陸自改造計画―海外で戦える陸軍へ―

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431名無し土方 ◆cDIj6u5gc.
さて、満州事変についての経緯を一から説明する羽目になるとは思わなかったが、仕方が無いのでやるしかないわけだな。
当然のごとく長文となるし、しかも概略だけの説明となるので、各自が図書館なりなんなりで自分で話の流れを再確認して欲しい。
個々のレスに対しての返事は、ちと待っておくれ。

まず満州事変は、日清日露戦争における日本の勝利の結果、朝鮮半島の排他的権益の確立に成功し、第一次大戦後に日本が満州地方の権益をロシアから引き継ぐことになった事が遠因で発生した、という事を理解して欲しい。
当時日本は、ロシア帝国の崩壊により、極東アジア地域で唯一の大国として存在していた。
そして、第一次大戦後から第二次大戦までの戦間期は、国際秩序の維持は、戦勝国、すなわち国際連盟の常任理事国によって地域別に維持されるものであったわけだ。
ここら辺の経緯は、ベルサイユ会議の経過と、第一次大戦戦勝国による軍備管理の性格の強いワシントン海軍軍縮条約が締結されるまでの経過を各自調べて欲しい。
重用なのは、戦間期のこの世界の国際秩序の維持は、戦勝国、英仏日そして米に委任されていた、とうい事実だ。
そして日本は、ワシントン会議の結果、連合国の一員として、「機会均等」「門戸開放」「中国主権領土の尊重」という原則に基づいて、担当する極東アジア地域の秩序維持の義務を負うことになったというわけだ。
この三つの原則は、きちんと覚えておいて欲しい。
これこそ、何故日本とアメリカが中国を巡る問題であれだけ揉める羽目になったのか、それのキーワードになるからだ。

日本はこうして大国として極東アジアの秩序維持を担当することになったが、それをきちんと理解していた人間は当時ほとんどいなかったし、さらに国民にそれを理解させられるだけの言語能力を持っていた人間は皆無だったわけだね。
だから、幣原が漢口事件などで日本の陸戦隊の使用を禁止し在留邦人を見殺しにしたり、第三次南京事件で英米からの共同出兵依頼を蹴って在留邦人の多数の被害を出したりした結果、国論は一気に強硬論に染まる羽目になったわけだ。
432名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 21:29 ID:???
ちなみに、幣原外交は英米協調という事になっているが、こと中国問題に関しては、中国側の在留外国人に対する無法を看過し、民間人保護を完全に放棄した事は頭に入れておいて良いね。
この幣原外交の根底にあるのは、蒋介石政権に「貸し」を作り、英米の影響力を中国大陸から排除して日本が独自の権益を獲得しよう、という考え方なんだね。
幣原外交により日本は、中国に1923年に山東利権を返還したり、1924年より関税自主権還付の交渉を開始したりと、外交的に譲歩を重ねて「貸し」を作っていたつもりでいたんだ。

この貸しを作って、という考え方は、面子主義と同様に、日本人というよりは儒教文明に独特なものであり、当然近代国家間の外交ルールからは完全に逸脱している考え方なわけだ。
そして、日本はすでに欧米型の近代国家として国家を構築しており、そこで通用するルールである法に基づいた信頼と信用の関係をもって外交を進めていたのだね。
ところが、そうした「法に基づいた信頼と信用」のルールで外交を主導していた明治時代の外交官が第一線から去り、「面子と貸し借り」のルールで外交を主導しようという人間が出てきたのが、戦間期の日本外交の特徴なんだな。

実はこの「面子と貸し借り」のルールは、今でも日本人には馴染みの深い考え方で、床屋談義で政治を語る人間のほとんどは、この考え方にもとづいて話をしている。
当然、当時の日本人は、今以上に「面子と貸し借り」のルールにどっぷり思考様式が拘束されていた事実を忘れてはいけない。
日本の一般国民は、日英同盟の破棄を、イギリスによって「面子を潰された」と怒り、「第一次大戦で参戦し協力した貸しを忘れた」と怒ったわけだ。
当時の日本人の意識からすると、中国大陸における日本の排他的権益は、わざわざはるか海の彼方での日本人には関係の無い第一次大戦に協力したという「貸し」に対する「お返し」であったのだね。
そして、「満州地方での権益は、日清日露の戦役で20数万の英霊を出すことで獲得した、日本にとっては絶対に譲ることの出来ない最後の一線」という考え方が世論の基調であったわけだ。
433名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 21:29 ID:???
閑話休題、さて、話を中国を巡る英米と日本の外交に戻そう。

