AC Character Battle Royal 5th
「……そろそろ行くよ…」
「…………」
語りかけても、何の反応も返ってこない。
リョウはそんなユリの様子に、時として微笑ましさすら感じる事がある。
「……俺は馬鹿だからさ、こんな事くらいしか思いつかなかったんだ…」
「…………」
ひょっとしたら、彼女は憎しみも何も無い世界に居るのかもしれない。
それは、人の醜い感情の全てが切り離された世界。
彼女はこれから、もう心を痛めることも無い平穏な世界で、ずっと幸せに過ごすのかもしれない。
「親父に知られたら、やっぱぶっ殺されるんだろうな」
「…………」
そう思うと、なんだか安心してしまった。
それはまるで、これからの自分の世界とは逆ではないか。
これからの己の歩む道を思うと、リョウにはますますそう思えてならなかった。
「…でもさ、それでも俺は……お前の兄貴だからさ……」
「…………」
「……許せない」
「…………」
「許せる筈が…ないんだ………!!」
「…………」
双眸に狂気とも言うべき色を宿し、拳に血管を浮かべ、噛み締める様に呟く。
そんなリョウの傍らで、ユリはずっとテレビを眺めて続けていた。
「………それじゃあ、元気でな、ユリ」
「…………」
「…さようなら」
そう言って、リョウは静かに病室を後にした。
アイボリーホワイトの壁。
クリームイエローの床。
淡いパステルピンクのカーテン。
柔らかなパステルカラーで全体の色調を統一された部屋。
白くて、清潔な、ただそれだけの部屋。
リョウがユリの病室を訪れる事は、二度となかった。
頭が重い。
視界が白む。
体が寒い。
左腕には相変わらず感覚が無い。
全身が思うように動かせない。
まるで、自分の体ではないかのようだ。
心臓は、弱々しく鼓動を刻む。
意識は、たどたどしく思考を紡ぐ。
「…………」
でもそれは、自分はまだ生きているという事。
心臓は鼓動を刻み、意識は思考を紡いでいる。
紛れもなく、自分は生きている。
薄暗い部屋の質素なベッドの上、リョウ・サカザキは目を覚ました。
ここは何処だ。
何故俺はこんな所に居る。
俺は、一体何をしていたんだ。
ボンヤリした頭で少しずつ記憶を辿る。
確か、自分はネオと一緒に行動していた筈だ。
そしてネオを庇って、力尽きた。
力尽きた自分の眼下に、マンホールがあった。
コレをこじ開ければ、ひょっとしたら助かるかもしれない。
そう思ったが、そんな力も残ってなかった。
じゃあ、やっぱりここで死ぬのか。
そう思った。
その時、なぜかそのマンホールの蓋が開いて、中に引きずり込まれた。
リョウの記憶はそこで終わっていた。
助けられたのか、自分は?
でも、一体誰に――――?
「お目覚めになられましたか、Mr,サカザキ」
その時、薄暗い部屋に事務的な、しかし凛とした女性の声が響いた。
奥の部屋から、数人の男を伴い黒いスーツを着た女が現れる。
「………お前は…」
リョウは、その女に見覚えがあった。
ルガールの傍らに控えている、女秘書の片割れ。
アヤという名の、ルガールの側近の一人だ。
「ご気分は如何ですか?」
「……貴様等…」
「勝手な事とは承知しておりましたが、あなたの怪我についてはこちらである程度の処置をさせていただきました。
…とはいえこのような状況ですので、あくまで『最低限の医療措置』、ですが」
驚愕した様子のリョウを無視して、アヤは先を続けた。
「治療に使用した薬物の副作用がまだ残っているかもしれませんので、暫く頭の方が少しボーっとされるかもしれません」
自分に対して淡々と説明を続けるアヤに、リョウは更に困惑していく。
「………なぜだ」
つたない思考で必死に状況を飲み込もうとするが、一向に答えは出ない。
こいつらは俺をあの瓦礫の雨から助け、更にある程度の怪我の治療まで済ませている様だ。
なぜ一参加者でしかない自分にそんな事を―――?
「なぜ、と申しますと?」
「……俺を生かして、一体何が目的だ?」
言いながら睨み付け、拳を握り、全身の神経を研ぎ澄ませる。
リョウが鋭い闘気を発し、それを感じた武装兵達も銃を身構える。
その闘気は先程まで殆ど死人と見分けも付かなかった様な男が発しているとは到底思えない、
重く、鋭く、威圧的な闘気であった。
一触即発とも言うべき張り詰めた空気の中、アヤが片腕を上げ傍らの兵達を御し、リョウの質問に答えた。
「それは愚問というモノですよ、Mr,サカザキ」
「……何だと…?」
事務的な笑顔を浮かべたまま、アヤは先を続ける。
「あなたは以前、私達の手駒になる事を了承された筈でしょう?」
そう言って、懐から一枚のFAX用紙を取り出す。
それは、以前リョウがホームセンターで受け取ったFAXと同じ物だった。
アヤを先頭にして、数人の男達に囲まれたまま、リョウは薄暗い階段を下っていった。
「……任務に失敗した死に損ないの手駒なんぞ、とっくに見放されてると思ってたがな」
銃で武装された男達に囲まれたまま、リョウはアヤにぞんざいに言い放つ。
そんなリョウの体は、常人ならばまだ動き回れるような体調では無い筈である。
『薬の副作用』のせいか、平衡感覚は僅かに狂い頭も少しぼうっとしている。
しかし、リョウはそんな気配を微塵も見せず歩んでいる。
やはり極限流空手『無敵の龍』、並大抵の鍛え方では無いという事なのだろうか。
「ルガール様は聡明な御方ですから」
事務的な微笑みを称えたままそう答え、アヤはリョウの方をわずかに見やる。
「使い道が残っていると判断なされれば、例え無能な死に損ないであろうと役目をお与えなさるのですよ」
「……有り難い話だな…小悪党にも人を見る目はあったって事か…」
皮肉を込めた会話を交わしつつ、リョウは歩きながら四肢の具合を確認する為に力を込める。
両足。
歩く事も、ある程度ならば走る事も出来そうだ。
右腕。
拳をつくる事も、それを打ち出す事も可能だろう。
だが、やはり左腕は動かす事も出来ず、感覚も無い。
ッチ、と舌打ちを一つこぼし、リョウは忌々しげに左腕を見遣った。
それでも、確かに気を失う前の状態より体調も体力も戻ってきている。
一体どのような処置をしたのか知らないが、確かに『最低限』の力を発揮する事が出来そうではあった。
だが、それでも以前として自分が満身創痍という事には変わりない。
未だ平衡感覚は回復しきっておらず、思考は以前ぼやけている。それらは恐らく薬の副作用だけが原因というワケではないだろう。
先程のベットの上でも、上体を起こそうというだけの動作がひどく辛かった。
今の自分の状態は、あくまで『まだ動ける』というだけだ。
