アメリカらしいなぁ。
お役所はどこも変わらんてか。
>>936 削除ガイドラインに「スレッドの趣旨に合わない投稿」ってあるの知らない?
清朝が倒れ、中華民国政府が紫禁城に入ったときの事。
内宮と外宮を繋ぐ門に『大清』と書かれた額がかかっていたので、早速取り外して
『中華民国』の額を掲げさせた。
外した額は、取替え作業をした人夫頭に焼却しろと命令したのだが、人夫頭は
困ってしまった。
中華民国の先行きはまだ不透明で、もしかしたら清朝が復活するかもしれない。
そのときに額を焼いていたらえらいコトになるので、どこかに隠しておこうと
考えた。
どこか良い場所はないかと周りを見渡すと、門の下に隙間がある。
これは丁度良いと押し込もうとしたら、すでに何か入っていて入れられない。
何が入っているのかと引き出してみたら、『大明』と書かれた額だった。
945 :
924:2006/07/12(水) 00:21:25 ID:???
>>928 元地図屋ですが、その5万1の地形図の精度云々よりも、貴方の能力が高いのではないかとw
>>944 ワロス、300年近く前の人と考えることは一緒だったわけね。
『大順』の額は作る暇が無かったか、復活の可能性は無いと心置きなく燃やされちゃった
のかな。
およそ補給に困らないのが特徴の米軍@第二次世界大戦だが、公式に鹵獲兵器運用部隊となった部隊が1つある。
第244野砲大隊。当初は105mmを運用していたが、1944年に155mm大隊に改編する筈が、
鹵獲したドイツの150mm、100mm、88mm及びフランスの155mmシュナイダーを渡されたそうな。
戦歴は北アペニン、北フランス、ラインラント、アルデンヌ、中央ドイツ。
>>940 他部署の事務官が用紙を貰いに来て「そんなの聞いてないよ」と
ぼやきながら帰っていったとかw
>>940 「蠅取紙報告書」があったってのは聞いたことあるが、
そんなオチがついてたとはねw
>>945 って言うか、縮尺の小さい地図は範囲も狭いので
自分の位置が判りにくい場合や、長距離を移動する場合は使い難いと思う。
(コンパスを使うにも目標にする遠くの目印が地図の範囲外だと困るし)
アメリカ海軍兵学校の地下には、ジョン・ポール・ジョーンズの死体が安置
されている。
ちなみに、パリの道路の下に埋まっていたジョーンズの死体を発掘して、そ
こへ安置するよう命じたのは、時の大統領、セオドア・ルーズベルト。
え!?レッド・ツェッペリンの??
と俺が一瞬思ったことは秘密だ。
米軍携帯糧食の初期代表作「Kレーション」、
あの「K」は、開発者のアンセル・キーズ博士の頭文字に由来する。
なお、このキーズ先生は偉い人で、
後に、食糧事情が悪化した戦時下ヨーロッパで心臓病が減少したことなどに注目して、
コレステロールと心臓病や血管障害の因果関係を発見している。
ほかに、軍事関係の功績としては、
良心的兵役拒否者を被験者として、飢餓状態における身体変化の研究でも大きな成果を挙げている。
イタリアなどの食生活を基礎とした、地中海式健康法なるものを提唱して、
自身、きちんと100歳まで健康に生きて見せた。
>>良心的兵役拒否者を被験者として、飢餓状態における身体変化
怖いッス
>954
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
新編された陸上自衛隊第14旅団(旧第2混成団、四国担当)の戦車部隊、
第14戦車中隊は陸上自衛隊で久々の「全く新しく編成された戦車隊」
であるが(ただし、使ってる装備は旧第12師団第12戦車大隊のものを基幹と
した各地からの寄せ集め)、新設部隊なので準備段階では特科部隊内に
設置されていた。
なので制式に発足するまで「第13特科隊」の所属標識の描かれた74式戦車、
という世にも珍しいものが・・・。
数十年の時を経て特車隊復活! 違うか。
