佐藤大輔1 皇国のパシフィックストーム症候群

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960ある都市伝説の記録(上)
(前文略)
かような次第で、呉市の中でも知られざる著名人であったこの老人は、その生涯の終わりまで
常に現役の運用員長であった。
ただし、人の生命というのは、本人が望むように永遠に与えられるものではなく、彼もまたその
例外ではなかった。
読者にとっては遥か昔に思われるかもしれないが、彼が息を引き取ったのは、筆者がこの話を
取材してから数年後―第四次世界大戦が発生し、そしてあっという間に終結することで迎えた
日独冷戦の終わり、その少し前だった。

彼の葬儀は、その晩年の境遇を思うならば、異例中の異例とも断言できるほどの規模で執り行われた。
どこかで彼の逝去を聞き知った市民の有志が、誰も音頭を取らないにも関わらず、各々の経済
状態に相応しい浄財を、彼の魂を慰めるべく持ち寄ったためである。
読者が聞けば驚くほどであろうその浄財を惜しみなく投入された葬儀には、どこからともなく、あらゆる
階層の人々が参列した。彼の職業に縁のあった人間も、そうでない人間も。

人の善意、その具現ともいうべきその葬儀がしめやかに執り行われた後、数ヶ月経過してから、
街に奇妙な噂が流れた。

―運用員長は、死んでなどいない。彼は今も呉の街で、最後の一人まで救おうとしている―

これだけならば、よくある話―人の願望を奇妙な形で表した話にも聞こえるが、この話に限ってそうした
解釈が正しくない可能性を指摘するためにも、ここで一つの事例を挙げねばならない。

199X年夏、日本各地で猛威を振るった台風X号。
呉市がその進路上にあり、当然の帰結として様々な被害をこの街が蒙ったことは記憶に新しいだろう。
その台風によって、呉市某所の住宅街が土砂崩れに見舞われたとき、幾人かの住民が行方不明となった。
消防、警察、軍の決死の活動により、殆どの住民は救助されたものの、たった一人、このとき6歳だった在日
ユダヤ人の少女の消息だけがなおも不明であった。
台風はますます猛威を振るい、河川の氾濫も今や危険を覚えるレベルにまでなりつつある。
救助部隊の隊員は、絶望的な気分を抱きつつ、いつ発令されるやも知れぬ撤退命令を覚悟しながらも、
なお諦めずに救助活動を継続していた。
961ある都市伝説の記録(下):03/06/11 02:25 ID:???
>>960
と、そのとき。
救助活動に当たっていた一人の隊員―海軍から派遣された2等水兵だった―が、いきなり持ち場を
離れて駆け出し、当初の判断では「そこに要救助者がいる可能性はきわめて低い」とされていた
地点を猛然と掘り返したのだ。
明確極まりない命令違反。水兵の上官は、叱責すべく彼のもとに駈けより、一喝した。
貴様、なにをしている。そこには誰も。
だが、水兵は必死の形相で、あろうことか上官に怒鳴り返したのだ。
ここです。ここに女の子はいます。間違いありません。
そのあまりの決意を秘めた顔に上官がたじろぐ間にも、彼は一層熱心に土砂の山を掘り返す。

そして、彼はついに少女を発見した。土砂の中に、頑丈極まりないシェルター―洋服箪笥の中に身体を
折り曲げて。
あとでわかったことだが、少女は土砂崩れが発生したとき、咄嗟に部屋の中にあった洋服箪笥に
飛び込み、そのまま箪笥ごと家から押し流され、当初の見積もりと遥かにかけ離れた地点に生き埋め
となっていたのだ。
かくして最後の一人は助け出され、水兵は些細な叱責だけを請けることとなった。

事実関係だけを述べるならば、この話は以上で終わりである。
だが、最後に、水兵と少女の証言を要約しておく。これを読まれた貴方に、不可思議な存在について
ほんの少しでも思いを馳せてもらえるだろうか。

某2等水兵
「作業中、突然耳元で誰かが怒鳴ったのであります。
『バカモノ、子供はそっちにはおらん。こっちだ!貴様も水兵なら、さっさと助けださんか!』と。
それから先は、正直何がなんだか、自分にもわかりません・・・・・・」

在日ユダヤ人少女
「もうだめかな、と何回もおもったけれど、そのたびに耳元で優しいおじいさんの声がしたの。
『おじょうちゃん。もう少しだ。おじょうちゃんが最後の一人。もうすぐ助けがくるからね』
見たことのないおじいさんだったけど・・・・すごく、優しくて、頼りになる声だった」