『見てなさい、あんたち全員でも及ばないほど神聖で美しくそして強力な使い魔を呼び出してみせるわ!』
昨日の大見得が頭の中でリフレインする。
サモン・サーヴァントだけは得意だなんて、言うんじゃなかった。
クラスメートのヒンシュクを買った大爆発の挙句、ルイズの目の前に姿を現したのは、地
面に大の字に横たわる黒ずくめの人影だったのだ。
「こここ、こんなのが神聖で美しくそして強力な…?」
大きい。身の丈2メイルは優に超える。
体躯では他の亜人種には及ばないが、指先までみなぎる迫力は引けを取らない。
驚くほど精巧で光沢を放つ頭部はどこか人間の髑髏を思わせる禍々しさで、全身を覆う皮膚は多少の熱量なら跳ね返しそうだ。
生意気にもメイジのような黒マントを羽織っている。
胸部に付属する謎の器官が絶えず光を発しているのが、なんとも言えず不気味だった。
そして全く狂うことのない一定のリズムで、くぐもった呼吸音がやけに大きく響き渡るのも不快さをつのらせた。
「こ、これは…」
博学で鳴らすミスタ・コルベールも首を傾げていた。
当然だ。どんな文献にもこんな生物の記述はない。
人間なのか亜人なのか、それとも全く未知の生物なのか・・・
〜〜〜〜 ベイダー卿がゼロのルイズに召喚されたようです 〜〜〜〜
ベイダー卿ことアナキン・スカイウォーカーが目を覚ますと、かろうじて記憶のある手術室とは全く違う風景が広がっていた。
生い茂る草の原と、薄い雲の浮かぶ抜けるような青空。
いつか滞在したナブーの景色にも似ている。
しばらく見ていなかった強い日差しが眩しくて、マスクの光学センサーごしに網膜が焼かれる思いがした。
自分がどんな手術を受けたのかは概ね把握していた。
失った両手足の代わりをなす強力なサイバネの義肢。
溶岩に焼かれて呼吸の機能を喪失した皮膚と循環器系をカバーするべく、肺の代わりにボンベとマスクが取り付けられていた。
さっきから耳障りな「コーホー」という呼吸音が、実は自分のものであることに気づいたとき、ベイダーもさすがに泣きたくなった。
フォースの使い手としては、何よりも生身の体をほとんど失ってしまったのが痛い。
フォースの意志を伝える媒介となるミディ・クロリアンの絶対数が激減してしまったからだ。
ジェダイを殲滅した後、皇帝をも倒して銀河を手中に収めるという野望が遠のいてしまったことを、自信家のベイダーも認めざるをえなかった。
二人で銀河を支配するはずだったのに。
――ふたり?
――だれと?
不意に、誰かがこちらをのぞきこんでいるのに気づいた。
桃色の髪に黒マント。白いシャツと短いスカートを身に着けた小柄な少女だった。
とりあえず彼の脅威にはならなさそうだ。
脳裡にかかった靄が急速に晴れていくのを感じた。
サイボーグならではの予備動作のない動きで、ベイダーはすばやく身を起こした。
光学センサーの受像範囲一杯に少女の驚いた顔が広がる。
「パドメはどこだ?」
地の底から響き渡る悪夢の如き声だった。
黒い人影が突如身を起こしたことに驚いたのは、一番そばに立っていたルイズだけではなかった。
その瞬間、興味津々といった風情で二人の周りを円状に囲んでいた魔法学院の生徒達も一斉に飛びのいた。
メイジの常として、何人かは咄嗟に魔法の杖さえ構えていた。
青い髪と眼鏡が特徴の雪風のタバサもその一人だった。
「珍しいわね、タバサ。いっつもクールなあんたが反射的な行動するなんて」
隣で感心したように言う親友のキュルケに、タバサは視線さえ送らずに一言応じた。
「危険人物」
「あ、あんた、喋れるの?」
半身を起こした黒ずくめの人影と、上体を傾ける格好のルイズの視線はほぼ同じ高さだった。
その、全く表情の変化しない落ち窪んだ眼窩に見つめられて困惑しながらも、ルイズは幾分安心していた。
喋れるということはかなりの高度な知性を具えた生命体だ。極めて稀ながら、そういった幻獣が存在していることは確認されている。
少なくとも、この中の誰が召喚した使い魔にも引けを取らない希少種には違いない。