だがそれでも、以前の自分の状態よりはずっとマシなのは間違いない。
どうやら、こいつらは嘘を言ってはいない。
だからこそ、解らない。
この状況は、一体何なのか。
必死の場面を救い出され、一切の治療など望めぬ状況にありながら思わぬ形で治療を受けた自分は、
それでも果たして運が良いと言えるのだろうか。
恐らくその交換条件として、ルガールの手駒として更なる仕事を課せられるのは間違いないだろう。
しかし、ルガールは今更自分に何の利用価値を見出したというのだろう。
左肩を揺らす。
リョウは左腕を失った自分の体運びを案じていた。
今まで2本の腕で闘ってきたのだ。
使えるのが右腕一本では上手く立ち回る事など出来る筈がない。
そんな空手家に、あの男は一体何を期待しているというのか。
「ここは、我々がゲームの進行を滞りなく行う為に構えている拠点の一つです」
思考を続けるリョウに対して、アヤが唐突に説明を始めた。
「それらの拠点の全てがあらゆる設備を備えておりまして、医療設備なども備えております。
そして他にも多様な設備が整っております」
言いながら、アヤが眼前の扉に手をかける。
「例えばこの様な、ね」
ぎぎぎいぃ、と重々しく扉が開く。
扉の隙間から眩しい光が漏れ出し、リョウは思わず右腕で目を庇った。
「――――……」
真っ白い部屋だった。
それは、照明用のライトが最大限に効果を発揮できるようにする為の内装。
その眩しさに、リョウは麻酔でまだ思考がぼうっとしているのもあって、目眩を覚えた。
「ここは言わば、撮影スタジオの様なものです」
言われてみれば、モデル写真や、テレビ収録の為の撮影スタジオの様だった。
その部屋の中央に、人影。
人影は、どうやら女の様だった。
その女は、どうやら完全な裸の様だ。
鉄パイプか何かにロープで手足を縛られて、無理矢理に立たされている。
全身、赤や青、紫の痣だらけだ。
よく見ると、焼きゴテでも押し付けられたような酷い火傷の様な跡もある。
出血している箇所もあり、よく見ると出血の種類も様々だ。
血が滲み出すような出血、裂傷による出血、毛穴から噴出した様な出血。
よくよく見れば、右手首は腫れ上がり、あらぬ方向を向いている。
左手は、全ての指が関節から無理矢理に一回転させられており、爪は全て剥がされている。
右足の甲はハンマーで叩き潰され、その指などはもう見る影もなくなっている。
左足はそれぞれの指の間を無理矢理に裂かれ、足首まで達している。
両太股には、赤茶けた錆びた釘が何本も刺さっている。
その傷口から流れる液体は、もはや赤い血ですらない。
腐った傷口から流れた膿か、もしくは釘に塗られていた劇薬か何かか。
股間からは血が滴り、両乳房などはもはや形容しがたい異容となっている。
左肩に、弾けた柘榴のように大きく裂けた真っ赤な傷跡。
切れ味の悪い刃物か何かで無理矢理に切り開かれ、抉られたような酷い傷。
出血を抑える為に乱暴に布で縛られており、血流が止められその先の左腕は肌の色が変質してる。
治療が目的ではない、出血によるショック死をさせない為の、生き長らえさせる為だけの処置なのだろう。
そんな中、ただ一つだけ無傷の場所がある。
女の顔だけは、何の傷も負っていない。
歪みきったその表情は、生きたまま、意識を持ったまま弄ばれた事を嫌という程に物語っていた。
まだ少しフラつく思考。
「――――……アイツは」
リョウはその顔に見覚えがあった。
ルガールの傍らに控えていた、女秘書の片割れ。
「先程まで、あそこのモノに対してあるショウが行われておりまして」
相変わらず、事務的な態度を崩さないこの女と一緒に居たもう一人の秘書。
「その光景を、出資者の皆様へとここから中継しておりました」
「………」
未だ白むリョウの脳髄は、この状況を少しずつ理解していった。
「皆様にはこのショウを大変気に入っていただきまして」
「……おい」
しかし、一つ理解すると同時に一つ疑問が生まれ、少しずつ混乱していく。
「途中からは観客の皆様からのリクエストを取り入れ、それも賭けの対象としての遊びとなりまして」
「おい」
ボンヤリする頭とは対照的に、心臓の鼓動はどんどん早まっていく。
「例えば一体何処に焼きゴテを入れれば一番苦しむか、どこの骨を砕けば一番いい音がするのか」
「……おい!!」
猿ぐつわをされ、血も涙も鼻水も排泄物も垂れ流したままのその女。
リョウは、見覚えがあった。
「――――あいつは、お前の相棒じゃなかったのか」
「ルガール様は聡明な御方です」
「例え身の程を弁えぬ愚か者であろうと、それ相応の役目をお与えなさるのです」
アヤは、相変わらず眉一つ動かすことなく平然と語り続けた。
「ヒメーネも、自分のような身の程知らずがルガール様のお役に立つ事が出来て、きっと本望でございましょう」
そしてかつての自分の同僚を淡々と身の程知らずと断じ、心からの冷笑をみせた。
〈生きたまま弄ばれた女〉
リョウの意識は、薬の影響でまだボンヤリとしていた。
それとは対照的に、心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。
〈生きたまま壊された女〉
眼前の光景から、懐かしい鼓動が蘇る。
眼前の女から、狂おしい程の衝動が蘇る。
拳に憎悪と殺意が宿り、双眸に憎悪と狂気が宿る。
〈生きたまま壊された妹〉
未だ白むリョウの意識には、もはや狂気以外の何も残ってはいない。
トン、と右腕に何かを手渡された。
「そうです。その衝動こそ、あなたのこのゲームにおける全ての動機」
アヤが一本だけになってしまったリョウの腕に、何かを差し出している。
「生きたまま破壊された妹の仇を討つ。あなたにはそれ以外、何も無かった筈」
リョウはほぼ無意識にそれを受け取る。
「しかし今のあなたがそれを成し遂げる為には、足りないモノが多すぎます」
アヤは右手にそれを握らせ、そしてそれを鞘から解き放つ。
「……これは、今のあなたに足りないモノの全てを補う事でしょう」
リョウは殆ど無意識にそれを握り、歩む。
鞘から解き放たれた刀身が、黒く、禍々しく輝いたようだった。
(――――これは 一体 何事か)
ヒメーネは、殆ど視力も失われてしまった両目でその男を見た。
いつか、自分が利用しようとした男。
その男が、右腕に日本刀を握ってこちらへと送り出されてきた。
(――――止めろ 寄るな)
錯覚か、刀身が黒く輝いて見える。
アレを持たせたアイツに、自分のトドメを刺させるつもりか。
これ以上、更に私をいたぶるつもりなのか。
(――――止めて 寄らないで)
恐らく刀など扱った事も無い、しかも片腕しか使えない男の振るう刃では、肉は切れても骨は断てない。
