1 :
名無しさん:
強いのか弱いのか微妙なものの終戦まで日本陸軍の
主力戦車であり続けた豆戦車について語りませう。
2getしたらここは特二式内火艇を語るスレに
3 :
名無し三等兵:05/01/19 18:54:36 ID:BQE7vi6t
チハより悲惨・・・
>>2 カミ車も95式ファミリーだからどっちもだね
>>3逆にチハより強いから問題なのですが
九七改は普通の戦車だが幾らなんでもアレは
武装なんてハッキリ言ってどんぐりの背比べ。
ちょっとでも装甲が厚い方がマシかと思えるが。軽機の乱射とか受けると特に。
よく的になってたね
8 :
名無し三等兵:05/01/19 19:30:28 ID:tdGEuGyZ
装甲の厚さが前面、側面関係なく18mmって所がヤバ過ぎるね
18mmだと?基本的に12mmだぞなめんな
10 :
名無し三等兵:05/01/19 19:37:53 ID:tdGEuGyZ
あ、ホントだ。6〜12mmだったね。
なおさらヤバイね
11 :
名無し三等兵:05/01/19 19:38:48 ID:BQE7vi6t
M-2重機にやられる戦車なんぞゴミ
それ言ったら英国軽戦車やU号戦車なんて
18mmあれば小銃で貫通されたなんて言わせませんって
んじゃ、装甲を180_、主砲を128_くらいにすりゃ無問題じゃん。
簡単かんたん!
16 :
名無し三等兵:05/01/19 22:48:08 ID:jjXrBTNn
戦闘だけ装甲三倍の被害担当車両とかがあれば便利そう
3倍でも36mmじゃん。普通にカモだ。
確か砲塔は手動どころか肩で押してまわすんだっけ?
幾らなんでも砲塔旋回用の取っ手ぐらいはあんだろ
肩で押してまわしてたら効率悪いことこの上ない
21 :
名無し三等兵:05/01/21 12:28:44 ID:6gbhO0up
マウザー8mmって30mぐらいの距離だと15mmくらいは貫通しちゃうんだよね。
旧軍の7,7mmも耐えるには13mmはいるのに。
>>19 微妙な操作ができるし
走行間射撃も人間という優秀なスタビライザーによって可能だ
ハイハイ、超人に頼ってるから負けたんだ。
クルーズミサイルにスタビライジング火器管制
やっぱ日本の兵器は先を行ってるぜ
ナチみたいに一歩先ぐらいで止めておけばよかったのにね
>>23走行間射撃は射撃管制装置の小型化を待たねばならんぞ。
ニュータイプな人以外は走りながら当てるのは不可能だ。
つうか走行間射撃能力は敵歩兵、火点制圧するために求められたんだし。
制圧効果が期待できる程度の精度に過ぎない。
そして95式の37mmの射撃の手間を考えると、
とても火力制圧を走行間射撃でやるのは絶望的っぽい
>>27ボフォース40o積んでればできない事はないけど
陸軍は弾薬を湯水のように消費する装備は絶対採用しないぞ
30 :
名無し三等兵:05/01/22 10:31:15 ID:1nf/aN83
>>19-23 砲塔旋回は手動ハンドルだ。
肩だけで旋回する砲塔ってどんだけ軽いんだよ・・・。
砲を肩にあてて撃つってのとごっちゃになってるな
>>29 積めるわけないだろう
最低でも一式中戦車くらいのサイズが必要
>>31 97式軽装甲車は肩回しじゃなかった?ちがったっけ。
34 :
名無し三等兵:05/01/22 14:00:21 ID:P2c7JRAH BE:10926645-##
軽いから肩でもまわせるのかな
36 :
無名三等廃兵:05/01/22 15:05:57 ID:xtRCJSS5
37 :
名無し三等兵:05/01/22 15:18:52 ID:ZhVeUfPB
97重から降下するための戦車にそういう設定は無理だと思うな
>>32どっかの国で40o装備の対空軽戦車作ってたから積めるぞ。
砲塔の傾斜装甲は諦めないと無理ですが
>>38 元々チハとハ号の中間程度の車体を延長してチハ並みになってるが。
裏付けとってから書き込めよ。
>>39何故そうなる?四式軽でチハ砲塔の搭載に成功しとるが
無理と言い切る根拠なぞないだろうに。
41 :
無名三等廃兵:05/01/22 18:43:06 ID:xtRCJSS5
>>41そうです。127o積んだチハがあるなら九五軽でも不可能な筈がないので
前面、側面装甲だけだと狙撃兵の餌食になりそうで恐ろしいがないよかマシ。
チハと九五軽は結構大きさが違うような・・・
チハの砲塔なんて大抵の戦車に載せられる。
反動なんて有って無い程度だしー。
45 :
無名三等廃兵:05/01/23 16:42:07 ID:NWxGxzCZ
色は匂へと散りぬるを、っと
95式軽戦車を「ハ号」と呼ぶ理由って何でしょうね?
某有名サイトでは89式戦車を「イ号」としていますが、じゃ「ロ号」は??
別のサイトでのやりとり
http://www.warbirds.jp/ansq/3/C2000153.html では"暇人ですね"みたいにあしらわれてますが、別の見解
試製1号戦車が「イ号」で、89式戦車は「ロ号」という件がスルーされてます。
順当に続く筈の「二号」・「ホ号」・・・・は聞いたことも無いし。
ひょっとして、「ハ号」ってのは旧軍車輌装備体系をきちんと把握した人が
付けた呼名ではなくて、突発的に95式軽戦車に付いちゃったホントの「愛称」
だったりとか?
もしそうなら「イ号」を特定するのは無意味だし、いや寧ろ「イ号」を使う
こと自体が格好ヨロシクナイことになってしまうのですが・・・・誰か教えて。
89式戦車は登場時は軽戦車だったから、
95軽はそれに続くと見ても良いのかも。
47 :
無名三等廃兵:05/01/23 19:41:14 ID:NWxGxzCZ
>>46 45の小生へのレスだと仮定して
小生が問題にしているのは、モデルNo「イ号」・「ロ号」・「ハ号」の割振りが
戦車研究室とウォーバーズとで違うという点です。白状しますと、個人的
にはウォーバーズでの見解が正しいのではという印象を持っております。
ただ、このような食違いが生じてしまうのは不思議といえば不思議です。
そこで、愛称「ハ号」は一般化していたけれど「イ号」・「ロ号」は当時から
まるで意識されてもいなかったのではないかと思った次第。
「イ・ロ・ハ号」のお題はは用途類別の問題ではなく、単なる区別呼称の
割振りの問題、との認識で提起したつもりです。
46が小生へのレスではなかった場合はお許しを。
48 :
池田戦車聯隊長:05/01/23 21:22:18 ID:P7sED4Il
そんなM-3ごときに撃破される戦車なんぞよりチヌ車やチト車、自走砲のホロ
車等について語ったらどう?それと帝國陸軍戦車のなかで火焔放射器装備の
戦車ってあったの?ほとんど聞いたことがないのだが・・・
スレタイ読めよ。これだから学のねえ奴は・・・
>>50 チハは九七式中戦車、ハ号は九五式軽戦車。
チ(中戦車)の付かない名称についてのお話。
九五式重戦車はどう言う呼び方だったんだ?
>>37 こいつが気になってしょうがないのだが、頭大丈夫なのか?
>>49 【P7sED4Il】の検索
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どこでもトンチンカン且つヒドイ頭の程度を晒してくれちゃってますw
>>47 サイトじゃなしに、文献ではどうなってるの?
俺の持ってる機甲入門では
八九式がイ号(チイ車)、ロ号欠番、ハ号が九五式
イ号・ロ号(?)がまるで意識されていなかったとする根拠は?
印象でいいなら、俺は戦車隊の拡充・機能分化に伴って後追いでつけた名前だと
思ってるんだけど>秘匿名称
戦車が少ない頃はイロハで良かったけど、
中・重・軽の並列整備構想が固まった昭和十年代からはそうもいかなくなって
チ○・ジ○・ケ○の分類が出来たんだと思ってた
んで九七式採用で複数種になった中戦車は、八九式に後追いで「チイ」とつけたけど、
当面一車種しかない軽戦車をわざわざ「ケハ」って呼ぶ必要もないからそのまんまで済ませた、と
ハ号のが有名なのは単に、太平洋戦争でも主力として活躍したからじゃないかと
そもそもイロハのころの秘匿名称って、部隊でもあんまり浸透してなかったんじゃないかなぁ?
九五式音頭でも歌われてないし>ハ号 (イ号も
ttp://www.warbirds.jp/ansq/3/C2000169.html
56 :
無名三等廃兵:05/01/24 18:07:10 ID:g3bxEGol
>>55 嗚呼、ちゃんと読んで下さる方がいらっしゃったんですね(←コラ)。
文献では如何?とのことですが、大したモノを持ってはおりませんで、
個人的な印象のみで語っております(←コラコラ)。
もう1つの問い掛けについては、55氏のレス後半にて殆ど代弁して
いただいておりますので回答は割愛させていただきます。
さて、ご紹介の「機甲入門」の記述では(戦車研究室サイトもかな)
「イ・ロ・ハ」の2つ目に早くも欠番が生じていますね。これに対し、
>>45でのリンク先にて示しました大塚吉古氏の仮説は魅力的です。
つまり、
重戦車「イ号」-試製1号→試製91式重戦車、後継95式重は「ジ」を加え「ジロ」
中戦車「ロ号」-89式中戦車 、後継97式中は「チ」を加え「チハ」
軽戦車「ハ号」-95式軽戦車 、後継98式軽は「ケ」を加え「ケニ」
となる訳です。完璧過ぎて怖いくらいです。
でも「ロ号」が89式中戦車だとすると、どうしてメジャーな鉄牛戦車のこの
呼称が「ハ号」程に一般化しなかったんでしょう?ググッてもヒットするのは
潜水艦にボイラー、そして731部隊施設ばっかり。
そこで55氏も示された戦車小唄ですよ!(←シンクロ具合が怖いくらい)
現場筋が自隊で使った「ルノー・89式・95式」を「イ・ロ・ハ号」とローカル呼称
してたのでは?で、「ハ号」乗員がよもやま話本にそれを連呼してそれだけが
定着してしまった、と。小生、そんな魅惑的な夢想に身悶えしております。
可愛い戦車best3
ルノーF1(豆戰車) 九五式軽戰車 ・・・もう一つは?
