1 :
名無し三等兵:
とりあえず、独逸参謀本部の栄光と陰りの狭間。
普仏戦争からWW1開戦までが範囲です。
こんな視野が狭いとこもシュリーフェン譲りか!!このスレは!!
一等自営業阻止。
3 :
wiking:03/05/21 18:51 ID:G2JKzIMV
2取れたかな?
この情勢下にこんなコアなスレを立てる>1は馬鹿か小モルトケのどちらか!
ファルケンハインってかっこいい名前だよな
一党自営業阻止
9 :
wiking:03/05/21 18:58 ID:G2JKzIMV
>>5 俺はこの間の参謀総長に果てはまるといったら小モルトケ。
>>7 しかし、あまり宜しくない小モルトケ後任の参謀総長。
独逸が長期戦に持ち込まれたら負けるとわかっていて消耗戦略を用いるとは!!
>>12 今見てきました。リデルハートの「第一次世界大戦」よりわかりやすい。
シェリーフェンについて詳しいものはあるでしょうか?
知っているところだと『独逸参謀本部』渡辺昇一著。
あと戦略論大系の『モルトケ』『リデルハート』で少し触れているくらい。
>>13 渡辺のジジイのは、ちょっと礼賛が過ぎると思う。
>>12 このHP、第二次大戦も作ってくんないかなー。
凄く解りやすい。
>>13 ヴァルター・ゲルリッツだっけ。
あの人の「ドイツ参謀本部」は読んだ?
>>16 実は初耳です。どのような内容で、何処から出ていて、いくら位するでしょうか?
>>17 事実関係自体がある程度上手くまとまっていればいいのでは。
解釈は千差万別いろいろ有るし。
マンヌの戦いについては今でも研究対象になっているらしい(?)です。
リデルハートの『第一次世界大戦』でも取り上げられていました。
>>18 学研のWWselectionのひとつで、文庫にもなってたな。
あと、範囲は、ナベショーのやつを分厚くしたってかんじ
具体的には、シャルンホストから第二次大戦終了までかな。
シュリーフェンは、あんま詳しくなかったような気が・・・・
シュリーフェンのストイックなところが好きです。
人にも厳しく!しかし自分にはもっと厳しく!!
けど妻が死ぬまではモルトケほどではないにしても結構快活で陽気だったらしいです。
ちょっと意外!
大事な人を失うとあそこまで人が変わるんでしょうね。
なんだかドイツ軍参謀本部と関係ないような。
22 :
山崎渉:03/05/22 00:59 ID:???
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
>20
もしかしてモルトケの書いた小説探してる人?
政治を戦略に従属させ、
更に戦略を作戦に従属させた、
愚直なプロイセンの産物
25 :
名無し三等兵:03/05/22 12:25 ID:4u7ZA9Zk
クレベルトの「補給戦」のシュリーフェン計画の章と、
タックマン「八月の砲声」と
パレット編「現代戦略思想の系譜」の該当章などは
目を通しておいて損はないと思う。
あと、ウィンター「20世紀の歴史 第一次世界大戦(上下)」(平凡社)は
記述が簡単だけどコラムとビジュアルが充実していて、なかなかいい。
開戦経緯とシュリーフェン計画についての、簡にして要を得た要約もある。
鉄道での予備投入はともかく、
史上最も国民の動員が高度に行われた時代、
つまり、戦線における兵力密度が高い、
あるいは予備が豊富に存在した戦争、とは言えるかも。
実は連隊長が自分の器と思っていたシュリーフェン。
ものの見事に連隊を掌握したこともあって参謀本部へ。
実戦を前線で経験したらシュリーフェンはもうちっと柔軟であったかもと思ったが、結局ビスマルク級(戦艦ではない)の政治家がいないとシュリーフェン計画に落ち着いてしまう。
シュリーフェン計画は政治や外交の妥協が無理という解釈から出来たものですし・・・。シュリーフェンが硬直しているのではなく独逸そのものが硬直していたのでしょう。
責任者、でて来い!!
(責任者はおそらくウィルヘルム2世)
シュリーフェン計画の右翼と左翼の割合は7対1でしたっけ?
今際のときまでそのことを気にしており、最期の言葉が
「戦争に必ずなる、ただ右翼を強くするように」だもんなあ・・・。
ここまで来ると軍事主義の権化だな・・・。
>29
参謀本部としてはそれでいいんじゃない?
