AC Character Battle Royal 5th
ひあいお
☆基本ルール★
・参加者全員で残り一人になるまで殺し合いを行う。
・参加者全員には以下の物が平等に支給される。
布袋
会場内の地図
方位磁針
食料、水
着火器具、携帯ランタン
その他にランダムで選ばれた武器に準ずる『支給品』が各自の袋に最低一つ入っている。
これはACゲームにある物を基本とするが、実在する銃火器類に関してはその限りではない。
各キャラの最初の作者が支給品の説明を書くのが望ましい。
・午前午後の1日2回、主催者が会場内に『放送』を行う。
この間に死亡した参加者は放送中に名前が発表される。
・生存者が一名になった時点で、その人物は主催者側の本部へ連れて行かれる。
☆首輪関連★
・参加者には『首輪』が付けられる。
この首輪には生死判別用のセンサーと小型爆弾が内蔵されている。
参加者が禁止された行動を取る、首輪を無理に外そうと力を加える事で自動的に爆発する。
ただし、デフォルトの状態では外部からの力を無効化する結界が張られている。
また運営者が遠隔操作型の手動起爆装置を押した場合も爆発する。
・24時間以内に死亡者が一人も出なかった場合、全員の首輪が爆発する。
・いかなる状況下においても誘爆は絶対に起こらない。
・もし何らかの理由で首輪が外れた場合も会場からは脱出は不可能。
☆会場について★
・会場の周囲には脱走者を監視する役割の、主催者側の兵士が配置されている。
・兵士は殺害可能だが、殺害に成功しても会場外に逃亡は不可能。
・建造物には鍵さえ掛かっていなければ基本的に自由に出入り出来る。
建物内の設備の使用も制限は無し。
・電気、ガス、水道等が通っている場所、及び集音マイクつき監視カメラは会場内にランダムで点在。
☆必殺技及び特殊能力★
・必殺技を一定量使うと『疲労』が発生するが、休息により回復可能。
・超能力、魔法、召喚系は発現する効果自体に制限が掛かる。
程度は作者の判断に一任するが、異論が出た場合は雑談スレにて審議。
・パワーアップ系は原作の設定に関係なく時間制限を設ける。
・回復系は原作の設定より効果半減。
・ネクロマンサー系の技を使用する際、死体に意志を与えるのは禁止。
武器としての死体はあくまで『物体』扱い。
・キャラが原作で武器を所持している場合、ACBRでは基本的に没収される。
但し支給品として他参加者の手に渡っている場合は回収可能。
また主催者が武器と判断出来なかった物等は没収の例外となる。
☆禁止事項★
・一度死亡が確定したキャラの復活
・新規キャラの途中参加・大勢の参加者の動きを制限し過ぎる行動を取らせる
程度によっては雑談スレで審議の対象。
・時間軸を遡った話の投下
例えば話と話の間にキャラの位置等の状態が突然変わっている。
この矛盾を解決する為に、他人に辻褄合わせとして空白時間の描写を依頼するのは禁止。
こうした時間軸等の矛盾が発生しないよう初めから注意する。
・話の丸投げ
初めから後から修正する事を目的に、適当な話の骨子だけを投下する事等。
特別な事情があった場合を除き、悪質な場合は審議の後破棄。
・中途半端な書きかけ状態の作品投下
但し、長編を期間を置いてに分割して投下するのはこの限りではない。
☆書き手の注意点★
・トリップ推奨。
・無理して体を壊さない。
・リレー小説である事を念頭に置き、皆で一つの物語を創っていると常に自覚する。
・ご都合主義な展開に走らないように注意。
・残酷表現及び性的描写に関しては原則的に作者の裁量に委ねる。
但し後者については行為中の詳細な描写は禁止とする。
・各作品の末尾には以下の情報を必ず表示する。
行動目的
所持品
現在位置
作品内で死亡者が出た場合は死亡キャラの確認表示も忘れずに。
☆読み手の注意点★
・煽り、必要以上の叩きは厳禁。
・寝る前に歯を磨く。
・各キャラ信者はスレの雰囲気を読み、言動には常々留意する事。キャラの運命と死は平等。
不本意な展開になったからと言って関連スレで暴れるのは論外。
・朝ご飯はしっかり食べる。夜食はなるべく控える。
・書き手にも生活があるので、新作を急かすのも程々に。
書き手が書きやすい雰囲気を作るのも読み手の役割。
☆第1回ACBRについて★
主催者:ルガール・バーンシュタイン
会場:サウスタウン
参加者:男50人女36人 総計86人
【龍虎の拳】
ジョン・クローリー、リョウ・サカザキ、藤堂竜白
【餓狼伝説】
アルフレッド、テリー・ボガード、ビリー・カーン、タン・フー・ルー
ロック・ハワード、山崎竜二、ブルー・マリー
双葉ほたる、不知火舞
【THE KING OF FIGHTERS】
アッシュ・クリムゾン、K'、草薙京、八神庵、矢吹真吾、七枷社、クリス
二階堂紅丸、椎拳崇、霧島翔
神楽ちづる、シェルミー、ウィップ、クーラ、マチュア、バイス、レオナ
【月華の剣士第二幕】
楓、御名方守矢、鷲塚慶一郎
一条あかり、真田小次郎(香織)、高嶺響
【サムライスピリッツ】
緋雨閑丸、牙神幻十郎、ガルフォード、六角泰山、風間蒼月、風間火月
橘右京、タムタム、
ナコルル、リムルル
【GUILTY GEAR】
ブリジット
蔵土縁紗夢、ミリア
【THE RUMBLE FISH】
譲刃漸、アラン・アルジェント、ヴィレン
ガーネット
【STREET FIGHTERシリーズ】
リュウ、火引弾、ガイル
春日野さくら、神月かりん、春麗
【ヴァンパイアセイヴァー】
バレッタ、リリス
【MARVEL VS CAPCOM2】
ケーブル
【燃えろ!ジャスティス学園】
鑑恭介、山田栄二
水無月響子
【VIRTUR FIGHTER】
日守剛、結城晶、ジャッキー・ブライアント、リオン・ラファール
梅小路葵、サラ・ブライアント
【DEAD OR ALIVE】
かすみ、エレナ、あやね
【豪血寺一族 闘婚】
花小路クララ
【ソウルキャリバー 】
ソフィーティア
【サイキックフォース】
エミリオ・ミハイロフ
【ファイターズヒストリーダイナマイト】
カルノフ、溝口誠
【ワールドヒーローズ】
ジャンヌ
【式神の城2】
ニーギ・ゴージャスブルー
【METAL SLUG】
フィオリーナ・ジェルミ、エリ・カサモト
【ぷよぷよ通】
アルル・ナジャ
【ファイナルファイト】
ハガー
【わくわく7】
ライ
【悪魔城ドラキュラ】
シモン・ベルモンド
【クイズ迷探偵NEO&GEO】
ネオ
生存者 残り26人
【龍虎の拳】 1人リョウ・サカザキ
【餓狼伝説】 1人 不知火舞
【THE KING OF FIGHTERS】 6人 矢吹真吾、七枷社、二階堂紅丸、椎拳崇、霧島翔、シェルミー
【月華の剣士第二幕】 1人 楓
【サムライスピリッツ】 2人 風間蒼月、ナコルル
【THE RUMBLE FISH】 3人 アラン・アルジェント、ヴィレン、ガーネット
【STREET FIGHTERシリーズ】 1人 リュウ
【ヴァンパイアセイヴァー】 1人 リリス
【MARVEL VS CAPCOM2】 1人 ケーブル
【燃えろ!ジャスティス学園】 1人 エッジ(山田栄二)
【VIRTUR FIGHTER】 3人 日守剛、結城晶、梅小路葵
【DEAD OR ALIVE】 1人 かすみ
【サイキックフォース】 1人 エミリオ・ミハイロフ
【式神の城2】 1人 ニーギ・ゴージャスブルー
【ぷよぷよシリーズ】 1人 アルル・ナジャ
【クイズ迷探偵NEO&GEO】 1人 ネオ
死亡者一覧
麻宮アテナ 花小路クララ クーラ・ダイアモンド 一条あかり
橘右京 ブリジット 真田小次郎(香織) 神月かりん カルノフ
八角泰山 蔵土縁紗夢 タン・フー・ルー ソフィーティア
藤堂龍白 八神庵 春日野さくら 西園寺貴人 山崎竜二
鑑恭介 アッシュ・クリムゾン クリス ジャッキー・ブライアント
ジャンヌ エレナ 双葉ほたる 鷲塚慶一郎 あやね シモン ウィップ
レオナ リオン・ラファール ジョン・クローリー 爆皇雷 リムルル
草薙京 火引弾 神楽ちづる テリー・ボガード、牙神幻十郎
御名方守矢 バレッタ 緋雨閑丸 ガイル ビリー・カーン ガルフォード
マイク・ハガー、溝口誠、譲刃漸、ミリア・レイジ、水無月響子、ブルー・マリー
タムタム、春麗、フィオリーナ・ジェルミ、エリ・カサモト 、K'、ロック・ハワード
サラ・ブライアント、マチュア、バイス
その他の人々
【サイキックフォース】リチャード・ウォン
【KOF】イグニス
【ストリートファイターV3rd】トゥエルヴ
ずるずると腕を。
ずるずると足を。
ずるずると体を引きずる。
ボロ雑巾のような左腕は血を流しすぎて重く冷たくなっている。
括りつけた止血の布は、ないよりはマシ程度の意味しか持っていない。
ボロ雑巾にボロ布を巻きつけるなどナンセンス、と苦笑する余裕すら、今のリョウにはなかった。
その体を重くするものは、今までの修行の疲労による形容とは根本的に意味合いが違う。
命を失いつつある腕は重く冷たく、まさに鉛のようであった。
自分の体がこれほどまでに重いと思えるのは、いつ頃以来だったか。
天狗面のタクマとの戦いも、サウスタウンの帝王との戦いも、ここまでのダメージを得ることはなかった。
あの時は、鍛えた武の激突があった。力と技のせめぎ合いがあった。戦いの結末としての敗北と死があった。
今は、ない。
突然の爆発に腕を持っていかれた。
そこには技術を重ねた年月も、くぐった修羅場の数も関係ない、ただ体の破損に伴う死しかない。
それは、放たれた瞬間に加減も何もなく、ただ淡々と目標を殺傷する機械的なものであり、
ビリー・カーンを上下に断ち割った、散弾銃の弾と同質のものだった。
「……くそ」
リョウは空手家だった。
ショットガンなど、使うべきではなかった。
呼吸を整えている暇もなく、壁に手をついて、鉛の体を引きずって一歩一歩這うように進む。
このざまでは、何かに襲われて満足に戦えるかどうか。
五体満足の時でさえ、あの爆発の淡々とした殺傷に抵抗の仕様がなかったのだ。
相手にするのが普通の武器なら、使い手の動きを読むことで「使い手との戦い」に持ち込める。
相手にするのが機械に徹した人間なら、殺しきれぬ身ごなしや息遣いを読むことが戦いとなる。
だが、完全な機械が相手となるとどうか。
遠距離から狙撃されるか、爆弾を転がされるか、はたまた仕掛けられた罠に引っかかるか。
それらを相手にとっては、リョウの修行の月日は何の意味も持たない。
「……ねえ」
反応が遅れた。
負傷で知覚が遅れただけでなく、振り向くまでの身体的な反応も我ながら呆れるくらいに遅い。
「やっぱり……リョウ、ね?」
「……お前、不知火流の」
KOFで幾度となく顔を合わせた相手だった。
ボガード兄弟にくっついて出てきたと思えば、彼らのメンバーにジョー東が入った時には
キングとユリを誘ってあてつけのようにチームを結成したりしていた。
旧知に出会ったという安堵感もあったが、相手からの先制攻撃を警戒する意識が自然と双方を身構えさせている。
「どうにか……生き残ってるようだな」
「あなた……は、厳しいところのようね」
「見ての通りだ」
こちらの状況は今さら説明するまでもない、惨憺たる状況のまま。
対する舞は、目立った負傷はないものの疲労の色が濃い。
「その怪我、さっきの爆発で……?」
「……近くに、いたのか」
「……ええ、まあ、ね。そっちへ行っていいかしら? 立ち話もつらいでしょう?」
見知った顔を見つけて気が緩んだのか、こちらがボロ雑巾だからと気を抜いているのか、随分と甘い提案ではないだろうか。
ともあれ、完全に後ろを取られて気づきもしなかった時点で、こちらに選択権はないも同然。
横顔で好きにしろと返事をする。
自棄気味に路上にしりもちをついたところで、舞がこちらの傷の具合を見ているのに気がついた。
すぐに大病院に担ぎ込まれて手術、といった規模の負傷である。
舞もどうにかしようとしていたようだが、結局はボロ雑巾に括りつけられたボロ布が一枚増えたに過ぎなかった。
することもなくなったのか、座り込んだまま動けないリョウの隣に舞も腰を下ろした。
割と強気というか勝気な性格だと記憶しているが、その彼女も表情に出るほどの疲労を持て余していたのだろう。
ちょっと一休みと言うにはぐったりと座り込んでしまっている印象が拭えない。
とは言え、リョウの方もその無用心を指摘できる状態でないことも確かだった。
「おい……今まで……何してた?」
ぼんやりと、そんなことを尋ねていた。
見知った顔を見つけて気が緩んだのは、どうやらこちらの方も同じらしい。
「色々とやったわ。生き延びるためにね」
息の詰まるような空気が、一瞬流れた。
「……どうしても生きて帰らなきゃならない理由があるから」
少し顔を背けて、舞が小さく呟く。
「そうか……」
彼女にも、色々あったのだろう。
「俺は……もう、どうでもいい、か、な……」
体を流れる熱は、左腕から流れ出してしまった。
このまま緩やかに午睡を始めれば、あとは久しぶりに何に煩わされることもなく眠れるだろう。
「ちょっと」
目を閉じかけたところで、舞に肩を揺さぶられた。
「ここで諦めちゃ駄目じゃない! ユリちゃんはどうするの?」
「ユリか……」
そう、ユリ。
舞がリョウに生きる目的を思い出させようとしたのなら、その効果は覿面だった。
恐らく彼女は知る由もなかろうが、その名は以前以上に、まさに呪いのようにリョウを奮い立たせる。
朦朧としていたリョウの思考に一気に血が戻った。
「なあ、不知火」
顔に表れる感情の揺れをひとつも見逃すまいと顔を上げる。
「関節技を、使う……青い、胴着の男を……見なかったか?」
しかし、彼女から得られた反応は一瞬強張った頬の筋肉のみ。
「……知らないわ」
なるほど、何も知らないらしい。
今の表情の硬化は、突然力を取り戻したリョウに慄いただけだろう。その後の空気はただ戸惑いのみ。
疲労した人間が感情を取り繕おうとすると、どうしても不自然さが出てきてしまうものだ。
「なら、さっきの爆発の辺りに……マチュアが、いたはずだ」
「…………」
手ごたえあり。
「何か知らないか?」
「マチュアは……死んだわ」
「そうか」
生かして連れて来い、と言われていたか。
ともあれこれで、手がかりの一つを失ったことになる。
「……マチュアが、どうかしたの?」
「いや、いい。過ぎた話だ」
依頼を遂行できないとあれば、もうそれ以上かかわる事ではない。
誰が何で殺したかなどはどうでもいい話だった。
立ち上がるべく体に力を込める。
「ちょっと!? 動いちゃ……」
舞が驚いて制止しようとするが、その手を振り払う。
手のかかった肩が左だったので、痛覚が稲妻のように体中を貫いたが、気にしている余裕はない。
「俺も、いつまでもここでグズグズしているわけには行かなくてな」
もし走れば、息が止まるついでに息の根まで止まってしまいそうな大出血に加え、この左腕ではもう空手は使えない。
空手家でありながら、散弾銃によって空手を裏切った自分への戒めなのかもしれない。
だがその重荷を背負ってでも、倒さねばならない相手がいる。
と、そこへ。
ちりんちり〜んと緊張感のないベルを鳴らしつつ、自転車が一台颯爽と……
「ベル鳴らすな! っていうかもうちょっとスピード出ないの!?」
いや、よたよたと走っている。
「んな事言ったってよぉ、俺寝不足……」
「こんなところでまともな寝床にありつけるわけないでしょ。ほら人の命懸かってるって言ったのはどこの誰だっけ?」
「……ええい、そうだよなそうだよなクソー! 急がないとマチュアって人が危ねえ!」
「そうそう。ほら元気出していこ! ハイヨー!」
車体とこぎ手をギシギシと軋ませながら、こちらへ近づいてくる二人乗りの自転車。
荷台の女はいざ知らず、こいでいる男は確実にバテていた。
「っとと、前見てちょっと前、壁壁!」
「うっおーぶつかるー! ここでインド人を右にー!」
「うわちょやめろバカー!」
結局バランスを崩し、2メートルばかり建物の壁をこすって、自転車は豪快にゴミバケツにクラッシュしていた。
「……何、アレ」
あの自転車、男のほうに見覚えがある。
呆気に取られている舞をよそに、リョウはそちらへにじり寄っていく。
昨夜の数分の対話の感触から行けば、そうそう出会い頭に攻撃してきたりはしないだろう。
「おい、お前たち」
もう左腕は使えないのだ。
利用できるものは、何であろうと利用しなければならない。
「あっ! てンめ昨日のカラテマン!」
自転車の下敷きの状態から、首だけこちらへ向けている自称探偵。
先程ショットガンを見ているのだから、せめて回避動作なり逃げる動作なりをとりながら言うべきであるのだが
経験が足りないのかネオは気付かず、リョウに至ってはいちいちそんな指摘を頭に思い浮かべる体力さえ惜しい。
路面についた右腕を支えとして、膝を伸ばす。
もはや後を考えている場合ではなくなった。
体を流れる血はもうないが、まだ意思で体は動く。
熱い心は必要ない。底冷えのするような青い炎で、意思は十分呼び起こせる。
牙の折れた無敵の龍をなおも駆るのは、透き通るほどに純粋な感情であった。
【ガーネット 所持品:多目的ゴーグル(赤外線と温度感知) 目的:中央に対してハッキング、マチュアの救助】
【ネオ 所持品:魔銃クリムゾン・食料等 目的:外のジオと連絡を取って事件解決、マチュアの救助 備考:自転車】
【リョウ・サカザキ(重傷・左腕使用不可) 所持品:無し 目的:日守剛の殺害】
【不知火舞(消耗) 所持品:使い捨てカメラ写ルンDeath、IMIデザートイーグル(残り二発)、鎌(マチュアからルート)
目的:休息のできる場所を探す、マチュアのメモをルガールに渡す】
【現在位置:6区北東端】
保守しますよ。
即死判定は大丈夫?
