どうも零戦にさんざんやられたと言う認識しかないせいか
日本では不当に評価の低いP-36。しかし……
1.隼の原型機の初飛行よりも3年も早く飛んでいた
2.任務に必要なだけの性能を備えてはいなかったけど
3.結果的にはアメリカが勝ったからオッケー
4.ヨーロッパでも格闘戦と航続距離で枢軸軍戦闘機を圧倒しなかった
事実をかんがみれば、零戦などくらべるのもおこがましくはないけど
優秀な戦闘機だったのだ。
P-36が優秀じゃないなどと言うのはスペックヲタの戯言
〜¶
∧⌒∧ ∧彡 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ノ ( ´∀`) 彡 ・\ < ヤタ!蒙古チンギスハン様が2げっとだモナ!
§∠ 》|#◎ 彡 人_) \お前等モンゴルにひれ伏せ!農耕民族逝ってよし!
[##フ==) /━━> \__________________
〆(//**/― _ \
/(___) ヽ\\
ε≡≡≡ / /| | ノ /) )
スレタイ一発ネタでワラタ…
だが、P-51→P-38と来たんだから、普通にP-47にした方が良かったとは思うが。
WWII最優秀戦闘機は「P-39エアコブラ」
>4
それ、ネタでなくてイェーガーがそう断言してる
もっとひねったネタきぼんぬ
これじゃくいつけないよ
つーか「最優秀戦闘機」スレでタイトルに取り上げられた戦闘機の
議論なんてほとんどないじゃん
1が狂気の神のごとく資料を集めていて、それを公開するんなら
ともかく
P-36はいつまで使われてたの?
>1.隼の原型機の初飛行よりも3年も早く飛んでいた
>2.任務に必要なだけの性能を備えてはいなかったけど
>3.結果的にはアメリカが勝ったからオッケー
>4.ヨーロッパでも格闘戦と航続距離で枢軸軍戦闘機を圧倒しなかった
1.以外は優秀と言えないじゃん(w
でも、単葉固定脚戦闘機と複葉引込脚の戦闘機って、そこはかとなく
萌えるものがあるなぁ・・・
語る?
ウホッ
いい戦闘機
>>11 97戦対I-153くらいしか思い浮かばないよ…。
>>12 モホー
いい戦闘機
の方が適切ではないか。
15 :
ちょと:03/05/22 20:30 ID:???
P-36にアリソン積んだのがP-40ですよね。
P-40は冷却器の位置が悪かったけど、出来としては悪くない(と思う)。
P-51もP-40の改良機みたいなものとも言えるのでは。
P-36は登場した時期に活躍出来なかったけど、後の米戦闘機の発達を考えると
かなりの優秀機といえると思う。
WWII最優秀戦闘機は「○○」のガイドライン
どうも開戦極初期に零戦にさんざんやられたと言う認識しかないせいか
(それにしたってせいぜい珊瑚海とミッドウェイ程度)
日本では不当に評価の低いF4F。しかし……
1.開戦直後に充分な数が揃えられた
2.任務に必要なだけの性能を備えていた
3.中期以降では零戦と互角以上に戦った
4.ヨーロッパでは格闘戦と航続距離で枢軸軍戦闘機を圧倒した
事実をかんがみれば、零戦などくらべるのもおこがましいような
優秀な戦闘機だったのだ。
F6Fも最終的にはF4Fの拡大版に過ぎない。
WWII最優秀戦闘機は「某研究者」であろうか(苦笑
まあ開戦極初期に零戦にさんざんやられたと言う認識しかないせいであろうか
(それにしてもせいぜい珊瑚海とミッドウェイ程度ではないのか)
日本では不当に評価の低いF4Fなわけであろうか
然し
1.開戦直後に充分な数が揃えられたであろうし
2.任務に必要なだけの性能を備えていた可能性も否定できないということか
3.まあ中期以降では零戦と互角以上に戦ったのであろうか
4.ヨーロッパでは格闘戦と航続距離で枢軸軍戦闘機を圧倒したのだろうか
事実を考えれば零戦などくらべるのもおこがましいような
優秀な戦闘機だったわけなのか(苦笑
矢張りF6Fも最終的にはF4Fの拡大版に過ぎないのであろうか
18 :
名無し三等兵:03/05/22 22:14 ID:AT0fpCgR
P-40にR2800を載せて先祖がえりさせたら最優秀かも
その場合、名前はP-36を踏襲するわけか
WWII最優秀戦闘機は「XF5Uフライングパンケーキ」
どうもに実験機の試験飛行しかしないままにWWIIが集結したと言う認識しかないせいか
(それにしたってせいぜい20回程度)
日本では不当に評価の低いXF5U。しかし……
1.終戦までに実機すら完成しなかった
2.非常にユニークな性能を備え(る予定)ていた
3.完成していれば烈風よりは有利に戦えた(予定)
4.ヨーロッパでも格闘戦と航続距離で枢軸軍戦闘機を圧倒出来た(筈)
これらの事実を鑑みれば、P-51など比べるのもおこがましいような
優秀な戦闘機になるかもしれなかったのだ。
XB35も最終的にはXF5Uの拡大版に過ぎない。
「三代目、売家と書いて外に出し」だったかな。
こんな感じの話がぴったりで。
最初のエアフレームがそこそこ良かったから、その派生型を延々と作りすぎて
戦闘機の時流に乗り遅れ、最後には消滅したのが、何となくそこはかとなく悲哀
を感じさせる。
>18
そんな機体、既にあったり(w。
P-36にV-1710とターボ過給器を取り付けたのが、XP-37。
P-36を固定脚にしたのが、Model75H。
P-36にV-1710を単純に載せたのが、P-40。
P-36に延長軸付R-1830と、空気抵抗軽減型カウリングを取り付けたのがXP-42。
P-40には水滴風防を取付、顎下の冷却器を翼下に移し、殆どP-51と変わらなくなったXP-40Qがある。
更に、
P-40の後継機として、P-40の重量軽減とスリム化、内側引込脚の採用を行ったXP-46。
これは、速度がP-40Dと変わらず、結局不採用。
P-40に、Continental XIV-1430-3エンジンを搭載し、層流翼を取り付けたのが、XP-53。
P-40Dの胴体と尾翼を流用して、エンジンをV-1650-1に換装し、内側引込脚に12.7mm×8、防弾装備
完備のXP-60とそのエンジンをV-1650-3にして、4枚ペラを採用したXP-60D。
XP-60Aは主翼、胴体をP-60と同じものとし、エンジンはV-1710-75、ターボ過給器装備として部品取り
に使用され、更にXP-60Eに至り、水滴風防とR-2800-13エンジンを採用し、最終型XP-60FはR-2800-53
に二重反転3翅プロペラを装備。
いずれも、P-40の優先生産のため、徒労に終わる。
で、更に更に、P-60と並行して、与圧コクピットにR-3350を搭載したXP-62まであったりする。
その海軍型でエンジンをライカミングXH-2470-4にしたのが、XF14C。
これらも、実用化が遅すぎ、あえなくキャンセル。
21 :
名無し三等兵:03/05/22 23:18 ID:AT0fpCgR
ホーク75が固定脚でホーク75Aがヒキーではなかったかと記憶してますが
中国に輸出されたのは75Aから再度固定脚に戻したのかな(それが75H?)