58 :
無名三等廃兵:05/01/24 19:18:07 ID:g3bxEGol
ちょっぴり補足
>>47の
>「イ号」・「ロ号」は当時から まるで意識されてもいなかったのではないか
というのは、主力の「ハ号」乗員となった戦車兵にとっては−というコトで。
現場は装備機材への習熟が第一、名前のいわれなんて気にしないでしょう。
重ねて書きますが、あくまでも「そう思う」といったレベルでの与太話です。
旧軍の公文書に「イ号」・「ロ号」・「ハ号」の記載が在れば木端微塵ですから。
>>48 工兵隊によって少数使われた装甲作業機(SS器)には火炎放射器が付いてた。
また、95式軽戦車にも、火炎放射器を装備したモデルがあるよ。ほぼ無傷で
鹵獲された写真が残っている。現地改造みたいだけど。
>>53 軽戦車なんてそんなもんだろ
あ、富嶽からか
>>60 やっぱバカだな。
出て来るのが富嶽ってあたりまさに
せめてク7辺りがでてくればまだしも……
クズの脳みそはどこまで行ってもクズか
62 :
無名三等廃兵:05/01/25 13:48:09 ID:+GAWMEKf
>>56 にて紹介した大塚吉古氏の仮説について
取るに足らない訂正
>重戦車「イ号」-試製1号→試製91式重戦車、後継95式重は「ジ」を加え「ジロ」
⇒重戦車「イ号」-試製1号→試製91式重戦車、続く95式重は「ジ」を加え「ジロ」
この方が妥当ですな。
結構重要な帰結
「ロ号」(チロ)で始まる中戦車は「チイ」が欠番
「ハ号」(ケハ)で始まる中戦車は「ケイ」・「ケロ」が欠番 探しても無駄ョ。
ただし、大塚氏御自身はここまで書いてはいないんで「それは曲解では」
という指摘があればどうか忌憚無く。
適当に思いついた説をチラシの裏と思って書いてみる。だから信じたりしないように。
八九式中戦車は開発当時軽戦車だった。
NCをイ号、計画八九をロ号とすれば九五はハ号となる。
イ号、ロ号中戦車は八九の甲及び乙。
なんつってな。
乗員はなんていってたんだろう?
>>63 甲型軽戦車(FT)乙型軽戦車(NC27)と八九式中戦車の甲型と乙型、これを
それぞれイ号、ロ号として扱ったほうが理にかなっている。
68 :
無名三等廃兵:05/01/27 19:33:05 ID:Cb7xNw15
>>67 無味乾燥な片仮名符号の羅列に疲れてきましたね。
わかります、わかりますよ。(←ならやるなよ、小生)
話変わって95式軽戦車の後継「ケニ」の変種「ケニB」ですが、小生も特別な
興味をひかれる車輌の一つです。
●先ず、開発経緯がよくわからない。
中戦車「チハ」・「チニ」の競合試作はよく知られていますが、これが
旧軍戦車では唯一の競合試作の実例とされています。
「ケニA」と「ケニB」って競合試作の結果じゃないの?
●次に、内部機構がよくわからない。
写真のから受ける印象では、車体前部は95式軽戦車との継続性が
疑われるのに、スプロケットが後方配置らしい・・・・信じ難い。
そもそも「ケニ」はエンジンを横置きとして車内容積を節約し、2人
用砲塔搭載を可能にしたのが設計の胆のはず。起動輪が後方配置の
場合、コンパクト化した機関室に変速・操行装置が収まるのものか?
・・・・といった疑問が湧くのですよ。
ホント、謎めいているとは思いませんか?
69 :
名無し三等兵:05/01/27 20:42:13 ID:8lNltAkq
ケニBはクリスティータイプの実験試作的なものでしょ。
たぶん中身はエンジン、ミッション等が戦闘室方向にはみ出て、
他は運転席以外はなんも無いがらんどうじゃ無いかと
テケ車だっけ?
84年当時、陸別町の自動車工場に除雪車に改造したシャシーが現存した。
プラックには昭和16年、三菱相模原製と書いてあった。(もしかしたら三菱付かず、相模原工廠だったかも)
今はどこにあるんだろうね
どうして「ジハ」を作らなかったんだ?
72 :
名無し三等兵:05/01/27 22:02:48 ID:pbLFd2w3
>この戦車の残骸あちこちにあるよな。南鳥島にもあったな
73 :
無名三等廃兵:05/01/28 13:25:30 ID:h3uUHvG0
>>69 おおォ!!貴殿の書込み
>ケニBはクリスティータイプの実験試作的なものでしょ。
には何かソースがありますか? あれば是非教えてくだされ。
小生はもう資料購入というものをしなくなって10年程になります。
実は小生も”ケニBはクリスティータイプの実験試作的なもの”だと
考えておりますが、これを表明するのは電波がキツ過ぎると思い自粛
しておりました。これが解れば10年越の疑問(の一つが)氷解です。
74 :
無名三等廃兵:05/01/28 19:38:41 ID:h3uUHvG0
>>71 ツッコミが無かったんで知らばっくれておりましたが、(←コラコラ)
95式重戦車が「ジロ」だったという保証はありません。(←コラコラコラ)
95式重戦車に10.5cmカノン砲を搭載した自走砲があったらしく、
この車輌が「ジロ車」と伝えられています。「ジロ」ではなく、「ジロ車」と
なっているのが気になるところで、小生は【"ジロの車”体利用砲】と
(勝手に)解釈し、ベースとなった95式重戦車を「ジロ」と推測した次第。
ただ、4両しか作られなかった多砲塔戦車の95式重戦車に後継ぎが
無かったのは寧ろ当然かと。
メカニズムの観点でも、95式重戦車の足回りは89式戦車に近いですね。
試製1号戦車の末裔ということで、制式年次の同じ「ハ号」がシーソー式
懸架装置を採用していたのに比べ(原型からかなりの改良を加えたとはいえ)
やはり将来性に乏しい構成でした。
ここから先は電波を承知で読んでいただきたいのですが、先ずはこの
リンク先をご参照ください。
ttp://muwsan.hp.infoseek.co.jp/taikei.htm このページに、
●2.昭和14年3月7日(中略)戦車大系の大綱 があります。
末尾の備考欄に面白―い記述が在るんですよ。
”重戦車ハ目下審査中ノモノヲ堅陣攻撃用トシテ整備シ得レバ可トス”
これって、「ジロ車」(自走砲の方ね)を指しているのかも・・・・・・・・
・・・・かも知れない・・・・ですよね?ねっ、ネッ!?。
76 :
69:05/01/29 14:04:59 ID:QtszZrKW
>>73 そういや、ソースの類は無いです 笑
なぜ、そう思ったかという根拠は
・砲塔機銃の配置がケニと逆
・運転席の位置が左にオフセットしている
これらは実際の運用上での使い勝手をケニと比べるために
そうしたのではないかと。
また、
・排気管取り出し位置が違う
ので、エンジン等の車体パッケージも違うとしました。
38式12糎榴弾砲のっけたハ号があるよな。
いくらシャーマンでも12榴くらったらひとたまりも無いよな。
そうだよな。
一応105mm以上の火砲なら榴弾威力で装甲板を破壊できるらしい
79 :
無名三等廃兵:05/01/29 19:00:12 ID:68Gaq5D/
今探したんだけど見つからなかったんで、勘違いかも知れぬが・・・。
国立公文書館の戦車関係の審議書面で、2種類の軽戦車がもうじき完成するとかゆうてる>昭和13年
多分これがケニAとBだと思うんだけど、6tと8tとなってた。
もしかするとチハんときと同じように、大きいのと小さいので比較検討か、もしくは用法の違いがあったのでは?
もしかしたらケニBは、次世代軽戦車の方向性としての機動戦車のプロトだったんじゃないかな?
たぶんケニAは従来型軽戦車の流れの車輌で、だから無理にハ号から生産切り替える必要性も無かったし
作るにしても、ケト完成までの繋ぎみたいなものだったと想像してみる。
もし、機動戦車案が主流になって、そっちで行くとなったら
ケニBの増加試作やって、たぶんもっと完成度の高い新型が出てきたんだと思う。
81 :
無名三等廃兵:05/01/30 18:19:13 ID:6/q8Bpr9
>>80 オォ、そのような一次資料が存在するのですか?
しばし国立公文書館のホームページに見入ってしまいました(ハハハ・・・・)。
そんなコトしててもしょうがないので再びむーさんのサイトを眺めてると
今度は第4項に「1式(チヘ車)」・「○○式(チト車)」なる記述を発見。つまり、
小生が
>>74にて「ジロ」・「ジロ車」を戦車・自走砲と区別したことは全くナン
センスだということが判明したのですね。(←駄目じゃん、小生)
「ケニB」の話題に戻りますが、足回りクリスティー関連説でいくと
こんな車輌があって気になるんですよねえ。(お、スレタイに戻った)
ttp://www3.plala.or.jp/takihome/ho-ru.html 開発開始の1945年2月という時期にはもう足回りの改修なんてどうでも良い筈
で、たまたま手近にあった車体が実験改修済車だっただけだと推察してます。
この「ホル」車体と「ケニB」とは関連が有るのか無いのか?
こうして見ると、"萌える"「チト」・「チリ」・「チヌ」の中戦車に比較し
"切なさ募る”後期旧軍軽戦車の研究はまだまだ宿題が多いようで。
82 :
名無し三等兵:05/01/31 02:11:00 ID:D9Yyd5D8
ロ号戦車って、どこを探しても載ってないね。
ハ号は載ってるけど。イ号はかいてあるのとないのとがある。
こういった欠番ができる原因として考えられるのは、少量生産の為マイナー
すぎ、忘れられたということがあるのではないだろうか。
たくさん作られれば乗った人も多く呼称が残りやすいはず。
で、89式からタンケッティーや装甲車を除いてのこるのは....
95式重戦車(ジロ車)か、輸入されて上海事変にも参加したルノーNC軽戦車かな。
推論の域を出ませんが,この二つのうちのどちらか、ハ号が開発ナンバーだとしたら,
前者があてはまりそうですね。
やはり正体は不明でしょう。
例えば試製九五式重戦車の後にA型重戦車という謎の重戦車が存在しているんですけどね。
問題はそれが何かが不明なんですよ。試製九五式の発展型なのか、それとも別なのか、
謎があまりにも多すぎて、分からない物は証拠が出るまで放置しかないんですよ。
イ、ロ、ハでいえばイ号水陸戦車なんてものも存在しますし。
水陸両用戦車といえばカミ車が有名ですが、クリスティー水陸両用戦車を購入して、これを
参考に水陸両用小型製甲自動車なんてものを作っていますし。
84 :
名無し三等兵:05/01/31 03:05:36 ID:D9Yyd5D8
>A型重戦車という謎の重戦車
A型重戦車ですか?イギリスから輸入されたA型中戦車じゃなくて?
>イ、ロ、ハでいえばイ号水陸戦車
水陸両用戦車って結局陸軍は整備していなかったような。
三菱製SRイ号,SRロ号戦車,石川島製SRII,SRIIIはどれも試製
だから、社内での開発名称でしょうね。カミ車は海軍の奴だから単に設計者
の苗字から一字を取っただけですからねぇ。結構,いいかげんにつけているの
かも。
ここ
http://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/deta02.htm を見る限り
では、チハだとかはきちんと系統立ててつけているみたいですね。
国産のみをカウントするのか,外国製をも含めてカウントするのか,意外
と白黒はっきりついていそうですよ。
ウインドトーカーズに出てたのが95式?
