …………苦 い
♪ あの娘をペットにしたくって日産するのはパッカード〜
骨の髄までシボレーて あとで肘鉄クラウンさ〜 ♪ おっさん乙w
ちょっとだけビュイックりした。
戻しますか。 ヒトラーは、13恐怖症。 フランクリン・ルーズベルトも13恐怖症。 イーストマン・コダック(コダック社の創始者)は13が大好き。 ウッドロー・ウィルソン(アメリカ合衆国第28代大統領)も13が好き。 イーストマン・コダックは、1ヶ月を28日にして1年を13ヶ月にするカレンダーの使用を 提唱した。 こうなると、毎月13日が必ず金曜日になる。 ヒトラーは1年を13ヶ月にする暦を、国家として却下した。 え、オカルト板へ逝け?
>イーストマン・コダック(コダック社の創始者)は13が大好き。 コダック社の創始者はジョージ・イーストマンだよ
コダックは完全な新造語だね。
>>841 >イーストマン・コダックは、1ヶ月を28日にして1年を13ヶ月にするカレンダーの使用を
>提唱した。
>こうなると、毎月13日が必ず金曜日になる。
毎年びみょーに地球公転とカレンダーとの間に誤差が蓄積されるような気がするのは
俺だけか?
100年もしないうちに年の初めが春になってしまうぞ
845 :
844 :2007/07/22(日) 22:17:43 ID:???
おっと計算間違えた、「50年もしないうちに年の初めが秋になってしまう」が正解だ
うるう年なり月なりつくればよかろ
ロールフィルム方式のカメラを実用化し 120年近く前の時点で 「あなたはボタンを押すだけ」の「写ルンです」式写真サービス (現像からフィルムの交換・装填まで写真会社におまかせ)を確立した 大変な天才だと思っていたが 13ヶ月って、イーストマン先生、あんた……
>>846 毎年約1.25日の誤差が発生するので、毎年うるう年になるのでは
うるう月つくるにしても、誤差がほぼ28日になることはない(もっとも近くて23年で約28.75日)ので、
1ヵ月を28日にするのにはかなり無理があるのでは
俺は30日を12ヶ月と 5日か6日の0月ないしは13月(休み)を作ったらいいんじゃないkと。
852 :
841 :2007/07/23(月) 00:10:05 ID:???
>>842 ×イーストマン・コダック
○ジョージ・イーストマン
すいません、これに関しては当方の引用ミスです。
>>844 自転速度とカレンダーの誤差に関しては、
6月と7月の間に閏月(ソルという名前)を入れて、
大晦日と1月1日の間に1日(イヤー・デイと言う名前)付け足す。
そして、うるう年の6月28日(13ヶ月での6月の最終日)に、もう1日
付け足して勘定を合わせるそうです。
当然、かなり面倒くさいので一般には広まりませんでした。
一応ソース
13 誰でも知っている「不吉な13」の誰も知らない本当の話
ダイヤモンド社 第1刷 2005年11月17日
第1刷って、第2刷以降は変更されてるのか?
単に、参照したのが第1刷って意味だろ。
855 :
841 :2007/07/23(月) 00:29:16 ID:???