まあ、P-36として採用されたのは最初からヒキーだったわけで、
P-36という型番に固定脚は存在しないわけだか
>21
「お客さん、最新鋭の戦闘機有りまっせ。
しかも、米国陸軍で使われているP-36と同じメーカーが作っているお墨付きだ。
P-36の発展型。今なら格安!」
まぁ、いわばP-36(と言うか輸出版Hawk75)には二種類ありまして、先進国向け
引込脚型のHawk75Aシリーズと、廉価版で軽量化した発展途上国向のHawk75H
がありました。
中身は、線図は同じですが、主脚はスパッツ付の固定脚とし、エンジンはAの1000
馬力級ではなく、900hp程度のR-1820。
武装はそれなりにありました(7.62mm×3、12.7mm×1、150lb爆弾×2)。
試作機は75Hで、2機の試作機のうち、1機は宋美齢からシェンノートに送られ、もう
1機はArgentinaが購入した。
その中国生産型が75Mで、カーチスが30機生産し、残り82機を中国国内で生産予定
だったが、実現せず。
Thailandは、翼内機銃を7.62mm×2を×4に換えた75Nを25機購入。
最初の試作機を買ったArgentinaは、翼内機銃を7.62mm×6にした75Oを20機購入し、
30機をライセンス生産。
固定脚型の最終型は中国が2機購入した75Qで、初めて1000馬力級のR-1820に換装し、
翼内機銃を全廃して翼下に23mmマドセン機関砲を装備したもの。
流石に、1939年になってからは時代遅れで、これ以降の生産はない。
ちなみに、Hawk75Aの輸出型は、まともに機体の開発が出来なかったFrance
空軍向けが最初で、P-36Aのエンジンをツインワスプの輸出型に換え、機首と
翼内機銃は、7.5mm各2丁としたA-1を100機受注したものから始まり、追加分
100機は、A-2としてエンジンを換装し、翼内機銃を7.5mm各2丁となった。
次の135機発注のA-3からは、1200hpのエンジンに換装し、395機発注された
A-4はサイクロンに換わった。
但し、A-3が60機、A-4が6機到着した時点で、Franceは崩壊し、A-3が20機
モロッコのFree-Franchに引き渡され、残りは英国規格に換えて、機関銃も
7.7mmに変更してMohawkIII、IV(I、IIはA-1、A-2の亡命機)として引き渡される。
中国は、1939年にA-4と同じ仕様のA-5を発注した。
これを中国国内でライセンス生産する予定だったが、工場が爆撃を受けてしまった
ので、インドのヒンダスタンで生産する予定にしていたが、48機の生産機は1機も完成
しなかった。
Norwayは、A-2仕様で7.9mm機関銃×4装備のA-6を24機発注したが、13機がドイツ
軍に鹵獲され、うち8機がFinlandに故買されている。
残りはCanadaで亡命政府空軍の練習機となった。
更に、A-4仕様のA-8が36機発注されていたが、6機は亡命政府に引き渡され、残り
は米陸軍がP-36Gとして使用して、中古機は28機がレンドリースでペルー空軍に
引き渡されている。
A-7はオランダが20機発注したものだが、本国が占領されたので、東インド空軍が
引き取っている。
最後はA-9で、1941年3月にA-4仕様を10機、ペルシャから受注したもの。
完成時にはIranは英ソによる分割占領を受けており、英国が機体を接収した。
>26
両方ともあるのよ
「唐様」の方が落語のマクラに使われたりして
有名なんだけどね
>24
この辺は「北欧空戦史」とかが詳しいけどね。
何処かに埋もれていて資料が出てこない(苦藁。
彼の国は中立国で、米国からF2AとイタリアからG-50を購入してた訳で。
主力戦闘機として白羽の矢が立てられたのが、G-50だったりする。
ただ、冬戦争でソ連に痛めつけられ、米国から見放され、英国は遠く、フランスは
占領されている状態で、ドイツしか頼る国がなかった。
で、1941年にFranceで鹵獲したHawk75Aと隣国Norwayで梱包の儘、鹵獲された
Hawk75A-6をそれぞれ、21機と8機買い入れ、CUのコードを与えて装備していた。
独ソ戦勃発で、更に元France、NorwayのHawk75Aを16機供与されたが、1944年9月4日にソ連に
降伏し、休戦条約によってドイツ軍を領外に追い出さなければならなくなった。
この時、主力戦闘機は既にBf-109Gだったが、基地から主戦場の北ラップランドには
届かず、ブレニム爆撃機を護衛して、最後の一花を咲かせたりしている。
内訳は、
Hawk75A-1がCU-566、568、573、577、578、587
Hawk75A-2がCU-551、556、574、575、579〜581、584、585
Hawk75A-3がCU-552、562、563、571、572、576、582、583、586
Hawk75A-4がCU-501〜507
Hawk75A-6がCU-553〜555、557〜561、564、565、567、569、570
更に、1943年にソ連から鹵獲したP-40Mを1機、KH-51として使用している。
30 :
名無し三等兵:03/05/24 10:43 ID:4MM+DNP7
ホーク75Aって初期欠陥がいろいろあって、
まともに戦える戦闘機になったのはかなり後のこと
WW2には間に合ったけど、スペイン戦争あたりじゃボロボロだった
モホークは磯野船専用機
25歳。
去年まで飛行機に興味無し君だったけど、Fighter Aceで
フライトシムはじめた。一度やってみなよ。
料金は一ヶ月1000円(税抜)、クレジットカードかウェブマネーどちらでも払える。
払うだけ払ってプレイせずに一ヶ月分の料金だけでやめることもできるし、
思い切って飛んでしまえば君もエースになれる。
金なきゃオフラインでフライトすればいいだけ。暇つぶしになる。
爆撃機とか空母とか色々あるのでマジでお勧め。
http://game.2ch.net/test/read.cgi/fly/1053577223/
P-36の初飛行は1936年5月で、隼どころか九七戦より半年ほども早い。
欧米機としてはスピットに遅れること数カ月で、近代戦闘機第一世代の最終ランナ−か。
最初のコンペではP-35に負けたけれど、その後の改修によって米陸軍主力戦闘機にも採用
されたし、1940年のフランス戦では最も戦果を上げた仏空軍戦闘機にもなった。
1はモーホー。
それは周知の事実
三十年代半ばの米戦闘機はまだ明確なコンセプトを確立できていないように見える。
すでに戦闘を経験していた日本は運動性重視に傾き、ドイツは速度に活路を求めた。
イギリスは世界に先駆けて一千馬力級のエンジンを実用化して、高速+重武装こそが
新世代の戦闘機に必要だと考えていた。
>37
英国人は保守的とされるけど、軍事航空では妙に先走ったことをやったりするんだな。
1934-5年ころに単位時間当りの発射弾数と投射重量から小口径多銃主義を取ったのだが
同時に高速戦闘機同士の格闘戦は有り得ないとの判断もしていたりするわけで。
後年の有人機不要の判断と同じで、いかにも役人が頭だけで考えた先走りだよな。
>>38 あんまり先走り過ぎて今じゃ見る影もありませんね。
どこか違う地平を目指して、彼らは今もかっ飛んでいるのでしょうか?
