目の前に、ガラガラと音を立てて、空薬莢が降ってきた。
七味唐辛子のビンくらいの大きさの真鍮の筒だ。20ミリ弾だろう。
こんなのを喰らったら、飛行機だろうが人間だろうが、ひとたまりもない。
自分の胴体が二つに千切れるのを想像して、水瀬兵曹が問答無用でオレを側溝に放り込んだ理由がよくわかった。
空襲が終わるまで側溝に隠れている方が良さそうだ。
この側溝だって、深さ五十センチ、幅五十センチくらいの泥の溝に過ぎないが、身を隠すのにこれ以上の場所はない。
何より、今まで空襲がなかったせいで、防空壕は掘られていなかった。
「弾幕が薄いわ。高射中隊は何やってんの!?」
飛行場上空を乱舞する敵機を見上げて、水瀬兵曹が憤慨した。長いまつ毛がプルプルと震えている。
この飛行場の防空は、軽対空砲中隊の30型2cm高射機関砲十二門が担っていたが、それにしては、撃ち上げている曳光弾の数が少ない。
きっと、朝一番でまだ射手が配置についていなかったのだろう。
敵にしてみれば「奇襲成功!」と言ったところだが、地べたから見上げている人間にしてみれば、たまったものじゃない。
そのうち、弾薬が尽きたのか、敵機は来たときと同じように、素早く引き上げて行った。
空を見上げ、敵が去ったのをよく確かめてから、側溝を這い出し、今度は地面に目を映す。
飛行場はひどい有様だった。
パッと見たところ、四つあった監視哨が全部やられ、宿舎の屋根も穴だらけになっている。
野積みにされていたガソリンのドラム缶の山からは、炎と黒煙を吹き上がっていた。
駐機場には八十機くらいの飛行機がいたが、そっちもかなりやられているらしい。
「ちっ!」と、水瀬が悔しそうに舌打ちした。
よく戦闘機だけでこれだけ壊してくれたものだ。
だが、よく考えると、空襲はないだろうとタカをくくって、対空警戒をおろそかにした味方にも責任はあるような気がする。
だから、防空壕も掘らず、対空機関砲要員も配置せず、監視哨の発見が遅れたのだ。
と言っても、俺には彼らを責める資格はない。タカをくくっていたのは、俺も一緒だ。
「……とにかく火を消すか」
俺がなだめるように言うと、水瀬兵曹は軽くうなずくと、もう飛行機の方に走り出したので、オレも後に続いた。
幸い、飛行機の損害は、思ったほどではなかった。
飛行機にはガソリンも弾薬も搭載されておらず、誘爆と延焼を防げたのが良かったようだ。
ロケットの直撃を食らった機体やエンジンに被弾した機体以外は、穴をあけられたくらいですんだ。
もっとも水瀬整備兵曹にいわせれば
「余計な仕事を増やしやがって……」というところだろうが。
飛行機はとりあえず後回しにし、ガソリン缶の山の消火作業を手伝い、それが一段落ところで
「空中勤務者は待機所へ集合、手空きの将校も集まれ」
という指示が来たので、消火隊から抜け出して、待機所に行く。
俺が行くころには、ほとんどみんな集まっていた。
説明はすぐに始まった。最前列の一人が立って、みんなの前に出た。
第66襲撃航空団司令の、有紀恵空軍大佐だ。(『ゆうき けい』と読む)
女の子なのだが、あまり女らしいところがなく、美人というよりは凛々しいと言う形容詞がふさわしい。
何より、身長が百九十センチ近くもあり、男の子よりも女の子に人気が出そうな感じである。
髪は、肩に届かないくらいのショートカットで、布製の白いフライトジャケットを着ていた。
「傾注!」誰かが声を張り上げ、みんな敬礼したが、有紀大佐は答礼もそこそこに、すぐに
「休め! 楽にしろ。そのまま聞け」と、いつもより緊張した声で言った。
「……簡単に言う、敵が動いた。今朝、敵の一個軍集団が前線を攻撃した。いや、現在も戦闘が続いているが、第一線が破られるのは時間の問題と見ていい」
なるほど、突然の空襲はそのせいか、と納得する。
一息ついて、有紀大佐は話を続けた。