いつものように「ゼロのルイズ」と馬鹿にされるのは回避できるかもしれない。
この凶悪な姿は置いておいて、だが。
黒い人影はゆらりと立ち上がり、ルイズを見下ろした。
153サントしかないルイズと2メイルを越える彼とでは、大人と子供以上の差がある。
「パドメはどこだ?いや、まずここはどこだ?コルサントではないな?」
黒い巨人が繰り返した。
口らしき部位はあるものの、そこを全く動かさずに発声している。
「ぱ、パドメって誰よ?ていうかそもそもあんた何者?」
圧倒的な存在感を示す人影相手にルイズがかろうじて退かずにいられたのは、貴族としての矜持以上に、サモン・サーヴァントのゲートをくぐってやって来た者は使い魔であり、自分はそのご主人様であるという意識のおかげだった。
だが、そんなルイズの甘い考えもあっさり打ち砕かれることになる。
「僕の質問に答えた方がいい。僕はシスの暗黒卿だ」
「死す?暗黒卿?…もしかしてあんたの二つ名?あんたメイジなの?」
「僕はダース・ベイダー。皇帝の弟子だ」
「ダース・ベイダーって名前なのね。皇帝って、ゲルマニアの?ほんとにメイジってわけ?」
メイジを使い魔にするだなんて、前代未聞すぎる。でもそれはそれで、途方もなく甘美な響きを持っていた。
人間が使い魔になるなんて見たことも聞いたこともないが、メイジを使役するメイジ……悪くはない。
少なくとも平民が使い魔になるよりずっといい。
ルイズの胸中を知ってかベイダー卿は威圧するかのように腕を組んだ。
「いい加減にした方がいいぞ。僕は皇帝ほど寛大ではない」
「あんたこそ、人間ならそのブサイクなマスクを取りなさいよ。ご主人様に失礼でしょ――」
ルイズがそう言い終るのとほぼ同時に、ベイダー卿の右手が真っ直ぐ前に差し出された。
「は、きゅ…」
うめくルイズ。
二人のやり取りに割って入れず、遠巻きに見守っていた生徒達はその光景に驚愕した。
黒い人影――ダース・ベイダーの右手が前に差し出されたかと思うと、触れられてもいないのにルイズが自分の喉元を押さえ、顔を真っ青にして苦しみ始めたのだ。
さらに、レビテーションの魔法でもかけられたかのようにその両足が地面を離れ、バタバタと無様に空を蹴る。
「先住魔法だ!」
悲鳴にも近い声が上がった。
何しろベイダー卿は杖すら持っていないのに、手振り一つでルイズをくびり殺そうとしているのだ。
ルイズを救出しようと我に帰った何人かの生徒が呪文を唱え始めたところで、ベイダー卿は右手を下ろした。
その途端喉を締め付ける不可視の力から解放され、柔らかい草地が支えを失ったルイズの体を受け止めた。
「ゲホッ!ゲホゲホ、ゲホッ…!」
地面に転がり涙目で咳き込むルイズを、黒いマスクの陰に表情を覆い隠したベイダー卿が冷ややかに見下ろした。
「言ったはずだ。僕を怒らせない方がいいと。あらためて聞くが、ここはどこだ?」
「トリステイン…魔法……学院…よ」
息も絶え絶えといった様子で、ルイズが答えた。
「魔法?迷信の一種か。ずいぶんと未開の部族のようだな。星系と惑星の名は?」
「何…よ、それ…?」
「自分たちが何という名の星に住んでいるかも知らないのか。では、この土地の名は?」
「トリステイン王国…ハルケギニア…」
質問の意図が掴めず、ルイズは怯えながらベイダー卿が満足しそうな答えを挙げるしかなかった。
どうして自分がこんな辺境の惑星にいるのか、機械化手術完了後に光に包まれた時のあのハイパースペース・ドライブに似た感覚はなんだったのか、いくつも疑問は残ったが、とりあえずは一刻も早くコルサントの皇帝のもとに帰還し、パドメの無事を確認せねばならない。
ベイダー卿も彼なりに焦っていた。
「最後に尋ねるとしよう。宇宙港はどこに――」
その瞬間、フォースが警告を発するのをダース・ベイダーは確かに感じた。
だが、それが何に対してであったのか理解する間もなく、その巨体は突然襲ってきた衝撃に宙を舞っていた。
(これが魔法…だというのか……?)