86 :
無名三等廃兵:05/02/01 18:17:15 ID:PE7gBCNq
>>83 仰る通りです。物証も無しに妄想を敷衍し振り回す行為は正当な思考法
ではありません。のみならず、それを披瀝し愉悦に浸る蛮勇に至っては
付ける薬もありません。解っております。
解っちゃいるけど止められない、”スーダラダッタ、スーイスイ”な
小生であります。
楽しめると見定めたネタは放置できません。で、後期旧軍軽戦車です。
・95式軽戦車「ハ号」
・98式軽戦車「ケニ」
・2式軽戦車「ケト」(主砲強化ケニ)
・3式軽戦車「ケリ」(57mm砲ハ号)・・・・・・・・試製
・4式軽戦車「ケヌ」(合体改造ハ号)
・5式軽戦車「ケホ」(47mm砲新軽戦車)・・・・試製↓
ttp://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/deta0245.htm 制式年度順に並べると上記の通りですが、開発符号順では98式「ケニ」の
次は5式「ケホ」ですから2・3・4式はその間に割込むようにして緊急に
制式化されたことが解ります。いかにも”やっつけ仕事”然とした
3・4式はともかく、2式「ケト」までも繰上げ制式組なんですね。
ちょっと意外な感じです。
この展開は何となく中戦車で野砲搭載の3式「チヌ」が、本命高射砲搭載の
4式「チト」・5式「チリ」を追抜いた事例を彷彿とさせます。
95式「ハ号」は”在った方が良い”で取り敢えず採用、続く98式「ケニ」は
調達数量優先の為生産を先送り。更にスケールアップした「ケホ」も整備計画
には在ったけれど、そのうち泥沼の戦禍に足をとられて”やっつけ仕事”
優先を余儀無くされる――といったトコロでしょうか。
87 :
無名三等廃兵:05/02/01 18:23:04 ID:PE7gBCNq
88 :
無名三等廃兵:05/02/01 18:36:46 ID:PE7gBCNq
オォっと、忘れるトコだった。
開発符号「ケチ」は語感が悪いから永久欠番。
ン、間違い無い!
昔戦車マガジン誌で、95式軽戦車エンジンのクランクケースは
溶接構造で出来ているとの記事を読んだ記憶があります。こういう
部品は鋳造で作るものだと思っていたから驚きでした。
エンジンのクランクケースを溶接構造で作る事例って、よくある
ことなんでしょうか?
クランクにかかる力に耐えられる溶接技術を持ちながら
溶接車体は実用化できなかった日本
91 :
80:05/02/07 02:44:02 ID:???
国立公文書館の検索で見つけました
「戦車研究委員会決議事項」って奴です。
「7ページ」「10ページ」を大雑把に抜き出すと。
第三回研究会決議事項 昭和14年5月17日
三、目下技術本部に於て研究史作中の6トン戦車及8トン戦車の完成(六月末頃)の上
之を前項の要件に照らし検討をなし所要の改正を施し(直ちに改正し得るものは着手す)決定車種となす
右方法により所望の軽戦車を決定し得ざる場合には九五式軽戦車の改修につき研究をなす
時期軽戦車に具備せしむべき要件(の一部抜粋)
武装、37mm砲1、7.7mm機関銃1、砲塔連装とす。別に7.7mm対空機銃1 地上37mm対戦車砲を改修したるものとす
どうも結果から想像するに、
双連で対戦車砲(94式速射)と共用ってのはケニの100式37mmで達成してるけど、
歩兵用37mmが1式開発してるので、同1式37mm戦車砲の完成まで待つかどうか
実際には1式37速射は捨てられちゃったので、
1式37戦車である意味は全く無いんだけど、ここで足踏みしたのかなあ。
また当初から九五軽改修が詠われている事。
九五軽の主砲が98式37mmに変る事で
双連じゃないけど94速射と弾共通になったあたりも、ね。
もしかしたら当初のケニは98式37mmを使う気だったのかも。
ところがハ号改修で98式37は乗ってしまった。
将来要求は歩兵と共通で機銃双連になってしまい。
慌てて作った100式は、歩兵用が1式になるんで、おじゃん。
なんつうか迷走しているうちに色々取り残されてしまったんじゃないかなあ・・・。
92 :
無名三等廃兵:05/02/08 17:01:38 ID:3XPmaz9c
>>91 貴重資料の紹介有難うございます。
「ハ号」後継軽戦車が6t・8tの2種類試作されたことは間違い無い様
ですね。「ケニ」の記述には結構微妙なものがあります。
ttp://muwsan.hp.infoseek.co.jp/taikei.htm ↑また例のページを引合にしますが、第3項の昭和17年3月1日付
「国軍機甲車輌整備体系表」の軽戦車「98式」を見て下さい。
・重量(t)/6−8 ("6から8”ではなく、"6と8"の意ですね)
・区分 /研究中 (3年以上も前に制式化してるのに??)
上記2点から受ける印象だと「98式」の頭書には「試製」が付いて然るべき
と読取れます。さらにツッコミを入れると実は開発スタート年が「98式」で、
試作車完成は翌年なんですね。91氏の言われる備砲迷走の件や、
>>79で
示しましたマニュアル写真の件も相俟って、円錐形砲塔「ケニ」にますます
研究素材的な意味付けをしたい誘惑に駆られます。
ところで「ケニB」が8tということになると、車重2tの増加分って
何でしょう?
・車体が一回り大きいのか(写真からはそうは見えないが)?
・装甲が厚いのか (先の体系表には16mmの記載しか無いが)?
うーん、謎は尽きませんなあ・・・・
確かに見かけは大きくないし
最大厚も同じだけど、もしかしたら側面は厚いのかもしれません。
確かに95式軽戦車から後の戦車は情報が少ないな。
91です
ざっと支那事変関係の戦車部隊の報告見てると。
89式戦車はどんくさくて駄目
92式重装甲はヤワだし砲持ってないのが駄目
94式軽装甲は便利だけど無茶できない
95式軽戦車はとりあえず良い。でもクリスティーやBTみると負けてると思う。
なんてのが書いて有ります。
まあ97式戦車と97式軽装甲に繋がる意見なんでしょうが、
95軽戦車には、大きな不満はないけど、
このままだと世界に取り残されるんじゃないかと、
そういう意見が前線から出てきてるあたりが面白いです。
この意見がケニABに影響しているのかも知れません。まったくの予想ですけどね。
96 :
無名三等廃兵:05/02/10 19:16:48 ID:JuqhaQ9f
>>95 ・「中戦車」 89式→97式 いずれも5.7cm砲
・「軽戦車」 95式→98式 いずれも3.7cm砲
現在の我々の視点からすると、戦車を更新するのに備砲口径をスケール
アップしないというのは非常に奇異に感じられますが、戦間期にはこれを
殆ど問題視しなかったようですね。予算に贅沢はできまんし、技術的にも
成熟の歩みはゆっくりでした。これがこの先もずっと続く―そんな潜在意
識が作戦側にはできてしまっていたのかもしれません。そこへもってきて
「ハ号」です。大陸で実に良く働き、非常に有用でした。中戦車の更新も
この路線「チニ」で大丈夫と確信した程です。
仮にもBT戦車は仮想敵ソ連の戦車ということで、対抗策として新砲塔
「チハ」を急ぐことにはなりましたが、危機意識の持ち方という点で少々
皮相的という感じがします。
7.5cm砲搭載30t戦車―このWWU標準の獲得に費やした数年の遅れが
非常に大きく響いたわけですが、これには「ハ号」の成功体験が大きく影響
している気がしてなりません。
そう思って後継の98式「ケニ」を眺めると、確かに洗練は加わっているの
ですが、何ともあだ花的ではかなく見えてしまいます。
97 :
名無し三等兵:05/02/10 19:27:52 ID:UteJFYmO
98 :
名無し三等兵:05/02/10 23:14:17 ID:aWCtC8mn
何しろ、飛行機の後方機銃はルイスで良いと何の疑問も感じなかった国だし……。
>>96 戦車の火力はチハん時にも色々案は出ているんだが
その結論というか流れは支援車輌(砲戦車)を組み合わせるって流れになってる。
流れとしては3号戦車と4号戦車なんだけど、最初から対戦車戦闘が狙いにあったようで
対戦車威力のある37mm対戦車砲を中戦車に積むとかも考えてるから、武装はすんなりと57になったわけじゃない。
上に重戦車、下に軽戦車のある戦車体系で、色々工夫していた時代だから、世界的に75mm級がどうのってのは、その次ですよね。
実際M3中戦車やパンター、T-34の着手はWW2開始直前から直後な訳で、1937年式戦車は数年早いわけですよ。
ふむぅ
あと、これも、もしかしたら影響してるかも。
ノモンハン戦の地上部隊に関する戦訓で戦車はイラネと。
速射砲の数をもっと増して(辛いなら大隊砲を迫撃砲等にして運搬力と予算を浮かせろとも)
これに肉攻を組み合わせれば敵戦車には対抗できる。
だから味方戦車も阻止されるべと。
金無いんだから戦車止めちゃえと。
でも支那戦線では役立ってるようだから、そっちで使う分は構わないぞと。
結果として当時の戦車は近代火力と戦術の前には大した事は出来ず、
支那戦線のような一級とは言い難い戦線じゃないと使えないと。
ここで重防御重武装の新戦車ならと言えないのが貧乏な日本軍
支那戦線では九五式軽戦車で間に合ってるから、
それで我慢しろという事が大きかったんでしょうね。
まあでも極論言ってしまえばキングタイガーだの
スターリンだのと化け物のような戦車がドンパチやったのは
ヨーロッパ限定の話で後は戦車の敵は対戦車砲であり
携行ロケットだったのだから全く見当違いとも言い切れん
103 :
無名三等廃兵:05/02/11 19:22:08 ID:bWDwRGs8
>>99 仰る通りです。小生も貶めるような調子で旧軍戦車を語るつもりはあり
ません。少々誤解を招いたかも知れませんが、戦間期においても旧軍戦車
開発は低迷していた訳ではなく、軽装甲車等を含めれば短いレンジで常に
何がしかの新設計を投入し続けていました。独創的な試作も数多く、旧軍
機甲は小さな所帯でしたが活発だったと言って良いと思います。そして97
式中戦車もその戦間期の戦車ですが、採用時の曲折を考えると僥倖といっ
ても良いまとまり具合です。
しかし、WWUではもう1段のスケールアップが必要でした。開戦時期の
新モデル投入に際し、米ソはそれに成功しました。タイミングでいうと
97式中戦車「チハ」の次にくる1式中戦車「チヘ」がそれです。悲しい哉、
旧軍の生産力からするとこれでは出遅れとなってしまいます。しかもこの
時実際には現物が出来てはいないわけで・・・・。工夫を構想していたのは
小生も存じていますが、現実の一手に繋がらなかった、一番肝腎なモデル
チェンジに乗り遅れてしまったのは、やはり前のモデルでの満足感に順応
し過ぎた為だと思えるのです。
小生の個人的な心象として聞き流して下さると幸いです。
>>101 部隊の方も九五式で概ね満足してたようだが
ただし太平洋戦争始まる前の話だけど
>>101 ノモンハンで戦車イラネなんて一言もいっとらんよ。
逆に事件前に予想された通り、補給整備部隊が前線に全く追いつかないという
展開が予想通りに発生したんで、問題を再確認し、事件後に最優先で機甲部隊に
車輌が増員されて、車輌定数も増加している。
106 :
名無し三等兵:05/02/11 19:38:21 ID:xbhhlpJQ
対戦車には、対戦車砲が有効ってなってしまった。
ノモンハン後期だとアウトレンジされまくったのにな>九四式速射砲
>>105 関東軍参謀長名で
ノモンハン事件より得たる地上部隊編成装備に関する意見書にきっちり記してある
勿論車輌の増大はあらゆる兵科で必要だと強調されてる。
>>107 そっちは各種火砲の増強と
最前線速射と破られた時の2線目用の速射で対処するという事らしい。
>>108 それって本当に「ノモンハン事件より得たる地上部隊の編成装備に関する意見」?
