素晴らしい。秀逸なデザインだ。
Ju88オタクやB-17マンセーは反省しろ。
バーナー保守員阻止!
2
グラスハウスの機首を戦前に実現した先進性は抜群だね。
空力的な洗練度でハインケルが世界一だった時期の機体。
美しさは楕円翼の初期型が勝る。
He70の成功を受けてそのまま双発化。
段付きの機首も味があると思うよ。
単機スレは禁止すべきだ
蛾に見えてしょうがない
8 :
名無し三等兵:04/01/27 21:38 ID:UZ3UR6cb
モスラか・・・・?
>>1 デザインについては禿げ道。生産性は知らんが。
He70ばりの楕円翼が、直線的な前縁後退の翼に変更されたのは、生産性を上げるためだね。
融通の利かない縦型爆弾倉がいかにもドイツぽい。
12 :
FW190Ta152H-1:04/01/28 11:20 ID:AA724IH1
縦型爆弾倉にしたのは低翼式を採用した結果、主桁が邪魔した為だとか?
おかげで大型爆弾が機体内に内蔵できなくなった。
>>1 激しく同意っ!!
同じ感覚を持っている人がいるなんてなんか感動だ。
あのホオジロザメのような優美なライン、
丸っこい方向舵の切り欠き… なんて格好いいんだ!!
カコワルイ兵器スレでHe111を挙げていた香具師は反省汁!
>>7 確かになんとなく感じがヒトリガに似てるかな。
だがそれがいい!
1がガンガッテルなw
まぁ、ロンドン空襲の主役だしな。He111
でも活躍できたのは初期だけだな。
戦争後半にはすっかり旧式化。
スターリングラードへの空輸に使われ大損害を被る。
まぁ、個人的には地中海で輸送船狩りをするHe111に萌えるのだが
He111はいいですね。
ただ格好いいだけじゃなくて引き込み式ラジエータなんて凝った仕掛けも付いてるんだよな。
すばらしい
ちとデータが古くて間違ってそうですが簡単に・・・
He111
A型 ルフトハンザ用輸送機
B型〜 爆撃機
P型 全透明型の機首になる
1944年まで生産、総生産数7,300機
20 :
FW190Ta152H-1:04/01/28 22:40 ID:r1rph9rL
>15
ヤッパリ第二次世界大戦のころには旧式化しつつあったのか?
スペイン内乱のころは昼間の爆撃でも大活躍。大戦開始前に
すでに1000機生産していた。ところが、BoBのロンドン空襲
のころは昼間だと大損害だった。もう少し早く、夜間爆撃に切り
換えていれば損害も減らせたはず。それでも1944年まで7300機も
生産したのか。
たぶん純粋な新造ではないと思いますけどね。
>>22 (・∀・)イイ!!
>>23 そうそう、落とした爆弾がくるくる回るんだよね。
そういうところも格好いいよHe111たん!!
もうあばたもえくぼ状態(;´Д`)ハァハァ
He-111A-0はBMW6を搭載していた。
この機体、馬力不足で独空軍は納入を拒否し、海外に売りに出され、広東空軍が1935年に
10機購入。
1936年、うち6機が両広事変後に南京中央空軍に接収され、第8大隊第19中隊に配備されて
いる。
日中戦争が始まった時には、部品不足で3機が稼働したに過ぎない。
1937年8月下旬から上海戦に投入され、連日爆撃任務を行なったが、8月25日に馬丁(マーチン)
139W爆撃機装備の30中隊と合同出撃中、日本の戦闘機に襲われ、2機が失われる。
最後に残った1機は9月に漢口で1機が修復され、訓練と輸送に用いられるが、10月1日に漢口空襲
で空中退避して戻る際、自国軍のヒヨッコパイロットに無情にも誤射され撃墜された。
ちなみに、日本陸軍でもイ式購入はあくまでも次善、三善の策で、本命はHe-111購入だったりする。
He111 in formation (´・ω・`)モキューン
ハインケル唯一の大量生産機?
A:爆撃機型・BMWエンジン搭載
B:爆撃機型・DBエンジン搭載
C:民間機型
D:爆撃機型・DBエンジン搭載
E:爆撃機型・Jumoエンジン搭載
F:爆撃機型・Jumoエンジン搭載・主翼変更
G:民間機型
H:爆撃機型・Jumoエンジン搭載・機首変更
P:爆撃機型・DBエンジン搭載
Z:H型を2機連結した特殊型
戦後、20年以上(1960年代後半?)の戦争映画で
本物のが「出演」していたのに感動!(スペイン空軍所属機
・パットン戦車軍団
・空軍大戦略
・空爆大作戦
爆撃機としては、1942年頃にHe177と交替して、引退の予定だったんだよね。
そういえば、CASA2111ってのもあったっけ。
>>25 BMW搭載なら、もし日本が接収できたとすればハ9載せてコピーできたかもね
33 :
FW190Ta152H-1:04/01/29 17:26 ID:3sQifHWK
>29
パットン戦車軍団は1970年製作だったか?