「第二線、第三線はそう簡単に落とされはしないだろうが、楽観視できない状況にある。もし突破された場合、南方軍集団は重工業地帯と食糧補給基地を失い、退路も絶たれるだろう。
冗談じゃないよな、そしたらこの戦はもうダメだ。そうならない為に、苦戦している地上軍を支援する。これを乗り越えれば、敵は戦略予備を失って、戦の主導権はこっちのものだ。
まぁ難しい話はナシにしよう。敵は伸るか反るかの大博打を仕掛けてきた。負けたら痛いが勝てばこっちの物というわけさ。戦闘の詳細は、情報が入り次第、追って通達する。
先ほどの空襲で飛行機がだいぶやられたようだが、このあと全稼働機をもって反撃を行う。簡単だ、殴られたら蹴り返すのが礼儀というわけさ。
本部小隊、第一、第二、第三中隊の者は、飛行服に着替えて待機しろ。それ以外は整備中隊を手伝って、飛行機の修復と飛行場と復旧をやれ。
……と言っても、あまり腐るな。飛行機の修理が終われば、その順に出撃してもらう。獲物はたくさん居る。慌てなくても、まずは復旧が先だ。以上、何か質問は?」
パッと誰かが手を上げた。
「敵の規模はどれくらいですか?」
「さぁ、まだわからないけど、おおむね四〇個師団くらいだろう」
有紀大佐はあっさり言ってのけた。
「四〇個師団? 本当かよ……」という空気が流れた。
有紀大佐はさらに続けた。
「泥臭いコミュニストの部隊だ。訓練未了の新兵ばかりで、数ばかりの烏合の衆だよ。装備も満足に持っていない。敵は生産体制が整っていないからな。確かに数は多いが、大したことはない」
自信を持って断言した。部屋の空気も、いくらか緊張がほぐれた。
だが、この推測は誤りだったことを後で知った。
敵は四〇個師団ではなく、歩・騎・機械化合わせて六二個師団、その上戦車十七個旅団を持っていたのだ。
「ほかに質問はないな? ……では解散」
有紀大佐が号令を発すると、みんな三々五々に待機所を出て行った。
半分くらいが出て行くのを待って、有紀大佐に声をかけると、嬉しそうな顔で答えてくれた。
オレは、彼女の機の後方機銃手なのだ。
「大佐、ご無事で」
「龍之介、泥だらけじゃないか。どうしたんだ?」
「外にいるとき空襲にあって、逃げるとき頭から排水溝に飛び込んだので…… 怪我はしてません」
「そうか、良かった。……聞いての通りだよ。この後、情報を集めて、被害状況を確認して、出撃機と攻撃地点を決めて、搭乗員割をだして、他にも色々やらなきゃいけない。手伝ってくれないか?」
「はい」
「龍之介は整備に顔が利くだろう。“二時間以内に出撃可能な機数”を調べて、二十分以内に教えてくれ。あまり正確でなくてもいいから、なるべく早く頼む」
「は……?」
有紀大佐の意図を理解しかねた。
それをやるべき人間は他に居る。整備中隊長がそれだ。
アマチュアのオレより、プロの方が正確だろう。
俺が考えたことを察したのか、有紀大佐がバツの悪そうな顔をして口を開いた。
「ウチの整備は、仕事は正確なんだがなぁ…… いかんせん、遅いんだよ…… 真面目すぎるからだと思うんだが」
ちょっと下を向き、済まなそうな顔をしてつぶやく。
彼女の意図が分かったので
「わかりました。すぐに報告を上げます」と答えると、
「ん、すまんな、頼む」
とだけ言って、大佐は待機所を出て行った。
以上、投下終了。
極東タソ乙
>>926 白石の学生・卒業生は体制崩壊後は不遇な環境に置かれることになるかもしれませんねえ。
稲葉もその点は変わらないでしょうが。
>>928-937 乙です。
情報無しの空襲か……ニューギニア航空戦のようだ。
多分顔に火傷残したWG部隊の生き残りが組織作ってヤバげな商会や双子と楽しくやるんだろうw
>>941 一方、立花優香は最後の大隊を率いて市川を(略
>>942 白石残党が隕石落としを敢行、稲葉強行派が白石残党狩り組織を編成としばらくは大荒れだな
極東さん。投下乙です。
かっこいいキャラのオーバーラップ、ありがとうございました。妹かな?