どこにもそんなこと書いていないけど。
規定の計画で十分で、これ以上戦車に傾注するなら対戦車砲を増やさないと駄目だとは書いてあるけど。
独混第一旅団の編成が不満で解散させて、戦略機動兵団的運用よりも戦車の歩兵協力を求めつづける
関東軍が陸軍中央が戦車研究委員会を作って、またも機甲戦力の集中を唱え始めたから釘をさしている
文章でしょ。
>>109 うん。それ。
四、関東軍に於ける戦車部隊は軍備充実規定計画以上に増加することは不必要なり
説明
今次戦闘に於ける我が戦車部隊は
克く勇戦し作戦成果に寄與する所大なるものありしが
冷静に観察するに
我が対戦車砲及肉薄攻撃に絶対的自信を有するに至りし今日
戦車部隊部隊の規定計画以上の増加は之を停止し
要すれば規定計画の一部を変更し
余力を以て対戦車火器の強化に充つること
国軍並びに国力の現状に照らし正に理の当然なり
然れども対支作戦に於いては戦車を有利とすべきこと明かなるべし
規定計画以上は要らないだけじゃなくて
(要すれば)規定計画を変更して余力を対戦車砲に
つまり戦車縮小して対戦車砲に回せとゆうてる。
勿論中央の方針に対する異だと見なす事もできるだろうが
対戦車砲増備のリソース源に戦車縮小でと言ってるあたりに、当時の空気が判ると思う。
>>110 まあ餅ついてくれ。「戦車を縮小」なんてどこにもいってないでぞ。
「規定計画以上の増加は之を停止し」は陸軍中央に対して苦情をたてているんだって。
事件前に関東軍は関東軍指揮下に戦車部隊の増強を認めさせていて、第一戦車団が消耗する前に
兵力増強の基幹である第三、第四連隊を温存するために後退させ、第一戦車団に加え第二戦車団を
編成しているじゃないか。だから、戦車イラネとか戦車は減らせなんてことはないんだって。
関東軍が言っているのは、機甲本部の唱える機械化部隊は独混第一旅団が役に立たなかったから、
絶対反対で、徐州会戦の戦訓で戦車第一大隊の成果から戦車・歩兵・砲兵・工兵が連携した部隊で
なければ使えないと、実地経験から言っているわけさ。
逆に戦車学校はノモンハン事件研究会で陣内突破装甲兵団を唱え、装甲機動兵団の設立を熱烈に
語るんだから勘弁してくれとなるわけさ。
ノモンハンで戦車は無視されたというけど、教育総監部第四課にノモンハン前から15年まで務めていた
久保達夫氏は教育総監部、陸軍省、参謀本部が事件の後からは手のひらを返して戦車サマサマになったと
言っているんよ。そんな状態だから支那派遣軍や関東軍は歩兵火力の増強を戦火を浴びる立場から、
将来の投資より今、そこにいるうちらに使えといっていると。
もうちっと書いておこうか。
関東軍は独立兵団として戦車部隊を運用せず、歩兵と協力して戦う事を求めていて、
それが意見書にある「要すれば規定計画の一部を変更」に該当するところでしょ。
対して機甲本部が提唱しているのが、独立運用部隊。
戦車研究委員会は戦車の強化と増産を狙って虎視眈々と動いているんだよね。
機甲本部の考えはどちらかといえば騎兵に近い運用で、フランス式の編成に近いと思うよ。
歩兵と共に戦う関東軍の案では戦車の機動力が生かせないから問題があっただろうし、
機甲本部のフランス式に近い編成だと歩兵との連携がノモンハンや独混第一旅団のように
また失敗するだろうからこれもどうかと思うけどね。後知恵だけどw
少なくとも機甲本部も関東軍も対戦車防衛戦では戦車を含む諸兵科合同でなければ
ならない点では一致していて、15年までに6個戦車連隊・教導戦車隊を新設・再編して
いるんだから、十分にその価値を認めているよ。
問題は関東軍はソ連を平地で迎え撃てない、地形を利用しての防衛戦が主体になる、
機甲本部は守っているだけでは駄目で、独立運用される戦車部隊での決戦を挑まなければ
ならないと、その防衛手段に対立が深くあるんだよね。
おお、よく判る。
でも以降も戦車の生産が事実上伸びていないという現実は?
すまん、先走りすぎた文章だった。
機甲本部じゃなくて110と111はその前身の教育総監部第四課として読んでくれ・・・orz
>>113 ノモンハンでブーム到来、ポーランド侵攻で騎兵が壊滅と情報が流れて騎兵が戦車に転向、
そしてブームの決定打になったのが西方電撃戦。これで陸軍はこれからは戦車だ!となったんだけど、
資源がない、金がないという現実があるわけで、足りない足りないは工夫が足りないと・・・
戦車大拡充を狙う陸軍省戦車研究委員会は14年12月に「戦車整備促進の対策」を提出し、
戦車整備計画の意思決定の統一と簡素化、造兵廠本部に戦車整備進行掛を設けて機能の
集中化を目指すと提唱、
15年の軍備計画で相模造兵廠が設立され、6月から戦車・機甲を主体に扱う工廠が完成。
そして戦車大拡充を目指して東洋最大の戦車工場の計画を立てたりして、大増産が進行開始。
戦車が増えるにはまず人からだと、将兵養成の為に戦車兵科教育が陸士で開始され、
少年戦車兵制度が設立、公主嶺戦車学校開校と下地は完成しつつあり、
機甲本部、機甲兵、各種実施学校が続々と誕生して組織も強固になっていき、
昭和17年には満州に2個師団、支那戦線に1個師団の設立が提案され、第一機甲軍が誕生、
その定数は兵員13000、装軌車輌1400、装輪車800という戦車学校が熱弁を振るった装甲突破兵団が!
・・・来るはずだったんだけど太平洋に戦線は広がり、そして戦車よりも飛行機ないとダメポとなって・・・
また間違えた。・゚・(ノД`)・゚・。
>>114の2行目の110と111は111と112の間違い。
スマソ、もう眠いんで寝る・・・
>>115 乙
で、結果的に「国力の現状に照らし正に理の当然なり」か。
戦車の優先度って飛行機や砲よりも下位だったんだな。
>>116 飛行機と大砲はないと近代戦はできないからね。
118 :
名無し三等兵:05/02/14 06:23:25 ID:bXkfUz5L
あと、南方では戦車はそれほど活躍できないしね。
スレタイが97式じゃないから、厨がいなくていいな。
95式は地味だからな。次スレは、89式ですか?
つまるところ、ソ連だアメリカだ!と仮想敵国を大きくとりすぎってことですな。
中国ぐらいが帝国にはお似合いの相手さ・・・まぁそれすら手に余ってたようだが。
対ソ連の為に満州が必要で
その満州を確保する為に中国と戦争になっちゃって
中国と戦争したからアメリカと戦争になっちゃったと。
陸軍の目からしたらそういう流れな訳で
対ソ連→対中国→対アメリカと想定が変わるのがネック。
どれか一つなら、何かもっと効率的な手段は選べたかも知れない。
九五式は小型・軽量で遥か彼方の南方への輸送には向いてたみたい。
実戦部隊も使い慣れたモノを好む傾向があったとか。
まあ戦車は整備に手間がかかるからねえ。
軽戦車なら予備部品も補給しやすいだろうし、
手馴れてるから整備も楽だろうし。
124 :
無名三等廃兵:05/02/17 16:42:36 ID:xpr8AAsN
>>123 軍板でのエンジンの話題は危険と知りつつ・・・・
・「ハ号機」 A6120VD (6気筒120馬力)
・「チハ機」 SA12200VD (12気筒200馬力)
三菱での車内呼称では上記の様になっており、数字の示唆するトコロは
括弧内の意味だと思います。
しかし、実際の「チハ機」出力は170馬力と開発構想を下回っています。
後期戦車マガジン誌記事で三菱関係者(荒城義朗氏だったかな?)の回想が
有ったのを憶えています。そこでは「ハ号機」を誇る一方で、これを複列化
した「チハ機」に関しては歯切れの悪い記述だった筈です。チハのエンジン
は開発時に芳しくなかった状態を改善できないまま生産車に積まれていた
ようですね。
「ハ号」戦車は信頼性が高かったといいますから、格上・新型の「チハ」戦車
がこれでは整備に手を焼いた戦車兵の抱いた印象は良くなかったでしょう。
エンジンの話題は危険なんだけど
たぶんVで空冷だと両バンクに冷気導くのが難しいのかも
確かチハと競争試作やったチニが直列6気筒120馬力を積んでたような。
127 :
だつお:05/03/05 10:38:52 ID:FoBdYslN
平成14年5月、中国のサンフランシスコ駐在総領事が、サンフランシスコ
大学での「日本の戦争記憶問題と対決する」というシンポジウムで演説。
「日本軍は対中侵略で中国人民3500万人を殺した・・・それにもかかわらず
日本の政治家も政府も、口頭でも法的にも謝罪することを一切、拒んでいる
・・・日本政府は犠牲者への賠償支払も拒否した・・・侵略や残虐の記述を
教科書から削除し、また侵略戦争を始めるのではとの懸念がある」と述べた。
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/tyousa02/tushu6.htm 興隆県が抗日戦争に勝利をおさめたことは、そうたやすいことではありません
でした。抗日戦争の中で中国側は3500万余人、興隆県の中でこの13年の間に5万人
くらいが殺されました。全中国の死者の700分の1です。県の統計資料によると、
興隆県で最後の4年間で15400人殺されました。興隆県公安局の1954年の7つの
区に対する不完全な統計によると、人圏の中の住民が疫病、凍死などで死んだ人
が11400余人いました。1941年日本軍の統計数字によると全県の人口は16万人
くらいいました。日本軍が投降後、全県の人口は10万人くらいになっていました。
6万人くらいが殺されたことになります。
http://www.jade.dti.ne.jp/~kaworu/cont/sankotou.html
128 :
無名三等廃兵:05/03/08 19:44:20 ID:LzGs32bl
129 :
無名三等廃兵:05/03/08 19:51:01 ID:LzGs32bl
もう一つ、軍装には全く疎いので恐縮ですが、
>>128の写真で戦車兵が
着用しているのはツナギで合ってますか?
ツナギの服に腰紐を締めていると解釈しましたが、上下セパレーツ
のようにも見えますね。
ぬるぽ
げっ
げっげっげげげの〜げ〜ロロ艦長
133 :
名無し三等兵:2005/04/03(日) 22:38:45 ID:Y2CAztVC
あげ
アイゴォオオオオオ!!!
∧_∧∧∧
( ・∀)Д´|l>�Σ
ε≡≡ ○ヽ 、)と�と,ヽ
ε≡≡ 人 つ=l二;;゙,�)〜
ε≡≡ (__(__)(/゙`し' どすっ!
それっ、
腸を出せ!
∧_∧ :: ∧∧::�!!アイゴー、ウリノチョウガー!!!!!!
