5 :
元1だおー:
椅子にどっかと座り、眉間に皺を寄せてヘッドフォンを片耳にあて、目の前の機械と格闘する男が一人。
無線機なんて、まともに説明を受けたことが一回もない恐怖の代物だ。
がーががーぴぃー
ええい、やかましい奴だ。
説明書にあったとおりにパラボラアンテナと電源などのコード接続は済んでいる。
あとは通信を試みるだけなんだが、これがなかなか繋がらない。
いろいろ、ボタンやらスイッチやらをいじくってみるが、いかんせん、通信隊員でもない素人同然の僕がやっていることだ、
限界がある。
「えーと……メガヘルツの変更…ここでスケッチをして…?」
説明書とにらめっこしているが、さっぱり分からない。
一昔前の漫画とかだと、ここで機械を力まかせにぶっ叩くと、ガタガタいって動き出すって展開になるんだろうな。
が、国民の血税で購入している備品相手にそんなこと畏れ多くてとてもじゃないができない。
これ一台でウン百万円、僕の年収を超える額になるのだ。
「こりゃあ骨が折れそうだ」
肩を回しながら、僕は一人ごちた。
6 :
元1だおー:04/01/12 03:11 ID:???
カチャ…
「ん?」
ふと、誰かの気配を感じて後ろを振り返る。
「お茶をお持ちしました」
見ると、リオミアがテーブルに見るからに高価そうなティーセットの用意をしていた。
メイドさんにティーセット。なんとも絵になる組み合わせだ。
「おっ。ありがたい」
まだ仕事に段落はついていないものの、湯気が冷めない内にいただいた方がよさそうだ。
僕は無線機の置かれている机から離れ、リオミアのいるテーブルへ移動する。
慌てて彼女が椅子を用意してくれようとしたが、さっさと僕は自分で椅子を持ってくる。
「いやぁ。お茶を入れてもらえる立場になるとはね」
熱い茶をすすり、僕は誰に言うでもなく呟いた。
「……?」
その感慨深げな呟きに、リオミアがなんのことか分からず小首を傾げる。
7 :
元1だおー:04/01/12 03:12 ID:???
「防衛大学にいたころは先輩の、部隊配備されてからは上官のお茶用意はいっつも自分の仕事だったもんでさ」
リオミアは驚いたように目を丸くした。
「何故召使いをお雇いにならなかったのですか?」
「人件費がかかるからね」
「奴隷を買えば安いはずでございますが」
何気に凄まじいこと言うなぁこのコ。
「うちの国に奴隷なんていないよ」
奴隷みたいな職場はあるにはあるけど。
そう、とどのつまり僕ら(自衛官)みたいな。働けど働けど、我が暮らし楽にならず。
まあ、どこぞの金融業社みたいに殴る蹴るは当たり前、自殺するまでこき使われないだけまだましか。
「………」
リオミアは珍しく難しい表情を浮かべている。
「どしたの?」
僕は、また迂闊なことを口走ってしまったかとハッとなった。
8 :
元1だおー:04/01/12 03:13 ID:???
「領主様」
「えっ。なに?」
「領主様の祖国のこと、聞かせてくれませんか」
躊躇いがちに、彼女は尋ねた。
「祖国? 日本のことかい」
「はい」
「聞かせてって言われてもなぁ」
思わぬ質問に困惑する。
なんでまたそんなつまんなさそうなことを聞きたがるんだろうか。
「奴隷がいないのに、なぜ豊かなのです?」
心なしか、身を乗り出すように彼女は言う。
ふぅん、そういうことに興味があるんか。
意外というか案の定というか、やはりこの世界の人間にとっては興味をひく事柄のようだ。
「まぁ、機械が発達してるからね」
「機械にございますか?」
「うん。指一つで洗濯してくれるやつとか、食べ物を温めてくれるヤツとか、箱の中が冷えててその中に生ものを
入れておくと長持ちするのとか、馬より速く走れる、ああ、あの僕らが乗ってきたやつね……。
一般庶民でもそれくらい誰でも持ってるから」
彼女にとっては想像を絶する世界なのだろう、半分も理解できていない様子だ。
しかし、急に神妙な表情を浮かべると、静かに尋ねてきた。
9 :
元1だおー:04/01/12 03:14 ID:???
「ではなぜ人を見下さないのです?」
「え?」
論点がまったく見えてこないんだが。
「豊かな者ほど、人を見下します。領主様は、我ら下賤な身分の者でも見下しません。何故でございますか?」
そういうことか。
なんともはや、この世界の闇、か。
あの盗賊ギルドのマスターの言葉を思い出す。
「憲法ってのがあってね、その憲法に、人は生まれながらにしてみんな平等で豊かに生きる権利がある、って書いてあるんだよ」
「けんぽう?」
「僕の国で一番偉い法のことさ」
「生きる……権利…」
まるで噛みしめるように、彼女はその言葉を反芻する。
なにがそんなに衝撃的なのか、よくわかんないけど。
「まーだからさ。失業したり病気したりしても、お役所に泣きつけば少なくとも死んだりすることはないよ。
みっともないけど、ゴミあさりすれば、それだけで生きていける量の食べ物だって確保できるし」
「ゴミをあさってですか?」
「そ。僕らの国は、豊か過ぎて、わざわざ輸入した食糧を食べ残して捨てちゃうんだ」
「………」
彼女の顔が目に見えて引きつった。
にわかには信じられないのだろう。
「変な国だろ?」
さすがに苦笑し、僕は言う。
彼女は、なにやらまた考え込んでいるようだったが、
しばらくすると改まった表情で答えた。
「そうでしょうか?」
「え?」
「私は、よい国だと思います」
「な、なんでよ?」
意外な答えに、僕は動揺を隠せない。
「さあ、私のような卑しい身分の者に難しいことは分かりませんが……」
彼女は、少し考え込むそぶりを見せた。
ややあって、彼女はぽつりと呟くように言った。
「私たちを、初めて人間として見てくれた、領主様の祖国だから……だと思います」
僕の『祖国』だから?
人間相手に人間として見るのなんて、当たり前のことだろうに、何をそんなに感動するというのだろうか。
しかし、つまり僕らにとって当たり前のことが当たり前じゃないのか、この世界は。
それを思うと、背筋に冷たいものを感じずにはいられない。
「は、ははっ。禅問答みたいだね」
僕は苦し紛れに適当なことを言って話をそらす。
「ゼン?」
彼女はあっさりとその話に乗ってくる。
本当に、感心するほど真面目な娘だ。
「僕らの国の宗教。一般には仏教っていうんだけどね」
そう言って、また一口紅茶をすする。
「そういえば、中学の頃、修学旅行で京都に行ったっけな。
ああ、京都って街はね、歴史的な仏教の寺院がたくさんあって、
一般の人もそれを見学できるようにしてあるところだよ」
「キョート……」
彼女は想像しかできない京都の町並みを、必死に思い描いているのだろうか。
そんないいものでもないぜぇ。
寺なんて見てても眠くなるだけだって。
「ま、厨房にそんなもん見せたってしょうがないんだけどね」
僕は、率直な感想をこぼした。
「何故です? 我らの世界では、歴史的な教会は高位の聖職者しか入場できません。
素晴らしい街ではありませんか」
リオミアは理解できないといった表情で問う。
「だって、寺なんて興味ないもん」
「………」
リオミアは、日本という国のことが、ますます分からなくなったようだった。
祖国、か。
そういえば日本をそんな風に考えたことって、なかったな。
アイゴー。今回はここまでニダ。