絶命するまで、自分は一体どれだけ切り刻まれねばならないのか。
(――――お願いだ 止めて 近寄らないで)
薄らいでいた意識が、恐怖により覚醒していく。
(――――お願いだから もう 死なせてくれ)
涙と血とよくわからない液体でグシャグシャになってしまった瞳が、恐怖に引きつっていた。
殆ど無意識に、刃を振るう。
腕を斬りつけたが、骨の半ばで刃は止まった。
―――違うな こうじゃない
殆ど無意識に、刃を突き刺す。
腹に刃を突きたてたが、肋骨に邪魔され上手く突き刺さらない。
―――刃を立てると 上手くいかないのか
少し意識をして、腕の関節を狙い斬り付ける。
女の腕は、胴体から離れていった。
少し意識をして、刃を寝かせて先ほどの腹の傷を突く。
女の背中から、赤黒く輝く刃が生えた。
―――そうか 刀とはこう扱うのか
―――ソウダ 命トハソウヤッテ穿ツノダ
―――そうか それじゃ試し斬りはもういいな
―――ソウダ 眼前ノ命ヲ穿ツノダ
―――もうとっととコイツを殺して 妹の仇を殺しに捜さないとな
―――コイツヲ殺シテ 更ニ新タナ命ヲ穿チニ行カネバナラヌ
〈妹の仇を討つ〉
〈全テ命ヲ穿ツ〉
〈それ以上に何が有る〉
〈ソレ以外ニ何ガ有ル〉
リョウは腰を落とし、刃を肩に担ぎ、精神を研ぎ澄ました。
〈それ以外に何も無い〉
一閃。
黒い閃光が迸る。
鍛えぬかれたリョウの肉体は、足りぬ腕一本分の膂力を充分に生み出した。
暗き刃は、ヒメーネの胴体を内臓一つこぼす事なく容易く両断する。
その刀身が、血に濡れて尚黒く輝いたようだった。
「我々があなたに求める事は、今まで通りあなたの仇敵を追っていただくこと。それだけです」
「…その男はお前らの手先じゃなかったのか?」
アヤがリョウの持つ刀に付いた血をふき取っている。
両者とも、足元の死体には目もくれない。
「ご存知でしたか。どこでその情報を?」
「……貴様の知った事じゃない」
「確かに、私共にはどうでもいい事ですね」
アヤは事務的な笑顔でそう答えた。
「しかし、あなたにとってはそうはいかない筈です」
「あなたの仇敵は、確かに我々の手の者です。
正確にはこのゲームの参加者ではないのですから、最後まで参加する必要などない。
つまり、彼の生きたままの途中退場も、充分に有り得ます」
「……成る程、それは困る…」
血が拭き取られた刀身を確認するように、リョウはヒュッと刃を振るう。
その目には、何の意志も見て取れない。
「ですから、あなたには彼の分まで仕事をしていただく必要があります」
「……仕事だと?」
「彼の役目は、このゲームの完成。つまり参加者同士の効率の良い殺し合いです。
その必要がある間は、彼は我々にも必要な人間です」
事務的な口調の中に、アヤは含み笑いを漏らす。
「…ですが、もしその役目を充分にこなす人間が他に居るならば、彼はもはや我々には不要な人間です」
「…成る程、道理だな」
「―――引き受けていただけますか?」
あまりにも馬鹿げた取引。
いや、取引にすらなっていない。
満身創痍の男が、主催者の犬となって参加者を殺し回り、その報酬として自分の目的の男を討つ。
どうせ、ロクでもない企ての為に自分を利用しようとしているのだろう。
そんなありえない条件の取引など、まともな思考をしていれば受ける者など居ない。
しかし、
刃を握る拳に、一層の力が加わる。
意志の無い双眸に、一層の狂気が宿る。
全身を流れる血が、まるで激流のようだった。
心臓ではなく、全身で鼓動を刻んでいるかのような肉体の猛り。
冷えきった思考、冷え切った肉体。しかし、血は熱い。
その熱の源は、狂おしい衝動。
黒い刃が、艶やかに輝く。
右拳に一層の力が込もる。
そして、リョウは答えた。
「―――俺は、俺の道を阻む者には容赦しない」
リョウの双眸に意志の光が灯り、黒い刃身がより暗く輝く。
彼の答えは、今までと同じ。
リョウのこれまでのスタンスと何も変わらない。
例え邪魔者が全ての参加者であろうとも、リョウの信念が揺らぐ事は無いだろう。
「契約成立、ですね」
満面の笑みを浮かべ、アヤは傍らに控えさせていた男から一枚の写真を受け取る。
「それでは、早速ですがあなたに優先的に狙っていただきたい男がいます。
あなたの働き次第では、あなたの目的の男との一対一での対決の場を設けましょう」
「……涙が出る程有り難いお話だ」
こんな奴等の約束などアテには出来ない。それでも少しでも目的達成の確率が上がるというならば、
言われる通りにするまでだ。
「標的は、この男です」
アヤが一枚の写真を見せる。
そこには、一人の男が写っていた。
「……コイツは」
リョウの眉が僅かに動く。
「あなた程の格闘家ならば、彼の噂を聞いた事があるでしょう」
赤鉢巻と、白胴着。
一部の格闘家達にとってその二つの特徴が示す人物は、世界にたった一人しかいない。
その拳、風より疾く、
その歩、林より静に。
その気、火より烈しく、
その一撃、山すら砕く。
俺より強い奴に会いに行く。
そう言ってのけた、孤高の求道者。
いつか、ずっと、必ず闘いたいと願っていた男。
「彼を探し出し、そして遭遇する事があれば、必ず仕留めていただきたい」
無論、その途中で出会った参加者達もあなたの判断次第で如何様にでも対処していただいて構いません」
面識もなく、名前すら知らないその男とは、周囲から今まで何度となく比べられてきた。
そして実際に写真で見れば、リョウは確かに自分とどことなく似ていると思った。
「……面白くなってきた」
リョウは、初めて復讐以外の目的をこのゲームに見出す。
この男と、思う存分に拳を合わせる。
「全くです」
リョウのそんな呟きにアヤは同意を示し、そして最後に一言付け加えた。
「ルガール様もあなたの活躍に期待しておられますよ。Mr,サカザキ」
数人の武装兵達に囲まれて去っていくリョウの背中を見つめ、アヤは一人残っていた。
リョウに話した内容には、多分に嘘が混ざっている。
剛は既に自分たちの手駒では無く、彼を保護する理由などはもはやとっくに無くなっていた。
リョウは目標がルガールの手の者である限り、己の成就を果たせる可能性は限りなく低いと考えたのだろう。
だからこそリョウはこちらの条件に乗ったのだ。
「嘘も方便、とは言ったものですね」
そして、ルガールの指示通りにリョウにあの刀を持たせる事も出来た。
序盤、殺意の塊だったようなリョウならば、その時の初心を思い起こさせる事で容易くあの刀の術中に陥るだろう。
事実、リョウは先程の取引も、自分にとって全く有利な条件などないにも関わらず承諾してしまった。