もともと兵站と開進を考えるところだし。
>>29 >29っておそらく>28の間違いですよね?
おそらく自分は大モルトケと比較してしまっているのでこういう解釈をしました。
モルトケはあくまでも二正面作戦を考えつつ政治による助けによって収めるという頭を持っていたし・・・。
モルトケ時代・・・ビスマルクが状況を作ってモルトケがそれを解決し、ビスマルクが抑えた。
シュリーフェン・・・状況も解決も全部自分で思索する。
参謀本部が表舞台に出ることをモルトケは言うまでもなくシュリーフェンは望んでいたのだろうか?
31 :
名無し三等兵:03/05/23 19:48 ID:gVUtKesI
右翼って政治思想の右翼のことだったの?
>>31 右翼・・・フランス攻撃の際に一番北海側にいた軍。この右翼軍は中立国ベルギーを侵攻しパリの背後に回るように弧を描いて侵攻する予定でした。
ドイツの戦闘序列(編制表)でいう第1軍と第2軍がそれに当たります。
ちなみに3軍から5軍が中央で6、7軍は左翼です。
兵力は右翼に53個師団、一番左翼は8個師団程度でした。
右翼を強くすることによりフランス軍を包囲殲滅する作戦でした。
>>31 >>13に詳しく書かれてます。地図がないと説明しにくいです。
シュリーフェンのエピソードをひとつ。
参謀将校達と地形観察の参謀旅行に出かけたときある参謀将校は景色のきれいさに声を上げました。
しかしこれに対してのシュリーフェン返答は
「障害物としては無意味だ」とこの台詞を言った後ずっと沈黙してました。
柔軟性がないとのことだけど当時の指揮通信輸送の能力だと難しいんでないの?
>>35 おっしゃるとおりですね。
指揮通信能力が、現代とは比べ物にならないくらいに低いから、
事前のプランニングが大事なんです。
ところが、プランニングをやりすぎていると、今度はそれが、現場の判断を拘束してしまう。
だからといって、はねっかえりの指揮官が現場の判断で独断専行しても、それが大局からみたら正しいとも限らない…。
大集団・大組織を統制するっていうのは、とっても難しいんです。
逆に現場に任せっきりにすると、独断専行になる。
帝国陸軍はWWIの戦訓を良く研究したゆえ、現場の裁量を重視しすぎましたかな。
>>37 >現場の裁量を重視しすぎましたかな。
そういう面も無きにしも非ずですね。
ただねえ…
腰の据わった文民政権はなく、
超長期プランニングであるべき国防方針は分裂症、
そして、現場に近い人間…あるいは中央の現場よりの人間の独断専行というか、機会主義…
悪し様に言うなら、そういうことになるわけですがねえ…。
個人的に思うのは。
小モルトケが右翼の戦力を割かなくても結局はパリまでいけなかった気がする。
機械化された部隊の機動力じゃないと無理だったと思う。
>>39 片岡徹也氏がシュリーフェンのことを書いていて、そこに強く触れてました。
補給が続かないのに指揮官の強い意志や精神、または巨大な右翼を形成しただけで成功するとは思わないと。
モルトケとの比較でも柔軟性に欠けているシュリーフェンを高くは評価していなかったそうです。
42 :
コヴァ:03/05/25 17:11 ID:s5Dasbt9
人間の体力以上の戦争は、何時の時代でもできないのだよ。
鍛錬で無理が利くと思っていたら、そんな指揮官は何時の時代でも負ける。
>>42 例えば牟田口何某とか・・・。
「補給戦」という本では補給の概念で言うと完全に不可能ということが書いてありました。
戦略的にも問題があり、兵站でも問題がある。なぜ、この計画が素晴らしい計画ということになっているのだろう。
>>42 ドイツの兵士がみんなトライアスロンの選手でもない限り無理。
>>43 1正面における短期決戦主義…。
ビスマルク−モルトケの普墺〜普仏戦争の成功があって、
それに幻惑された…
あるいは、他に手がなさそうっていう視野狭窄…
そういうことではないでしょうか<すばらしい計画
>>45 ビスマルクが対戦相手を決め、モルトケが対戦相手と戦った。
カイザーの時は誰も彼も対戦相手を決めすぎて、シュリーフェンは二人いっぺんに戦う方法を探した。
晩年モルトケですら2正面戦争は避けられずと自覚していた点ではシュリーフェンと同じかもしれないが、モルトケは防御から攻勢という点を残してた。
シュリーフェンの攻勢一辺倒とはまた違った。
タイムスリップしてきます
同じく多国と敵対しながらロスバハで仏軍を破ったフリードリッヒ時代の経験が、
多正面でも軍事的に解決できるという、誤った認識をその後のプロイセン→ドイツの
戦略に培せてしまったのかもしれない。
むしろ外交手腕によって味方を作り、多正面戦闘を避けたビスマルクの方が異端なのかも。
仏軍右翼が突出したら、というよ仏軍が右翼方面に攻勢をかけてくれたら
仏野戦軍の大量包囲なんてシチュエーション…
無理だな
50 :
山崎渉:03/05/28 15:55 ID:???
