【開発】 航空機メーカを語るスレ 【生産】

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1
ヒコーキスレ増やすなって言われたけど立てた。
メーカによる開発や生産の観点からマターリと行きませう。
2名無し三等兵:03/06/21 13:09 ID:???
2げと
3名無し三等兵:03/06/21 13:11 ID:???
スバルのレガシィは良いと思うよ。
4名無し三等兵:03/06/21 13:11 ID:???
3
5名無し三等兵:03/06/21 13:13 ID:???
時代の設定がないな
ソッピースとかでもいいのか?
6名無し三等兵:03/06/21 13:15 ID:???
日本で言うと
中島、三菱が二巨頭?
他、川崎、川西、愛知、立川など・・・

ほかなんだ、ドイツは
メッサーシュミット、フォッケウルフ、ハインケル、アラド、ヘンシェル・・・

抜けまくりだが後を頼む。
7名無し三等兵:03/06/21 13:15 ID:???
ボーイングってF/A-18E/Fの生産が終了した後、大丈夫?
8名無し三等兵:03/06/21 13:22 ID:???
多分倒産する
昨年度の売上は軍需の割合が60%越してるそうだし
9名無し三等兵:03/06/21 13:25 ID:???
フランス
ドボアチン、モラン・ソルニエ、ポテーズファルマンこんだけ?

イタリア
フィアット、マッキ、カント、レジアーネ・・・

アメリカ
グラマン、ボーイング、カーチス、ダグラスあたりが大きい?
ノースアメリカン、ロッキード、チャンスボード、マーチン、ベル、ブリュースター数多すぎ。
10名無し三等兵:03/06/21 13:30 ID:???
ブリュースターと書くのは年寄りの証拠
最近はブルースター表記が主流
11名無し三等兵:03/06/21 13:31 ID:???
ドイツはメッサー・ユンカース・ハインケルが三強では?
ドルニエとかもあるが。
12名無し三等兵:03/06/21 13:46 ID:???
>>8
旅客機の受注合戦はエアバス社に負けているらしい…
13名無し三等兵:03/06/21 14:13 ID:???
どっちにしろ、ボーイングは苦しいな。
F/A-22もF-35も少しは参加するとはいえロッキードだし。
旅客機もエアバスに負けてるんじゃ・・・。A380が出たらますます・・・。

ロッキードに吸収されて、ロッキード・ボーイングだな。
14名無し三等兵:03/06/21 14:17 ID:???
>13
まもなくF/A-22がキャンセルされてロッキードが先に倒産する方に賭ける
15名無し三等兵:03/06/21 14:50 ID:6i9GVhRn
ロッキード・ボーイング・ライトか
なんならイギリスみたいに全社統合ってのもいいかも
16 :03/06/21 14:54 ID:xYp1rwQw
米のメーカーは、合併、吸収しまくりで、もうどこがどこやら…

ノースアメリカン
マクダネル
コンベヤ
ロッキード
リパブリック
 
ゼネラルダイミクス

センチュリーシリーズのこれらのメーカーは今、どことどうなってるのでしょう・・・
17名無し三等兵:03/06/21 14:55 ID:6i9GVhRn
イギリスが出てなかったので
ホーカー、デハビランド、スーパーマリン、アブロ、アームストロング、
ショート、マイルズ、マーチンベイカー、ブリストル、ビッカース、
ウェストランド、ハンドレイページ、ブラックバーン、グロスター、
フェアリー、エアスピード、ボールトンポール、ジェネラル
18名無し三等兵:03/06/21 15:25 ID:???
ノースアメリカン、マクダネルがボーイングに
ゼネラルダイナミクスがロッキードマーチンに
リパブリックはフェアチャイルドに

で、フェアチャイルドは倒産したんだっけ?
19名無し三等兵:03/06/21 15:32 ID:???
>>18
サンクス。

で、その中に入ってない、「具ラマン」「ノースろぷ」が生き残ってるってのも、
また興味深いですね。
20名無し三等兵:03/06/21 15:33 ID:m6b4rVLp
中島、愛知、九州などは
今どのメーカーに引き継がれてるんだろ?

21名無し三等兵:03/06/21 15:36 ID:???
九州飛行機はトラックの車体とか作ってたかな
22名無し三等兵:03/06/21 15:38 ID:AJNEtOog
川西こと新明和は消防車を製造している
23名無し三等兵:03/06/21 15:41 ID:???
九州→渡辺鉄工所
バスの車体製造など
海自に魚雷発射管を納めた記録もあり
24名無し三等兵:03/06/21 15:49 ID:???
愛知飛行機は元の愛知時計に合流したようです
2520:03/06/21 16:01 ID:???
まあ、川西→新明和は、まだ許せるとして、

震電の九州が、バスの車体製造?
流星の愛知が、時計屋??

敗戦国ってつらいなあ・・ヽ(;´ω`)ノ.

中島は消滅かね?
26名無し三等兵:03/06/21 16:08 ID:???
愛知は元々が愛知時計って会社なの
中島は富士重工とプリンス
27名無し三等兵:03/06/21 16:13 ID:???
ヴォートって今なにやってるんだろう。
ロッキードの下請けでバイキングのパーツ作ってる位しか知らんのだが…
コルセアUのアフターとか?
28名無し三等兵:03/06/21 16:19 ID:???
ヴォートは91年にLTVになって、92年にノースノップなどに買収されたそうな。
29名無し三等兵:03/06/21 16:24 ID:???
>>28
アリガトン
ということはノースロップ・グラマンA-7コルセアUって呼ぶべきなのか。
30名無し三等兵:03/06/21 16:28 ID:???
トヨタとか日産って、旧航空機メーカーとは
何の関係もないんでしょうか?

あと、空技廠って、もしかして第三のメーカー?
31名無し三等兵:03/06/21 16:47 ID:???
>>29
A-7Eで検索すると、ヴォートかLTVって書いてある場所がほぼ全部。
32眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/21 17:01 ID:???
>20 >30
愛知航空機は戦後、愛知起業に変更して、その後、愛知機械工業になって、
最初はオート三輪のヂャイアント号を作り、徐々に三輪車メーカーとして重きを為し、
次いで、軽三輪車に参入。
これには失敗し、軽四輪のコニーグッピーというクルマを作る。
これはある程度成功したが、退勢は如何ともしがたく、日本興業銀行繋がりで日産と
業務提携。
で、当時は川又天皇の時代で、大衆車に理解が無く、投資も行われず、生産設備と
不動産だけが、彼の目的で、遂には出資を仰ぎ、その子会社として再出発すること
に…。
今は、エルグランデとかそう言った、ミニバンとか商用車を主に生産している。

川西からの分かれとしては、もう一つ、明和自動車工業というのがあった。
これはオートバイのポインターが好調で、それを足がかりにオート三輪に進出。
アキツ号という商品名で、最初は順調だったものの、大手が進出してくると、もう息切れがして、
1955年に工場閉鎖。
三井銀行の斡旋で、ダイハツ工業に身売りし、ミゼットの生産工場となったそうな。
33眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/21 17:15 ID:???
あ、空技廠の技術者は、戦後の温存政策で、国鉄に大量に引き抜かれ、
鉄道研究所で働いていたはず。
新幹線を作ったのはそう言った人々じゃなかったかな。
後は、工廠の跡地を使った東急車輌にも何人かの技術者が就職している。
34:03/06/21 17:26 ID:???
起業した 中島 に出資した川西社長だけどケンカ別れして
再度作り直した会社が川西ですよね。

各社の特徴とかも語っていきましょうか・・・
35 :03/06/21 17:50 ID:???
>>20は富士重工へ逝ってカレンダー
「ワールド・フェイマス・エアプレンズ」を
入手すべし。

・・・ちっともフェイマスではないが。
36名無し三等兵:03/06/21 18:47 ID:???
エンジンメーカはまた別だからな
37名無し三等兵:03/06/21 19:24 ID:???
>>19
>で、その中に入ってない、「具ラマン」「ノースろぷ」が生き残ってるってのも、
>また興味深いですね。

数年前ロッキードに買収されかかった。
38名無し三等兵:03/06/21 19:38 ID:???
グラマンもすでに吸収済み。
ロッキード、ボーイングの二大体制ですな。後残っているのは何処だっけ?

アメリカ航空業界の変遷史は複雑なり。
第二次大戦の頃に企業規模が大きかったのは何処でしょうか?
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偵察機関連のスレが一つぐらいあっても良いだろ?http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1056007866/
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◆艦載機を語る◆   ★索敵●攻撃◎制空lIIIIhttp://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1053606006/
40名無し三等兵:03/06/21 20:11 ID:???
飛行機好きは自然とそういったスレに目が行くだけ
気にしなければどうということは無い
41 :03/06/21 20:15 ID:vYNcfhnp
三菱へぼい
中島の方が零戦の量産に成功してるじゃねーか
42名無し三等兵:03/06/21 20:15 ID:???

