【関東軍】ソ連の強制連行【シベリア抑留】

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 北朝鮮に送られた抑留者には過酷な運命が待ち受けていた。今まで一度もその体験を話すことはなかった
北朝鮮からの帰還者たちも名簿公開を機に、初めて厳しい体験を語り始めた。中川清さんによれば、ピョンヤン
郊外のサムハプニ収容所では、強制労働に従事する中で、6,000人のうち1,000人が死亡、コレラで一度に
300人が亡くなったこともあったという。また、橋詰正雄さんがいたチョンジン収容所では、日本人は屋外に
寝かされ毎日10人以上が死んでいったという。「私たちは満州で捨てられ、ソビエトに捨てられ、二度に
わたって捨てられた。あまりに過酷な生活で家族にも語ったことはなかった。北朝鮮には、今も亡くなった
仲間たちの遺骨が多く眠っているが、墓参のすべもないことが心痛い」と橋本さんは語る。
 厚労省によれば、シベリア抑留者57万5千人にうち帰国した人は47万3千人、現地での死亡5万5千人で、
残る4万7千人が消息不明だった。今回明らかになった北朝鮮へ移送された2万7千人はその消息不明者
たちと推測されている。さらに、北朝鮮からの日本への帰還者は47年末までに大体終了したとされているが、
その時1263人の抑留者が現地に残ったとされている。その消息はいまだ不明である。
 番組では、今回初めてロシアのアーカイブから公開される北朝鮮移送関連文書や、抑留者たちが語る
北朝鮮での抑留の詳細から戦後60年間、謎とされていた抑留者の北朝鮮移送の真相に迫る。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2005/1022.html