∧_∧
ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄〕
= ◎――◎ 山崎渉
>>49 リデルハートいわく、仏軍右翼が独軍左翼に攻勢をかけたら独軍の右翼の圧力が倍増すると言っていました。
それはまるで回転ドアのような事になるといってましたが、信憑性は薄そうです。
ところで、バーバラ・タックマン著・山室まりや訳の『八月の砲声』の
後書きによると、この本のドキュメンタリー映画がイギリスで製作さ
れ、日本語訳バージョンも製作された、とのこと(とはいえ、図書館
で借りて読んでいたので虚覚え)です。
しかし、ネットで探してもそれらしい情報は見当たらないのですが、
どなたか見たことあります?
DVDで発売されたら絶対買うのだが・・・。
53 :
名無し三等兵:03/06/10 17:36 ID:EDJIrlYn
中立ベルギーを侵攻する作戦がドイツにとって唯一無ニなのが恐ろしい。
中立国への侵犯が、イギリスの反発を招くことをさえ考慮しなかったのだろうか...
>53 毛頭しなかった。作戦優先だった。
当時のドイツ軍人にとって、軍事的成功が全ての政治的な問題を解決すると
思い込んでた傾向がありますたから
「クリーグスマリーネに借りを作るくらいなら敢えて西部戦線に英軍数個軍
を迎えるも意とするに足らず」という見解も陸軍にはあったそうで。
すげえ大自信だ、、。
>「海軍に借りを作るくらいなら・・・」
まるでどこかの国の帝国陸軍だ(苦笑)
>>53 因みにモルトケは中立国ベルギー侵入を考慮していた。相手が侵攻してもベルギー自身の抵抗と英国がフランスに敵対するので進入するだけ損とわかっていた。むしろフランスにベルギーに侵入して欲しいと思ったくらい。
>>56 海軍力を考慮しなかったのはシュリーフェンだけでなく、モルトケも同様。プロイセンは陸軍国家なのでやむ負えないといえばやむ負えない。
西部戦線の英軍を意に介しない表現を『8月の砲声』では「右翼最右端は、袖で海峡をかすって通れ」と表現していました。最右翼の兵力を高めていれば英軍なぞ恐れるに足らんということですね。
『補給戦』を読むとシュリーフェンプランはインパール作戦と変わらないように見えるから不思議だ。
>58
それでいながら国策というカイザー直下の最高意思決定レベルでは「独逸の未来
は海上にあり」でジョンブルの神経逆撫でしまくりというちぐはぐさ(苦笑)。
現にBEFをモンスからマルヌの彼方まで追い散らしたからあながち大自信に根
拠が無い訳でもなかったんでしょうが、敵の抵抗にあって攻勢が頓挫する事に対
する対処が想定外で「快進撃」が能天気に想定されてるあたり言われてみたらク
リソツですねえ。
保守
保守
>>53 実際、帝国宰相ベートマン=ホルヴェークはベルギー進行を止めようとしたが、
「そういう作戦だから無理」の一言であっさり却下。
ベートマン=ホルヴェークは開戦にあたり帝国議会で
「ベルギーすまん。後で埋め合わせすッから許してくれろ」
と異常な演説をする羽目になった。
>>13 ゲルリッツを読んだらナベショーは捨ててもよい。
つーか、ナベショー参謀本部はゲルリッツのパクリつーか盗作。
秦郁彦に思いっきり暴露されて中公新書から姿を消した。
>>62 でも、ルーデンドルフなんかは占領したベルギーを最後まで手放そうとせず、
それが戦争中英仏との講和に至らなかった主原因とか
>そういう作戦だから
ドイツ人ってのは愚直なまでに杓子定規ですな。。。w
それでいながら自らの最終攻勢が失敗し連合軍の最終攻勢を受けると
あっさり捨ててもいいやと考え直す。ココまで作戦しか目に入ってな
