自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた 第15章

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270間違った世界史
>>133-135の続き

 先行偵察隊のうち、人間と接触したエルフは3人。
 残りの1人、エルフ女性、アルマ・アシ・ステアリンのコンタクトは友好的なものとなった。
 ごく若い者の多い計画参画者の中では、彼女は人格的にも性的にも成熟した女性である。
 年齢を示す長い髪は腰のあたりで束ねられ、個人装備のスケイルメイルも胸の膨らみと腰のくびれに合わせてある。
 落ち着いた重鎮として若者を束ねることを期待されて、実験計画に呼び込まれた。
 海岸線を低速で滑空するドラゴンの背中、大気整流圏からてのひらを突き出すと、対気速度が彼女を転がるように押し飛ばす。
 放り出されて数瞬、無重力を楽しむ。自前の大気干渉場を展開すると、空中で回転していた体がぴたっと静止した。
 乗騎に追いつくように加速し、手近な木の枝をつかみ取ってドラゴンの背に戻る。
 子供の頃によくやった遊びと同じだ。ひさしぶりに心が浮かれる。
 植物の試料を採取しつつ移動した彼女は、人間の集落を発見した。
 開けた砂浜の奥、石提を越えたところに並ぶ白い布は天幕だろうか。人間が集まっている。
 最能率速度で旋回待機するようドラゴンに命じ、砂浜に降下し単身で向かう。
 不用心そうに見えるが、槍でも弓でも投石でも、大気干渉場を展開したエルフには届かない。
 内部が音速近くまで加速されたソリトンリングを構築し、逸らして、弾いて、人間の武器を無効化できるからだ。
 例外として、かつて人間の国で強力な弓が開発されたことがあった。
 成人男性が全身の力でコッキングした弩弓から撃ち出される鉄製の重い矢は、エルフの作り出す風の障壁をも貫いた。
 その国はもうない。
 エルフの引き連れる数千のドラゴンが包囲し、その火球によって焼き滅ぼしたのだ。
 長寿のエルフにはこの戦争に参加した者がまだ生きているが、進んで語りたがる者はいない。
 この戦いの戦訓として、いかな弩弓といえどドラゴンの鱗を貫くことはできないことが知られた。
 死ねばていねいに葬られてきたドラゴン、その鱗をエルフが甲冑として使い始めたのも、この頃である。
 しかし砂浜に降陸したのはまずかった。舞い上がった砂埃が目にしみる。地面がもろくて歩きにくい。潮風が鼻につく。
271間違った世界史:04/02/16 00:20 ID:???
 派手に降りたせいだろう、そこにいた十数人の視線が痛い。内心の冷や汗を隠して、余裕の笑みで近づく。
 4本の支柱に支えられた白い天幕の下には、布か何か敷かれた上に、明らかに野菜と見えるものが並べられている。
 現地人の市だろう。
 ここで品物を購入すれば多大な成果を上げられる。さて、どう交渉したものか思案する。
 上目遣いに人間たちを観察してみた。よく見れば彼女らの世界の人間とは微妙に違う。
 ドラゴンの鱗と同じ漆黒の髪、エルフと同じ黒目、やさしげな彫りの浅い顔立ち。
 金髪碧眼で毛深く濃ゆいエルフェニルの人間よりも好ましく感じる。
 こういう時は強引な方がいい。売り子と思われる中年女性の前にしゃがみ、束ねられた鮮緑の葉を指差して褒めちぎった。
「これきれいですね。葉っぱもしゃきっとしてて、鮮度がいいですね。ご自分で育てられたのですか?」
 彼女らの言葉が通じるはずもないが、相手もほほをゆるめて口を開く。
 互いに何を言っているのかわからないが、なんとなく心が通じるのを感じた。
 ころあいを見て硬貨を取り出す。
 通貨はエルフが人間たちの文化に取り込まれつつある事例の一つだった。
 人間の技術によって作られたそれは黄金色に輝き、実際高い価値を持つが、漆黒を貴ぶエルフの目には安っぽく映る。
 それでもこの現地人は交換レートに納得してくれたようだ。
 極薄軽量な素材の袋に葉野菜の束を入れて、なにやらおまけもつけてくれる。
 いや、気づけば多くの人が彼女を囲み、笑顔で品々を渡してくれるのだ。
 ステアリンはこの世界が気に入った。同時に彼らを召喚してしまったことに気まずさを覚える。
 エルフ流のあいさつ、両手を身体の前で交差させてひざに触れる、をするとその場を立ち去った。
 最後にかけられた言葉が耳に残り、発音を真似てみる。
「マイターリーン、か」
 お礼の言葉だろうか。いつか誰かに言ってみたいと、なんとなく思った。

次回に続く