ほしゅ
hosyu
心配なので念の為保守
「んで、オッサン。結局何かわかったのか?」
エッジは腕の中で犬福を弄びながら問う。
腕の中の犬福はにょにょ、とかにょほ〜とか変な声を出してくすぐったがっているが
エッジは飽きもせずなでたり揉んだりしていた。
「ああ、そうだな。まずはこれを見てくれ」
ケーブルは目の前にある巨大なモニターに目を向けさせる。
そこには良くわからないが光る線と四角が映し出され、所々に数字や文字が浮かんでいた。
「これが何か判るか?」
「あん?わかんねえよ」
「にょ〜?」
エッジと共に怪訝な顔をして犬福も首(?)を傾げた。
「そうか、これは地下鉄の路線図及び運行表だ」
「ああ、なるほど、この四角いのが駅だな」
エッジはふんふんと頷いた。
「そして、ここ、この部屋はこの街の地下鉄のコントロールセンターらしい。」
「ふんふん、それで?」
「つまり、ここから地下鉄を自由に動かすことができる」
「ふんふん、それで?」
「機器がかなり破壊されていてな、何らかのはずみに、24時間ノンストップ運行、と設定されていた」
「ふんふん、それで?」
「それをさっき直して、まあ使いやすい運行ダイヤにしておいた、というわけで」
「ふんふん、それで?」
エッジは頷いてはいるが、考えることをほとんどせずに聞き入っていた。
犬福は数秒前に寝息を立てはじめていた。
ケーブルは一人と一匹をやれやれと言う顔をして見たがそれは嫌がるというよりは仲の良い友人に向けるような顔だった。
「それはまあ、それとしてだな」
「ふんふん、それ・・・ん?」
「エッジ、この路線図を見て気づくことはないか?」
いわれてもう一度大画面を覗き込むエッジ。
「地下鉄の路線図みたいだな」
「ああ、それはさっき言ったな」
渾身のボケを流されて、エッジはふてくされたような顔をする
「わかんね、俺考えるの苦手だしよぉ」
「まあそう言うな、私とてこの考えが正しいか確証がないからお前にも聞いているんだ」
「オッサンがわかんねえのに俺がわかるわけ・・・おい、どうした?」
「にょにょ!」
いつの間にか目を覚ましていた犬福がエッジの腕から飛び降りて画面に向かって駆けていった。
「にょ!にょ!」
画面の右端でジャンプを繰り返す。
「犬福は気づいたようだな」
「気づいたって、何にだよ」
犬福がジャンプする画面の上。
うっすらと映っているこの街の地図と、その真ん中を通る光の線。
線の脇にある駅だと思われる四角。そして、右端の
「あれ?」
「気づいたか?」
「なんで、線路が終わってるのにその右に駅があるんだ?」
「他に気づくことは?」
「んー・・・駅名が書いてねえな」
「まあ、そんなところだろうな」
話を遮ってケーブルが説明を始める。
「この位置、明らかに地下鉄とは違う位置に表示されている駅のようなもの、これはさっきまでは映っていなかったんだ」
そう言って目の前の生きているコンソールを叩く。
画面に表示された件の駅はフッとその光を消し、はじめからなかったかのような路線図となる。
「で、どうやって出したんだ?」
「普通にパスワードを解析した」
さらりと言ってのけるが、一般人には容易なことではない。
「で、もう一度入力してやると」
カタカタという音の後に再び画面に謎の駅が表示される。
「さて、この上だが、何がある?」
「何って・・・あ、あのでっかいビルか」
うっすらと映る地図では確かにその駅は、橋を挟んで東側、高層ビルの立ち並ぶ島の中に映っている。
「そうだ、この街のシンボルともいえるあのビル。簡単なデータベースしかここにはなかったが、
あれはこの街のトップが住んでいた場所だと言う」
「ふんふん」
また頷くだけになるエッジ。犬福が隣でマネをしているのをみてクスリとしながらケーブルは続けた。
「ということは、これは私の推論なのだが、ここはそのトップの隠し部屋、またはそれに類する場所なのではないか?」
「ふんふん」「にょにょ」
「だが、この場所に行く方法がわからないんだ」
「は?ここ行って、エレベーターで地下に行ったらいいんじゃねえの?」
意外と頭硬いんだな、とエッジが付け加える。
「いや、エッジ。ここに映っていることが重要なんだ」
「あん?」「にょ〜?」
「ここには地下鉄の路線とその駅しか映っていないんだ。そしてパスワードを一ついれたらこの場所が映った」
「だから?」「にょぉ」
「これは、まぎれもなく駅なんだ。だから電車ならいけるが、地上からのアプローチは困難だろう」
「駅、っつったって、だって路線が繋がってねえじゃん?」「にょっ」
「その通り、で、これだ」
ケーブルが手元の生きているモニタを指す。
「ん?なんだこれ」「にょにょ?」
「パスワードの入力画面だ」
と、ケーブルが少し渋い顔をする。
「あれ?パスワードはさっきいれたじゃん」「にょにょ」
「2つ目だ。おそらくこれが解ければ・・・」
「なぁなぁオッサン、一つ目のパスワードってなんだったんだ?」
「ん?ああ、確か[kakikueba]だ」
ん?と一瞬考える顔をしてエッジは視線を宙に漂わせる。
「しかしパスワードの解析というのは面倒でな、時間が」
「あー!『かきくえば』か!」「にょ!?」
大声を出すエッジに驚いて目を白黒させる犬福を尻目に、エッジはニヤニヤしていた。
「ははーん、オッサン日本文化ってヤツをしらねえな?これはな、有名な俳句なんだよ」
「HAIKU?ああ、あの光の速さで連コインとかの」
「?なんだそれ?まあいいや、この続きはな、えーっと」
おぼつかない手でコンソールを叩き始めるエッジ
「かねが・・・鳴る鳴る、っと」
「にょ〜」
ちょうどその時、エッジの足元にいた犬福がぴょいとエッジの足に飛びついてそこからコンソールにあがった。
「あっ、おめえ邪魔すんじゃねえよ!ズレちゃったじゃねえか」
画面を見ると入力した文字がわからないように●が並んでいる。
犬福の飛びついた時に指がズレたので消そうとするエッジだったが、犬福がEnterに手を置くほうが早かった。
「あ、お前!全く、どうせエラーが・・・」
Completeの文字と共に切り替わる画面、ぽりぽりと頭をかくエッジ。跳ねる犬福。感心するケーブル。
微妙な空気に包まれる部屋。
「ま、まーよ!これでどうなるんだ?」
「うむ、大きい方の画面を見てみろ」
言われて見上げた画面に映っているのは地下鉄の東端の駅からさらに伸びる一本の線。
「こういうことだな」
「あれ?でもオッサン、俳句ってもう一節あるんだぜ?」
「ほう?つまり、もう1段階パスワードがあるんだな、少し待て」
そう言ってカタカタと音を立て、数十秒で先ほどと同じような画面を出すケーブル。
「なるほど、今ので路線を開き、これで電車の運行をあの駅まで伸ばせるようだ。エッジ、パスワードを頼む」
「おうよ!ええと、かきくえば かねがなるなり とうだいじ、っと」
error
エッジが法隆寺を思い出したのは実に15分後のことだった。
「さ、さあどうだオッサン!これであそこにいけるんだな!」
「うむ、ありがとうエッジ。助かったよ」
手間取ったことでバツが悪そうなエッジを見据えて礼を言うケーブル。実際、自分が解析するよりずっと早かった。
ケーブルはこの若者を改めて頼もしい仲間だと実感した。
「お、おうよ!」
普段あまり頼られることも褒められることもない純粋な不良は照れながら親指をたててポーズをとっていた。
「さあ、あの場所に何があるか・・・まあ何もないかもしれん、監視も、盗聴もな」
「え、監視されてんの?今も!?」
キョロキョロと見回すエッジ、だが多数の機械や、その残骸が散らばる部屋ではそれも無駄だった。
「まあ、大丈夫だろう、あらかたここの監視装置は破壊されているようだし、それに」
「それに?」
「知られて困る情報でもないんだよ、これは」
「????」
きょとんとするエッジとさっきのエラーに苛立ったエッジのチョップでのびている犬福を横目にまたケーブルはコンソールを叩く。
「これでよし、エッジ、行くぞ」
「あ、ああ」
まだ頭の上に大量の?マークを浮かべるエッジと、その手に抱かれてよだれをたらしている犬福を促す。
これで少しでも協力者が得られれば、いや、もしこれを見て敵対する立場の人間が来てもテレパス能力で見破ることができる。
先手を取れるならば、まず負けることはないだろう。そう思い手にしたサブマシンガンを握りなおす。
歴戦の戦士は磐石の体制を整え、心強い仲間と共に歩き出した。
地下鉄のホーム。
電光掲示板に文字が流れる。
[Take thie train if you have the intention of resistance.I wait in the terminal. ]
(抵抗の意思あらばこの電車に乗れ。私は終点で待つ)
闇に溶ける地下鉄は、光へ続く線路を走り出す。不確かな未来という終着を目指して。
【ケーブル(負傷 消耗からは回復) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、忍者刀朱雀 サブマシンガン
目的:風間蒼月にメモの内容を伝える。終点で地下鉄に乗ってくる者を待つ】
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ・衣服類多数・食料多数 犬福
目的:いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。ケーブルについていく】
【備考:ケーブルとエッジは5区西端の地下鉄の終点に蒼月を探しながら向います 犬福はノーマル状態。今逆行きの電車に乗るとギースタワーの地下隠し駅に行っちゃいます。】
【場所:2区地下鉄コントロールセンターから西端の地下鉄駅を目指して移動】
もう少し保守しておいた方がいいかも。
「ああ、お前生きてたのか。なんだ・・・夜の復讐に来たか・・・?」
リョウ・サカザキは動かない左腕を垂らしながら自分を追ってきたこの二人組み──ネオとガーネットに尋ねる。
あの看護婦の格好の女は出来る、それは分かる。ただ、隣の男はほとんど一般人だということをリョウは知っていた。
あの男を殺せば活路が開けるか・・・?あるいは無視して女の方をやるか?
しかし相手の武器もわからない以上弱いところから・・・リョウがそう画策する間に男のほうが騒ぎ出す。
「ああ、ガーネット!こいつだよこいつ!!昨日俺にショットガンブッぱなしやがったのは!!」
ネオは隣にいるガーネットに語りかける。それを聞いた彼女はリョウに向け戦闘体制を取り、リョウも半身で構える。
なるほど、自分がヤラレた仕返しに仲間を連れてきたか。自分には勝てぬ相手だと思い・・・しかし女に頼るとは・・・
間合いを測り、相手の力を測り悟る。武器を出さずに相対したところを見るにろくなものを持っていないのかもしれないが即断は禁物だ。
構えを見るに主体は足技か、万全ならば華奢な女の蹴りなど押し切って攻めるがこの状態で間合いの外となると分が悪い。
ただでさえ足の長い女の技が厄介なことは良く知っている。
頭を掠めた男装の麗人のことを振り払い睨み合う。しかしやはり片腕に力が入らない。
チッ、と舌打ちして後方を見やる。不知火が憮然とした表情でこちらを見ている。
こいつが協力してくれれば問題はないだろう、しかし・・・
「昨日はよくもヤッてくれたなあ・・・まあそれはそれとしてちょっとはなsくぁwせdrftgyふじこlp;ちょっ、おまっ!すっげえ怪我してるじゃねえか!」
言葉の途中でようやく気づいたリョウの左腕のケガに驚愕し、うろたえるネオ。
何を騒いでいるか知らんがコイツが気づこうと状況は変わらない、そのリョウの考えは次のネオの一言で真っ向から否定されることになった。
「お、おい!ガーネット!お前のその看護婦の格好は伊達じゃねえんだろ?な、何とかしろよ!!」
「ば、バカ!アタシのこの衣装は伊達よ!!それにあんたコイツに撃たれたんでしょ?敵の心配してどうすの!!」
「昨日の敵は今日の友!そんなの関係あるか!す、す、す、凄い怪我だぞ!?おい!!」
この緊迫した空気の中、場違いな夫婦漫才をしだすネオとガーネット、その様子をリョウと舞は唖然と見ていた。
状況は変わった、このバカが自分の怪我を知っただけで、この場を支配していた闘争の空気が消し飛んでしまった。
「・・・貴様等・・・何がしたいんだ・・・?」
場違いすぎる空気に耐え切れずリョウが質問をする。
「あ・・・その・・・まあ、何だ?アンタに色々聞きたい事があってだなあ──」
「──っつーわけで、俺たちはアンタが行った後に残っていたこの女の事について知りたかったってわモガモガモガモガ!」
横から必死にネオの口を押さえながら耳元でガーネットが怒鳴る。
「アンタ!正直に全部喋ってどうすんの!コイツがジョーカーって可能性は大なのよ!!バカね!バカなのね!?バカ探偵!」
「う、うるせーバカバカ言うな!コイツはそんなチャチな奴じゃねえよ、それにこういうのはな!こっちが腹割って話さないと向こうも答えてくれないって物なんだよ!!」
結局ネオはガーネットが負傷したリョウの腕の応急処置をしている間にここまで来た経由──FAXにきた女性の写真の事について全てを話していた。
「貴様は・・・それを知ってどうするつもりだ・・・」
感情の読み取れない目でネオを見据えながらの問いかけにネオは即答した。
「無論!助ける!!アンタがいくらゲームを止めるのを邪魔しようと、俺たちは絶対ゲームを脱出して、皆で生きて帰ってやる!無論、アンタも皆の中だ!」
昨日、ゲームを潰したら殺す、そう脅した相手とは思えないまっすぐで何かを信じようとした目。
昔の自分の目。ユリが元気で、ロバートと親父と・・・一番楽しかった、カラテに全てを打ち込めたあの頃の俺の目・・・・
「・・・お前は・・・馬鹿だな・・・」
「何だと!?」
昔の自分、空手馬鹿だった頃の自分を思い出し、自称気味に笑うリョウ。
まっすぐで、直向で、挫折しても何度でも立ち上がる。諦めを知らない空手馬鹿だった頃の自分と同じだと・・・
「だが・・・少し遅かったようだ・・・俺やお前たちが追っていた女・・・マチュアと言う女なのだが・・・」
「・・・私が気づいた時にはすでに死んでいたわ。」
リョウがマチュアについて語ろうとしたその刹那、今まで沈黙を守っていた美女──舞が話に割り込んできた。
「私は彼女ともう一人、バイスって女とチームを組んでたわ。朝起きたら二人とも居なくて、見つけたときには二人とも死んでたわ。」
「そ、そんな・・・」
チームだったものが二人も死んでいると言うのに淡々と話す舞。無論、マチュアの部分は嘘である。
「二人ともゲームに乗ってたから・・・それよりも聞かせて、貴方たちのゲームの脱出プランというのを、生きて帰る手段って言うのを!」
必死の形相になり二人に近寄る舞。生への執着心がなせるのか、それは鬼気迫る表情であった。
「い、いやあ・・・俺たちそれのヒントを探るためってのも含めて彼女を追ってきた訳だし・・・まだ具体的ってのは・・・なあ?」
「い、今はまだ情報収集の段階なのにゃ〜・・・」
あまりの形相に腰が引ける二人。その様子を見て明らかに落胆した表情に変わる舞。
「・・・そう・・・やっぱり・・・」
その落胆っぷりに意味もなく慌てるネオ
「あ、あー・・・その、何だ?けど、2人で考えるよりも、3人、4人で考える方がいい考えが浮かぶと思うんだにゃ〜?」
「あ、お、おう!だからさ!アンタ等二人も俺たちと一緒に行こうぜ!!アンタもだ!空手マン!!」
そう言って手をまずはリョウに右手を差し伸べようとするネオ。
その様子を見てリョウは再び微笑する。がその手を思いっきり振り払う。
「・・・悪いが、俺にはやらなくてはならない事がある!!親父のためにも・・・妹、ユリの為にも!!それまでこのゲームを終わらせる気は無い!!」
「あ・・・え、え〜・・・じゃあ・・・」
もしかして、戦うの?マズッ!
・・・と言わないばかりの表情をするネオ。
「・・・だが、腕の治療の礼は返さないとな、今までの事は聞いていない事にする。だから今はお前たちの邪魔はしない。」
その場で立ち上がり、3人を後にその場から立ち去るりょう。
「そ、そうなの・・・んじゃあ、そこのお姉さん、どう?私たちと・・・」
次はガーネットが不知火舞に手を伸ばす。彼女は共に来てくれるだろうと、証拠も無く確信して。
無防備に、警戒もせずに。いつもならば警戒すると言うのに、信用して。
が
返事の変わりに、パンッという乾いた音が響いた。
「なッ!?」
突然の、起こるはずが無いと思われた銃声にリョウが表情を変え振り向く。
「が、ガァネットォォォォォッ!!?」
胸から深紅の血を流すガーネットに駆け寄ろうとするネオ。
「あ・・・あれ・・・?」
胸から赤い薔薇を、真っ赤な、真っ赤な生命の薔薇を惜しみなく出して行くガーネット。
「あ・・・熱い・・・よ・・・・・・」
そう一言、ただ一言だけ呟き、この世との理から離れいくガーネット。
「ごめんね・・・脱出の計画がしっかりしてたらそれも良かったのだけど・・・行き当たりばったりの確立の低い賭けに乗る気は無いの・・・」
その様子をあたりまえの様に、虫を潰してしまったかのような見下すように冷ややかな目で見ている舞。
「ガーネット・・・おい!ガーネット!!起きろよ!ガーネット・・・!!」
胸から大量に血を噴出し、ピクリとも動かない彼女を号泣しながら肩を揺らすネオ。
そんなネオに再び銃を向ける。
「・・・そんな確立が低い賭けに乗るよりも、ゲームに乗った方がまだ生存率は高いわ・・・リョウ?」
一瞬の出来事に頭がついて行けないといったリョウに話を振る舞。無論銃はネオに向けたまま。
「弾丸が後一発しかないの、ユリちゃんに免じて貴方は逃がしてあげる。どうせ貴方は死ぬ気でしょ?」
彼女は自分が何をしたいのか知っているのか・・・ユリの親友である不知火舞ならある程度憶測がつくのだろうか、そんな驚きの表情を隠せないリョウ。
「けど、他の人間は逃がす気は無いの・・・私一人の体じゃないから。」
銃の引き金に指を置く舞。
「ガーネット・・・ガーネット・・・やりやがったなぁァァァァァァァ!!」
涙を止める事無く、鼻水が出ている事すら気づく事無く、支給袋からデスクリムゾンを取り出し、舞に向けて構えるネオ
「・・・しまった!貴方も銃を!?」
「このやろおお!!これ以上人を殺すなあぁぁぁぁッ!!」
構えたまま動かないネオ。油断していた今撃ったなら、確実に舞を殺せたかもしれないのに。
「・・・何?撃たないの?」
相変わらず冷ややかに答える舞。
「お・・・おれは・・・・俺は・・・・!!」
「人一人殺す勇気も無くて脱出するつもりだったの・・・?馬鹿ね・・・」
「俺は・・・俺はぁ!!」
「貴方が殺す気が無くても・・・私は貴方を殺す気なの、じゃあネ・・・」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ネオはクリムゾンの引き金を引いた。
クリムゾンよ、願わくば彼女を殺さずに彼女の動きを止めれるようにと願いながら。
パァン、と再び音が聞こえた。
続く沈黙。
三人とも怪我は無く。
三人とも動きは無い。
その沈黙を破ったのは。
「・・・あ・・・?」
お腹を抑え、血相を変えた舞だった。
「あ・・・赤ちゃん・・・・!?」
お腹の次は震える手で自分の股間に触れる。赤い衣装で目立たないが、ネットりとした血が舞の股間を湿らせている。
恐る恐る手を見る、赤黒く、ドロりとした血の塊が舞の手を染める。
「赤ちゃん・・・!?!?!?赤ちゃん!!!!」
ストレスが、今現在ピークが達した為の只の偶然が、それともクリムゾンがネオの一見無理な願いを聞き取ってくれたのか、彼女を殺さずに彼女の動きは止まった。
「赤ちゃんが!赤ちゃんが!!!あの人の・・・赤ちゃんがぁ・・・!!」
ボタッ、ボタッと股間から血が出て行く舞。それを涙ながらかき集め、お腹に戻そうとする。無駄だとは思わずに・・・
「赤ちゃん・・・・アアアッ・・・・赤ちゃん・・・・」
彼女のお腹の中で、完全流産が、お腹の中のもう一人の命の死が、不知火舞の体で起こったのだ。
「ああ・・・アンディ・・・」
血が落ちた砂を手のひらに載せて
「ゴメンネ・・・アンディ・・・」
股間に戻そうとして・・・・
「私たちの・・・赤ちゃんが・・・」
その血が混じった砂が、再び落ちる、それを何度も何度も繰り返す
その様子を呆然と見るしかない二人。妊娠しているなど、こんな所で流産が起こるなど想定できるはずのない二人。
何が起こっているのかが理解できていない状況であった。
「あの人と・・・」
血をかき集める手を止め、疲れた顔で涙を流し。
「この子との・・・」
神に懺悔するかの様に膝をつき。
「日常が・・・」
弾丸が一発だけ残っている銃を自分のこめかみに当てる。
今までの繰り返しについては理解できなかったが、その行為については理解できた。
「や、やめろおおおおおおおおおおお!」
三度目の、乾いた音が響いた。
不知火舞の血が、脳漿が、地面に飛び散る。
「あ・・・あ・・・!?」
そして、ネオもその場に膝をつく。
「くっそおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉお!」
一人の無力な男の慟哭が響いた。
【ネオ 所持品:魔銃クリムゾン・食料等 目的:外のジオと連絡を取って事件解決】
【リョウ・サカザキ(重傷・左腕使用不可(応急処置済)) 所持品:無し 目的:日守剛の殺害】
【ガーネット 死亡】
【不知火舞 死亡】
新作の後が一番恐い
ホシュ
42 :
ゲームセンター名無し:2005/05/28(土) 15:02:49 ID:yyexg55/
一旦浮上するぞ者ども!