いのはある意味清清しささえ覚える位の本末転倒ぶりw。
作戦結果であっさりベルギー捨てるならもっと早く条件闘争できたの
にねえ。
65 :
プレミアムパック:03/07/01 09:54 ID:fLgSTILM
第二次大戦の場合はドイツ軍の大部分がロシアの内部に釘付けに
なっていたので、戦略的には選択の幅が限られてきます。
それに較べると、第一次大戦は東部と西部のどちらを優先するかと
いう大きな問題があって、研究する価値があると思います。
ゲルリッツもいいですけど、リデル・ハートの「第一次世界大戦」は
どんな感じで書かれているのでしょうか。
どいつじんってなんかかわったれんちゅうだな
>>62 盗作は言いすぎだろう。
渡辺昇一氏は、ゲルリッツ本を短くし、他の本も参考にして内容を全面的に書き改め、
政軍関係にかかわる論点を削り、組織論では警告部分を除くといオリジナリティを発揮
した。一読すれば、表面的な構成と内容が似ているだけでまったく別の本だとわかる。
こうして小難しい歴史学の古典が、頭の弱いヌル軍オタ、戦史に出世のヒントを求める
サラリーマン、魚の骨が嫌いなお子様に適した味付けに仕上がったのだ。昇一本が
なければゲルリッツ本が出版されなかった可能性は高い。むしろ称えよ。
>>67 両方とも「目を通した」人間としては、物凄く、打倒な評価だと思う。
まかり間違っていきなりゲルリッツ本を手にして、
小難しくて読めないっす( ´Д⊂
状態の香具師は、ナベショーで一旦表層的知識を仕入れてから読めばいいとさえ思っている。
しかしだ…
>こうして小難しい歴史学の古典が、頭の弱いヌル軍オタ、戦史に出世のヒントを求める
>サラリーマン、魚の骨が嫌いなお子様に適した味付けに仕上がったのだ。
貴官のこの一文のどこが「称えよ」なのか小一時間(ry
中公新書のドイツ参謀本部がブックオフで100円だったので買ってみたが、ゲルリッツの方がわかりやすくないか?
なんか中公新書の奴はゴチャゴチャと詰め込まれて何がなんだかハニャーンな感じだった。
70 :
プレミアムパック:03/07/03 08:43 ID:7xbOo8uq
ゲルリッツの書いたモーデル元帥の伝記を読んでみたい。
>>69 そりゃあねえ…
ゲルリッツ本を読み通せる人間にとっては、ナベショー本の要約的な文章はハニャーンに見えるだろうて
, -―- 、
/____ \
/ /  ̄ ̄ ̄ ̄ ヽ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ||__|__||_|__|___||_| | |
>>69 >>71 その「ハニャーン」の使い方は間違ってますわ。
| |、_, 、_, | | | | ご自分の日本語能力の不足を人のせいにしてはいけません。
| | ┌┐ 、、 | |) | < 正しくは、もっと可愛らしく目をくるくる回しながら「ほえ〜」ですわ。
ノ .人 _ ノ ノ| | | |
>>70 留学経験のある××を一人みつくろってパクリ本を
(( ( 「 ) l´ (( ) | 書かせれば、そのうち別の人が訳してくれますわ。
))/ ̄|  ̄ Y )) ( \______
(( | | | (( )
時期としてはWW2を扱っているため、このスレの対象時期からは外れるが
バリー・リーチの「ドイツ参謀本部」も良い。ゲルリッツ本と一緒に補完的に読めるとよい。
戦史刊行会の参考になるかわからん参謀本部編制図もついていて参考になるようなならないような気分にもなれる。
ナベショー先生はWW2は殆ど扱ってないしね
74 :
山崎 渉:03/07/15 12:04 ID:???