タイフーンなんか極端に保守的だと思うけどな
タイフ−ンは計画時期を考慮したら相当先進的でしょう。
初飛行は1940年の頭頃で、栄装備の十二試三号機とそう変わらない頃だ。
>41
ナイスボケ
43 :
名無し三等兵:03/05/27 22:13 ID:5VLfQtXj
タイフーンとコルセアが大体同世代だと思ったが
タイフーンは設計の古さとは裏腹に、一撃離脱戦法のみで戦うことを前提にした
かなりラジカルな戦闘機であった
予定では20mm×6に700km/h以上の高速を発揮するはずだったのだが・・・
タイフ−ンの初飛行は1940年2月、コルセアは1940年5月だね。
十二試艦戦の3号機は1939年12月に完成して翌月に飛んでいる。
タイフ−ンのエンジン違いのトルネ−ドは1939年12月に初飛行。
45 :
じんべえ:03/05/28 00:03 ID:74pGVbJN
隼がヘボいだけ
>>41 タイフ−ン/トルネ−ドの要求仕様が出たのは1937年なんだけど、2000馬力、速度640km/h以上、武装7.7mm×12
以上ってのは野心的な計画だよな。
当時はハリケ−ンもまだ試験中だし、日本じゃ零戦の試作要求が出た頃だね。
武装7.7mm×12、っていうのがなんともイギリスらしいが(w
ハリケーンに12丁搭載型があったっけ?
ハリケ−ンの12丁搭載型はMk.IIBね。1941年初めから部隊配備。
タイフ−ンは英本土航空戦による開発優先順位の低下や不具合がなければ、1941年前半に
は戦力化できたかもなあ。まあ、不具合の原因には設計の見込み違いもあるんだけどね。
12丁積んでも7.7mmじゃ空戦に使えないと思うのですが・・・
腰抜け12丁7粍7
>>49 いや、発射速度というか、弾数とか弾幕重視で当てる事が目的だったようでつ。
エンジンやラジエータに当たりゃ落ちるし、コクピット付近に当たればミンチ!
さすがにハリケーンの香具師は、運動性落ちたようだけど...
52 :
名無し三等兵:03/05/28 12:56 ID:13cUElyh
P-36vsF2A
どっちが勝ちますか?
そりゃ、F-2Aだろ
スパローでアウトレンジされたらどうにもならない
>49
双発爆撃機相手には力不足だったが、bf109あたりには十分。
>52
マジレスしとくとバッファローの勝ち>北欧航空戦史
56 :
山崎渉:03/05/28 15:44 ID:???
∧_∧
ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄〕
= ◎――◎ 山崎渉
1934・5年頃、英空軍は高速化する航空機の武装についてオペレーションリサ−チを行った。
その結果、攻撃の機会と時間は極めて限られ、短時間に大量の弾丸を発射して命中率を確保
すると同時に充分な重量を投射して破壊しなければならないとの結論を得た。
これをもとに7.7・12.7・20の各機銃の性能と装備形態を比較検討した結果、7.7mmを多数
搭載するのが最も有利と判断された。
尚、弾丸自体の威力については、当時は装甲や防弾装備を持つ機体が存在せず、また英空軍
は7.7mmの焼夷弾を持っていたため十分とされた。
58 :
名無し三等兵:03/05/28 20:04 ID:5/1w+fow
イギリスの7.7ミリはブロ−ニングだからな。
日本みたいに旧式のビッカ−スをいつまでも使ってたのとは違うわな。
フランスで活躍してなかったか?
61 :
名無し三等兵:03/05/29 09:34 ID:n4PjYnp8
>>38 近年の技術の進み方みてると、マジで有人戦闘機って要らなくなりそうでコワヒ。
62 :
名無し三等兵:03/05/29 22:15 ID:mr6BQ4K7
スピットファイアとの模擬空戦では、高速での補助翼が軽く、
640km/hで降下中、スピットの追撃からロールで逃れられるとの評価だったが
P-40になってその長所はどうなったんだろう
>>62 ほほう。
そりゃ零戦ではとてもかないませんな。
隼が撃墜できずに悔しがったってのも道理です。
やわな日本機は低速域の鋭い機動でオナニーしとけってか(w
>>62 裏返すと
無駄に頑丈で、補助翼のききがいまいち
65 :
名無し三等兵:03/05/30 22:08 ID:/H8ancy7
62に補足しますと、模擬空戦の結果は、
スピットファイアが高速を生かした戦術に切り替えて
モホークの投了となりました
>>64 ええと、頭は確かか?
ロールレートが良好=補助翼が最後までよく効く、つーことなんだが…
イギリス機スレを見失い、どこで聞いて良いのかわかんないので、飛行機関係に
くわしそうなココでちょっと質問させてくださいな。
「Beaufighter」って、カタカナでは「ボーファイター」って書いてあるやつなんですかね?
そのまんま読むと「ビューファイター」のような気がするのですが?
あと、スピットのエース「Beurling」なんですが、これも今まで見たのは「ビューリング」
あるいは「ビュアリング」と書いてあったのですが(これはどちらも納得できます)、
先日発売された本には「バーリング」???(これは初めて!)・・・どれが本当の
発音に近いんでしょうね?
