自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた 第20章

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784間違った世界史
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1078588258/826-828の続き

 大陸の南半分を支配するエルフの政体、判定者同盟。その名は政治形態に由来する。
 世界を制した自分たちの力を信奉し、強い者が主導権を主張できるエルフ社会で、最も尊敬を受けるのが、各々の強さを見定める判定者だ。
 彼らによる大陸支配が成立すると点在する住処は翼で結ばれ、利害の処理単位は各家族内から所領間に拡大された。
 衝突を力で解決しようと、自分の力を信じるあまり死ぬまで戦う者があらわれ、数百年を生きる命が数多く失われる。
 この事態を憂いた者たちが、争う当事者が命を落とす前に、誰が何ゆえに勝者か宣言して、争いの場を収める体系を創りあげた。
 理論的な思考で種族の未来を考え、正しい決断を下すことを追求する彼らは、判定者と呼ばれるようになる。
 平等公正をつらぬき尊敬信頼され、やがて、争う前に問題を解決することを頼まれる存在へと、役割を変えていった。
 権を集め、判例と知識を集積し、どこの所領にも属さない集団をつくると同盟首都「プタン」を建設する。
 位置は黄土に染まる大河が山地を抜けて平原へと出る場所。こちらの世界でいう中国の、洛陽の辺りだ。
 首都が建てられて最初の仕事は、大陸に散らばるエルフの意志疎通を確実にするための、文字や言語の統一だった。
 これが紛糾し、北方狩猟者連合をはじめとするいくつかの集合体や多くの所領が抜け落ち、現在の同盟が形作られる。
 現在でも辺境では所領の統廃合が起こり、同盟北部では首都プタンを「フタン」と発音しているのが、その名残だ。
 同盟発足当初からこれまで、判定者は推薦により選出されてきた。
 試合により選ばれた同盟十六強が、順位に応じた権限で、公正と認められる判定を下した者を選び出す。
 判定者は同盟政策に関わる第一判定者を筆頭に部門ごとに組織化されて、専門分野にそれぞれ就けられている。
 召喚実験計画は同盟政策の中でも極めて重要な位置にあり、計画を束ねる長は、第一判定者に次ぐ権を与えられていた。
 各領主への協力要請権を持ち、計画投入資源の使い道を自由に決定し、事後報告だけで済ますことが許される。
785間違った世界史:04/04/02 22:16 ID:???
 ついに始まった召喚計画の第一段階は成功し、先行偵察隊のもたらした情報、試料の分析は、ほぼ終了した。
 文官、技官や偵察帰還者が集結し、開示された情報を元に是非を判定する場が、大会議棟で開かれる。
 参加者の一人、入浴、食事と、生理的な調整を終えて自室に戻ったトルオールは、判定会に備えて同盟制装を身にまとう。
 特殊な行事以外でなら、どこに出しても恥ずかしくない制服だ。他の衣服と同じく、飛翔、運動を妨げない構造になっている。
 胸には少女の立場を示す、漆黒の正六角に金線で紋様が描かれた記章がふたつ。
 ひとつは下向きの矢印にも似た三本の葉脈が描かれて、招集騎士であることを意味している。
 ひとつは交差する刺突剣と曲刃刀の紋様。辺境境界で実戦を経験した者に与えられるもので、トルオールが招集された理由のひとつだ。
 制装は身体だけでなく心も引き締める。そうなるように教育されてきた。
 32万のエルフ、50万のドラゴン、5000万の人間を擁する大陸最大勢力、判定者同盟の一員である自覚を湧かせる。
 個人には持ち得ない巨大な力の象徴であり、それを統率する第一判定者は、常に正しき道を示してくれる。
 そう信じることは、ある種の快感、高揚感を少女にもたらした。
 判定会までの時間に報告内容をまとめようと、支給されている筆記用具を取り出す。
 先細の金属板を重ねて染料を吸わせ、少量ずつ出して線を描く筆。珪藻土などを塗布して染料液をにじまなくした上質紙。
 柳の小枝を炭化させた、安価でにじまず紙質を問わない炭筆もあるが、筆記密度や文字の美しさでは金板筆に及ばなかった。
 小物棚のついた机に向かって、記憶をたどり、文字に変える。
 エルフ文字は自然物由来の表意文字だが、これは地方ごとの差異が大きい。他所との連絡や記録に使える文字は同盟法で決められていた。
 もう一つ、人間由来の表音文字も使われている。
 蛇にも似た、主に丸と曲線で形作られた文字はスネーカと呼ばれて、同盟でも正式に採用されていた。
 エルフ文字の完全な統一がなくても同盟を成立させられたのは、スネーカ文字による間隙の補完が大きい。
 同盟のエルフはみな汎同盟教育を受けるし、首都など工房街の人間も、他所の知識に飢える各所領に封じられた人間たちも、識字率は高かった。
786間違った世界史:04/04/02 22:17 ID:???
 少女は白紙を前に、かの島についての記憶をたどり、見聞したことを整理する作業に集中する。
 エルフの記憶力は高い。寿命の尽きる数年前まで、過去が薄れることはない。
 この時を迎えると記憶は混乱して魔術も使えなくなるが、身体能力の衰えはない。
 記憶の枝葉から順に失われていくが、特に強烈な出来事は最後まで残る。それはしばしば年老いたエルフを混乱させた。
 少女の場合なら、ついさっき出会い闘った人間がそれだ。
 呆けてしまった自分は人間の若者を見るたび暴れるのだなと想像して、寂しさを含んだ苦笑を漏らす。
 もう会うこともあるまい、とっくに死んでいるであろう相手に怒るのかと思うと、奇妙におかしい。
 記憶と感情か絡みあって、思い出をかたちづくる。
 それを心の引き出しにしまいこみ、報告のための、客観的な事実の整理に没頭した。
 いくつか書き連ねた項目に注釈を加える作業にも飽きたころ、少女の耳に旋律が届く。
 同盟では時刻を知らせる手段として音を利用している。剛性の高い、節を抜いた竹の管に空気を吹き込み、遠くまで届く音を出す。
 高音と低音の組み合わせで時を表し、これを三回繰り返す。
 重要な時刻は、換気口も兼ねた伝声管から直接知らされることになっていた。
 すぐさま反応したトルオールは最低限のものを腰帯に吊った物入れに移して、大会議棟の控え室に向かう。
 道すがら空を見やれば高空に黒い翼が四騎。普段は一組二騎なのに、さらに上空にもう一組配置している。
 哨戒を強化しているのは、かの列島からの追跡者を警戒しているからだろうか。
 偵察帰還者の、最後の打ち合わせのために用意された控え室には、円卓に、椅子が人数分。まだ誰も来ていない。
 入り口近くの椅子に腰掛けると書き付けを取り出し推敲を加えつつ、かの列島への偵察行を共有した仲間の到着を待つことにした。



次回に続く