__∧_∧_
|( ^^ )| <寝るぽ(^^)
|\⌒⌒⌒\
\ |⌒⌒⌒~| 山崎渉
~ ̄ ̄ ̄ ̄
75 :
プレミアムパック@山崎渉ファン:03/07/15 18:03 ID:1AEoybKb
結局、ドイツはロシアが革命によって戦争から脱落した後に東部戦線
の部隊を西部に回して、大攻勢をかけていたら勝てたわけ?
まあ、連合軍の海上封鎖でドイツの国内経済や食糧事情は大打撃を
受けてもいたけど。
77 :
プレミアムパック@山崎渉ファン:03/07/17 18:32 ID:2CAUWL9v
>76
カイザー攻勢のことでしょう。
中規模の攻勢で連続して勝利することによって大勝利を
得ようとする構想でした。
ゲルリッツはこのルーデンドルフの構想のことを、
「比較級で最上級を求めるという驚くべき発想」であると
言っています。
ボードゲーム化されたりして興味深い作戦だと思いますが、
1918年は苦悩の年ですね。
まぁ実際戦争なんてやってみなきゃ何がおこるかわからんわけだから
一概に机上の空論と馬鹿にするのも考え物だ
ましてや机上の空論なんてものは戦術的な面からしか見とらんわけで
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
>>13 既出以外の邦訳文献で、
「シュリーフェン将軍伝」
オイゲン・ビルヒア/ワーテル・ボーデ著
「シュリーフェン・プラン ある神話の批判」
ゲルハルト・リッター著
シュリーフェン・プランの硬直性や一面性を結論する論議は、
思っていたほど明瞭かつ正確なものでないのかもしれないと感じた。
∧_∧ ∧_∧
ピュ.ー ( ・3・) ( ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
= ◎――――――◎ 山崎渉&ぼるじょあ
82 :
名無し三等兵:03/08/03 04:34 ID:clBmEWl1
ガリエニ将軍萌えage
ジョフルの元上司であるにも拘わらず、彼の部下としてパリ要塞司令官として現役
復帰、少ない手兵を切り回し防備を固め、しかし、一転機ありと見るや要塞防備から
野戦に打って出ることを決意、タクシーを使うなどして兵を輸送、ジョフルをど突つ
きまくってマルヌ攻勢の引き金を引く。しかもこの功をジョフルが自らの物と喋喋し
ても笑って答えず。渋〜いジーサン。
程なく死んでるし、あのメガネもぷりちーデスな。
マルヌ会戦絡みだとランレザックとかも渋いと思ふ。
ランレザック将軍はなんとも気の毒なかんじ。
ジョフル「行け! 攻めろ! 突撃だ!」
ランレザック「んな無茶な、敵は味方の倍はいますよ。側面つかれておしまいです」
ジョ「安心しろ、たとえそうなっても右翼で攻勢にでるにはそのほうがいいんだ!」
ラ「・・・(あんた自分でなに言ってるか、わかってんの?)」
ジョフルは右翼で攻勢に出たかったのか、左翼なのか、さっぱりわかりゃん。
まあもともと「エランビタール」ってそんなモノのようですけどw)。
でも「クビだ」はカワイソウでつね。
気の毒だけど、くびは止むをえなかったかなあ、とも思う。
ランレザックは、もうGQGに不信感いっぱいで、ジョフルへの怒りをなんとか
制してるかんじ、しかも負け戦続きでガッツが失われていたっぽい。もっともそうしたのは
ジョフルなんだけど。この辺の人間関係や葛藤を想像すると、面白い。けど自分が
ランレザックの立場だったらどうするだろうなあ。ジョフルみたいな上司は
おだてたからって自説を曲げないだろうし、反抗すれば臆病と取られるし、一当たりしてさっさと
損害膨大だろいうことを示してから引くといっても軍団が崩壊してしまうかもしれないし・・・
いっそドイツ軍を突っ切ってナミュールからアントワープに行ってアルベール王の旗下に
はいっちゃうのがいいかな・・・。
87 :
山崎 渉:03/08/15 21:20 ID:???
(⌒V⌒)
│ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
⊂| |つ
(_)(_) 山崎パン
88 :
俄将軍:03/08/16 19:34 ID:???
シュリーフェン計画は、ベルギーの「抵抗」を考慮に入れなければ、すば
らしい「計画」ではなかろうか。
ベルギーを侵犯しようと考えた時点で、どうかしているとは思うが。
第一次大戦の名将っていったら誰ですかね。
やっぱりフォッシュ?
チッ!
