【双発雷撃3】九六陸攻・一式陸攻・銀河・四式重爆

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 「発動機は九一式600馬力発動機(水冷W型12気筒)に換装されていた。この発動機
は八試特偵に搭載されていた九一式500馬力発動機の発達型で、筒径、行程、総容積な
どは同一であった、出力が100hpほど強力であった。空冷星型14気筒の金星発動機の搭
載も検討されていた。
 なお、八試特偵は片発停止時の操縦を楽にするためなどの理由から発動機が機軸と平
行ではなく、やや外向きに取り付けられていたが、九試中攻でもこの形式を踏襲してい
た。また、タンクの外板がそのまま主翼の外版の一部となる半作りつけ式の翼内タンク、平山
鋲、自動操縦装置なども、引き継がれていた。
 全幅は八試特偵と同じ25mだが、全長は16.45mと拡大していた。胴体が太く長くなり、
各種の装備が追加されたため、当然大幅な重量増大が予想されたが、徹底的な軽量化を
行ったうえ、実用の域に達したばかりの超々ジュラルミンを全面的に使用したおかげで、自重
は八試特偵より434kgも軽く、4,341kg(1号機実測)にすぎなかった。なお、、九試中
攻の計画自重は4,300kgで、1号機はこれより159kgも軽かったわけである。
 初飛行から採用まで   ◎空前の高性能      完成した1号機は八試特偵同
様、基準翼と胴体の分割が不可能であったため、水路木曽川をさかのぼって各務原へ運
ばれ、7月初めに三菱の梶間操縦士と空技廠の佐多直大大尉の手で初飛行に成功した。そ
して、約1ヶ月間、社内テストが行われたのち、8月には航空廠の近藤勝治中佐と曽我義治
少佐らによって領収飛行が開始され、続いて完成した2号機とともに横須賀へ空輸されて
本格的な飛行試験が開始された。
 社内テスト中、九一式600馬力発動機(最大出力750hp)装備の1号機は八試特偵のそれを
29.5kt(約49km/h)も上回る最大速度170.3kt(315km/h)を記録し、関係者を喜ばせた
が、10月に完成した金星2型(最大出力830hp)装備の3号機(自重4,250kgは)はこの記
録を更新して177.5kt(328km/h)を記録した。」
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 「その他の性能も、3,000mまでの上昇時間が9分43秒(八試特偵は16分54秒)、
実用上昇限度が6,395m(八試特偵は4,600m)、航続距離が正規状態で1,548nm(2,8
64km、八試特偵は2,344km)、過荷重状態で2,474nm(4,577km、八試特偵は4,408〜
6,056km)と、過荷重状態での航続力以外は大幅に向上していた。当時の海軍用の
陸上攻撃機としては世界でも例のない高性能であった。
 ◎難問を解決して       制式採用は確実となり、11年2月24日付で実験機
に指定され、九六式陸上攻撃機という名称が与えられたが、ここで大きな問題が生ま
れ、その解決に時間をとってしまった。」