>>853 第2刷以降のことは知りません。
一応いつごろ発行された本か、と言うのを表すために
第1刷の年月日を入れただけです。
>>843 ジョージ・イーストマン氏はアルファベットの”K”が好きで、
Kで始まりKで終わる造語をいくつか考えた末、
KODAKが自らの起こした企業の社名にふさわしいと結論付けたとか。
>>847 天才であったが故なのかは永遠にわからないが、
”my work is done,why wait? G,E”
「私の仕事は終わった、なぜ(天命を)待たねばならないのだ?」
・・・の、遺言を残し、
ジョージ・イーストマン氏は突然のピストル自殺で、自らの命を絶っている。
天才的創業者であったかも知れないが、あまりに神に対して傲岸な物言い、と言ってしまうと、
死者に鞭打つことになるのか・・・。
いや、俺はカッコイイと思う
ジャック・ノースロップの 「神が私に25年の余生を与えてくださった理由が今わかった」 のほうがスバラシス
B-2か。感動的だよな。
関係者がこっそり見せてあげたんだよな
>858 を調べようと思ったらwikiに日本語の記事がなくて久しぶりに英語よんだ
>>861 http://ja.wikipedia.org/wiki/B-2_ (%E7%88%86%E6%92%83%E6%A9%9F)#.E3.82.B8.E3.83.A3.E3.83.83.E3.82.AF.E3.83.BB.E3.83.8E.E3.83.BC.E3.82.B9.E3.83.AD.E3.83.83.E3.83.97.E3.81.AE.E6.82.B2.E9.A1.98
こっちなんだぜ
戦前は軍人が威張っていたとよく言われるが、大正時代の軍縮期では軍人が制服着て市井歩けなかったそうだ・・・ 阿川さんの井上成美に載っていた
>>863 「菊と刀」にもそういった一文が載ってた希ガス。
漠然と語ってるとつい「戦前」とひとくくりにしかねないが、 明治維新から敗戦まで60年以上あるからな……。
日露戦争のあたりで 「嫁にやるなら、軍人さん」から 「軍人には、嫁にやるな」という情勢になっていくね
203高地のせいで未亡人を大量に出したからか
植民地が増えるに従い、軍人も外地勤務が増えていくからね
実は戦前の日本でも「統帥権の独立」について憂慮する人物は多く 軍内部でも問題にする人間は少なからずいた。 例えば当時、現役海軍少佐だった石丸藤太は著作で 「統帥権の独立は時代錯誤であり、世界平和に悪い影響を与える」 などと激しく非難していたりする。
ソ連映画「モスクワは涙を信じない」の台詞より。 「将軍の妻になるには、その前に30年は退屈な軍務について回らなければいけないのよ」。 かってミグ25で日本に亡命飛行した、ユーリー・ベレンコ中尉。 そもそも、亡命を企てた理由のひとつが、 なまじハンサムな若き戦闘機パイロット=将来有望な軍人と見て結婚を承諾した妻が、 なにひとつ不自由なく、ぜいたくな生活に慣れた高級軍人の娘であったため、 ベレンコが極東に配属されたがゆえの不自由な田舎暮らしに失望、 夫婦仲が冷え切っていたことだという。
嫁のせいで亡命てのはすげえよな。 軍は軍人の嫁の面倒までみなければならんのか。
旧ソ連時代から離婚率が高い国だというが...
>>871 結婚に失敗すると、男は家に寄り付かなくなる。
うちの親父がタイに亡命したから間違いない。
>>871 チャック・イェーガーの自伝読んで考えを改めた。
機首に妻の名前を書き込むくらいはしなければならぬ。
>>874 エーリッヒ・ハルトマンも愛機に婚約者→戦争中に結婚して妻の、
ウルスラ嬢の名前を書いてたっけ。
1975年、Saigon陥落。 これにより、大量の人民軍部隊が市内に流入し、駐屯した。 元々、多くは都市部の生活が初体験で、色々笑えない話があったり。 このSaigon陥落でも踏止まっていたのが、数万人はいたと言われた売春婦達。 当然、人民軍とて男の集団でもあるので、「解放軍士官」と売春婦が関係を持つ事は 珍しくなく、憲兵隊はそうした士官に対する「警告」に翻弄された。 また、彼らは戦利品として色々なものを手に入れたのだが、売春婦が男性と関係を 持つ時に使うチューブ入りの局部収縮クリームを手に入れた兵士が、これを歯磨き粉 と間違え、口に入れた瞬間に朽ち全体が収縮してパニックを起こしたなんて言う話も あったりする。 因みに、米軍物資を抑えたHo Chi Minh市には、自動車教習所の教習車として、米軍 軍用車が長らく使用されていたそうな。