と( ・∀・) Σ::<`Д´|l>::
ヽ し'≡≡�((と、; つ))
ノ�ノ�∽∝∞oc∞;";)〜
(__)(_)゙`;∵"(/:し'::}}
""゙;'�゙`
ずりずりずりずりずりっ
∧_∧
(・∀・ ) :: ∧∧:: ウ・・ウリノチョウガァアア……
( ) ::<`p,;´#>:: オモニ…タ…タスケ…テ……
Y 人 ::(っ;(/ヽ,:: シンジャウ…ニダァァァァ……
(__)__) 。cc∽o∝∞!;;;O〜::
' ";`゙゙;∵;";゙''゙;;;"
135 :
無名三等廃兵:2005/04/04(月) 13:16:32 ID:ell9bYLg
フランス戦車は結構侮れないぞ。
戦車そのものはともかく、分割鋳造車体の技術なんかがアメリカやオーストラリアで
有効活用されてる。
137 :
名無し三等兵:2005/04/04(月) 14:08:09 ID:zKI5pq2i
95式ハ号って旧嵐山美術館の展示品以外どこでみられんの?国内で
>>137 南紀白浜ゼロパーク現状報告&保存スレ
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1112379748/l50 より転載。ホントのところはどーなんですかね?
7 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 2005/04/02(土) 20:34:37 ID:???
閉鎖されたよ。零戦と陸奥の主砲は呉の大和ミュージアムに、軽戦車は某軍装店
の仲介で復旧のためイギリスの博物館行きと聞いた。小物類は自称仲介者というのが
勝手に販売したうえ代金持ち逃げ状態で、行方不明となった品が多い。
31 名前: 隣町の人 投稿日: 2005/04/04(月) 14:24:57 ID:vmPvkaE1
>>30 零戦があった辺りは、何かビアガーデンみたいになってる。
軽戦車はまだ置いてたよーな・・・
でも、最近は前を通っても中なんて気にしてなかったから、
ひょっとしたら、どっかへ移動したかも・・・
139 :
無名三等廃兵:2005/04/04(月) 16:54:01 ID:ell9bYLg
>>137 バンザイ岬に朽ち果てたのがある。エンジンも見えるし吹き飛んだ砲塔天蓋
から中にも入れます。
>>136フランス人は敵軍装備を何の臆面
も無く平然と使うトコロが凄いな
>>141 それを言ったら捕獲したM3軽戦車を喜々として使った皇軍の立場はどうなるかね?
正直に言わせてね。
>>143 お前もかなりなもんだぜ。フールガイw
>>145 見て見ぬ振りをするのも、また情だ。
ヌルーしてあげなされ。
>>145 お前だってわざわざ食いついて来てるじゃないか。キモイぜ?
>>142補給基地襲って大量鹵獲しても
エンジン潰されて動かなきゃ意味あるまい。
喜々として使えるほど稼動品が無い罠。
質問ですが、手持ちの資料だと九五式軽戦車のエンジン吸気口が戦闘室内に
設けられているように見えます。
これは戦闘室の換気も兼ねているようで、なかなか良いアイデアだと思えます。
しかし他の戦車ではこの方式は使われていないようです。
これが一般化され無かった理由は何でしょうか?
どなたかよろしくお願いします。
イギリスの戦車なんかで時々採用されてたりもするよ。
ただクロムウェルはアイドリング中の排気ガスのループが問題になったんで、
そういう事だと思う。
151 :
無名三等廃兵:2005/04/07(木) 12:44:13 ID:YenK6Y38
戦闘室の換気というと、やはり問題は発射ガスでしょうね。
主砲発射後、尾栓を開いた時に車内にガスが流入します。
俳煙器のおかげで戦後戦車は大分楽ですが、それでも完璧では
ないでしょう。その為、車内の気圧を高めてガス流入を抑える
目的で砲塔ベンチレーターを設けるのです。
しかし発射後にはの機銃・主砲の薬莢が戦闘室内に放り出され、
ここからもガスが立ち昇ります。これを排出するには換気するしか
方法がありません。つまり、発射ガス対策には
A:車内圧を高めて流入を抑える
B:換気をして排出する の2つが必要なのです。
さて、Bの目的でエンジン吸気の負圧を利用するアイデアですが、
むしろ一般化していると思います。アメリカが戦後永らく使用した
パットン戦車系列のマニュアルではそうなっていた筈ですから。
旧軍戦車はA策を重視しなかったようですね。
152 :
149:2005/04/08(金) 01:13:47 ID:???
>>150様
英国戦車にも室内に吸気口が設置されている例はあるんですね。
ありがとうございます。
数少ない手持ちの資料をもう一度あたると、M24チャーフィー、M13/40、42も
この方式でした。
シツモン スルマエニ ヨクシラベナイト……orz
>>151様
>旧軍戦車はA策を重視しなかったようですね。
正圧、負圧による換気の件、大変勉強になりました。
ちょっと調べたところ・・・旧軍戦車の独特のキューポラ形状は、負圧換気の
為だったのですね。
シツモン スルマエニ ヨクシラベナイト……orz
>>137 60 :名無し三等兵 :2005/04/24(日) 13:23:55 ID:???
ゼロパークの95式軽戦車は那須戦争博物館が買い取って
10月頃から展示する予定らしいね。
156 :
無名三等廃兵:2005/04/28(木) 08:50:46 ID:vr+udWcf
>>155 取敢えずは一安心、のようですね。
ここいらでみっちりとリビルドしてやって欲しいところですが、
そんな経費は掛けないでしょうね。せめて、屋根の下には入れて
やっていただきたいものです。
あ、でもそれじゃ周囲のスペースが詰まって写真撮影が・・・・
157 :
名無し三等兵:2005/04/28(木) 08:51:16 ID:xtoI4CZC
>>157 おぉ、那須なら関東圏なので、何とか見に行かれるかな。
95式は、出現当時としては優れた軽戦車だったと思うなり。
主砲の37mmが、歩兵用の速射砲と同じもので、かつ2人用
砲塔だったら、かなぁり違ってきたのかも。
重量増えて、やたらトップヘビーになりそうだけどなぁw
結局、98式もそんな感じになってるしねぇ。
>>157U号戦車はおろか明らかにM3軽の次に優秀なのに?当然ながらチハより強い!
まあ九七式中戦車改のが強いのはデフォですが
95式じゃフランスの軽戦車に勝てない。
>>159二ヶ月で戦闘終わっちゃったから評価がよくワカラン。
チェコ戦車も実績あるけどほぼ住民の総意で併合されちゃってるから
ブランド性薄い。
161 :
名無し三等兵:2005/04/28(木) 20:19:01 ID:IOyabRDl
95式はチハ車より強いの?
95式でM3軽を倒したことってある?
>>161主砲の貫通力が上
九五式でM3軽を倒したかどうかは知らんが
日本軍占領地域の殆どに配備されてたのは確か。
163 :
名無し三等兵:2005/04/28(木) 23:03:05 ID:xtoI4CZC
チハは、M3軽戦車相手に、超至近距離から徹甲弾か榴弾を
小隊単位で集中放火し、相手戦車の装甲に穴あけたりして倒してる。
なぶり殺しみたいだねw
ハ号も、同じようなやり方でM3軽戦車相手に戦闘を繰り広げてたのでは。
ただし、チハよりも口径が小さいために、かなぁり苦戦しただろうけど。
>163
×「なぶり殺し」
○「バイソンにたかるハイエナ」
ハ号の37o砲は口径以前に威力が問題。
150mの距離で、チハの25o装甲に凹みしか付けられないし。
ちなみに同条件で試験されたラインメタル37o砲は簡単に撃ち抜いている。
300mの距離でも効力は同じであったそうな。
(昭和十四年の技術本部の実験射撃の記録より)
つまり日本陸軍は冶金技術の低さから劣弱な砲弾と装甲しか生産できず、
その中で試験をしていたので、欧米の砲の貫徹力と一概に比較できない。
166 :
名無し三等兵:2005/04/29(金) 00:06:47 ID:/r6znkx9
それでもチハ車の57ミリよりマシだったの?
57o用の九二式徹甲弾の貫徹力は射距離500mで約23o。射距離1000mで約15o
37o用の九四式徹甲弾の貫徹力は射距離300mで約25o、射距離700mで約15o。
(いずれも日本陸軍の試験結果。装甲板は国産)
おそらく当時の列強中最低の37o砲だったんじゃないだろうか?
ただし57o砲は使えるかというとそうではなく、18.5口径と短く低伸性が無いため
山なりの弾道を描き、射距離が伸びるほど弾速が落ちるため機甲戦には向かない。
しかも鉄鋼弾が装甲に当たって砕ける代物だし…
(肉薄するほど引きつけてバカスカ撃つしかない・・・戦車兵さんのご苦労が忍ばれまつ)
一応書いとくが、同じ九四式でも戦車砲と速射砲じゃ弾(正しくは薬莢)
が違うぞ。装薬量で約1.6倍の差がある。
そんなわけで、速射砲なら500でチハが抜けたと思うぞ。
手元の資料&某有名どころから抜粋
初速 完成弾重量 装薬量
pak35/36 745m/sec 1.32kg 189g
94戦 575m/sec 800g 77g
94速 700m/sec 950g 122g
完成弾重量は手元の資料から算出したが、かなりあやしいので
信用しないように。日本の歩兵火器だと94速は1200gになる。
後、資料漁ってて解ったが、日本の37mmは弾さえも共用していない。
>>168 抜けないよ。94式速射砲で97式戦車を射撃した1939年6月の試験では150mでも
貫通していない(ラインメタル37mm砲は300mでも貫通)。
そもそもチハ車の装甲は37mm砲(ただし、日本製)の200mからの射撃に耐えられるように
と設定されていたのだから。
171 :
165:2005/04/29(金) 01:26:54 ID:???
>>168 すまそ。ちょっとごっちゃになってた。
けど、資料元(帝国陸軍機甲部隊 白金書房)を当たると実験に用いたのは速射砲でつた。
と言う事は戦車砲だったら…ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル
出典は忘れたが、抜けなかったのは品質の安定しない初期ロットだけ
で、まともな生産分は全部抜いたとの記述があったぞ。
162 :名無し三等兵 :2005/04/28(木) 20:29:34 ID:???
>>161主砲の貫通力が上
は嘘?ホント?
>>167>>169前線での威力不足を追求されて後期型は初速だけはUPしてる。
改造して弾換えたのか主砲を換装したかはよくワカラン
百式37mm戦車砲や一式37mm戦車砲なら500mで40mm、1000mで30mm貫通できるのだ!!
>>172 昭和十四年(1939)のテストなんだから初期生産ロット云々と言うのは、矛盾
すると思うのだけど。
なぜケハではなくハ号なんだろう
命名基準がコロコロ変わっていた狭間の出来事と憶測
ハ号に九〇式野砲を搭載して自走砲化できなかったのかな?