薄れゆく視界の隅に、自分の身長より長大な杖を構えた小柄な少女の姿が映じた。
「エアハンマー」
タバサが放った空気の塊に吹き飛ばされ、ベイダー卿はあっけなく意識を手放していた。
「ミス・ヴァリエール、最後の最後にとんだ大物を持ってきたもんですなぁ」
緊張の糸が切れ地面にへたり込むルイズの脇に立ち、どこか呑気に聞こえる口調でコルベールは額の汗を拭っていた。
「ほんとよ、ルイズ。タバサがなんとかしてくれなかったら、あんたってばどうなってたことか…。でもタバサ、なんでもっと強力な呪文で止めを刺さなかったの?」
キュルケが大多数の生徒の疑問を代弁した。
それも当然。ベイダーが先住魔法を使った時、彼らは幼い頃から刻み付けられたエルフの恐怖を思い出し、命の危険を感じていたのだ。
現に今なお、地面に横たわるベイダーに向かって致命傷となる呪文を唱えようとしている生徒もいる。
だが、そんなどこか非難の混入した生徒達の視線を真っ向から受け止めて、タバサは涼やかな声でポツリと漏らした。
「メイジにとって使い魔は一生の問題」
そう、メイジにとって使い魔は生涯のパートナーであり、分身とも言える存在である。
コントラクト・サーヴァントの儀式すら終えていない使い魔を抹殺する権利を、同じメイジの誰が有すると言うのか。
炎蛇のコルベールもそう考えたからこそ、ギリギリの状況になるまでベイダーに対して攻撃を加えることを控えていたのである。
「それではミス・ヴァリエール、コントラクト・サーヴァントの儀式を」
「ええッ!これと!?」
ようやく動悸の収まったらしいルイズは、早くも新たな危機に直面することになった。
ルイズはベイダーの胸の上に馬乗りになるような姿勢で、彼の頭部を観察していた。
一体この生物、どこが唇だというのか。
気絶していてなお規則正しい呼吸音は、一応普通の人間で言えば口に当たるべき箇所から聞こえてきている。
だけど先ほどわずかながら言葉を交わしたとき、その部位が全く動いてさえいなかったことは確認済みだ。
いや、ちょっと待て。
こいつも人間か亜人の類なのだとしたら、この鉄化面も武装した騎士たちと同じような防具なのかもしれない。
これ、どうにかして外せないのだろうか…?
「ねぇ、ギーシュ」
ルイズは土のドットメイジたる男子学生の方に頭をめぐらせた。
「なんだい?僕のモンモランシー」
「錬金で、剣か何か刃物を…」
「ああ、僕の可憐なモンモランシー。そうだね、君の言うとおりだ。君のロビンは僕のヴェルダンデに劣らず可愛いね」
「…やっぱいいわ」
会話が成立してさえいなかった。ギーシュは最近付き合い始めた「洪水の」モンモランシーとのおしゃべりに夢中なようだ。
(ま、ギーシュの錬金で作った刃物が、何で出来ているのかよくわからないこいつに歯が立つとも思えないしね)
ルイズはだめもとで、このマスク(?)の口吻部で試してみることにした。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
詠唱が終わり、ルイズはコーホー、コーホー騒がしいベイダーのマスクに唇に近づけた。
ルイズは夢を見ていた。
昨日行われたばかりの、コントラクト・サーヴァントの景色の情景。
ルイズの呼び声に応えてこの地に現れたのは、見たこともない服装の、黒髪の少年だった。年の頃はルイズと変わらない。
使い魔として平民を召喚してしまったことに落胆しながらも、ミスタ・コルベールにうながされ、はやし立てる同級生たちを意図的に無視して唇を彼に近づける。
そうしながらルイズは奇妙に高揚した予感に胸を満たされた。
気に入らない。全然気に入らないんだけど、あるいはこの少年となら…。
そして、二人の唇が触れるか触れないかの刹那――
「コーホー」
それまでスヤスヤと寝息を立てていた少年の口から漏れた呼吸音に、ルイズは唐突に現実に引き戻された。
「起きたか」
悪夢の続きのような声だ。寝起きから最悪の気分のルイズが頭を巡らすと、ベイダー卿は窓から外を見ていた。
例のごとく、腕組み仁王立ちの傲岸なポーズで。
マスクから響く威圧的な呼吸音にはなかなか慣れそうもない。
声をかけながら、彼はルイズの方を見ようともしなかった。
振り返りもせずにルイズが目を覚ましたことを感じ取っていた辺り、やはり不気味だ。
「は、早起きね…」
沈黙に耐え切れずに先に口を開いたのはルイズだった。
だがベイダー卿は応えない。
「あ、あんたも悪い夢でも見たの?」
「僕は夢を見ない。そう訓練されてきた」