日本は、1913年の第一次南京事件で、英国外相グレイによる共同出兵案を拒否し、英国から対中国共同出兵要請があってはこれを拒否するという行為を、1927年の第三次南京事件まで延々と繰り返すことになる。
当時の英国外交の基本は、世界平和の維持と国際法による紛争解決にあり、原則として交渉上、国家間の平等を容認していた。
そして、国際法が遵守できない国家に対しては、短期間・局地の武力討伐によって紛争を解決するしかないと考えていたわけだ。
つまり極論すれば、そのような「無法な」国家は、通商上はともかく国際紛争へのパートナーとしては認められない、これが英国が中国に対して下していた評価であるし、満州事変以降の日本に対して下した評価であったわけなんだな。
ちなみに幣原は、戦後になっても中国に対し宥和策をとったことを誇りとしていて、第三次南京事件の際の英米による共同軍事行動参加要請を拒絶したことを自慢げに書き残していたりする。

日本は、こうした英国の考え方がどうしても理解できず、中国問題は日本が好き勝手に解決してよい日本の専管事項なのだと考えているから、互いに不信感ばかりが積み重なっていくという羽目になっていく。
これはもう、「面子と貸し借り」「法に基づいた信頼と信用」という、根本的な考え方の相違だから、どうしたって意見の一致が見られるわけが無いんだな。
そして、第三次南京事件で、英米による中国在留英米国民保護を幣原が蹴り、日本に対する信頼と信用が失せ、環太平洋における日米協調による安全保障体制が崩壊したことが、後の満州事変の原因となったわけだ。
434名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 21:30 ID:???
だが、それは当事者である日本人が、当時の満州地方や中国地方を巡る国際情勢を理解していないから出てくる意見であると俺は考えている。
満州地方のみならず、中国大陸での治安悪化とそれに伴う在留邦人への被害が続出し、それが関東軍による謀略行動の原因となった事実は、今の戦後民主主義的歴史観に従った学校教育では教えられていない事実だ。
そして、この中国大陸と満州地方での治安の悪化は、幣原外交によって中国人が、外国居留民への襲撃と財産の接収を当然とする考えを持ってしまったために発生したのだね。

中国人には、基本的に近代的な意味での所有権という考え方が無い。
極論を言うなら、財は持っている人間が好きに処分して良いものであり、誰がその時所有しているかが重要なのだという考え方の文明の人間なんだな。
そして、法とは、権力者が人民を統治するための道具であり、権力者が恣意的に変更してよいものだという思想によって、政治が行われている国家なわけなのだよ。
こうした思考法は、実は日本でも根強く残っていて、例えば中央官庁による行政指導なんて、まさしくこうした法家思想そのものの統治行為なわけなんだな。
当然、こうした法に基づかない、官僚の恣意的判断による統治では、近代的な依法制度に基づく文明の所属している日本人は非常に大きな不利益をこうむる事になったわけだ。
1931年の満州事変と第一次上海事変は、結局は、幣原外交が中国に対して作ったはずの「貸し」が中国側は「貸し」ともなんとも思っていなくて、単に日本が媚び諂っていると考えていると、日本人が理解したから起きた事件なのだね。
435名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 21:30 ID:???
さて、1928年の張作霖爆殺事件が、関東軍の幕僚による謀略でありいかに日本の政治に影響を与えたか、その具体的な経過は有名だからここで詳しくは書かない。
この事件で陸軍は、いくつかの教訓を得たわけで、それに基づき陸軍の中堅幕僚達は開戦謀略に邁進したわけだ。
一つは、開戦謀略として機能しない軍事謀略は、無駄であるという事だね。
次に、現地での謀略に、軍中央が呼応する事前の準備が必要である、という事もある。
そして、開戦謀略である以上は、軍は断固たる決意をもって政府をも同調させなくてはならない、という事になるのだね。
こうした教訓に基づき、関東軍の石原莞爾と板垣征四郎は、柳条湖事件を起こして軍を出動させ、彼らと横断的に連携していた参謀本部は、既成事実を盾に内閣に参謀総長と陸軍大臣の辞表をちらつかせて脅し、出兵費用の予算を承認させたりしたわけだ。

