●笑心者歓迎 スレを立てる前にここで質問を8

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73名無し三等兵
>>66
由来は三国志時代まで遡りますね。
孫権が支配する江東を、曹操が攻めようとした時に、
揚子江上の水軍の劣勢が問題となりました。
水軍の将の戦術能力、水軍兵の操船能力・士気、
戦船の機動性・積載弓矢全てにおいて、孫権の軍勢が上回っています。

そこで、後世の日本海軍と同様の発想になったわけですね。
大船をつくり、強力な遠距離攻撃兵器を搭載し、
それをもってアウトレンジ攻撃を行えば、
上記に上げた優位性を孫権の軍が活かせる前に、
戦力の漸減が可能ではないかと。

こうして、できたのが、巨大な戦船「超弩」です。
三国志の正史には、詳細なスペックが書かれていませんが、
それまでの戦船の2倍の船長、原始的な投石カタパルトと言われ、
船名と同じ名の「超弩」を4基搭載、というのが、
後代の注記で明らかにされています。

よく英国では、ドレッドノート級といわれる戦艦を越えるスペックを持った戦艦に対して、
「超弩級」というような使い方をすると誤解されていますが、
「超弩のごときに規格外れの突出したスペックの艦」という意味で、
もっと古来から使われているというのが、関係者の共通認識ですね。