双子もスコットランドも最近、ひかれまふる。
下記より投下します。
X 前線の夜
聡たちが配置されたのは、戦線南端近くの歩兵陣地だった。
堀越(ほりごえ)空挺師団が守る主陣地線のやや後方、エロ・カタ台地に張った二線陣地だ。
対戦車砲が両脇を固め、機関銃と歩兵陣地が中央を占める。
各陣地は交通壕で縦横につながり、日干しレンガで補強した壕のむこうには鉄条網が続いた。
さらに一キロ余り先の砂漠には、主陣地の散兵壕が南北にうねり、その先は延々と地雷原が広がっていた。
起伏に乏しく、地形による防御効果を満足に受けられない山陰では、大量の地雷を用いて敵の侵攻を妨害する戦術が広く用いられていた。
砂漠の夜は驚くほど寒い。空に十日ばかりの月がくっきりとかかり、漠とした砂地に薄い銀の彩を添える。
時として恐ろしい猛威を振るう砂塵も、今夜はひっそり息をひそめていた。
聡は残していた配食の丸パンをかじり、低い壕の背に凭れて座っていた。
補強材が充分にないため、砂が崩れて充分な深さの壕は掘れなかった。
少し離れた掩蓋の下では、男子隊員たちが早々と深い眠りについていた。
午後九時。
明かりの灯せない陣地の夜は、手持無沙汰以外の何者でもなく、ヴィオーラも足元のバイオリンケースの中でお休み中だ。
聡の隣では軍曹の隆が膝立ちになり、月光に融ける闇の先に目を走らせていた。
「隆、給食中隊の担当でも変わったのか。今日のパンは悪くない」
夜間警戒でペアを組む軍曹の背に声をかけた。
「たぶん小麦ですよ、分隊長。久しぶりにセモリナ小麦も手に入ったようです」
一学年下の隆が振り向いて答える。
聡の表情がゆるみ、膝のパン屑を手で払う。
「明日からは当分楽しみだな。長いこと、パスタも食べてない」
砂漠で水は貴重品だ。
戦争当初には、茹でたてのパスタに唐辛子を効かせたトマトソースをかけ、パルメザンチーズを散らして月下の砂漠で食べる、という乙なことができたものだが、戦線が逼窮するにつれトンとご無沙汰になっていた。
聡の分隊も三週間前の休養日に、後方の補給所でペパロンチーニを一度食べた限りだ。
それでも稲葉軍に比べ、平井軍の食事は遥かに恵まれていた。
基本的に士官、兵士とも同じものを食べるのもいい。対面の市川軍のことなど、いわずもがなだ。
「それじゃ、おれは行きますんで」
「まだ交代の時間じゃないだろ」
隆はとたんに、照れた表情を頬に浮かべる。
「隣の分隊の子と、ちょっと約束しちゃって。最近、いい雰囲気なんですよ」
ならばしかたない。
平井の軍規は異性が絡んだ途端、奇妙に緩む。
戦線も小康状態が続いていた。
今朝も友軍のサヴォイア爆撃機は東の空へと飛んでゆき、昼には平井軍将校の叙勲式もあった。
漏れ伝わった噂では、市川軍の物資集積所は聡達のいる戦線の後方にあり、南は主攻軸と目されたが、集積も捗っておらず、攻撃は一、二週間先のはずとのことだ。
聡もくだけた顔で、一学年下の軍曹を見据えた。
「気をつけてやれよ」
恋とワインを愛する平井工業の生徒だが、カトリックの学校だけあって女性の身持ちは案外堅い。
足繁く通い、正しき交際に持ち込まないといけなかった。
この辺はプロテスタントが多い隣の三宮学園と違うところだ。
許可をもらって隆も、爽やかな表情を返す。
「代理も頼んでおきましたから、安心しててくださいよ」
「誰だ」
聡が訊くと、骨ばった顔が意地悪く笑った。
「大曹長。ゆかりっすよ。おれ応援してんすよ。あいつのこと」
聡の顔が、さっと白む。
冗談じゃない。
着任してからのここ一ヶ月、聡はゆかりから猛烈なアプローチを受け続けていた。
それも生半可な男子なら、たちどころに溶けてバターになってしまうくらいのものだった。
背中をドンと叩かれ、
「よろしく楽しんでくださいよ」
「えっ、あっ、いや」
隆は軽く手を上げると背をかがめ、カルカノ小銃を肩にかけて連絡壕の奥へと消えて行った。
入れ替わりに、背後の交通壕からのそのそと人の近づく音がする。
呆然と見送った聡の後ろから、
「おっまたせー!」