>>875 バルクホルンも奥さんの名前を書いていたような気がする。
>>876 NHK出版「解放南ベトナム」にある話だが、
サイゴンに突入した北ベトナム正規軍の兵士、見つけたのがビーフン。
「故郷の北ベトナムに持って帰って、おっかさんに腹いっぱい食べさせてやりたい」。
・・・しかし、サイゴンっ子に言わせると、
「あんなどこでも売っていて安いビーフンを、なんだってそんなに有難がっているのかな?」
>>877 かのB17「メンフィス・ベル」も、
意味するところは「メンフィスで一番いい女」=「機長のカミさん」だったと思うが。
ノロけられた他のクルー(特に独身者)の心境やいかに・・・。
>430 そのダールの体験記に編集者が付けたタイトルが 「リビアで撃墜されて」(Shot Down Over Libya) しかし、実際には友軍と合流し損ねたダールが不時着しただけで、 交戦すらしていない。 オマケにさし絵には搭乗していたグラディエーターではなく なぜかハリケーンが描かれていた。 ま、編集者などそんなものだ、ということで・・・
>>882 21世紀の統一ベトナムでも、ホーチミンっ子に言わせると「北のひとは貧乏臭い田舎者」。
同じような感覚なのが中国は上海っ子で、
「上海っ子以外はみな田舎者」という感覚が強い・・・んだが、
そのため、本当の出身地がバレない外国では、
”自称上海っ子”が山ほど名乗りを上げることに相成る。
首都の市民にとっては今でも「サイゴン」らしい。
1999年、ハノイにヒルトンホテルがオープンした。 ベトナム戦争中の米兵の間での隠語を気にしたのかどうかは不明だが 正式名はハノイ・ヒルトンではなく ヒルトン・ハノイ・オペラホテル
Vietnam人民軍の衛生部隊の機関紙"Vui Song"(「生きる喜び」)に掲載された詩。 「糞を食らう」 私は糞を食らう。あなたも糞を食らう。あいつも糞を食らう。 我々も糞を食らう。あなた達も糞を食らう。あいつらも糞を食らう。 これは、南部デルタ地帯で、河川を生活用水として使用しているのに、住民や兵士達が人糞を垂れ流したり、 動物の死体遺棄を平気で行い、衛生概念が無かったのを皮肉ったもの。 初期の抗仏闘争の時期、敵占領区でゲリラ戦を行う部隊は全てが不足し、中部の部隊では、被服、蚊帳、 布団類が不足し、米は傷み、おかずはエビの塩辛を薄味にして唐辛子に付けたもの。 また、中部最南端のNinh Thuanの部隊では、部隊が攻囲されていた為、山間部に退避したが、野菜不足で ビタミンAが不足し、視力が低下して夜間行動が出来なくなった。 Phan Thietの部隊では、水源地が遠いので2人1組で1日掛けて水汲みに行かねば成らず、1人が水を運び、 1人が護衛をする状況。 こんな感じで水も満足に運べず、兵士1人当り400ccの配給だった。 Quang Namの96連隊の多数が補給不足から病気になり、ある中隊では140名中、95名がマラリアと栄養失調 で死亡した。 司令部では驚いて、患者を後方に輸送したが、彼らは食糧を見るなりがっつき、少なからずそのために死亡した。 ちなみに、軍が経理学講座を設け、補給の概念を教えだしたのは、1946年4月からだったりする。
1987年にVietnam軍監査局が南部の第四軍団を監査した結果。 ・入隊者より復員軍人(当時、第四軍団はCambodiaから「志願軍」として派遣された後、撤退したばかり)の数が 上回っており、臨戦態勢にも関わらず、部隊は混乱していた。 ・軍団では、引揚げた際に持ってきた武器弾薬を収集して各部隊に配備しようとしたが、大抵の装備は老朽化し、 修理も覚束なかった上、武器庫も確保出来ていなかった。 ・このため、部隊によっては、兵士3人に銃1丁とか、兵士18人に砲1門と言った配備に成らざるを得ず、こんな状態 で士気は低下し、兵士の逃亡などは日常茶飯だった。
眠い人が珍しく誤爆じゃない?専用スレあるし、 と思って向こう側を覗いてみたら痛い人がいた。 まーね。お盆過ぎるまでなむなむ
これの何が面白いかと言うと、「ベトナム」と「なむなむ」をかけているところ
Gメン'75の冒頭のシーンは木更津基地で撮影された。
>>888 専用スレってどこ?