目の前で沢山の人が死んでいった。
その全ては、自分が殺したものだ。
殺して殺して、殺し続けて殺して。
だから、よく思い出せない。
なまじ沢山殺してきたものだから、確信する事ができない。
あの二人は果たして死んでいるのかどうか、確信を持つ事ができない。
何時も通りに、自分の手でちゃんと殺したのか。
それとも、まだどこかで生きていてくれるのか。
しかし事実がそのどちらであろうと、エミリオは泣いてしまう程に怖かった。
バーンとウェンディの二人が、生きていようと死んでいようと。
その事を思い出す度に、どうすればいいのかわからなくなる。
自分のしてきた事に、どうやって報いればいいのかわからない。
自由というコトは
何て不自由なコトなんだろうか
けれど、
生まれて初めて与えられたモノに戸惑いながらも、
その罪に苛まれながらも、エミリオは進む事に決めた。
それが、今の自分に出来るたった一つの事。
過ちしかなかった自らの過去に報いる、唯一の方法だと信じて。
「――――――」
体に掛けられたシーツの温もりを感じながら、エミリオの意識は覚醒した。
「………」
自分は夢を見ているのかな
なんだかどこかの部屋のベットの中に居るよ
確か、どこかの道端で倒れた筈なのに―――
なんとなく今の状況を理解できず、そんな風に考えたエミリオだったが
「―――いい加減にしとけこのハム蛇女ぁぁぁぁ!!」
突然の叫び声に肝を潰され、これは現実だと否応なく理解させられた。
「…こっちゃあの坊主背負わされてさんざ歩かせられたんだぞ!お前の思い付きに振り回される方の身にもなりやがれ!!」
いささか変わった特攻服を着た威勢のいい青年…霧島翔が、眼前の女性に大声で叫び散らす。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!大声出さないでよもう」
しかしその女性…シェルミーは唇の前に指を立て、逆に霧島を窘めていた。
ここはサウスタウン五区のとある民家、今日の昼頃に紅丸と別れ、そして合流地点とシェルミーが定めた場所。
その場所にシェルミーは無事に戻ってきていた。
ただし、二人ほどのオマケを引き連れて。
「それに今更文句言うなんて無しよ?なんたってあの時約束してくれたじゃない〜」
「アナタはア・タ・シ・の……」
「!!だぁー!!言うな言うなー!!」
オーバーアクションで両耳を塞ぎ、霧島はシェルミーの発言を遮った。
「だったらちゃんと言う事聞きなさいな、さもないとお仕置きしちゃうわよ〜♪」
右手を口の前で広げて、アハッと笑う。シェルミーお得意の仕草である。
「……畜生…よりによってなんでコイツに…」
そう呟きながら、霧島はその忌まわしい記憶を蘇らせた。
サウスタウン五区地下鉄構内。
その薄暗い空間で、運命の邂逅を果たした男と女が居た。
「…あぁー、いい女っていうのは何もしないでも男が寄ってくるモノなのよねぇ」
「なんて罪深いア・タ・シ♪」
「痛い痛い痛いって!!いいから外せよオイィィィ!!」
ウットリとした表情でそんな事を呟きながら、シェルミーは霧島の肩関節を固めていた。
「あら、そういうワケにはいかないわよ〜?だってアナタが私の敵かどうかまだ判らないでしょっ」
言いながらギリギリと、さらに関節を固める力を込める。
「……!!!」
痛みに涙目になりつつ霧島は耐える。
「そもそもぉ、先に脅してきたのもソッチだしぃー?現時点では思いっきり敵よねー、アナタは♪」
「…ち、ちち違う…!俺としては無駄な争いを避ける為に…」
なんとか弁解しようと、首だけでシェルミーに顔を向けた霧島だったが、
「…もっと言うなら、本質的に【私達】の敵だものねぇ、アナタって」
その拍子に、思い切りシェルミーと【眼】を合わせてしまった。
「………」
一瞬、恐怖で身を固めてしまった霧島だったが、しかし彼とて遠く草薙の血を引く者である。
「…俺は……こんな下らないゲームで誰かを殺すつもりはねぇ……」
その双眸に強い意思の炎を灯し、
「例えそれが、お前らだったとしてもだ……!!」
そして、力強く言い放った。
霧島の眼には恐れの色は無く、逆にシェルミーすら圧倒しかねないほどの強さを秘めている。
「…あらそう、随分とご立派ねぇ」
僅かながらに力を緩めつつ、シェルミーはそう言った。
「……うーん、それじゃあこうしましょうか」
「………?」
何か思いついた様子のシェルミーの言葉を警戒しつつ、霧島は続く言葉を待つ。
そして一瞬の静寂の後、運命の言葉が放たれた。
「アナタは今から私に絶対服従の奴隷クンね♪」
「…恨むぜ紅丸よぉ……なんでお前が二区でコイツが五区に…」
忌々しい記憶に拳を震わせつつ、霧島はこの場に居ない男へと呪詛の言葉を投げかける。
奴隷になれ との言葉に霧島は当然猛然と抗議したが、そもそも腕を捕られているのに変わりは無く、泣く泣くその条件を飲んで解放してもらったのだった。
そしてボウガンも奪われた無力な奴隷は、ご主人様の命令に従い少年を背負い紅丸との合流地点までお供をしていた。
「ん〜?どうしたのカナ?奴隷クン」
「うっさい!!」
呪わしい記憶を再び胸に封印し、霧島は気を取り直してシェルミーに向き直る。
「とにかく、だ!!あの電光掲示板に何が書いてたか知んねえがこれ以上の勝手は止せってんだよ!」
シェルミーと霧島の主君と奴隷の関係が成立し、霧島が渋々エミリオを背負った矢先、ホームの電光掲示板に文字が流れてきた。
[Take thie train if you have the intention of resistance.I wait in the terminal. ]
抵抗の意思あらばこの電車に乗れ。私は終点で待つ。
霧島は正確に読むことが出来ず、結局シェルミーに訳してもらっていたが、二人はその内容に少なからず動揺した。
しかし罠の可能性も高く、紅丸と合流を優先してその場は一旦戻る事になった。
そして合流地点に戻ったはいいが肝心の紅丸が居らず、しばらくここで待機する事にしたのだが…
「何よ〜、ちょっとお留守番を頼んだだけでしょう?そんなに怒っちゃ嫌〜」
それから10分程して、シェルミーがあの一文に従い終点まで行ってくると言い出したのだった。
「それとも何?アナタお留守番もこなせられないっていうの?」
「ふざけてんなっての!」
そして今の今まで、軽口と怒号の応酬が続いていた。
「何をそんなに焦ってんだか知らねえが、とにかく一人で行動するなんざ認めねえぞ!!」
「焦ってなんかないわよ、ただ心配なだけ」
「それを焦ってるってんだよ!」
仲間と再会を約束し、しかし結局二度と出会うができなかった霧島。
ここでコイツを行かせたら、またそれが最後になるのではないか?
仲間を求め続けてきたが、結局今まで手がかりすら掴めていないシェルミー。
早く探し出さないと、もう二度と出会う事はできないのではないか?
そんな二人の不安と焦りが真っ向からぶつかっている。
激しい火花を散らせつつ、お姫様と奴隷睨みあい―――
「…あ、あの…」
しかし不意に、そんな場に不釣合いな幼い声が響いた。
「うるせえ!!横からチャチャ入れんな……って…?」
「…あら、アナタ目が覚めたのね?」
「よくわからないけど…け、喧嘩は止めてください……」
頼りない足取りで、エミリオ・ミハイロフがそこに立っていた。
「ふ〜ん、エミリオちゃんって言うだ?私はシェルミーって言うの、ヨロシクね♪」
「俺は霧島翔だ、まあ気軽にキリシマさんって呼んでくれや!」
「は、はいシェルミーさんに霧島さん、有難うございました…」
エミリオの登場によって議論に水を差された彼らは、そのままエミリオへとお互いの紹介をしていた。
「おう、感謝しとけよ?何たってお前をここまで背負って運んだのは俺なんだからな!」
「そ、そうなんですか…本当に有難うございます」
からからと豪快に笑いながらも恩着せがましく言う霧島にビクビクしながら、エミリオは頭を下げつつお礼の言葉を重ねる。
「ちょっとちょっとぉ霧島ったら、エミリオが怖がってるじゃないの?」
霧島を諌めるシェルミー。
「そ、そんなシェルミーさん…大丈夫ですから…」
自分を庇ってくれたシェルミーに、ちょっとだけ照れたエミリオだったが、
「それに行き倒れてるアナタを見つけたのは私よ?私にももーっと感謝してよねーエミリオちゃんっ♪」
「…は、はい…二人とも本当に有難うございます…」
直後に続いたシェルミーの言葉に、エミリオのそんな淡い感情は即座に吹き飛ばされてしまった。
二人に押されっぱなしのエミリオはなんとなく視線を下に逸らした。しかし、
「あれ…霧島さんの首輪…?」
その時、偶然にも霧島の首輪に視線が行き、その違和感に気付いた。
「ん?俺の首輪?」
「何か、その…端子?」
「あら本当、アナタの首輪だけ何か…差込用の端子みたいのがあるわね」
シェルミーも霧島の首輪の特徴に気付き、それをしげしげと眺めた。
「……ああ!そうだった!!」
しばらく考え込んでいた霧島だったが、まさに思い出した、という風に突然両手を叩き思わず立ち上がっていた。
「そうだよ!俺の首輪だけなんか違うんだった!!」
「…そんな重要な事、今まで忘れてたの?」
「……う、うっさい!俺も色々大変だったんだよ!!」
シェルミーにツッコまれつつも、霧島は続ける。
「まあいいわ。それよりその首輪いつからそうなってるの?」
「ええと、確かこの支給品のラジカセ聞いてて…その後…寝て起きたらこうなってた」
「………」
「イヤイヤイヤ!マジそうなんだってよ!!」
「…何そのお手軽さ?」
信じられないといった風な声を出すシェルミーだったが、事実は事実なので霧島には言い切るしか術がない。
「本気(マジ)なんだってばよ!このカセットに入ってた音痴な歌に紛れてなんか声がして…」
「声?」
「おう、なんだっけ…レジェ……だっけか…?続きがなんかあったと思うんだけど…」
「もう、ハッキリしないわね〜?とにかくちょちょいとそのカセット聞いてみればいいじゃないの」
「だぁああ待て待て!それは限りなく危険だ!!止せ!!」
そう言って霧島はラジカセを隠し、さらに詳しく説明した。
「いいかよく聞け!このカセットに入ってるのはなぁ、途轍もなく音痴な歌なんだ。
しかもただ音痴なだけじゃねえ、聞いてると体の力が抜けちまって、立つ事すらできなくなっちまうんだよ!」
「………」
「だーかーらー!!マジなんだって!!それで俺も起きれなくなってそのまま寝ちまったんだから!!」
再び流れた信じられないという空気を大声で散らし、霧島は続ける。
「とにかくだ!この首輪についても調べる必要があるからよぉ、紅丸が来たらパソコンのあるトコにも行かなきゃ…」
「…紅丸?」
その時今まで黙って聞いていたエミリオが、不意に声を出した。
「あ、あの…誰ですか?紅丸さんって……?」
「今ここで待ち合わせてる私のナイト様よ♪」
エミリオの疑問にシェルミーが答える。
「オイちょっと待て、なんで紅丸がナイトで俺が奴隷―――」
「うーんとねー、髪型はちょっと個性的だけどぉ、とっても素敵で頼りになる人なの」
霧島の抗議の声を遮りつつ、シェルミーは続けた。
「あとねぇ、お金持ちだし女性にとっても優しくてぇー…」
「…は、はぁ…」
少し唖然としたままシェルミーの話を聞いていたエミリオだったが、
「それでね、K´のお友達なの」
「――――――ッ」
K´
エミリオの全身がその名前に激しく反応した。
まるで電撃が走ったかのように、ビクっと身を固める。
「?」
エミリオの様子に気付いた霧島は、その顔を覗き込んだ。
「………K´、さん……」
カタカタと小刻みに震え、ガチガチと歯を鳴らし、目の焦点は合っていない。
「…お、おい、エミリオ…?」
そんなエミリオの只ならぬ様子に驚いた霧島は、心配そうに声を掛ける。
「あらあら、やっぱり私の聞き間違いじゃあなかったワケね」
シェルミーがエミリオを発見した時、気を失う寸前にエミリオはK´の名前を出した。
それがそもそもシェルミーがエミリオを保護した理由なのだ。
そしてこの反応を見てシェルミーは確信した。
このい少年は、間違いなくK´と接触している。
「…うん、そろそろ聞いておこっか」
言いながら立ち上がり、シェルミーはエミリオの前に移動した。
「七区で何があったか、話してくれるかしら?」
小刻みに震えつづけるエミリオの頬に優しく手をやり、顔を向けさせる。
そうして、エミリオの言葉を待つ。
「……………ボ、僕は…」
ガチガチと歯を鳴らし、エミリオは言葉を紡ごうとする。
「……僕、は………」
視界が、赤く染まった。
真っ赤な炎が踊り
真っ赤な血が飛び
「僕は………僕が………」
真っ赤な記憶が蘇り、
真っ赤に両手を染めて、真っ赤に染まった人達が並び、
真っ赤なその列は僕がつくったモノで 真っ赤なそんな人達の中に見知った顔が二つあって
その顔がそれでもとても優しくて
それがどうしても怖くって
だって僕は
僕が
僕のせいで
「―――だって だって だって 」
突如、エミリオの雰囲気が変わった。
震えたまま、下を向いたまま、感情の欠落した調子でエミリオは喋りはじめる。
「だって…怖かったんだ……」
「…エミリオ?」
エミリオの異変に少し戸惑い、シェルミーは声を掛ける。
「だって、何で、こんな僕に……」
声の調子はそのままに、しかし体は小刻みに震わせて。
「こんな僕に…優しく出来るの?」
「…お、おい、エミリオ―――」
「あんな酷い目に合わせたのに…どうして…どうして何時までも僕に優しく出来るんだ……」
糸の切れた人形の様に下を向き、エミリオは続ける。
「どうして僕を……諦めてくれなかったの……どうして僕を殺してくれなかったの?どうして…僕を助けてくれるの…―――」
「―――どうして、何で、僕はまだ生きてて……」
「皆、みんな死んでいくのさ……!」
感情の欠落した表情のまま、しかし声は少しだけ荒々しくなっていく。
「こんな僕が生き残って、なんでみんな死んじゃったんだよ!?」
「だって僕が生き残っていい理由なんて、何も無いじゃないか!」
「あんなに人を傷つけて、あんなに人を苦しめて、
あんなに人を、殺してきて―――!!」
人を殺してきて
その言葉にすら何も言わず、シェルミーは黙って聞いている。
「なのに、何でまだ…優しくしてくれるんだ……!」
語気がさらに強くなり、エミリオは拳をぎゅっと握り締める。
「そんな資格なんて僕にはないのに……なのに、なんで!」
なんで 優しくされるんだ
そんな資格なんて無いのに だから何より怖いのに
「今まで生きてて良い事なんて何も無かったのに、何で、今更―――!!」
「―――やかましい!!」
突然の怒声が、エミリオの独白を遮った。
「―――え?」
「…ちょ、ちょっと霧島?」
「一体いつまで駄々捏ねてる気だオメーは!!」
今まで黙ってエミリオの独白を聞いていた霧島だったが、もはや耐え切れないといった様子で突如その場に割り込んできた。
「優しくされて怖いだとかそんな資格はねえとか!何オンナみてえな事言ってやがる!?」
「霧島!アナタちょっと…」
「うっせえ!!いいから言わせろ!!」
シェルミーを振り払い、霧島は続ける。
「いいかガキンチョ!そもそも優しくされるのに資格なんてモンはねえんだよ!!」
ビシッとエミリオを指差し、霧島は言う。
「誰だって優しくされていいし、誰にだって優しくしていいんだ!!ソイツがどんなヤツかなんざ関係ねえ!!」
「―――でも…でも、僕は……―――!」
「うるせえ黙れ馬鹿いいから聞け!!」
有無を言わせぬ調子で霧島は続ける。
「お前はソレを後悔してんだろ!!殺して!!悔やんでんだろ!!苦しんでんだろ!?ツライんだろ!?」
「ならいいじゃねえかソレで!!悔やんで苦しんで辛いってんならお前は充分優しい奴なんだよ!!」
「だからお前は優しくされていいんだよ!!どうだわかったか!!」
何やらワケのわからない理論を捲くし立てつつ霧島は熱っぽく語り続ける。
必死に、エミリオの言う事を認めさせない為に。
「……でも!!それでも、僕には…!!」
それでも尚反論しようとするエミリオだったが、
「それに今まで生きてて良い事がなかったとかなぁ、そんな台詞は爺になってから吐きやがれてんだよっ!!」
それは続く霧島の怒号にかき消された。
「オメーもどうせまだ20年も生きてねえんだろ!!今は人間80年は生きる時代なんだからまだまだ先は長いじゃねえか!!」
「こんな馬鹿げたゲームなんざ抜けて、これからどんどん人生楽しめばいいんだよ!!なんなら俺が手伝ってやらぁ!!」
相変わらずメチャクチャな事を捲くし立てながら、ズンとエミリオに近づく。
「俺もお前も生き残って、残りの人生生きていくんだ!!それがここで死んだ奴への弔いだ!!」
「俺が手伝ってやるから……!だから……」
そしてガシッとエミリオの肩を掴み、
「―――だから、もうそんなに苦しそうな顔すんな」
最後の最後でちょっと照れくさそうに顔を逸らし、そう言いった。
「―――……何、で」
ポタリ、
光る雫が落ちる。
エミリオは、知らぬ間に涙を流していた。
「何で、そんなに……なんで……」
感情を感じさせない表情のままに、エミリオは呟く。
「―――だから、言ったろうが」
グッと肩を掴む手に力を込めて、霧島は答える。
「お前は充分優しいヤツだって」
「だから、優しくされていいんだよ」
肩に置かれた手から、懐かしくて温かい鼓動を感じる。
それは、炎の鼓動。
「―――――――――っ」
それを理解した瞬間、エミリオは声も無く泣き崩れた。
心には、舞い散るひとひらの羽。
光り輝く、ひとひらの翼。
ああ 神様
僕は 生きて帰りたいです
だって 二人に謝りたい事が沢山あるんです
それに 二人に話したい事も沢山あるんです
今まで二人の優しさがとても怖くて
それでずっと逃げ続けてきたけれど
もうそんなのはイヤだから
もう僕は自由だから
だから きっと生きて帰るから
バーンにウェンディ
君たちもきっと 生きててくれるよね
ひとひらの輝きと、光る雫。
エミリオの心には今、優しい輝きが満ちていた。
【シェルミー(全身打撲 まだ少し痛む) 所持品:果物ナイフ ボウガン(矢残り5本)
目的:紅丸と合流、社と合流、クリスの仇討ち、ついでに拳崇をシメてルガールにお仕置き】
【霧島 翔 所持品:ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ、
目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す】
【エミリオ・ミハイロフ(完全消耗 空は飛べないけどまだちょっと戦える)所持品:無し
目的:K´の言葉を楓に伝える】
【現在位置 5区 紅丸との待ち合わせ場所の民家】
いちおう1ほしゅいれておく
57 :
ゲームセンター名無し:2005/06/03(金) 22:35:59 ID:8L696s2e
もういっちょほっしゅ
ホス!ホス!
ホシュ!
ひたすら南へと突き進む二つの青い影。
不安な面持ちで辺りを見回しながら歩く拳崇とは対照的に、
周囲の状況に気を配りつつも剛の歩調ペースは一定に保たれている。
そこへ彼の携帯電話にアランから目的地に到着したというメールが届く。
おもむろにメールの送り主の番号を呼び出す剛の顔にはしかし、
心なしか苛立ちが表れていた。
「どうしたもんかね……」
今より1時間半ほど遡って、3人が一晩の隠れ場所としていた1区南側、ショッピングモール納品所の宿直室にて、
机の上に並べられた二つの携帯電話の液晶画面をしばらくの間、彼等は交互に見比べていた。
剛の携帯には晶、葵の画像と現在位置が表示されている。
ルガールからの許可を得、アランが散歩から戻り次第2人の始末をつけるべく、万全の準備を整えていた。
だがアランもまた、出先でルガールから次の仕事を受け取ったのだという。
彼の携帯画面に表示された、リュウ、K´、真吾、そしてアルルの4名の画像が動かぬ証拠だった。
「こっちの2人は現在3区、4人の方は7区方面で移動中か…ずい分遠いな」
ここから7区までの距離はおよそ10数キロ、今から徒歩で向かったとして到着は昼過ぎになる。
「やっぱり、二つの任務を手分けして行うしかないよな、うん」
ちょうど3区と7区に彼等ジョーカーを配置すれば、その間にいる参加者達に睨みを利かせる形にもなる。
おそらく、ルガールの狙いもそこにあるのだろう。
問題は人員の配置である。携帯電話を所有している剛とアランは別行動を取れるとしても、
正式なジョーカーではなく連絡手段を持たない拳崇は、どちらかのサポートとして行動を共にする必要がある。
この場合、標的人数の多い方に複数配置するのが妥当な考えであろう。
「じゃあ、あんたが3区に行っている間、俺たちは…」
「…待て、俺が代わりに7区に向かう」
今までほとんど1人で喋っていたアランに、突如、剛が口を挟む。
「貴様らがつるんだら、俺の目の届かない所で何をしでかすか分からねえからな」
「そんな事言ったら、単独だろうが複数だろうが、いつだって俺は何をしでかすか分からないぜ?」
「奴等には俺の正体を感づかれている、そう易々とは引き下がらないだろう。連中が余計な行動を起こさないよう、監視していれば構わん」
アランの軽口を受け流した剛は、今度は拳崇に向き直り、7区の面々の画像を差し出した。
「この中にお前の知り合いは、今までに接触はしているのか?」
「…2人おる、まだ顔は合わせてへん」
「ならば好都合だ、これで決まりだな」
かくしてアランが3区へ、剛が拳崇を伴い7区方面へという交換任務が成立したのである。
アランが3区の目的地に到着した頃、剛達は同区画のハワードアリーナまで来ていた。
「そっちに着いたのか、で、奴等はどこにいる?」
『これから捜すところだよ。現地に着いたって報告しておかないと、あんたはすぐ疑いをかけるし』
この場にそぐわない明るい声が受話器から聞こえてくる。
『ざっと見た限り、路上にそれらしき連中はいないな。どこかに隠れているのかね』
「そういう貴様は、現場を誰かに見られてねえだろうな。監視するつもりが監視されていたんじゃ、とんだ物笑いの種だぞ」
ありとあらゆる通信手段を絶たれているこの土地で、交信を行なっている者がいれば当然怪しまれる。
従ってジョーカー達が持っている携帯電話のメールや通話などの着信音は消音のバイブ設定にしてあり、
連絡を取る時は一般の参加者に見られる可能性の低い場所でというのが鉄則であった。
『俺が今いる所はビルの屋上で、周りにそれより高い建物はないから、まあその辺は大丈夫だろう。
それで、あんた達が戻ってくるまで2人組は監視をし続けるだけでいいのかい?適当に親睦を深めて安心させておくというのも有り?