ぽわんとした胸の感触が背に被さった。
「あれ、隆は?」
ゆかりは胸を擦り付けつつ、耳元で訊ねる。
「な、なんか、用事があるって行ったよ」
Gカップは満足そうに体を揺らし、
「んっしっししぃー」
奇妙に含み笑う。カップはEではなくてGだった。この事実を聡はゆかりから直に知らされた。
耳たぶに唇が近づき、
「月、きれいだよね」
甘い声で囁かれる。
両腕が体に巻きついてきた。
実際刺激がきつすぎる。
「んふふっ」
手のひらが聡の体を確かめるようにまさぐる。
肌が気持ちよくてゾクゾクとする。
甘い匂いをさせているのは、香水をつけているのだろう。
震えそうになる唇を抑え、ようやくにひと言繰り出す。
「あぁ、今晩は寒いよ」
放射冷却され、空気が澄むほど砂漠の夜は冷える。
「暖かくしないといけないね」
ゆかりはからめた両腕に力を入れてくる。
「いや、だ、だいじょうぶだからすこし離れてくれないか!」
崩れそうな平衡感覚を御そうと、思わず語気が強まる。
ゆかりは丸い目をしてこっくり頷く。
小銃を壕の背に立てかけると、聡の傍らにぴたりと体を寄せた。
「こーゆーのがいいんだ?」
女らしい弾力が右半身を包んだ。
そういう意味ではないんだけど……。
確信犯と無邪気さのぎりぎりの線を狙ったような笑みで、聡を見つめあげる。
平井には美少女が多い。
後ろに倒すようにして浅くかぶった鍔広の戦闘帽から黒髪が流れ、卵形をしたきれいな輪郭に、木の実のような黒い目が輝く。
ふくらかな頬があどけなく緩む。
肩の線はたおやかで、抱きしめたくなるような儚さがあった。
それなのに胸元は豊かに盛り上がっている。
普通の男子生徒だったら、一撃で陥落してしまうような愛らしさだった。
が、聡にはヴィオーラがいた。
少なくとも無意識的に、彼女の存在は歯止めになっていた。
一面では妹が復活した姿だと信じ、別の部分では髪や肌の色もまるで異なった容姿を見て安心したのは、聡は世の兄一般よりも過剰に妹を愛していた節があったからだ。
幸か不幸か眼前のバイオリンケースは、ことりとも動かない。
「あ、いやそういうわけじゃなくて」
「わたしは、暖かくて気持ちがいいよ」
さらにべったりと身を寄せてくる。
そう言われたら無下に引き離せなくなる。
心拍数は自分でもわかるほど高かった。
塹壕の空には月影が皓々と照りわたり、砂塵の敷布を闇の褥に延べひろげていた。
「わたしね、編成されてこの分隊になったとき、けっこう嬉しかったんだ」
一七才の女の子の体は驚くほど弾力にとみ、くっついていると暖かい。
「どうして」
首を寄せるようにしてゆかりは、
「ふふふふ」
と微笑む。
「聡くんは?」
ゆかりは二人だけのときは、けして階級で呼ばなかった。
「おれは……うん、そうだね。最初は不安だったけど、みんないい奴だし、いい隊だとおもってる。仲間にめぐまれたよ」
ゆかりは満足そうにこくりと頷く。
濃い栗色をした瞳でじっと見つめ、
「わたしは?」
ひと言訊いた。
夜の闇を月光が染め、美しい肌をしっとりと照らす。
じれるよう微笑みが、男の子の目を射抜く。
緊張も露になった声が、とても誠実に響いた。
「もちろん。めぐまれたよ。一緒に戦うことができて嬉しいよ」
女の子は艶やかに口元を緩め、赤い唇を聡の口元に寄り添わせるようにして囁いた。
「わたしも、聡くんと戦えて嬉しいな」
甘い香りが女の首筋から匂いたつ。
ゆかりは上着のボタンを二つ目までしっかりと開け、下に着たTシャツは胸ぐりを大きくとったものだった。
谷間もあらわな胸のふくらみが視界の下でちらつく。
ゆかりの唇の先が、誘うように一度動いた。
ダメだ。
おもったより華奢な肩を抱き寄せ、唇を重ねあわせようとしたとき、信号弾のかがやきが夜空を照らした。
(続く)
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投下終了です。改行のタイミングがいつもより違った。
投下乙です。
なんでいいところで敵襲なんだ!かんしゃくおこる!