NOVAウサギに聞いてみ。
Beaufortを最初にボーフォートと発音してしまったための悲劇です
70 :
名無し三等兵:03/05/31 15:48 ID:0UaA3s7Q
あの、英国の人名地名は、むしろボーが普通です。
完璧に誤読の例は、ビューフォート風力です。
>67
英語圏の人間に言文一致を期待するのが間違い
>>66 高速で補助翼がよくきく=低速で補助翼のききが良くない
じゃないの?
73 :
名無し三等兵:03/05/31 22:21 ID:BUnoi60x
高速での補助翼の利きは、補助翼の重さと主翼のねじれ強度に関わるもので、
決して低速での利きと両立しないものではありません
74 :
名無し三等兵:03/06/01 00:55 ID:PyzzLfhn
75 :
68:03/06/01 05:28 ID:???
>>75 「beautifulはボーティフォーでも、通じるんかな」という
1行をみれば、74がアホだということははっきりする
気にしなくていい
ブックシェルフで調べますた。どっちでも良かった
78 :
名無し三等兵:03/06/01 16:45 ID:uth1RgtC
Re2000とどっちが強いですか?
79 :
名無し三等兵:03/06/01 17:09 ID:Gnx65pzp
>>78 どっちもつよくないです。
CR42bisがさいきょうです。
80 :
名無し三等兵:03/06/01 18:52 ID:uth1RgtC
>>79 それじゃあ、J20とどっちが強いですか?
>80
J20といってもざっと4つほど思いつくが
いったいどれのことやら
82 :
名無し三等兵:03/06/02 23:12 ID:X2mI6cSv
P-36を上から見るとかなり細い胴体ですが、
これは液冷エンジンへの換装を最初から想定してたんでしょうか?
>>78 Re2000はイタリア機の中でも駄作の類。
>>79 複葉機としての特性を生かした戦いかたなら…
84 :
名無し三等兵:03/06/03 21:50 ID:qba8SrqQ
アホぬかせ
Re2000はプログラムRに応募した作品の中で最も高性能だったんだぞ
ただ、時期がちょっと遅かったのとコスト高で大量生産には至らなかったが
なんとイギリスまでも同機の性能に興味を示し、購入を打診してたとか
>84
それは多分英国人の本質である
コレクター(マニア)としての
本領発揮なのでは?
P-35、P-36に影響受けた戦闘機は多い
空冷戦闘機の種の起源としては傑作機だろう
ところでP-43いいよな
>86
全くもって同意。排気タービン装備のP-43槍騎兵萌え燃え…なんだが、中国軍に供与された以後がよくわからん。
同じく中国に行ったP-66はぱっとしなかったらしいし、陸軍航空隊のスコアの足しになってしまったのか。
>87
朝日ソノラマの「フライング・タイガー」によると、一時期著者のスコット大佐が専用機として
使っていたらしいですね<P-43。
ビルマから昆明までの空輸作戦の護衛機として使ったが、燃料系統に問題があったので
後にP-40と交代したようです。
もうなんでもありだな。
P-39も独ソ戦で活躍したから傑作機、P-59も米国初のジェット戦闘機だから傑作機。
いや、タイトルはネタ何で、米WWII戦闘機スレとして使用して良いのではないか。
>89
P-59はアリソン装備でプッシャー方式の単発レシプロ戦闘機だよ
92 :
名無し三等兵:03/06/06 12:48 ID:CmRrutfz
>91
まあそこまで細かく突っ込まなくてもいいでしょW
中途で開発中止になった機体だしね。
>92
初めっからアンダーカバーに使われ とか書こうと思ったが
確かに計画中止になった戦闘機の名前を変えただけのもんである
ことは事実だな
>89
P-39"鋼鉄製の犬コロ"は対地攻撃機として紛れもなく傑作機だが(w
発展型のP-63なんか作ってるところを見ると、ベル社の連中はよっぽどあの設計に自信があったのか。
95 :
名無し三等兵:03/06/06 20:48 ID:8J1vCJ2o
P-55がアセンダー(推進式レシプロ)でP-59がエアラコメット(純ジェット)ね
>>94 P-63はあの配置による重量物の重心付近配置により
究極の旋回性能を持ったと聞いた。
97 :
名無し三等兵:03/06/06 21:09 ID:8J1vCJ2o
P-39も理論上はそうなるはずだったんだが、実際の評価は
「低空を低速で大きく旋回するしか取り柄のない鈍重な戦闘機」
P-39より翼面荷重の増したP-63がそれよりいい評価を得られたとは思えない
ソヴィエトで大活躍してるじゃないかに!
P-63も、マーリン搭載してたら結構な高性能機になっていたのだろうか…駄目ぽ?
>95
レシプロの計画に与えられたのがXP-59、ジェット機はXP-59Aだね。
P-55はカ−チスの機体だし。
P-39は最初の試作機のままターボ過給器装備で開発されていたら、
また違った戦闘機になっていたかもしれないな。
101 :
名無し三等兵:03/06/06 21:33 ID:8J1vCJ2o
ただでさえヘタレな上昇力が低空ではさらに悪化し
戦闘高度まで上昇するのに何十分もかかること請け合い
102 :
_:03/06/06 21:34 ID:???
>>101 タ−ボが付いてると低空でのエンジン出力が低下するのかい?
過給器がどういうものだとか、タ−ボのメリットとか(以下略)
ターボをつけると低空でのエンジン出力が増すのかい?
ターボの重さを補償できるくらいに
106 :
名無し三等兵:03/06/06 21:59 ID:y8KQMOms
過給機付きでも出力特性は様々だからね。高度が上がってもほぼ同じ出力を維持して
その後落ち込むエンジン、高度が上がるにつれ次第に落ちるエンジン、高度の上昇とともに
出力が増加した後落ちるエンジン。
排気タービン過給器がある=機械式過給器がない
P-39にも機械過給器はついとるよ、一段のだけどさ
>>104 低空では出力の落ちるターボもありますよ。
>108
無いよ、そんなもん
というか、実際どうなの?
