〜その時、殺しの手が動く (新潮社)〜 から
北村と裕さん(ダメ夫)の別れ話に立ち会った同僚は
「北村さんが席を立ったときに、及川さんに"本当はもう、北村さんに飽きたんじゃないの"
と聞きました。そうしたら頷いて"そうだ"と。ついさっきまで私の前で"キャッシーに
一直線だ"とか言っておきながら」
そう言って裕さんを非難している。
責任を取れないと分かっていながら、相手の歓心を買うために裕さんはその場限りの
約束をする性質があった。
(略)
当時を振り返り、裕さんは蚊の鳴くような声で、こう供述している。
「肉体関係を維持したかったので、そんな気持ちから、つい....」
(略)
「優柔不断なようだけど、キャッシーといつとキャッシーの方に強く惹かれるんだけども、
うちにいると、やっぱりうちの方になびいてしまって、ふらふらしてしまうんだ」(一審公判北村証言)
その度に、知子さん(奥さん)と北村は数時間に及ぶ長電話でお互いの言い分をぶつけ合い、
消耗し、自体は泥沼化した。
「北村が憎かったけれど、私自身、流産の経験がありますし、同じ女性として主人のしたことは許せないと
思っていました。きれいごとに聞こえるかもしれないけど、話を聞くことで少しでも冷静になってもらいたい
という気持ちがありました。だから、何時間も電話につきあったんです。小さい子供を抱えて、食事の世話を
しなが、六時間近く話し合ったこともあります。それをまったく違うふうに北村に言われて.....」
北村はこれまで「一方的にまくし立てる妻と一緒にどなりあってもしかたないと思った」と主張してきた。
しかし、電話での北村の口調は高飛車で高圧的だったと言う
「言葉で言い負かそうとするんですね、ストレートに『別れてくれ』とは決して言わない。
とにかく私は別れるつもりはありません、と。主人を『こんなに愛しているんだから』
私に対して延々と『あなたのことを師匠はああいっていた、こういっていたと並べ立てるんです。
『こんなにあなたの事をひどく言う人なのよ、こんなに嫌なやつなんだもん、わかるでしょ』と」
〜その時、殺しの手が動く (新潮社)〜 から 2
「自分の言ってることが正しいのに、なぜアナタはそれが分からないの、という感じで延々と
話をするんです。そして裁判になってからは、奥さんがああ言った、こう言った、とやられました」
自分も確かに長時間の間に、冷静さを失ったときもあると知子さんは言う。
「でも、私だけ一方的に正気を失って、ひどい言葉を投げかけたということはなかったと思います。
"自分はお嬢さまの高校に出て、いい大学を卒業した。努力して数学を究めた。そんな自分に
裕さん(ダメ夫)は本来、釣り合う人じゃない。高卒なんて、どうせ主任どまりだ”。北村はそう力説していました。
そのとき私が抱いた印象ですが、彼女はそれまでの人生で、自分の意のままにならない事態に初めて
遭遇したんじゃないかしら」
また「生きている子供を平気でお腹から掻きだすような人なのよ、あなたは」という言葉についても
知子さんは発言の事実そのものを否定する。
「勝手に言葉をひとり歩きさせています。私は二番目の子供を流産させてしまった時、
産科の女医にお腹の子供を引っかきだす、って面と言われてたんですね。私、凄いショックをうけて、
その話を彼女にもしました。流産してるから、子供を堕胎する辛さは分かるつもりだと。
ところがいつのまにか、私がああいう発言をしたことになっていて.......。彼女を言うことを、
いちいち否定してみせてもしょうがないと諦めました。」
北村は電話での応酬にあき足らず、事件の四ヶ月前の平成五年八月には弁護士の元を訪れ
告訴の準備を進めた。もはや会社にも知れ渡り、北村の両親まで巻き込んで後戻りは出来なくなってた。
「訴訟まで起こすことはないんじゃないかと。全部もとにあった状態に戻るのが一番いいじゃないかと
説得しました。でも、話していても埒があかないので、北村のお父さんに電話をして、"私は不実をした
夫を許すように努力します。これから頑張って2人で生活を立て直していきたいんです。だから
お父さんは有紀恵さんを説得してください、これから本人同士ではなく、私とお父さんが代理人に
なって話をしましょう"と言いました」
だが、同年十一月、北村は家事調停に踏み切った。
この2人の交際について、裕さんは一貫して「北村も積極的だった」と証言している。
裕さんとの交際に傾斜していく北村を会社の親しい同僚たちは心配していた。
「あまり深入りしないように」。口々に忠告しても、北村は意に介さなかった。
だが、北村自身の口からは「積極的だった自分」という側面は語られず、それは現在でも変わらない。
〜その時、殺しの手が動く (新潮社)〜 から 3
そして、調停中の翌十二月、北村は及川さんの家に火を放つという最悪の暴挙に出てしまった。
北村は一貫して、その憎悪の矛先を裕さん本人ではなく、裕さんの妻、知子さんに向けた。