軍事と軍用機は切っても切れない関係なのだが
43名無し三等兵:03/06/21 20:16 ID:???
>>41
そのかわり中島零戦は粗悪品で有名だった
44名無し三等兵:03/06/21 20:31 ID:???
スレ違い承知だが、スバル360は戦時中飛行機を設計していた技術者が
知恵を絞って作った傑作。
モノコック構造をいち早く採用出来たのも、航空機を作った経験から。
こういうケースって結構あると思うけど、どうよ?
YS−11の設計に零戦で有名な堀越技師が関わってた、みたいな。
45名無し三等兵:03/06/21 20:46 ID:???
>>44
ああ、それでか。
あの無駄に頑丈なYSの機体は、柔だひよわだと叩かれた零戦の復讐だったんだな。
46 :03/06/21 20:49 ID:???
79 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/21 10:04 ID:???
誰か航空機メーカスレ建ててください。

【開発】 航空機メーカを語るスレ 【生産】

とか、愛知は九六艦爆、九九艦爆、零式三座水偵とか
瑞雲とか流星とか面白いですね。
47名無し三等兵:03/06/21 20:50 ID:???
川西の特色は水上機+大型OK?
48名無し三等兵:03/06/21 21:22 ID:???
川西は元々旅客機の色が強いメーカー
同時に航空会社も経営していた
49名無し三等兵:03/06/21 21:27 ID:AJNEtOog
>>44

YS11の基本計画のころの掘越さんは、ただのワカランチンの聞き分けのないジジィですた。主任設計技師の東条輝機さんがさんざん苦労しますた。
土井武夫技師がいろいろ面倒を見てあげたようでつ。
50名無し三等兵:03/06/21 21:36 ID:???
>>43
逆じゃないの。「中島の零戦はイイ!」と元整備員
から聞いたことあるけど。
51名無し三等兵:03/06/21 21:59 ID:xiiKMxgA
それにしてもどこも無くならずに生き残ってるのは凄い。日本的と言えば日本的だ。
油圧の技術を応用して、特装トラック部門を持ってるところが多いね。

新明和 http://www.shinmaywa.co.jp/
カヤバ http://www.kyb.co.jp/menu.html
愛知機械 http://www.aichikikai.co.jp/japanese/index_nn.html
富士重工 http://www.fhi.co.jp/index.html
日本飛行機 http://www.nippi.co.jp/1-3.html
渡邊鉄工(九州) http://www.watanabe1886.com/
52名無し三等兵:03/06/21 22:15 ID:???
フェアチャイルドは名前だけ残ってる
設計や生産からは一切手を引いて今は航空機整備かなんかを受け持ってる下請け
みたいな感じになってたはず

ちなみに縮小原因は銃好きの社長が趣味が高じてアーマーライト社を設立したはいいが
ちっとも売れずに莫大な赤字を出して、親会社もろとも倒産しそうになったせいだとか……
53名無し三等兵:03/06/21 22:15 ID:???
昭和飛行機や日本国際航空なんかですら、多少形を変えて生き残っている。
立川飛行機は土地建物の賃貸で食いつないでいるようだ。
54名無し三等兵:03/06/21 22:18 ID:m6b4rVLp
新幹線0系と銀河と桜花は
形そっくり。
設計が同じ人だよね。
あれも、メーカー(空技廠だが)の生き残りの一種かなあ・・・
55名無し三等兵:03/06/21 22:22 ID:???
0系はモスキートの影響を強く受けてるようだが
56名無し三等兵:03/06/21 22:32 ID:AJNEtOog
零戦のフラッター問題を解決したシトと
新幹線における車輪ーレールの複合振動の問題を解決したシトは同じ。
57名無し三等兵:03/06/21 22:36 ID:???
つうか、
国鉄時代のボンネットタイプ特急電車は、
戦前の重爆と形が全部似てるんだが・・・
やっぱ偶然じゃないんだね。
何せ、空技廠から5000人再就職したんだもんね。
国鉄に。
58名無し三等兵:03/06/21 23:11 ID:dI1ldBor
でも今の三菱や富士重工の宣伝って
殆ど外人が乗ってたりするよね、
昔からそうなんだね。
59名無し三等兵:03/06/22 00:05 ID:???
新明和のUS−1Aは二式大艇の正統進化という感じ
60眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/22 00:09 ID:???
>38
企業規模が大きかったのは、矢張り、Boeing、Douglassが二大巨頭。
次いで、Consolidated-Vultyくらいかな。
61名無し三等兵:03/06/22 03:33 ID:???
>フェアチャイルドは名前だけ残ってる

捜してるのにないじゃない♪
62名無し三等兵:03/06/22 05:07 ID:???
開発生産規模で言うと
三菱と中島の2強が突出してるよね
つづいて、川崎、愛知、川西、空技廠の4中
その他が弱小って感じ?

生産機数とかどうなってんだろうか
63名無し三等兵:03/06/22 09:49 ID:???
戦前の資本金とか従業員数とかで比較できるかな
一部門の会社もあるし目安は生産機数?
64名無し三等兵:03/06/22 11:04 ID:???
こんなにいっぱいメーカーあったんだもんなあ。

正式採用された機体を全部1機ずつ展示する
ミュージアムでもあればなあ・・・
65名無し三等兵:03/06/22 11:45 ID:???
>>50
その整備員氏がよほどの変人か
寄る年波でアタマがボケてたのか
あなたが勘違いしてるのか、のいずれか
66 :03/06/22 11:57 ID:???
ttp://www.sam.hi-ho.ne.jp/ki-44/1/sou-kaisya.htm
↑の資料の昭和元年〜20年までの生産機数からの割合を計算してみる↓
(空技廠や広廠が入っていない?)

中島 24,100 29.4%
三菱 17,531 21.4%
川崎 11,348 13.8%
立川  9,690 11.8%
愛知  5,068  6.2%
九州  3,797  4.6%
日国  3,088  3.8%
川西  2,851  3.5%
日立  1,727  2.1%
日本  1,322  1.6%
富士  869  1.1%
昭和  618  0.8%
合計82,009 100%


67 :03/06/22 11:57 ID:???
同じページのもう一つの資料
           機体     発動機
中島飛行機  24,100 31.7% 44,160 31.9%
三菱重工業  17,522 23.1% 54,135 39.1%
川崎航空機  11,348 14.9% 13,880 10.0%
立川飛行機   5,396  7.1%
愛知航空機   5,068  6.7%
九州飛行機   3,797  5.0%
日本飛行機   3,088  4.1% 11,969  8.6%
川西航空機   2,851  3.8%
日本国際航空機 1,322  1.7%
昭和飛行機   618  0.8%
富士飛行機   869  1.1%
石川島航空機         2,286  1.7%
日立航空機          11,969  8.6%
松下航空機
広工廠(第11空廠)
日本小型飛行機
佐世保工廠(第21空)
横須賀工廠(空技廠)
美津濃
合計     75,979機   138,399基


今一網羅されていないような・・・
68名無し三等兵:03/06/22 14:36 ID:???
大概の場合、新しい産業の黎明期ってのは、
1、最初の一時は、その発案者(企業)による独占。
2、でもすぐに技術の拡散、一般化によって、中小メーカが乱立状態となる。
3、メーカ乱立により競争激化。より高度な技術や市場ニーズに追従できないものは脱落。
4、生き残った企業は巨大化し、大企業ならではの高度技術や、大量生産による価格低下によって更に優位に。
5、中小企業の新たな参入は不可能になる。
ってなパターンが多くて、戦間期の航空産業、特にヨーロッパは2〜3の状態じゃないかな。
最近の日本では、電卓(コンピュータ)産業が同じ様なステップを踏んでいた。
69名無し三等兵:03/06/22 14:47 ID:???
で、中でもフランスはごった煮状態。
自分は船メインだが、そんな自分でもこれくらい知っているので、実際はもっと凄いのだろう。
Amiot, Bleriot-Spad, Bloch, Breguet, Caudron, Dewoitine, Farman, Hanriot, Latecoere, Liore-et-Olivier,
Loire-Nieuport, Mureaux, Morane-Saulnier, Nieuport-Delage, Pierre-Levasseur, Potez
これを本当に全部使ってたの?と思ったが、どうやら本当に全部使っていたらしい。
ttp://france1940.free.fr/adla/ada_may.htm
70名無し三等兵:03/06/22 14:52 ID:???
おまけ
イタリアーノ
Ambrosini, Breda, CANT, Caproni, Fiat, I.M.A.M., Macchi, Piaggio, Reggiane, Savoia-Marchetti
メーカとはちょっと違うが、ソビエツカヤ−ロシーヤ
Antonov, Beriev, Ilyushin, Lavochkin, Mikoyen-Gurevich, Petlyakov, Polikarpov, Sukhoi, Tupolev, Yakovlev
71名無し三等兵:03/06/22 16:08 ID:???
ノースロップ・グラマンは航空機をあきらめ、船に生きる道を選んだのかな?
72名無し三等兵:03/06/22 20:22 ID:1+cDxrjs
>67

萱場の「カ号」観測機は航空機ぢゃないんですか?
満州航空機は、日本の航空機会社ぢゃないか、、。
73名無し三等兵:03/06/22 20:31 ID:QIXjaOji
萱場は、まあそうだが、広い意味では飛行機でいいのでは?
満州飛行機は、確かに陸軍の練習機とか作ったり、疾風の
改造型を作ったりした。
川西、愛知は海軍系で立川とか陸軍系だね。川崎も海軍機は
何気にあんまりないね。てゆうかあるかな?
74名無し三等兵:03/06/22 21:39 ID:???
川西は規模的には小さかったんだな
75名無し三等兵:03/06/22 21:43 ID:QIXjaOji
まあ飛行艇とあメインだからね。
紫電・紫電改を引いたらもっと少ないね。
二式も97式もそれぞれ200機も作ってないし。
76名無し三等兵:03/06/22 21:44 ID:1+cDxrjs
零戦とその派生品を製造していたのは

三菱、中島、九州、ぐらい?昭和、日立、日本あたりは練習戦闘機を作っていない?
77名無し三等兵:03/06/22 21:44 ID:???
零式三座水偵が稼ぎ頭?
78名無し三等兵:03/06/22 21:48 ID:1+cDxrjs
川西製零式3座水偵のフロートは張り線を廃止して
脚柱4本で支持した。
79名無し三等兵:03/06/22 22:43 ID:???
>66他
日本飛行機は日飛って略してくれっす(公式の略称だよ)。
日本って略されると国家の方と混乱する。
80名無し三等兵:03/06/22 23:09 ID:???
利益率とか飛行艇が高そうだが。
81眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/22 23:57 ID:???
昭和13年のエコノミストより

社名        公称資本金(千円) 払込資本金(千円)  事業内容
三菱重工業       120,000         75,000      機体、発動機、プロペラ部分品、付属品
住友金属工業      100,000         62,500      プロペラ
川崎航空機        50,000         35,000      発動機部品、機体、プロペラ、部分品、付属品、発動機、同部分品。
中島飛行機        20,000         20,000      機体、プロペラ、部分品、付属品、発動機、同部分品。
東京石川島造船所   16,000         12,000      発動機、部分品
愛知時計電機      15,000          5,320       機体、発動機、プロペラ、部分品、付属品
立川飛行機        13,000          6,250       機体、発動機、部分品、付属品
東京瓦斯電工      12,000         12,000       機体、発動機、部分品
渡邊鐡工所         6,000          3,750       機体、部分品
川西飛行機         5,000          1,250       機体、発動機、プロペラ、部分品、付属品
日本飛行機         5,000          2,750       機体、部分品
日本楽器製造       4,000          4,000       プロペラ
東京航空          2,650           662       機体、部分品、付属品
東京飛行機         500 500       機体、部分品
伊藤飛行機          500           500       軽飛行機、木製プロペラ
82眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/23 00:07 ID:???
ずれた(鬱。