……恐らくはあの刃の影響で、殺意が理性を上回っているのだろう。
ルガールの思惑通りだ。
そしてリョウはかつて以上の殺意を纏い、あの男の元へ辿りつく。
こちらが標的として指名した男―――リュウも、かつては同じ様な状態だった。
仲間達の犠牲の末、いくら殺意の波動を克服したといっても、かつての己自身に勝るとも劣らぬ殺意にその身を晒されたならば……
それが、ルガールがリョウに期待している事の全てだった。
狂おしい程の殺意をリュウにぶつけ、再び殺意の波動の覚醒を促す。
その役目に最も適していたのが、リョウ・サカザキ。
ルガールがリョウを指名した理由は、ただそれだけだ。
片腕しか使えぬ満身創痍の男の戦闘力などに、大した期待はしていない。
「……まあ、手負いの獣とは中々に手強い物ですからね」
それに、片腕とは言え無敵の龍。そして更にあの刀が一緒なのだ。
リュウが殺意の波動に目覚めようと目覚めまいと、それなりの闘いをしてくれるかもしれない。
二つの殺意がぶつかった時、果たしてどの様な結果になるのだろうか。
アヤは楽しみで仕方ない。
やがてアヤはリョウの背中から、足元の死体へと視線を移す。
「……それにしても…」
足元には、己の血と涙と膿と排泄物にまみれて倒れ伏している女の上半身があった。
「全く以って救い様の無い愚か者でしたね、あなたは」
かつての相棒の、引きつったままの表情を見て、アヤは冷ややかな笑みを浮かべる。
そしてポケットから一枚のメモを取り出し、死体の目の前でヒラヒラと弄んだ。
「こんな事の為に、忠節と私怨を見誤るだなんて、ね」
それはマチュアが残した、紅茶の淹れ方のメモ。
あのネオとかいう探偵が持っていたものだが、リョウをこの施設へ移動させる際に、
物のついでにと部下に命じておいて回収させた物だ。
それに、あの探偵の持つ武器、デスクリムゾンをあのままにしておくのは少々勿体無い。
人の精神力を喰らい、進化してゆくというその銃。
その過程を観察する為、ある出資者が今回の支給品の一つとして登録させたモノだ。
これまでの経過では、まだ何の変化も見せていない。
ならば、このままあの男には引き続きその実験台になってもらおう。
それに、他の参加者に渡すよりも進化の可能性は高いだろう。
なぜなら、丁度ネオの精神を揺さぶる条件は揃いつつあるのだから。
――――――もし死んだと思っていた相棒が、己の前に姿を現したら?
――――――そしてその相棒から、己に対して殺意を向けられたとしたら?
そうなった時、果たしてどのような結果が待っているのか。
アヤは楽しみで仕方ない。
さて、そろそろ放送の時間だ。
ルガール様の元へ戻らなければならない。
そしてこのメモに書いてある方法で、メイド達にルガール様へ紅茶でも淹れさせよう。
ルガール様も、きっと上機嫌で放送の時を待っているに違いない。
ゲームも、何もかも、恐ろしい程に順調なのだから。
そして恐らく、その結末は近いのだから。
最後に誰が生きるのか
最後に誰が果てるのか
アヤは、楽しみで仕方なかった。
黄昏に暮れる街。
その街を往く影が一つ。
満身創痍の心と体。
それを一個の衝動で塗りつぶし、男は一振りの抜身の刃を携えて一心不乱に突き進む。
全身に、死に物狂いの衝動を漲らせ。
双眸に、決して揺るがぬ決意を秘めて。
これからまず自分のするべき事。
ユリの仇を討つ。
その為に青胴着の男を捜す。
その為に赤鉢巻と白胴着の男を捜す。
その為に邪魔になる奴等には、容赦はしない。
そういえばネオは大丈夫だろうか。
アイツ、どこか抜けてるからな。
そうだ、アイツにも俺の人捜しを手伝って貰おう。
ネオは確かに俺に言った。
俺の人捜しを手伝ってやる、と。
〈ユリの仇を討つ為に青い柔道着の男を殺す為に赤鉢巻と白胴着の男を殺す為に邪魔になる奴等を殺す為にネオを捜す〉
―――こういう事か よくわかった
握る拳に、より一層の力が加わる。
双眸に、より一層の狂気が宿る。
流れる血が、まるで激流の様だ。
全身が鼓動を刻んでいるかのような、熱い猛り。
血が、熱い。
その熱の源は、狂おしい衝動。
リョウの思考が、一色へと染まっていく。
まるで真っ黒な絵の具をぶち撒けられた一枚の絵のように、正気が狂気で塗り潰されていく。
もはやリョウには、正気と狂気の隔てなど無い。
死に物狂いの衝動。
その一個の衝動その物となったかのように、リョウは夕闇を突き進む。
―――それじゃあ 往くぞ
―――相棒
殆ど無意識の内、リョウは心の中でそう呼びかける。
そしてその呼び掛けに応える様に、携えた抜身の刃は光を放つ。
街を彩る黄昏時の真赤な夕陽の光を受けながら、
それは尚黒く、鈍く、禍々しい光を放っている。
夕闇にあって、漆黒に塗れる黒き刃。
死を呼吸し、それを振りまく暗き刃。
漆黒の、狂刃。
その太刀の名を、八十枉津日太刀といった。
かくて太陽は堕ちゆく。
三度太陽は昇り、三度太陽は沈み往く。
街に三度目の夜が訪れる。
この街を照らすものは、もう何も無い。
【リョウ・サカザキ(左腕使用不可:怪我は最低限の処置済) 所持品:八十枉津日太刀
目的:ユリの仇を討つ為に青い柔道着の男(剛)を殺す為に赤鉢巻と白胴着の男(リュウ)を殺す為に邪魔になる奴等を殺す為にネオを捜す】
【現在位置 3区地下施設より地上に出た所】
【今回登場した主催地下施設はこの後速やかに放棄されています】
「あらお兄様、こんな朝っぱらからインターネットですか…って、ど、どうしましたかお兄様!?」
そのHPを見た瞬間、アデルは口を抑えイスにもたれ掛かった。
そして自分のその横に最愛の妹が居た事に気づき、平常を保とうと表情を明るくしようとする。
が上手くいかない。
「ローズ…居たのか、大丈夫だ、なんでもない…」
妹の前では強くなくてはいけない、そう思ってローズに枯れた笑顔を向ける。
「だ、大丈夫ですの?顔色が真っ青ですわよ!」
ローズが心配そうに近寄る。
「いや、ちょっと気分が悪いだけなんだ…悪いけど一人にしてくれないか…?」
遠まわしに部屋から出て行って欲しいと頼むアーデルハイト、それを察してかローズは一言。
「私は何があってもお兄様の味方ですわよ?」と言った後、彼女の部屋へと戻っていってくれた。
ローズが出て行ったのを確認した後、アーデルハイトは再びディスプレイに向かい、誰に言うわけでも叫んだ。
「2チャンネラーは、この殺し合いを楽しんでいるというのか!?2チャンネラーは」
そう叫んだ後、自分のスレが立っている事に気づいて、再び口を抑えた。