最近軍板はあんまり見ていなくって。
ナム戦のスレじゃね たぶん
>>890 さりげなくスルーされているなw
昭和は遠くなりにけりだ。
華麗宗門徒の自分には「へぇぇ」なネタだけどw
同世代だが見てなかった
部下に「お前らの命より、戦果が重要なんだ。」とある意味暴言(?)を吐いた角田だが・・・ 普段部下には礼儀正しく接していたそうな・・・あれも景気付けか? そういや南雲も部下とかにも結構慕われていたとか
良い上司≠仕事のできる上司 ということかと
都合の良い上司
兵隊も人間だからねえ 有能でも後ろから撃たれるような上司はちょっと
>897 「海軍よもやま話」に、新兵時代に乗っていた山城に筆者のお母さんとお兄さんが 面会に来たときの話が出ていました。(当時の艦長が角田角治大佐。) 帰りに指定された便が艦長の上陸便だったそうですが、乗ったら、「おバアさん、ど うぞこちらへ、さあさあ」ということで、お兄さんともども艦長の隣、赤じゅうたんに座っ て上陸したということだそうです。 艦長とすれば、誰であろうが、とにかく自分の部下の面会者であることは間違いな いということで、丁重に遇してくれたということなんでしょう。(乗り物に弱かったそうで、 赤じゅうたんのところで粗相したらどうしよう、と、付き添いのお兄さんの方は気が気 でなかったそうですが。)
角田さんは飛行機乗りに評判悪いねぇ。
>902 まあ、「人としてどうか」というのと、「指揮官としてどうか」というのは別の 話だし、どういう立場で接するかでも印象が違うでしょうね。
≫883 それで台エスや中エスには上海っ娘が多いんだね!(納得)
905 :
元空士長 :2007/08/04(土) 21:30:04 ID:???
皆さんどうも。エアロダンシングを汚した元空士長(ca169194.hicat.ne.jp)です。 自分は語彙という語彙が解らなかった馬鹿です。 苦し紛れに「語録(ごろく)」と読んでしまいました。 これが自分の披露する痴態(ちしき)です。
英海軍の巡戦ライオン級は草食獣の群れを駆り立てるイメージから 「スプレンディド・キャッツ(華麗なる猫族)」とあだ名された。
日本海軍は英海軍に倣って 「船が沈むとき艦長は船と運命を共に汁」 といわれているが実は艦長は最後に退艦するようになっていて 運命を共にするようにといわれていたのは米海軍
米国は武士魂を持つ国ということか
多額の税金を使って作った艦を喪失する責任をとらされるのでないか?
日本の方が囮作戦とか特攻とか、平気で船を沈めるけどね
米だって追い詰められればやったんじゃないか?>囮作戦とか特攻とか 別にやりたくてやったわけでなし。
イントレピッドで突撃とかハンレーで生還を期しがたい攻撃とか
>>907 米海軍の場合、最後に退艦する役目を負わされているのは艦長と通信兵。
いずれも、最後まで戦闘詳報に正確を期すためで、
とりわけ通信兵の役目は、沈没位置を特定するべく、最後の打電をすること。
そのため、通信室には最後の打電後、速やかに脱出できるための非常通路が確保されている設計の艦が多い。
この設計コンセプトは海上自衛隊艦艇にも”輸入”されているはずなのだが、実際はそうとばかり限らないとか。
ちなみに、真っ先に逃げ出すのは主計だ。 まあ、逃げ出す責任を負っているのだが。
主計ってよく効くけど何する人かよくわかんない
>915 給料の計算したり、ご飯作ったりの仕事。
戦闘中の軍艦では主計長は艦橋で戦闘詳報を書いている。 艦が沈む時は戦闘詳報は御真影ともども救助される義務があったはず。
>>915 海軍めしたき物語
海軍めしたき総決算
を読むとよくわかる。主計兵からみた真珠湾攻撃やミッドウェー海戦や
大和に乗った話、乗っていた輸送船が撃沈されて海に漂っていた時に
サメに襲われた話、終戦時、終戦反対・徹底抗戦の決意書に血判をした話等々
面白い話が満載。
惜しむらくは絶版になってるのでブックオフかアマゾンのユーズドでしか
入手出来ないこと。
>>915 高橋孟「海軍めしたき物語」「海軍めしたき総決算」が名著、ご一読あれ。
920 :
919 :2007/08/08(水) 23:17:21 ID:???
カブッたか・・・。 「海軍めしたき物語」著者の高橋孟氏が監修、イラストも描き添えた、 「海の男の艦隊料理」海軍主計兵調理術教科書の復刻版もなかなか。
921 :
918 :2007/08/08(水) 23:22:12 ID:???
>>918 >>919 白眉はやはり、著者の「高橋三等主計兵」がミッドウェー海戦のさなか、
乗っていた戦艦「霧島」の甲板上にある野菜庫に野菜を取りにやらされた折、
燃えさかる友軍の空母を目撃したくだりだと思う。
>>922 あと別のシーンだけど、空母から艦載機が着艦(発艦)に失敗して
飛行甲板から落ちるところを目撃したシーンもなかなか秀逸だと思う。
>>917 主計将校は戦闘時には任務がないから記録係ってこと?