それ以外の航空機製造会社(部品業者)

社名          資本金(千円)      主要製作品
東亜企業         300            航空機材
東京製作所       100            風洞、航空機部品、プロペラ
各和製作所       600            航空機部品
田中鐡工所        80            航空機部品
萱場製作所       800            飛行機脚緩衝装置、発着用器
大金工業所       200            航空機部品
堤方製作所       400            軍用航空機器
松尾螺子製作所    500            航空機部品
松尾工場         300            機体部品、発動機部品
近藤製作所       550            航空機材精密機械器具
帝国精密工業     3,000             航空機及び同部分品
朝比奈鐡工所     不明            機体部品、発動機部品
昭泰製作所       不明            航空機用内燃機関
昭和飛行機工業   30,000            各種飛行機並びに部分品
正田航空機       4,000            航空用発動機
伊藤飛行機製作所   100            航空機及び同部分品
日本小型飛行機研究所 30            小型飛行機、航空機用計器
83名無し三等兵:03/06/23 10:48 ID:???
>>61
探し方が悪いだけだろ……
http://www.fairchild.com/
84 :03/06/23 11:00 ID:???
愛知の飛行機は特色があるよね
85名無し三等兵:03/06/23 11:01 ID:???
>>61
俺は分かったぞ、YOUの言いたいこと
スレどころか板違いにつきsage
86名無し三等兵:03/06/23 11:16 ID:???
満飛が戦闘機を作り出したのは何でだろ?
87名無し三等兵:03/06/23 11:36 ID:???
>86
現地日本陸軍首脳の方針
88名無し三等兵:03/06/23 13:45 ID:VZbzoYys
理化学研究所の子会社、理研工業がピストンリングを製造していたよ。
89名無し三等兵:03/06/23 14:54 ID:???
良いプロペラメーカーがあったらな・・・
90名無し三等兵:03/06/23 18:16 ID:???
>>85
すまないが>>61が言いたいことって何なのかがわからん
良かったら教えてくれ……
9185:03/06/23 18:25 ID:???
昔あったのよ、そういうバンドが。61のはそのバンドの(比較的)有名な歌の歌詞
(ちなみにボーカルが現在バラエティなどで活躍中のYOU)
92名無し三等兵:03/06/23 20:23 ID:VZbzoYys
佐貫亦男がいたぢゃないか>89
93名無し三等兵:03/06/23 20:27 ID:???
愛知のボンボン時計持ってるよ。社名は愛知時計電機のままだけどもう時計は作っていないらしい
近所に旧愛知飛行機のテスト飛行場跡地(その後海軍に接収されて特攻隊が飛び立ったらしい)がある
94名無し三等兵:03/06/24 00:50 ID:???
>>85軍事関連が入ったバンド名及び曲名を語るスレというのは、
軍事板ではとうの昔に既出ですか?
95名無し三等兵:03/06/24 01:16 ID:???
>>94
無いと思う
あると面白いけどなIronMadenなんか軍事系の曲多いし
96名無し三等兵:03/06/24 07:05 ID:AK+AM/Vr
川崎の特徴は?
なんで海軍機作らないの?
97名無し三等兵:03/06/24 07:25 ID:B6tBDCga
98名無し三等兵:03/06/24 08:03 ID:???
>>89 >>92
>佐貫亦男がいたぢゃないか

あのセンセイは日本楽器の社員でしょ,"メーカー"じゃない.
戦後,優れたエッセイを沢山書いていてヲレも好きな人だけど,プロペラの
設計者といっても"プロペラブレード"の設計者だし.可変ピッチ機構につい
てはドイツにVDMとユンカースの導入研修に行ったところで時間切れ.
(カメラのエッセイに見るように,メカニズムには鋭いひとと思うが)

確かに作品として,航研機(根元幅が500mmあって静止推力が大きい),97戦
(固定ピッチなのに根元部まで独特の断面で広速度域に対応),戦後の気象
庁の風向風速計の羽(今でも使われてる)と有名どころが多いが,センセイ
自身が,設計云々以前に,大戦中の日本の加工技術と精度ではでは,マトモな
精密機械は不可能だった,と繰返し嘆いている.優れた設計者と優れたメー
カーは別のハナシだと思うぞ.
99名無し三等兵:03/06/24 10:55 ID:???
川崎の飛行機で海軍で採用したケースはなかったっけ?
確か試作には参加していたと思ったけど。
100名無し三等兵:03/06/24 11:05 ID:???
100!
101名無し三等兵:03/06/24 11:07 ID:???
九七戦のペラって2段切り替えじゃなかったっけ?
102名無し三等兵:03/06/24 11:45 ID:???
紫電も他社生産してた?
103名無し三等兵:03/06/24 11:49 ID:???
してない
104名無し三等兵:03/06/24 12:00 ID:???
戦争中に川西の生産ラインは主に何を作っていたんだろ?

105名無し三等兵:03/06/24 12:03 ID:???
だから紫電
106名無し三等兵:03/06/24 12:06 ID:???
>>101
97戦は,地上で調節できる固定ピッチ.羽カフスの根元にワリがはいっていて
ボルト緩めて角度変更ができた.これは2段切り替えとも言わない.

満飛に移行したあとの二式高等練習機の勘違いではないかな.コイツは確かに
油圧の2段可変ピッチ.2ブレードと3ブレードがあった模様.エンジン積替え
ていて機首が長いので,気をつけてみれば,写真でも判定はできるぞ.
107 :03/06/24 18:22 ID:???
立川飛行機は愛知を抜いて7%のシェアとは驚き。
一応エンジンも作っていたのはしっているが、代表機って・・・
108-竹寺白宮業:03/06/24 18:34 ID:burQu15m
>>104

愛知の開発した零式3座水偵を生産していますた。
フロートに張り線のないやつ
109名無し三等兵:03/06/24 18:35 ID:burQu15m
ロッキード輸送機>107
110 :03/06/24 21:06 ID:???
川西は紫電が出るまで屈辱的だな
111なでるくん:03/06/24 21:09 ID:XtfXO71T
他に
立川95式初歩練習機
立川95式中間練習機
立川98式直協偵察機
立川99式高等練習機
立川一式双発高等練習機
など

一式双発高練はかっこいい
112名無し三等兵:03/06/24 21:44 ID:???
>>111
資料みたら結構作ってるね。95中練2400機とか。
練習機って意外と需要が大きいんだね。立川じゃないけど赤トンボなんか約5600機も作ってるし
手元の資料がロクなもんじゃないんで、全部の機数はかんべん。
113名無し三等兵:03/06/24 22:08 ID:???
>>71
northopは造船(軍艦メインだが)、航空機用電子機器、
宇宙開発事業に活路を見出したようです


114なでるくん:03/06/24 22:22 ID:XtfXO71T
ロ式輸送機・・・45機
95初練・・・・・・660機
98直協・・・・・・861機
99高練・・・・・・1075機
1式双高練・・・・1342機

数はこんなもんだがロ式輸送機と98直協、99高練は川崎でも生産されている
川崎ほどの会社に生産回してやる立川って実は凄く偉いのかも
115名無し三等兵:03/06/24 22:35 ID:RhNmmNWj
>>110
九四式水偵

ビジネスジェットのガルフストリームはグラマン系
116通常のスカッドの三倍:03/06/24 22:48 ID:???
メーカひよこ
117名無し三等兵:03/06/25 01:36 ID:???
川西は飛行艇/水上機メーカーだから。
紫電に名前を汚して、紫電改で必要以上に褒められたが、
あんまり紫電改は有名でもそのメーカーが川西って
認識が薄くないか?
三菱零戦、中島隼、疾風とかと違って。
118 :03/06/25 11:36 ID:???
水上機メーカって言っても結構他社に食われてるのでは?
119名無し三等兵:03/06/25 11:40 ID:???
>>115
ガルフストリーム社はグラマンとは無関係だよ
名称使用権を買っただけ
120 :03/06/25 15:43 ID:???
チャンス・ヴォードも分かりにくいですね。
前がシコルスキー?
121名無し三等兵:03/06/25 18:07 ID:???
B-2を作ってるのはノースロップだよね?
昔から全翼機スキーなメーカーだったし。
122名無し三等兵:03/06/25 18:55 ID:???
戦前・中の米国航空産業界には航空コングロマリットのユナイテッドが力を持っていて
傘下の企業の再編成が度々あったようだ。
ボ−トは戦前の一時期シコルスキ−と同一会社で、ボ−ト・シコルスキ−社だった。
戦記物でF4Uをシコルスキ−と書くのがあるのはこのせい。
その後は、チャンス・ボ−ト→テムコ・ボ−ト→LTVと変わって最終的に名前が消えた。
123名無し三等兵:03/06/25 19:01 ID:yTXVE4AR
>>120
いろいろ変わってるみたい。
チャンス・ヴォートが戦中にシコルスキーと合併してヴォート・シコルスキーになって、
また解消してチャンス・ヴォートに戻ったり。
124名無し三等兵:03/06/25 19:43 ID:???
日本メーカはあまり離合集散していない?
125名無し三等兵:03/06/25 22:52 ID:???
イリューシン・ツポレフ・アントノフが何故でてこない
126名無し三等兵:03/06/25 22:59 ID:???
>>124
戦前・戦中の話なら文句なくイエス。戦後でもイエスだな。
それだけ日本の航空機業界が、「官」の影響抜きでは考えられないってこと
・・・でいいのかな?戦後はあまり詳しくないので
127名無し三等兵:03/06/26 10:23 ID:???
かなり適当だが各社のキャッチ