こうした陸軍の動きは、幣原外交に対して鬱積していた国民の不満からもろ手を上げて歓迎され、感情的な対中国強硬論を一気に表面に押し上げる効果を発揮した。
これが以降の日本の国内世論の大元にあるわけで、実は陸軍は日本の国内世論に忠実に大陸で振舞っていただけなのだな。
当時の中国大陸で日本人が何を不満に思っていたのか、というと、中国の自国の法令すら無視する態度に怒っていたのだよ。
中国は、当時すでに国家として独立していたし、独自の政府と法律を持ち、中国国内での中国国民の統治は彼らが担当していたのだね。
そして、外国が保有していた治外法権は、中国各地の大都市にある租界などで治安目的で警察権を外国人参事会などが握ったくらいで、中国人の流入や不動産取得は自由であり、そこの人口の大半は中国人だったのだよ。
436名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 21:31 ID:???
日本が戦間期、中国大陸で振舞った態度に問題があるとするならば、それは「面子と貸し借り」と「法に基づいた信頼と信用」とうい二つのルールの間を行ったり来たりしつつ、自分の都合の良い様に振舞おうとした事にある。
極論を言うならば、こうした自分に都合の良い様にルールを取捨選択する態度が、英米との信頼関係をそこなわさせ、中国人との関係を混乱させた原因なのだよ。
特に、当時のアメリカ人は、原理原則に非常に忠実な、理想主義的な政治姿勢を持った国だったわけだ。
確かに、一度は達した外国との合意を、議会という国内の問題を理由に引っくり返してみたりと、非常に困った態度を見せることがままあるわけだが、しかし、基本的に原理原則に忠実な国家であることに変わりは無いわけだね。

さて、最初に書いた、日米間で中国大陸についての取り決めの原則について、覚えているだろうか?
ワシントン会議の結果日本は、連合国の一員として、「機会均等」「門戸開放」「中国主権領土の尊重」という原則に基づいて、担当する極東アジア地域の秩序維持の義務を負うことになった、と書いたね。
満州事変の結果、日本は、このワシントン会議で合意した原則をことごとく反故にしてしまったわけだ。

ハル・ノートの内容を確認してみると、この当時アメリカが日本に対して何を望んでいたのかが、よくわかる。
彼らは、日本に対して日独伊三国軍事同盟から脱退し、連合国側へと戻ってきて欲しい、と、そう希望しているわけだ。
そして、その証明として、ワシントン会議の席上で合意に達したはずの、「機会均等」「門戸開放」「中国主権領土の尊重」という原則に立ち戻って欲しい、と、そう言ってきているのだよ。
とにかく、ハル・ノートの全文をきちんと読んでみて欲しい。
アメリカが要求しているのは、満州事変という連合国側の主要大国としては、許されざる行動によって得た利益を放棄し、連合国の一員として世界秩序の維持に参加して欲しい、と、そういう事なのだから。
437名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 21:41 ID:???
>434の前に、以下の一文が入るはずだったのが、コピペにミスってしまって抜けてしまったよ(自爆)
というわけで、これを挿入して読み直して欲しい。


満州事変は、直接には張作霖暗殺事件のやり直し、という見方が日本では主流となっている。
438名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 22:22 ID:???
さて、>431-437の書き込みを補助線とした上で、個別のレスに入る。

>426
日本の国際社会での名誉ある地位とは、具体的にはどいうものかな?
言葉だけは綺麗だが、それは「世界は一家、人類はみな兄弟」と同様の美辞麗句でしかない。

アメリカに叩き潰される云々も、実際の具体的なイメージに欠けるね。
あえて言うなら、太平洋戦争の敗戦のイメージかな。
しかし、現実のアメリカがそうした国家間の総力戦を日本に対して仕掛けられるかどうか、それを具体的にきちんと考えた上での書き込みかな?