ブルシーロフに一票。
浸透戦術萌え。
しかし、なんで、ロシアの将軍ってこんなに評価が低いのかなあ。
浸透戦術もフーチェル戦術なんて名前がついているくらいで、
あんまし詳しくない人間はドイツ人の発明とばかり思っているし。
日本の執筆者にドイツ流派の影響が強かった旧軍関連者が多かったことにもよると思れ。
多分、プロイセン参謀本部の業績の流れからだと思うが、
ルーデンドルフとかヒンデンブルクとかのドイツの将軍は評価され過ぎてると思う。
ところで、教えてほしいのですが、
小説『八月の砲声』では、ベルギー・フランスでの
ドイツ軍の略奪・破壊・虐殺行為が触れられてい
ます。
しかし、
>>12で紹介されてるサイトでは、その類
の話は対立陣営のプロパガンダに過ぎない、と
述べられてます。
ドイツ軍の残虐行為は捏造である、というのが
現在の定説なのでしょうか?
>>89 ケマルカコイイ。
軍人としても政治家としても一流。
大久保利通と大村益次郎を一人にしたようなすごい香具師ですね。
ほしゅ
100 :
名無し三等兵:03/10/04 17:37 ID:qqWqWLax
あげ
101 :
名無し三等兵:03/11/04 19:06 ID:zWCHfJ33
ネタは無いがageてやる!
シュリーフェンの参謀総長就任は、皇帝ヴィルヘルム二世が帝位につき、
ビスマルクが排除されたあとのことである。
ドイツをめぐる情勢はフランスとロシアの提携が固くなり、ドイツは優勢な
敵に対し数正面の戦争を遂行しなければならぬ、また、作戦兵力の著しく
増大した条件のもとでの長期の戦争は経済上耐え難いので、努めて短期に
終結させねばならぬ。その為の内線作戦では数敵を各個撃破、それぞれに
殲滅的打撃を与えねばならぬ、といった軍事専門家・実務家としての
「ねばならぬ」の思考が先行し、戦争の長期化、国民戦争化の趨勢、
中立国の侵犯に伴う政治的影響、さらに敵のとり得る諸行動、生起し得る事態、
摩擦などを無視ないし軽視する。
軍事行動において、側面に対する攻撃は戦争の全歴史の最も本質的内容であり、
古代のカンネの方式をもってする包囲殲滅をもって、現代に通用する理想、
不易の法則とする。戦略と戦術の原則的区分を無視する。
敵が何をするかなどを顧慮することなく、敵に絶えず、我が法則、我が意志を
強制せねばならぬ。大兵団の運用の中での各軍の前進は、大隊教練のように
実施されるべきで、そこには「独断」などあり得ないとする。
要するに、軍事問題を政治から切り離し、二正面戦争を全面的に軍事問題として
解決できるとの信念を抱いていた。
軍事的な主動性の保持についても、モルトケは撃破しやすい敵を攻撃しようとするが、
シュリーフェンはまず最大最強で最も危険な敵を撃破しようとする。
モルトケの受動的ともいえる現実的傾向とともに防御の強さを認めるのに対し、
シュリーフェンは自主的だが、観念的傾向とともに防御の強さに信頼を置かない。
モルトケの現実の戦争から、一会戦の勝利が決勝に結びつかず、将来の傾向として
火力の発達、野戦築城の進歩で防御が強力になり、かつ国民戦争から戦争の長期化を
見るのに対し、シュリーフェンは古代のカンネの方式をもってする包囲殲滅戦の方式
をもって、現代に通用する大原則とする。
かつ、戦略戦術に関する冗長な理論・教訓・原則に関する学理的な説明を嫌い、
現実のみを記述、勝利への「虎の巻」「処方箋」として、有形的、簡単明瞭、
素人にも理解しうる思想、考え方を提示したものである。
この両者の違いは、背景にビスマルクを解任したカイゼル・ヴィルヘルム二世の