ttp://f57.aaa.livedoor.jp/~kasabuta/imgboardphp/src/1123535442206.jpg 保守
念のため保守
捕手
乾す
ホス
ho
_____________
/|:: ┌──────┐ ::|
/. |:: |☆・荒巻 . ::|
|.... |:: |オセロで対決 ::|
|.... |:: |./ ,' 3 `ヽーっ .| ::|
|.... |:: └──────┘ ::|
\_| ┌────┐ .| ∧∧
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ( _)
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄旦 ̄(_, )
/ \ `
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|、_)
 ̄| ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄| ̄
新作↓
2つの人影がビルに近づいて来るのを確認すると、アランはおもむろに携帯電話を取り出した。
ビルの屋上から結城晶と梅小路葵の姿を発見してから、終始ここから離れず彼等を監視し続けている。
追跡をするため下手に動き回るよりも、その方が得策と考えたからである。
双眼鏡を用いて2人の行動を観察していくと、この3区をくまなく歩き回っている事が大体分かった。
何か探し物という目的のために、区画内に留まっているのかも知れない。
どのくらい時間が過ぎたであろうか、彼等は3区を1周する形で元居た地点に戻ってきた。
区画の中心部にあるハワードアリーナから雷鳴と思しき轟音が鳴り渡ったが、どうやら巻き込まれずに済んだ模様である。
そして2人がこの建物に足を踏み入れるのを見て、このまま行けば屋上で出くわすのは間違いないと確信した。
これより接触する旨を、元々彼等を標的にしていた日守剛充てにメールを打つ。
送信が完了すると、しばらく交信できなくなるであろうそれの電源を切り、バックの奥深くしまいこんだ。
それから約10分後。
晶とそれに続いて葵が、ビルの屋上に到着した。
まずはここに居る事を不自然と思わせぬ様、最初のアプローチが肝心である。
2人に向かって歩き出すと、懐から銃を取り出す。晶は葵を庇う形で構えの姿勢を取る、当然の反応であろう。
それを見て彼はいきなり持っていた銃を放り投げ、両手を挙げた状態でこう言った。
「どうやら驚かせちまった様だな。俺はあんた達と争うつもりはさらさらないぜ。俺の名はアラン、アラン・アルジェント」
その姿を最初に見つけてから接触までに、およそ2時間半経過していた。
13:30 時計で確認
アランと名乗った男は、知り合いの行方を尋ねてこのビルの屋上まで来ていたと言う。
その知り合いとは看護婦の様な白い服と帽子に赤い髪を結った女性、残念だが心当たりはない。
しかし彼は余り気にしていないと言わんばかりに、親しげに葵に話しかけてくる。
着物こそが日本女性の美しさを最大限に発揮する、だとか。
かなり馴れ馴れしい所もあるが、どうやら悪い奴ではなさそうだ。
人捜しという同じ目的を持った俺達のために、持っていた双眼鏡を貸してくれた。
13:45 時計で確認
先に見ていた葵が、俺に双眼鏡を差し出す。
それまで肉眼で見ていたが、今度は双眼鏡を使って屋上から周囲を見渡す。
焼け落ちた建物や爆発の跡など、戦闘の生々しい爪痕を随所に発見する。
中でも一際立つのは先ほど雷鳴が轟いた中心部にあるあの建物。
最上階の屋根が吹き飛ばされ、ほぼ半壊の状態である。
目を凝らして捜してみたが、結局響とサラと思しき人影は、
しかしついに見つけることが出来なかった。
彼女達の無事を祈っている。
14:05 時計で確認
やはり気になっていたのだろうか、葵があの半壊した建物に行きたいと言い出した。
あの凄まじい破壊力をもたらした敵に出くわしたらひとたまりもない。
俺は強く反対したが彼女も引き下がろうとしない。
仕方がないのでアランの意見も聞いてみた。彼の言い分はこうである。
「最後の雷鳴が聞こえてから一時間近く経過しており、既に戦闘は終わっている可能性が高い。
危険な場所だと誰もが認識していれば、しばらくは敢えて近づこうとはしないので、却って安全なのではないか」
確かにそれも一理ある。それに今は一人増えていてしかも彼は拳銃を持っている。
人数が増えれば危険を回避できる確率がそれだけ上がる。
ついに葵の熱意に押され、三人でその場所に赴く事に決めた。
14:40 時計で確認
半壊した建物に到着。階段には血がこびり付いている。
長い長い階段を上りきると、かつて存在したであろう部屋に瓦礫が積み重なり
もはや元の形を想像するのは困難である。
そして辺り一面に漂う血と、肉と、それらが焼け焦げた独特の臭い。
思わず目を覆いたくなるようなこんな場所に、葵をいつまでも置いておく訳にはいかない。
大丈夫、と彼女は気丈にも答えるが、ただでさえ心身ともに参っているというのに
惨たらしい光景を目にしていたら、どうにかなってしまうだろう。
それにあの二人がこの中にいないとは……
外に出よう、とさり気なくアランが葵を誘い出してくれた。
最初会った時は警戒していたが、徐々に葵も彼に打ち解けつつある。
14:50? 時計が無いために正確な時間はわからない
彼の機転で一人になった俺は、この場所を調べ始めた。
掘り起こされた瓦礫の近くに、幾つかの拳銃が無造作に放り出されている。
いずれも弾切れであった。
恐らくは何者かが使える武器はないかと、俺達の前にここに来ていたのだろう。
後少し来るのが早ければ、そいつと出くわしていたかもしれない。
敵味方かどうか、何とも判断はしかねるが。
足元には、人体の一部と思しき残骸が散らばっている。
既に肉片と化していて、身元の確認は不可能に近い。
更に瓦礫を掘り起こすと、あるモノが出てきた。
即ちここにいる者達を拘束している、忌わしき『首輪』、
これだけの破壊に、全くの損傷も受けずに、二つ見つかった。
少なくともここで、犠牲者が二人出ている事を意味している。
解除の手掛かりになるかも知れないので、注意深く回収した。
これが響とサラのものでない事を、ひたすら祈るばかりだ。
ふと、側面の壁に開いた穴から外を覗いてみると、
その真下に、誰かが血まみれになって倒れているのが見えた。
この建物に着いた時には気付かなかった。
最早、生きている気配が全く感じられないのが、ここからでも分かった。
15:10?