記録係は大事な任務だろ。
>>922 醤油を見るたびに醤油庫への奈落を思い出してしまう…
>927 実機としては初出演なんだったか。 A-10からAC-130に流れる砲撃シーンも中々熱かったが。
糧秣庫がながーーーい梯子の下にあって、 荒天時に醤油を取り出すのは決死の作業になる という話がある。
日露戦争後出版された「肉弾」、当然のごとく世界中でも出版されかつての敵国のロシア でも配布された・・・だけどそれを一番評価していたのはよりによってヴィルヘルム2世 あんさん日本嫌いなはずじゃあ
>>929 垂直の梯子を片手で醤油樽をぶら下げて片手で上って行く。
荒天の時は艦が前後左右に傾斜するので、梯子が自分に覆いかぶさるときは
じっと耐え、逆に傾いた時にパッパッと上って行く…
そういえば熱湯で足を火傷したときは(たぶん)醤油でとっさに冷やして
もらったというエピソードもあったなー
背嚢みたいなのは考えなかったんだろうか? 両手が開けばかなり危険度は減ると思うんだ
醤油樽を背負ったら、重心が後ろになりすぎて時化てなくても危険な気がする
それでも両手はなすよりましだろ。 カラビナで釣るとか腰まわりとかも有るし…。
通常は、艦底の倉庫から醤油樽をあげる場合、 ロープと滑車で吊り上げるそうだ。 人が持って上がるのは、あくまで 緊急時。
ロープがあるならやっぱり腰にでもぶら下げたほうが良いキガス
一斗樽は基本18kgある訳で、そんなもん腰に下げたら痛いじゃないか。
>ロープがあるならやっぱり腰にでもぶら下げたほうが良いキガス 帝國海軍がそんなに用意周到・安全第一・装備充実なら、今頃 帝國の御威に四海の民草は皆臥して恭順していますよw
醤油樽一つで大騒ぎだな
人命がかかってるとなれば当たり前だろう 片手で20キロ近い重量物を持った状態で揺れる梯子を登れってのは物凄く無茶だ
艦の梯子が大きくローリングする事を考えれば、ぶら下げるのは逆に辛いな。 背負うならまだ良いけど、それでも角度が90度を越える時には強く後ろに引っ張られるので危ない。 手持ちのほうがバランスが取れるんじゃない?
まあ醤油母艦を作れってことかな
一斗樽なんて背中に括り付けてたら、ハッチくぐれません。 梯子上り切った所で詰まっちゃいます。
醤油の出てくる水道を(ry
シャルンホルスト(客船)には醤油槽があったらしいが。
危ないから時化てるときは揚弾機使おう!って思いついたけど 砲科の将校がスゴい勢いで怒鳴り込んできて主計科涙目w
醤油倉に揚弾機あるのかと小一時間(ry
逆に考えるんだ。 弾薬庫を醤油倉にして(ry
>>950 温度管理してあるから意外といけるかも・・・
と思ったけどやっぱ駄目だなww
英国海軍士官「日本海軍の砲科将校がつけている香水はオリエンタルな感じがするね。どんな銘柄なんだ?」 日本海軍士官「‥醤油」 こんな感じで一つw
帝国海軍の砲弾が炸裂すると、硝煙や火災に混じって それはそれは香ばしい食欲をそそって止まぬ芳香が...
>>953 肉の焼けるジューシーなかおr(pam!pam!
しかし、そこまでして醤油が欲しいのか… ほかの国の艦にもこんな風に「どうしても必要なわけではないが、やっぱり欲しい」みたいな調味料や食材が有ったりするんだろうか?
>>936 命がけで醤油を持って上がる必要のある「緊急時」ってどんなだよ
まあ、紅茶とかウォッカとかコーラとアイスクリームとか 釣瓶を使うぐらいならもう少し近代的に 手漕ぎのポンプとかつけちゃいかんのかね?
