ジェームズ・バクー「消えた百万人」は、日本においてはその翻訳だけで、
その後英独仏でどのように批判されたかは、全く紹介されておらず、かなりの
方が無批判に引用されているようなのですが(論拠としてもアメリカの
戦争犯罪ということで使いやすいという側面もあり)、史料の作為的歪曲
がその後の研究によって暴露されています。
Guenter Bischof and Stephen E. Ambrose, Eisenhower and German POWS:
Facts against Falsehood, Baton Rouge and London 1992.
バクーが米軍による独軍捕虜虐殺の証拠としてあげているほぼ唯一の史料である、
Other Losses(その他減損)という記述ですが、これがただ単に少年兵などを
解放したことであり、その旨史料にも記述されているにもかかわらず、意図的に
これを無視したという指摘がなされています。
また、同様にバクー批判はドイツにおいてもほぼ同様の論旨でなされており、
学術的にはバクーの論拠は、「妄想」として退けられているというのが一般的です。
Arthur L. Smith, Die "vermisste Million": Zum Schicksal deutscher
Kriegsgefangener nach dem Zweiten Weltkrieg, Muenschen 1992.
Wolfgang Benz/Angelika Schardt(hrsg.), Deutsche Kriegsgefangene
im Zweiten Weltkrieg, Frankfurt am Main 1995.
むろん、連合国側の捕虜取り扱いが全くのフェアであったわけではありませんが、
意図的に100万人が餓死させられたというバクーの主張は全くの虚構です。
また、不当な扱いによると思われるような死者は、出ていなかったというのが
現状での一般的な研究の成果と思われます。