「そ、そう…」
取り付く島もない。だが、畳み掛けるようなベイダーの口ぶりにはほんの少し違和感があった。
何かを思い出しているのだろうか。
「太陽は一つなんだな」
またいきなりだった。
「……? 当たり前でしょ」
「それがいい。二つ以上は余計だ」
「……?」
発言の真意は汲み取れないものの、とりあえず朝食の時間が迫っている。
昨日交わした約束に則り、内心の怯えを隠しながらルイズは命じた。
「ふ、服」
「自分で取った方がいい」
「い、いいから!」
貴族の自負と怖れの板ばさみ。今回は前者が上回ったようだ。
ベイダーが窓の外を向いたまま無言で手首を軽く振ると、椅子にかかっていた制服がベッドの上のルイズの手元まで動いた。
「し、下着」
再びベイダー卿の手振りに従い、クローゼットの一番下の引き出しが開いて下着が飛んできた。
魔法さえ成功すれば自分もできるはずのことを、杖も持っていないベイダーにさも当然のごとくされるのはちょっと腹立たしい。
それ以上に、それを振り向きせずにこなしてしまうベイダーが底知れない。
後ろに目でもついているんだろうか。
さすがに服を着せてとは言えなかった。
ルイズはネグリジェを脱ぐと自分で制服を身に着けた。
「じゃ、じゃあ朝ご飯に行ってくるから」
マントを羽織り、ドアを開けながらルイズは遠慮がちに言う。ベイダーは物が食べられないので同席はしないそうだ。
ルイズが戸口をくぐろうとしたところで、ベイダーは半身を巡らせ、ルイズを直視した。
「メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー、マイ・マスター」
それに何と応じたらいいのかわからず、ルイズは軽く手を挙げて部屋を出た。
一人残されたベイダー卿は再び腕を組み、窓の外を見る。
たとえベイダー卿が単身でこの星を脱出する手段がないとしても、皇帝が必ずこの惑星を感知するはずだ。
こんな星があることは今まで知られていなかったし、あるいは既知の銀河系の範囲外なのかもしれない。
だが皇帝は彼を超えるダークサイドの熟達者だ。
その点に心配はない。
もっとも、多少時間はかかるかもしれないが。未知の航路をハイパースペース・ドライブで移動するには厳密な計算も必要だ。
場合によっては戦争になるかもしれないが、昨晩ルイズと話し合って把握できた範囲で推測すれば、この星の文化レベルでは一方的な虐殺になるだろう。
しかし、それよりも気がかりなのは…
組んだ腕を解き、ベイダー卿は自分の左手の甲を見た。
見たこともない文字がそこに刻まれていた。
「一体僕の身に何が起こった…」
くぐもったその呟きは、分厚い石造りの壁に吸い込まれた。
気絶したベイダー卿はひどく重く、レビテーションで運ぶにしても途中で一度交代が必要だった。
ちなみに、ルイズの代わりにギーシュとタバサが運んでくれた。
コントラクト・サーヴァントの結果、その左手の甲には見たこともないルーンが刻まれていた。
勉強熱心なルイズの知識にもないルーンだが、そもそもこんな生物が召喚されてくるのも前代未聞なので、とりあえず気にとめないことにした。
問題は山積みだ。
ただ変人のコルベール先生だけは興味を引かれたようで、そのルーンのスケッチを取っていた。
ベイダーはルイズの部屋に運び込まれ、とりあえず床に放置された。
召喚直後の暴挙はともかく、契約が終わった後なら主人に危害を加えることはあるまいと判断されてのことだ。
ベイダーが目を覚ましたのは夜だった。
というか、顔がマスクに覆われているため本当のところいつ目を覚ましたのかよくわからない。
第一声はまた「パドメ」。一体誰だろう。
723 :
ゲームセンター名無し:2009/09/27(日) 06:47:47 ID:jezQMKLvO
梅師 お疲れ様 支援梅あげ
メタ子の話からゼロつかの話に変わっとるw
なんか良く解らんけどベイダーってこんなキャラったっけ?なんにせよお疲れちゃん。
ゼロもスターウォーズも見てないからなぁ
ゼロのイチローのやつは好きだったが
726 :
ゲームセンター名無し:2009/09/27(日) 15:37:03 ID:jezQMKLvO
⌒*(′・∀・)*⌒
お疲れ様なのー…
別に期待してないケド
何となく
>>1ぃと華の話がまた読みたい気分のようなそうでもないような
>>722 くそっ、思わず読み入ってしまったじゃないか
ツヅキマダー?チンチン(AAry
>「…今の、なに?」