いつも俺が2chを見ていて思うのは、とにかく太平洋戦争の敗戦のイメージが強すぎるのか、アメリカに歯向かった国土を焦土にされるという漠然とした恐怖感ばかりが先行しているように見受けられるね。
現実のアメリカは、たかだかイラク一国を相手に戦争をしかけることにすら、かくのごとく四苦八苦しているわけだね。
実際、満州事変以上にろくでもない動機で始められた、中国のチベット侵攻や、ソ連のアフガニスタン侵攻に対してアメリカはいかなる態度を取ったかな?
湾岸戦争でアメリカがイラクに対して戦争を行えたのは、文字通り全世界が一致してアメリカに協力したからであり、逆に言うならば、外国、特にG5に所属する、英、仏、独、日、そして露の同意が無くては大規模な軍事活動が行い得ないという事でもあるのだよ。

ちなみに、満州事変についての俺の評価は、上の通りだ。
今の時代に、あれと同じ真似がそうそうできるとは思ってもいないが、しかし、似たような真似なら日本は今の政府機構なら可能なわけだよ。
それが何故か、本来の意味におけるシビリアンコントロール、すなわち主権在民と議会制民主主義の機能について調べなおしてご覧。
問題は、日本が戦前は軍事官僚の暴走をコントロールできなかったのと同様に、今も政府官僚の暴走を抑制することが出来ないのではないか、という話だ。
439名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 22:22 ID:???
ついでに、石油の供給を止められるというのも、まったくイメージだけで、具体性の無い意見だね。
つまり、これも戦前のアメリカによる対日石油輸出がイメージとしてあるだけで、アメリカが石油の供給をしているわけではない現在、それが具体的に可能なのかどうか、それが全然考察されていないという意味でね。
石油の供給主体者は、あくまで産油国であり、それはサウジでもイランでもクェートでも中国でもロシアでもなんでもいいわけだ。
ああ、石油の油質云々は、単なるレトリックだから無視するぞ。
経済性が良いから、日本は湾岸諸国から大量の石油を購入しているなんて話は、今更だからね。

そして、この供給者と購入者の間の問題に、アメリカがいかに関与するのかな?
例えば、国連決議でイラクに対しては経済制裁措置が取られているが、それはあくまでイラクによる大量破壊兵器の保有に絡んだ問題であり、直接アメリカと関わっているわけではないんだよ。
つまり、アメリカは、超大国として世界平和と安寧のために行動する義務を有しているから、湾岸にコミットメントしているわけで、その範囲内での国益の追求なわけなんだよ。
だから、今みたいな露骨な自国の国益の追及のみを目的に、湾岸にコミットメントしようとすると、世界中からこれだけ叩かれるわけだし、国内からも批難が起こってくるわけだね。
440名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 22:23 ID:???
どうも、貴君の意見は、戦前の「満蒙は日本の生命線」という、その発想から一歩も抜け出ていないように俺には思えるよ。
重用なのは、国家間の信頼関係をいかに構築し、それを維持するか、だ。
そして、そのために必要な行動は、国家間の関係を形作っているルール、すなわち現在では国際法と条約いうことになるわけだが、これを誠実にその条文と精神を尊重することなわけなのだよ。

貴君の意見の根底に見うけられるのは、とにかく法理を無視してでも、具体的利益を確保することこそが正義であり、そのためには何をしても良い、という機会主義の考え方だ。
そして、それこそが満州事変で日本がとった行動であり、対米戦へと至った最大の原因なんだよ。
貴君は、日本が国際社会で名誉ある地位を占める事を望む、と書いたね。
では、いかに振舞えば、名誉ある地位を占められるのか、それをきちんと考えてみたことがあるかね?
少なくとも、法理を無視した機会主義的行動が、国際社会では受け入れられないことは、この100年で証明された明白な事実であると、歴史が証明しているのではないかな?
441名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 22:23 ID:???
さて、今回のアメリカに対する日本の協力活動は、一体全体どうなるのか、それをきちんと考えてみたかね?
アメリカは、極論を言うならば、今回の対アフガン、対イラク戦争を、私怨で始めている。
確かに、9/11のテロは悲劇だし、そこで出た死者に対して俺も哀悼の意を表明し、その死を悼むことを当然だと考えている。
だが、アメリカが今回とった方法が本当に正しいのか、それに対して全面的に協力することが日本にとって正しいのか、それをきちんと考えてみたことはあるかい?

ただ、アメリカが強大な覇権国だから、とにかくこれに従っていればいい、というのでは、あまりに問題が大きすぎるわけだ。
実際、日本の対イラク戦争協力に際して、不穏アラブ人の入国と、自衛隊施設に対する事前偵察とおぼしき写真撮影が各地で確認されているようだね。
では、日本は国内でのアラブ系テロリストが活動したとして、それによってもたらされる惨禍を許容できるだけの大義名分が、今回の出兵にはあるのだろうか?