B29の機首形状はHe111を真似たとB29の設計者が言ってた気がする
一式陸攻に負けず劣らずの空飛ぶ棺桶
かなり頑丈でなかなか落ちなかったとも聞くけど。
>>35 下部銃座は「死のベッド」とか呼ばれてたらしいね。
37 :
FW190Ta152H-1:04/01/29 19:34 ID:nRlHH2AH
旋回砲塔が無いのが第二次大戦を戦うには防御力不足。
なかなか落ちなくても防弾欠如のせいで手痛い目に
中の人が全員機上戦死か重傷で、機内が血まみれの状態で帰還するとか
39 :
FW190Ta152H-1:04/01/29 20:18 ID:1AV8XHWJ
>38
He111より遥かに防御火器が強力なB17だって、
全員機上戦死か重傷、機内が血まみれ状態で帰還。という例があったというから。
1940年当時、防漏タンクを完備して装甲もそこそこ施されていたHe111は、おそらく世界で
の爆撃機で一二を争う防御に留意した機体だろう。
この時期のB-17は試作機に毛の生えた程度で防漏タンクも動力銃座もまだ装備してない。
He111の防漏タンクに英空軍のブロ−ニングが通用しなかった有名なエピソードに、複数
のスピットが全弾を撃ち込んで蜂の巣にしても火を吹かず撃墜できなかったてのがある。
41 :
FW190Ta152H-1:04/01/29 21:30 ID:zOFZH6l9
>40
B-17の実戦投入は1941年7月下旬からで、その時も様々な理由から散々な戦績だった。
その大きな理由がやはり防御火器の不足で、確か12.7oではなく7.7o機銃に取り替えて
アメリカがイギリスに供与したタイプ(C型、D型)だったはず。
それ以降のタイプ、E型は大幅に防御火器を増加し旋回砲塔も装備するようになった。
機銃は12.7o10丁になり更にF型、G型になると12丁、13丁と増加していくことになる。
それでも戦闘機の護衛がないままドイツ本土奥深くを爆撃した時には大損害を被った。
>32
日本が繋ぎに買おうとしたのは1936年だから、DB600CG装備のHe-111B辺りかもしれない。
総統は好意的だったが、100機もの大多数を独空軍より先に日本が買うのは如何なものか、
軍部が強硬に反対し、結局ぽしゃった。
ちなみに仕方なくイタリアに行って候補にしたのが、B.R.20とCa135/P11。
性能はCa135/P11が上だったけど、構造が木金混合という旧式なものだったのと、例の干鱈
爆撃機の様に、Caproniの生産能力に疑念を抱いたので、B.R.20になったとか。
275機発注で、舶着100機、配備88機と言われているが、当時の金で6000万円だったという。
さらに、米軍はHe-111を導入して、国産化するのではないか、とコードネームまで考えてたり。
そう言えば、昔読んだ漫画で、茨城の常陸航空機(架空の社名かな)で国産化予定のHe-111H
なんて言うのが出ていたっけ。
そう言えば、日本に2機舶着したHe-119も或程度He-111Hに似てるよね。
43 :
名無し三等兵:04/01/30 00:08 ID:/Nn5bBwM
去年、落ちたんだよな。CAFのCASA2111.。。。
おお、眠い人氏が来てる!
いろいろ乙ですー
>>43 なんてもったいない…(´Д⊂ヽ
バトルオブブリテンの頃、He111を始めとするドイツ爆撃機の防御火器はすべて手動の
旋回機銃で数も十分でなかったことが防御上の欠点とされている。
しかし、当時のドイツ空軍銃手は十分に訓練された者揃いで、非力な旋回機銃でも侮りが
たい防御力を発揮したという話もある。
ちなみにドイツの爆撃クル−は、訓練学校時代から実戦部隊まで一貫して同一で、チ−ム
としての団結力や能力を重視していたという。
大戦中期からは輸送機として使われる事が多かったけど、
その速度や防御力からJu52と較べて輸送機パイロットから
歓迎されたけど、ドアが小さいために輸送能力が限定されて
しまい、あまり成功とはいえなかった。
大戦後期に憂目を見るのはV1号の母機としてだけど。
46が「憂目」をどういう意味と捉えているのかすごく気になる
もしかして例の「不治の病」厨か?
49 :
FW190Ta152H-1:04/01/30 22:00 ID:ptOmPFa/
He111はスピードではJu88には及ばず従って夜間戦闘機への転用は無理。輸送機
としてはJu52と比較して多少速度では勝っていたが、いかんせん輸送機として設計
されていないから物資の搭載には不向きだし。損害が多くても艦船攻撃機などに使う
以外にないだろう。
連絡機として多用されたが、メルダースを殺したのはHe111なんだよな。
51 :
FW190Ta152H-1:04/01/30 22:14 ID:ptOmPFa/
そうか軍の高官の専用機としても使われたな。
イ式重爆の代わりに日本に来ていたらなんと呼ばれていたろう
ド式重爆?
ハ式重爆?
輸送機としてはJu52の頑丈な固定脚の方が東部戦線向きだしね。
He111Zはキモ過ぎます。超嫌いです。
96式や1式陸攻の親戚みたいだな
戦歴だけ聞くと
56 :
FW190Ta152H-1:04/01/30 23:42 ID:cZ16RTsD
>54
He111-Zか・・・・。He111を二機繋いで更に第五エンジンを追加した機体だが、
大型グライダー、Me32ギガントの曳航用に使われた。またその飛行を目撃し
た英軍パイロットは攻撃もせずに逃げ帰ったそうで、その晩はうなされたとか・・。
でも敗戦時はそれらの機体はどうなったんだろう?
