「えぇ〜このように中東での戦力はイラクが…」
日々訓練演習の繰り返しと思われがちの防女だが、ただの
戦争屋養成なら、その辺の青二才を中東のPFLPISCの国際テ
ロ訓練センターに送む方が遥かに安上がりである。
まぁ…半数以上が生きてないと思うが…。
選抜した女子を国費を使い教育する以上、それに見合った
いや、それ以上の働きをさせなければならないのである。
ただの戦争屋ではなく、祖国の根幹を担う優秀な人材の育成。
そのためにはソフト面も鍛えなければならない。
「一体…それがどぉーしたっていうのよ…」
教壇を見下ろしながら沖田は不服そうにつぶやく。
今は夜間の講義、世界情勢の時間である。
講師もここの教官ではなく、外部から招いた特別講師である。
今日は軍事評論家である江畑とかいうおっさんである。
特殊な講義ゆえ、授業もいつもの教室で無く、すり鉢を縦半
分に割ったような1101大講義室で行われていた。
一番底の部分に教壇があり、その教壇を取り囲み見下ろすよ
うに生徒達の席が配置してある。
高等部の生徒なら自分のこれからの進路も頭にあり、聞く姿
勢にも力が入るというものだが、如何せん中等部に入ったば
かリの娘(こ)らある。
中東にMIGが何機配備されただの、イスラエルの長期戦略が中
東に与える影響だの…はっきし言ってワケわかめなファンタ
ジー世界での出来事である。
ただえさえ、日中が地面を昆虫と一緒にを這いずり回るハード
な訓練をして、夕食を食べた後の特別講義である。あちこちで
ワルキューレーに召される乙女達
「ふぁぁぁぁ…ねむぅぅぅぅ…」
あくびをかみ殺しつつ沖田はつぶやく。
「アラブの蛮族なんて絶滅させりゃいいじゃない…
石油だけ残りゃあといいじゃない!もう…」
あまりの眠さに思わず暴言すらはいてしまう沖田。
「ねぇ優香、今の話分かる?」
-Zzzzzzzzzz…
隣では友の優香が寝息で返事する。
「このやろぉ…私を差し置いて寝やがったな…」
沖田は優香の筆箱から油性マジックを出すと優香の額に『肉』
と書く。
ファンタジーなお話から自分より先にデロス(除隊)した優香に
対するささやかな沖田からの祝いである。
大講義室内に設置してある時計を見ると時刻は8:05を指したばっ
かりである…
「うぇ〜…まだ55分もあんのか…この講義…」
-Zzzzzzzz
相変わらず寝息で返事する優香。
あちらの世界でこの世を謳歌する優香。
優香のおねむ戦線はノートの上までゆだれを垂らすまでに拡大し
ていた。
「ぁ〜もう、私も楽になろうかな…」
と、机につっぷし寝ようかとした矢先
-トントン
と不意に後ろから背中を突付かれる。
後ろを振り向くと寮の隣部屋の生徒である永倉と芹沢がこちらを
覗きこんでいる。
「ねぇ、沖田さんはどう思う?」
「どう思うって何がよ?」
「だからアレよ、アレ!」
永倉がボールペンで指したのは教壇で熱弁を振るっている江畑の
おっさんであった。
「ああ…そーゆーことね…
だから、要はエジプトのナセル大統領のスエズ運河国有化に伴っ
てそれを恐れたフランスとイギリスが参戦して…」
「いや、そーじゃなくてアレよ!」
永倉のボールペンがさらに強く江畑を指す。
先にあるのは江畑の頭であった。
「???」
「だからあのヘヤースタイルよ…」
「…!?」
沖田は永倉の質問の意図をやっと理解した。
考えてみれば、毎週この時間は昼間の疲れとこのファンタジー話で
ほぼ意識がスッ飛んで記憶にすらない。
従って講師の顔なんぞマジマジと見ることもないのであったが…
よくよく見てみれば不思議な髪型である。
「と、とぐろ…?…かな」
思わず口に出してしまう近藤。
「ほら恵、私のいう通りでしょ」
と肘で芹沢をこずく永倉。
「ほら、詠美ちゃんだって『とぐろ』って言ったから
絶対ズ○ぢゃないってあの髪型は!!」
「違うよぉ!あれは絶対に○ラだよぉ!」
こずかれても決して自説を曲げ様としない芹沢。
「あんたら若いわねぇ…(オマエモナー)」
昼間の訓練にも関わらず、こーしてどぉーでもいいような話題で
言い争っている芹沢と永倉を見ながら、思わずつぶやいてしまう沖田。
再び前を向き、講義を聞き始める沖田だがどうも釈然としない。
視線は講師の頭を必死で追っていた…
ズラなのか鞭毛の発展系なのか…それが問題だ…
いつのまにか眠気は飛び、沖田は真剣に考えていた。
しばらく経ち一斉に生徒達が飢島の日本兵によろよろしながら大講義
室から出てくる。
ねみぃー! これが全員の共通の心境である。
「ほら、優香帰るよ」
「うぅ〜ん…終わったの…講義?」
「とっくに終わったわよ」
「ふぁ〜〜〜ぁ…よく寝たぁ〜」
伸びをする優香。
「涎まだついてるわよ…」
「あっ本当だ…」
じゅるっと優香は手の甲で口を拭う。
「あっ優香、私の道具持って先に部屋に戻ってて」
「えぇ〜なんでよぉ!」
「つべこべゆーと、さっきの講義のノート見せてあげないよ」
「ぶー!」
優香はぶーたれながらも詠美の筆記用具など持って寮に戻って行く。
その姿を見送った後で、詠美は逆の方向に向かう。