思想と政策が露仏の提携を強め、強大な圧力となって実務家であるシュリーフェンの
「ねばならぬ」式思考を醸成した面もあったが、そこでは、ある特定条件のもとで
成立した成功例を、常に適用しうる原則として牽強し、戦争における摩擦、
失敗の可能性などを軽視するものであり、それに総力戦化して複雑化した
政治と軍事の関係をあまりにも単純化するものでもある。
いうなれば複雑化した政治と軍事との関係の中で、「政略の困難」を「圧倒的な戦勝」、
作戦的、戦術的「殲滅戦」によって片付け得るとする、古い武力戦第一主義へ逆行する
傾向を顕著に含むものである。
モルトケは晩年、普仏戦争がフランス野戦軍の殲滅をもっても直ちに戦争終結、講和
に至らず、国民的抵抗に遭遇したことなどに鑑み、短期決戦の可能性にかなり悲観的で、
全面的勝利は期待できないとし、その作戦計画でも、西のフランスに対しては
防御(厳密にいえば攻勢防御)、東のロシアにはオーストリア軍と協同しての攻勢だが、
相手を完全に打倒しようというものでなく、痛撃をあたえたのち、妥協による講和を
考えていた。これは軍事的可能性とともに、欧州ではこれ以上の領土を求めない
というビスマルクの政策が背景にある。
戦略戦術の考え方についても、例えば、いかなる作戦計画も第一会戦までで、それから
先は誰も確実性をもって規定できない。全面的勝利に至る全戦争計画を包括、計画し、
最初の思想の首尾一貫しての遂行を信ずるものは素人のみである。
「戦略」をときには単なる応急策の一体系と呼び、また、「戦略の学は健全な悟性の
第一の前提命題をほとんど超えるものではない」とも、「戦争においては芸術と同様、
一般的原則というものはない」ともいう。
彼の努力した事は、可能な限り、大兵団の決定的な地点への集中、前進は分散、
攻撃は集中、正面攻撃と側面攻撃の組み合わせの努力など、若干の原則的なことや、
砲声に向かって前進する独断、各級指揮官の自主積極性の推奨、訓令戦術の奨励など、
軍隊指揮の面における諸原則的な事柄である。
さいきん読んだ邦訳。
「モルトケ 作戦の準備と遂行」
ドイツ参謀本部著、外山卯三郎訳
これには、モルトケが、かなり早い時期(1850年代から60年代)から、
戦役勃発時のフランス海軍のプロイセンの海岸への上陸の可能性の検討
を行っていたと書かれていた。そしてその検討のいずれの場合でも、
彼は、そうした上陸がありえないという結論に達していたという。
たとえば1867年のフランスの海軍配備に関し、ビスマルクの憂慮を受けて、
モルトケの参謀本部はそれについて詳細に検討した。
モルトケがビスマルク宛の書簡の中で、その結論は、次のようなのもだった。
それは僅少の兵力によってのみ可能であろうが、しかし戦役の勝敗に
寄与しうるものになりえず、かえってフランスにとって不利益を招くものとなる。
当然それに対し単に受動的な防御をもって足りるとするものではないが、
その場合、艦隊による迎撃のみならず野戦部隊もまた参加する必要がある以上、
モルトケがそのシステムの完成を促した電信と鉄道こそは、
本質的な支援を提供するものとなるだろう、と。
107 :
106:03/12/15 14:40 ID:???
>>105 10行目訂正。
モルトケがビスマルク宛の書簡の中で示したその結論は、次のようなのもだった。
>>103-105 しかしシュリーフェン自身、自分をモルトケの忠実な弟子と目していたはずでは??
戦略は臨機応変の一体系に過ぎない、というモルトケの言及は、
シュリーフェンにとっても、自明の前提だったのではないだろうか??