>56
当時のJane'sを紐解いてみると、Z型はグライダー曳航の他に、1800kgの爆弾を積んだ
爆撃機、264ガロン増槽を2基取り付けた偵察機、Hs293を4発搭載した艦船攻撃機としての
用途も検討されていた様で。
とは言え、Zは試作のV1、V2がH-6ベースで、Z-1がH-6ベースで3機、H-16ベースで5機製作
されただけだから、戦後まで残っているか。
58 :
FW190Ta152H-1:04/01/31 00:16 ID:ZYR9ZuhB
ヤッパ爆撃で破壊されたか、ドイツ側が自ら解体したか?
プラモデルではイタレリの72分の1キットが有ったような。
雷撃もするから確かに重爆と言うよりは中攻の親戚かも
やや上でも下でもなく、ちゃんと機首の先端についている銃座に勃起sage
ほんとにJu86より優勢?
63 :
:04/01/31 13:48 ID:f90bBqL7
>>61 いい枝。
BBで、迎撃機の30口径で嬲られるのも辛い。
ドイツ版1式陸攻
あんな葉巻と一緒にすな
むしろ96式
He111は1935年2月に初飛行したが、96式陸攻のそれは約1年早く、1式陸攻は約4年遅い。
1941年頃のこれら3機の性能を比較すると、速度性能はHe111と1式陸攻がほぼ同等で、
96式陸攻は約100km/h遅い。搭載力はHe111が約2500kgと倍以上だったが、航続力では
He111は約2000kmほどで、96式・1式両陸攻の半分だった。
>>61 空軍大戦略でのゴーグル真っ赤シーンは怖かったでつ
イ式重爆の代わりに He111 か SM79 が来てたら面白かったのに・・・
Ju88>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>He111
「越えられない壁」ってどんな爆撃機なの?
>69
いあ、Ca135/P11だったら(滝汗。
>73
連山じゃダメかw
88と111という数字から推測するに
呑龍
76 :
名無し三等兵:04/02/02 22:14 ID:PoPFcZpL
He111カコイイage
BSのスターリングラードの特番でHe111沢山YO!
尾部防御機銃はあはあ
Ju88は性能はともかく、あんまりカッコイイと思えないな・・・
81 :
FW190Ta152H-1:04/02/03 11:24 ID:ztVzr/ze
>77
3回シリーズで昨夜から3夜連続。夜10時から、NHK・BS1で
1942年8月23日のドイツ空軍によるスターリングラード大空襲。
He111の編隊がスターリングラードを爆撃するシーンが映っていた。
Ju88もチラッとだけ。
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
機種銃座つける前のJu86ってすごくカコイイ。
96陸攻ってJu86を参考にしてるよね。
>>84 三菱はユンカースの技術を相当学んでいるからな。
初飛行の時期を見ると、九六陸攻が1934年4月で、Ju86が1934年11月。本家の方が遅い。
三菱がユンカ−スの技術を導入していたのも、九六陸攻がユンカ−ス流の設計であるのも
事実だが、Ju86を参考にしたわけではなさそうだ。
Z最強。
>86
寧ろ九三式重爆…。
というか、ユンカースのスウェーデン支社が作った、K-37。
後は、九二式重爆の影響では?
90 :
名無し三等兵:04/02/06 19:47 ID:sQMVQy4f
He111が格好いいと分かる人でないと(このスレに書き込むのは)難しい
He111カッコイイと思うけど、ヒコーキの知識ほとんどないんだよなぁ〜
スペインには、まず内戦時にHe-111B-2とD-1、E-1、F-1が送られた。
1937年2月、4機のHe-111B-1が4機のDo-17E-1、4機のJu-86D-1と共にスペインに送られ、
VB/88(試験爆撃スコードロン)に編成され、Salamancaを基地に活動を始めた。
その後、He-111は25機に増え、"Pedlos"というニックネームを兵士達から頂戴した。
ちなみに、Do-17E-1は"Pablos"で、Ju-86は機数が増えなかったので名無し。
1937年3月9日、Madrid攻撃の時の共和国空軍基地への爆撃が最初の実戦投入。
しかし、友軍(イタリア軍)が連絡をしていなかったので、イタリア軍高射砲部隊の誤射を
受け、1機が失われて失敗に終わる。
帰投後、再攻撃を行なうが、今度は損害無しで24機の共和国空軍のロシア機を地上で
破壊した。
94 :
名無し三等兵:04/02/07 02:28 ID:gaCXKQmb
>>91 知識が無くても萌えていればおk。
>>92 イイ...(;´Д`)ハァハァ
>>93 おお、眠い人氏が来てくれてる。
B〜Fってことは段無し風防になる前の型ですか。
誤射で撃墜ってB-17でもあったっけ。
分からないもんなのかなぁ。
で、昨日の続きですが。
Bilbao攻撃の為に、Condor軍団は北部に移動します。
K/88(VB/88から改称)も、Burgos近郊の基地に移動しました。
この基地は、内戦前、将来のスペインの国際空港予定地だったところです。
4月、4機のHe-111B-1がVizcayaの山がちの地形のナショナリスト支配地区に進出します。
この地域にはBasqueの村や町が含まれており、Ochandiano、Durangoへの爆撃作戦が行なわれ、
そして、最大の山場として実施されたのがGuernica爆撃…。
ここには大量の爆弾を投下し、多数の死者が出て、反Franco、反Fascistのマスコミは、非道の象徴として