しょーもねー。
第2次大戦中、あるドイツのスパイが、ソ連領内に密かに潜入した。
彼は流暢なロシア語を話し、身分証明書などの偽造書類を携えており、変装は完璧のはずだった。
しかし、偽造書類のある矛盾点を怪しまれ、すぐ逮捕されてしまう。
彼の持っていた偽造書類は、既にドイツでは一般化していたステンレス製のホチキス針で綴じられていた。
しかしソ連にはそんなものはまだ存在せず、ホチキス針は全て普通の鉄で作られていた。
つまり、本物のソ連製の書類ならば錆び付いているはずの針が、ピカピカに光っていたのである。
へぇー。
国会議員陳情の集合場所になったりなにかと生臭い状況の多い建物「砂防会館」
その1階のレストランの名称は「シェーンバッハ・サボー」
>>956 大日本絵画だかが出した写真集に載ってたなぁ、それ。
>>956 その第14旅団PX売店で出すのが「さぬきうどん」。
「さぬきうどんブーム」の中で、田舎にあるとか限られた時間しか食べられないとか、
レアものうどんを探すマニア?が、
「一般人には年に1回の駐屯地祭でしか食べられないうどん」としてHPに紹介したため、
一昨年の駐屯地祭では午前中早くに売り切れる事態に発展、
今年の駐屯地祭では大量のうどん玉を用意して完璧な迎撃体制を敷いたところ、
昼過ぎには完売という、良好な売れ方だった模様。
・・・ただし、このPXのうどん、
身体を使い、汗をかく陸上自衛隊員向けの味付けで、麺もダシも塩気が若干きつく、
美味いのだが、レアものと有難がるほどのものではない。
第一次大戦前のドイツに、とある落ちぶれた靴屋が居た。
彼は目立たない人だったのだが、ある日、ひょんなことから帝国陸軍大尉の制服を古着屋で手に
入れ、それを着用してみると、あら不思議、人々の態度は一変した。
味を占めた彼は、1906年10月、通りかかった歩兵中隊の指揮権をあっさり掌握し、その歩兵を
率いてベルリン郊外の小都市の市庁舎に向かうと、市長と収入役を公金横領の罪で逮捕し、市の
金庫から4000マルクを押収して、部隊に、市長と収入役をベルリンに護送するように命じて、自分は
さっさとずらかってしまった。
数時間後、真相が発覚すると司令部は上を下への大騒ぎとなり、4日後、彼は遂に逮捕されてしまった。
結局、詐欺の罪で4年の懲役刑を喰らったのだが、2年後、その出来事が皇帝の耳に入り、しかも、服役生活が
真面目だった、更に本人も好人物だったため、彼は皇帝より恩赦を受け、出所することとなる。
ちなみに、出所後の彼は舞台芸人として身を立て、この出来事は1932年に映画にもなったりする。
964 :
名無し三等兵:2006/07/15(土) 16:12:30 ID:CiRLdcJx
日本食は塩辛いといわれるけど
昔は農民ばっかりだったのだから
汗をかくことを考えれば普通で健康に良いと思う
御飯と御付け、漬け物
食後にお茶
粗食もいいとこだな
>>964 だからってもう農業もやってねえで汗かかねえのに同じもん食ってたら健康に悪いだろう
京都の料理人に、田舎者って馬鹿にされるぞ。
織田信長か入京後に「味が薄い!!」と怒鳴って嘲笑されたという…
969 :
名無し三等兵:2006/07/16(日) 01:03:31 ID:wab6nRqH
京料理が薄い味なのは運動しないからかな
京都人は怠け者?
>>970 炎天下の屋外で力仕事をする人より、屋内で座って手仕事をする人の方が多かったのさ。
>>969 今の味付けは江戸期以前の味付けより格段に濃い
ペリーが来航した時に食事に招待された幕府の役人が
余りの食事の美味さに驚いてたり
幕府側に招かれ日本の食事を食べた米国側士官の
『不味くはないが塩けがまったく無くて味が薄すぎ』
って感想が残ってます
米国の軍艦で調理した程度の食事がそんなに美味かったとも考えられないが
中国かどこかで一度食糧を補給してから浦賀に寄ったのかな?