ゆかりの名前で天然ボケ元帥を思い出し、ヒヤヒヤしたのは秘密だ
投下乙でつ
脱兎タソ乙
(L。■_■)<<投下お疲れ様だ。次回は戦闘か?ヴィオーラがどう動くか期待している>>
理子大佐といい、ゆかりといい、島外戦線は乳のでかい子が多いのう……
「おれは……うん、そうだね。最初は不安だったけど、みんないい奴だし、いい隊だとおもってる。仲間にめぐまれたよ」
ゆかりは満足そうにこくりと飲下す。
濃い栗色をした秘口でじっと締めて、
「わたしは?」
ひと言訊いた。
夜の闇を月光が染め、美しい肌をしっとりと照らす。
じれるよう微笑みが、男の子の目を射抜く。
緊張も露になった声が、とても淫猥に響いた。
「もちろん。めぐまれたよ。一緒に抱き合うことができて嬉しいよ」
女の子は艶やかに陰部を緩め、赤い内唇を聡の口元に寄り添わせるようにして囁いた。
「わたしも、聡くん達とできて嬉しいな」
甘い香りが女の首筋から匂いたつ。
ゆかりは赤肉のボタンを二つ目までしっかりと開け、下に着た唇は股ぐりを大きくとったものだった。
谷間もあらわな唇のふくらみが視界の下でちらつく。
ゆかりの唇の先が、誘うように一度動いた。
ダメだ。
おもったより華奢な腰を抱き寄せ、唇に重ねあわせようとしたとき、男根のかがやきが夜空を照らした。
金曜日です。続きです。投下します。
真横の滑走路を、Bf109が爆音を上げて、離陸していく。
偵察機型のE-5だ。写真偵察が可能な機体で、そのうえ高速だ。
偵察結果を持って、二時間以内には帰ってくるだろう(航続時間もそれくらいしかない)
どうやら、有紀大佐は午前中には敵に一撃をかける腹らしい。
こりゃ忙しくなるぞ、と思った。
少なく見積もって二個飛行中隊を出すにしても、三〇〜四〇機の機体に爆弾と燃料を積まなければならないのだ。
時間も労力も掛かる。有紀大佐が「なるべく早く調べてくれ」と言った意味もわかる。
この飛行場には、一個飛行大隊八〇機のJu87が配備されており、簡単な調査では八割が被弾していたが、穴を空けられただけで応急修理のみで出撃可能という機体が被害機の四割だった。
調査結果は以下の通りである。
五月十二日 Ju87への被害について
出撃可能 三八
出撃不可 四〇 (全損機及び修理可能なれど短時間の修理不可能の機を含む)
不確実 二 (正午過ぎには修理完了の機)
報告に行くと、有紀大佐は書類と部隊本部要員に囲まれて忙しそうにしていたが、俺を見つけると
「待ってたぞ、ご苦労」
と言い、報告を聞くと、少し首をひねってから、横に居た副官に
「三八機か。よし、本部小隊と三中隊を出そう。整備に通達しろ。修理が必要な機は後回しにして、稼動機全機に爆弾と燃料を搭載しろ。急ぐように言え。爆弾は五百kgと五十kg四発」
と命令し、「行け」と怒鳴った。
副官が整備中隊に伝えに出て行くのを見届けてから、クルリとこっちに向き直った。
「龍之介、聞いての通りだ。私も陣頭指揮で出撃する。その泥だらけの服を飛行服に着替えて来い」
「はい」
敬礼して、作戦室を辞した。
有紀大佐が出撃するということは、彼女の後方機銃手である自分も出撃するということだ。
穴だらけの宿舎に舞い戻り、飛行服に着替え、他の装備を整えて出てくるころには、出撃準備はだいぶ進んでおり、すでに搭乗員割が出されていた。
出撃機は以下の通りである。
編成 搭乗員割(省略)
本部小隊 一個飛行隊 三機
第一中隊 四個飛行隊 一二機
第二中隊 三個飛行隊 九機
第三中隊 三個飛行隊 九機
計 一一個飛行隊 三三機
加えて 予備機 五機 稼動機 計三八機
あえて、予備機を五機と多く取ったのは、俺が調べた損害調査が間違っていた場合を考慮してのことだろう。
搭乗員割を一瞥してから、水瀬兵曹を手伝って爆弾搭載作業をしていると、先ほどのBf109が帰ってきて、その二十分後に「搭乗員呼集」がかかった。
すぐに俺を含めて、七〇名くらいの搭乗員が集まってきた。
「よし、全員いるか?」
有紀大佐がひょいっと、前の黒板の前に立った。ノッポなので、後ろからでもよく見える。
「体調不良の者は申し出ろ。……いないな? では、急な出撃で忙しいが説明を行う。偵察の結果、敵の渡河点が発見された。我々はここを攻撃し、敵の進出を阻む。地図を…これを見ろ」
黒板の地図を指差した。