"Heinkels"を取り上げます。
しかし、前述のようにこの地域にいたHe-111は僅かに4機。
他はJu-52/3mだった訳で、He-111にとっては良い迷惑でしか有りませんでした。
>94
だす。
段付き風防の香具師でやんす。
まぁ、相手はヘタレイタリアなので、宜なるかなでつけど。
これらの機体がどのように運ばれたのか…。
それは、3月に驚くべき方法で行なわれました。
スペインまで、何と、ドイツ本土から夜間、フランス本土を突っ切って空輸が
行なわれたというのです。
これらの機体は高速で、共和国軍の戦闘機でまともに迎撃出来るのはI-16位。
それも、警報が事前に出ていないと捕捉は無理でした。
この機体は、ナチの侵攻のシンボルみたいに言われ、何の防御手段も持たない
一般市民にとっては、恐怖の的でした。
けれども、He-111Bは確かに他の爆撃機と比べて高速ではありましたが、胴体下の
ゴミ箱型銃座を出した時は、性能が著しく低下しました。
敵戦闘機に追われている時に、これを降ろすと、正に致命傷になりかねませんでした。
また、もう一つの空力上の欠点は、巨大で深いラジエーターインテークにありました。
こうして、エンジンをDB600AAから、冷却性能の向上したDB600CGエンジンに換装し、
ラジエーターインテークを小型化して、機首に銃座を設けたHe-111B-2の試作機4機が、
1937年3月、スペインに登場します。
そうして、10月までに、B-1/B-2でK/88のJu-52/3m爆撃機を代替していきますが、
Bilbaoに対する6月中旬の攻撃で、2機のHe-111が撃墜されます。
なお、Bilbaoが陥落した後に、VB/88は正式に解散し、4.K/88が編成されます。
>>97 乙ー
BoBでは鈍くさい方だったのに、当時は高速爆撃機だったのね。
活躍するHe111イイ!!
>敵戦闘機に追われている時に、これを降ろすと、正に致命傷になりかねませんでした。
それって銃座の意味ないんじゃ…w
むしろチャームポイント
100 :
名無し三等兵:04/02/09 21:50 ID:lBXdJr05
100
今日は西班牙内戦の話、お休み。
>98
ゴミ箱式銃座ってのは、当時の双発爆撃機のトレンドみたいなもので、
Ju-52/3m(まぁ、取って付けた様なものだが)とか、フランスやイタリア
の爆撃機なんかも、盛んに使ってますな。
日本だって九六式陸上攻撃機の初期型で使ってて痛い目に遭ってますね。
高速爆撃機と言えば、西班牙内戦ではDo-17なんかも初期型が活躍してい
ます。
ゴミ箱引き込み式銃座といえば・・・
96陸攻は上に二つ、下に一つ。18kmスピードが落ちるそうな。
103 :
名無し三等兵:04/02/10 09:36 ID:agId6ULb
そんなもの取り付けたら空気抵抗もスゴイし、引き込み機構が手動式でも動力式でも
重量も重くなるし、そうなれば、その分だけ肝心の爆弾や燃料搭載量が減るだろうし、
当時の爆撃機のエンジン出力では速度の低下が著しかっただろう。さらに空戦で敵
戦闘機に狙われ、撃墜される可能性が高くなったはず。
ラジエターインテークが欠点だったなんて知らなかったな
ナセルストールでも起こしたか?
>>97 モロッコに派遣したJu52も仏領空を侵犯してたような…
「撃墜はしないだろ」みたいな感じだったんですかね?
>104
でかくて抵抗が…みたいな感じだったようです。
>105
でしょうねぇ。
ま、当時のフランスに撃墜出来る戦闘機があるかどうか、頗る疑問ではありますが。
当時の英仏は対独宥和政策を取ってたんだから、
領空侵犯機を撃墜するような事態は、極力避けたでしょうね。
気付いていたかどうか、撃墜する能力があったかは、微妙ですが。
7月、西班牙内戦は、マドリッド北西部のブルネテの攻防へと推移し、Condor軍団も最前線近くに
移動します。
今度はこの前線に、完全な1個グループのI-16戦闘機が、Via del Prado基地に配備されていました。
しかも、このグループは対He-111Bには極めて有効だったのですが、一週間を経ずしてHe-111は昼間爆撃
任務から撤退してしまいました。
7月末、撤退した部隊は再び北部戦線に投入され、Santanderの攻防に投入されます。
こちらは人民戦線空軍の迎撃戦力が貧弱で、再びHe-111は護衛兵力無しの昼間空襲を行ないます。
しかし、バスク地区の人民戦線支配地域から2個スコードロンのI-16と1個スコードロンのI-15が到着してから
戦況は一変。
組織的な防衛が出来ず、対空砲火が沈黙するまで、これらの基地から人民戦線空軍は積極的に迎撃を行ない、
この困難な状況で、8月26日にGijion近郊で2機のHe-111Bを、9月2日には更に1機の同機を撃墜しています。
最終的に、Gijonは10月に陥落しますが、この作戦で、22機のHe-111B-2のうち、15機が稼働していました。
(ちなみに、He-111B-1は、25-1〜25-40までの40機、B-2は25-41〜25-62のLetterが割り振られています。)
うおお、I-16ですか。
これまた当時は新鋭機だったんですね。
スペイン内乱も意外と萌えるなぁ。
>109
陸上戦闘は、右左入り乱れて結構訳わかめでつけどね。
空の戦いは、独伊仏英米など日本以外の各国の機体が入り乱れていて、それはそれで、
かなり萌えるものがあります。
例えば、Grumman GE-23(FF-1のカナダ生産型。メキシコ経由で輸出)とかね。
>>111 111げっとおめ!