水上機の川西
楕円翼の愛知
練習機の立川

三菱と中島は大手すぎて思いつかない、技術力と生産力?
128 :03/06/26 10:38 ID:???
ナチに振られるハインケル
129眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/26 11:03 ID:???
他国の日本のメーカーへの影響力という点から鑑みると、

三菱の小型機は、英国系でソッピース、ブラックバーンの系譜を引いている。
大型機は独系でユンカースかなぁ。

中島の小型機は、海軍機は英国系で、グロスターとかブリストルの系譜。
陸軍機はフランス系でニューポール系だろうか。
後に、ヴォート、ダグラスの技術を導入して、米国系にシフト。
大型機はモロに、ダグラス系。

愛知は、ハインケルの系譜。
川崎は、ドルニエの影響が強い。
川西は…何だろ。ブローム・ウント・フォス?いずれにしても独系かな。

立川は、ハンドレページとかデハビランド、それから、ロッキードか。
130名無し三等兵:03/06/26 11:05 ID:???
>>126
戦後はGHQによる財閥解体や航空機開発禁止の影響で
会社自体バラバラになったり、終戦後食い繋ぐ為の副業だったのが本業になったり…
特に油圧関係、エンジン製造やって多くの板金職人抱えていたから輸送機器関連が多い

中島飛行機なんて荻窪が立川飛行機とくっ付いてプリンス自工(後に日産と合併)
横須賀が今はトヨタ系列の関東自動車。
本体の群馬と宇都宮、大宮など旧中島同士がくっ付いて富士重工。
その他、建設機械製造をやっている会社もある。
131名無し三等兵:03/06/26 11:24 ID:???
戦闘機のグラマン
 
132名無し三等兵:03/06/26 11:25 ID:???
>131
違う。飛行艇のグラマンが正解
133名無し三等兵:03/06/26 11:36 ID:???
急降下のカーチス
134名無し三等兵:03/06/26 11:36 ID:???
輸送機のダグラス
大型爆撃機のボーイング
135名無し三等兵:03/06/26 11:44 ID:???
フィアットとかマッキとかレジアーネの解説希望 
136名無し三等兵:03/06/26 11:46 ID:???
あと、ピッコロ社も(w
137名無し三等兵:03/06/26 11:53 ID:???
フィアット 事実上イタリア唯一の自動車メーカーにして倒産寸前
マッキ   イタリアが誇る中軽量級バイクメーカーにして既に倒産
レジアーネ イタリアが誇る機関車(SL)メーカーにしてとうの昔に消滅
138名無し三等兵:03/06/26 11:55 ID:???
全翼機のノースロップ

不採用のノースロップ
139名無し三等兵:03/06/26 11:56 ID:???
造船所の作る飛行機に萌えーり
140名無し三等兵:03/06/26 11:58 ID:???
三角翼で有名なメーカはどこだっけ?
141名無し三等兵:03/06/26 11:59 ID:???
ピッコロ社 モー娘。バブル崩壊とそれによる倒産におびえるアップフロントグループが
       死に体のキングと組んで立ち上げたレーベルで童謡やフォークカバーや
        謹慎から復帰した元メンバーの新譜を次々発売するも全部ダメでまもなく
         解散するであろうと予測されている
142名無し三等兵:03/06/26 12:00 ID:???
コンベア?
143名無し三等兵:03/06/26 12:01 ID:???
レジアーネはまだあるかも
144名無し三等兵:03/06/26 12:11 ID:???
ベルトのコンベア
145名無し三等兵:03/06/26 12:13 ID:???
>>144
修行が足りぬ
146名無し三等兵:03/06/26 12:17 ID:???
>>145
ダッテオモイツカナッカッタンラモン
147名無し三等兵:03/06/26 12:22 ID:???
せめてコンベアで大量産くらい言え。

   面白くないけどな。
148名無し三等兵:03/06/26 13:46 ID:???
サスペンションとかの「カヤバ」ってオートジャイロ作ってたねむかし
149名無し三等兵:03/06/26 14:33 ID:???
>>139
やっぱ木工船会社のデ・ハビラントでしょう
飛行機ですら木で作ってしまうコケシ職人のような会社
150名無し三等兵:03/06/26 14:48 ID:???
>>129
川崎は,ドルニエの設計技師だったフォークト博士を呼んでますからね.
フォークト博士が帰独後にハンブルガー/ブロムウントフォスでユニークな
機体を連発したほうが有名ですが.

川西は,初期の水上機が"ドイツ・北海式"と書かれたもの(確か丸メカ
の佐貫亦男氏の文章)があったし,ハンザ・ブランデンブルク型の双フロー
ト機がいくつかあったような.
151名無し三等兵:03/06/26 14:56 ID:???
サーブは自動車も戦闘機も作ってるな。
152名無しAPG ◆yvNqrnvsYY :03/06/26 15:20 ID:???
>>140
ダッソー?
153なでるくん:03/06/26 19:58 ID:67ufY0zY
フィアット(現アエリタリア)はトーネードの機体とエンジン両方に参加してるので
しばらくは安泰かと

ついでにこんなサイト発見
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~l-city/data/death/itari0.html
154名無し三等兵:03/06/26 20:01 ID:qzfoIwcW
川西と関係が深いのはは英ショート社
155名無し三等兵:03/06/26 21:03 ID:qzfoIwcW
>>148
ていうか散々だった脚柱メーカーが今では・・・・
156名無し三等兵:03/06/26 22:02 ID:P9WDCHHj
松下電気の子会社が木製練習爆撃機「明星」を生産していたのは笑えた。
157眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/26 22:14 ID:???
>>150
そのハンザ・ブランデンブルグ水上偵察機は、愛知と中島で三菱製発動機
(イスパノ・スイザ)を取り付けて生産された訳で。

ハンザ式の機体は民間用のK-5〜K-8の系譜ですね。
K-6はゲッティンゲン大学航空研究所の資料を基に製作。

飛行艇は確かにショートの系譜と広工廠のワグナー式の独系を汲んでいるん
だけど、小型水上機は、何処の影響か判らないなぁ。
158名無し三等兵:03/06/26 23:52 ID:???
米国の航空機会社は、
ボ−イング
ロッキ−ド・マ−チン
ノ−スロップ・グラマン
の三社に集約されてしまったわけだが、この中ではマ−チンっての
が目立たないがしぶとかったんだなと思う。
主力となるような有人機のメインコンストラクタ−からは五十年代
に撤退したようだが、ロケットやミサイルで稼いでいたらしい。
159名無し三等兵:03/06/27 01:01 ID:???
>>157
精緻な指摘,ありがとうございます.ハンザ・ブランデンブルク水偵に
ついてはイスパノつながりでしたね.勘違いしておりました.
川西の飛行艇は,確かにショートのカルカッタ系なんかもあるけど,広廠
の15式(?)あたりの外形見ると,厚翼単葉のイメージはモロにワグナー
ビームの匂いですが,小型機は創始者が手がけていた時期は,ゲッチンゲン
系の影響を受けながらも,少々日本機離れしたオリジナリティという気も.
初期の川西式競速機なんか,冷却機配置なんかメチャ大胆ですし.
94式(?)特偵あたりの,タワー型ラジエーターにその名残があるようにも
感じますね.
160名無し三等兵:03/06/27 01:08 ID:???
ノースロップグラマンももう死に体だろ
161名無し三等兵:03/06/27 08:52 ID:???
メッサーシュミット社は営々細々・・・
162名無し三等兵:03/06/27 09:29 ID:wYtWOhOh
●●●マスコミの盗聴、盗撮は許されるのか?●●●
http://natto.2ch.net/mass/kako/974/974478132.html

489 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 2001/04/11(水) 17:25
一般人なのに盗聴される、じゃなくて、「一般人だから盗聴される」んじゃないのかな?
基本的にネタ集めのためにやってんなら、有名人のネタを盗むと、有名人は告発できるし、
そんなことされても当たり前だと思われるので告発しても信じてもらえる。
そうでない人は、ここの途中の書き込みにもあったように「電波」扱いされるだけ。

ただで、ネタを仕入れるんなら、一般人に限るでしょう。
マスコミは自分らの無能さを恥じてほしいです。

ちなみに私が盗聴されはじめたのは、芸能人にストーカーされ始めてからでした。
そこからマスコミに広がって行った。
だから余計「妄想」とか思われそう。
友人に話したら完全に病気扱いされた。ストーカーって言葉がない時代だったしね。   
書いておいておいた小説のネタが、他人の原作でドラマ化されたときにはきれまくっ
たなあ。(一度や二度のことじゃないけど) 
163名無し三等兵:03/06/27 11:39 ID:???
>161
イギリス以外の欧州メーカーは事実上1社に統合された(と言い切っていいものか…
あっちの会社関係の法律は日本やアメリカとは全然違うらしい)
164名無し三等兵:03/06/27 13:41 ID:???
ドイツのメーカー攻防史を解説してくれー
ユンカースはエンジンもやっていたが戦後はよく聞かないな。
165名無し三等兵:03/06/27 13:50 ID:???
そういえばイタリアで世界で2番目にジェット機飛ばしたメーカーはどんなバックグランドか知らねーな。
166名無し三等兵:03/06/27 13:54 ID:???
European Aeronautic Defence and Space Company(EADS)について
 European Aeronautic Defence and Space Company(EADS N.V.)はヨーロッパ最大であり、
かつ世界第3位の宇宙航空防衛企業です。EADSは、設立パートナーである
Aerospatiale Matra S.A.(フランス)、
Construcciones Aeronauticas S.A.(スペイン)、
DaimlerChrysler Aerospace AG(ドイツ)
と事業を展開しています。EADSは、商業用航空機(Airbus)、
商業および軍事用ヘリコプター(Eurocopter)、商業用宇宙発射
装置(Ariane)およびミサイルのトップ・メーカーであり、軍事用
航空機、衛星、防衛エレクトロニクスの分野においてもリーディング・
サプライヤです。87,000人の従業員を有し、フランス、ドイツ、スペ
インに90以上の拠点を配しています。
http://www.tecnomatix.co.jp/news/news010125.html