アーチャーみたいに後ろ向きに積めば結構いけそうな希ガスるケド。
>>179 1号にsIG33積んだ位だから何とかなるんじゃないかと車を見ながら配置を妄想中
九五式 アーチャー 1号B トヨタカローラ(参考
全長:4.300m 5.639m 4.420m 4.410m
全幅:2.070m 2.629m 2.060m 1.695m
>>179 I号のもマジノ線攻略のための直射火力としての急増品で使えんのですぐに引っ込められただろ。
I号みたいに使い道がないならともかく現役を使ってどうするよ。
するとホニを作ったときチハは現役じゃないと
>>182 ホニは対戦車戦闘に絶対必要として作られたわけだが・・・
ホニは新車だしね
ということは
>>179の提案を対戦車戦闘に絶対必要だと判断されれば
新車で作られる可能性もあったわけだな。
>>185 無理。
大幅に足回りを改造して九九式戦車砲を載せたクセよりさらり非力なハ号に更に約1トンを
増やすなんぞ足回りが耐えられるわけないし、後座長がでかすぎて車輌のサイズに合わない。
九〇式75mm野砲
重量1440kg 後座長92〜98cm
九九式75mm戦車砲
重量541.7kg 後座長49〜51cm
>>186 九〇式野砲は後座長が大きいけどその分、後座衝力が少ないので搭載は可能
じゃないかな。
砲撃時の揺動はジャッキなどで車体を固定すればクリアできると思うし。
後座長が大きいと言っても、戦闘時に車体前方(砲尾)の装甲を開けていれ
ば問題にならないし。
ただし操縦席位置に装填手が立つ事、砲に迎角を付ければ砲尾が変速機に
干渉する、絶対的に全幅が足りないなどスペース的にはかなり難しいけどね^^。
>>187 撃ったら海軍の改造車のように車体がひん曲がるんじゃね。
ハ号は軽量化のために肉抜きや代用素材に使って動かしている車輌だから。
>>187 90式野砲のターレットリンク径が170cmだから、何とか拡大したケヌでも135cmだから無理だろうな。
無理して入ったとしてもハ号ですら狭いという理由でケニでは戦闘室が拡大されたんだし、
57mmを積んだケリ・ケヌでもう実用ギリギリの狭さだったというし。
>189
誰が旋回式砲塔に積むなんて無茶なこと考えるかいww
>>190 回さなくても直径にあたる全長の空間が必要になる
砲架を防火壁直上くらいに設置すればそんなに空間は必要ないんじゃない?
砲手は操縦席に背中合わせな感じで座ればどうにかなりそうだし。
しかし問題はやはり幅だよな。
砲の左右角はそんなに取れないし・・・って、やべぇハマってきた。
弾が積めないから役に立たんと思うぞ。
それに車体の設計を変更して新規で作る程余裕無いし。
各種砲戦車は戦車からの改造が多かったはずだ。
一式砲戦車だって車内に24発しか積めないから、砲弾運搬車がついていた。
>>192 ホトでは戦闘動作困難、弾丸収容能力に問題があったと原乙未生が述べているよ。
積めるか積めないかでいえば試製駆逐戦車で戦闘室容積が狭小なため
長砲身75ミリは困難で、一式47ミリを積まれている。
戦車砲として小型軽量化したものが無理なら、九〇式野砲は到底無理やね。
>>194 あれは自走砲でもあるから、それまでの野砲と同様の方式にしたって面の方が大きいと思うが。
>179って、アーチャーのような砲位置でオープントップの自走砲に出来ないか?ってことでしょ。
自走砲なんだから自力で陣地転換して砲支援が出来ればいいだけ。
どうしてターレット径や試製駆逐戦車が引き合いに出されるのか不思議。
とは言え、オレもハ号では無理だと思うw。ホニですらカナーリ狭いからね。
4.7p対戦車砲搭載T号Bのように一式47ミリ速射砲をハ号に載せれば最強。
199 :
197:2005/05/05(木) 22:31:41 ID:???
>198
ホルをヘッツァーとしたらマルダーVみたいのもんじゃね?
200 :
名無し三等兵:2005/05/06(金) 01:55:23 ID:kY6pvS91
>>170 94式速射砲でも、場合によっては300mmでチハ車の装甲を貫徹したそうな。
ソースは、学研の帝国陸軍戦車と砲戦車。
弾頭の品質によっては貫通できたんだそうな・・・
ちなみに、ラインメタルの37mmでも、チハ車の装甲を貫徹できなかった事があるらしい。
ハ号は装甲薄すぎ・・・
201 :
名無し三等兵:2005/05/06(金) 02:00:46 ID:kY6pvS91
>日本の37mmは弾さえも共用していない。
94式速射砲と94式戦車砲は、弾頭は共用で薬室は別。
98式戦車砲で、94式速射砲と共用になったんだよね。
薬室が94式戦車砲よりも大きくなったため、結果として初速が伸びてる。
最初から弾薬は共用してればよかったのに・・・
>>200 >94式速射砲でも、場合によっては300mmでチハ車の装甲を貫徹したそうな。
「戦車と砲戦車」持ってるけど、いったい何ページの何行目にそんな記述があるんだ?
>201
おおむね意味は通じるのだが、ひょっとして薬室と薬莢(薬筒)を勘違いしてない?
204 :
名無し三等兵:2005/05/07(土) 23:17:06 ID:W8MGfyLH
日本戦車の防弾鋼板に、そのような記述があるな。
てか、一式と九四式って2種類のの徹甲弾がある。
弾の違いも出さないと威力は判らないよ。
しかしこんな役立たずの戦車が一番生産数が多いとは・・・
ハータン素敵すぎw
>>207 逆だよ。
この程度だったから、日本でも「量産」出来たんだ。
当時の日本で「戦車」を量産・配備するには、他にどんな方法があるって言うのかな?
チハの生産数では全然足りないよ。。。 orz
榴弾の無い英戦車よりは役に立つし
他国の37mm砲搭載軽戦車と同じぐらいには使える。
まともな対戦車砲や戦車が出てきたら、軽戦車は結局駄目。
シャーマンやT-34相手にしたらスチュアートでも勝てない。
九五式は「軽戦車」としては別に悪くは無いし十分なんじゃね?
いや軽戦車の優劣を問うてる訳でなく、兵器として使えるかどうかです。
チハ以下の戦闘力の車両はいくらあってもダメという訳で。
>>210 |
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>( c´_ゝ`) |
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>( c´_ゝ`) J
>( c´_ゝ`)
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J >( c´,_ゝ`)
>( c´,_ゝ`)
んだからさ。軽戦車の優劣じゃないんだよ。
第二次大戦で、チハで間にあってハ号で間にあわない事例なんて事実上無いだろ?
チハは中戦車として十分ではない。せいぜい軽戦車と同じぐらいにしか使えない。
だったらチハは作る意味は特に無い。それだけのこと。
スチュアートの代わりにチハやハ号が送られたらイギリス軍アフリカ手放してただろうな。
にわかばかりだな
欧州戦と違う箇所がわからないからそういうレスがつく
最高速度40キロって、もっと出そうだけどなぁ
>>212前面装甲37oのハ号で間に合う。
それ以前に57o榴弾砲が対戦車戦闘で役に立つか?
>前面装甲37oのハ号
>前面装甲37oのハ号
>前面装甲37oのハ号
>前面装甲37oのハ号
218 :
名無し三等兵:2005/05/09(月) 13:04:39 ID:sCFS15G5
さてと・・・
1式徹甲弾って94/98/100式戦車砲で使えたか??
九四式は判らんが、
九八と一〇〇式は九四式速射と薬筒から同じ。
一〇〇式戦車砲の機能試験で使った弾丸がそもそも一式徹甲弾。
220 :
名無し三等兵:2005/05/09(月) 13:20:29 ID:sCFS15G5
いや・・・ そもそも94式速射砲で1式徹甲弾撃てるのかと・・
94式速射砲の94式徹甲弾と、1式速射砲の1式徹甲弾ってサイズが同じで
共用できるという話を聞いた事無いのだが・・・・
>一〇〇式戦車砲の機能試験で使った弾丸がそもそも一式徹甲弾。
初めて聞いたyo?
221 :
名無し三等兵:2005/05/09(月) 13:43:28 ID:sCFS15G5
100式戦車砲って、98式戦車砲に同軸機関銃つけただけじゃない?
砲身サイズも使用弾薬も変わってないはずだけど・・・。
初速も同じだし。
こんなのがあったよ
各37mm戦車砲の互換性
型 式 砲身 薬室 弾薬 搭載車及び特徴
94式37mm戦車砲 △ 95式重戦車 94式軽戦車
98式37mm戦車砲 △ ○ ○ 94式37mm砲(速射砲)弾薬筒との互換性確保。95式軽戦車。
100式37mm戦車砲 △ ○ ○ 車載機関銃と双連。98式軽戦車。
1式37mm戦車砲 薬筒長く威力増大。1式37mm(速射)砲と弾薬共通。2式軽戦車。
「帝国陸軍戦車と砲戦車」より抜粋
222 :
名無し三等兵:2005/05/09(月) 13:45:23 ID:sCFS15G5
>221
激しくずれた・・・
>>220 国立公文書館のWEBで「試製100式37粍戦車砲研究報告」を見るべし
「一式徹甲弾」って書いてある。
それと一式徹甲弾は別に一式速射用じゃないよ。
鹵獲品のラ式37mm用もあるし
例えば昭和17年の南方軍への補給書面に
九四式37mm砲一式徹甲弾弾薬筒15000発とかある。
まあ、つまりは、薬莢は変えても、弾丸のほうは流用ってのが珍しくない。
毛色が違う場合は弾帯や信管を変更して対処(榴弾砲とカノンでは初速とか違うんで)
一式速射砲用一式徹甲弾弾薬筒を、ラ式や九四式速射砲に装填する事は出来ないけど
「37mm一式徹甲弾」そのものは「弾丸」なので口径が同じならたいてい適合する。
だからラ式や九四式用の薬莢と組み合わせた
ラ式用・九四式速射砲用一式徹甲弾弾薬筒というのを作ることで対応できるわけだ。
てことはそれに合わせて射表も新製されたりしたの?>九四式用一式徹甲弾
>>225 照準眼鏡の都合もあるから
射表流用が出来る範囲にスペックあわせてる可能性はあるけど
仮制式あたりで射表は配布されるので作成されてると思う。
自宅に、木箱入り100式照準眼鏡 倍率4倍 全長65センチ位 本体に37 とありますが
この眼鏡がなんのものなのか全くわかりません、知ってる人どうかしらせて下さいませ。
229 :
名無し三等兵:2005/05/13(金) 19:44:24 ID:Dc0RYCkE
まあ車体としては好きな車両だがな。戦車と呼ぶには抵抗あるな。
装甲車みたいなもんでしょう。
とりあえず、1/144で数そろえてみたい
>>229 半分同意だな〜
M3スチュワートを別にすれば、大概の軽戦車は九五式と大差ない装甲しか持っていない。
だから、装甲が薄いってだけで軽戦車失格とは言えない。
機動性は十分だし稼働率も高い、これで車高を低くして安定性を良くしてくれたら車体については文句は無い。
ただ・・・・搭載砲が弱すぎる。
非装甲な目標しか撃破できない搭載砲じゃ〜、軽とは言え戦車と呼ぶのに抵抗を感じるな。
速射砲と同じ37mmを積んでくれさえしたら、T-26や初期型BTと対等に渡り合えただろうに・・・・
>231
だから「戦車は装甲目標への攻撃が主任務」っていう発想自体が
WW2後の人間の固定観念なんだと何回言ったら(略
>>233 黙れツルッパゲ
装甲化目標・特火点への攻撃は戦車の重要な任務だ
チハが57_で満足してなかったのはそのせいだ
もし装甲目標への攻撃をぜんぜん考慮してなかったんなら、
M3軽戦車対策で開戦直後に新砲塔チハが投入できるわけがないだろうが
47_が採用されずに居たのは、もう一つの主任務である
「特火点(トーチカ)攻撃」に不可欠な榴弾威力が不足してることが懸念されたからだよボケ
両方の要求を満たすだけの砲がなかったから積んでなかっただけで、
陸軍は「戦車は装甲目標への攻撃を主任務としない」なんて毛ほども考えてねぇ
装甲目標に対抗する火力の増強はお前が思っているより遥かに昔っから重視されてんだよ
素晴らしいまでのオールオアナッシング発想ですな。
いや、朝からいい釣れっぷりだ。
何だただのシッタカ君か
シッタカ君に思わず釣られちゃったよw
たいした中身もなしにえらそげなレスの時点で気付くべきだったなぁ
>>234 懸念されてないw
ソ連製45mm砲はチハの計画以前に鹵獲されてて
89式戦車の57mm砲と比較試験して
十分な榴弾威力があるので
このクラスの火砲を戦車に積むことを研究したほうが良いと結論が出ている。
75ミリ短砲身砲に否定的なのは何でかな
チハにはこっち積んだ方が良かったと思うんだが
榴弾威力は上だし、対戦車戦闘もそれなりに出来たのに
>>238 ベースになった山砲が実弾試験で
直射で当てても頑丈な陣地には駄目だって判定受けてる。
歩兵砲や山砲は高射角射撃(曲射)で
陣地には上からいけるし天蓋があっても抜けるので問題ないんだけど
戦車は直射になるんで、実は暴露目標にしか有効じゃない。
だったら連射できる軽量の57mmのほうがまだマシだし
これも不満があったから対戦車砲クラスの高初速砲に意識が向いていくわけ。
>>237 それにも関わらずチハが57mmの短小榴弾砲を積んだのはなぜなんでしょうか?