ハチマキの男はどうでもいいけど、やっぱりキモノ美人がいると華があっていいねえー』
「…一つ言っておくが、あの女は相当の修羅場をくぐり抜けてかなり用心深くなっている。上っ面だけの親切心じゃ、すぐに看破されるぞ。
特に貴様のような誠意の欠片も見当たらない軽薄な野郎は、一番嫌う相手だろうな」
最も厄介なのは、アランが2人から何らかの情報を引き出した場合である。未だ本心が読めないだけに、突然裏切りに走る可能性も十分に考えられる。
『そう言うなよ。で、取り敢えず監視が第一優先として、もし連中と闘う羽目になったらどうすればいい?』
「そうだな、他の参加者が奴等を殺しにかかる様なら、それはそれで構わん。貴様と交戦状態になったら…」
『一思いに殺ってもいいけど、あんたの獲物だし自分の手柄にしたいんなら、半殺し程度で放置しておこうか?』
「………」
世話焼きにも似たアランの挑発じみた発言に、剛の苛立ちが増していくのがしばしの無言状態から伝わっていく。
「…こんな茶番劇に付き合う馬鹿げた見物客がいなけりゃ、貴様みたいな野郎はとっくに消されてただろうよ。
奴等に止めをさすかどうかは、その時の状況に応じて任せる。だが、仕留めたという物的証拠は絶対に忘れるな。
深追いし過ぎて、周辺に潜んでいる殺人者に襲われない様、せいぜい気を付けるんだな」
晶達と闘って相討ちになるか、或いは殺人者の手に掛かかりまとめて共倒れになってくれれば好都合だと、内心思っていたのは言うまでもない。
『ご忠告どうも。最後にそうだ、そこにいる肉まん太郎と代わってくれないか?ちょっと励ましの言葉をかけてやりたいんだけどな』
肉まん太郎、一瞬誰の事かと思ったが、近くにいるのは拳崇しかいない。剛は憮然とした表情で彼に携帯を渡した。
「もしもし、今どこにおるんや?」
『…嘘をついたり人を騙すのは、あんまり得意な方じゃないだろ?』
今までの口調からトーンを落として、囁く様に拳崇に話しかける。
「…え?ああ、まあな」
『良い事を教えてやる。嘘は方便といって、嘘をついた方が相手の為になる時もある。それから一つでも真実が含まれていたら
それは嘘をついた事にはならないんだ。要は気の持ちようって事だ。まあ頑張れよ』
「…ホンマか、おおきに。オレ頑張るからアニキも気ぃつけてや」
アランとの通話はここで終わった。拳崇の話し振りからしてどうやら本当に励ましの言葉をかけただけで、
特に目立った怪しいやり取りは見受けられない。だが。
「……ずい分と、舐められたもんだな」
誰にも聞き取れないほどの低い声で、剛は呟く。
予定していた任務が変わった事、相変わらずアランの言動が読めない事、その彼と拳崇が一晩の間で親密になっていた事。
一つ一つは取るに足らない、些細な事に過ぎない。
しかし少しずつ積み重なる剛の苛立ちに追討ちをかける決定的な要因がもう一つあった。
もう1人のジョーカー、エミリオ。
ちょうどアランからのメールを受け取る少し前、彼が光の翼をはためかせながら、上空を通過して行ったのである。
飛んでいったのは剛達が目指す先と同じ南の方角。
今まで互いに我関せずだった得体の知れないこの少年と、目的地が同じであるとすればこのまま先を越されるか、或いは障害になる可能性も出てくる。
剛はくるりと方向転換をし、ハワードアリーナに待機しているルガールの私兵に近づいていった。
剛達との通信を終えたアランは、双眼鏡を使ってビルの屋上から周囲を見渡した。
このビルに誰一人いない事は、既に確認済みである。
しばらくした後、とある建物の中に晶と葵らしき人物が潜んでいるのを発見する。
今の所、2人がその建物から出てくる気配は感じられない。
(さて、どうするかな…)
携帯に転送された葵の画像と交互に眺めながら、以前大規模な大会で知り合った双子の姉妹を思い出していた。
あの姉妹もまた、着物が良く似合う美しい少女達で、また古流武術の達人でもあった。
彼女達がこの血なまぐさい戦場に狩り出されずに済んだ幸運を喜ぶと同時に、生きて再会したい、そう、心から願った。
この着物美女も殺さずに済めばどんなに気が楽か。
既に何人かの命をこの手で葬り去った事実の前では、今更虫の良すぎる思いだと分かりきってはいたが。
ふと大会で知り合ったもう一人の女性、自分と同じくこの地に連れてこられたガーネットの顔が思い浮かんだ。
3日目の朝になっても死亡者として呼び出されないところを見ると、今でもどこかでしぶとく奮闘しているに違いない。
もし出会って今まで得た情報を交わす事が出来たなら、お互いにとってプラスになるだろう。
剛が戻ってくるまで時間はまだある、尤も任務がうまく行かずそのまま戻ってこなければそれに越した事はない。
どうせ向こうも同じ事を考えているんだろう、アランは苦笑した。
───こんな茶番劇に付き合う馬鹿げた見物客がいなけりゃ、貴様みたいな野郎はとっくに消されてただろうよ。
敢えて聞き流しはしたが、あの時いつもより冷静さを欠いていた剛は、このゲームの内情をうっかりすべらしてしまった様だ。
かつて参加したFFSも、金持ち達による大規模な賭博が裏で繰り広げられていたが、
どうやらルガールが主催するバトルロワイアルも同じ様な事が行われているらしい。
悪趣味な連中はルガールだけでなく他にもいるのか、胸糞が悪くなる一方、行き過ぎた行動も多少なら見逃されていた事を納得した。
考えて見れば剛が己の正体を明かした上で、一般選手を助っ人として連れまわしているのもけしからん行為であるし、
またルガール自身、ジョーカーを外部から補充せずに、わざわざ一般選手である自分を抜擢している。
シナリオ通りの展開よりも、多少のアドリブやハプニングがあった方が、観客が楽しめるというのであろう。
用意された舞台の上で踊らされるのには慣れている。たとえ化け物や宇宙人が観客であろうと、持ち前の演技力を披露するのみ。
アランはシャツの胸元を留めているシルバーのネックレスに手を伸ばす。御守り代わりとして肌身離さず身に着けている物であった。
そして目を閉じてネックレスの十字架の部分にそっと口付ける。
この地に散った魂に安らかなれと、この地に生ける者に幸あれと、そして我が身に栄光あれと、
アランはしばしの間、祈りを捧げた。
ハワードアリーナを出ておよそ1時間後、剛と拳崇は目的地に到着した。
私兵から聞き出した情報によると、エミリオと剛達が目指す相手は同一であるものの、行動目的は若干異なる事、
その目指す相手は現在7区から8区へと向かっている事が明らかになった。
移動先の修正を行なった上で、彼等はアリーナ付近にある地下への階段を下りていく。
そこに広がるのはは地上と異なる世界で、人口の水路が果てしなく続いている。
ボートを使い水流を利用する事によって、移動時間の短縮を計ったのである。
地下水路を抜け地上に出て、草木が鬱蒼と生い茂る山を2人はしばらくの間登り続ける。
その頂上からは、例の4人が現在いるという遊園地を、裏側から見渡す事ができた。
「……!!」
彼等を出迎えていたのは、光と炎の輝ける饗宴。
一瞬、テーマパークのアトラクションと見紛うそれは、倒壊した観覧車の側で繰り広げられるエミリオとK´の死闘であった。
想像を絶する技の応酬に、拳崇は身動きが取れなくなっていた。
超能力を駆使して飛行しつつ光の矢を放つエミリオ、圧倒的に不利な状況の中、K´も負けてはいない。
草薙の力を移植したという炎の力で、光の攻撃を相殺している。
拳崇は不思議に思う。これ程までに彼が闘い続けるのは一体何のためであろうと。
この殺し合いで彼もまた、掛け替えのない女性と死別している。
その内の1人であるウィップは楓とかいう奴が殺したと確か昨夜の放送で聴いた。大切なものを奪われ自暴自棄になっているのか、それとも…
ふと周りを見渡すと、離れた所に同行していた筈の真吾が全速力で走っていき、少しずつ遠ざかっていくのが見える。
更にその先には、リュウとアルルの姿も確認できた。
(まさかアイツ、仲間を逃がすためにわざと…!)
たった一人で勝ち目の薄い闘いをしているのだろうか、余りにも信じ難い光景であった。
ゲームの結末は、一つだけとは限らない。今になってようやくアランの言葉が理解できた。
この中には殺し合いをよしとはしない、しかし必ず生きて帰ろうという者達が確かに存在する。それに力を貸す者も然り。
一人一人の力ではどうにもならない、だが互いに協力し大人数になれば…
(アテナ…今までオレがしてきた事は一体…)
もし彼女が生きていれば、ここから生きて脱出しようとする者達に間違いなく手を貸していた。
そして、無益な殺人行為を繰り返していた自分を非難していたに違いない。
(オレはこれから、どうしたらええんや…)
派手な先頭に釘付けになっている拳崇を尻目に、剛は冷ややかな思考を巡らせていた。
何故この様な連中を今までのさばらせていたのだろう。
矢吹真吾、バトルロワイアルの参加者の中で戦闘能力は極めて低い部類に入る。
アルル・ナジャ、要注意リストの中にも入っており異世界の魔導士らしいが、この空間では大した能力も発揮できまい。
その程度の連中なら、ゲームの序盤で殺されていて当然であった。
だがどういう訳か強力な同行者を得て、今の今まで生き延びてきたのである。
その強力な面子のリュウとK´は、反対に序盤では参加者を殺して回る側にいた。
奴等が何故つるんで行動を共にする様になったか、その動機は別に知りたいとも思わない。
確かな事は、この馬鹿げた友情ごっこも間もなく終わる、ただそれだけであった。
およそ30分後、壮絶な死闘は幕を閉じた。
持てる力を全て出し尽くし、今正に息絶えんとするK´。
しかし彼の命を賭した行為は、狂気に操られていたエミリオをも解放した。
K´に縋り付き、泣きながら許しを請うエミリオ。一つの命と代償に、新たな友情が生まれた瞬間であった。
事の一部始終を見届けていた拳崇は、目頭が熱くなる思いで拳を握り締めていた。
K´は決して無駄死にではなかった。果たして今の自分にあれだけの覚悟があるだろうか…
「いつまでぼさっと突っ立ってるんだ、そろそろ行くぞ」
感傷に浸る拳崇を、無情な剛の一言が現実に引き戻す。彼等は山を下り、再び残りの3人の後を追い始めた。
戦闘の間、残りの3人は逆戻りする形で7区の森の中に逃げていった。
距離は大分開いていたものの、探し出すのにさほど苦労はしなかった。
何故ならば、あたかも監視しているかの様に彼等の上空を飛び回る鷹が、ちょうど目印になっていたからである。
「あの中にいる、リュウという鉢巻に白い道着姿の男だが…」
追跡の道中、いきなり剛は語り始めた。
「ゲーム開始直後は、無差別に参加者を殺しまくっていたそうだぜ。何でそうなったか、知りたいか?」
不適な笑みを浮かべ、彼は更に続ける。
「ゲーム開始前に、参加者が一堂に集まっていただろ、その時主催者の言う事を聞かなかった馬鹿な女がいてな、
結局、その女はその場で始末されたが…」
アテナの事だ…!拳崇の顔色がみるみる青ざめていく。
「その女の死体を見て、いきなり頭がイカレちまったのがどうやら原因らしいぜ。そうそう、たまたま近くにいて返り血を浴びた奴も、
今やこのゲームの最有力候補になってるみたいだが…まあとにかく、今は何とかおさまって正気に戻っているらしいが、
その発作がいつぶり返すか、分からないって訳だ」
リュウを再び殺意の状態に目覚めさせる、これが今回ルガールから与えられた指令であった。
エミリオとK´の闘いが共倒れに近い形で終わったのは、剛にとっては好都合となった。
力を使い果たしたエミリオにほとんど闘う力は残っていない、こちらの仕事を妨害される事はまずあるまい。
そしてK´が死んだ今、暴走したリュウを止められる力を持つ者は、最早この中にはいない。
あの時まとめてエミリオに始末されていた方が、奴等にとっては楽に死に方だっただろう。
これから起こる生き地獄を思えば。
「仲間を喪ったばかりの今、連中はさぞかし顔見知りのお前を歓迎するだろうな」
「オレに何をしろと…」
「あの鉢巻の男さえ無事ならば、別に何をしても構わんさ。だが奴を再び狂気の底に落とすには、誰かが死ぬぐらいの衝撃を与えんとな。
…言っておくが狂気に目覚めた奴の前では、お前の身の安全も保障できんぞ」
未だに状況を理解し切れていない拳崇に、剛は決定的な一言を浴びせる。
「何のために顔見知りの連中と引き合わせるために、お前をわざわざここまで連れてきたと思っているんだ」
「騙し討ちか、つまりは…」
「今までお前が、何度も繰り返してきた事だろう?」
確かに、その通りだ。
自分を信用した少女を、クリスを殺害し、社やシェルミーや紅丸も襲撃した。今更真吾達を殺そうとした所で、己の罪が一つ増えるに過ぎない。
しかし自分を非難するアテナの声が、聞こえるはずのない悲痛な叫び声が、何故か耳から離れようとはしない。
こいつもとうとう友情ごっこに感化されてしまったか。
躊躇する拳崇の態度を、剛はあざ笑う。
「どうせお前が持っていてもろくに使いこなせそうもないから、俺が預かっておく」
そう言って、バズーカを取り上げ、代わりに拳銃と出刃包丁を手渡した。
前者はハワードアリーナ正面のテリーから、後者は近くの民家の水無月響子の死体から回収したものである。
いずれも殺意の波動を呼び起こすには、十分な武器となるであろう。
「お前の活躍を俺はここで見ている。死にたくなかったら、俺の言う通りに動くんだな」
殺し合いの場で友情だの信頼がいかにあっけないものか、奴は身を持って知るだろう。
(アテナ…こんなオレでも何か出来る事はあるんやろうか)
のろのろと拳崇は歩き出す。
(信じていいのか…自分自身の力というものを…)
最早引き返す事の許されない道を、一歩、また一歩、踏み出していった。
【アラン・アルジェント 現在位置:3区ビルの屋上 所持品:PPKワルサー(残り7発)、携帯電話(剛の連絡先登録済)、折り畳みナイフ、
(因みに双眼鏡は道中で調達したものです)目的:結城晶と梅小路葵の監視、ゲームを内側から壊す、プローブの情報を盗む為に本部へ潜入】
【日守剛 現在位置:7区の森林地帯 所持品:スペースハリアーバズーカ、USSR マカロフ、ウージー、コンドーム、携帯電話(アランの連絡先登録済)
目的:リュウを再び殺意状態に目覚めさせる、拳崇の監視、J6の意向を受けゲームを動かす】
【椎拳崇(左肩負傷、応急処置済、激しく動揺中) 現在位置:7区の森林地帯 所持品:リボルバー式小型銃(装填数6)、出刃包丁
目的:リュウを再び殺意状態に目覚めさせる、ルガールに信用されるため戦う、男同士の約束を果す】
ホス
72 :
ゲームセンター名無し:2005/06/15(水) 18:21:19 ID:C7iPBvYf
一応ほっしゅー
73 :
ゲームセンター名無し:2005/06/18(土) 15:46:35 ID:YPYwIang
怖いなぁ。保守。
どこからこうなってしまったのだろう。
なぜこうなってしまったのだろう。
どこで道を踏み外してしまったのだろう。
なぜ道を踏み外したなどと考えてしまったのだろう。
何故。何故。何故。何故。何故。
脳内で無限に増殖し続ける疑問符をもてあましながら、拳崇は木々の中を歩いていた。
ザックに押し込んだ小型銃と出刃包丁が、彼の心に重く鋭く圧し掛かっている。
最後まで勝ち残る、すなわち己以外の全てを皆殺しにする。
拳崇の行動理念自体は以前も今も変わらない。
だが、殺すべき対象を自ら決めるのと、主催者から指定されるのではやはり訳が違った。
理由はどうあれ、己の意思で修羅道を歩くことすら放棄しルガールの犬に成り下がった彼を、
死んだアテナは決して許さないだろう。
そう、どれだけ謝ろうと無駄なことは分かっている。
「アテナ…堪忍やで、アテナ…」
だがいつしか、拳崇の唇はその意に反してにアテナに許しを乞うていた。
恋人の敵討ちのために孤独にひた走る自分の姿。
それを許し認めるアテナも、彼の意識の片隅に確かに存在しているのだ。
仮定の彼女と想像の彼女。いずれが本物かと言う議論には意味がない。
現実の麻宮アテナが黄泉の住人となった今となっては、そのどちらもが拳崇にとっては『本物』である。
少しづつ確実に目的地へと近づいていく体とは裏腹に、彼の思考は出口のない迷路の中をぐるぐるとさまよい続けている。
結論の代わりに彼の脳裏に浮かぶのは、勝利の女神の名を持つ、顔のない愛しい少女の事ばかりだった。
何をしているお前が悪いのだ女のことしか考えられない馬鹿なお前のせいで
私たちは死んだもう返ってこれないアヤマレ謝れ拳崇貴方は悪くないわ愚か
なだけよおまえは償いを死をもって逃げるな僕をドウシテ殺したのドウシテこんなこと
をして私のためになるとでも思って目を背けるなオマエの罪からお前のオマエノお前の
ざわざわざわざわ……
「―――――!」
己を責め立てる幻の群衆の声に、拳崇ははっとして顔を上げた。
「なんや、気のせいか……」
気がつけば、海風に煽られた木々が、まるで拳崇を拒むかのようにざわめき始めている。
これでは、森の中で人間の足音を聞き分けるのは難しくなるだろう。
ひょっとすると、標的たちは一足先に自分の接近に気付き、この機に乗じてどこかへ逃げてしまっているかもしれない。
目を細めて、拳崇は木々の向こうを凝視した。
―――あの子達には逃げていてほしいな。拳崇が犯す罪が、一つそれで減るわ。
―――あの人たちに逃げられていては困るわ。ここまでして追って来た拳崇の目標が、一つ遠くなってしまうもの。
拳崇が迷うたび、二人のアテナはその理性を容易く引き裂こうとする。
「こんなんじゃあかん、あかんのや。俺は何もできなくなってまう………」
相反する感情を無理に黙殺し、拳崇は凶器の詰ったザックを肩にかけなおした。
きしきしきしきしきしきしっ!
突き刺すように鋭い鳥の鳴き声が、拳崇をあざ笑うようにその頭上を飛び越えていった。
まるで泥のように空気が重い。
皆の足取りもまた、その空気にからめとられてしまったかのように遅々として重い。
少女は白い胴着の男に引きずられるようにして、森の中をよたよたと歩く。
「……………」
慟哭はそのうち嗚咽に変わり、やがて一刻もたたぬうちに静寂へと取って代わられていた。
一時は世界が終わったような感覚に捕らわれたというのに、
どうも人間というものは、生きるためならば何処までも残酷になれるように作られているらしい。
「………どうしてこうなっちゃったのかな」
リュウに手を引かれたままずっと無言で歩いていたアルルが、不意に小さくつぶやいた。
「…………」
「ボクは、誰を責めたらいいんだろう」
リュウも真吾も、アルルにかける言葉を持たない。
返事をもらえなかった彼女は、あるいはもとより返事など期待していなかったのか、
宙に視線を泳がせたまま淡々と言葉を紡ぎはじめた。
「K´さんを置いて、一人で帰って来た真吾くんが悪いの?」
真吾がうつむいて拳を握りしめる。
己に背を向けて最後の戦場に赴いたK´の姿を、真吾は一生忘れられないだろう。
「ひき返してK´さんを助けてくれなかったリュウさんがわるいの?」
アルルの手を引くリュウの手が、小さく震えた。
何かを決定付けてしまった爆発音とアルルの絶叫は、いまだリュウの耳にこびりついて離れない。
「…それともやっぱり、一人ででもK´さんをたすけにいかなかった、ボクがいちばんわるいのかな」
「………アルルさん!」
真吾やリュウだけでなく、己自身の心すら抉りかけたアルルを見かねて、真吾はとうとうアルルの肩を後ろから掴んだ。
リュウが立ち止まり、そしてアルルが不自然なほどゆっくりと振り返る。
「アルルさん、やめましょうよ。誰を責めるとか悪いとか、そんなのもうよしましょうよ」
「どうしてそういうことを言うの?」
アルルは真吾の顔を少し下から見上げて、血の気の失せた唇を引きつらせた。
恐らくは真吾の後ろめたい心が彼女をそう見せたのだろうが、歪んだそれは、嘲笑、ともとれる。
「………それは」
真吾は苦しげな眼でアルルを見ると、一つ大きく息を吸って、学ランの裾をぎゅっと掴んだ。
「……K´さんは、負けてなんかいませんから」
自分でも酷い言いようだと思う。
K´が――だということは、ここにいる誰もが理屈抜きで承知していることなのに。
「…………」
歯の隙間からむりやり絞り出すような声で、彼は先を続けた。
「K´さんが負けてないのに、どうして誰かが責められなきゃいけないんで―――」
ぱぁん!
ざわめく森を圧して、高らかに乾いた音が響いた。
「どうして、そんなことがいえるの?」
頬をはられた形のまま横を向いて目を合わせない真吾を前に、アルルの声はあくまで静かだった。
「どうして、そんなことがいえるのかなぁ?」
赤ん坊のような透明な目をしていながら、その言葉はまるで母親が子供をたしなめでもするようで。
彼女は笑っているような泣いているような微妙な表情を崩さぬまま、うつむいて固くなっている真吾をもう一度叩いた。
ぱんっ!
