自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた 第52章
西暦2020年8月21日 21:10 日本本土 東京都中央区銀座六丁目
「こちら交機202!車輌を捨てて退避する!」
巡査長は無線機に向かって叫ぶと、既に殉職している同僚を置いてパトカーから逃げ出した。
ボンネットを一撃で叩き潰されているこの車は、いつ爆発してもおかしくない。
「下がれー!早く下がれー!!」
遮蔽物の陰から銃撃を繰り返す警官隊から叫び声が聞こえる。
巡査長は、一瞬だけ敵を睨み、そして仲間へ向けて駆け出した。
「おい!後ろ!後ろ!」
警官隊の誰かが叫び、そして巡査長は後ろから防刃ベストごと体を二つに裂かれて絶命した。
勝ち誇ったような叫び声が上がり、死と破壊は続行された。
「畜生!自衛隊はどこにいやがるんだ!!」
憎憎しげに叫んだ警察官の頭上を、報道のヘリコプターが軽やかに飛翔して行った。
その化け物は、唐突に出現したらしい。
最初の通報者は、そう言っていた。
携帯電話から通報してきた若い女性は、道路の真ん中に見た事もない巨大なライオンがいきなり現れたと叫んでいた。
直後に車のブレーキ音、衝突音が電話越しに聞こえ、クラクションと何かの絶叫、人間の悲鳴が連鎖してその電話は切れた。
次に入った情報は、パトロール中の警察官からだった。
悲鳴を上げた多数の民間人が避難している、何か巨大なものがこちらに向かってくる。
そこで報告は途絶え、二度と繋がる事はなかった。
更なる続報は民放局から現場中継という形で入り、そして自衛隊はこの時点でようやく事態を知った。
「どうしてこちらに情報が来ない!」
「SATが出動態勢に入っています。
既に警視庁所属のヘリも離陸しているそうです」
救国防衛会議は紛糾していた。
全ての参加者が警視庁の代表を睨みつけ、そして顔面蒼白になった彼は電話の相手に状況の説明を求めている。
どういうわけだか警察の情報は駄々漏れで、そしてそこから伝わってくるのは、契約不履行。
日本国の治安維持を行う代わりに給料を貰うという、警察官としての最低限の契約を忘れ、パワーゲームを楽しんだという証拠が続々と入ってくる。
「機動隊がこちらから給与した武装を持って出動しています!」
「各県警のSATが出動準備を完成させました!」
「説明しろ!今すぐここに警察庁長官と警視総監を連れて来い!!」
激怒した統幕長が机を叩いて叫び、彼の傍らでは副官や将官が忙しなく動いている。
「そうだ!防衛出動だぞ!なに?交通網が避難民で麻痺している?
ヘリを使えばいいだろう!航空法なんぞ知ったことか!」
「港湾局が護衛艦の優先通行権を与えると言っています」
「街中に艦砲射撃なんぞ出来るか!だが感謝すると伝えろ!」
「羽田が航空機の避難を拒否した?ぶつかったらそっちの責任だと言って通信を切れ!」
額に青筋を立てた三軍の将官たちは、部下たちに次々と指示を与えていく。
防衛出動という大義名分を得ている彼らは、この国で一時的に最高の権力を握っている。
敵軍を殲滅するまでの間、彼らにとってこの世界最大の都市は、演習場よりも融通が聞く場所でしかなかった。
「統幕長、待機している部隊を派遣します」
「いいから早く離陸させろ、街中での発砲も許可する」
「はっ!」
陸幕長が敬礼し、次の瞬間には佐藤たちに出動命令が下された。
同日 21:15 日本本土 東京都中央区上空
<こちらは機長、あと五分だ。降下用意>
インカム越しに機長より状況が伝えられる。
機内ではそれぞれの武器を握り締めた自衛官たちが、無言で座っている。
「まさか東京上空を完全武装で出動する日が来るとは思いませんでした!」
エンジンの轟音に負けない声で二曹が叫ぶ。
その顔には緊張がある。
「出来れば一生こないでほしかったがな!」
叫び返しつつ、佐藤の心の中では自分の言葉を強く反芻していた。
一生こないでほしかった。
まさにそうだ。
よりにもよって、陸上自衛隊が首都に完全武装で出動する必要が出てくるとはな。
電力制限が撤廃された都内は、全ての闇を消し去るように明かりを煌々と灯らせ、UH−60JAを照らしていた。
同日 21:17 日本本土 東京都中央区銀座六丁目付近
「いいぞ!もっとだ!もっとだ!」
目を輝かせたエルフが車の中で叫んでいる。
傍らでは、表情を輝かせた青年がハンドルを握っている。
フロントガラスの向こう、渋滞している車列の先では、燃え上がる車輌をバックライトに、警察官を牙に突き刺した化け物が雄たけびを上げている。
化け物は大きく、醜く、頑丈だった。
警察官の使用している9mm拳銃弾では、致命傷はおろか怪我すら与えるのは難しい。
その上空を、報道のヘリコプターが旋回している。
「上のアレ、落とせないか?」
青年が尋ねる。
「できるわよ、待っていなさい」
エルフが答え、そして次の瞬間、化け物は何かをヘリコプターに向けて発射した。
同日 21:18 日本本土 防衛省 救国防衛会議
「・・繰り返します、こちらは現場上空です。
化け物が、化け物が警察官を食べています!
あ、今こっちを向きました」
レポーターの声に、怒鳴りあっていた一同は画面の方を向いた。
そして見た。
「・・れは、あれはなんでしょうか?
犬のような、狼のようなギャギュ!!!!」
化け物の口が開き、何かがカメラでは識別できない速さで飛び出した。
妙な声を聞き、カメラがレポーターの方を向く。
ヘリコプターの壁面が穴だらけになり、女性レポーターは妙な声を残してグロテスクな肉の塊へと変わっていた。
カメラマンの悲鳴、甲高いエンジン音。
機体が異常な挙動を示しつつ急降下し、穴の向こうにビルの壁が映った瞬間、画面は砂嵐へと変わった。
「・・・ヘリが撃墜されたぞ!」
「移動中の部隊を呼び戻せ!敵は対空火器を装備しているぞ!」
「周囲の民間機を撃ってもいいから追い払え!被害が広がるぞ!」
一瞬だけ固まった会議室は、再び賑やかになった。
同日 21:18 日本本土 東京都中央区銀座六丁目付近
大破したヘリコプターが石のように落ちてビルへと激突、爆発する。
一瞬にして燃え盛るビル。
破壊された壁面から、火のついた人が次々と飛び降りていく。
「大成功だ!」
狭い運転席で男性は飛び上がって歓声を上げ、傍らのエルフにキスをする。
「ありがとう、私もとっても嬉しいわ」
エルフは顔を赤く染めて喜びを伝える。
唖然と見守っていた周囲の人々が逃げ出す中、二人は車内で幸せそうにその光景を見ていた。
既に一般警官たちも逃げ出しており、この近辺には建物の中と大破車輌の中に取り残された人を残して無人となりつつある。
特等席から殺戮を見学したい二人にとって、ここは最高の劇場だった。
「おかあさーん!痛いよー!!」
その最高の劇場で、雰囲気をぶち壊しにする観客がいた。
二人の車の隣で、母親からはぐれたらしい少女が一人、大声で泣き喚いている。
逃げ出す群衆に突き飛ばされ、踏みつけられたらしい。
少女の服装は汚れ、手足からは出血があり、さらに肩を脱臼しているらしい。
愉快そうな表情を浮かべたエルフは、窓を開くと無言で短剣を少女に向けて投げつけた。