パルパティーンの姿想像して笑ったわ
てか アナチンの末路初めて知ったわw
それから二人の間に持たれた話し合いはそれ程長くはかからなかった。
ベイダーの態度は今度はだいぶ紳士的だった。
ベイダーはどこか別の星から来たとか何とか言っていたが、ルイズに理解されないのがわかるとすっかり諦めたようだ。
「銀河帝国」、「ハイパースペース」、そして「フォース」……彼が力説していた未知の用語の数々。
「ねえ、ベイダー」
「“卿”か“ダース”を付けろと言ったはずだ」
「だーすって何よ?」
「シスの暗黒卿に対する敬称だ」
「あんたの二つ名だっけ?それはともかく、あんたって友達少ないでしょ」
「……」
結局、超空間航法どころか宇宙に出る手段さえないことがわかると、ベイダーは珍しく落胆した様子だった。
結果としてベイダーが帰還するための方途を見つけられるまで、ルイズは生活の糧とこの土地の知識を提供し、一方のベイダーはルイズに対して従者の礼を取るという約束が両者の間で取り交わされた。
ルイズが貴族であるという事実が、少しばかり功を奏したらしい。
「僕は貴婦人の扱いには慣れてるんだ」
笑えないジョークだった。
夜も更けた。
寝床としてルイズが用意した藁束をにべもなく拒絶し、ベイダー卿は書き物机の前の椅子に座った。どうやらそこで眠るつもりらしい。
ネグリジェに着替えたルイズは、消灯する直前になって、ふと昼間のルーンのことを思い出した。
「そう言えばあんたの手の甲のルーン、コルベール先生が興味津々だったみたいだけど、ちょっと見せてくれる?」
「ルーン?これのことか」
ベイダー卿が左手を裏返して甲を示した。
「うーん、やっぱ見たこともない形ね。一応わたしも写しをとっておこうかな。もっかい見せて」
「ちょっと待て」
ベイダー卿はルーンが刻まれた手を少しいじると、もどかしそうにその表皮を脱ぎ捨てた。
「ちょっ……」
「ただのグローブだ。気にしなくていい」
その下から現れた金属製の義手をカチャカチャ動かしながら、こともなげに彼は言った。
ルーンが着脱可能な使い魔
♪ありえないことだよね
教室は一種異様な雰囲気に包まれていた。
コントラクト・サーヴァントの儀式の翌日。
クラスメートに向かっての新しい使い魔のお披露目的な様相を呈する朝一番の授業。
さながら多種多様な珍獣たちが織り成すショータイムだった。
だがそこに、明らかに周囲から浮いた存在感を放つ人影が鎮座していた。
言わずと知れたベイダー卿である。
使い魔を教室に連れてくるか否かは主人次第であるが、ベイダー自身が出席を強く希望したのである。
だが…
「コーホー、コーホー」
「ミス・ヴァリエール、あなたの使い魔はもう少しなんとかなりませんか?」
使い魔たちがみな静かにしているとは限らないのだが、ベイダー卿の呼吸音はやけに規則正しいだけにどこか威圧的で、生徒たちの集中をかき乱すことこの上ない。
授業を担当するミス・シュヴルーズがとうとう耐えかねて注意した途端、教室に妙な解放感が漂った。
「はい、ええと…」
ルイズが隣の席に巨体を収めたベイダーの方をちらっと見る。
しかしベイダーは腕組みしたまま意に介したそぶりもない。
当然ながら眉一つ動かさない。
「気にせずに授業を続けるがいい」
貴族に対する口の聞き方もなっていない。
「でも迷惑なのです。あなたのその呼吸音。コーホー、コーホーって」
ベイダー卿が種族としては人間であり、しかもメイジではないことは彼自身から言質がとれていた。
つまり、この世界での身分でいえば平民であるということだ。
興味津々といった風情の同級生たちに、既にルイズは朝食の席で彼女が理解できた範囲でベイダーとの話し合いの内容を語って聞かせていた。
平民の使い魔というのもなんだけど、余計な恐怖心を抱かれる方がもっと心配だった。
結果、一部の生徒は昨日ベイダー卿が見せた力への警戒を緩めることはなかったが、大部分は貴族としてのプライドの方を優先し、あからさまにベイダーとルイズを見下し始めていたのだ。
ベイダーの呼吸音はそんな生徒たちの神経を逆なでしていたものの、自分が率先して注意する筋合いでもないので我慢していたのである。
ミス・シュヴルーズが注意してくれた時、そんな生徒たちがいっせいに清涼感を味わっていた。
「教室から出て行ってはもらえませんか?」
温厚な中年女性であるシュヴルーズだが、貴族としてのプライドが虚勢を後押しし、一見丁寧なその言葉の中にも有無を言わさぬ迫力が込められていた。