あるとすれば、それを納得のいく形で説明する義務は、国法を無視しても出兵をするべきであると強弁する貴君にこそあるぞ?
442名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 22:29 ID:???
>427
だから、そう言っているじゃないか(笑)
俺は、法理を無視してまで、無理やり嫌がる自衛隊を出すのはやめるべきだ、と、そう言っているんだよ。

ちなみに、海自が一時期情報公開リストの流出やらなんやらで叩かれていたことを覚えているかい?
丁度、アメリカのアフガン出兵にいかに具体的な形で協力するかでもめていた頃の話だ。
官邸と内局は、とにかく陸自が見積もりが立たないと、けんもほろろに断られたせいもあって、何が何でも海自をアフガンにだしたかったわけだね。
だから、ああいう形で徹底的に海自をしめあげて、官邸と内局のいう事を聞かない幹部を処分して、無理やり海自を出動させたわけだ。

陸自も、空挺の三佐が、民間人に小銃の射撃をさせていた、というスキャンダルで首を切られていたが、見積もりが立たないと突っぱねて、アフガンへの出兵を断っているんだよ。
何しろ、その時に政府与党の政治家から、「死ぬのが怖いのか、臆病者」と罵倒されてまでいるんだからね。
そこであえて出兵を拒絶した陸自の自衛官の方が、はるかに俺はえらいと考えるよ。
443名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 22:40 ID:???
>428
上の>431-からを全部きちんと読んでもらえれば、俺が何を言いたいのかは理解してもらえると思う。
すなわち、法理を無視した、大義名分の立たない戦争はやるな、と、そう言っているんだよ。

我が国は、憲法という最高法規で、軍事力の海外での行使を禁止しているのだよ。
それを無視して、あえて自衛隊をイラクに派遣する理由があるのかい?
今回の対イラク戦争協力は、言うなればアメリカの自分勝手な理由で行われる、いわば無名の師なわけだ。
当然、日本がそれに参加することは、全く名分が立たない、あえて言うなら機会主義的な態度でしかないわけなんだね。

日本は、PKO協力法案によって、国連による平和維持活動や平和創設活動になら、自衛隊を出すことは出来る。
だが、そうした国連による活動ですらない、アメリカの私戦に、法を無視して自衛隊を出すのと、奉勅命令も無しに、勝手に軍隊を出動させ、内閣に予算の承認を迫ったやり方と、何が根本的に違うのかな?
帝国主義的侵略云々も、言うなれば、良い戦争なら国内法を無視して軍隊を出しても言い、という意味になるぞ?
そして、その善悪は、いかなる基準で決められるのかな?
満州事変は、当時の日本としては、全く持って正しい、正義といってもよい理由で始められた戦争であることに変わりは無いのだよ。

イラクの難民支援についても、では貴君はいかなる具体的な案を考えているのかな?
ただ、自衛隊ならなんでもできるだろう、という、そういった漠然とした印象論で語っていないかい?
難民支援を行うならば、それは外務省の管轄であり、国連が主体となって難民保護を行う段階になって、初めて自衛隊は出動することができるのだよ。
444名無し土方 ◆cDIj6u5gc. :02/12/08 22:48 ID:???
>429
貴君が、俺の言いたい事を完全に理解してくれたことに、感謝させていただきたい(自藁

というか、俺が言いたい意見は、まさしく貴君の言う通りで、法理に悖る不法な軍事力の行使はするな、と、そういう事なんだね。
それこそ、満州事変の最大の問題は、法理を無視して機会主義で軍事力を行使することを容認したことが、後の太平洋戦争に至る昭和の暗黒の歴史につながった、という事なんだね。
よく左翼人士が言うところの「いつかきた道」というのは、まさしくこの機会主義によって超法規的に軍事力を行使することなわけだ。

俺は、これまで散々「いつかきた道」と吼えていた人間が、今になって口をつぐんでしまっているから、こうして書き込みをしているだけなんだよ(苦笑)
実は、なんであの手の戦後民主主義者を蛇蠍のごとく嫌っている俺が、連中に代わってこういう事を発言しなくてはならないか、と、そうも思っていたりするよ。