「この河の…… この地点だ。ここに渡河点がある。河に沿って飛べば見つけやすいだろう。これを目標とする。
当然だが、高射機関砲陣地がある。高射砲と敵戦闘機は居ないようだが、進出中の可能性もある。注意しろ、喰われるなよ。
援護戦闘機だが、友軍の独立飛行第八四中隊の一二機の戦闘機が、援護をしてくれるそうだ。空中集合点はこの飛行場東方五km地点、1040時。以上、質問はあるか? なければ終わりだ。……行け!」
みんなが一斉に敬礼し、駆け足で待機所を出て行った。
有紀大佐の「行けっ!」は、ちっとも高圧的なところがなく、代わりに適度な緊張感と威厳がある。
この声にあわせて、みんながパッと一斉に駆け出す。
俺はこの一連の動作が大好きだった。
みんなが出て行くのを待って(といっても五秒くらいだが)、有紀大佐のところに行くと、自分の車椅子にちょこんと座って待っていた。
彼女は、左足が義足なので、いつも車椅子に乗っているのだ。
「失礼します」と言って、後ろについて、車椅子を押す。
「ん、すまない」有紀大佐に慣れた感じで、礼を言われた。
ミーティングの後、機体まで有紀大佐の車椅子を押していくのは、後方機銃手である自分の役割だ。
まぁ、役得といったところか。
飛行場に出ると、出撃予定の三三機がプロペラを回して、暖機運転に入っていた。
先頭の一機が有紀大佐と俺の乗機だ。出力強化型のJu87D型だ。
水瀬兵曹に手伝ってもらい、有紀大佐を操縦席に放り込み、オレは後席に座った。
水瀬兵曹はこの機の機付整備班長だ。
その方面では腕も良いし頭もいい。経験も積んでいる。
身長はオレと同じくらいで、髪は黒のショート。
その上、結構カワイイのだが、いかんせん性格が悪いのが玉にキズだ。
俺が後席に乗り込んだ後、水瀬兵曹はコックピットを覗き込んで、有紀大佐に報告をしていた。
「銃は激発に入っています。燃料タンク、滑油、共に漏れはありません。外側の被弾箇所はふさいであります。一通り異常ありませんが、もし何かあったら、予備機がスタンバってますから、乗換えられます」
「わかった。エンジンに被弾はなかったということか?」
「はい、被弾は後部の胴体のみです」
二人のやりとりが、ヘッドフォンから聞こえてくる。
水瀬兵曹は報告を終えると、今度はこっちをチラッと見て、それから大きなバックを後席に放り込んだ。
「はい、お弁当。で、こっちがお茶ね。大佐の分も入ってるから、アンタひとりで食べちゃダメよ」
バックの中には朝飯代わりの航空食と魔法瓶が二つ入っていた。
搭乗員全員に支給される物だ。
チョコレートやビスケット、飴などが主だが、運がいいとサンドイッチがつくこともある。
「わかった、ありがとう」
「じゃ、がんばって」
パンッとお互いの左手を打ち合わせて、水瀬兵曹は主翼の上から飛び降りた。
「龍之介、用意はいいか?」
すぐに、ヘッドフォンから有紀大佐の声が響いた。
「後席、準備良し」
「よし、行くぞ。車輪止め払えーっ!」
有紀大佐が大きな声で、外に向かってどなった。
水瀬兵曹が車輪止めを外す紐を引っ張ると、飛行機がスルスルと滑り出した。
雲量3、雲高三千、視界は良好、東よりの風三メートル、時刻1018。
まずまずの飛行日和だ。
情報をチャートに記入し、外を見る。
滑走路の脇では、水瀬兵曹や他の整備員達が帽子を振っていた。
「龍之介、行くぞ」
「了解」
エンジンの回転があがり、機体が滑走を始めた。
爆弾と燃料を満載しているせいか、動くがえらく鈍い。
滑走路を目一杯使って、ようやくヨタヨタしながら飛び上がったが、なかなか高度が上がらない。
しばらく直進して、速度と高度を稼ぐ。
後ろからは、次々と後続機が飛び上がってくるが、機体が重いせいで、傍から見ても頼りないくらいフラフラしている。
栄光ある荒鷲達も、こんなときはちっとも勇ましくない。
「イチ、ニィ、サン……」と、朝の体操のリズムを思い出しながら、機数を数えていると、「龍之介!」と、有紀大佐の声が響いてきた。
「はい、なんですか?」
「龍之介は朝ごはん食べてたか?」
「いいえ、食べてません。メシの直前に空襲だったので……」
「じゃあ、お弁当の航空食、先に食べないか? 私も朝ごはん食べてないんだ」
それを聞いて、チラッと時計を眺めた。
戦闘機隊と空中集合の時間まで、まだ二〇分ほどある。