階段を下りて、三人目の犠牲者の近くにやって来た。
血痕の様子からして、あの上から転落したのものと伺える。
先ほどの肉片よりは、比較的原型を留めている。
だが全身に火傷を負っており、右腕が根元から完全に無くなっている。
そして何よりも、頭部も無くなっていた。
やはり身元の確認は困難で、酷い状態である事には変わりない。
身体つきからして、十代後半〜二十歳前後の若者だろうか。
ふと、二回目の放送で呼ばれたリオンの事が頭に浮かんだ。
あいつも、こんな惨たらしい最期だったんだろうか。
ジャッキーもそうだが、助けてやれなかった事を、改めて無念に思う。
恐らく彼と同年代であろうこの若者も、将来の目標の為に、研鑽の日々を送っていたのだろうか。
ここにいる犠牲者は、ほんの一握りに過ぎない。
この街で、数多くの者達が、志半ばにして散っていった。
多くの者達の命を、夢を、幸せを、そして未来を奪った、
この卑劣な殺人ゲームを、俺は許す事が出来ない。
決して、許してはならない。
これ以上犠牲者が出る事を、何としてでも食い止めなければならない。
響とサラは、どうか無事でいて欲しい。
少し歩くと、見晴らしの良い広場にたどり着いた。
3区の中心部に位置するハワードアリーナは、サウスタウン市民の憩いの場として、広く親しまれてきたのであろう。
血生臭い戦場である事を少しだけ忘れさせてくれる、心地よい風が吹き抜ける。
近くのベンチの埃をはらうと、アランは葵に腰掛けるよう促した。
「…おおきに」
葵が座ったのを確認して、彼もまた、隣に腰を下ろす。
「ちょうどあんさんと二人きりで話がしたい、そう思ってはりました」
「告白かい?嬉しい事言ってくれるねえ」
景色の良い場所のベンチに腰掛ける若い男女、さながらデートの最中に見えても何ら不思議はない。
だが、葵から発せられた言葉がそんな和やかな雰囲気を一挙に吹き飛ばした。
「うちの知り合いに日守剛という男がおるんどすが、よりにもよってこの殺人ゲームを企てた主催者の
手下になりよってからに、多くの罪の無い人達を騙して死に至らしめた、人の皮を被った鬼としか言い様がありまへん。
うちも後一歩のところで、命からがら逃れてきましたさかいに」
「…それは災難だったねえ、一歩間違えれば君には出会えなかった訳だ」
頭を掻きながら、アランは同情の相槌を打つ。無論、今朝方まで剛と行動を共にしていた事はおくびにも出さずに。
「こないな戯けたゲーム、とっとと止めにして、元いた場所にみんな帰るべきやと思うんどす。
せやけど剛は…、剛だけは許す訳にいきまへん。
この手であの男を地獄の閻魔様の前に突き出してやらんと、気が済まんのどす」
「そりゃまた可愛い顔に似合わず、ずい分物騒な…」
「…せやけど並大抵ではない覚悟が必要やのは、重々承知しておるからに。
万が一の時は、あんさんがうちの代わりになって、あの男を討ってくれまへんやろか」
「………」
アランは答えない、答えられる訳がなかった。
彼女が心の底から怨んでいる卑劣な男の代わりにここにいて、奴が戻ってくるまでの間、
時間稼ぎをしているに過ぎない事を改めて思い知らされていた。
「晶ちゃんは確かに、強いお人や。せやけどあくまでもそれは一般社会での話。
この狂気じみた街の中では、必ずしもその強さが通用するとは限らへん」
目を細めながら、葵は幼馴染みに思いを馳せる。
支給された大学ノートに日々の出来事をつぶさに書きとめ、少々過保護ではないかと思う位葵を気にかけている。
そしてさほど疑いもせずに己を仲間だと認識している。
実直とも言えるその格闘家の姿を、アランもまた頭に思い描いた。
「この普通じゃない世界では、生きる知恵に長けたあんさんの様なお方でないと、生き抜いていくのは難しいでっしゃろな。
この街に放り込まれて三日も経つのに、怪我らしい怪我一つせず、小奇麗な身なりをしてはりますのは、ほんに、奇特なお方どすなあ」
「ははは…今まで運が良かっただけさ」
無傷なのはともかく、返り血と油に塗れた服を脱ぎ捨て新しい服に着替えて以来、戦闘らしい戦闘には遭遇していない。
誰もが血みどろの殺し合いに疲れ果てたこの街の中で、却って浮いてしまっているかも知れないと、内心焦った。
「ここに来る前に、今まで数多くの修羅場を切り抜けてきておりますでっしゃろ?
生き物がぎょうさん押し込まれた檻の中で、天井を悠々と飛び回ってはる、そんな印象をあんさんから受けるんどす」
檻の中に変わりはあらへんけど、と付け加える葵。
確かに、言われてみればそうかも知れない。
目の前に広がる凄惨な光景も、消えていった命も、この期に及んでも尚、己の中では現実味を帯びていない。
どこか他人事のように思えて、あと少しすればこの悪趣味な舞台から降りる事ができるのだろうと。
同時にそれは、こんな所で命を落としてたまるかという生への執着の裏返しでもあった。
「ここで会ったのも何かの縁。あんさんが何者なのか、敢えて詮索はせえへんからに」
アランを見つめる葵の眼は、あたかも全ての物を射抜く矢の様であった。
「こんな所で死にたくない、そして君の様な女性に会えて良かった…これだけは言える」
もしかしたら己の正体に薄々感づいているのかも知れない、それでも黙っていてくれるのだという。
たおやかな外見とは裏腹に、物事を見極める賢さと鋭い洞察力、そして不屈の精神を秘めている。本当に、大した娘だ。
「…日守剛の件、くれぐれもよろしゅう頼んます」
一緒にいたのは僅かな時間だったが、奴の本質は人の命を殺めるのに何の躊躇いも感じない、そういう世界で生きてきた男だ。
もし仲間割れを起こしてやり合う事になれば、遠慮する理由などどこにもない。
誇り高き気丈な大和撫子に敬意を表して、アランは頷いた。
15:20?
アランが戻ってきた。
葵は近くの広場で休んでいて、大分落ち着きを取り戻したという。本当に良かった。
俺はこの建物内の犠牲者を葬ってやりたいと、彼に言った。
いつ敵に遭遇するかも知れないが、望まぬ戦いで命を落としていった者達の、
せめてここにある遺体だけでも、供養はしてやりたい。
彼はしばらく考え込んでいたが、俺の考えに賛同してくれた。
遺体を運搬する担架の様な物と、上から覆い被せるシートの様な物を探してきて、
首のない若者と、可能な限り回収してきた肉片を、二回に分けて正面の広場まで運ぶ。
どうやら壊れた建物と広場は、同じ敷地内にある様に思われる。
15:50?