167名無し三等兵:03/06/27 13:56 ID:???
>164
と、いうことで
EADS→DaimlerChrysler Aerospace AG→MBBと遡ることはできる
それ以前はよぅわからん
168名無し三等兵:03/06/27 14:24 ID:???
MBBはメッサーシュミット・ベルコウ・ブロームだから、
メッサーシュミットとブローム・ウント・フォスまではたどれる。ベルコウはなんだ?
169名無し三等兵:03/06/27 14:43 ID:???
>168
ヘリや地対空ミサイルを造っていた会社らしい
ベルのドイツ子会社かな?
170名無し三等兵:03/06/27 15:04 ID:???
欧州は凄い統合ぶりだな。
BAeもボーイングとくっつくみたいだし。
日本が統合するとしたらどうなるんだろう。
171名無し三等兵:03/06/27 18:33 ID:???
>>156
松下幸之助が当時の軍からの要請で率先して立ち上げたと社史に書いているぞ。
172名無し三等兵:03/06/27 18:42 ID:???
大西中将から直々に頼まれたから断れずに・・
173名無し三等兵:03/06/27 19:12 ID:???
ユーロコプターがなにもかもを飲み込んでる・・・
174 :03/06/27 20:46 ID:???
じゃまぁ、発動機メーカーに話題を移してみませうか。
こちらは結構な生き残り具合です。
175名無し三等兵:03/06/27 21:19 ID:???
ネピア、ブリストル、ノームローン、ライト、P&W、アリソン、
ロールスロイス、熱田、イスパノスイザ、三菱
どこも健全な状態では生き残ってませんな
176168:03/06/27 21:52 ID:NoBbiO6m
BMW、ダイムラーベンツ、他は…
177176:03/06/27 21:55 ID:NoBbiO6m
↑168さんではありません。スマソ
178名無し三等兵:03/06/27 21:56 ID:???
フィァット、アルファロメオ、クリモフ、ミクリン、ユンカース
179名無し三等兵:03/06/28 08:47 ID:???
日立(瓦斯電)
180 :03/06/28 09:37 ID:???
天風
181眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/28 09:54 ID:???
そう言えば、神戸製鋼所が阪大と組んで、テ号観測機を試作したけど、
あれ、実際に採用されたら何処で生産する予定だったんだろう。

確かに、神戸製鋼所はアルグス発動機のライセンス生産してたけど、そこで
生産するつもりだったのかなぁ。
182 :03/06/28 10:11 ID:???
陸海軍に跨って生産された機種もわずかだがあるね。
神風号とか4式重爆とか。
183名無し三等兵:03/06/28 10:21 ID:ImCGhqc/
ユングマン
184名無し三等兵:03/06/28 10:39 ID:???
4式重爆って海軍で使われたか?
海軍の部隊の指揮下に陸軍の部隊が一時的に入っただけじゃなかったっけ?
185 :03/06/28 10:50 ID:???
日本: 中島、 三菱、 川崎、 愛知
ドイツ: DB、 ユンカース、 BMW
イタリア: フィアット、 アルファ・ロメオ、 ピアジオ
アメリカ:  P&W、 ライト、 アリソン
イギリス:  ロールス・ロイス、 ブリストル、 ネピア
フランス:  ノーム・ローン、 イスパノ・スイザ
186排気タービン付G:03/06/28 10:52 ID:4J7h7Gp5
メッサーシュミット社かフィアット社、
戦後すごい三輪車出してたな。
前が二輪のやつで、プロペラが先っちょに付いてるやつ。
187名無し三等兵:03/06/28 12:57 ID:???
>>186
プロペラは付いてないが、これの事か?
ttp://plaza.across.or.jp/~corofi/mes5.html
188眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/28 13:16 ID:???
うぐぅ。
>164の問いに答えようと、三時間掛けて、ドイツのメーカー興亡史書いてたら、
かちゅが飛んだ。

もうダメポ。
189眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/28 13:18 ID:???
良かった。ログは残ってた(^_^;。

>164
Adlerは、自動車メーカーで、1934年に軽飛行機を作っていたFrankfurter Flugzeugbau Max Generの
会社を譲り受け、第二次大戦中は、BFW社の下請けとして、Bf-109等を生産。

Arado Flugzeugwerkeは第一次大戦中の軍用機メーカーFriedrichshafenの子会社として
1918年に設立。
戦後、1925年にArado-Handelsgesellscaft(アラド商事会社)に社名変更。
1933年に社名変更。

Messerschmitt A.G.は、言わずと知れた、第二次大戦ドイツ航空機メーカーの一方の雄。
1926年に、元々第一次大戦中の軍用機メーカーだった、Bayerische Rumpler Werkeを
基に戦後軽飛行機を製作する会社に転身したUdet Flugzeugbauを買収。
それをBayerische Flugzeugwerkeとして、1923年にMesserschmittが作った自社工場を、1927年9月
に買収。
その後、Messerschmittはその試作部門として存続。
また、この間、Bayerische Moteren-Werkeも吸収している。
1938年に、社名変更。

Blohm & Vossは、ドイツ最大級の造船メーカーの航空機部門として、1933年にかのVogt技師を
招いて設立。
最初の社名は、Hamburger Flugzeugbauで、大戦直前に本社に統合。

Bucher Flugzeugbauは1933年10月創立。
社長のBuckerは海軍のパイロットで、戦後はSwedenのSvenska Aero A.B.の社長。
190眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/28 13:19 ID:???
Fieseler Flugzeugbauは、曲芸飛行士だったG.Fieselerによって1930年に設立。

Focke-Wolf Flugzeugbauは、1924年1月にH.FockeとG.Wolfによって設立。
1931年9月に倒産に瀕した第一次大戦中の軍用機メーカーAlbatross-Flugzeugwerke
を合併。
1931年末にSpainのCiervaからAutogiroに関する特許を購入し、Fw-61を製作後、ヘリ
専門メーカーとして、Focke-Achgelisを設立。

Gotha Wagonfabrikは、元々鉄道車両工場。
第一次大戦中には大型軍用機に参入したが、1918年、敗戦により一時撤退。
1930年代に再参入。

Ernst Heinkel Flugzeugwerkeは、1922年設立。
統合とか、社名変更は特になし。

Henschel Flugzeugwerkeは、1933年に機関車製造メーカーのHenschel & Sohnの
航空機製造部門として設立。
本来は輸送用航空機に特化したメーカーとなる予定だった。

Junkers Flugzeug und Motorenwerkeは、1910年にProf.Junkersが全金属製全翼機
の特許を取得したことから始まる。
1913年、小型船舶用Diesel engine製造工場を設立し、Junkers Mokerenbauとなる。
翌年、航空機用エンジンに進出。
1915年に、全金属製航空機の製造を開始し、Junkers Flugzeugを設立。
戦後も、航空機製造を続けたが、Hitler政権になると、その主導で1936年に発動機と
航空機を合併し、半官半民のメーカーとなる。

Leichtflugzeugbau Klemmは、1919年、Klemm-Daimler軽飛行機をDaimler-Werkeで
開発した、H.Klemmがその飛行機会社を引き継いで、1927年に設立。

Siebel Flugzeugwerkeは、Flugzeugwerke Halleを社名変更したもの。
191眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/28 13:19 ID:???
航空エンジンメーカーは…。

Argus Motorenは、1902年に自動車製造メーカーとして設立。
1906年にドイツ最初の4気筒航空機用エンジンを製作し、第一次大戦中は最大のエンジンメーカー
の一つとなる。
第一次大戦後は一旦航空機用エンジンから撤退したが、1928年に再参入。

BMW Flugmotorenbauは、1916年にBeyerische Motoren Werkeとして、航空機用エンジンメーカー
として6気筒水冷エンジンが主に製造された。
戦後は、航空機用エンジンの開発が叶わなかったので、戦後の一時期、Gathaer Waggon Fabrikの
為に、鉄道車両用圧搾空気ブレーキを製造。
その後、Bayerische Flugzeug Werkeによって買収され、エンジン製造部門となり、1935年にBMW Flugmotorenbau
に社名変更。
1939年に、第一次大戦中の軍用機メーカー、Siemens Schkeltを継承した、Siemens Apparate und Maschinenの
航空機用エンジン製造部門で、1936年に分社化したBrandenburgische Motorenwerkeと合併。
この会社が、BMW Flugmotoren-werkeを継承した。
なお、Brandenburgische MotorenwerkeはBMWのBramo部門となり、再び分社化され、B.M.W. Flugmotoren-Werke
Brandenburgとなる。

Daimler-Benz Aktiengesellschaftは、1926年にDaimler Motoren Gesellschaftと、Benz & Cieとの合併で作られた
もの。
両方とも世界で最も古い自動車メーカー。

Hirth-Motorenは、1924年、戦前からの著名なPilotだったH.Hirthによって、1924年に設立された、
Versuchsbau Hellmuth Hirthが母体。
工場が拡張され、1931年にHirth-Motorenとなるが、1938年に彼の死により会社は宙に浮く。
しかし、Heinkelの注目するところとなり、1941年に漸く買収。
以後は、Heinkelのエンジン部門として、Ernst Heinkel Aktiengesellschaft Werk Hirth-Motorenとなる。
192眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/28 13:21 ID:???
第二次大戦後残ったのは…。

Dornierがまずスペインで再起し、後に西ドイツに移転して軽輸送機、大型輸送機、
VTOL機の開発を行い、Deutche Aerospace(DASA)となる。
なお、Dornierのスイス支社は、1948年にFFAとなり、軽飛行機を主に製造してきたが、
後にドイツに設立された、Flugzeug und Faserverbund Technologie(FFT)に開発が
引き継がれている。
余談ながら、Dornier博士の長男が、Dornier Compositeと言う新会社として立ち上げて
飛行艇を開発していたりする。

Focke-Wolfは、クルト・タンクが国外に去った後は、イタリアの軽飛行機、
Piaggio P.149を製作し、糊口を凌いだ後、VAKと社名変更。
後に、VFWとなって、VFW-Fockerとなったのかな。