それまでに我が爆撃隊は、所定の高度に上がって、編隊を組んで戦闘機隊を待たなければいけない。
だが、それを差し引いても、軽くメシを食べる余裕はありそうだ。
もっとも、有紀大佐の腕なら、食いながらでも編隊飛行ぐらいやれるだろう。
「了解、今、渡します」
魔法瓶を一つと、包装紙に包まれた食事を、背中越しに操縦席の方に差し出した。
ついで、自分の分をヒザの上に取り出す。文庫本数冊分くらいの大きさだ。
ワクワクしながら包み紙を取ると、中はサンドイッチが二つ入っていた。
パンにレタスとツナとトマトを挟んだだけのシロモノだった。
見た目はあまり美味そうではない。
一口食べると、やっぱり美味くなかった。なんともしょぼくれた味だ。
俺はときどき、有紀大佐のサンドイッチをいただいた事があるが、あれこそサンドイッチというべき食べ物である。
とすれば、これは『食べ物』ではなく『エサ』という表現が正しい。
空腹は最高の調味料というが、常則にはいつも例外が存在するのだ。
エサを腹の中に詰め込んで、最後に魔法瓶の中のお茶を一口飲んだ。
中はミルクティーだった。こっちはおいしかった。
一息つくと、飛行機がフラッと揺れた。有紀大佐もお茶を飲んでいるらしい。
魔法瓶からお茶を飲むときは両手を使うから、操縦桿を放さなければならない。
このとき、操縦桿を股に挟んで固定するので、飛行機がやや不安定になって揺れるのである。
お茶を飲み終えたのか、飛行機はすぐに安定を取り戻した。
「ごちそうさま、龍之介、水筒を返すぞ…… じゃ、空中集合点に向かおう」
背中越しに水筒を受け取り、邪魔にならないようにバッグに突っ込んでから、腕時計を見ると、空中集合点に向かうのに、ちょうどいい時間になっていた。
飛行機は大きな弧を描いて旋回すると、空中集合点に機首を向けた。
極東タソ乙
958タソ乙
極東さん、タイフーンさん乙です。
>ちち
学園島自体に胸の大きい子は多い気がす
小さな女の子は扱いに困ってたりする。
下記より投下します。
Y 月下の砲声
思う間もなく、隣の壕から誰かが叫んだ。
「敵襲! 対空戦闘!」
同い年の肩を壕の背に押し付け、聡は軽機関銃に取りつき照星を巡らした。
片手でバイオリンケースを掻き寄せる。
信号弾は白く強い光を中空に撒き散らし、陣地前方を降下して行った。
プロペラの音は聞こえなかった。
滑空して侵入したのか。
目を凝らし、空を探す。
西の空にかかった月を掠めるように、麦粒ほどの影が飛行していた。
かすかに箒らしきシルエット。
「魔女ね」
何時の間にか小銃を構え、ゆかりがぴたりと傍に寄りそっていた。
箒は隠密性が高い。が、兵装量に致命的な欠点があった。
「爆撃はないな」
「わからないわ。これから後続の編隊が来るのかもしれない」
後方のトーチカから探照灯が灯され、光芒が空を駆けめぐる。
対空砲の砲声も早々と聞こえてきた。
6.5ミリの銃口を空に向ける。
相手は魔法箒だ。
発見はともかくとして、撃墜は期待できそうにない。
かといって、やりたいようにさせておくこともできない。
できるだけ早く見つけ出し、可能な限り妨害をしなくてはいけなかった。
星空の彼方に目を凝らしても、東の空に編隊の影は浮かび上がらない。
聴音哨が警告を知らせるサイレンもしてこなかった。
他の奴らはまだ起きてないのか。
敵襲を叫ぼうと首を向けようとしたとき、柔らかな手が伸びてきて、聡の顔を逆側に向けた。
ゆかりが真剣な瞳をして言った。
「次があるかどうかわかんないから」
反応を示す間もなく、ゆかりの赤い唇が聡の唇をふさいだ。
するりと濡れた舌が口のなかに滑り込み、聡の口中をまさぐる。
唇が唾液に濡れて動き、柔らかい女の舌が口蓋を執拗に往復する。
聡も自分の舌をゆかりの口中に滑り込ませた。
すぐに舌が絡みついてくる。唇が唇をむさぼる。
二枚の舌はお互いに唾液を交換し、粘膜の感触をたしかめる。
頭上で、砲弾の風切り音が宙をかすめた。
塹壕の床に飛び伏せ、傍らでゆかりも耳を塞ぐ。
黄燐弾の目を覚ますような白炎が地上から舞い上がり、衝撃波と熱風が聡のいる場所を襲った。
前縁や北の砲兵陣地からも閃光がさし、立て続けに爆発音が響いてきた。市川軍の二五ポンド砲だ。
混乱した頭で胸檣から闇夜を見渡せば、地平線に蛍火のような砲火がまたたいていた。
なぜ?