二度目の乾いた音と共に、かすかな赤が散る。
人を本気で叩いたことなどない柔らかなアルルの手は、衝撃でぱっくりと裂けていた。
だが痛みも流血もその意識の埒外にあるのか、アルルは傷口を見ようともしない。
「けーだっしゅさんは、ぼくたちのせいで……」
「………俺たちの『ために』戦ってくれたんだ」
重い声に振り返れば、ずっと二人に背中を向けていたリュウがこちらに向き直っていた。
「………りゅう、さん」
「……だから。勝ちか、負けかで言うのなら、K´君はまだ負けてはいない」
「……………」
リュウの無骨な手が、アルルの首に黒い何かをぎこちない手つきで巻きつける。
「俺たちが、生きている限り、K´君に、負けはないんだ」
一言一言噛むように言うリュウの言葉は、アルルにというよりは自分自身に言い聞かせているように響いた。
「………ぁ」
気がつけば、冷たい銀色の首輪の下に、柔らかな銀色の十字架が下がっている。
本来の持ち主の代わりにリュウと自分の体温を宿して、今はほんのりと温かい。
「わかって、くれるか?アルル君」
生きている。
自分たちは、K´が生かそうとした命は、まだここに生きているのだ。
「………ほんと、は」
一度は枯れたと思っていた熱い塊が、アルルの心にもう一度こみ上げてきた。
「本当は分かってるんだ、誰も悪くなんかないって…!でも、でもさぁ……!」
手のひらから流れる血の、ぬるつく嫌悪感すらが自らの生を際立たせていて。
胸元に十字架の重さを感じながら、アルルはリュウにすがりついて静かに泣いた。
きしきしきしきしきしきしっ!
どこか不吉さを感じさせるママハハの鋭い声が、彼らの頭上を何度も何度も横切っていった。
【矢吹真吾(尖端恐怖症気味)
所持品:竹槍、草薙京のグローブ(炎の力がちょっとあるかも)
目的:1.仲間を集める 2.敵本部を探す 3.ルガールを倒す】
【リュウ
所持品:釣竿、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)、ママハハ
目的:1.ルガールを倒す(スタンスは不殺 揺らぎまくり)】
【アルル・ナジャ(流血恐怖症気味)
所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと1日の電池、充電は可能)、K´のアクセサリー】
【椎拳崇(左肩負傷、応急処置済、激しく動揺中)
所持品:リボルバー式小型銃(装填数6)、出刃包丁
目的:リュウを再び殺意状態に目覚めさせる、ルガールに信用されるため戦う、男同士の約束を果す】
【ママハハは森の上空で旋回中、威嚇音を発しています】
【現在位置:七区森林地帯】
「さて、と。捨て駒くらいにはなってくれよ?」
日守剛は口の端に狡猾な笑みをぶら下げて木の影から目を光らせた。
その目は、おそらく下らん葛藤をしていたのだろう、のろのろと歩いてはいたが
ようやくターゲットに接触しようとしている拳崇の姿を捉えていた。
いや、もうあの距離では接触せざるをえなくなった、と言ったところか。
ククッと笑いを漏らしながらそんなことを思う。
「まあ、ヤツの働きなどはじめから期待していないからな、要は・・・」
誰に当てるでもないつぶやきを中断して神経を尖らせる。
気配だった。
カサカサと音を立てる森の中に混じる微かな音。
それほど近い距離ではないが、ザ、ザという足音のようなものが聞こえた。
相手は移動中、こちらは潜伏中、となれば索敵に関しては圧倒的にこちらが有利だ。
誰だ、まずは思案する。自分の立場では相手によって対応は大きく変わる為だ。
この近辺にいるだろう参加者は自分と拳崇、ターゲットとその連れ、
「残りは・・・あの連中か」
参加者データの中でも特に要注意人物として幾度かルガールの側から機会があれば消すようにと打診があった人物。
ニーギ・ゴージャスブルー。そして現在同行しているのはナコルル、七枷社だったか。
しかし報告ではヤツらは4区の方向に移動中とあったはずだが。
まあ理由などどうでもいい、今重要なのは今近づいて来ているだろう相手がそいつらだという事実。
総合的な戦闘力ではムカつくことに勝機は薄い、何せ相手は神を殴れる女である。
ならば取り入るか、不意打ちかの二択である。どちらを選択すべきか、奴らがこちらの射程に入るまでに決めなくては。
袋からウージーを取り出し、安全装置を外し、構えながら木の影から森の外と奥を見やる。
拳崇はターゲット達に接触し、愛想笑いを浮かべていた。
そしてニーギと思われる影は、武器の射程まで後数歩まで迫っていた。
前を歩く女が二人。互いの目を見ず淡々と。
いや、間違いだった。見ていないのはナコルルだけだ。
あれやこれやと話しかけるニーギをナコルルが聞き流す形になっている。
ぷよんぷよん発言がそれほどにショックだったのかあれ以来ナコルルはニーギに必要以外の言葉を発しなかった、
そればかりか対照的に自分にはにこやかに話しかけてくるものだから社は参っていた。
「シェルミー、女ってこええな・・・」
ボソリとつぶやき顔を上げる。
「・・・っとと、どうした?」
目の前のなんというか、まあふくよかでいらっしゃる少女が不意に立ち止まり今来た道を振り返っていた。
その目は険しく鋭い。ニーギに時より向けていたスネたような威嚇の目とも違う真剣な眼差し。
社は連鎖的に険しい目になって改めて問う。
「どうしたナコルル、何かあったか?」
眼前の少女は視線を社に向け、答えの代わりに問い返した。
「社さん、ご友人の探索といいますか、この先を見に行く予定、変更してもよろしいですか?」
予想していなかった言葉に社は少し戸惑いながら、さらに問いで返す。
「何かヤバいのか?」
ナコルルから返ってきたのは今度は明確とはいえないまでも答えだった。
「ママハハが、先ほどの位置まで戻ってきています。それも相当警戒した様子で」
「ナコちゃん、ママハハって何?」
「時間的に引き返してくるには早すぎますし、もしかしたら彼ら、リュウさん達に何か」
「ナコちゃん?」
「そうか、まあ気にはなるが俺のほうは勘だからな、そっちがやべえなら優先して・・・」
「ナーコーちゃーん?」
話に割り込めず、さらにナコルルがそっぽを向いているため声をあげ続けるニーギを見かねて社が助け舟を出した。
「あ、ああ。ママハハってのはナコルルのええと、お供の鷹でな、ちょっと別のヤツの監視につけてるんだ今」
「じゃあ、行きましょう」
社のフォローを待っていたのかナコルルはニーギを一瞥してのしのしと来た道を戻り始めた。
先を行く大自然の包み込む感じを体現している巫女を見やってため息を一つ。
「ああ、なんか俺ナコルルがああなってから損な役回りだな・・・」
その肩をぽんとたたいてニーギが笑いかけた。
「ありがとね、社。んで、聞きたいんだけど、アタシなんかナコちゃん怒らせるようなこと言った?」
「ワイは・・・アテナの仇をとる・・・!」
目を見て言い切った拳崇の言葉に矢吹真吾は感動し、同情し、安堵した。
この人は大切な人を失う悲しみを、奪われた怒りを知っている人だ、だから信じられる。
自分と同じだから、そう思えた。
一緒にルガールを倒して、この狂ったゲームを終わらせて・・・
自分の差し出した手をおずおずと握る拳崇に微笑みかけて、アルルとリュウに向き直る。
「この人は椎拳崇さん、俺のよく出る格闘大会の常連で、えっと・・・」
ちらり、と拳崇を見やる。目を伏せたまま軽く頷いたのを確認して続ける。
「最初に、あの部屋で殺された、アテナさんの恋人です・・・」
「いやいやいや、恋人やあらへん、そりゃまあ、アレやけども、まあ、チームメイトってことにしといてや」
頭をかきながら苦笑いする拳崇を見てリュウとアルルも笑顔を見せる。
あの部屋の、あのシーンはあの場所にいた全員に強烈なイメージとして残っていた。
あの時の彼が、打倒ルガールを口にしている。
疑う余地はない、彼は想い人の仇をとるためにルガールと、このゲームと戦ってくれる。
リュウとアルルの差し出した手を握る拳崇を見て、真吾はうんうんと頷いた。
ここまで、善人と悪人にしか会っていない彼には、想像のつかない種類の人間がいることを
知らない、知らなかった。そして、思い知ることになる。
「よろしくね、剛」
握った手は格闘家のそれだった。
「はい、よろしくお願いします」
にこやかに笑う男にニーギも笑いかける。
続いてナコルルと握手する男、一転、切り裂くような鋭い視線で横顔を眺める。
軽くため息、社と握手する彼を見ながら歩き出す。
「で、その、ナコちゃんの鷹がいるのは剛の仲間がいる方なのね?」
「はい」
簡潔に応える目の前のぽよぽよして可愛い巫女は相変わらず自分には笑顔を見せない。
さっきの一言がとどめだったか。マズったなあ。
ニーギは頭をぽりぽりとかいた。
横を見ると社が変な顔を、いや、まあもともと端整というよりは豪快な顔ではあるがそういう意味ではなく
なにか難しい顔をしていた。
「社、どうしたの?」
「いきましょう、追いつけなくなるかもしれない」
剛に促されて歩き出す一行。剛とナコルル、社とニーギが前後に少し幅をとって歩く形となる。
「いや、なに、ちょっとしたなんつーか、違和感がな」
「剛のこと?」
小声で応えた社に釣られてニーギも小声で尋ねる。
「ああ、まあビジュアルのわりに悪いヤツって感じはしないんだけど、なんか引っかかるんだよな」
「まあ、見た目でいったらアンタもそんなにいい人って感じじゃないしねー。でもまあ、人間中身よ中身!」
ケラケラと笑いながら歩幅を狭めるニーギ。前の二人との距離が若干広くなる。
「まあ、間違いとは、言い切れないかもね」
さらに小声で社に囁くニーギの眼光は少女のものではなく、戦士のそれに見えた。
森から現れた青年を見た時リュウの鼓動は早くなった。
この青年には見覚えがある。
最初のあの部屋、殺意に蝕まれる視界の端で叫び続ける男。
女の亡骸を抱いて泣き続ける男。
あの時の光景と、感情がフラッシュバックする。
目の前の死、情け容赦のない死、無情な死。
自分が正気を失う前、最後に見た死。そして聞いた慟哭。
真吾と何やら話す彼を見ながらリュウは早鐘のような鼓動を抑えていた。
胸を押さえる右手を見る。
あの時、あの白衣の女性との戦い以来自由になった右手。
握る、掌は拳ヘと変わる。
この手が奪ったものはあまりに多く、この手は償うことすら許されず。
リュウは空を見る。あの少女との誓いを想う。
自分は何をすべきなのか、何が出来るのか。
問うても問うても空はただこの哀れな自分を見下ろすだけであった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
眼前には大量の血。
倒れる人。
恐怖が、絶望がアルルを襲う。
頭を抱えてしゃがみ込んでしまうアルルに迫る影。
顔を上げることができない、恐怖で体が動かない。
目前に影、目前に血、目前に絶望。
アルル・ナジャの意識はそこで途絶えた。
「失礼な方です・・・」
ナコルルは本来の自分からしたら大分ふくれた頬をさらに膨らませて怒っていた。
森に入る頃、ニーギが自分に謝ってきた。
「ゴメンねーナコちゃん。アタシ知らなくてさ」
よかった、もともとこんな体ではないと社から話しを聞いたらしいナコルルは少し機嫌をなおしていた。
「いえ、私も少し大人気なかったです。こちらこそ御免なさい、ニーギさん」
ニーギは極上の笑顔で応える。
「ホント、不思議よねー。まあ飴舐めてロリっ子になる魔女も知ってるけどいきなりそんなになっちゃうなんてー」
ぴく、と眉をしかめてナコルルが引きつった笑いを返す。
「ほ、ホント、困ったものです」
わかったならこれ以上触れないでほしかった。とりあえずはこの話題はここで終わらせたかった。
歩くスピードを上げて急ごうとするが、この体ではほとんど変わらず、いたずらに疲労を増やすだけだった。
当然、事も無げに、いや、本来の歩調より大分遅いであろうニーギが追いついてくる。
「いやでもさ、気にすることないない。人間見た目じゃないし」
「い、急ぎましょう、リュウさんたちが心配で」
「お肉がついてたっていいっていう人だって世の中にはいるんだから、元気だしなよ、ね?」
クリティカルヒット、まさに技ありの一撃を受けてナコルルの怒りゲージは今真っ赤に燃え上がったのだった。
ぜいぜい言いながら歩みを早める仏頂面のナコルルと、しまったという顔のニーギ。
「アタシ、またやった?」
「ぽいな・・・」
後ろから聞こえるひそひそ話は無視していたが、次の瞬間ニーギの大声で振り向かざるをえなくなった。
「おっとー。そこの人、敵意がないならそーっと出てきて、敵意があるならとっとと出ておいで」
木の影からゆっくりと現れた青い胴着の男は気弱そうな笑みを浮かべながら両手を挙げて近づいてきた。
「び、びっくりしたー。脅かさないで下さい。あ、敵意はないですよ、はい」
後方から声がする。
「おーい、拳崇ー!」
誰だ?いや、声には聞き覚えがある、あるのだが。
振り向いた拳崇は目を疑った。目で見たものと耳で聞いたものが激しい音で違和感を奏でる。
さっきまで行動を共にしていたあの冷血漢が笑顔で手を振りながら近づいてくる。
どういうことだ、見張ってるんじゃなかったのか。そもそもあの笑顔はなんだ。寒気が、した。
混乱が拳崇を包む。あの男の変わり様も何故こちらに来るのかも何もかもがわからない。
剛の隣と後ろに別の人影を見て、なるほど何か不都合が出来たかと一応の、そして無理やりの納得はしたものの
この後どうするか、彼は選択を迫られていた。
さっき真吾に言ったアテナの仇をとるという言葉に嘘は全くない。
その方法には言及していないだけだ。
彼の心はそんな単純な屁理屈でかろうじて平静を保っていた。
そこに訪れた想定外の状況。
どうする、一体どうしたらいい。
自分の心の中の二人のアテナは互いに相反する声を上げるだけで
道を示してくれはしない。
彼は、選ばなくてはならなかった。
『今、このノートの紙片を読んでいる君へ
これを記したのは、結城晶という人間だ。
おそらくは君同様に、この狂気のゲームに参加させられた者の一人だ。
この手記を書いているのは、三日目の朝。
君がこれを読んでいるのは一体何時の事なのだろうか。
もしも、すでにこの惨劇が終わった後であれば、それはどんなに良い事だろう。
だけどもし
もしもまだ、ゲームの途中だというのなら。
まずこの惨劇を今まで生き残った事に、そして今これを読んでくれている事に、俺は心から感謝したい。
今まで誰一人として救う事が出来なかった俺にも、まだ人を救うチャンスがあるって事だから。
そして同時に、君以外の人達を救う事が出来るかもしれないから。
君にはどうか、生き残って欲しい。
この街で死んでいった何人もの犠牲者達の為に。
俺の傍らに居る、一人の女の子の為に。
誰も助ける事が出来ないと思っているこの女の子の為に、どうか君は生き残ってくれ。
その俺達の全ての希望の鍵を、以下に記す。
【『おそらく会うこともなかったであろう見知らぬ君へ…………
…………
…………
…………
…………
…………
…………
…………君の安全のためにも、よろしくお願いしたい』】
【『幸運を祈る
マイク・ハガー』】
上で書かれたジョーカーの一人は見当がついている。日守剛という男だ。
青い柔道胴着、髪の色も青、顔色は病的に白く、シルバーアクセサリを付けている。
そういう特徴の男に会ったら信用してはいけない。
以上が、俺達の希望の光だ。
願わくば
ここに記した勇気ある人物から受け継いだこの小さな希望の光が
君にとって いや 皆にとっての大きな光になる事を 心から望んでいる』
『以下に、ここから先にはこれからの俺達の行動を簡単に書いていく事にする。
少しでも君が生き残る力になる事を祈って。』
『三日目 雨は上がり今日は晴れている。
今俺は葵と二人組。昨日までは三人だったのだが。
07:00 放送があった。
読み上げられた名前を書き写す。
響とサラの名前は無い事に安心する。
まだ手遅れじゃない。二人ともなんとか無事でいてほしい。
同時に、以前の放送で流れた殺人鬼の名も流れなかった。
これからは彼らに会う危険も考えていかないといけない。
但し、楓という人物は響の旧知らしいので、話せばわかるかもしれない。仲間は少しでも多いほうがいい。
10:00?時計が無いために正確な時間はわからない。
昨晩別れてしまったままの少女、響を捜索するものの、一向に見つからない。
彼女には、どうか無事で居てほしい。
葵もその事で随分気を病んでいるようだ。
これを読んでいる君が今後響を発見する事があったら、どうか無事に保護してほしい。
日本人 黒髪 赤い着物 髪を後ろで二つに纏めている
そんな少女を見つけたら、それはきっと響だ。
同時に、サラという女性の事もお願いしたい。
アメリカ人 金髪 黒いタンクトップを着た美人 髪を後ろで纏めている
彼女は俺の親友の妹だ。こういう状況には俺よりも慣れているハズだが、そうだとしてもやはり不安は消えない。
彼女達の無事を、心から願う。
10:30?
メモを読み終わる。
彼の意志を無駄にするワケにはいかない。
10:45?
食料を調達する為に行動する。
俺一人で行くつもりだったが、葵の強い希望で一緒に行動する事に。
やはり彼女も不安なのだろう。彼女だけでも、命に代えても俺が守らなければいけない。
10:51 街中の時計で時刻を確認する
3区内の食料品店に到着。
人の気配に注意しつつ進入。誰もいない。
そのまま奥の部屋で軽く食事を取り、いくつかの水と日持ちしそうな食料を手に入れる。
暫くはここで休息を取る。
11:00?
北の方向から突如轟音が聞こえてきた。
振動がここまで響いてくる。とてつもなく大きな戦闘が始まったようだ。
またあの炎の怪物や仮面の男だろうか?
それとも他にもあんな危険な奴等が居るのだろうか?不安は募る。
葵が現場へ行こうと提案してきたが、俺はそれを拒否した。いくらなんでも危険すぎる。
響やサラ達があそこに居ない事を祈るしかない。
…何て薄情な奴なんだろうか。俺は。
でも、葵まで危険な目に合わすワケにはいかない。
11:12?
しばらく相談して、とりあえずこの地区をもう一度捜索するという事に決めた。
葵の強い希望により、北側から回って行く事に。
やはりあの轟音が気になっているようだ。
11:47 時計で確認
最初の三区東端からほぼ逆の三区西端に到着。
幸運にも敵意ある人物に遭遇する事は無かったが、不運にも響とサラに遭遇する事も無かった。
葵の様子がおかしい。そうとう参っているようだ。
しばらく休む事にする。
11:51 時計で確認
葵が突如、ビルの屋上へ昇ろうと提案してくる。
成る程、人探しも高い所からの方が効率がいい。葵はこんな状況でもやはり聡明だ。
最初俺達が居た東地点にたしか一際高いビルがあった。今度は南側から回って戻る事にする。
12:00?
北側から低い爆発音が響く。それ以降北側から音は聞こえなくなった。
葵が不安そうだ。
誰か ん ゙ノ ゙ か 戦闘が終わったのだろうか。
二人の無事を祈る。
12:40?
血の跡を発見する。
男の足跡もある。延々とある建物へ向かって行く。
男なので響でもサラでもないのでその建物には近づかない事にする。
よく見ると血の跡には新しい跡と古い跡がある。
葵が不安そうだ。
誰か死ん ゙
戦闘があったのだろうか
二人の無事を祈る。
13:00?
足跡の消えていった方向から雷鳴が聞こえた。
確実に雷が響いた。雷がビルの屋上を吹き飛ばしたようだ。天気は晴れである。かなり近い。
一体どんな兵器なのか。それともまた別の怪物の一人なのか。
二人が心配だ。葵が不安そうだ 。
13:03 時計確認
目標のビルに到着。
アレを撃った敵に遭遇するワケにはいかない。
二人で急いで昇る。葵は不安そうだ。
人の気配がする。
二人が心配だった。
気配は人だった。
人ならいいのだが。
13:13 時計確認
屋上に到着。
男が居た。話しかけてきた。
人のようだった。
葵が不安そうだった。
二人が心配だ。
男が銃口を上げた。
俺は安心した銃を使うのなら人だから。
俺は前に出た。
命に代えても守らないといけないから。
男は銃を捨ててこういった。
「俺は争うつもりはないぜ」だったか。
男は名乗った。
アラン・アルジェントと言った。
二人が心配だった。葵が不安そうだった。
二人の無事を祈っている。
二人とも 死んでなければいいのだが 。 』
【結城晶 現在地:3区ビル屋上 所持品:大学ノート(死亡者の名前とハガーメモの要点写しと手記)と鉛筆 目的:響とサラを探す、葵を守る】
【梅小路葵 現在地:3区ビル屋上 晶と同行中 所持品:釣竿とハガーのノート 目的:響とサラを探す、晶たちとともに生きて帰る。剛を倒す】
【アラン・アルジェント 現在位置:3区ビルの屋上 所持品:PPKワルサー(残り7発)、携帯電話(剛の連絡先登録済)、折り畳みナイフ、
道中で調達した双眼鏡 目的:結城晶と梅小路葵の監視、ゲームを内側から壊す、プローブの情報を盗む為に本部へ潜入】
「ふあー……退屈ぅー……」
二区ファストフード店の二階、殺伐としたこの街に相応しくない気の抜けたあくびが一つ。
発生源は、軽く唇をとがらせて頬杖をついているサキュバスの少女だった。
ヴィレンが二階に居たのでは万が一の時にすぐ逃げられないという事で一階に降りたので、リリスが見張りの役目を仰せつかったのだが、彼女は相当退屈していた。
異常なし、不審者なし、どうぞー。そう呟いてみても、当然応答する者は誰もいない。
蝙蝠は解放できる限界の三匹まで出して、そのうち一匹はリリスの死角側の見張り、二匹は遠方への偵察に向かわせている。
一匹はお喋り相手に残しておけばよかったかも、と後悔しても後の祭り。まさか見張り役が、ここまで退屈なものとは思わなかった。
暇つぶしに店内に置いてあった雑誌でも読もうかと思ったのだが、大して面白くも無いゴシップ誌や、趣味と合わないファッション誌しかない。しかも古いときている。
ヴィレンにちょっかいを出しに行こうかとも思ったが、多分『きちんと見張れっつってんだろ』と睨まれるだろう。
今後の作戦でも立てようかと、地図を取り出してみる。
えっと今生き残ってる人のなかで、特に厄介なのはニーギ・ゴージャスブルーと風間蒼月?