なんと、グラマンまでありですか。
なんか興味湧いてきた。
スペイン内乱でおすすめの本(日本語の)とか有ります?
なんでGEなのかな?
>113
"Grumman Espana"の略らしいでつ。
>112
内戦だけなら、ソノラマ文庫で、三野正洋氏の「スペイン戦争」というのがお手軽で良いですが、絶版ですね。
中公文庫から、これも絶版ですが、斉藤孝「スペイン戦争―ファシズムと人民戦線」というのもあります。
今、出ているのは、文庫クセジュ「スペイン内戦」(Pierre Vilar)が一番しっかりしていると思います。
専門書なら、渡利三郎氏が訳した「スペイン革命 全歴史」
これは結構な値段です。
Francoの思考なら、色摩力夫著、「フランコ スペイン現代史の迷路」がきっちりまとめてあります。
あとはバスク関連なら、狩野美智子氏の著作がなかなか。
今出ているのは、「バスクとスペイン内戦」なんてのが良いかと。
それと、これは絶版ですが、「バスク大統領亡命記―ゲルニカからニューヨークへ」
と言うのは、バスク共和国の大統領だった著者が、内戦の回想、そして亡命先の
フランス、ベルギー、そしてベルリンの様相を描いた本で、この人、最終的にはスウェー
デンから米国に渡っているのですが、旅行記としても面白い本です。
話を戻して…。
数週間後、共和国軍が包囲しているTeruel攻防において、K/88のHe-111は、
その周辺の共和国空軍基地に対する徹底攻撃を企図します。
この季節、悪天候によって、しばしば全ての目標が発見出来なくなったことも
ありました。
12月17日を例に取ると、Burgos de Osmaから前線に向かって離陸したHe-111
の23機編隊は、ブリザードに遭遇してちりぢりになり、そのうちの1機、25-32号機
は、共和国軍の支配地域に着陸し、無傷で捕獲されました。
顧問のロシア人達は、捕獲したBf-109と共に、ソ連で試験をするべく、船積みを
共和国政府に要求します。
当時の共和国国防相Indalecio Prietoは、ロシア人の横暴に業を煮やし、一方で、
フランス政府が共和国軍に兵器の供給を再開して貰えるように取り計らうべく、
ロシア人の要求を聞きつつ、ソ連への船舶輸送は拒否し、フランスから鹵獲機
のテスト要員を派遣して貰うようにしました。
1938年2月、Constantin Rozanoff大尉を団長とする国際調査団が、CEMAから派遣され、
彼等は、山腹の狭いぬかるんだ不整地から、He-111を危機に陥りつつも幸運に助けられ
て何とか離陸させました。
CataloniaのSabadellに機体が到着する前、フランス人の要員の操縦の番では、共和国軍、
ナショナリスト軍、共和国軍と都合三回に渡って、対空砲火を受けています。
特に、ナショナリスト軍のそれは、何としても撃墜してしまおうというドイツ人気質がありありと
出ていたそうです。
その後、この機体はフランスに引き渡されるべく、取り計らわれ、フランス人の報告はParis
に届けられましたが、肝心の機体は、忽然と消え、二度と彼等の手には入りませんでした。
つまり、当初の目論み通り、ロシア人がまんまと手に入れ、Bf-109と共に本国に船便で輸送
してしまった訳です。
スペイン内戦はプレWW2戦として興味深い。
118 :
FW190Ta152H-1:04/02/22 01:47 ID:PRCHZb4v
ドイツ空軍機の実戦テスト場の感があったからな。
>>115 激しくthanksです。
amazon.comで探してみます。
>>116 へぇー、WW2前にソ連はBf109とHe111を手に入れてたのか。
120 :
名無し三等兵:04/02/22 05:38 ID:sAwQGQI6
あげ
WW2で味方のZ級駆逐艦も一隻沈めているなw
ハセガワ1/72リリース確定らしい。ソースはハイパーのニュルンベルク情報。
ついでに魚雷もつけてくれ!
映画版は出るのか?(w
PとQの鼻曲がりが逆だと言う通説はウソだったのか?