P-47を「高高度に特化した機」と考えてる人は多いようだが。
>>110実際そうだろ。
中低空用は制空戦闘機のP51がある訳だし
P-47が高高度性能(ただし1万を大きく超えてなんてレベルじゃない)を要求されたこと
と、そのために排気タ−ビン過給器を装備したのは事実だが、高高度に特化した戦闘機と
いうのとは違う。
同様にP-51が中低空用の戦闘機というのも違う。確かに一段過給器のアリソンを装備した
A型までは高高度で使える戦闘機ではなかったが、マ−リン装備のB型以降はP-47に匹敵
する高高度性能を持っていた。
ただ、どちらの機体も、所謂、高高度戦闘機と言われるようなもの
が狙っていたレベルとは違う。
米軍だって全高度でそこそこの性能を発揮できる汎用戦闘機が欲しかったことだろうが
アリソンとターボ加給器しか持たない米軍には低空専用か高高度専用しか選択の余地はなかった
後にマーリンとダブルワスプという傑作エンジンが手に入るわけだが、
P-47の開発が始まったころはアリソンしかなかった
>113
P-47の開発が始まった時にアリソンしかなかったというのは誤解だ。
後の機体とはまったく違う小型の軽量戦闘機P-47Aがアリソン装備で試作指示されたのは
1939年8月だが、この時は既にツインワスプやサイクロンが実用エンジンとなっていて、
スレタイトルのP-36やその輸出型に装備された他、P-35やP-43もツインワスプ装備だ。
P-47A計画がキャンセルされた1940年初めにはR-2800もそろそろ実用域に達しており、
P-47Bの開発は1940年6月に米陸軍に提案されている。
タ−ボ過給器付アリソンを積んだP-39の試作機は、
630km/hの速度と6000mまで5分の上昇力を発揮したそうだ。
>115
武装全く無しに加えて目張りしてその速度だったような。
しかも米軍機の中でもろくに動いた機体の方が少ないアリソンとターボ過給器の組み合わせじゃなあ…。
そりゃNACAだってターボ過給器外すわ。
P-63ではアリソンに機械式二段過給器付けたのを使ったんだっけ?
エンジンに外付けした分だけでかくなったから胴体再設計→P-39に比べて大型化したとどっかで聞いた。
試作1号機だからね。武装なし&目張りは当然と言えば当然かも。
P-39がタ−ボを外したのは、タ−ボ付きはP-38がいい線いってたので安く上げたかった説
やタ−ボ&エンジン回りの冷却がうまくいってなかった説なんかがあるらしい。
モーホー
排気タービン過給機とアリソンの組み合わせは米陸軍期待の新機軸で、P-37、P-38、P-39
の各試作機に装備するよう指示された。
この中でエンジン周りに大きなトラブルを抱えることなく実用化できたのはP-38だけで、
他の二機は排気タ−ビンの過熱に悩まされた。
これは機体の大きさからくるエンジンと排気タ−ビンのレイアウトの違いによると言う。
尚、P-37はP-36の機体に排気タービン過給機付きアリソンを装備した発達型。
120 :
名無し三等兵:03/06/11 20:20 ID:G4sjp+6U
P-36はいい飛行機でそ。
欧州では相手が悪かっただけ。(Bf-109)
>121
P-36が太平洋戦争で日本機と直接対戦したのは、おそらくはハワイで零戦に護衛された
九七艦攻を撃墜したケ−スだけではないかな。
この時は数に勝る零戦の追撃を振り切って帰還していますね。
トラ!トラ!トラ!あげ
フィリピン辺りならP-36が一線機として配備されててもおかしくないよな
なんせP-26があったくらいだから
>>122 大空のサムライを読め
それとハワイのときは蜂の巣にされたが雲に逃げ込んで助かった
>124
P-26を使ってたのはフィリピンの航空隊。
米軍はP-40を使ってた。P-35も少しあったようだな。
>125
蜂の巣にしようが雲に逃げ込まれようが、護衛に失敗して敵を取り逃がしたのに変わりはない。
しかも数の多い零戦は実戦経験を積んだ搭乗員なのに、2機のP-36の方はどちらも初めて実戦を
経験するパイロットだったわけで。それに一方的に逃げた訳でもなくて、零戦も被弾してるし。
>護衛に失敗して敵を取り逃がしたのに変わりはない
なんで「護衛に失敗して敵を取り逃がした」なんて事にこだわるの?
零戦>P-36なはずなのに、数等の有利な条件が揃っていたにも拘らず、任務に失敗したから。
太平洋戦争開戦時にフィリピンに展開していた米陸軍極東空軍の戦闘機は、
P-35が28機、P-40が72機、フィリピン航空隊のP-26が12機で、P-36はない。
米陸軍航空軍のP-36で日本機と戦ったのはハワイ空軍の所属機だけだが、
ジャワの蘭印航空隊にはホ−ク75Aがあった。その多くは対地攻撃に消耗さ
れて日本戦闘機と空戦することはほとんどなく、1942年2月のスラバヤ空襲
に際して出撃したのは、6機、あるいは2機とも言われる。この迎撃戦には、
ホ−ク75Aと外形が似たカ−チスCW-21が多数出撃した。
>>129 で、何が言いたいの?
その一件だけでP-36は零戦より高性能とか言うの?
まあ、ハワイの一戦に関しては、P-36は多数被弾したけれど
攻撃機を撃墜・生還したわけだから、P-36の判定勝ちでしょう。
>ホ−ク75Aと外形が似たカ−チスCW-21が
マニア的にはちょいひっかかりを覚える文章だな
>>133 迷彩していて空戦中なら誤認の可能性を否定できない程度には似ているかも
>>127 P51の護衛をかいくぐってB29を攻撃・生還した日本機はかなりいるわけですが
>135
B-29を撃墜・生還すれば、局限された戦闘としては勝ったと言えるでしょ。
おまいら、陸軍第64飛行戦隊の加藤隊長のお言葉を忘れたとですか?
護衛戦闘機の任務は、攻撃隊の護衛であって
迎撃にあがってきた敵戦闘機撃墜じゃないですよ。
>>134 P-36のヘタレ評価にはCW-21と誤認してた部分があるってこと?