同時期に試製九七式47_は出来てますよね?
あ、ごめん、57mmと45mmの比較試験、昭和14年だった。
附言によると
「対戦車戦闘の見地よりせば
初速大なる四十五粍級戦車砲を有利とするは明瞭なるに
口径の減少により一般目標に対する榴弾効力を
現用九〇式五糎七より著しく減少せしむるは忍び得ざる所なるを以て
取り敢えず押収四十五粍砲と九〇式五糎七砲との榴弾効力を比較実験し
忍び得る度なりや否やを検討せしなり」
となってる。
試験結果ではどっちも銃座には破滅的威力で遜色は無く
試製四十七粍の榴弾試験を急ぐべきだと意見が出ている。
つまり、この時期までは45〜47mm級の榴弾威力は
確かめてないけど不安だったんだろう。
>>239 三式中戦車の短75ミリ砲案や二式砲戦車の件はどう説明するの
>>243 だからどっちもマトモに量産されなかったでしょ?
開発着手時の戦車兵に許された装備の制限というのがあるんだよ。
二式砲戦車ホイは戦車兵(歩兵)が自由に使える連隊砲を積んだだけ。
同時期に砲兵は一式自走砲を作っていて、こっちを流用したのが一式砲戦車。
だから一式がホニでホイより後の符号になってるわけ。先行してたのはホイだった。
三式中戦車は一式戦車の改造で作れることが前提だったから
二式砲戦車で実績のある短砲身も検討するのは当然で不思議なことではない。
どっちも九〇式野砲搭載型が入手できると判明した時点で見捨てられてる。
チヌに短砲身案あったの?
ホイに戦車隊向けの装備を施したものじゃなくて?
チトに積むつもりで作った溶接砲塔+3式戦車砲を使い回してできたのがチヌだと思ってた
来月早々に嵐山美術館所蔵の95式軽戦車(こちらでは便宜上「タンクロウ」君とよばせていただきます。)がレストアのため英国へ出陣するそうです。
彼の出陣に際し万歳三唱で送り出したいとおもいます。
タンクロウ君ばんざーいばんざーいばんざーい!!
彼はレストア後大英博物館に1式速射砲を含むこちらも嵐山美術館所蔵品の砲2門とともに説明プレートに嵐山美術館所蔵品と記載され展示されるそうです。
247 :
名無し三等兵:2005/05/22(日) 12:40:54 ID:8/P9/lDQ
紀白浜の日本軍95式軽戦車来月早々大英博物館へレストアの為出発します。
以前京都にありました嵐山戦争博物館に所蔵されていました95式軽戦車が約10ヶ月の準備期間を経て、6月3日の船でイギリスへ旅立ってレストア作業に入る事となりました。
これは、以前にもお伝えいたしましたミリタリヤと懇意にしています英国在住の戦車研究家との間で進められていたボランティア・プログラムで、
日本の海岸に展示されたままで塩害による腐食損壊を避けるために、条件の良い英国の戦車博物館へ移籍してレストアを行なって生き返らそうというものです。
昨年7月のWAR & PEACE SHOWの会場で発案されてから、オーナーであります嵐山博物館に相談したところ英国の博物館に入る事に快諾された為に戦車の
博物館移籍という形で進められる事となったのです。
レストアは大英博物館のダックスフォードにある戦車レストア展示部門で行なわれ、展示プレートには嵐山博物館所蔵品と明記されるそうです。
戦車と同時に一式機動砲と歩兵砲も移送され、レストア後は日本軍コーナーに仲良く展示される予定です。
日本軍の物が日本から無くなってしまうのにはものすごく抵抗がありましたが、肝心の博物館が閉鎖されてしまい再開の予定も無いままに海辺で
朽ちていくのが忍びなく、又日本国内に新たなるしっかりとした保存をしてくれる先も無い状態を考えれば、遠い外国でも各国の戦車と肩を並
べて立派な姿を残してもらえる方を選んだ事は間違いではなかったと思われます。
5月の30日に白浜のゼロパーク跡地で移動準備を始め、同日昼に神主によるお払いを行なって輸送作業となります。ご近隣在住の方で、
95式にお別れと出陣への旅立ちの模様を見届けたい方はお昼に同地に行けば見れるはずです。当日はもちろん私オサムタヌキも参列いたす所存であります。
(´・ω・`)
サヨウナラ・・・
潮に晒されて朽ち果てるよりはマシなんだろう、きっと
今の日本では、旧軍関連のまともな保存は無理だって事を改めて思い知らさせるね。
「英国の戦車博物館」か〜 ・・・行く機会は無いだろうな〜。
まぁ将来的に里帰りも有るかも知れない訳だから、まともな環境の引き受け先が見つ
かった事を素直に喜ぼう。
251 :
名無し三等兵:2005/05/22(日) 16:23:42 ID:AZPT02yo
国内にハ号が1両もなくなっちまうわけだが全世界にハ号は何両現存してる?
252 :
名無し三等兵:2005/05/22(日) 17:00:39 ID:7WEFiVGn
ブリキのおもちゃと言われようが、俺は九五式軽戦車が好きだ。
254 :
名無し三等兵:2005/05/22(日) 17:46:45 ID:7WEFiVGn
嵐山の九五式は確か、ペリリュー島から帰還した車両だよね
ペリリューというともともとは海軍所属の車両か?
ああ。あの県にある夏野菜戦争博物館か
靖国神社でハ号なら数十両売ってますが何か?ツルッパゲ諸君。
靖国のハ号はパチモン
靖国のハ号はパチモン?詳細キボン。馬と鳩のぬいぐるみなら部屋にいるが
261 :
名無し三等兵:2005/05/22(日) 20:48:07 ID:aMfaD41h
>>260 靖国神社の鳩に小さい頃石を投げてた洩れを許してください。
262 :
名無し三等兵:2005/05/22(日) 23:58:02 ID:AZPT02yo
英霊に祟り殺されないように気を付けれ。ハッハ
>>261は英霊に呪われて2ちゃんねらーになってしまいましたとさ
264 :
名無し三等兵:2005/05/31(火) 00:26:41 ID:QdWGy3YY
三浦半島の海岸に放置されている、戦車のような物体(鉄の塊)について何か知っている人いませんか?
私は戦車については全然知識がないのですが、地元では昔から旧日本軍の戦車だと云われています。
子供のころによく登って遊んでいたので、懐かしくなり、先日見に行ってきましたが、まだありました。
タイヤには、"明治タイヤ 200×85"の刻印が読み取れました。
本当に戦車なのでしょうか?
>私は戦車については全然知識がないのですが
どうやってこのスレに来たの?
266 :
名無し三等兵:2005/05/31(火) 06:06:22 ID:tQ0F5VqT
>>250 まじ!イギリス在住なんで、完成したら写真UPしますよ。
一回アバディーンにも行きたいとは思ってます。
残念ながら、イギリスやドイツやソ連の兵器には興味がないので、
マチルダやT34/85の実物を見ても興奮しなかったのですが、
95式か!ご飯3杯はいけますね。5式戦にも感動しました。
267 :
名無し三等兵:2005/05/31(火) 07:46:28 ID:+UNrBaQB
>>265 軍用機マニアかもしれんし軍艦ヲタかもしれん。あるいは軍装フェチかも。
趣味の世界は広大だ。
どっかの山の中にもハ号改トラクターが放棄されて橋桁になってる
270 :
名無し三等兵:2005/05/31(火) 17:03:15 ID:wtgRHOKK
271 :
名無し三等兵:2005/05/31(火) 17:31:59 ID:VP4AEZZl
三浦半島の海岸と言っても広い。
何海岸?
272 :
名無し三等兵:2005/05/31(火) 21:11:29 ID:dIcNdbP+
>>271 雨崎海岸 三浦市浄化センターの近く。
旧軍の砲弾捨て場だよ。
273 :
名無し三等兵:2005/05/31(火) 21:15:21 ID:dIcNdbP+
一年前に言ってくれよ orz
当時なら横須賀だったから見にいけたのに〜
今は長野の山の中・・・・・松代大本営ぐらいしか無いぞ。
275 :
264:2005/06/01(水) 23:55:48 ID:JqqNLw1y
やはり戦車だったんですね !
これですっきりしました。
友人は、古い重機だ と言い張ってましたので
>>265 「戦車」でスレット検索してきました
チハタソ写真うPキボン。携帯厨対応で。
携帯厨は無視していいよ。クレクレは際限なくつけあがるからね。
ひまな時に、撮影する余裕があれば、んで気がむけばうpすりゃいい
278 :
名無し三等兵:2005/06/04(土) 00:01:36 ID:7hkLrAO0
∩ ・ω・)∩<チハタンばんじゃーい!
サイパンで撮ったハ号の写真どっかいっちまったorz
>>279 英霊がお隠れになったんだよ。今度はキチンと合掌してから撮影しよう。
>>280 英霊とか言っている無能な愚民 発見(*゚Д゚) ムホムホ
チンポ舐めろ!
282 :
279:2005/06/04(土) 22:16:41 ID:???