スターリングラード攻防戦1を見た。
血の気が引いた。
しかしHe111は場違いのように美しかった。
127 :
FW190Ta152H-1:04/02/24 16:25 ID:AQXhCOAR
今日の午前10時から衛星第一で3回連続で再放送。
He111の5,6機くらいの編隊飛行だった。あとJu88もチラッと映ったか?
>>127 ごめん、やっぱJu88ですた。
目が腐ってるな、漏れ。
131 :
FW190Ta152H-1:04/02/25 19:29 ID:MUHrov67
>129
何ぃ! DO17Zだって・・・! そんなバカな。
>130
そうだよな・・・Ju88Aだろ?
あの機首と機首よりやや後方から張り出したゴンドラ。
前方に突き出たエンジンナセルを見ればね。
132 :
名無し三等兵:04/02/25 20:01 ID:YAGzrKC4
ハインケルは次世代機を送り出せなかったの?
He177があるじゃぁないか。
>>132 あれってCGなの?
CGならせめてカラーにして欲しいものだ。
>>134 月光、雷電、紫電改・・・この辺の生産機数より多いんだよなー
CGの飛行機なんてゴミだからね。価値無し。
138 :
FW190Ta152H-1:04/02/25 23:51 ID:InqEmHWI
スターリングラード攻防戦の映像は70年代製作のドキュメンタリーでも
見たが、同じシーンでもBSプライムタイムで放映した映像より不鮮明だったような記憶がある。
多分デジタル技術で修正したのか?NHKアーカイブスでも昔の痛んだフィルム映像をそういう
方法で修正して保存しているようだから。
139 :
FW190Ta152H-1:04/02/25 23:53 ID:InqEmHWI
>133
He177グライフはスターリングラードの補給作戦で使用されたはず。
F-111のが上。
価格が?
確かにかっこ悪さではF-111の方が上だな。
F-111はかっこ悪い飛行機の代表格だからな。
F-111がカッコワルイだなんてとんでもない!
・・・とはいえほんの数ヶ月前まで私もカッコワルイと思っていたのだが
しかし私は気づいてしまった
F-111の底知れない魅力に
>>143 「お前の感じている感情は精神的疾患の一種だ。
鎮める方法は俺が知っている。俺にまかせろ。」
∧_∧
< `ш´>
_φ___⊂)_
/旦/三/ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| |
| 誰彼百円 |/
その後、
>>143は精神病院に送られたそうな。
めでたし、めでたし。
1938年2月、Condor軍団の中に、Capitan Luis Ureta Zabala率いるスペイン人乗組員の乗った
He-111が配備され、その比率はHe-111Bの中の3機のうち1機に達していました。
4月15日まで、人民戦線の戦線を2分割して地中海沿岸に達した、Aragonへの大規模攻勢に於いて、
He-111は対航空機基地攻撃、人民戦線軍の退却路阻止などに投入され、これらは極めて大きな
効果を上げました。
けれども、1938年4月16日〜18日に行なわれたOperation Neptuneで、Cartagena、Almeriaの港に
対して行なわれた攻撃では、休養十分のソ連義勇兵が搭乗した機体が待ちかまえており、投入さ
れた40機のHe-111Bのうち、両方の港で、合わせて9機が撃墜、1機が悪天候で失われ、7機が大破
し使用不能となりました。
これが決定的となり、次のE型の供給が急がれることになります。
眠い人 乙
F-111のスレを立てたのは143かw
test
1938年6月、待望のHe-111E-1の第一バッチが到着します。
それと共に状態の良い、He-111Bはナショナリスト空軍に引き渡され、10-G-25爆撃飛行隊を
編成します。
E型は、エンジンをJunkers Jumo211A-1に換装し、ナセル部の空力曲線を改良して、最高
速度、巡航速度を向上したものです。
また、スペインへは、He-111J-1と言う、He-111B-2の様なDB600CGエンジンを装備し、雷撃
にも使用出来る型が送られたことになっていますが、製造上の問題で爆撃機に再改造され、
J-1は飛行隊を編成出来るくらいの数を送っていないようです。
それはさておき、Ebroの戦いに於いて、K/88と10-G-25は、AlicanteとBarcelonaの港湾攻撃、
重要拠点空爆、共和国軍攻撃にと毎日フルで駆り出されていました。
11月にEbroの戦いが終わった時、僅か30機のHe-111が飛行に耐えうる状態でした。
SaragosaのSanjurjo基地にCondor軍団のK/88があり、ここに25機、Leonに10-G-25があり、
ここには僅か5機が残存しているに過ぎませんでした。
他に適した機種が無いから当然といえば当然だろうけど
この頃から酷使されてたのか…
>>眠い人
毎回の講義乙です。そろそろスペイン内戦終結?