あれ、でも今どこに居るんだろう。昨日は確かこことここで、ああいう事があったから多分こうしてるだろうから――
「……めんどくさーい……」
早くも飽きた。
元々、モリガン譲りの強大な魔力を気ままに振り回してきた彼女には、計画や作戦を立てたりするのは性に合わなかったようだ。
退屈もいい加減頂点に達してきた。
テーブルの上に突っ伏してしまう。眩暈がする。
だいたい、せっかくの楽しいゲームなのに、その全貌を見届けることができないなんて――
その時。
ばさばさばさっ、と羽音を立てて蝙蝠が一匹帰ってきた。
救いの天使の羽音にも等しいその音に、リリスはがばりと起き上がる。
「うわあああんお帰りー!退屈で死にそうだったー!」
やたら大喜びで迎えたご主人様に少々驚きながら、蝙蝠は偵察結果をリリスに報告する。
その内容に、リリスは僅かに眉をひそめた。
正午頃にニーギ・ゴージャスブルーが、いつぞやの太ってしまった巫女と大柄な男の二人組に合流しているのを見たらしい。
これは厄介な事になった……と思ったが、さらにそこへジョーカーの男やら最初に恋人を殺された青年やら、パシリ少年に魔道士の少女にあの怖いおじさんまで加わったらしい。
明らかに激動の展開になるのが見えている組み合わせだが、そんな連中の戦闘が始まったら巻き込まれかねないという事で、蝙蝠はそれ以降は見届けずに帰ってきたそうだ。
(まあ、絶対誰かは死んだよね)
何と言っても、ジョーカーの男――名前を呼ばれている所を見ていないから、何と言うのかは知らないけれど――が居るのだ。
あの男だけは、リリスはどうにも篭絡できる自信が無い。
彼はヴィレンやゼンたちが生きてきた闇よりも、さらに深く濃い毒に侵された闇に住む男だ。
彼なら、必ず誰かを死へと叩き込んでいるだろう。ニーギを殺してくれていれば相当都合がいい。
今は一時半を過ぎたところ……多分、今頃彼らは泥沼の争いを繰り広げているのだろうと想像して、それをリアルタイムで見れない事をリリスは改めて残念がった。
そう言えばK'がおらず、その付近で激しい破壊の跡があったそうだが、彼は死んだのだろうか。
もう一時間ほどしたら、またそこへ偵察を出す事にしよう。
帰ってきた蝙蝠は服に戻して、別の蝙蝠を呼び出す。彼に見張りを交代してもらって、リリスは階段を駆け下りた。
厨房にいるはずのヴィレンに早速ちょっかいをかけようとするが、何故か見当たらない。
と、奥の従業員控え室に続くドアがガチャリと開いた。何やら様々な物を抱えて、ヴィレンが出てくる。どうやら使えそうな物を物色していたらしい。
案の定、リリスを見るなり「見張りはどうした」と睨んできた。
「帰ってきた子がいるから、交代してもらったの」
「そうか」
それでどうだったんだ、と訊きながら、ヴィレンは調理台の上にあれやこれや集めてきた物を広げた。タオルに工具箱、小銭に煙草に置時計……と、何故かクマのぬいぐるみ。
変なの、と思いつつ、リリスはヴィレンに報告する。
「現在七区にて大規模戦闘発生!……してるような気がする」
「……」
「……えっとね、八人くらい人が集まってて、その中にゲームに乗ってる人もいるの。多分、今頃修羅場です」
「多分って……確認してねぇのか」
「してません。……うわーんそんなに睨まないでよぅ!だってあんまり危ない所に近寄ったら、あの子たち死んじゃうしー!」
「結局役に立たねぇじゃないかっ、この翼手目どもがっ!!」
偵察ができるから役立たずじゃない、そう言ってつきまとって来たのはどこのどいつだ。
片手でぐいぐいとリリスの頬をつねり、もう片方の手で自分の頭をかきむしりながら、ヴィレンは苛々と怒鳴る。
痛い痛いと抗議の声を上げてヴィレンの手を剥がし、リリスはふくれっ面をするが、彼の厳しい視線にさすがにへらりと苦笑いを浮かべた。
「えーとえーと……ほら、前にも言ったじゃない、予測できない事があった方がゲームは面白いって。周囲の状況全部わかっちゃったら、攻略本見ながらゲームプレイしてるようなもんじゃなーい♪」
もう一回、つねられた。
「とりあえず、わかってる事全部まとめろ」
赤くなった頬をさするリリスに紙とペンを叩きつけて、ヴィレンはドライバーを握って置時計を解体しにかかる。
機械いじりは彼の趣味だ。煙草を咥えながら、ここしばらくの間に溜まった鬱憤をぶつけるかの如く、次々にバラしていく。
「ううーん、何があったんだっけなあ……」
一つ一つ思い出しながら、リリスはペンを走らせた。
朝の八時頃。黒胴着の男と昨日ホテルに訪れた女、それに探偵とナース服の情報屋が合流。ホテルに来た女が情報屋を殺した後自殺。
この場面を通りすがりに見ていた蝙蝠によれば、黒胴着の男は相当な重傷を負っていたらしい。探偵の方は、確か戦闘に関しては素人。
この後二人がどうなったかはわからないが、どちらが、あるいはどちらも生き残っても脅威にはならないだろうと踏む。
蒼月が探偵たちと一緒にいなかったらしい。いつの間に別れたのか。
九時頃。ここは彼女自身の体験だ。何やら逃げ回っていた暴走族の青年を見つけ、おやつにしようと幻覚を見せた。
だが思わぬ返り討ちにあってしまった。彼を置いて、ヴィレンを探すのを再開したのは……大体幻を使って一時間ぐらいしてからか。
(む、そう言えばこの子も今どこに居るかわからないぞー……)
ちょっと適当に行動しすぎているかもしれない。ヴィレンが怒るのも無理はないか。
正午頃、先程受けた報告の通り、七区で八人の男女が一堂に会する。
午後一時頃。楓と対峙していたロック・ハワードが、自ら建物から飛び降りて死んだ。
楓は暴走する力に精神を呑まれたらしい。ただでさえ強大な力が、理性というストッパーを失ったわけだ。今の自分たちで相対するのは厳しい。
蒼月あたりとぶつけられないだろうか。……蒼月の居場所がわからないんだった。
現在午後一時半。第四放送後から今まで、わかっている状況はこのぐらいだった。
やはり自由に能力を使える状態よりも、格段に得られる情報が少ない。
そういえば、アランと椎拳崇がジョーカーとして動いている事は教えるべきだろうか。……いや、どの道会えば殺すのだから別にいいか。
「だいたいこんな感じー」
リリスは紙片をヴィレンに渡す。
ざっと読んで、ヴィレンはある点に目を留めた。
「ナース……ガーネットか。甘っちょろいくせに情報屋とか、フザけすぎだったしな……まあ、長生きした方だ」
これで、見知った人間で生きているのはアランだけか。一見軽薄そうだがどうも腹の読めない男の事を思い出す。
そういえば、自分が仕留め損ねた男はてっきりリリスが地下鉄のホームで殺したと思ったのだが、彼女も彼にとどめを刺すことなく地上へ戻ったらしい。
ゲーム完成させたいんじゃないのか、何がしたいんだこのガキは。と思うが、彼女の気まぐれさ加減を責めても多分無駄だろう。
さて、あと何人殺せばいいのか。いい加減、このゲームを楽しむ余裕などなくなってきた。
一度は諦めに近い感情を抱いたほどだ。
だが……彼の生きる事への執念は、彼に諦める事を許さなかった。
どんな卑怯な手を使ってでも、惨めなまでにボロボロになっても、今までずっと貪欲に生に齧りついてきたのだ。
死にたくない。死んでたまるか。必死で、生き残る道を探しだそうとする。
煙草をふかし、どうやって状況を好転させるか頭脳をフル回転させるが……リリスが、身を乗り出してちょっかいをかけてきた。
「夜を待つのも暇だよねー。ねえねえ、遊んでよぅ」
……ノイズは無視。構ったら調子に乗るし。
いい加減、ヴィレンにもリリスの扱い方がわかってきた。
すっかりバラしてしまった時計を今度は組み立てながら、ヴィレンは思考を巡らせ続ける。
工具を入手できたのは僥倖。ドライバーにスパナやレンチなども、彼にとって手に馴染んだ道具であり、武器だ。
「あん、無視しちゃ嫌ー。見張ってる間暇だったのよ、ちょっとくらい遊んで」
後ろからリリスが首に抱き付いてくる。が、振り払いもせずに更に無視。
時計を完璧に元通りに組み立て直し、紫煙を吐き出す。
また火炎瓶を作っておこうか、と考える。どこかでガソリンを調達せねばならないが。近くに車でもあったか、後で探すか。
火薬でもあれば、ちょっとした爆弾を作れるのだが……。
「……ねぇー……退屈だと死んじゃうんだけど……」
はいはいそりゃ良い事ですね。またぞろ無視。
しかし、やはり思考が上手くまとめられなくなる。
クマのぬいぐるみに手を伸ばす。後頭部の縫い目をマイナスドライバーで一気に引き裂いた。
綿の中に指を突っ込む。固い物が指先に触れた。それを引きずり出す。
かすかに機械音が聞こえたので持ってきたのだが、思った通り監視カメラが仕込まれていた。
カメラや盗聴器の存在は予想の範囲内だったので別段驚かない。多分この厨房にも、どこかに別のカメラが仕掛けられているのだろう。
驚かないが……やはり自分の行動を逐一監視されているのは気に入らない。
ドライバーを振り上げ、その尻で叩き壊してやった。
バキィッ、ドサッという音が響く。
……ドサッ?
身体にかかっていた体重が消えている。振り返ると、リリスが床に座り込んでいた。
「……何してんだ、テメェ」
さすがに、声をかけてしまう。
「くらくらするぅー……」
眉がハの字に下がっている。本当に気分が悪そうだ。
「……あのね、サキュバスは退屈すると本当に死んじゃうの」
実は、刺激と興奮を糧とするサキュバスにとって、退屈は猛毒なのだ。
何も無い部屋にサキュバスを閉じ込めておくと、食事を与えていても二日で衰弱して死ぬという話もある。
「だからね、あんまり無視しないでー……」
くてっとヴィレンにもたれかかって、へにゃりとした笑いを浮かべる。ようやく反応が返ってきたので、少し気分は良くなったらしい。
「……マジか」
どこまでめんどくさい相棒なんだ。ヴィレンは、何だか胃の辺りがキリキリするのを感じた。
彼女にも弱点があるとわかったおかげで、多少なりとも気分に余裕はできたのだが。
「ねえねえ、小麦粉って目くらましに使えそうー?」
「子供騙しだろうが、無いよりはマシじゃねぇの」
「じゃあ小分けにして……あ、レッドペッパー混ぜてみよう」
暇潰しに武器になりそうなものを探させてみたのだが、結構リリスは楽しんでいるようだった。
こっちがクラクラしそうだ、とか眉間を押さえてヴィレンは思う。
(くそ、耐えろオレ。子守り一つでこの地獄のゲームを生き残れるなら安いだろ……)
厨房をうろうろするリリスが元気そうなのを確認して、ヴィレンはもう一度思考に没頭する。
そうだ、地下鉄があるじゃないか。あの暴走列車なら、例の白胴着野郎も轢き殺せそうだ。
白胴着は小細工なしに突っ込んでくるから、誘導も難しくないだろう。囮は身軽なガキに任せるか。
……待て、奴も確か七区に……しかも他の連中と組んでるとか、有り得ない話だったような――
「あ、お帰りー!」
リリスのはずんだ声と、軽い羽音がヴィレンの思考を遮った。
偵察に出ていたもう一匹の蝙蝠が帰ってきたのだ。
「ふんふん。へー……わかった、ご苦労様」
報告を終えたのか、蝙蝠はリリスの服に戻る。
「どうだって?」
「んーとね」
サラダ油のボトルをあちこち弄りながら、リリスは蝙蝠の偵察結果を伝えた。
「地下鉄がね、ずっと暴走してたじゃない?あれ、通常運行になったみたい」
一瞬、ヴィレンは耳を疑った。
「……何だと!?」
数秒前まで積み上げていた計画が、あっさり音を立てて瓦解した。
ゲームオーバーはまだまだ遠い。
【ヴィレン(左足骨折、痛み止めは切れた) 所持品:チェーン、鉄針、鉄釘、パチンコ玉など暗器多数、アーミーナイフ、工具類 目的:ゲームに参加、生き残る】
【リリス(能力半減、やや疲労) 所持品:組み立て式ボウガン(組み立て済、矢残り7本) 支給品は不明 目的:おつかい完了】
【行動方針:夜まで待機】
【現在位置:二区ファストフード店内一階】
「おーい、拳崇ー!」
笑いながら駆けて来る男が一人。
振り返る男女が四人。
その笑顔に、違和感を感じているのは何も拳崇だけではなかった。
ビジュアル的に多少無理がある、しかし人のよさそうな笑顔。
だが、拳崇の側にいた三人は、拳崇の対応を見て無害と判断した。
見た目が怖いけど根はいい人なんてごまんといる、そう考えた。
「お、おお、剛はんやないか、無事やったんやな」
「おお、君も無事そうでなによりだ」
心にもない言葉と握手を交わす二人。
「ふぅ、こちらがお友達の?」
やっとといった感じで剛に並んでたどり着き、尋ねるナコルル。
「はい、椎拳崇さんです、会うのは1日目以来、かな」
軽い嘘。しかし単純なだけに疑う箇所はない。
「剛はん、そっちの人らは」
「ああ、紹介が遅れたね」
追いつくニーギと社。
「ニーギ、ニーギ・ゴージャスブルーよ」
「俺のことは知ってるだろ、まああんまり接点なかったけどよ。七枷社だ」
「え、ええと」
二人に続いて自己紹介をしようとするが、自分の姿に対するコンプレックスか、前に出れないナコルルの手を
やさしく剛が引き、そして
「さ、こちらの方が」
刹那、剛の仮面に描かれていた笑顔のペイントは一斉に剥がれ落ちた。
「ナコちゃんはなれて!!!!」
「お、思い出した!ナコルルそいつは!!」
数瞬の後、状況がのみこめず呆然とするリュウ、アルル、真吾と、唇を噛み締める拳崇、
それに間を置いてニーギと社、そしてその二組に対峙する形で、日守剛とナコルルはにらみ合っていた。
あの瞬間、剛はひいた手をそのままナコルルの後ろでロックし、さらにもう一方の手で完全に逃げられない関節技へ連携させた。
叫ばれた瞬間、ナコルルは確かに飛びのいた、ニーギは手を伸ばした、しかし、全てがほんの少し、足りなかった。
ナコルルはその本来の身軽さを失い、ニーギの伸ばした手はナコルルの服の裾を掠めて宙を掻いた。
社が青い胴着から、リョウ・サカザキの言葉を思い出したのも、全てが手遅れになった後だった。
「さて・・・とだ」
ニヤ、と爬虫類の笑顔。
「いやまったく申し訳ないな、紹介が遅くなっちまって」
「放しなさい!放して!!」
「ギャーギャーわめくなデブ」
ボキッ
「あ・・・ガッ・・・」
「お、そういうタイプの女だったか。まあいい、改めまして、日守剛だ、よろしくな」
クックック、という声はニーギの声にかき消された。
「ナコちゃん!大丈夫!?」
「私は・・・なんとも・・・」
ウンウンと満足そうに頷きながら剛が話す。
「さすがニーギ・ゴージャスブルー、察しがいい」
「どういうことだッ!てめえ・・・」
社の怒号はまたもニーギが制する。
「社、ダメ。ナコちゃんが・・・」
「あん?」
「そういうことだ七枷社、まあ、挨拶代わりに1本頂いといた」
そう言うと剛は角度を変えてちらりとナコルルの指を見せる。
一本がありえない方向へ捻じ曲がっている。
「貴様ァァァァァ!!」
「まあ、そう急くな。お楽しみはこれからなんだからな」
状況の飲み込めない顔で立ち尽くす真吾達、そもそも、拳崇と目の前の男の関係がわからなかった。
「け、拳崇さん・・・あの、人は・・・?」
拳崇から答えはない。代わりに返ってきたのは剛の声だった。
「さて、じゃあ始めようぜ、お前等の好きな友情ごっこをな」
「アンタも・・・なんなんスか!ナコルルさんにひどいことして!!」
「なんなのか、そうだな、一言で言えば手前らとは違う人種だよ。で、そのナコルルさんをだ」
「う、アァッ・・・」
極めたナコルルの腕を捻り上げる剛。激痛に顔を歪めるナコルルだったが、決して大声を出すことはなかった。
「渋てえ豚だな、まあいい。お前ら、この豚の運命はお前らが握ってる」
全員を舐めまわすように見て間をとる。
いささか芝居じみているような気もしたが、こう言う輩には効果的だろう。
脳裏に浮かんだイケ好かない中間管理職の放送を振り払って続ける。
「まず、七枷社、お前は」
くい、と顎で示す。
「ニーギ・ゴージャスブルーを痛めつけろ、手加減したと見えたら一本ずつ、一番激痛を伴う方法でこのデブの身体を壊していく」
「なッ・・・」
顔面蒼白になる社、お手上げのポーズでため息をつくニーギ。
「小悪党の考えそうな手ね、やれやれ」
「ふん、いつまでその態度が続くかな・・・」
顔を反対に向けて地獄の底から睨みつけるような鋭い眼光を伴う薄ら笑い。
「さて、拳崇」
拳崇は応えない。
「お前の役目はさっき話した通り、そこの格闘バカをもう一度あの状態に持っていくことだ」
顎で示す先にはリュウ。
リュウは己の拳を見つめ押し黙っている。また過去の過ちを思っているのだろうか。
「そうだな、痛めつけるでもなんでもいい、どっちかと言うと目の前でそこの学ランでも切り刻んだほうがいいか?どう思う、拳崇」
話を振られても返答しようとはしない、真下よりもすこし前を焦点の定まらぬ目で見つめるばかりの拳崇。
「ダメ!私に構わず!!」
「うるさい、豚。お前は悲鳴だけ上げてろよ」
ボキッ。
「あぁぁぁぁ・・・・!!」
悲鳴を出すまいとしてももれる苦痛の声にその場の剛を除く全員の顔が歪む。
「やめなさい!ナコちゃん、ちょっとだけ我慢して、絶対助けたげる・・・!さ、社」
「さ、って、お前・・・」
くいくいと手招きするニーギを前に拳を震わせて戸惑う社。
「どうした、もう一本必要か?」
クスクスと笑い腕に力を込める剛。
漏れるナコルルの声に社はニーギに向かって歩を進める。
「だ、だめ!!」
「ニーギ、すまねえ」
「どーんと来なさい、女の子に恥かかすんじゃないわよ?」
ぶんっ。
ドスッ!!
「グッ・・・社いいパンチ持ってるわねえ」
ボディにめり込んだ拳が離れるのを見てニーギがつぶやく。
「んー、70点」
ボキッ。
「ぎ・・・あぁぁぁぁ!!!」
もはや我慢は限界、悲鳴ヘと変わるナコルルの声に満足そうに頷き剛は指示する。
「そうそう、それでいい。さて、七枷社、手加減するなと言ったはずだ、もう一回。このデブの指なくなっちまうぞ?