Klemmは残り、相変わらず軽飛行機を製造するが、後にBoelkow-Entwicklungenに吸収される。

Blohm & Vossは、Hamburugerとして再び発足し、戦後、西ドイツでフランス製のNord Noratlas輸送機の
国産化を行い、再び、Blohm & Vossに社名変更。

Heinkelは、一時期自動車製造を行った後、Fouga CM-170 Magister練習機の国産化に着手、その
発展型CM191を開発。
Messerschmittも同じく、自動車製造に参入し、Fouga CM-170 Magister練習機の国産化を行い、F-104G
のライセンス生産を実施。

Siebelも軽飛行機メーカーSIATとして存続。
Buckerは1967年に、Bucker Aero Technikとして復活。

Blumeと言う会社は、何が母体になったか不明。
その後Rhein-Flugzeugbau(RFB)になった様な…。
193眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/28 13:21 ID:???
Messerschmittと、Heinkel、そして、BoelkowはEntwicklungsring-Sudを形成し、それが中心となって、
それを母体にBlohm & Vossも吸収してMesserschmitt-Bolkow-Blohmに収斂。
また、戦後設立したLFU、戦前からあったSiebelもこれに吸収される。
これが今のEADSになったんですっけ。

なお、Junkersは、東ドイツに工場があった関係で生産設備が殆ど接収されたが、VEBと言う国営航空機
工場がそれを母体に設立され、Il-14の生産の他、Jumo112を基にした国産ジェットエンジンを用いたジェット
旅客機を試作している。
194 :03/06/28 14:18 ID:???
眠い人さん
 どうもありがとうございます。勉強になります。
195名無し三等兵:03/06/28 18:20 ID:???
眠い人氏、激しく乙でし!!
こりゃ保存版だわ。
196名無し三等兵:03/06/28 19:27 ID:???
>>189-193
お疲れ様です.保存版ですね.
197名無し三等兵:03/06/28 23:15 ID:???
良スレだな
198ツェッペリン伯爵:03/06/29 00:49 ID:???
どうせ僕は空の異端者・・・byツェッペリン硬式飛行船製造会社
199眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/29 02:42 ID:???
>198
おりょ?
分割した際に、落っこちてしまった(苦笑。

Dornier Metallbautenは、主任設計者のDornierが、Zeppelinの支援を受けて全金属製
飛行艇を製作することに始まる。
その後、Zeppelin Werk Lindauの後継会社として、1922年に設立。
1930年代にDornier-Werkeに商号変更。
ちなみに、スイスには、A.G. Fur Dornier-Flugzeugeと言う、Dornierのダミー会社があり、
1926年からずっと営業を続けています。

本家の方、Luftschiffbau Zeppelinは、1900年に設立。
1918年の第一次大戦終了後のVersailles体制で、一時製造を中止し、Dornierに移管。
1924年に活動を再開し、飛行船の製造を再開。

JunkersはSwedenに、1933年まで支社を設けていました。
陸軍の九三式重爆、双軽爆の基になったK.37、Ju-87の基になった、K.47はこの会社の
製造です。

後、落ち穂拾いで、Weserと言うのがありました。
Weser Flugzeugbauは、1934年4月に設立された、Deutsche Schiff & Maschinenbauを起源とし、
第一次大戦中の飛行艇メーカー、Rohrbach Matall-Flugzeugbauを引き継いでいます。
第二次大戦では、Ju-87の部品製造などを行っています。

あと、Agoと言うメーカーがBf-109の生産を行っていましたが、このメーカーの詳細は漏れは
判らなかったです。

気が向いたら、イタリア逝っとく?
200名無し三等兵:03/06/29 06:39 ID:???
是非お聞かせ願いたい
201名無し三等兵:03/06/29 11:27 ID:???
>>184
四式重爆は、海軍でも「靖国」の名で採用されていた。
と言ってもかなりの少数だけどね。
推測だけど、『陸軍雷撃隊』の教導機に使うとか、海軍の搭乗員の訓練用とか、
そういった目的だったんじゃないかな。
202眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/29 23:05 ID:???
では、軽くイタリアの飛行機会社について。

Societa Italiana Ernesto Bredaは、1917年、ミラノの資本家たちによって設立されました。
1919年から航空機の製作を始め、1922年からは全金属製の期待を開発しています。

Cantieri Riuniti Dell'Adriatico(CANT)は、イタリア最大級の造船会社、Cantiere Monfalcone
の飛行機部門として、1923年に設立されました。
会社の性格上、水上機、飛行艇を得意としていました。

Societa Italiana Caproniは、G.Caproni伯爵が経営しているイタリア最大の企業体です。
まず、Cantieri Aeronautici Bergamaschi

Aeronautica D'Italia S.A.は、Fiatのこと。
1916年1月に、Societa Anonima per Construzione Ing. O. Pomilio & Co.と言う長ったらしい
名前の会社として誕生し、1920年4月24日に、Aeronautica Ansaldo S.A.となりました。
1925年、Fiatの航空機部門となり、1926年3月30日に、Fiat傘下の企業として、現名に変更
されました。

Aeronautica Macchiは、1912年に設立された古参メーカーです。
1913年に最初の航空機を製造し、以後、小型機(戦闘機)メーカーとして地歩を築きました。

S.A.Industrie Meccaniche E Aeronautiche Meridionaliは、1923年にItaliana Aeronautica Industrie
の傘下で、Officine Ferroviarie Merdionaliを設立し、1925年にFokkerの航空機をLicense生産
することから始まりました。
1934年から、Societa Anonima Industrie Aeronautiche Romeoが触手を伸ばし、1936年に完全に
吸収され、Romeo社は社名を現在のものに変更しています。
203眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/29 23:58 ID:???
>202は間違いだらけなので、無視して下しい。

では、改めてイタリアの飛行機会社について。

Societa Italiana Ernesto Bredaは、1917年、ミラノの資本家たちによって設立されました。
1919年から航空機の製作を始め、1922年からは全金属製の機体を開発しています。

S.A.Industrie Meccaniche E Aeronautiche Meridionaliは、1923年にOfficine Ferroviarie Merdionaliとして
設立され、1925年までの2年間、Fokkerの航空機をLicense生産することから始まりました。
1934年から、Societa Anonima Industrie Aeronautiche Romeoが触手を伸ばし、1936年に完全に
吸収され、Romeo社は社名を現在のものに変更しています。
なお、1936年に、Bredaの傘下に入っています。

Construzioni Maccaniche Aeronautiche(C.M.A.S.A)は、1922年にDornier飛行艇を製造する
会社として設立されました。
1923年、Odero-Marescalchiと言うSyndicateの傘下に入り、1929年にFiatの傘下に入ってい
ます。
Fiat C.R.20の製造の他、水上機、飛行艇、軽飛行機などを幅広く製造していました。

Cantieri Riuniti Dell'Adriatico(CANT)は、イタリア最大級の造船会社、Cantiere Monfalcone
の飛行機部門として、1923年に設立されました。
会社の性格上、水上機、飛行艇を得意としていました。
204眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/29 23:59 ID:???

Societa Italiana Caproniは、G.Caproni伯爵が経営しているイタリア最大の企業体です。
本体の他、その傘下には多数の会社がありました。
Cantieri Aeronautici Bergamaschiは、元々飛行学校を経営しており、1927年に航空機
業界に参入します。
この時開発した、2機の訓練用航空機が賞を取ったので、Caproniに注目され、Bredaから
引き抜いたChiefEngineerを主任設計者にして、航空機開発を行っていました。
Compagnia Nazionale Aeronautica(C.N.A)も、1920年にローマに開講した飛行機学校で、
この実習工場で、試験的に飛行機、エンジンを製作していました。

Officine Meccaniche "Reggiane" S.A.はCaproni傘下の航空機工場で、第一次大戦中はその機体
を生産していました。
しかし、大戦終了後、航空分野への参入を航空省に閉ざされ、暫く雌伏します。
1937年、Caproniの爆撃機、Ca405の開発で再参入を果たし、その後自前の設計陣により、単座戦
闘機の開発を行っています。

Societa Anonima Industrie Meccaniche Aeronautiche NAVALI(SAIMAN)は、S.A.Navigazione Aerea
を1934年に社名変更したもので、この会社は、軽飛行機の開発の他、他メーカーの下請け、エンジンの
製造、Motorboatの製造なんかも行っています。

Aeronautica D'Italia S.A.は、Fiatのこと。
1916年1月に、Societa Anonima per Construzione Ing. O. Pomilio & Co.と言う長ったらしい
名前の会社として誕生し、1920年4月24日に、Aeronautica Ansaldo S.A.となりました。
1925年、Fiatの航空機部門となり、1926年3月30日に、Fiat傘下の企業として、現名に変更
されました。

Aeronautica Macchiは、1912年に設立された古参メーカーです。
1913年に最初の航空機を製造し、以後、水上機、飛行艇メーカーとして名を馳せ、後に小型機(戦闘機)
メーカーとして地歩を築きました。
205眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/30 00:10 ID:???
Societa Anonima Piaggioは、1916年に造船機械メーカーの技師たちが航空機分野に参入したこ
とが最初で、第一次大戦中はCaproniの機体をライセンス生産していました。
戦後、一時期は不況で航空機分野から撤退しますが、1923年8月8日にローマの投資家、
Pegma & Bonmartiniの支援を受け、航空機業界に再参入します。
まず、Pontedra製作所で、Bristol、Gnome-Rhoneエンジンのライセンス生産を始め、航空機用エ
ンジンの開発を行います。
もう一つのFinalmarina製作所では、機体の開発を行い、主に木金混製の水上機、飛行艇など
大型機を開発しています。

Societa Italiana Aeroplani Idrovolantini "Savoia-Marchetti"も、1915年に設立された古参メーカー
で、大型機を得意としています。

エンジンメーカーとしては、Piaagioはさておいて…。

Societa Anonima Alfa-Romeoは有名な自動車メーカーですが、1917年にから航空機エンジンにも
参入しており、1925年から英国製Jupitor、Lynxエンジンのライセンス生産を行っています。
1931年から、Mercury、Pegasusの生産も開始していました。

