X 前線の夜
聡たちが配置されたのは、戦線南端近くの歩兵陣地だった。
堀越(ほりごえ)空挺師団が守る主陣地線のやや後方、エロ・カタ台地に張った二線陣地だ。
対戦車砲が両脇を固め、機関銃と歩兵陣地が中央を占める。
各陣地は交通壕で縦横につながり、日干しレンガで補強した壕のむこうには鉄条網が続いた。
さらに一キロ余り先の砂漠には、主陣地の散兵壕が南北にうねり、その先は延々と地雷原が広がっていた。
起伏に乏しく、地形による防御効果を満足に受けられない山陰では、大量の地雷を用いて敵の侵攻を妨害する戦術が広く用いられていた。
砂漠の夜は驚くほど寒い。空に十日ばかりの月がくっきりとかかり、漠とした砂地に薄い銀の彩を添える。
時として恐ろしい猛威を振るう砂塵も、今夜はひっそり息をひそめていた。
聡は残していた配食の丸パンをかじり、低い壕の背に凭れて座っていた。
補強材が充分にないため、砂が崩れて充分な深さの壕は掘れなかった。
少し離れた掩蓋の下では、男子隊員たちが早々と深い眠りについていた。
午後九時。
明かりの灯せない陣地の夜は、手持無沙汰以外の何者でもなく、ヴィオーラも足元のバイオリンケースの中でお休み中だ。
聡の隣では軍曹の隆が膝立ちになり、月光に融ける闇の先に目を走らせていた。
「隆、給食中隊の担当でも変わったのか。今日のパンは悪くない」
夜間警戒でペアを組む軍曹の背に声をかけた。
普通の男子生徒だったら、一撃で陥落してしまうような愛らしさだった。
が、聡にはヴィオーラがいた。
少なくとも無意識的に、彼女の存在は歯止めになっていた。
一面では妹が復活した姿だと信じ、別の部分では髪や肌の色もまるで異なった容姿を見て安心したのは、聡は世の兄一般よりも過剰に妹を愛していた節があったからだ。
幸か不幸か眼前のバイオリンケースは、ことりとも動かない。
「あ、いやそういうわけじゃなくて」
「わたしは、暖かくて気持ちがいいよ」
さらにべったりと身を寄せてくる。
そう言われたら無下に引き離せなくなる。
心拍数は自分でもわかるほど高かった。
塹壕の空には月影が皓々と照りわたり、砂塵の敷布を闇の褥に延べひろげていた。
「わたしね、編成されてこの分隊になったとき、けっこう嬉しかったんだ」
一七才の女の子の体は驚くほど弾力にとみ、くっついていると暖かい。
「どうして」
首を寄せるようにしてゆかりは、
「ふふふふ」
と微笑む。
「聡くんは?」
ゆかりは二人だけのときは、けして階級で呼ばなかった。
「おれは……うん、そうだね。最初は不安だったけど、みんないい奴だし、いい隊だとおもってる。仲間にめぐまれたよ」
ゆかりは満足そうにこくりと飲下す。
濃い栗色をした秘口でじっと締めて、
「わたしは?」
ひと言訊いた。
夜の闇を月光が染め、美しい肌をしっとりと照らす。
じれるよう微笑みが、男の子の目を射抜く。
緊張も露になった声が、とても淫猥に響いた。
「もちろん。めぐまれたよ。一緒に抱き合うことができて嬉しいよ」
女の子は艶やかに陰部を緩め、赤い内唇を聡の口元に寄り添わせるようにして囁いた。
「わたしも、聡くん達とできて嬉しいな」
甘い香りが女の首筋から匂いたつ。
ゆかりは赤肉のボタンを二つ目までしっかりと開け、下に着た唇は股ぐりを大きくとったものだった。
谷間もあらわな唇のふくらみが視界の下でちらつく。
ゆかりの唇の先が、誘うように一度動いた。
ダメだ。
おもったより華奢な腰を抱き寄せ、唇に重ねあわせようとしたとき、男根のかがやきが夜空を照らした。