まあ、そしたら次は順に太いほうへ行くだけだが」
「てめえは・・・絶対・・・殺すッ!!!」
歯をきしませながら社はつぶやき、ニーギに向き直る。
二発目のボディが入ったところで剛は改めて拳崇に問う。
「さて、拳崇。どうする?決まったか?リュウを直接と、そっちのガキども、どっちをやる?」
「・・・ゎる・・・」
「あん?なんだって?」
「こと・・・わる!」
顔を上げる拳崇。
「もう、お前の指図もルガールの指図も受けん!ワイはワイのやりかたでルガールを!アテナの仇を!!」
叫んだ拳崇にチッ、と舌打ちして剛はため息をつく。
やはりこうなったか、まあ予想の範囲内だ。別にコイツが動かなくてもやりようはある。
こいつがあちらにつくというのなら状況はそう変わらない。
「んじゃ、そこの学ラン、お前その格闘バカに殴られろ。拳崇、てめえは黙って見てろ」
指示する剛を見てリュウが拳を震わせる。
「俺には・・・ッ」
「リュウ・・・さん・・・」
「ああ。ガキが好みだってんならそっちのガキでもいい。ガキ殺しはお得意だもんな」
先刻からその場を動けないアルルの体が硬直する。
リュウの表情が一段とこわばる。
「あ、ああ待て待て、そうか、拳崇、お前がいたな」
啖呵を切って以来剛を睨みつけている青いパーカーの男を剛は見やる。
「よし、リュウ、お前そこの裏切りモン殴れ。学ランとガキは手出したら豚の悲鳴だ」
「・・・貴様・・・!!」
リュウが剛を睨みつける。
「おっと、七枷社、手がとまってるぜ」
ボキッ。
「ガ・・・グ・・・あああああ!!!」
「貴様・・・!人間を・・・人間をなんだと!」
リュウの怒号に剛はさも当然という顔で言って放つ。
「暇の潰せる肉だ」
なんだ、この感情は、いや、覚えはある。
これは、殺意。ヤツが、敵が、憎いとおもう心。
目の前の少女をこんな目に合わせるヤツが憎い。
ヤツを倒したい、ヤツ滅したい、殺したい・・・この外道を殺したい。
人を肉と言い放つこの男を殺したい。
目の前の少女のように、指を折り、腕をちぎり、目を潰し、心臓を止め・・・
ただの肉となるまで殺し尽くし・・・
殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺・・・
「ガァァァァァァ!!」
リュウの体からどす黒い気が立ち上る。
「だめですリュウさん!!」
「だ・・・ダメ・・・過ちを・・・繰り返しては・・・」
「お?意外と簡単にスイッチ入ったな。あとは・・・」
「殺・・・ス・・・」
ずしずしと剛に向かうリュウ。
その前に両手を広げ、真吾が飛び出す。
「リュウさん!ダメです!またあんなこと、繰り返すつもりですか!あんなことを!」
泣きながら訴える真吾の中には、おそらくダンや千鶴の姿が浮かんでいるのだろう。
「ドケ・・・邪魔を・・・スル・・ナ・・・ラ・・・シン・・ゴ・・・グッ、ガァァァァ!!」
はっとする真吾。あの時を思い出す。あのダンと千鶴と一緒だった戦いを。
あの時のリュウはこうだったか?違う、視界に入る「生」全てを滅する者だったはずだ。
「リュウさん!俺が、俺がわかるんすか!ダメです!そんなのに負けちゃダメです!!」
叫びリュウにしがみつく真吾。
「シン・・・ゴク・・・ン・・・・・・・・・・・ガ・・・ゴァァァァァ!!」
うめきながら薙いだ腕は真吾を突き倒し、リュウの前進は再開される。
倒れ伏しても、すぐさま起き上がり真吾はリュウの前に出る。
「おいガキ、余計なことは」
「うるさい!!」
真吾の絶叫を剛は受け流し不満そうな顔でことの成り行きと、いまだサンドバッグとなっているニーギを見ていた。
今動くのは得策ではない、事が収まるまではこの状況を維持しなければならなかった。
「まだ・・・もど・・・せる・・・」
痛みに耐え、息も絶え絶えに発するナコルルの声で真吾の表情が変わる。
「あなたの・・・手袋・・・」
「なんだ、おまえMか?」
ボキッ。
「い・・ぎゃ・・・ギィャアアアアぁぁぁぁぁ!!!!」
遂に絶叫へと変わったナコルルの悲鳴を自分の事のように辛い顔で耐える真吾。
しかし瞳は前進するリュウを見据え、次に己の手を見つめる。
「手袋・・・このグローブ・・・草薙さん・・・」
「ド・・・ケ・・・エェェェェェ!!!」
「草薙さん!俺に力を貸してください!誰かを守る力を!助ける力を!!!」
遂に殺意を込めて振り下ろされるリュウの手刀。
風を切り裂くような鋭い音。
真吾の脳天を割り砕く凶器。
しかしてその凶器は、真吾の頭上10数センチで停止した。
フラッシュバック。
真吾の頭にとある日の光景が浮かぶ。
「草薙さん、初めて火が出た日ってどんなだったんすか?」
「ん?あー、でもおれガキのころから出せたしな」
「そんな、ズルいっす!」
「ズルくねえだろ。あ、そうそう、多分アレが最初だ」
学校の屋上で焼きそばパンをほおばりながら京が教えてくれた話。
「ガキのころさ、まあガキなりにケンカは強かったんだけどな、やっぱ上級生ってのがいるだろ」
「先輩っすね!」
「そんないいモンじゃねえよ、ガキのころの上級生っていったら、体もでかくて、態度もでかくて」
「ふんふん」
「そんでさ、ユキがな、上級生にいじめられてた、んー、まあなんかわかんねえけど
たぶん遊び場の場所とりとかそんなだったかな、いちゃもんつけられててさ」
「ふんふん!」
真吾の鼻息はどんどん荒くなる。
真吾の鼻息はどんどん荒くなる。
「んで、俺はそれを見て上級生に殴りかかったんだけど、やっぱそのころは体格がケタ違いだとどうしようもなくてな」
「ふんふんふんふん!!」
手元のメモ帳には速記顔負けの速度でメモがとられていく。
「で、勝てねえと思った時にそいつがユキの髪つかんでさ、で、カーッとなって、ボワッ、ってな」
「ちゅ、抽象的っすね!」
「まあ、相手は髪の毛焦がして泣いて逃げてったけど、あれが初めてだな、確か。そのあと親父にこっぴどく叱られた」
「ユキさんを助けたいという想いが草薙さんの炎を呼んだんスね!真吾感激!感激ッス!!!」
「ユキにその話聞いたらぶっころ、いや、破門だからな!」
「死んでも言いません!」
真吾の扱いに慣れた京の機転で、真吾からではなく紅丸からユキに伝わり、ユキの
「そんなことあったっけ?」
で京が数日落ち込んだのはまた別の話である。
「グッ!?」
「・・・草薙さん、ありがとうございます」
リュウの手刀を受け止めた真吾の手、いや、グローブからは
紅蓮の
炎が
「リュウさん!目を、醒まして!!これが・・・草薙と・・・矢吹真吾の拳・・・うわぁぁぁ!!!!!」
炎に包まれた最終決戦奥義、無式。
真吾の我流ではない、それは草薙流古武術の奥義。
荒ぶる神を止める技。
「グアァァァァァ!!!」
その拳が、リュウの体に激突し、
リュウの体は跳ね飛ばされ、
一瞬燃え移った炎はリュウが地に伏した時には消えうせていた。
「・・・リュウ・・・さん・・・?」
のそりと起き上がったリュウの体からは、先ほどまでの抜き身の刀にも似た殺気が消えうせていた。
「真吾・・・君・・・ありがとう・・・俺はまた・・・」
「いいんです、リュウさんはあの時みたいにはならなかった、そr」
ドスッ。
リュウに笑いかけた真吾は背中に衝撃を受けて振り返る。
その腰から包丁が突き出ていた。
現実感のない光景。
逆転する世界。
倒れこむ体。
駆け出す仲間。
流れ出す血液。
絶叫する仲間。
失われる意識。
響く声。
届かぬ声。
もう、届かぬ、声。
さりげなく支援
「真吾君!!真吾君!!!」
絶叫と共に倒れ伏したアルルと真吾を抱え、リュウは顔を上げる。
「何故、何故だ、拳崇君!!君は俺達と!!それとも、まだヤツと・・・!!」
「言うたやろ」
真吾から抜き取った包丁の血を振り払い、椎拳崇は答える。
「ワイは、ワイのやりかたでルガールを倒す。どんな手を使っても生き残って、ルガールの所へ行く
そして、アテナの仇をとるんや。これはワイの意思、誰の指図でもないワイの意思や!!」
椎拳崇のたどり着いた答え。
脳内で囁く二人のアテナの声は、次第に拳崇を蝕み、
どちらがどちらかわからなくなっていた。
『ケンスウ、やめて、ルガールの手下になってまで・・・』
『さすがケンスウ、絶対私の仇を・・・』
いつしかそれは交じり合い
『私の仇を、ルガールの言うことなんて聞かずに、あなたの意思で!』
それは、まぎれもなく拳崇の選択、しかし彼には確固たる、死した愛する人の想いになっていた。
「せやからな、手近なところから、確実に、ちゅうわけや、おっと剛、あんたの指図は言った通り受けん
ワイの好きなようにさせてもらうで」
懐から取り出した拳銃を剛とナコルルに向け、目線はリュウから逸らさない。
「さて、ワイはその嬢ちゃんがどうなろうとかまわん。いや、殺してくれるならそれもいいやろ、そんかわし・・・」
撃鉄を起こして、言う。
「あんさんにも、ここで死んでもらう」
「クソが、ずいぶんおしゃべりになったじゃねえか。さっきまでとは別人だな」
「ああ、なんやすっきりしたわ」
「ルガールが貴様を許すと思うか?」
数秒前から社は手を止め、ニーギはしゃがみこんでいたが、動くことはできなかった。
三方、いや、リュウが拳崇を睨み四方からの視線が交錯する。
「許すも許さへんもないやろ、ワイはあんさんみたいにジョーカーやない、それにな、わかったんや」
「わかった?」
「ああ、ルガールのヤツは、ゲームを成立させる事に執着しとる、ちょっとやそっとのことやったら、
直接手を下してはこーへん。そして、唯一つかえる手駒のジョーカーが死んでも、最後まで殺しあう意思があるヤツなら
ヤツは殺さんのとちゃうか?」
チッ。剛の舌打ち、そして顔はひきつり、薄ら笑いは消え、殺気の塊を拳崇にぶつけ続けている。
おそらく拳崇の言っていることは正解だ。だからこそ、首輪もほとんど爆破せず、私兵も雑用にとどめ、失ったマーダーを
参加者から選出するようなマネをしているのだから。だから剛は焦った。
「そうか、ずいぶんとお偉くなったもんだな、あの甘ちゃんが」
そう言いながらゆっくりと腰を落とす。
剛の後ろに置いてあったバッグは、口が開けられていた。
「それで、俺を殺してどうするって?」
言いながらナコルルの腕のロックを片方外し、自由になった手でバッグを漁る。
相手を牽制しながらの動作、全員が次に訪れる激動に備えた。
「どうするかっていってんだよ!クソがぁぁぁ!!」
もう一方のロックを外し、そのままナコルルを突き飛ばし、バッグから取り出したウージーを構え、
そのトリガーに指をかけ、腕を振りながら乱射する。
ウージーは唸りを上げ、死を撒き散らす、そのはずの弾は誰にも届かなかった。
ただ一人の少女を除いては。
「ナコルル!!」
「ナコちゃん!」
「ナコルルくん!!」
「ちぃっ!!」
ウージーの前にナコルルの巨体が壁を作る。
その射線は完全にふさがれ、撃った弾は全て、ナコルルの身体に飲み込まれていった。
剛は銃とは反対の手にバッグを引っ掛け、全力で森へと走る。
同時に拳崇も逆方向へと走り出した。
「待てッ!!」
「タダで・・・逃がすかッ!」
倒れこんだままの体勢のニーギの手が煌く。
薄く青白く光る手から放たれる数本の長ビス。
そのほとんどは逃げゆく剛の周りの木をなぎ倒す。
しかし一本、猛烈な勢いと破壊力を乗せた長ビスは、剛のバッグを持ったほうの腕、左腕に直撃し、
文字通り粉砕した。
肘あたりから砕けちぎれて落ちる腕とバッグ、しかし剛は目もくれず森の闇へと駆け込んでゆく。
拳崇に至っては、もうどこにも見当たらなかった。
「ナコちゃん・・・あっ」
ニーギが悲痛な面持ちで覗き込むナコルルの顔がぼやっと光った。
顔だけではない、その身体全てがぼんやりと光っていた。
「精霊・・・」
そして、ナコルルの身体はその光が消えゆくのにつられて、小さく、いや、元の姿へと戻っていった。
「ニーギ・・・さん・・・」
脂肪が厚かったせいか、あれだけの銃弾を受けてもナコルルは辛うじて生きていた。
しかし、生きているというよりは、死にゆく途中であるのは誰の目にも明らかであった。
そして今、肉体が戻った今、その小さな身体からは急速に生命の輝きが消えていっていた。
「ごめんね、ナコちゃん、あなたかわいかったんだー。まああのぽよぽよもアタシは嫌いじゃなかったよ」
「もう・・・」
スネたような顔と微笑みでニーギを見るナコルル。
「ゴメン、助けられなくて、それどころか助けられちゃった・・・」
「いいんですよ・・・私、わかったんです。きっと・・・あの身体は、皆さんを守る為に・・・神が私に下さった力・・・」
「・・・そうね、きっと・・・あ、あと、身体のこといろいろごめんね、ホント」
「いえ・・・私も・・・ちょっと大人気なかったです」
ニーギの横から身体を乗り出す社。
「ナコルル・・・本当に・・・本当に・・・ッ」
そこからはもう言葉にならない。嗚咽をただただもらす大男をなだめるようにナコルルが微笑む。
「お気になさらないで下さい・・・あ、あと、女性に手を上げたら・・・だめですよ・・・」
「ウッ・・・ウウッ・・・」
そして、震える腕を上げ、社の後ろで立ち尽くす男に声をかける。
「リュウさん・・・こちらへ・・・」
「ナコルル君、俺は」
「いいんです・・・もう・・・」
やさしい笑顔、しかし悲しげな笑顔を見せるナコルル。
「あなたは、最後の一歩を踏みとどまる事ができました。次は・・・もう大丈夫」
「俺は・・・」
「私の戒めは、心に留めておいてだけください・・・忘れず、間違わず、その拳を使う意味を考えてください」
「ああ、わかった、この拳・・・もう、間違わない」
「あと、矢吹さんの手袋ですが・・・」
リュウは真吾から外したグローブ、師匠の形見だと言っていたので気は引けたが、ナコルルが持ってきてくれというので
真吾に謝りながら外してきたそれをナコルルに手渡した。
「ありがとう・・・ああ、やさしい炎を・・・感じます」
真吾の亡骸は後ろで丁寧に寝かされていた。
それを見ながらナコルルはつぶやく。
「この手袋から・・・炎の力を・・・矢吹さんの・・・想いが・・・ゴフッ・・・」
「もう、もうしゃべるな!」
グローブを持つナコルルの手を上から両手でにぎるリュウ。
同じく社、ニーギ。
「それでは、私は・・・行きます・・・ああ、ママハハ・・・お前も、ご苦労様・・・いっしょに、リムルルの所へ・・・」
空から、落ちるように降りてきたママハハを胸に抱いて、ナコルルは微笑みながら最期を迎えた。
「さよなら・・・ナコちゃん」
ニーギの手がぼうっと光る。
「ここで効果あるかわかんないけど・・・生まれ変わったら、どこかの世界で会ったら
絶対、友達に、とびっきりの親友に、なろうね・・・」
そう言うとニーギはその場を離れた。
社はナコルルの、ナコルルだった身体に顔をうずめて泣き続けていた。
リュウは、自由になった両の拳を見つめ、祈るように天を仰いだ。
【リュウ 所持品:釣竿、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)
目的:ルガールを倒す(スタンスは不殺だが戦闘はOK 殺意はほぼ克服)
備考:真吾無式のダメージはありますがそれほどではありません】
【ニーギ・ゴージャスブルー 所持品:ゼロキャノンコントローラ、雑貨、ゴーグル、長ビス束
目的:ゲーム盤をひっくり返す 備考:顔以外の部位各所にかなりのダメージ(社が顔は避けました)】
【七枷社 所持品:物干し竿 目的:シェルミーと合流、ゲームには乗らない クリスの仇討ち】
【アルル・ナジャ(流血恐怖症気味)
所持品:1/10ウォーマシン(持ってあと1日の電池、充電は可能)、K´のアクセサリー
備考:現在気絶中 真吾が刺されたとこまでしか見てません】
【矢吹真吾 死亡】
【ナコルル(およびママハハ) 死亡】
【現在位置 7区北東端】
「クソが・・・クソがクソがクソが!!!」
日守剛は森を走る。
左腕の肘から下がない。
そして荷物のほとんどが入ったバッグもない。
ルガールへ連絡することもできず、いや、もし今連絡できても・・・
そう思った時、なにかが聞こえた。
ピピッ
音の元を探る。
とても近くから聞こえた。
どこだ、いったい。
視界の下のほうでなにかが赤く光って、消えた。
そうか、そういうことか、ついにそうなっちまったか。
「ガァァァァァァ!!」
天に向けて銃を乱射する。
それは何度か見た、聞いた、首輪の起動の時の動作だった。
【日守剛 所持品:ウージー(残りは全て左腕とともに森の入り口に放置) 目的:未定 備考:首輪起動、主催側と連絡とれず】
【現在位置 7区森林部を西へ逃走中】
「アテナ、見ててや・・・ワイは、ワイは!!」
椎拳崇の心は晴れやかだった。
立ち込めていた暗雲は全て消えたかのようだった。
聞こえるアテナの声は、もはや自分の意思であることを彼は決して認めず、
ただただ『拳崇がんばって!』
になってしまった心の中のアテナの声援を、心底頼もしく思いながら、考えた。
どこへ行くべきだろう、ジョーカーを裏切った自分には参加者の状況はわからない。
ならばわかるヤツの所へ行こう、アイツなら、きっと、俺を応援してくれる。
しないなら、そう、そのときはそのとき。
【椎拳崇 所持品:出刃包丁、リボルバー式拳銃(装填数6) 目的:最後の一人になってルガールを殺す
現在位置 5区大通りをアランのいる3区へ向かって移動中】
窓から差し込む光が痛い。
時が過ぎるに従って高度を落とし、占有面積を増していく太陽から逃げるように、部屋の隅へ身を寄せる。
西日は、服の上からだろうと容赦なく肌を刺す。そんなものを浴びながらでは、とても休みになりはしない。
もっとも2,3時間休んだからどうだという状況でもないのだが、とヴィレンは皮肉に口元を歪めた。
先程リリスの蝙蝠を、もう一度偵察に行って来いとばかりに蹴り出してから、そんなに時間は経っていない。
暇つぶしに分解したレジスターを組み立てなおして、部品が一個足りないことに気付いた。
横を見ると、リリスがへへーんとどうやらそれっぽい部品をこちらに見せてくる。
当然、無視。
いちいち構っていては、こちらの体力が持たない。
退屈で死ぬなら勝手に死ね。
「あー」
拗ねてしまった。
本当に死なれても後々何かと困るだろう。面倒だが、何か考えてやるしかないのかとうんざりしていると、
蝙蝠が一匹、何かを掴んで戻ってきた。
「あ、おかえりー!」
物持ちで重そうな蝙蝠を受け入れにかかるリリス。
「……なんだ、それ」
暗がりの遠目で黒っぽいとしかわからないが、あの形状は拳銃ではないだろうか。
「うふふ、リリスと遊んでくれたら教えてあげる」
僅かに殺気立つヴィレンにコケティッシュなウィンクを飛ばして、小悪魔はきゃーと一人で鬼ごっこを始めた。
「オニさんこっちらー♪」
「…………」
もし拳銃なら、戦力アップのためにも是非欲しいところだが。
「付き合ってられねえ」
子供の遊びなど馬鹿馬鹿しくてやってられない。そもそもこの足で走れと言うのか。
「ぶー! いいもーん、それじゃあヴィレン君にはこれあげませんよー!」
「あーそうかよ」
また拗ねているが無視。
と、服に戻らずに飛び続けている蝙蝠にリリスが耳を傾ける。
「……ん? なに?」
何やら厄介事の予感であった。
足音を立てまいとすると、どうしても歩く速度は落ちる。
なるべく気配を断とうとすればなおさら、しかもかすみの服は着慣れない戦闘服だった。
先を行く忍装束の男の足取りは、滑るように速い。
「……どうしました。日が暮れますよ」
随分と距離を離されてしまったかすみに気付いて、蒼月が立ち止まる。
放送を聴いたときは心の平衡を失っていたように見えた蒼月は、たった一杯のコーヒーで
火月などたいしたことがなかったかのようにけろりとしている。
これが忍の強さの極みなのだろうか。
「ごめんなさい、ちょっと、その……」
「どうやら修行が足りていないようですね」
実力本位の忍に、言い訳は存在しない。
言いづらいことをさっくりと言われ、かすみはぐっと黙るしかなかった。
歩いている時でも野良猫ほども目立たない蒼月が立ち止まると、その存在感は木の葉以下になる。
目で位置を捉えたまま、一歩ずつ着実に、しかし焦りを表に出さないように前へ。
と、少し先でかすみの歩みを待っていた蒼月が表情を固めた。
普通の表情ではない。目の前を凝視している。おそらく凝視の対象がその視線の上にあったなら
睨み殺すなど造作もないかもしれない。
片手がそれとなく、脇腹を押さえているように見えた。
鋭い凝視が横へ流れる。
「……かすみさん」
小さく注意を喚起され、かすみは動きを止める。
蒼月の視線を辿ると、空に舞う翼が一対。
「顔を上げて見ないように」
さらに低く叱咤され、上を向きかけた顎を慌てて引く。
翼の正体は、鳥ではなかった。
そもそもサウスタウンに落とされてからは、どういう理由か鳥はおろかネズミ一匹見ていない。
そこにいたのは、空にはまだ太陽が明るいにもかかわらずひらひら舞飛ぶ一匹の蝙蝠。
ひとしきり宙を彷徨い、向きを変えて飛び去っていく。
「式神の可能性もありますね。放っておけば厄介になるかもしれませんが……」
小さく、蒼月が呟く。
蒼月としてはあまり追いたくないのだろう。
相手が何なのかもわからない。それに、ああもあからさまに怪しいものにのこのこついていくのは
自分から罠にはまりに行くようなものだ。
万が一、逆に相手がこちらに気付いていなければこちらが優勢になるのだが、リスクとリターンを秤にかけると
さすがにリスクが大きすぎる。
行く先だけ確かめて、やり過ごすべきだろう。蒼月はそう判断した。
「……あまり害はなさそうだし、放っておいたほうが」
かすみもその意を汲んで応じる。
が、かすみの同意を聞いた瞬間に脇腹にちくりと形容しがたい感覚が走る。
身に宿した魔がざわめいている。
あの蝙蝠を見つけてから響いていた魔紋の疼きが、急速に大きくなってきている。
そもそも、蝙蝠を見つけたのも紋に引き寄せられて、だ。共鳴しているのだとすれば、あの蝙蝠はただものではないだろう。
そんなことは見ればわかる。
追うのは得策ではない。
だが追わないのも得策ではない。相手に一方的に位置を知られたかもしれないという危惧があるので得策ではない。
得策でないのは気に入らないから追わないのは気に入らない。
いや何よりも「彼」にとって、「同じ考えであった」ことが気に入らない。
「気が変わりました。やはり追いましょう」
一言言い捨てて、かすみのリアクションも確かめずに走り出す。
もはや気配は隠さず、ただ足音は立たず滑るように。
一瞬呆気に取られていたかすみが、もう気を使って歩いている場合ではないとばかりについてくるのを耳で確かめる。
走り出した直後に、蒼月は自分の選択の愚かさ加減には気付いていた。
そして、自分の思考に次第に不純物が混じりつつあることも。
だが、気配を隠すのをやめてしまった以上、もう蝙蝠を見逃すわけには行かない。
ここまで気を使ってきたと言うのに、あちらはこちらの綿密な気配りに小さな切っ掛けを投げ込むだけでいいのだ。
「不純物」にとっては、さぞややりやすい状況だろう。
「気付かれただァ?」
「うん」
ヴィレンのあからさまに苛立った声にも、リリスはものおじしない。
ただ、困った困ったと騒ぎまくっている。
「あのね、蝙蝠が一匹気付かれて追いかけられてるの。どうにかして振り切ろうとしてるんだけど
難しいみたい。あんまり長い時間外に出しておくとあの子達死んじゃうかも。どうしよっか?」
「チッ……」
相手が引かないなら、こちらのやることは悩むほどない。
「始末しちまうか」
「でも、結構強いよ」
リリスが力半分でなくても、大変な相手かな? と小首をかしげる小悪魔。
「じゃあとっととずらかるぞ」
「蝙蝠が戻ってくるまで待ってよう」
「…………」
回収しなければいけないのだろうが、蝙蝠にはもれなく客がついてくる。
となると、あまりやりたくはないが、シンプルに交渉と行くか。
ごまかしてやり過ごすなり、互いの背を狙いながらともに歩くなり、生き延びられる可能性は十分ある。
問題は相手が聞く耳を持たないタイプだった場合。この状況では、そちらに当たる可能性のほうが高いだろう。
馴れ合いを嫌うヴィレンにとっては、そうであってほしいというポリシーと
そうであってほしくないという希望がない交ぜになって複雑な気分である。
横でリリスがぽんと手を叩く。
「あ、じゃあ、違うところに行ってもらおっか」
言うが早いか、むむむーんとしかめ面を作って、何かを念じている素振りを見せる。
「……お前」
変な魔術が使えなくなったと言った舌の根も乾かぬうちに蝙蝠を使ったり、このポーズだ。
こいつもなんというか支離滅裂な奴だと思いながらも
無事にやりすごせるならそれでヴィレンに文句はない。
「あーあ、やっぱり遠くからじゃダメだあ」
「…………」
もう突っ込む気も起きない。
蒼月に比べて確実に見劣りすると言っても、かすみも一端の忍である。
蝙蝠から目を離さないようにして、足元がおろそかになるような醜態はありえない。
それを横目で確認して、彼女は足手まといにはならないだろうと、蒼月は蝙蝠に集中することにした。
蝙蝠は、どうやらこちらを撒こうと四苦八苦しているようだが、本来ならすぐに追いつけるところを
敢えて一定距離を保つに留めている蒼月を撒くのは不可能だった。
ビルを飛び越えてしまえば、さしもの蒼月も追いつくのに時間がかかるだろうが、どうやら蝙蝠自身
高空を飛んで太陽光を浴びるのはなんとしても避けたいらしい。
そのコンディションの悪さに加え、淡々と一定距離を保ったまま追ってくる蒼月の姿は
気の弱いものなら恐慌状態に陥っているだろう。
「……き……すみ」
突然、懐かしい声に呼ばれた気がして蒼月は反射的に声を出して返事をしようとした。
喉元まで出かかった声を呑み込む。
足を止めるわけにはいかない。声はどこから聞こえてきただろうか。前か。
前にしても、少し横へずれているかもしれない。
「あ、あの、蒼月さん」
後ろのかすみが、遠慮がちに声をかける。
その声を知ってから一日もともに過ごしていなかったと言うのに、かすみは懐かしいと感じた。
「兄貴、かすみぃ!」
向こうの角にひょいと見える、燃えるような赤毛。
あれは見覚えがある。
赤毛ばかりを何人分並べようと、一目で当てる自信がある人物の赤毛。
「火月さッ……!?」
かすみが声をかけようとした途端、すぐに引っ込んでしまう。
突然、風切り音が響いた。二人同時に飛び退く。
足元の舗装に矢が跳ねた。
「兄貴、かすみ! そこに居ちゃ危ねえ!」
また、角からちらりと見える赤毛。
「これは……」
火月だ。
規制緩和支援。
「だが断る!!」
突然彼等の目の前で生き返った火月の体が光りだす!