正面広場に着くと、既に墓が作られてあった。しかし何者かによって、その墓は暴かれている。
生き残るためとは言え、何と浅ましい行為だろう。
それを直している間に、アランが墓を掘るのに適したスコップを持ってきてくれた。
その両隣に若者と、ばらばらになってしまった肉片を埋葬する。
すぐ近くに、刀を持った男の遺体があったので、それも埋葬する。
生前は争っていたのかも知れないが、死んでしまったら、最早敵味方も関係ない。
墓標に見立てて、その見事な刀を地面に突き刺した。
俺達が立ち去った後、誰かがそれを目ざとく見つけて、持ち去ってしまうかも知れないが。
16:20?
ちょうど墓を作り終わる頃に、葵がやって来た。幾つもの花を手にしていて墓に添えてくれる。
彼女の優しさにつくづく心を打たれる。何があっても彼女だけは守り抜かなければならない。
死者への供養を行なっている間、静寂を破るかのように不気味な雷鳴が轟きわたる。
空は晴れているというのに、あの建物を破壊した、化け物の仕業だろうか…
響とサラが無事でいる事を、心から願っている。
彼等から離れた場所にいる隙に、アランはバックの中から携帯電話を取り出した。
これまでも建物やら広場やらを行き来している間、1人になったのを見計らって、
着信や新着のメールがないか、何度もチェックしていた。
だが、午前中に電話でやり取りをして以来、剛からは何の連絡も入ってこない。
目的地が遠く離れた7区方面とは言え、もうとっくに着いていていいはずである。
長期戦に突入し、連絡が取れない状況が続いているのか、それとも…。
ハワードアリーナに待機していたルガールの私兵にも、身分を明かした上で、探りを入れてみたりもした。
彼等が持っている情報によると、雷鳴の正体は参加者の1人である楓という者の仕業で、
今から4時間ほど前に、ここでもう1人の優勝候補者と激しい戦闘を繰り広げ勝利し、建物を破壊していった。
そして剛は人を伴い午前中ここに立ち寄り、近くの地下水路からボートに乗っていったのを目撃したのが最後だという。
晴天の下、鳴り響く雷を耳にした時その発生源は何であるか、大体の予測はついていた。
かつて己をぎりぎりまで追い詰めた、手負いの女兵士が遺した魔法の剣。
自分が焼け跡に赴く前に楓という男が持ち去り、それを武器に暴れまわっており、
以前より増して誰の手にも負えなくなっているのが今の状態なのである。
それにしても、ジョーカーという立場であるにも拘わらず、
現在把握している情報が、一般の参加者とさほど変わらないというのはいかがなものか。
直接主催者とコンタクトを取れば、何らかの情報を得られるのは間違いない。
しかし、あの芝居がかった悪趣味なあの男の声を聞く気にはなれず、
向こうから何の指示がないのをいい事に、こちらからも何もしていない。
「…つくづく俺って、信用されてねえな」
自嘲気味につぶやいて、電源のスイッチを入れる。
果たして、液晶画面は初めて新着メールの受信を知らせていた。
受信してからそれほど時間は経過していない。すぐさま文章を開封する。
「………!?」
送り先のアドレスは、確かに剛のものであった。
だがメッセージの内容を見て、アランは一瞬、目を疑った。
16:50 時計で確認
見晴らしの良い広場のベンチに腰掛け、葵と共に小休止を取っている。
そろそろ夕方を迎えようとしているが、響も、そしてサラの手掛かりも、結局何一つ掴めてはいない。
後二時間もすれば、あの忌わしい放送で現参加者の安否が知らされるが、
それまで待たなければならないのだろうか。
そこへ道具を元の場所へ返しに行ったアランが、血相を変えて走ってきた。
何でも大事な約束があったのを今の今まで忘れていて、危うくふいにするところだったと言う。
彼の口から懐かしい人物の名が挙がった。
ニーギ・ゴージャスブルー。
俺と響を仮面の男から救ってくれた、命の恩人である。
聞くところによると昨晩彼女と会っており、今夜七時に待ち合わせの約束をしていたのだとか。
待ち合わせ場所は隣の四区、今から行けば十分間に合う。
一緒に行かないかというアランの誘いに、俺は二つ返事で答えた。
葵もまた、俺の恩人とかいう相手に是非会ってみたいと言う。
もしかしたらニーギなら、響の行方を知っているかもしれない。
希望の光は、まだ消えてはいない。
17:30 時計で確認
目的地に近づくにつれ、次第にそれははっきりとしてきた。
例の建物に向かうあの足跡と、それに付随する様に点々と連なる血の痕。
奇しくも道案内を果たしているかの様なそれに、心なしか胸騒ぎを覚える。
相変わらず、時折雷鳴が聞こえてくる。一体何者の仕業なのだろう。
先頭を行くアランは何か考え事をしているのか、珍しく深刻な表情である。
そう言えば彼もまた、探している女性の消息が掴めないままでいる、気になるのは当然だろう。
そんな彼を見て、葵が話しかける。するといつもの明るい表情に戻った。
一時はどうなるかと思ったが、すっかり打ち解けたおかげで葵は笑顔を取り戻すようになった。
俺達のために、色々と手を尽くしてくれた彼には、心から感謝している。
後は、響とサラが無事である事を心から祈るばかりだ。
『今接触をはかっている2人を、今夜7時までに所定の場所にそのまま生かして連れてくる様に』
要約するとメールの内容はこんな感じだった。
文末の署名には見知らぬ名前が、否、主催者側からゲームの進行を妨げる要注意人物リストに入っていた女の名前である。
待ち合わせの約束というのは、この脅迫めいた文面と辻褄を合わせるためにでっち上げた嘘である。
適当に言ってはみたものの、今の所彼等が不審に思っている気配は感じられない。
もしかしたら、少女の方はそうとも言い切れないかも知れないが。
察するに、ニーギという者に携帯電話を奪われた剛は、ジョーカーとして再びここに戻ってくる可能性が極めて低い、
そして現在、参加者の中で主催者側と繋がっているのは、アランただ1人になってしまった、そういう事である。
とは言うものの、剛と拳崇が任務に失敗し、死亡したのかどうかは今の時点で断定は出来ない。
結局は放送を待つより他はないという結論に至った。
「そろそろ、身の振り方を決めないとな…」
このままルガールの手下として任務を全うするか、それともこの機会に悪趣味なクライアントをこちらから見限るか。
尤も後者には、裏切り者への報復という大きなリスクが伴うであろうが。
18:40 時計で確認
待ち合わせ場所であるという四区の公園に到着。
沈みゆく太陽が、空を真っ赤に染め上げていく。