Societa Anonima F.I.A.TはFiat本体で、1898年設立の輸送機械メーカーです。
その後、自動車に進出し、その技術を以て1908年より航空機用エンジンの開発を行い、
イタリア最大の航空機用エンジン供給メーカーとして君臨していました。

Fabbrica Automobili Isotta-Franschiniも、1898年設立の自動車メーカーです。
航空機用エンジンにも早くから取り組み、そのLicense生産によって、Fiatで自社エンジン
が多数生産されました。
なお、Caproniともこの会社は関係を持っています。
206眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/30 00:57 ID:???
もう一つ、Societa Aeronautica Itariana(S.A.I.)という会社がありました。
1935年に設立された新興会社でしたが、軽飛行機を開発、製造し、第二次大戦中は、
戦闘機の開発を行っていました。
後のAmbrosiniです。

戦後、Breda、C.A.N.T.は航空機産業から撤退し、Meridionali、C.M.A.S.A、Caproniは
転業、あるいは消滅しました。

残ったのは、Ambrosiniを母体とするAerfer、第二次大戦中の航空機部品メーカーから
発展した、Construzioni Aeronautiche Giovanni Agustaと、Societa per Azioni Fiat、
Aeronautica Macchi、それにPiaggio & C. Societa' per Azioniだけとなりました。

Aerferは戦後、木製の超音速研究機(大戦中の練習機S.A.I..7にジェットエンジンと後退翼
を付けた機体)Sagitario1を製作し、それを基に、Italy最初の超音速突破戦闘機となった、
Sagitario2を製作しました。
しかし、採用はされず、経営難からMacchi傘下に入り、消滅しました。

Agustaは、Cant社の主任設計者Zappa技師を迎えて、輸送機に進出しますが、その後、
Bellとのライセンス生産から、ヘリコプターメーカーに転向しました。
なお、90年代に入って、SIAI-Marchetti社を買収し、固定翼機に再参入しています。
また、CaproniGroupでの唯一航空機産業生き残り、Caproni-Vizzoraも傘下に組み込んで
います。

Fiatは、G.55の発達型で糊口を凌ぎ、T-33、Vampireのライセンス生産から、国産初の
ジェット機G.80を製作。
戦闘機・輸送機など幅広く製作し、1970年代半ばにAeritariaに社名を変更、更にArenia
になっています。

Macchiも、M.C.205Vなどの輸出で糊口を凌ぎ、練習機メーカーとして地歩を築いています。
現在はAermacchiに変わっています。

Piaggioは軽飛行機、水陸両用機で成功し、その陸上機型とビズジェットなども手がけています。
207 ◆82ontG9gSc :03/06/30 01:28 ID:jyNTz6Gp
神降臨
これは永久保存物です
208名無し三等兵:03/06/30 13:30 ID:???
アグスタってイタリアのメーカーだったんか
ドイツのだとばっか思っておったよ
209眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/06/30 23:55 ID:???
>206
あ、Zappaじゃ、musicianだよ。
Zappataだった。

F.Zappataは、C.A.N.T.を辞めた後、1942年にBredaに籍を置き、巨人機B.Z.308を設計します。
この機体は、1946年、製作中に連合国監督委員会の干渉で一時中止となり、1947年1月まで
店ざらしとなり、エンジンに英国製セントーラスを用いたものの、これも到着が遅れ、1948年に
漸く初飛行が行われ、Argentina空軍が3機発注し、同国のGruppo Aeronautico Itarianoで、
生産が行われる予定でしたが、出現が遅すぎて、DC-6、L-1049、B-377の対抗たり得ず、
Bredaは破綻に追い込まれています。

その後、彼はAgustaに移り、1958年に短距離用STOL貨客輸送機A.Z.8を手がけますが、
これも時代に合わず、少数生産に終わり、イタリア空軍に採用されただけでした。

Agustaが、ヘリに本格参入するのは、AB.47Gのほか、1961年のA.101からです。
Bellのライセンス生産は、AB.47G、AB.205、AB212、AB412と進んでおり、また、SH-3Gも
独自の発展型として、ASH-3Gを生産しています(Iranに輸出されたのもこの型だったかな)。
独自モデルとしては、A.101の他、単座対潜攻撃ヘリ(DASHの有人版)A.106、ベストセラー、
A.109、攻撃ヘリA.129などがありますね。

あと、Marccetti社は、一度会社を消滅させましたが、規模を小さくして再出発しており、
軽飛行機を中心に、S.F.260練習/COIN機(これは、戦後のメーカーAviamilano社の
F.250より発展したもの。)、S.M.1019観測機、1968年にはヘリ部門を設けて、SV-20と言う
機体を計画し、General Avia社を吸収して、軽飛行機分野を強化。
更に最新の機体として、S.211を開発していました。

Caproni-Vizzoraは飛行学校から発展したもので、戦後はGliderを製作した後、それに動力を
付けたMotorGliderを作っていました。
特にジェットエンジン付MotorGliderのA-21Jから発展したC22Jが本格的な練習機として生産
されていました。
210眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/01 00:26 ID:???
つ〜こって、次回はいよいよ、英国編に突入するのねん。
ちなみに、仏蘭西は余りに複雑怪奇なので、餅付くまで待つのねん。
211眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/01 22:49 ID:???
英国編…。

Airspeed Ltd.は、1934年8月に、著名な造船会社Swan, Hunter & Wigham Richardson Ltd.の
関連会社Airspeed(1934) Ltd.として設立されました。
1935年1月に、Fockerと提携し、Douglass航空機の英国と連邦諸国内における販売を担当し
ています(Fockerは欧州のDouglass代理店)。
1940年に、Swan, Hunter & Wigham Richardson Ltd.からde Havilland Aircraft Ltd.に会社の
支配権が渡り、その傘下に入りますが、吸収はされていません。
1944年1月25日に社名をAirspeed Ltd.に変更しています。
この会社は中〜軽輸送機の製造を得意とし、戦後も生き残っていますが、1947年に最後の
航空機、A.S.57が初飛行した後、1955年までに消滅しています。

Sir W.G.Armstrong Whitworth Aircraft Ltd.は、1921年に設立されたものですが、この会社は
全金属製航空機のPioneerでした。
1935年に、Hawker-Siddley Aircraft Co.Ltd.が、Hawker AircraftとArmstrong-Siddley Development Co.ltd.
と合併して形成されますが、後者を形成していたのは、Sir W.G.Armstrong Whitworth Co.ltd.と
Armstorong Siddley MotorsとA.V.Roe & Co.ltdでした。
この会社は創立直後の一時を除き、戦前から、大型航空機に強く、戦後は、複座型MeteorのLicense生産と
発展型の開発や、Hawker-Siddleyの下請け生産を行いつつ、大型輸送機を開発していました。
その後の航空産業再編で、Hawker-Siddleyの一部門に組み込まれています。

A.V.Roe & Co.Ltd.は、1909年に設立された、英国最古に近い航空機製作会社、部品製造会社です。
1913年1月に有限責任会社に改組し、1935年にHawker-SiddleyのSiddley Development Co.ltd.の形成
会社として、Hawker-Siddley Aircraft Co.Ltd.傘下の子会社として航空機生産を行います。
第一次大戦中は練習機を、第二次大戦中から戦後に掛けては大型爆撃機、哨戒機の生産を行ってい
ました。
ここも、その後の航空産業再編で、Hawker-Siddleyの一部門に組み込まれています。

とりあえず、今日はここまで。
212名無し三等兵:03/07/02 20:38 ID:I6/BnZmD
愛知時計に談合の捜査はいったね。
この愛知時計って流星改の愛知でしょ。
213なでるくん ◆9fcB7hi0gQ :03/07/02 21:59 ID:VWkAF6gT
付け加えるとホーカーの前身はあのソッピース
214眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/02 23:57 ID:???
さて、昨晩に続いて…。

The British Aircraft Manufacturing Co.Ltd.は、1933年に設立されたBritish Klemm Aeroplane Co.Ltd.
を買収したものです。
British Klemmは、ドイツのLeichtflugzeugbau Klemmの飛行機を製造するために設立されたもので、
低出力エンジンを積んだ軽飛行機を生産しています。
これは大戦中に消滅しています。

The Blackburn Aircraft,Ltdは、R.Blackburnによって、1910年に設立されました。
子会社に、航空輸送会社のNorth-Sea Aerial & General Transport Ltd.と、エンジンメーカーのCirrus-Hermes
Engineering Co.Ltd.を傘下に従えています。
この会社は主に、艦載航空機、飛行艇、水上機のメーカーです。
1936年、この会社は、Scotlandの大きな造船会社、William Denny & Bros.Ltd.と提携し、その経営陣を迎入れます。
戦後、General Aircraft(後述)と合併し、Blackburn & General Aircraft,Ltdとなり、Blackburn系は艦載機を、General系は
大型輸送機(Beverly)を生産しますが、これも、その後の航空産業再編により、Hawker-Siddleyに組み込まれます。

Boulton Paul Aircraft Ltd.は、1916年に、The Aircraft Department of Boulton Paul Ltd.として設立され、不況に抗し
きれずに、1931年に、A.T.S.Ltdと言う、全金属製機の特許を有する持ち株会社に吸収され、その子会社の一つになって
います。
この会社には、Boulton Paulの他、Gloster Aircraft Co.Ltd.、Sir W.G.Armstrong Whitworth Aircraft Ltd.、
The Steel Wing Co.Ltd.も傘下に抱えていました。
1934年、この会社の傘下から、Boulton Paul Aircraft Ltdは独立します。
戦前は双発の軽爆撃機を、大戦中は戦闘機を生産しますが、一方で銃座の製造メーカーとしても
活躍し、戦後は1948年に練習機を製造しただけで、1950年代半ばには航空機の生産活動を終えています。
215眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/02 23:59 ID:???
続き。

