1 :
名無し三等兵:
日本帝国海軍陸軍のなかの飛行部隊について語りましょう。
2 :
名無し三等兵:03/06/16 23:31 ID:CaJC++PS
海軍の方が、大戦中は番号制だから分かりやすいよね。
700番台は陸上攻撃機とか。
3 :
名無し三等兵:03/06/16 23:47 ID:jJCQkR7A
やっぱり飛行部隊っていうのは陸軍海軍にあって、特別な存在なんですか?
4 :
名無し三等兵:03/06/17 01:24 ID:QmVT0sQC
空軍のこと?
5 :
ウー壱○五:03/06/17 02:27 ID:???
海軍の航空隊が陸軍と一番異なる点
搭乗員や整備員の養成を学校を作らず、教育部隊で
行ったこと。海軍ー練習航空隊、陸軍ー飛行学校
>3
特別な存在 いろんな意味でそうだったと思う。
・もっとも戦局に影響する兵科であることが認識され、
予算、人員が優先された。
・支援する多くの部隊があり、そのなかで実際に戦闘を行う部隊であるため、発言権が大きかった。
・専門知識を有するため、一般兵科より、進級が優遇された、また
選抜試験が難しく(戦時中の大量採用ですら競争率は10倍に近い、戦前なら100倍以上)
エリートであった。陸軍だと、航空士官学校がつくられるなど、兵科のなかで、別格扱い。
戦後、学力認定で、搭乗員は旧制中学卒の扱いになった。
厨みたいな言い方だけど、やっぱカッコいいよなぁ。
他の兵科に比べるとアカ抜けてる感じがする。
まあ、陸軍の加藤建夫戦隊長みたいに坊主頭にする人もいますが(w
7 :
:03/06/17 22:24 ID:???
でも死亡率とか著しく高かったりするんでしょ?
>>5 「乾坤一擲」の決戦をする為の制度ですから…
デメリットとしては(以下省
9 :
:03/06/17 22:34 ID:???
死亡率がどれくらいか知ってる人がいたら教えてください。
なんでも日本にアメリカが上陸したときに操縦者と名のつくものはすべて
特攻死を遂げている予定だったとか何とか?
大戦末期には飛行時間50時間程度の初心者まで
第一線に大量に借り出したけど、飛行機が絶望的に不足していた。
多くは特攻隊といわれたが、実際には搭乗員がだぶついていた。
そのため、太平洋戦争全体で搭乗員ひとまとめを分母に統計を取ると
生還率は異常に高くなる。
だから採用年度ごとの人数で計算するしかありません。
戦闘機の場合、
熟練者は邀撃&特攻機の直掩、未熟なものは特攻(おとり)だったようです。
他の機種では部隊によって、まちまち。
>>10 ほーそうなんですか。ありがとうございます。
しかし、捨石にされた人はあまりにも可哀相ですね。
12 :
名無し三等兵:03/06/17 23:09 ID:FRfdH+aD
平時の訓練だけで死亡率1割のクラスもあり・・・
13 :
名無し三等兵:03/06/18 00:22 ID:cR1QP17H
しかしロマンがあるよね。
歩兵隊だと死ぬときも悲惨だが、
航空隊は悲惨な中にも散華って感じがするから。
陸海軍の航空部隊の一番の違いは規模だと思う
15 :
名無し三等兵:03/06/18 20:45 ID:qNlpyXee
航空隊ってすぐ戦死するから補充を逐次航空学校からするって感じなんですか?
しまいにゃ学校の教官まで迎撃とかに上がりはじめた。
>>15 補充もしたけど、航空兵力の絶対数が
連合国に比べ不足していたので、部隊を
再編成して、新規の部隊を頻繁につくった。
もちろん、新兵の戦死&事故死率は高いでし。