蘭印のホ−ク75Aは太平洋戦争開戦後に初出撃した時、4機が爆装して対地攻撃に出たが、
故障や離陸失敗で任務を果たしたのは1機だけだったという。練度に問題があったようだ。
>>136 だからといってその日本機が優秀という事にはならないでしょ
>139
日本機の平均的な稼働率も大差ないわけだが
>>138 坂井氏の記述は誤認が含まれている可能性が高い。
空戦当日、敵は各17〜8機の3群で主力は見慣れないP-36と書いている。
明らかにP-36とわかる描写が10機以上、さらにP-36の撃墜描写も6機余り。
当時実際に存在した蘭印航空隊のホ−ク75Aよりも遥かに多い。
143 :
なでるくん:03/06/17 22:02 ID:Zm/hDbQ5
P-35とP-36を空戦中に見分けられたら天才だ
坂井氏が間違えたのはホ−ク75AとCW-21。
P-35はいない。
>>140 白い猫だろうと黒い猫だろうと
鼠を取る猫が良い猫だ。
>>145 鼠を一匹取ったというだけで良い猫とは言い切れない。
十匹取った猫と比較してどうだろうか。
また「鼠を取る猫が良い猫だ」という価値観は絶対ではない。
そもそも価値観に絶対など無いが。
少なくともハワイでは、
P-36=良い猫
零戦=役に立たない番犬
てことだな。
ハワイの戦果だけで機体の性能を決定するんですかあ・・・
ハワイではむしろ搭乗員の問題だろ
本能的に戦闘機乗りは、敵機を見た瞬間護衛をほっぽらかして襲いかかる
という癖があった
襲いかかったのならちゃんと撃墜するなり蹴散らすなりしてほしいもんだ。
151 :
なでるくん:03/06/18 20:59 ID:HURmnYzq
>144
フィリピン攻撃の際にP-35と遭遇する可能性は大
坂井が闘った相手はP-36とその輸出型、P-35の3種類の可能性があるわけだ
152 :
なでるくん:03/06/18 21:34 ID:HURmnYzq
CW-21はあんまりホークに似てないと思う
あれが似てるんならテキサンもホークに似てしまうじゃないか
台南空が太平洋戦争初期に作戦したフィリピン・ジャワ方面に米軍のP-36は配備されていない。
蘭印軍のホ−ク75Aとはスラバヤ空襲で初対戦したが、そこにはP-35はいなかったし、坂井氏も
敵戦闘機の主力は見慣れないP-36だと書いている。P-35はフィリピンで見ているはずであるから
見慣れないとは書かないだろう。で、スラバヤにホ−ク75Aは数機しかなく、形が似ていて数の
多かったCW-21と誤認しているのではないかと、坂井氏の文章からは伺えるわけだ。
迎撃すらできずに地上でやられたP40はクソ猫か?
太平洋戦争開戦の1941年12月当時、P-36は既に旧式機であり、P-40と急速に交替していた。
ハワイでもフィリピンでも主力機は完全にP-40であった。ハワイで主要基地のP-40部隊が
地上撃破される中、P-36が迎撃に成功したのは主力機でないために小規模な衛星基地にい
たからだが、その旧式機が零戦をかわして戦果を上げたのは大殊勲だろう。
フィリピンにさらに旧式なP-35があったのは機種変換が間に合わなかっただけの話だが、
こちらはP-36のような幸運には恵まれなかった。
>154
P-40はネコの仲間じゃない
タカの仲間だ
>>152 まさかとは思うが、CWはコモンウェルじゃないよ。
CW-21はカーチスライトの輸出専用戦闘機ね。
日本陸軍は1942年後半に英空軍のP-36と対戦しているが、
梅本氏によれば隼I型とP-36は旋回性能がほぼ互角で、
互いにやりにくい相手だと日英双方とも捉えていたそうだ。
前進翼って、あんた、取り合えず直線翼ってことにしとけよ。
でね、斜め前方やら後方から見たりしたら、案外似て見えるかもよ。
なんせ、P-40Bのことをことごとくスピットと報告したり、
太平洋戦争初期の英空軍ではメッサ−との遭遇報告が大量発生した
なんて例は腐るほどある。
161 :
名無し三等兵:03/06/20 21:54 ID:WQK2KIpC
CW-21って馬力と重量からして結構性能が良さげだけど
(1000馬力、全備で二d)実際の評価ってどんなもんでしょう?
162 :
無料動画直リン:03/06/20 21:54 ID:d+oNzAhn
主翼後縁の前進角が前縁の後退角より大きいのを前進翼と呼ぶんじゃないの?
まあ、何に似てるかは議論の余地があるとしても、坂井氏が誤認しているのは、
その書き様からして間違いなかろうな。
ところで坂井氏は主力はP-36と書いているが、当時の戦力構成からすると、
一番多いのは米軍のP-40なんだな。
スラバヤ空襲に対して迎撃した連合軍機の数
ホ−ク75A:6機 CW-21:13機 P-40:30機
>163
呼ばない
>>161 元々が、Curtiss-WrightのSt. Louis DivisionがCW-19Rと言う、複座多用途機
を開発したのが最初。
しかし、この機体は失敗に終わり、その線図を基に単座化した軽戦闘機として
開発したのが、CW-21。
確かに重量を軽減して、胴体を絞り込んだのは空気抵抗の軽減を狙ったもの
だった。
原型機は1938年10月11日に初飛行。
最初は、米陸軍航空隊向けの対爆撃機用迎撃戦闘機として売り込みを図ったが、
間の悪いことに、丁度その頃、.P-36が採用されたので、米陸軍の採用は無くなり、
輸出一本に絞らざるを得なかった。
丁度中国が対日戦用に発注し、試作機1機と量産機3機を購入し、他に27機を発注。
(一説には完成機3機、32機分の工具と材料が発送された)
しかし、ビルマから昆明に向けての飛行中、全機事故で失われ、キャンセル。
オランダが購入したのは、機首の7.62mm機銃を7.7mmに換装し、主翼にも2丁増設
したCW-21Bが24機。
これらは、防弾硝子、防弾タンクもなく、1942年2月3日に初出撃したものの、2日後
には僅か5機しか残らなかった。
167 :
名無し三等兵:03/06/20 23:53 ID:WQK2KIpC
>166
まりがとうございます。
しかし隼一型並みの機体をこの時期に開発出来たのだから、やっぱり
アメは侮れないです。開戦当初の視点からしても、向こうから見れば
零戦も隼も30年代末期の旧式機だぬ。
168 :
名無し三等兵:03/06/21 04:47 ID:cR0y4PmK
>>167 航続距離が違う。
零戦はまがりなりにも20粍積んでる。
30年代末期モデルなら旧式と呼ぶのはちょっと早過ぎ。
エンジンについてはまあ。追いついたことなんて一度もなかったし。
>168
P36系列の20mm搭載型なら、フランス空軍のホーク75A-3があるぞよ。
単発単座戦闘機に20mm機関砲を搭載したオリジネ−タはフランスだからね。
ヌルイ零戦本なんぞは先進性の証であるかのように20mmのことを書いているが、
フランスに比べれば三〜四年は遅い。
そもそも零戦にエリコンを採用することになったのは、フランス機の影響だし。
絵離婚の劣化コピーsage
ドイツも最初はエリコンのコピー
フランスではエリコンからイスパノへ乗り換え
イスパノはエリコンのライセンス生産及びその発展型ですよ。
エリコンFFS→イスパノ
エリコンFF→MGFF/九九式
戦績
フランスがいち早くエリコンをライセンスしたのは、陸軍国の伝統で大砲に対する希求が
あったからかね。英空軍がやったようなリサ−チの結果ではないような気がする。
ドイツがそれに追従したのは、当然対抗上であったろうが、当時のドイツ空軍は再建直後
で、新時代の航空機武装に確たる定見はなかったように見える。
日本海軍の場合は、海軍らしい巨砲主義があったのは間違いないだろう。
177 :
名無し三等兵:03/06/22 13:12 ID:P+KOOFQp
>176
戦間期の戦闘機不要論からの流れでは?