1939年1月、ドイツ本国よりHe-111E-3が10機到着し、それに伴ってK/88のHe-111Bの残存機が、
ナショナリスト側に引き渡され、ナショナリストは2月に、これらの機体で、2つめの爆撃飛行隊である、
11-G-25を新設しました。
その間にK/88は、1938年12月23日から翌年2月9日まで、スペイン内戦最後の大規模作戦である
Catalonia占領作戦に投入されています。
3月、スペイン軍のHe-111は、Do-17装備の8-G-27飛行隊と統合され、Comandante E.F.Diesteの
指揮下に第8航空団を構成します。
一方、K/88のHe-111は、1939年3月27日、即ち内戦終結4日前に大編隊で、Madridを空襲し、
最後の作戦を終了しました。
結局、スペイン内戦中、彼の国に輸送されたのは75〜101機とされています。
これは、He-111Eの引渡数が記録によってまちまちで、シリアルにしても25-93までとしている
ものと、25-98までとしていたり、更に当時の乗員の証言では、100を越えているとしているもの
も有る為です。
損失数にしても、近年までスペインの記録では様々な要因で17機喪失としていましたが、
現存する記録を精査していった結果、戦闘中に喪われたのは12機、事故によって喪われたのが
15機、更に、サボタージュで喪われたのが1機あります。
是に加え、8機が恐らく戦闘で、7機が恐らく事故で、喪われた様です。
1939年、Condor軍団がスペインを去った時、残存機は全てスペイン空軍に引き渡されました。
1940年3月には、前のものと併せて、58機がSaragossaとLogronoに配備され、それぞれ第14航空団、
第15航空団に配備されていました。
>152
後は蛇足を少々、次はどうしようかな。
1942年、CASAはSevilleで、He-111H-16のライセンス生産を開始します。
これらは空軍呼称B.2H、メーカー呼称CASA 2.111と呼ばれ、全部で200機が
製造されました。
うち、原型のJumo211Fエンジンを搭載した機体は130機で、エンジンの供給が
絶たれたことから、Rolls-Royce Merlinエンジンを搭載し、以後は順次Merlin
エンジンに換装していきました。
Marlinエンジン搭載型は、空軍呼称B.2Iと呼ばれています。
爆撃機型以外には、2.111Dが、Marlinエンジン搭載の偵察爆撃機で、右側の
爆弾倉にカメラを装備したものです。
また、第二線機となった後は、爆撃機型を改造して先祖返りした9座席の輸送機、
2.111Eが作られ、複操縦装置付の練習機型は2.111Fと呼ばれました。
爆撃機型の武装は、1tの爆弾と、12.7mm機関銃1挺、7.92mm機関銃は2挺有して
いました。
また、初期形のHe-111BとEは1950年代まで使用されており、He-111H-16もどき
の最後の型が退役したのは、実に1970年代に入ってからでした。
カッコ良すぎ。
>>155 去年墜落しちゃったんだよね。唯一の飛行可能機だったのに。
一緒に逝った2名のパイロットにも(-人-)ナムナム
あの機首が好き。
B29も司偵V型も同じ理由で好き。
何かHで。
さて、東西交通の十字路、トルコ共和国にも、友邦ドイツからの贈り物、と称して
各種軍用機が輸出されました。
その中でも、輸出品の目玉と言えるのは、He-111Bを改造して試作されたV11を
原型に、楕円翼を、量産性を考慮した直線テーパー翼に変更し、E型に施された
各種の空力的改修を行なった、F型でした。
トルコには、試作機V11のDB600CGの代わりにJumo211A-3を搭載し、燃料タン
クを増設した、He-111F-1が30機と、10名乗り高速輸送機のHe-111C-0を近代化し、
原型のBMWVI-ZUをDB600Gに換装した、He-111G-5が5機輸出されています。
ちなみに、He-111G-0はC-0を基に、直線テーパー翼を取り付けた民間機型で、
V12とV13の2機が作られ、G-3はV14、V15の2機で、空冷のBMW132D/H-1を
装備したもの、G-4はV16で、G-3のエンジンをDB600Gに換装したもので、
ミルヒ将軍の専用機になっています。
これらの機体は戦前に引き渡されましたが、戦争が勃発するとドイツからの部品
供給は無くなり(トルコが連合国寄りになっていったと言うのもありますが)、その
維持部品は、Battle Of Britainなどで撃墜された機体の部品を英国から入手して
いたそうです。
また、1940年以降、これらの機体や他の仏独機を維持する為に、国営航空機工場
は、国産機の開発を止め、その修理、部品の作成に没頭したと言います。
He-111の寿命は、このため極めて短く、重爆撃機として、連合国からLiberatorの
引渡を受けると、さっさとお払い箱になってしまいました。
(ちなみに、1945年当時、同時期に導入されたMartin139(米軍呼称B-10)はまだ
現役だったりします)
>>157 そうなんだ…
パイロットの冥福を祈ります。
>>159 毎度乙ー
>その維持部品は、Battle Of Britainなどで撃墜された
>機体の部品を英国から入手していたそうです。
( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー
>>161 トラクター代わりに使われるブレンガン・キャリア萌え!
史上最高のリサイクル軍隊だな、独軍って。
He-111は、ドイツ本国で使われたほか、初期型が中国、スペインに、段付風防型がトルコに
輸出されました。
主生産型である、段無し風防の型は、ルーマニア、スロヴァキアで爆撃機として使用された
ほか、何故か英国に2機あったり(BoBの時に鹵獲されたものでしょうか)、ハンガリーにも
少数機が供給されています。
てな訳で、年度末進行で死んでなければ、ハンガリーのHe-111なんぞを取り上げようか、と。
(東欧スレで取り上げろ、と言う話はさておき)
いい
夜戦仕様の奴、詳しくわからないかね?