モルトケの最晩年の作戦計画における両正面への攻勢的防御と殲滅戦の棄却の構想が、
ビスマルクが失脚し、露仏の軍事的条件の改善がプロイセンの優位を相対化し、
しかもその両国の関係が強化されつつあった時代に、シュリーフェンに不充分なものとして映ったのは、
情勢判断としてはむしろ妥当だったと言えないだろうか。
さらにそれは、政治的かつ軍事的な包括的判断だったとさえ言えないだろうか。
特に彼がベルギーの中立侵犯問題に関し、事前に、かつて彼自身が社交界に引き入れたという、
ビスマルク失脚後の外務省の実力者ホルシュタインや、首相ホーフェンローエ、
ビューローらに注意深く秘密裡に自分の意図を伝達したということを考えればなおさら、
彼の政治的かつ軍事的な情勢判断が一面的なわけでは決してなかったと言えないだろうか。
しかも検討すればするほど、プロイセン軍が対フランス殲滅戦のみに対してさえも弱すぎ、
加えて、それが将来劇的に改善されることがまったく望めないことが明瞭になっていったとき、
軍人としての彼の焦慮が、カンネー会戦その他の過去の実戦例をもその例証的な補強として、
自分のプランをますます厳密に磨き上げるというかたちで現れるよりほかなかったということは、
戦略に関し彼が過度に一面的な原則の定立を意図したということの根拠になりえないのではないか。
むしろ、こうした一面的な原則性の定立は、彼の死後、
プロイセン陸軍の挫折と敗北に直面した世代が、その悔恨から自らを慰めるために、
シュリーフェン伝説を創り上げた、まさにその時に起こったのではないか。
だから、シュリーフェン・プランなるものは、その名が端的に示しているように、
まさしく彼自身のプラン、彼だけのためのプランだったと言えるのではないか。
小モルトケやルーデンドルフの統帥がその帰結に他ならないという議論は、
大戦勃発までの9年あまりをかけて、彼ら自身が、自分たち独自の作成計画を、
極めて明瞭なかたちでシュリーフェン・プランと相違するものとして創り上げた、
という事実をどう説明するのだろうか。また、すでにシュリーフェン在任当時から、
小モルトケが彼の作戦計画に賛成を示さず、加えて、小モルトケ自ら、
シュリーフェン解任劇に一役を買って出ることさえしたのだという事実を、
どう説明するのだろうか。
test
保守
112 :
名無し三等兵:04/01/07 10:34 ID:XJ2+u4Vq
asasas
113 :
名無し三等兵:04/02/05 02:43 ID:6b+hsTVk
中央公論2月号の日露戦争特集で誰かが書いていたけど、
第一次大戦でドイツ軍が順調に進んでいた当初のシュリーフェン・プランを最後まで貫いていたら
ドイツは勝っていたそうだ。
114 :
名無し三等兵:04/02/05 09:19 ID:GgQqAikO
>>113 詳しい内容は、正論読んでないから知らないけど
それは、昔から言われてるね。
>>113 シュリーフェンプラン(原案の方)の問題点は、昔から指摘されているし、
実際の独軍作戦が、何故中途から変更を余儀なくされたかも、昔から言われていると思うが。
中央公論の記事、そのあたりに触れていないなら問題。
少なくとも小モルトケプランは平坦面において、
シュリーフェンプランより優れた部分が大きいからねえ。
117 :
俄将軍:04/02/06 19:48 ID:???
>>115 >中央公論の記事、そのあたりに触れていないなら問題。
触れられていないどころか、何故、シュリーフェン・プランが実行されていた
ら、独逸が勝利していたのかという根拠は、たしか、「ある歴史家の言」と
いうものでありました。
ある歴史家とは誰なのか。
>ある歴史家
恐らく旧軍出身者か、その聞きかじりであろう。
旧日本軍の陸士や陸大ではシュリーフェンプランは原案を忠実に実行すれば成功していた、
という前提で教育・研究されていたらしい。失敗の原因については、
小モルトケがアルザス・ロレーヌへの仏軍侵入を警戒し、対応策を講じた時点で
敵の意志に追随しており、作戦の自主性、主動性を放棄してしまった、
持久方面たる対露戦面の危機に神経過敏に反応して主攻右翼の虎の子2個軍団を抽出
してしまい、決戦方面の兵力不足を招来し、突進力を減じた、
マルヌ会戦は決して独軍が撃退されたのではなく、戦況伯仲、五分五分の情勢であった
にもかかわらず、ヘンチュ参謀の戦況悲観と独断によって退却命令を発したことにより
独軍の敗戦に終った、等々。
兵站面での実行の可能性について真剣に研究された形跡は見えない。
hosyu
深度708
サブマリン707
122 :
名無し三等兵:04/03/25 14:51 ID:rt3ld9sl
保守
まぁシュリーフェン計画って
真珠湾攻撃みたいなもんだろ
まともにやっても勝ちめはない
それならばリスクが高くても思い切った策に賭け
成功すれば敵に短期間ではあるが
敵の想像以上の大きな圧力を加え続けることができる状況を作ろう
そうすればなんとか妥協を引き出すことが可能かもしれない
まぁこういうのは要するに敗戦の策なんだよな
政治戦略的に敗北してる状況を軍事で一気に挽回するのは相当に困難
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うんこ
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