「私も含め、みんな大人同士の問題じゃないですか。亡くなった子供たちには何の関係もない。
子供を手にかける理由なんてどこにあるんですか?主人を操ってるとか、気の強いひどい女とか、
とっくの昔に家庭が崩壊していたとか言われても、そこだけは譲るわけにはいきません。
北村はあの事件を結局、女同士の闘いに誘導しようとしている、私にはそう映りました。だけど、
それには絶対乗らない。何を言われても私は耐えようと思ってきました」
二度の中絶を経験し、信じていた男に踏みつけられたとはいっても、北村は大学を卒業し、
当時、分別ある年齢に達していた。裕さんとの関係について忠告してくれる友人たちもいたのだ。
仮に裕さんが最初の男性で、その妻から言葉で傷つけられたのが事実だとしても、実際に放火に
至ってはエキセントリックすぎる。
北村が最高裁で争った点は、「殺意の有無」、つまり「生きている子供にもガソリンをかけたか
どうか」という点と、事件当時、精神的にも追い詰められ心神耗弱状態に陥っていたかどうかの
二点だった。北村は上告中、火災学や女性学などの文献研究に没頭した。しかし、上告は棄却。
彼女はこう記している。
「突然の決定がきたんです。(中略)たったこれだけの言葉で、私の人生が大きく変わってしまう。
私だけでなく家族の人生も変えてしまう。たったこれだけの言葉で、嘘に嘘を積み重ねた検察ストーリー
を肯定し、私を無期懲役にする」
しかし、仮に北村の主張が認められていたとしても、及川さんの二人の幼な子が放火で死亡した
という事実には変わりない。ましてや夫に裏切られ、愛児も殺され、すべての財産を失った知子さんが
責められる謂れなどありはしないのだ。
(略)
北村は自身の裁判について「自然科学を学び、大型コンピューターのOSを開発していた私がまるで東京裁判
なみの茶番を体験するに至った」。
北村は拘置所内にあって某大学の法科に学士入学し(通信教育)し、法律の勉強を始めている。以下、その動悸の条。
「できることなら、反発し合う自然科学と社会科学的思考の、一段上の段階に昇華させての 融和を見い出したい・・・・・」云々
傷つけられた女の自尊心は癒えるけしきもなく、満腔の憤りとゆがんだ優越感に今も独り身を慄わせている。
〜その時、殺しの手が動く (新潮社)〜 から 4
夫「自分のだらしなさ、至らなさは人に言われなくても良く自覚してるつもりです。
何を言われても仕方が無いし、一生自分を責め続けると思います。
でも、今更僕が何を言っても弁解になる。僕は態度で示していくしかないんです」
態度で示す?その言葉を聞いて、私はつい熱くなってしまった。あなたが示すというその態度を
もっと具体的に教えてほしい。事件後は知子さんに対してどんな謝罪の言葉を口にしたのか。
これから示すその態度とは、どういう内容なのか。
しかし、その日、裕さんが私に話したのは先のコメントだけだった。
「主人を全て許したわけじゃありません、でもあの人は変わりました。強くなりました。
自分の事を話そうとすると言葉に詰まってしまう。基本的には優しくて、真面目な人なんです」
(略)
ーあなたを責めるつもりはない。だが、どうしてそこまでしてあの人を庇いだてしようとするのか。
成長した子供たちが本当にそれで納得すると思うのか。
「子供を殺された親の気持ちは、誰にも理解してもらえない。結局その痛みを共有できるのは
主人だけなんです。主人しかいなかったんです。もし主人と別れてしまったら、亡くなったあの子たち
になんと言えばいいんですか。アタマが変になったと思われるでしょうが、私は麻美と祐太朗にいつか
会えると信じています。別れたらあの子たちの戻る場所がなくなっちゃうじゃないですか」
ー(事件後に子供をもうけたことについて)
「........子供をいとおしおしめない生活なんて、私には想像できません。出産したとき、
亡くなったあの子達が戻ったんだ、そんな気がしました」
その時、殺しの手が動く 中村うさぎの解説
悪いのは男だ、といいたい人の気持ちはわかる。妻がヒステリックに糾弾したからだ、
と考える人がいるのもわかる。が、殺されたのは「男」でも「妻」でもなく、
何の罪もない子どもたちだったのだ。それを忘れると、この事件の核心は曖昧になる。
そして、それを一番忘れているのは、この犯人である。
自分は犠牲者だ、と、犯人は言う。しかし、相手に妻も子もいることを承知で
恋愛を始めたのは、自分の責任でもあるではないか。恋愛にも殺人にも自己責任が
取れず、他者を責めるばかりの人間。それは同時に、自分の世界から徹底的に
他者を排除する、もっとも孤独な人間ではあると言えまいか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
中村は北村含めて他人のせいにしたがる犯罪者に対して
「自分に甘く他者に厳しい人間は、 独善という菜の闇に取り込まれて盲目となる。」
と激しく糾弾。
以上事実確認のテンプレでした。