最近、機首のドームが左右対称ではないと気付いてちょっと萎え
>>166 そうそう。これ。
これをDLしてさ、写真加工ソフトで明るさ調整すると、翼の付け根、ボムラックが本来あるところより、ちょっと外側にMGらっくみたいのがあるんだな。
それに、本来のゴンドラがあるところより前に、また大型のゴンドラ(MGラックらしい)があるんだが…
もうすこし判らないかなあ、と思ってさ。
それにこれ、デーリング機じゃないよな?(時期がぜんぜん違うよなあ)
って感じで。
ありがとうっす。
さて、王立ハンガリー空軍では、長距離偵察機として、1936年にHe-70を18機発注します。
これらは、Zeiss RMKS 18×18cmカメラとTelefunken276F無線機を搭載していました。
で、実際には、He-70ではなく、ハンガリーが主エンジンとして用いていた、Gnome-Rhone14K
を搭載した型が引き渡され、1/1 L-RRSと1/2 L-RRSに配備されました。
これらは、ユーゴスラヴィア戦に投入され、次いで東部戦線に用いられました。
このほか、2機のJu-86がソ連・ハンガリー国境線に於ける要塞構築状況、歩兵の集結状況、
空港、空軍基地の設置状況を探る隠密戦略偵察任務に投入されていました。
しかし、爆撃機としてのJu-86が少なくなったため、秘密偵察任務に使用されていた機体も
爆撃機型に戻されることになり、その後継機となったのがHe-111Pです。
ハンガリー空軍は、ドイツに長距離偵察任務用に12機要求しましたが、結局は20機の発注
となりました。
そのうち2機は1940年7月に、4機が1942年3月に、6機がその年の年末までに到着し、結局、
12機しか引き渡されませんでした。
しかも、最初の2機は何処をどう間違ったか、爆撃機型のHe-111Pで、Heinkelにクレームを
付けたのですが、工場に余裕がないと言う理由で、仕方なく爆撃機型のまま、慣熟訓練に
用いられ、後に余裕が出た時点で再度工場に戻され、偵察機仕様に改造されました。
これらの機体は、1943年初頭まで偵察任務に使用され、その後は残った機体は練習機に
格下げされてしまいました。
1944年、空軍司令部は二線級装備となった残存He-111を夜間攻撃飛行隊に配備する計画
を立てます。
これはHerder Groupと言う名称が付きましたが、結局実戦には投入されませんでした。
1944年秋、敗色濃いハンガリー政府は一つの決断をします。
そして、ハンガリー空軍のHe-111Pは劇的な飛行を敢行します。
それは、政府の降伏の為の密使を派遣する為に、ハンガリー空軍の塗装をドイツ空軍の塗装にした機体をイタリアに
向けて飛行させたのです。
この機体の飛行は成功しましたが、その降伏の動きは事前に察知され、残念ながらハンガリーはドイツの軛を抜ける
ことに失敗しました。
成功していたら、救国の為の飛行だったのですが。
お尻に固定MGでも付けられなかったのかな?
乗員には気休めになったかも知れない。
172 :
名無し三等兵:04/03/29 23:12 ID:j1vqba8D
ところで皆さんHe-111の111の部分をなんと読んでいますか?漏れはひゃくじゅういちと
読んでいますけど。
漏れも「ひゃくじゅういち」
フンデルトエルフ
はーえーふんでるとえるふ、か。
おれは「いちいちいち」
ワンイレブン
夜戦仕様は資料がない(探せばあるかも知れませんが〜)のですが…。
He-111の最終生産型は、H-20/R1のエンジンをJunkers Jumo213A-1に換装した
空挺輸送型のH-23でしたが、輸送機の需要が少なくなった時で、屡々爆撃機として
この機体は使われました。
で、計画されていた最後のものが、高々度爆撃機型のHe-111Rでした。
He-111Rには二つの派生型があり、一つはJunkers Jumo211F-2にターボスーパー
チャージャーを取り付け、ナセル前面に環状ラジエータを取り付けたHe-111R-1、
もう一つは、Daimler-Benz DB603Uにそれぞれ、Hirth 2281またはTKL15ターボ
スーパーチャージャーを取り付けたHe-111R-2でした。
一応、両方製作される予定でしたが、前者は開発中止となり、後者はHe-111V32と
して、1機だけ製作されました。
但し、DB603UにTKL9ACを取り付けたもので、R-2並とは行かなかったようです。
>>178 >ナセル前面に環状ラジエータ
激しく萌え!
と思ったら一機も制作されなかったのね…(´・ω・`)
ハセガワHe111H/P発売ケテーイ記念アゲ
>>180 デジマかっ!?
1/72?
イタの1/72まだ作っとらんのに・・・。
諸君、おめでとう
>>183 工エエェェ(´д`)ェェエエ工
_| ̄|○ 漏れのイタレリの成仏も祈ってくれ。せっかく筋彫りしたのに…
デモ…(゚∀゚)アヒャ!ヨクカンガエタラハセガワガダシテクレレバ、クロウナシヂャン
HeV と表記するのは手抜きなんでしょうかね
>>185 手抜きもなにも、それは3(さん)であって111(ひゃくじゅういち)ではありませぬ。
保守しとくか