The Bristol Aeroplane Co.Ltd.は、1910年に初期の路面電車の先駆者である、Sir George White,Bart.によって
設立された会社で、最初は、The British & Colonial Aeroplane Co.Ltd.と言う名称でした。
この会社が現在の名称に変わったのは、生産工場をBristolの郊外に置いたからだそうです。
この会社は、多数の航空機、それにエンジンを製造し、戦後は、民間航空機、航空機用タービンエンジンの生産
も行っています。
航空産業再編では、British Aerospace Co.Ltdの一部門になっています。
なお、戦後は、BMWをベースとした自動車製造にも進出しており、今でも、76年に生産開始したモデルを作って
います。
216名無し三等兵:03/07/03 18:57 ID:???
>>213
ソースは?
217名無し三等兵:03/07/03 18:58 ID:y0BIB+KH
>>212
>>32あたりを見れ。
218名無し三等兵:03/07/03 19:17 ID:???
コイツ、まだアクセス禁止になってないのか。

ヲイ、六等兵か大佐か毛沢豚か知らんがほどほどにしとけよ。
219名無し三等兵:03/07/03 19:22 ID:???
良スレなので荒らし厳禁
というか、別の人が書くと更に連続で書き込まれるので・・・
220眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/04 00:06 ID:???
さて、マターリ。

The De Havilland Aircraft Co.Ltd.は、1920年に設立されました。
前身はAirco社で、D.H.10まではこの会社で製作されています。
第二次大戦前は、全木製構造の練習機と民間輸送機のメーカーでしたが、第二次大戦中に
軍用機メーカーの地位を確立し、戦後も、ジェット戦闘機、輸送機など幅広い分野の航空機を
手がけています。
また、1927年以来エンジン分野にも進出し、低出力倒立エンジンを手がけた後、ジェットエンジン
の生産も行い、このほか、HTP装置を中心としたロケットエンジンなども手がけています。
この会社は、戦後、De Havilland Holdingsに移行し、1960年代にはHawker-Siddley Aviation Ltd.
参加の一部門になっています。
また、Australia、Canada、India、New Zealand、Rhodesia、South Africaに、子会社を有しています。

The Fairly Aviation Ltd.は1916年に設立したメーカーで、海軍機を中心に生産してきました。
空軍機としては、単発の軽爆撃機を得意としていました。
但し、その生産能力は余り高くなく、Blackburn、Boulton PaulにSwordFishなどの生産を委託することが
多かったようです。
戦後は、対潜機、ヘリコプターに進出しますが、1960年代の航空産業再編には、同じヘリコプター
を扱っていた関係で、Westlandと合併し、その一部門として生き残ります。
なお、Belgiumにはその子会社、Societe Anonyme Belge Avians Fairlyがありました。
このほか、FairlyはReed社の金属製可変プロペラの特許と、Curtiss D-12エンジンのLicenseを購入し、
ライセンス生産を行います。
プロペラは兎も角、エンジンは、1924年以来様々なものが試作されましたが、結局モノになりませんでした。

Folland Aircraft Ltd.は、1936年2月に、British Marine Aircraft Ltd.として設立されました。
しかし、1937年5月、Gloster Aircraftの主任設計者だったH.P.Folland氏を迎え入れ、社名も新たにFolland
Aircraftに変更されました。
戦時中は、各航空会社の下請け生産を行っており、戦後様々な計画機を作りますが、余り受け入れられず、
切羽詰まって自主製作したFo.139〜144が漸く、英空軍の高等練習機となり、更にインド空軍に採用されました。
ただ、その資本力の小ささは否めず、Hawker-Siddleyに吸収されています。
221眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/04 00:38 ID:???
続き。

The English Electric Co.は、20世紀初頭から存在する電気機関車、Motorなどを作っている
メーカーです。
第二次大戦中は、Handley Page社の下請けとして、爆撃機の生産を行っていましたが、戦後、
その経験を生かして、経営多角化を進め、本格的に航空機産業に打って出ます。
それが、Canberra爆撃機であり、その成功で一気に脚光を浴び、また英国唯一の純製超音速
戦闘機Lightningです。
しかし、戦後は航空再編の波に飲み込まれ、British Aircraft Corporation Ltd.の
一部門となります。

General Aircraft Ltd.は第二次大戦中に成立したメーカーのようですが、資料不足で
よく分らないです。
戦後は研究機などを作っていますが、後にBlackburnに吸収されます。

The Gloster Aircraft Co.Ltd.は、1915年に設立されます。
第一次大戦後、主に戦闘機を製作し、それから発展した競争機を製造します。
1927年、この会社は、the Steel Wing Companyに吸収合併され、1934年に更に
Hawker Aircraft Ltd.に譲渡され、その子会社となります。
第二次大戦中は、各種の戦闘機の他、ジェット機の開発にも携わり、戦後は
Meteor戦闘機を実用化するまでになっていました。
戦後は、Javelin戦闘機などを実用化しますが、これもHawker-Siddleyに吸収
されています。

>216
明日辺り、Hawkerに辿り着きますが、the Hawker-Siddley Trustの取締役の名前
に、T.O.M.Sopwithが名を連ねています。
222名無し三等兵:03/07/04 13:09 ID:???
このスレおかしくない?
223名無し三等兵:03/07/04 13:09 ID:???
直った
224眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/05 00:18 ID:???
さて、気分も新たに…。

Handley Page Ltd.は、1915年に設立されました。
そして、この会社は英国最初の株式会社形態を取った飛行機会社でもありました。
この会社は主に大型機を製作し、重爆撃機、大型民間機の分野では常に先進的な
ものを保っていました。
また、スロット式前縁フラップの特許も保持しており、これは世界中で使用されています。
第二次大戦後もこの会社は生残り、引き続き大型爆撃機と輸送機のメーカーとなって
いましたが、新たに事業を展開しようとした軽輸送機Heraldの開発で時流を読み違え、
失速し、そして、その痛手から復帰できず、1969年8月に倒産してしまいます。
開発中の機体の一部は、Scotish Jetstream社に引き継がれました。

さて、Hawker Aircraftは、1933年に設立されました。
この会社は、第一次大戦前からあった、Sopwithに関係し、その任意清算に関わった
人々が1920年に設立した、H.G.Hawker Engineering Co.Ltd.を母体としています。
Sopwithの頃から、単座戦闘機、軽爆撃機の生産を主に行い、それで得た利益を元に、
1934年にはGloster Aircraft Co.Ltd.を子会社にしています。
第二次大戦中から第二次大戦後に掛けても、戦闘機を主に開発しています。
60年代の企業大合同で、Hawker-Siddleyの中核会社として、英国航空機業界の一方の
柱となり、BAeに繋がっていきます。
225眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/05 00:31 ID:???
で、Hawker-Siddley Aircraft Co.Ltd.と言う会社は、1935年に設立された別会社です。
これは、Armstrong Siddley Development Co.Ltd.とHawker Aircraft Ltd.が半分ずつ出資した
持ち株会社で、Sir W.G.Armstrong Whitworth Aircraft Ltd.(航空機製造)、
Armstrong Siddley Motors Co.Ltd.(自動車・航空機エンジン)、A.V.Roe & Co.Ltd.(航空機製造)と、Air Service Training Ltd.
(飛行機学校)が最初に傘下に置かれ、後にGloster Aircraft Co.Ltd.も加わります。
この会社自体は何も製造していません。
しかし、1960年代の企業合同に於いては、この会社を中心に、Avro-Whitworth部門、De Havilland部門、Hawker-Blackburn
部門に再構成され、更にBAeに繋がっていきます。

Heston Aircraft Co.Ltd.は、軽飛行機メーカーで、1929年に設立されたComper Aircraft Co.Ltd.を、1934年に買収した
ものです。
戦後は生き残ることなく消えていきました。

Martin-Baker Aircraft Co.Ltd.は、鋼管溶接構造を考案したJ.Martinによって、1934年に設立されました。
第二次大戦前から後に掛けて、種々の機体を考案して、実際に試作し、最後のM.B.5は、レシプロ戦闘機の最高峰と
言われましたが、結局は試作に終わり、Martin-Bakerは、航空機部品メーカーに転業します。
そこで、目を付けたのが射出座席で、この会社は、西側最大の射出座席メーカーとして隆盛を極めています。
226眠い人 ◆gQikaJHtf2
今日もマターリ。

The Mayo Composite Aircraft Co.Ltd.と言う会社があったりします。
この会社は、1935年に設立されたのですが、Maj.R.H.Mayoが考案し、特許を
取得していた親子飛行機を製作するために立ち上げた会社です。
この親子飛行機は航空省、Imperial Airways、Short Bros.の興味を引き、
Short Bros.によって実現されます。
しかし、数度の飛行だけで、大戦が勃発し、戦後は空中給油技術が進展したり、
大西洋横断の可能な飛行機の実用化があったため、一発屋に終わりました。

Miles Aircraft Ltd.は、1935年3月にPhillips Powis Aircraft Ltd.を株式会社化した
ものです。
この会社の主任設計者だった、F.G.Milesが1934年にフラップの特許を取り、
それが軽飛行機に多数採用され、会社は儲かって、株式会社としたものです。
後に、社名を主任設計者の名前を取ってMiles Aircraft Ltd.と変更しています。
第二次大戦前から、主に練習機、軽飛行機のメーカーとして君臨しており、
第二次大戦中は、練習機の生産の他、研究試作機の製造も行っていました。
戦後、F.G.Miles Limitedに社名を変更し、種々の機体を試作しますが、少量
多品種の施策を行ったため、会社としては存続が出来なくなり、50年代末に
倒産しました。
なお、この会社の最後の機体は、Short Bro.に引き継がれ、SkyVanとしてBest
Sellerになっています。

7/4のカキコでGeneral Aircraftの成立過程が間違っていました。(消滅は同じですが)
General Aircraft Ltd.は戦前のメーカーで、1934年、それまでに軽輸送機のメーカー
として運営してきた、Monospar Co.Ltd.の資産一切を引き継いで、成立しています。
Monospar Co.Ltd.は独特の単桁の翼構造で各社から注目され、英国航空省、イタリアの
Caproni社、Saunders-Roe Ltd.なども相次いで採用しています。
また、London Air Parkと言う小型機用飛行場を有しており、飛行学校、修理工場なども
所有しています。
第二次大戦前は、その翼構造を採用した軽飛行機を製作し、大戦中は主にGliderを、
更に戦争末期以降は、研究機の製作が主な仕事となり、後にBlackburnに吸収されています。