>>280 バンザイ岬で撮ったからあり得るかもしれん・・・
∩ ・ω・)∩
284 :
名無し三等兵:2005/06/08(水) 18:20:49 ID:MFzmo0Wo
可哀想にな嵐山の95
せっかく日本に帰ってきたのに
海外で再びさらし者にされるのか、
俺がじいさんになるまでには、
靖国に奉納してやるぞ
野ざらしで朽ちるよりは遥かにいいよ
国内にある日本兵器はどんどん海外に持ってくべきだね
>>285 同意。
日本では大事にされない。
たとえ、遠くであろうとも大事にされるところで
余生を送って欲しい・・・
287 :
名無し三等兵:2005/06/10(金) 17:03:55 ID:YBIloWHS
小銃に装甲抜かれる戦車なんぞ戦車じゃない
ブラッドレーに似てるよね
289 :
名無し三等兵:2005/06/11(土) 10:07:37 ID:NCjbpAxa
>そうえいばネットの掲示板で奥尻島?に九五式の残骸が放置されて
いたが北海道南西沖地震の時津波でなくなってしまったという
話しを聞いたことがあるが・・・。
津波で流される戦車萌えw
T−34、いやスチュワートなら転がされるぐらいで済んだかもしれないのに
最近、ツルッパゲ認定がないな。
∩ ・ω・)∩<チハタンばんじゃーい
サイパンのハ号の乗員はどうなったんだろうか・・・。
万歳クリフからフライングボディアタック
K氏(笑)
天下無敵の戦車隊 無限軌道の歯車に 嗅ぐや大地の土煙 げに奮迅の勢いは 豪放ついに幾千里
「メダルオブオナー ライジングサン」の中に出てきた95軽は手榴弾
どころか軽機関銃でも倒せてしまうんだが・・・、
いくらなんでもそこまで弱くはないよね?
国民党軍のチェコ軽機に貫通されたんじゃなかったっけか。
軽機に貫通される戦車・・・・・
300 :
名無し三等兵:2005/07/09(土) 18:32:04 ID:PhdOhMp3
95式は装甲が最小8_だから200b以内なら軽機というか機関銃のAPCRで抜けちゃうでそ。
…相手がAPCRを持っていればね。
M2A4軽戦車の方がいいよ?
天下無敵の戦車隊
>>299 でも、対戦車能力は自国の中戦車より上と言う悲しさ。
>296
イヤそれ、西住さんの八九式ジャマイカ?
>303
中戦車で狙撃砲が車載砲として正式採用されてれば、或いは違ったかも知れないでつが(。´Д⊂)゜
NF文庫の戦車隊よもやま話を読んでます。
停車して打ちまくってたら発射ガスが車内に篭り
酸欠を起こしそうになり慌ててエンジンを始動する描写あり
このスレで車内の換気エンジンの吸気を利用するメカニズムだった
と知っていたのでなるほどなと感心した。
しっかし走りながら撃ってもそれほどの命中率が望めなかった当時
停車中エンジンをかけっぱなしにしとかなきゃいけないって
空冷エンジンを主動力にしてた東南アジアのチハってたいへんだったんだな。
しかも国産ディーゼルは、とんでもない爆音立てますからね。
せっかくの待ち伏せが台無しです。
かといって、排気用にバッテリーとか積んでも重量食って信頼性を下げるだけですしね。
>306
どこの国のディーゼルエンジンであろうが大差ないですって……
308 :
名無し三等兵:2005/07/12(火) 08:43:48 ID:V8LfQIDC
>>306 九五式軽戦車だと、車体のサイズに比べて排気量がやたら大きいね。
309 :
名無し三等兵:2005/07/12(火) 09:11:11 ID:e7RLInnz
当然待ち伏せ中はエンジン停止。
撃ってしまえば場所はばれるし、移動の必要も生ずるからエンジン起動。
舞い上がってて忘れない限り、あまり問題にはならない。
エンジンが過熱するまで止まったままエンジン回してることも考えにくいし、
アイドリング回転数ではそんなにすぐには過熱しない。
待ち伏せ中はエンジン停止か。電気信管じゃない日本ならではだな。
ゼロパークスレが基地害大暴れ中なので、こちらに避難。
昔、九五式軽戦車が嵐山に展示してあった頃、戦死した戦車乗りの遺族が
慰霊のため島を訪れて手を合わせている写真が掲出してあった。
撃破された九五式軽戦車の残骸が点々と並んでいて、涙を貰うような情景だった。
あの車両は戦場の無言の証言者でもあるんだよね。
94式?
閉所恐怖症が進行しそうな。
DQNの乗る軽のようだ
中の人はDQNじゃない!たぶん・・・
兵隊やくざ
戦車隊よもやま物語読み終わったのですが
対戦車砲や敵戦車とは対等に渡り合っていますが
歩兵の肉迫攻撃にかなり気を使っている様子が分かります。
一応ピストルポートもあったそうなのですが使うと外が見えず
あまり意味がなかったという記述がありました
砲塔側面に穴があるようですがあれがそうなんでしょうか?
まぁ、歩兵の肉薄攻撃に対して
車内からの小火器だけで対抗しようとすると、
イスラエルのナグマチョンのような形態になっちまうからw
前出のNF文庫なんですけどね書いてる人が戦車隊出身者で
97式中戦車に乗っていて面白い経験談は書いてくれるんですけど
別に戦車マニアの人ではないようなので他国の戦車に比べてどうとか
そういう方向にはいかないんですね
ピストルポートの件はピストルを突き出すと外が見えないので
狙いをつけようと顔を近づけて打った乗員が後退した遊底で
顔を強打し怪我をする例もあってもっぱら車長用ハッチから身を乗り出して
応戦していたとの事でした。
3式戦車のピストルポートは横にビジョンスリットが空けられている
(要は銃口を突き出す穴の他に外を見る隙間が別に開いている)ので
使ってみてこれはまずいと気がついたようですが
そうしてみると日本戦車ってなんかのんびりとした作りですね
カワイイと言う声もなんだかわかる気が…
皆さんお初であります!!ただいま無事、他掲示板から帰還しました!!!!今後ともよろしく願い候う!!!早速ですが私は95式と97式と2式内火艇の設計図のコピーをもっています!!!!!!
>>322 95式の砲塔リング径っていくつだったっけ?
325 :
傍聴人:2005/07/30(土) 16:24:51 ID:???
専務さん、324なんて気にしないで、戦車の話に戻ろう!!
すまん、一回アメリカに渡っていたらしく、所どころが、黒で塗り潰されてしまっているのだーー。
>>326 それは残念。図面右下の設計機関と発注機関はわかる?
右上の陸軍省、第6課技術担当松本って名前がようやく読みとれる。あと、やたら95の戦車の前部機銃が黒い○でなくなっているけど!!
330 :
名無し三等兵:2005/08/16(火) 12:34:45 ID:9veP+HU3
保守
331 :
名無し三等兵:2005/09/01(木) 23:39:04 ID:xG7NG3N1
332 :
名無し三等兵:2005/09/03(土) 10:56:24 ID:gl7ZKPla
ハ号って耐熱、耐振動用に内部にアスベストはってたらしいね。。。
被弾→アスベスト飛び散る→乗員吸い込む→発ガン
(((((゚Д゚;))))))ガクガクブルブル
当時の戦車って大体使ってるんじゃないかな。
>>332 昔の話だが、小学校、中学校の天井はほとんどそうだったよw
まあ小学校の天井はふつうの使いかたしてるなら被弾して飛び散ったりしないが装甲車はな・・・
ボールなどで被弾してたよww たれさがったり‥‥
>332
安心しろ。 そうなる前に結核か卒中で死ぬのが当時の平均的日本人。
総病死者に占めるガン死の割合が増え続けているのは、
単にガン以外の病気が治るようになってきただけの話。
ディーゼルの排ガスPM粒子で肺ガンになる可能性の方が高いかもな
339 :
名無し三等兵:2005/09/04(日) 18:00:23 ID:+5q4LxLQ
まあ95式では、被弾した段階で中の人は死んでるな。
まあ戦争で使うものだしね。アスベストなんて知ったこっちゃ無い。
「お前、戦車兵か?」
「ああ・・・95式軽戦車っつうブリキの棺桶に乗っとったんよ・・・・」
ブリキのロバじゃないか?
「富士に誓う」って少年戦車兵学校を扱った戦記映画の復刻版DVDが売ってたんで、買ってみた。
格納庫の中に神棚があったり、中隊長の訓示に「戦車には神霊が宿る」とかあったりするのが
いかにも日本的だなあ、とオモタ。
ラストの卒業演習は、富士の裾野で甲乙両軍に分かれての大機甲戦。数十両のチハたんが入り乱れて
空砲を撃ちまくるシーンはなかなかの迫力。でもこんなん、南方の対米軍戦で実際に試みたら5分で全滅
だろうなあ……orz
>>343 戦車第九連隊のサイパン島での戦車戦のことかぁ?
>>344 あれ、一部はかなり奥まで突入してるんだよな・・・。
夜襲ですから。
訓練でもやったことのないタンクデサントもどきをやって失敗。
しかも歩兵は島の裏側からやってきたものを休息無しで投入。志気低し
>>347 しかも夜襲もデサントも、その歩兵側の要望なのが泣ける。
>>344 ベリリューで全滅した第十四師団戦車隊もな。
350 :
名無し三等兵:2005/09/23(金) 19:38:21 ID:ysVSlij7
保守
保守・・・。
おれはチハたんよりキャワイイと思う。
>>332 俺なんか中学の時体育館倉庫のアスベスト剥がして遊んでたぞw。
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┌┴─┴ゝ
==) 志 :||r-┬─o <俺の悪口言ってるやつはこの37mm砲でヌッ殺します。
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____/≡≡ / 20 ./|丘|((==__
.ミ二二)=__ └──┘-─┐--ゝ-┤
((◎)~~O~~O~~((◎)))三)---)三)
ゝ(◎)(◎)(◎)(◎)ノ三ノ---ノ三ノ
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356 :
名無し三等兵:2005/10/23(日) 23:10:02 ID:Dl3crR5k
95式軽戦車で思い出したんだが、タイの王立博物館ではエンジンとミッションをトヨタ製に改造した、95式軽戦車が客の送り迎えで走ってるらしい。
跨上するのか、乗り込むのかはしらないが。
写真を見た限りでは姿形は95式軽戦車のまま。
乗りたい。
日本人観光客へのサービスですかな。そうとも限らないか。
>358アーマーモデリング誌に小林源文閣下が紹介してたけど、日本人相手のみとは書いてなかったな。
>エンジンとミッションをトヨタ製
7tを動かすとなるとトルク重視のトラック用かな?操行装置との兼ね合いはワンオフパーツで。
面白そうな仕事だなー
>357
元々オリジナルで動いてたけど老朽化で整備が困難になったから三菱にエンジンの設計図と技師の派遣を要請
三菱はやる気だったけど外務省かどっかから変な理屈こねて結局かなわずエンジンはついに可動不能に
苦肉の策でコマツかどっかのエンジンと俺は知らないどっかの変速機に交換して動かしていたらしい。
今は動かないとか聞いた覚えもあるけどよく知らないから勘弁。
土浦の八九式中戦車もトラクターかなんかのエンジンで
実動車にしてたね
もう動かないけど
宮崎駿が好きそうな・・・
制式化された1935年としては凄く先進的な軽戦車なんだが、まさかこれを10年後まで主力戦車同然に使う事になるとは・・
1940〜1942が大量生産時期だね
電撃戦とかで戦車ブームになったからな
とりあえず数揃えるのに適当だったわけだ。
冷静に考えたら、97式軽装甲車のほうが可愛くないか?
94式軽装甲車とか92式重装甲車も愛らしい外見だと思うぞ。
369 :
名無し三等兵:2005/12/03(土) 21:38:52 ID:7mrhfyec
チハタンの小柄なお兄さん
チハ「お兄ちゃん、37粍しかないのw」
その37粍でたっぷり他楽しませてあげるよ。フヒヒ
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ヽ=☆=/
( ・ω・)<たまには九五式も悪くないね
_7ニニi_、
・==7 :: l`ll―,====・
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(IIIIII(々三7__ヽ:i=i:l__|(==・___
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