「あの、ミス…」
どうにかして弁解しようとするルイズを片手で制してから、ベイダー卿はさらに不遜な態度で声を発した。
「僕はこの教室にいてもいい」
すると…
「あなたはこの教室にいてもかまいません」
一瞬呆けたような表情を浮かべ、ミス・シュヴルーズは復唱した。
「お前は気にせずに授業を続ける」
「わたしは気にせずに授業を続けます」
「代わりにあの生徒が廊下に立つ。」
ベイダーが一人の少年を指差した。
「ミスタ・グラモン、廊下に立ってなさい」
「ええっ!?」
「さっきのあれ、どうやったの?」
ルイズがベイダー卿に尋ねたのは、二人だけで授業の後始末をしてる最中だった。
「フォースの基本だ。心の弱い人間ほど簡単に動かすことができる」
「心が弱いって、相手はれっきとした貴族でメイジなのよ?」
「フォースの前では何というほどのこともない」
言いつつベイダー卿が軽く手をかざすと、砕けた花瓶の破片が集まってくずかごに飛び込んでいった。
一方のルイズはススだらけになった床の拭き掃除をしていた。
「ねぇ、ベイダー」
「卿を付けろと言ったはずだ、マスター」
「……あんたさっきから突っ立ってるだけじゃない。なんでわたしがこんな肉体労働を…ブツブツ……」
「そんなことを言うのはどの口だ。二度と声を出せなくするぞ」
ギーシュが去った教室ではその後順調に授業が進んでいったものの、『錬金』の実演を求められたルイズが石ころに向かって杖を振り下ろした途端に爆発が起こり、何もかもが台無しになった。
「ちょっと失敗したみたいね」
そう言ってボロボロの姿のルイズがスス交じりの黒い煙を吐き出した時には、ミス・シュヴルーズは爆発のあおりを受けてひっくり返り、あらかじめ机の下に避難していた生徒たちにも被害が及んでいた。
教室の中はさながら阿鼻叫喚の地獄だった。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
そんな怒号が響き渡る教室の外では――
「きっ、君はいつの間にここに?」
「フォースの導きだ」
唯一被害を免れたのは、廊下に立たされていたギーシュと、爆発の直前に誰にも感知されないスピードで教室を出ていたベイダー卿だけだった。
ミス・シュヴルーズはその後2時間息を吹き返さず、ルイズは教室を可能な限り掃除しておくことを命じられた。
罰として魔法を使うことは禁じられていたものの、ルイズは元々ほとんど魔法が使えない。
そしてベイダー卿の力は禁じられていない。
主従が逆転したかのような有様だったが、思っていたより早く掃除は終わった。
「なんで授業に出ようだなんて思ったの?」
昼休みまで少し時間がある。誰も居ない教室で、手持ち無沙汰のルイズは思い切って尋ねてみた。
「この星の魔法と呼ばれる技術体系は、僕の手持ちのフォースの知識だけでは説明がつかない。この魔法とやらを研究し、知識を持ち帰れば皇帝もお喜びになるだろう。そして――」
(パドメを救う助けになるかもしれない)
「そして? …まあいいけど。わたしからすれば、あんたの力の方が謎だけどね」
「それよりもマスター、気になるのは君の魔法の腕だ」
知識を習得するため集中して授業を聞いていたベイダーには、ルイズの使った魔法がその体系から逸脱したものであったことがわかった。
「皇帝が聞いたらさぞかし失望するだろう。皇帝は僕ほど寛大ではない」
「あんた昨日逆のこと言ってなかった? て、ていうか放っといてよ」
「ゼロのルイズ、か。なるほどな。もっと幼ければ僕が鍛えてやるのだが、残念だ」
(ろ、ロリコン…?)
普段は和気藹々とした昼食の風景も、やはりたった一人の存在のせいでいつもとはかけ離れた雰囲気になっていた。
「コーホー、コーホー」
ベイダー卿は当然のようにルイズの向かいの席に座り、腕組みをして身動き一つしなかった。
実際のところ何を見ているのかわからないのだが、マスクの眼窩は常にルイズを凝視しているように見える。
監視されているかのような居心地の悪さをルイズは感じていた。
まぁ、ルイズはまだ我慢できるからいい。
問題は残りの生徒たちだった。
(飯が不味くなる…)
口には出さないものの、大部分の生徒が感じていた。
人が食事をしている時間は、ベイダー卿にとって退屈だった。
マスクが外せないのだから、当然物を食べることはできない。
手術の時間を含めてもう何日も食事をしてないのだが、不思議なことに空腹を感じることはなかった。
そもそも消化器系は残っているのだろうか?