さながら燃えさかる炎か、それとも流れ出る血か、どうも不吉な単語ばかり連想してしまう。
葵も空を見上げてつぶやく。とても美しい、そしてどこか物悲しい夕焼けであると。
もしここから生きて帰れて、再び空を見上げる事があるのならば、
夕焼けを見るたびに、今の言葉と共にこの痛ましい出来事が思い起こされるであろう。
例の足跡と血の痕は、目的地の途中で分かれて、尚も果てしなく続いている。
その先には一体誰がいるのか、何があるのか。
待ち合わせの時間にはまだ間があるので、行って確かめてみたい気もするが、
約束の時間に遅れて待たせるのは相手に悪い、という葵の一言で思いとどまった。
18:50 時計で確認
向こうから人影が近づいてくる。あの姿は、確かに、間違いない。
もうすぐ放送が近い。
響とサラの名前が出ない事を、ただひたすら祈っている。
自分が指定した場所に向かって、女は歩いていく。
ここには首輪を2つ取りに行くのだけが目的だったというのに、
病院のトイレの中で偶然見つけた厄介な代物のお陰で、余計な用事が一つ増えた。
しかし携帯に残る様々な履歴の中で、見知った者の名前を黙って見過ごすのは、彼女の信条に反していた。
自分を含めた3人はそれぞれの目的の為に、結局別行動を取る事にした。
尤も1人の男は単独行動が極めて困難な状態なので、今頃はまだもう1人の男と行動を共にしているであろう。
数時間後、例の病院で落ち合う予定にはしている。
どれも命の危険を伴う目的ばかりなので、再会出来ないかもしれないという事は暗黙の了解となっていた。
しかし目的を上手く果たせば、仲間を増やして帰ってこれるという特典がもれなくついてくる。
いつだって彼女は、危険な賭けに自ら進んで応じていった。
今までも、そして、これからもずっと。
「あんた達小悪党は、揃いも揃って青い服を着ているけど、何かの目印なのそれ?」
喧嘩を売り付けた相手がここにいる事を確認すると、彼女は単刀直入に言い放った。
「まあでも、言われた通り、2人共生かして連れてきたから、あいつらとはちょっと違うみたいね」
彼女の姿を、アランはまじまじと見る。
全身に包帯を巻き付け、満身創痍とも言うべき、何とも痛ましい姿。
「君は一体…」
「ニーギ・ゴージャスブルー。豪華絢爛にしか生きられない、そういう女」
だが、不屈の精神を宿したその眼は、どこまでも澄み切っていた。
それぞれの想いが交錯する、黄昏の時。
間もなく、運命を告げる声が流れようとしていた。
【結城晶 所持品:大学ノート(死亡者の名前とハガーメモの要点写しと手記)と鉛筆、首輪(マリーと守矢のもの) 目的:響とサラを探す、葵を守る】
【梅小路葵 所持品:釣竿とハガーのノート 双眼鏡(アランから借りている) 目的:響とサラを探す、晶たちとともに生きて帰る。剛を倒す】
【アラン・アルジェント 所持品:PPKワルサー(残り7発)、携帯電話(剛の連絡先登録済)、折り畳みナイフ、
目的:結城晶と梅小路葵の監視、ゲームを内側から壊す、プローブの情報を盗む為に本部へ潜入】
【ニーギ・ゴージャスブルー(全身の広範囲にわたってダメージ+中程度の火傷)
所持品:ゼロキャノンコントローラ(チャージ完了)、雑貨、ゴーグル、長ビス束、コンドーム、首輪(炎邪・アルフレッドのもの)
剛のバッグ…スペースハリアーバズーカ、マカロフ、携帯電話(アランの連絡先登録済) 目的:ゲーム盤をひっくり返す】
【現在位置:4区の公園】
全生存者入場!!
格闘家は生きている!! 殺意の波動を越え永遠の挑戦者が甦った!!!
噂の男!! リュウだァ――――!!!
雷撃の撃ち合いなら我々の技がものを言う!!
静電気体質 閃光の美学 二階堂紅丸!!!
自分の忍らしさを知らしめたい!! 「ジョーカー」 かすみだァ!!!
合気道では3戦生存どすけど晶ちゃんがおるなら全戦うちのもんや!!
京の舞姫 梅小路葵だ!!!
タイマンなら絶対に敗けんと思ってた!!
暴走族も一般人だ 特攻隊長 エッジだ!!!
黒歴史から炎の血族が上陸だ!! 草薙分家 霧島翔!!!
使えそうだと思ったからガキ(リリス)を憑けてただけなのだ!!
鼻から下は見せてやらん!!ヴィレン!!!
神への捧げ物に参加者とはよく言ったもの!!
魔界の水邪が今 精神不安定によって復活する!! 水忍 風間蒼月先生だ―――!!!
最強ミュータントこそがゲーム崩壊の代名詞だ!!
まさかこの男が入っているとはッッ ケーブル!!!
生き残らなければならないからここまでやったッ キャリア一切不明!!!!
フランスのナンパファイター アラン・アルジェントだ!!!
脱出の鍵は今だオレの頭にある!! オレを助ける奴はいないのか!!
日守剛だ!!!
まがい物の思い上がりはきちんと躾けてナンボのモン!!! 荒れ狂う稲光!!
本家オロチ八傑衆からシェルミーのお仕置きだ!!!
最後の勝利はオレのもの 生きてる奴は思いきり止めを刺し思いきり傲慢なんだぜ!!
Mr.一人相撲統一王者 楓
お人よしに更なる磨きをかけ ”意外と理知的”結城晶が帰ってきたァ!!!
アテナのためならオレはいつでも全盛期や!!
ほぼ一般人 椎拳崇 マーダーで生存だ!!!
妹の復讐はどーしたッ 憎悪の炎 未だ消えずッ!!
片手も邪剣も思いのまま!! 坂崎リョウだ!!!
特に理由はないッ 恋する女が強いのは当たりまえ!!
策が無いのはないしょだ!!! 絢爛舞踏!
ニーギ・ゴージャスブルーがきてくれた―――!!!
暗黒街で磨いた実戦サバイバル!!
クイズタウンのデンジャラス私立探偵 ネオ・マクドナルドだ!!!
魔性だったらこの女を外せない!! 超A級カレー魔道師 アルル・ナジャだ!!!
超一流男前の超一流の土俵際だ!! 生で拝んでオドロキやがれッ
オロチ八傑衆・乾いた大地!! 七枷社!!!
人造生物はこの物体が完成させた!!
やっぱりなんだかよくわからない!! 犬福だ!!!
虐殺の交響曲が帰ってきたッ
どこへ行っていたンだッ バトロワ主催者ッッ
俺達は君を待っていたッッッルガールの後ろから豪鬼の登場だ――――――――ッ
加えて脱落者発生に備え超豪華なかさぶた四天王を御用意致しました!
おっぱい星人 ジャッキー・ブライアント!!
希望の虹 高嶺響!!
毒舌アイドル! 麻宮アテナ!
……ッッ
どーやらもう一名は名前が間違っている様ですが、正式には何角なのか判明し次第ッ皆様にご紹介致しますッッ
444 :
故○角:2005/09/01(木) 21:49:50 ID:lXKyu1h4
>>443 キタ━━━(゜∀゜)━━━ !!!!!
アランはフランスじゃなくてイタリアだったような