>>955 アメリカならトマトケチャップの優先順位が高そうだな。
米や醤油・味噌みたいに、それ抜きではその国の料理の 大半が成り立たなくなってしまうほど、幅広く使われている 調味料や食材てのは、やはりあるだろう パン、ジャガイモ、ソーセージ ワイン、オリーブ油、パスタ、トマト SPAM!SPAM!SPAM!・・・
カレー粉。
おれ、トマトケチャップってあまり好きじゃなかったんだが。 絵に描いたようなハンバーグが食べたいなと思って 新鮮な豚肉で作ったハンバーグにチーズと目玉焼きをのせて ケチャップかけて食べたらスゲー美味しくてすっかりハマッってしまった。
ウォッカが無いと、フネといっしょに乗員が凍り付いて しまいそうな国もあるな
>>956 ”かの本”では荒天時に、見込みで厨房に持ち込んでいた醤油が足りなくなり、
急場をしのぐ一斗樽を取ってこなければいけないハメになったとか。
>>955 海上自衛隊の遠航艦隊では、航海も中盤を過ぎると、
南米あたりの寄港地で安く仕入れた牛肉や野菜をふんだんに使っての豪華なメニューが増える一方で、
梅干や漬物といった、日本人のソウルフード?が不足してくるのに不満を訴える乗員が多いとか。
>>957 あ、それだめ。
バルチック艦隊の「オリョール」に乗っていたノヴィコフ・プリボイが「ツシマ」で書いたところでは、
「オリョール」には乗員に食後、1杯だけラム酒を飲ませる関係上、
艦底近くにラム酒庫があり、甲板の補給口からラム酒庫に酒を流し込む導管がついていたが、
艦内の配管を熟知している機関科の兵が導管に穴を開け、
ふだんはふさいでおいて、補給のときに穴を開いて”ギンバエ”したというから、
導管を使えば同じ手口に走る水兵が古今東西を問わず・・・。
醤油ギッたところで…。 釣った魚でも食うか
>>965 自分で釣った魚を料理して食うのは美味いよなあ。
ちくしょう、SOLASめ、俺の取っておきの釣り場を返してくれよ・・・。
フランスの潜水艦にはワイン用タンクがあって、周到にも赤用と白用に分かれていたとか
>>967 軍ネタではないが、国鉄には「タキ13800型」タンク貨車、
「酒類専用」のものが存在した。
35トン積み酒類専用というから、
1両貨車ジャックすれば、一生ヨッパラで過ごせることになる・・・。
>>969 くれぐれも間違えてタキ22900をジャックするなよ・・・
レールの上にあるものをジャックしたって行き先がきまってるじゃないの
銚子の辺りに醤油専用路線 余市にウイスキー専用線、走ってなかったか? いや そこググらなくていいから
>>971 日本全国の線路を旅しながら逃亡生活を送るに決まってるだろ
>>972 余市にあった「余市臨港鉄道」は魚と一般貨物がメインだ。
しかもニッカウヰスキーが最初のウィスキーを出荷する前年に廃止になってた。
だいたいニッカ工場は余市駅から目と鼻の先だし、ウィスキーはビールみたく大量搬出する製品じゃないから
わざわざ引き込み線なんか引くことはない。
太平洋戦争でウィスキー売って儲けたのは、サントリーの方だな。
おなじみ角瓶が知名度を上げたのも戦時中の軍用納入が一因。
とりあえず俺はニッカ派
>>954 日清戦争の黄海開戦のとき、軍艦 『松島』 は生きた牛を食料として上甲板に積んで
いたところ、そこへ清海軍の 『鎮遠』 が放った30糎砲弾が命中し、兵共々牛も戦死、
ということがあったらしい。
でも、ガセかもしんない。
>>976 帆船時代は牛・豚・鶏の「戦死」もよくあったようですね。
咸臨丸が渡米したときも生きた豚と鶏を積んでたからな。 毎朝高らかに時を告げる鶏、 うるせー 今日も俺はフカンキだと勝さn
>>974 大阪と京都の中間にあり、
空襲被害をまぬがれた山崎のサントリーブルワリーでは、
太平洋戦争をよそに、戦前に仕込んだウィスキーが静かに眠っていた。
終戦直後、無事を確認され、出荷されたウィスキーが、
「敗れたりといえど美味いウィスキーここにあり」とばかりに、
戦後復興の役に立ったという。
>>979 軍の指定業者だったんで原料が優先的に回されてたからね。
結果、優秀な原酒をかなり抱えていたんだが、戦後はアルコールにカラメルぶち込んだモノを
ウイスキーと称して派手な宣伝で売りさばいてボロ儲け。