光学センサーのピントをあちらこちらに合わせて退屈しのぎをしていると、メイド服を着た少女がデザートのケーキをトレイに載せて運んでくるのが目に映った。
短めの黒髪と、貴族たちとはやや色調の違う肌。
ほぼ単一に見える種族の中で、その姿は軽いアクセントを加えていた。
危なっかしい足取りだ。そう思ってしばらく注視していると、その少女がベイダー卿の視線に気づいたのかふと彼の方を見た。
貴族の食卓に堂々と座を占める異様なその風体は、彼女の動揺を誘うのに十分だった。
「あっ」
軽い声と共にお盆が傾き、白磁の皿に乗ったケーキが一切れ宙に舞った。
ベイダー卿が咄嗟に片手を伸ばしたが、間一髪フォースが作用するより先に、ケーキは一人の生徒のマントを羽織った肩に着地した。
…当然、クリーム地をの方を下にして。
「き、キミィ…」
貴族の証たるマントを汚され、ギーシュ・ド・グラモンはゆらりと立ち上がった。
それまで微動だにしなかったベイダー卿が突然片手を伸ばしたことで、彼の周りでも惨事は発生していた。
まずルイズがスプーンを放り出して椅子から転げ落ち、太っちょのマリコルヌは頬張っていた
大量の肉片を正面の生徒に向かって噴き出した。
皿がいくつも飛び、フォークを口腔に刺してしまう生徒さえいた。
自分が起こした数々のハプニングには目もくれず、ベイダー卿はギーシュがメイドの少女を叱責するのをその強力な聴覚で聞いていた。
曰く、「平民風情が」
曰く、「貴族に向かって」
曰く、「国に帰りたまえ」……
子供時代を砂漠の星で奴隷として暮したベイダーの胸の内で、暗い情念が沸々と湧き上がるのが感じられた。
(これだ…)
昨晩目を覚ましたときから感じられていた違和感。
今ようやくその理由が確信された。
ダークサイドに転落しきったはずの自分が、いつの間にかライトサイドに復帰していたのだ。
かろうじて一線を踏み越える直前の感覚に戻っていた。
その時既に持っていた闘争心はともかくとして、渦巻く暗い憎しみが霧散していた。
ルイズが言っていた『契約』のせいだろうか。
いかに凶悪な獣も、主人たるメイジと契約することで馴化されるという話だ。
ベイダー卿にとっては今感じられる怒りが貴重なものに思えて、もう少し野放しにしてみることにした。
元々ボキャブラリーの貧弱なギーシュの叱責はそう長くは続かず、彼はメイドを手振りで遠のけると、着替えのためにその場を立ち去ろうとした。
その椅子の上に小瓶が転がっているのにメイドが気づき、よせばいいのにギーシュを呼び止めた。
「あの、これ落としましたけど…」
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
「でも確かに…」
その小瓶の出所に気づいたギーシュの友人達が騒ぎ始めた。
「おお? その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
事態はあっという間にメイドの手を離れた。
騒ぎ立てる友人たちと、それを抑えようとするギーシュ。
そこにこのところギーシュが口説いていた後輩の女生徒が通りかかり、状況はますます紛糾していった。
名指しされたモンモランシーという金髪の少女が騒ぎを聞きつけてやって来る。
こうしてメイドの少女の目の前で繰り広げられていた修羅場は、ギーシュがモンモランシーに香水を頭からぶちまけられるという破局で収拾がついた。
収まらないのは二股をかけていたギーシュだ。
「君が軽率に香水の瓶なんか拾い上げてくれたせいで、二人の名誉が傷ついた」
ギーシュの怒りの矛先がメイドの少女に向いた時、ベイダー卿は残忍な喜びを感じながら席を立った。
人並みを蹴散らし、腕組みをしながらメイドの背後に立つ。
「それくらいにしておけ、童貞」
その瞬間、シ…ンと食堂内の喧騒が収まった。
「どどど……。そ、そういえば君はさっきも僕をコケにしてくれたな。ゼロのルイズの使い魔だけあって、どうやら貴族に対する礼儀を知らない平民のようだ」
「だったらどうする?」
ベイダー卿の挑発。
いつの間にか食堂内の全員がこちらを注視していた。
メイドは泣きそうになりながら二人の顔を交互に見る。