戦闘機不要論って世界的なものだったか?
戦闘機を振り切れる高速爆撃機への志向は世界的なものだったが、
さらに踏み込んで戦闘機不要を唱えたのは、日本海軍の源田を中心
とする連中だけだろう。
日本海軍内で戦闘機不要論が盛り上がったのは、1935年〜37年前半
で、当時日本海軍は450km/hを超える戦闘機を持っていなかったが、
欧米では500km/hに届く戦闘機が登場し始めて、高速爆撃機の幻想
が揺らぎ出していた時期に当たる。
>179
既存の単発戦闘機では武装と速度の面から双発爆撃機に対して
効果的な迎撃は困難だという認識は世界共通じゃ無いっけ?
要は日仏独辺りが大口径翼内機銃に走ったのは大砲に対する希求と言うより
今までの戦闘機には苦手とされていた双発爆撃機の迎撃を重視しただけじゃないの?
181 :
なでるくん:03/06/23 21:53 ID:9rJS6sfN
フランス空軍では戦闘機が地上軍の支援も行うという用兵思想があったことも
他国に先駆けて20mm砲の採用に走った一因であろう
大戦間には戦闘機不要論の流れで、空中戦艦という構想もあった(ネタじゃなく)
米軍が20mmをすっとばして37mmに傾倒したのはそのせいらしい
空中戦艦と戦闘機不要論は同じ次元の話かしら?
日本海軍の戦闘機搭載機銃の大口径化は昭和十年頃から検討され始めるのだが、
これは全金属化で先行する大型機を後方から追跡攻撃した場合、撃角が浅くなる
ことで小口径弾は跳弾となりやすいことが問題視されたためと言う。
戦闘機不要論は日本発祥って、
謀半島人じゃあるまいしw
戦闘機不要が積極的に唱えられた組織って日本海軍以外だとどこがあったんだろう?
おなじ日本でも陸軍には戦闘機不要論はなかったと思うのだが。
ちなみに源田氏たちの不要論も戦闘機の代わりに急降下爆撃ができる戦闘爆撃機機を装備
しようというもので、戦闘機の果たしていた任務そのものを否定するものじゃない。
搭載機数の限られた空母航空隊の打撃力を増すために考えられたそれは、現在の米海軍が
F/A-18に戦闘攻撃部隊の装備機種を統一しようとしているのに近いのかもしれないね。
>181
米の空中戦艦がFM-1のことなら戦闘機不要どころか正反対の意図で開発された。
FM-1はB-17を護衛するための長距離護衛戦闘機として企画されたものなんだな。
186 :
なでるくん:03/06/24 21:00 ID:XtfXO71T
ちょっと説明がおかしかったですね
「戦闘機不要論の流れで」ではなく「戦闘機不要論と平行して」
と言うべきでした
戦闘機不要論てのはそもそも小口径火器しか積めない小型戦闘機に代わって
大口径砲搭載の多発多座機にしようという理論なので
空中戦艦自体が戦闘機のカテゴリなら戦闘機不要→空中戦艦にはならないわけです
187 :
名無し三等兵:03/06/24 21:04 ID:tHrPpewZ
>>1 のおこがましいの使い方が誤り。
辞書をミロ。
>>186 あなたの書いているのは戦闘機不要論ではなくて双発戦闘機の理論ではないのかね?
空中戦艦構想つ−のは具体的に言うとどういうもんなの?
一式陸攻の翼端護衛機型やB-17改造の泥縄護衛機みたいなもんか?
だいたい誰orどこの国が最初に考えたとか実際に造った例とかないのかな。
>189-190
「空中戦艦」の初登場は間違いなくジューヌ・ベルヌの小説だわな
あれはヘリの一種と考えるべきだけどな
>>181の言う(ネタじゃなく)の例はないのか。
なでるくん、詳しく説明してくれ。ソ−スも示してくれるとなお良。
193 :
なでるくん:03/06/25 21:03 ID:FyR1bu3a
185が取り上げてるベルFM-1とか大口径砲座装備のウェリントンなど
双発戦闘機とは明らかに違うものだね
なでるは何故明解に答えない。
ただのヌルイ知ったかだからか W
□■□■□第8回・迷惑メールサイト緊急訪問作戦□■□■□
諸君、訪問の時間だ。
たった今、友軍よりの緊急支援要請を受電した。
・支援開始 6月27日2200時出撃(後方支援求む)
・義勇兵募集窓口
http://jbbs.shitaraba.com/news/938/ ・支援開始2時間前にブリーフィングを行う。上記URLに集合せよ
各員、補給スレにて装備を受領の上、出撃時刻まで自室にて待機!
以上だ。総員必ず帰還しろ!これは、命令だ。
>189-191
1930年代初期に夢想された(けど実際に試作された)フランスのBCR構想は、
空中戦艦構想とは言えないのかな。
Amiot143とか、Bloch130とかBreguet 460-M5、Falman F-420、Potez54と言った
双発多座の機体で、前部と背部に銃塔を設け、下部には引込式銃塔を設けた
様な機体。
一部には、20mmクラスの機関砲を持ち、多方向からの攻撃に耐えられるように
見かけ上なっていたかと。
1921年、イタリアのジュリオ・ドゥーエっておっさんが、「空戦論」って
本を書いて、空中艦隊構想をぶち挙げた。
各国が爆撃機を戦備の中心にし出したのは、この本の影響。
「空戦論」自体は日本では未訳。
航空自衛隊が部内で配ってる抄訳版はあるらしいが。
ドゥ−エの戦略爆撃論にはちゃんと「制空権」て章があって戦闘機の重要性に触れてるんだけどね。
いずれにしろ「空軍の主兵力は爆撃機」という論文には間違いないわけで、多くの空軍や航空隊の
指導者が影響されたと言われている。
しかしながら、それで世界的に戦闘機無用論が沸き上がったなんてことはなかった。
フランスの計画は、所謂、多座戦闘機と呼称されたやつですな。
ただその構想からすると戦闘機不要の思想とは正反対のものでしょう。
同様の構想に独空軍の重戦闘機(駆逐機)計画があるが、その試作審査の
過程は、多座戦闘機の思想が双発戦闘機に収束する様の実演でしょう。
>>193 >>185によればベルFM-1は、キミの言うところの空中戦艦の例には相応しくないようだが。
FM-1の評価には、流行した双発戦闘機幻想に惑わされた失敗作なんてのがあるらしいしな。
>>198 ブレニム、Do17、九六陸攻、等戦闘機よりも早い爆撃機が現れて
従来の戦闘機ではこれらに対抗できないことから沸き上がったのが「戦闘機無用論」
ドゥーエは関係無い
>197
ええと、ここ2年ほどの間に原書房から翻訳が出たのではなかったか?