目的はこの廊下の突き当たりにあるラウンジであった。
ラウンジには少なからず生徒達が寝る前の憩いの一時を楽しんでいた。
「ぇ〜と…確かいるはず」
「沖田候補生殿、誰かお探しでありますか?」
不意に後ろから声をかけられる。
「ええ、中等部憲兵隊副長(風紀委員)の橋本先輩を…って先輩じゃないですか!」
振りかえると探している主である橋本が笑いながら立っていた。
−ピシッ
姿勢を正し橋本に敬礼をする詠美。
それを受け敬礼で返す橋本。
「さて、お約束はここまで
で詠美、こんな時間にここに来てどうしたの?」
PFLPISC=パレスチナ解放大衆戦線
「ご注文は御決まりでしょうか?」
「私はコーヒー、ブラックで」
「私はミルクティー、ホットでお願いします」
「かしこまりました」
ウェイトレスは一礼してメニューを下げた。
ここはラウンジ内にある喫茶店『高天原』の中である。
ここの運営の主体は生徒達である。
今後行なうであろう特殊作戦の訓練も兼ねての運営であるが、まあ実質
は文化祭でやる出し物の喫茶店のノリとはあまり変わらない。
時間的にはオーダーストップではあったが、飲み物は若干受けつけてく
れるのがありがたい。
故にその日の構内巡視当番の憲兵たちはここで眠気覚ましのコーヒーや
夜食の確保するのが常であった。
「先輩、今からコーヒーなんて寝そけますよ」
「今日は私が巡回当番なのよ」
「今日…先輩が巡回当番なんだ…へぇ〜」
何故かニヤリとしてしまう詠美。
「駄目よ、もう見逃さないわよ」
「ちぇ…」
まぁ多くの賢明なる諸兄はご存知であるが、消燈後でも必ず全員が必ず寝
るとは限らないのである。
修学旅行の夜よろしくの生徒とそれを取り締まる側との終わり無きイタチ
ゴッコはここ防女にもあるのである。
「おまたせいたしました」
ウェイトレスが注文の品をそれぞれ置く。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「あっ、はい」
詠美が返事をし、橋本も無言で頷く。
「あともうすぐで店が締まりますので、ご使用の食器はお手数ですが返却コー
ナーまでお返し下さい。それではごゆっくり」
ウェイトレスは一礼して去っていく。
「で、私に何のよう?」
「ええ、実はさっきの時間の事なんでけど…」
「さっきの時間?」
橋本はコーヒーを飲みながら何やら宙を見据えている。
どうやら中等部一年目のこの時間の記憶を掘り起こしているらしい…
「あっ、特別講義の時間ね!」
「そうです」
ミルクティーの一口目を飲み終えた詠美が答える。
「あの精神修養の時間ね…ありゃ、もう拷問よ
昼間の訓練の上、夕食後にあの授業…
あれで寝るなって言うほうがおかしいわよ
まぁ、2年に上がればもうその時間は選択教
科になるから楽になるわよ。
どうしても寝ちゃうっていうんだったら交代
制でノート番をして後でそのノート写すとか…
もっともあの授業のテストでノート役立った試
しは無いけどねぇ〜」
学生生活の裏技を後輩に伝授する橋本。
とても中等部憲兵隊副長とは思えないフランクさである。
それが多くの生徒から慕われてる所以でもあった。
「いやそうじゃなくて…」
「そうじゃないって言ったら…
他になにかあったかしら?」
「講師のヘヤースタイルなんですけど」
「!!!」
最後のコーヒーを飲み干そうとした橋本の手が止まった。
そして…
「沖田候補生、老婆心から忠告します。
それ以上、その事に関わるのは止めなさい」
途端に橋本の口調が変わる。
そこには仲の良い先輩の橋本ではなく、学園の治安と規律を
正す中等部憲兵隊副長である橋本早苗の姿があった。
「沖田候補生は復唱は」
「は…はい、
お、沖田候補生はこれ以上、この件に関して言及は致しません!」
橋本に言われて、慌てて起立し復唱する詠美。
「分かればよろしい。
私は23:00からの構内巡回のために、今から詰所に向かいます
沖田候補生も明日も朝は早いと思います
今日はもう明日のために床に就きなさい、以上」
橋本は敬礼をして席を立ち去って行った。
(先輩の気分を害ちゃったのかな……)
詠美は敬礼の手を下ろしながら思った。
(こんな話題出さなきゃよかった…
出さなきゃ先輩ともっとお話できたのに…)
『好奇心が猫を殺す』…何故かそんな言葉が詠美の頭を過った。
(部屋に戻ろうか…)
と詠美が席を立とうとした時、橋本が居たテーブルに一枚の紙切れ
があるのに気が付いた。
(確か先輩とここ座った時はこんなものは無かったはず…)
詠美はその紙切れを手に取る。
紙切れはテーブルに備え付けてあるナプキンであったが、
そこには橋本の字で
It is dangerous to know truth.
ttp://www.gazo-box.com/entrance/img/2049.gif と書かれてあった。
It is dangerous to know truth.
(『真実を知ることは危険である』
…これっていったいどーゆー事なの?
そして下の文字列は一体…?)
詠美の謎は深まる一方であった。