ルイズもやって来たが、ベイダーが放つ迫力に声をかけられないでいた。
ギーシュは改めてベイダー卿を見上げた。
身長は彼より頭一つ半は高い。
単純な腕力では勝ち目はなさそうだ。
だが、たかが平民だ。
魔法を使う貴族に、平民は絶対に勝てない。
その絶対の確信が、彼に虚勢を張らせていたものの、揉め事は回避したい。
結果として、挑発に乗るのは貴族のあるべき振る舞いではない、そんな論理が弾き出された。
「ふ、行きたま……」
「怯えているな」
畳み掛けるようなベイダーの口調。
「お前の恐怖が見える。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛に、苦痛は暗黒面につながる。心地よいぞ。さあ、怒れ…」
「けけけ、決闘だ!」
耐え切れなくなったギーシュが叫んだ。
ルイズとメイドの少女が顔色を変える一方で、事態の推移を固唾を呑んで見守っていた生徒たちはギーシュの宣言に歓声を上げた。
「ヴェストリの広場で待つ」
そうとだけ言い残して、ギーシュは半ば逃げるようにその場を去った。
ヴェストリの広場は魔法学院の敷地内の『風』と『火』の塔の間にある中庭であるが、当然ベイダー卿はそのことを知らない。
メイドに尋ねようと思ったが、彼女はいつの間にか逃げ去っていた。
「ベイダー!」
とりあえずギーシュと同じ方向に歩き出そうとするベイダー卿の前に、青ざめた顔のルイズが立ちふさがった。
「いい加減に『卿』を付けることを覚えたほうがいい。それよりもマスター、ヴェストリの広場というのは?」
「お、教えるわけないでしょ!お願いだから決闘なんて馬鹿な真似しないで」
ベイダーは一瞬考え込む素振りを見せた。
「…なるほど、敷地の西か」
「……! かか、勝手に心読まないでよ!」
「この体の慣らしがしたいと思っていたところだ。ちょうどいい」
ルイズを押しのけ、歩き出すベイダー。
「待ちなさいよ!あんたは多少の力を持ってるかもしれないけど、平民は魔法を使える貴族に絶対に勝てないの! 怪我じゃすまないかも知れないのよ!」
ルイズはベイダーのマントを掴み、なおも追いすがる。
その鼻先に、ベイダーが指を突きつけた。
「僕は決闘してもいい」
「決闘、していいわ」
ルイズの指がするりとマントを離れた。
「お前は僕の心配などしない」
「わ、わたしは心配などし…しな……べっ別にあんたの心配してるわけじゃないんだからねっ!」
その回答に満足したのか、ベイダーは決闘の地へと再び歩を進めた。
ルイズは彼が食堂から出て行くのを呆然と見ていたが、やがて我に帰ると後を追って走り出した。
ヴェストリの広場は物見高い生徒たちでいっぱいだった。
当然、その中心に立っているのは一方の当事者であるギーシュ・ド・グラモン。
「やっちまえ、ギーシュ!」
「生意気な平民を叩き潰せ!」
「ギーシュ様〜!」
やはりベイダーに対してストレスが溜まっていたのだろう、同級生だけではなく、上級生も下級生も口々に勝手な声援を送っている。
ギーシュは魔法の杖である造花の薔薇を口にくわえ、その声援に応えるように片手を挙げていた。
だが、放っとくと震えそうになる膝頭を押さえ込むのには、かなりの精神力を要した。
(な、なんで決闘なんて申し込んでしまったのだろう…)
ベイダーの言葉を聞く内に心を鷲づかみにされるような嫌な感覚に捕われ、半ば強制されるようにして決闘を宣言してしまったのだ。
だけど、今からやめると言ったところで、この無責任な観衆は聞く耳を持たないに違いない。
そんな騒乱きわまる広場だったが……
「コーホー」
その途端、ぴたっと歓声が止んだ。
太陽が中天に差し掛かったところだというのに、誰もがその瞬間に寒気を覚えた。
号令でも受けたかのように人波がさっと二つに割れ――
シスの暗黒卿がギーシュの眼前に姿を現した。
一方のベイダー卿は腕組み仁王立ちの姿勢のまま。
どちらが格上かは一目瞭然だった。
すっかり余裕を失ったギーシュは、いきなり薔薇を振った。
「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
枝から離れた薔薇の花が一片地面に舞い落ち、戦乙女の姿をした人間大の青銅の人形が地中から出現した。