>201
欧州ではすぐに対抗できる戦闘機が現れている。ハリケ−ン、スピット、Bf109等の戦闘機
が続々と進空したのは1930年代半ばで、Do17の1934年、ブレニムの1935年と初飛行の時期は
同じである。戦闘機無用論が沸き上がる暇などはない。
九六陸攻が中国軍戦闘機にボコられるまで戦闘機はいらんなどと言ってたのは日本海軍だけ。
戦闘機不要論または戦闘機無用論は世界的ものなのかそうではないのか、どっちなんだ?
日本陸軍は?ドイツは?アメリカは?イギリスは?フランスは?... 具体的にどうなの。
205 :
名無し三等兵:03/06/26 13:51 ID:hpFCmrAN
>204
「思想の流行」つーのを、何を基準にして判断するか、だな
「戦闘機無用論を主張する高位の軍人が現れた」国を勘定するだけなのか
編制に何らかの影響を与えたケースに限定するのか(こちらは皆無と思うが)
>205
日本海軍では戦闘機無用論が吹き荒れた時期、戦闘機搭乗員の養成数を減らしたようだ。
山本五十六が戦闘機無用論に賛同していたという話は本当なのでしょうか?
>>204 まず押さえておかなくてはならないのは、欧米の戦闘機無用論と日本海軍の戦闘機無用論
はまったく別物だということだ。
欧米の戦闘機無用論は、単発単座戦闘機無用論と言うべきもので、戦闘機自体の存在を不
要としてはいない。それは大口径砲の搭載が空戦を決するという思想から発するもので、
爆撃機の重武装化や空中戦艦構想はこの流れに属する。欧米流の無用論は技術の進歩によ
ってすぐに克服され、高速爆撃機の隆盛と空中戦艦構想の末裔と言える双発戦闘機ブ−ム
につながっていく。
日本海軍の無用論は上の方にあったね。
209 :
なでるくん:03/06/26 20:40 ID:67ufY0zY
フランスの双発機はPotez630らへんから小型、軽武装で
高速を狙ったものが多くなります。
これらの機体は明らかに空中戦艦とは異なるものでしょう
それより古い設計の多発機には旋回銃座が2〜3ついてるのが一般的ですが
どれも各銃座に7.5mmが1挺という貧弱な武装です
戦闘機乗り自ら戦闘機無用論を声高に主張したのは旧日本海軍ぐらいなもの。
さすがは「キ○ガイ源田」とあだ名された人だけのことはありますな。
212 :
なでるくん ◆9fcB7hi0gQ :03/07/02 21:41 ID:VWkAF6gT
戦闘機乗りとはいっても実戦経験なしですから
ウーデットやゲーリングとは訳が違うわな
源田が戦闘機無用論を唱えたのは急降下爆撃に入れ上げたからだが、
ウ−デットが米国で急降下爆撃のデモを見て虜になったのと似てなくもない。
214 :
名無し三等兵:03/07/02 22:33 ID:saQNiX1x
モーホーですか?
215 :
名無し三等兵:03/07/03 02:20 ID:Kric+3Kb
あんなスゴイ設計は日本人にはできん。傑作だと断言する。
P−40は更に天才的な設計である!!
216 :
名無し三等兵:03/07/03 03:07 ID:ewjSVwLp
世界に先駆けて、先進的な設計の
96式陸攻、97式観光を作った日本なのに
戦闘機がへっぽこ97式なのはなぜだ!?
97式観光の方が強そうな戦闘機に見えるぞ?
観光ってどこ見に行くの?
源田については、零戦の際は運動性第一を声高に主張しておいて、
第一次FXの際は運動性に優れたF11F改でなくF104を選び、コロコロ
主張を変えておりますな。
>218
時代によって要求される性能が変化するのはよくある話だろ。
源田憎しはいいとしても、そこまで言うと底がばれるぞ。
>>216 言っている意味不明
97式戦闘機は優秀だが?
ノモンハンの時、ソ連の航空軍に対して圧勝しているし、
戦後、オランダ軍に対してインドネシア独立軍が使用して
戦果をあげている。
>218&219
ロッキードは源田のことをよく調べていて、例の余剰推力論を持ち出したら
源田はすぐに納得した
ただ、それが通用するのがわずか2分間しかないという点には気が回らなかった
222 :
なでるくん ◆9fcB7hi0gQ :03/07/03 19:42 ID:q3JQzX+J
圧勝はしてない
後の資料から推算すると自軍の損害数はソ連が200機に対し
日本が170機くらいだった
>222
前半は圧勝、後半は負けってとこじゃね?
ちなみにその数字はどこから引っ張ってきたの。
224 :
なでるくん ◆9fcB7hi0gQ :03/07/03 20:11 ID:q3JQzX+J
たしか航空ファン
97戦のカラーイラストに添えられてた文章からと思った
この記事に取り上げられたあるエースパイロットの話によると
この人は大変慎重な性格で、完全に地上に激突した敵機しか
撃墜とカウントしなかったそうな
この話だけ聞けばなんとも大した御方だと感心させられるが
外国ではいずれそれが当たり前のこととなる
日本側の発表によると、陸軍戦闘機隊はソ蒙機1300機撃墜!
あまりに一方的なので疑問を抱いた海軍が視察を派遣したが
納得して引き揚げている
撃墜数自己申告制はこの時期に矯正すべき事柄だったかもしれない
ノモンハンの航空戦は1939年5月22日から9月16日までで、日本側は戦果1340機・損失171機、
ソ連側は戦果660機・損失207機を主張している。
ソ連側の記録によれば、前半戦は苦戦したが、7月以降戦力を増強し、8月20日からの大攻勢
では戦果290機にたいして損失34機で圧勝したとしている。