物資の集積は充分ではないはずだった。
手持ちの弾薬を使うだけ使ったら、後退するつもりか。
そんな無駄はするまい。
聡の考えに腹を立てたかのように着弾観測を済ませた砲列は、先ほどの四倍の砲弾を送り込んできた。
陣地を挟叉して土煙が爆ぜあがった。
炸裂音に鼓膜が痛み、衝撃波が臓腑をかき乱す。
これは本気だ。
ようやくにして叫んだ
「敵襲ッ!」
筋肉を突き破るような衝撃が大気を支配し、着弾のごとに砂丘が揺れた。
爆煙と砂塵が吹き上がり、夜の闇が深まる。
掩蔽部の暗闇から、上等兵のマッシモが叫ぶ。
「分隊長、状況は!」
「頭を出すな、準備砲撃だ!」
軽機関銃を下ろし、バイオリンケースを抱き寄せた。
ゆかりは右手で保弾板を握り締め、左手で聡の手を握った。
遮蔽部から出ようとしていたマッシモも、体をまるめている。
「退避しよう」
手を引いて掩蔽部に潜り込む。
レンガと砂嚢で補強した掩蓋の下では、三人の男子隊員たちが息をひそめていた。
片隅に加わって座り込む。
新兵の直之が二人を見、何か言おうとする表情を見せたがすぐに口をつぐんだ。
初めて経験する戦闘に、瞳は蒼ざめていた。無理もない。
「なんだよ! もう攻撃かよ!」
我慢できないという風にマッシモが怒鳴った。二学年下で気は短いが、大柄で勇敢な上等兵だった。
ゆかりが核心を突くことを、ぽつりともらした。
「うちの司令部、まんまと引っかかってたのかもね」
それだ。
聡は正解を見つけた顔になる。
遮蔽物が少なく平坦な地形の多い砂漠戦では、欺偏が盛んに用いられた。
トラックにベニヤを張って戦車に見せかけ、機甲部隊の位置をあざむき、移動時に過剰な砂塵を立て、部隊規模を偽る。
偽の陣地を作って阻止攻撃の矛先を逸らし、偽の鉄道を敷くことまで行われた。
市川、稲葉・平井とも積極的に用いた戦術だが、今回の市川軍は徹底していた。
無言で傍らの丸い瞳を見つめれば、クラスメイトの女の子は甘い目で見つめかえす。
ぱちりと瞬きしてから、
「まあ、いっか。おかげでキスもできたし!」
肩を揺らして笑う。
「な、何!」
狼狽えて叫ぶと、体を摺り寄せて赤い唇をパクリと動かした。
「今度は奪ってくれると嬉しいなぁ。わたし、強引なのも好き」
声もでない。
敵の攻勢直前だとはおもえない、平井女らしい肝の据わり方だった。
二畳ほどの空間に肩を寄せ合い、じっと砲撃を凌ぐ。
直撃を受ければそれで終わり。時間がたつのがやけに遅く感じられた。
夜間は女子しか配置していない隣の壕が気にかかった。出て行ったままの隆のことも心配だ。
着弾が大地を揺らし、兵士達は屈めた体を小刻みに震わせる。
バイオリンケースがゴトゴト鳴った。
「危ないよ。じっとしてて」
「大丈夫、開けて」
「危ないよ。じっとしてて」
「大丈夫、開けて」
聡が薄く開けた蓋を押しどけ、戦闘服のポケットに収まった。
事態を理解しているのだろう。
まじめな顔をしていた。
「いなきゃいけないの」
ポツリと洩らした。
準備砲撃は三十分続いた。
隣壕から隆が戻ってくる。
立ち直った友軍がする破砕射撃の砲声が夜空に響き、地平線が砂埃にかすむかと思える一夜が過ぎた。
みなこれから来るものが分かっていた。
市川軍の大攻勢はその夜、火蓋を切った。
(続く)
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投下終了です。
乙です。北アフリカだと、ライトフット作戦あたりかな?
脱兎タソ乙