さすがにアメリカから直接浦賀に来ての状態だと、食事のバリエーションも
限られるだろうし。
専任のコックも居たのだし、正式な晩餐ならそれなりの物がでたのでは。
まあ、昭和に入ってからも米軍レーションを食べて「この世に、こんな
美味いものが有ったのか・・・」だった訳だが。
>>973 太平洋を横断して来た訳じゃないぞ。
ペリーの末裔が日本に留学してるぞい
香辛料を含む調味料の違いじゃないのかな。
>>972 当時の長期保存食料は塩漬けがメインだから、米国士官が
しょっぱい食事に慣れ過ぎていた為かも。
>>972 俺も濃いと思う。
醤油も味噌も塩もそんなにドバドバ使える調味料じゃなかったと思うんよ。
特に砂糖なんて貴重品だったろ?
忍たま乱太郎でやってた、芋の茎に味噌をしみこませた陣中食。
今の味噌汁になるほど味噌がでるわきゃねー。
まぁ、アレは漫画だから本当のところはしらんけど。
陣昼食と普段の食をごっちゃにしてる時点でだめぽ。
>>963 この事件の話を聞いてウィルヘルム2世は大笑いして喜んだとか。
「これが規律というものだ。何人もこの点でわが国の真似ができる者はおるまい!
これこそが制服の力だ」
・・・・おい
>>972 幕府の役人は砂糖を豊富に使ったデザートやお菓子の
うまさに驚いたって話は聞いたことがある。
>>974 専任のコックも居たのだし、正式な晩餐ならそれなりの物がでたのでは。
っても所詮は米艦の19Cの船の中で調理してるし・・・・
まぁ20Cの米国料理よりはマシかもしれんが、現代人にとってはその程度じゃね?
>>973 ペリー艦隊は琉球経由で日本に来ました。
サミュエル・モリソンが「あん時小笠原諸島をアメリカ領にしとけば、あとで苦労が減ったのに」
って愚痴ってましたな−ペリー艦隊
>>984 >小笠原諸島
ペリーの先にすでにイギリス人が入植してて、ペリーはなんとか追い出した
んだけど、林子平のせいでOUT!
>>982 士気の低下を防ぐため、意外とうまいものを米海軍は出してる。
ペリーの頃だと黒人コックが料理した。開国後は日本人も結構雇った。白人は使わない。
つか、20世紀になるまではアメリカは結構美食の国だった。いい材料の旨みを生かして簡単に料理する。
なんせプリア・サヴァランが旨い!って言ってる位だ。工業化以降は完全にだめだけど。
1910年2月7日、Abyssinia王子とその側近が、英国の誇る巨大戦艦Dreadnoughtを訪問した。
急な連絡にも関わらず、司令長官以下の幕僚、艦長以下の全乗組員を以て歓迎し、王子は40分間に渡って
司令長官自らの案内で艦内を見て回った。
当時の記録では、王子一行は、未知の驚異に出会う度に、「Bunga Bunga」という感嘆の声を発したと言う。
そして、彼等は満足の体で、英国国歌に送られて立ち去った。
翌日、総ての真相が明らかになった。
Abyssinia王子とは真っ赤な偽物。
実は、上流階級の若いいたずら者たちで、顔を黒く塗り、凝った芝居衣装を着込んでから、戦艦に宛てて
偽の公電を発信したもの。
ちなみに、その側近の中にはVirginia Wolfもいたとか。
2月12日までにその真相を知った英国各紙は挙ってこのペテンを書き立て、数日間、英国海軍の水兵は
何処へ行っても"Bunga Bunga!"と囃し立てられる始末。
結局、海軍当局はほとぼりの冷めるまで、Dreadnoughtを演習航海に出さざるを得なかった。
ちなみに、米国海軍でも、Wyomingで同じことをやられたりしている。
「いたずらの天才」にもあったような