そう、彼は怒りによって炎邪に目覚めたのだ。
「俺は怒ったぞぉぉぉぉぉ!! ドッゴラァァァァァァッァア!!!!」
そして炎邪の体から七色の炎が生まれた。
そのなないろの炎は大地の全てを包み、消した。
【炎邪優勝】
127 :
規制緩和支援:2005/06/30(木) 03:27:13 ID:YF0RgWH2
――騙されるもんですか!
突然、かすみの目から七色の光線がry
だが、火月ではない。
「これはまやかしですね」
この手の魔物とは、それなりに戦った経験がある。
まやかし使いとなると、五感を頼りにしてはいけない。
第六感を研ぎ澄ませ、冷静な思考で現実と幻覚の齟齬を探し、そこを突かなければならない。
そのために、足を止めざるを得なかった。
かすみを手で制し、その場で周囲を警戒する。
二本目の矢も、危なげなく回避。
次第に、火月が大きく身を乗り出すようになってきた。
それだけ幻覚に深くかかっているということなのだろう。
三本目と四本目が同時に来る。
「兄貴、かすみ! こっちに来るんだ!」
確かに、何を見ても、火月の面影を見出してしまっていた。
さしもの蒼月も、かすみの声を聞いていなければかすみが火月に見えてしまう。
放送で火月の名を聞いてから、あれだけ時間をかけて思い切ったと言うのに、
どうやら蒼月の心中に火月は深々と根を張っていたらしい。
それも当然か。
この相手は幻覚を使う。そういった、心理的な弱点を持っていることは、幻覚使いを相手取るには非常に不利に働く。
「あ、あの、蒼月さん……」
「しっ。矢をかわすことに専念しなさい」
「信じてくれよ、兄貴!」
五本目。避けたところに、六本目。
避けきれずに手刀で叩き落す。
そもそも、火月が死んでしまえば、蒼月にはこのゲームで自分が生き残る以外の目標は存在しない。
そして今、火月は死んでいる。
そして今、死んだ火月をネタにまやかしに襲われている。
死人のために死ぬわけにはいかない。
ここを生き延びても、これから自分が生き延びるためには、もっと力が必要だろう。
強い力を。
弱い心に揺さぶられぬ、強固な力を。
七本目を、掴んだ。
「兄貴!」
「わかりました、あなたは火月です。それは認めましょう」
「え!?」
矢を手の中で握り折りながら声に応えると、かすみが驚いて振り返る。
それくらいで声が出るようでは、やはり彼女はまだまだ修練が足りない。
まあ、それでも別にいい。
「では、火月」
体中が熱く、冷たい。
帯に手挟んだカッターナイフをそっと抜いた。
「死人がいつまで現世にいるつもりですか」
しなやかに、軽やかに、流れるように。
しかし確実な威力を秘めて刃が飛ぶ。
「きゃんっ!?」
そっとこちらを窺っていた火月の胸板に刃が突き立つ。
だが、火月が漏らした悲鳴は彼のものではなく、少女のソプラノだった。
「死人は常世に帰りなさい」
これで、「火月」は「死んだ」。
「火月」を大事に思っていた蒼月の感傷も、これで断ち切れる。
それに伴って、蒼月の中の何かも断ち切れる。
僅かな時間であったが、こちらの傷を翻弄してくれた「先程まで火月だったもの」を、怒りを込めて睨みつける。
「いったーい……もー、やっぱり力弱ってるぅ」
右胸からカッターナイフを引き抜いて、困った顔の少女が蒼月に背を向けた。
「あ……あの、蒼月さん、あれは……」
「南蛮の妖魔ですね」
それはかすみの質問への答えになっていたが、しかし独り言だった。
髪を結んだ紐に手をかけ、ほどく。
縛められていた長い髪が後光のように広がった。
「妖魔風情が。礼儀を躾けてあげねばなりませんね」
ゆるりと一歩。
「え、あ、あの、追うんです……か?」
「ついてきなさい」
その口調には、今まであった、こちらを慮る色が全く消えていた。
「あなたは私の言うことを聞いていればいいんです」
切り下ろされた一言は有無を言わせない。
だが、追うというには走ることもせず、随分ゆったりとした足取りだった。
「ヴィレンくーん!」
舞い戻ってきたリリスの胸に、カッターナイフが突き刺さっているのを見てヴィレンは目を剥いた。
「……お前、それ」
「ちょっと失敗しちゃった。すぐ追ってくるよ! 早く早く!」
そういやコイツはバケモノだったか、と致命傷の深さのはずのカッターナイフは気にしないことにした。
それにしても道をこちらから逸らさせる程度のはずの幻覚を、よもや破る相手がいたとは。
リリスの幻覚のワイルドカード的な強さに頼っていただけに、この状況はつらい。
「あのね、大事な人を見せてあげて、こっち危ないよって言わせて、そっち行ってもらおうって……」
「ボウガンはもう撃ちきったのか……どう逃げる」
「走るしかないよう。足だいじょうぶ?」
「……チ」
無駄遣いするなといったのに。
舌打ちをひとつ。
「あー! もう来た!」
リリスの叫びに、そちらを振り向く。
いた。
左足が痛い。
そういえば、かつて同じような状況になったことがあったか。
あの時のような、第六感の猛抗議。
あの時のような、「あくまで歩く」足音。
あの時の場所と、程近い位置。
少し後ろに女を従えて、男が近づいてくる。
一歩ごとが氷のような威圧感を放っている。その運足は川の流れに似ている。
あの時は何も知らず、正面から立ち向かってしまった。
防御の上から体力を奪う打突。
左足が痛い。
あの時命からがら逃げおおせた今なら、わかる。
受けると同時に、相手の攻撃部位を破壊する技。
左足が痛い。
あれとは戦ってはいけない。
「逃がしませんよ」
氷像のように完璧な微笑を浮かべて、男はそう言った。
蛇の恐ろしさを知ってしまったカエルは、もう動けない。
「もう追いつかれちゃったあ! ほらヴィレ」
何かを言いかけたリリスが吹っ飛んだ。
芸術的な笑顔をそのままに、男が掲げた右手を下ろす。
手先から水が滴り落ちているのが見える。
「あ、あの、蒼月さん……」
かすみがヴィレンを気にしながら声をかける。
蒼月はちらりと視線を向けると、すぐにつまらなそうな顔をした。
「放っておきなさい。ただの哀れな白痴ですよ」
「あ、はい……」
蒼月の突然の豹変に、不安を隠せない。
念の為拳銃をいつでも抜き撃ちにできるように手を添えながら、かすみは蒼月の後について
おそるおそるヴィレンの脇を通り過ぎる。
「さあ、私に対する礼を欠いた低級な妖魔には仕置きをしてあげねばなりませんね」
リリスがどこまで吹き飛んだか、ヴィレンにはわからない。
ただ振り返ることさえ恐ろしい。
背後に水音と破壊音を聞きながら、ヴィレンはその場に立ち尽くしていた。
蒼月がやる気なら、とっくに死んでいる状態だった。
俺は死んでいるのか、と、ヴィレンは思った。
これが死んでいるというなら、自分はもう随分と前に死んでいる。
あの時、あの鷹がいる場所に出くわさなければ、あの胴着の男に手もなく殺られていた。
だが生き延びた。そしてまだ生きている。
あの青髪のバケモノは、どういう訳かリリスにご執心らしい。
リリスを追っている限り、こちらには来ないだろう。
そして、リリスはまず勝てない。
負けた者は死ぬしかないだろう。
今なら、逃げられる。
あのバケモノがリリスに執着している限り、自分にマークはない。限りなくフリーだ。
逃げる。
逃げるぞ。
逃げるんだ。
脳裏に浮かぶ、あの光景。
後ろから迫る圧倒的な存在感。
触れれば粉砕される、容赦のないパワー。
それから逃げる自分の姿。
自分の姿を自分で見られるわけがない。
だが、地べたを這いずり回りながら、なんとかソレから逃げようとする姿は、とても無様だった。
あれはヴィレンだった。
そしてその光景の中では、鷹の檻にたどり着くなどという幸運は存在しない。
捕まって、首を折られる。
頭を潰されるのもあるか。
心臓を引きずり出されるかもしれない。
そうやって死んでいく姿はなぜか、しょうがないよ、とだらしなく笑っているリリスのものだった。
人間って弱いもんね、と。
リリスの突き出した拳から、光る蝙蝠が飛ぶ。
だが、それはリリスの普段の力に比べれば弱弱しく、蒼月にとっては攻撃ですらなかった。
体に僅かに巡らした水の皮膜を破ることもできない。
「あーん、いやー!」
「それで攻撃のつもりですか」
蒼月が手首をひねると、地面から噴き上がった水柱がリリスを弾き飛ばす。
ぬいぐるみのようにぽてっと落ちるリリス。
「あいたたたた……」
口調はあくまで軽いが、ダメージは随分と溜まってきているらしい。
「どうしました、動きが鈍ってきていますね」
のたのたと起き上がっているリリスを、片手を上げて指し示した。
「どうでしょうかすみさん。なかなか無様で笑えてきませんか?」
「あ……え、と」
自分を無力化したときのような、あの冷徹さと合理性の塊のような戦い方ではない。
そのことに、かすみは少なからず戸惑っている。
こんな、蝶の羽をもいで捨て置くようなことをする男ではなかったはずだ。
先程の火月の幻覚にかけられてから、蒼月はどこかおかしくなっている。
「ふむ、お気に召しませんか」
かすみの受けが悪いと見て、蒼月は不満そうな顔をした。
「それではもう少し鳴いてもらいましょうか」
右手に生んだ水球が、リリスに襲い掛かる。
「きゃうっ!?」
「もう避ける余力もありませんか? 興醒めですね」
ギリギリ避けられるように調節していたのだろうか。
投げつけるつもりだったらしい次弾の水球を握り潰し、蒼月はつまらなそうにリリスを見下ろす。
「あの、蒼月さん」
「……そうですね」
もうその辺にしたらどうか、と目顔で訴えたかすみに、蒼月は物足りなさそうに同意の表情を返した。
「それでは」
134 :
規制緩和支援:2005/06/30(木) 03:35:28 ID:YF0RgWH2
「クッ、このヴィレンただでは殺られんわ! 七色爆発」
ヴィレンの体が七色に輝いたと思うと、大きな爆音と共にヴィレンの体が弾けとんだ。
その爆発に飲み込まれた蒼月とかすみの体が溶けてゆく、溶けてゆく。
「うえあうあwせdrftgyふじこlp…」
そして誰もいなくなったサウスタウンには、ただ悲しみだけが残った。
腕に水気を集める。
とどめの体勢だった。
「命乞いをしなさい。やりようによっては、助けてあげないこともありませんよ」
「あう〜……」
余裕がないのかやる気がないのか、リリスは目をくるくるさせたまま応じない。
フン、と蒼月が鼻を鳴らした。
「そうですか。では、やはり死になさい」
さらに水気を集め、周囲ごと叩き潰すべく腕を振り上げる。
そこに足音が迫ってくる。
普通の走り方ではない。どこか引きずるように、しかし全速力。
かすみが素早く反応して銃を向ける。
「……シィッ!」
その顔に、小さな袋が投げつけられた。
「!?」
反応したかすみの銃弾が、袋を吹き飛ばす。
瞬間、辺りが白煙に包まれた。
「うあわっ……」
「ぶ、無礼者ッ!」
粉塵に巻かれて、蒼月が大喝する。
内容物は小麦粉。それに加えて、トウガラシが二人の視界を痛みで曇らせる。
その一瞬の隙を突いて、ヴィレンはリリスを掻っ攫った。
「先程の白痴ですか……ッ」
「この……!」
「待ちなさい、撃ってはいけません!」
涙で歪む視界ながら、どうにかヴィレンに照準しようとするかすみを蒼月が押しとどめる。
空気中に一定以上の密度で粉が舞っている場合、火花をつけると粉に引火して爆発を引き起こす。
拳銃など火花の最たるものだった。
だが、かすみが思いとどまっても、そういったケンカテクニックはヴィレンの方が熟知している。
「喰らえ……!」
左手のひらに巻きつけたチェーンに、アーミーナイフを叩きつける。
かち、と火花が出た。
「ヴィレン君、逃げてると思っちゃった」
抱きかかえたリリスの軽口には答えない。
折れた足で人一人を抱えて走っているのだ。そんな余裕があろうはずがない。
リリスも大人しく抱きかかえられている。
普段ならわざとヴィレンに甘えているのかと邪推もできようが、全身についた無数の傷を見れば
本当に体力が残っていないのがわかる。
「でも、どうして戻ってきたの?」
もっともな疑問に、ヴィレンは少しだけ考える。
そろそろ粉塵爆破で稼いだ時間もなくなってきたか。
凄まじい怒りの波動を伴って、スコールのような水音が接近してきている。
大人しく考えていたヴィレンの表情が、一気に焦りに支配された。
「何でもねえよ!」
一声叫んで、がむしゃらに走りながらどこか逃げられる場所を探す。
また、追いつかれるのか。
また追い詰められて殺されるのか。
人間だから弱いから殺されて当たり前か。
「冗談じゃねえ……」
嫌な汗を滲ませながら、必死に逃走手段を探すヴィレンを、リリスは黙って見つめている。
「あれか……!」
逃げ道が見つかった。
マンホール。
あれを外して下水に逃げ込めば……
「ダメだよ、あの人、水を使うもん」
「ッ!」
下水など水だらけだ。逃げ込めばなぶり殺しだろう。
「クソ!」
小さく叫んで、さらに探す。
横に、地下鉄の通風孔らしき鉄格子が嵌っていた。
あそこからなら逃げられるかもしれない。
だが、鉄格子は堅く重く、破るのも外すのも難しい。
「弱い奴は食われて死ぬしかねえ。だが俺たちはまだ生きてる。死なねえぞ……俺は絶対に死なねえ」
リリスを下ろすと、自分に言い聞かせるように唸り、アーミーナイフを格子とコンクリートの隙間にねじ込む。
ナイフが欠けるのが先か、コンクリートが割れるのが先か。
はたまた後ろから水に叩き潰されるのが先か。
「それで、リリスも助けてくれるんだ」
言葉の代わりに返された一睨みに、ふうん、と嬉しそうに首をかしげる。
必死になれば、どうにかなるものらしい。コンクリートが割れてできた隙間に、チェーンを通して両手で掴む。
「それじゃあ、ヴィレン君が死にそうになったら、リリスも助けてあげるね」
「うるせえ」
全身を梃子にしてチェーンを引くと、どうにか通風孔の鉄蓋を引き剥がす。
「知ってる? 悪魔の約束は固いんだよ」
「うるせえってんだよ」
ヴィレンは彼女を見なかったせいで気付くことはなかったが、
そう言ったリリスの姿はぞっとするほど色気があった。
追いついた蒼月が見たものは、リリスを叩き込んでから自分も通風孔に飛び込むヴィレンの背中だった。
その背に数歩遅れて、ぽっかりと黒い穴を覗き込む。
「地下鉄の通風孔……追えば、間に合うかもしれませんけど」
かすみが呟くように言う。
ここまで来た以上、追ってとどめを刺すのが定石か。
彼女にとってはあまり気の進むことではなかったが、はっきりと敵対してしまった以上、仕方のないことだ。
「いや、その必要はないでしょう」
先んじて通風孔に足を踏み入れようとしたかすみを、蒼月が押しとどめる。
「え、でも……」
あの青年は見るからになんでもやるタイプだ。
あの少女も、いきなり幻覚を見せてきただけに捨て置けない。
どちらも、放置すれば付け狙われて不意打ちを受けないとも限らない。
「このまま放っておいたら……」
138 :
規制緩和支援:2005/06/30(木) 03:41:35 ID:YF0RgWH2
今度は普通に支援
139 :
規制緩和支援:2005/06/30(木) 03:46:09 ID:YF0RgWH2
もう一発
支援、がんがってください。
規制は確かスレ単位じゃなくて、板単位での書き込み数だと聞いたことがある。
よって、別スレで書きまくった方が支援になるかもしれない。
抗議するかすみを、困った生徒を見るような視線が押しとどめた。
「確かに彼らのした事は見過ごせませんが」
ちらと視線が通風孔に及ぶ。
「だからと言って、この私がわざわざこのような薄暗がりに入ってやる必要はありません」
「……え?」
「下等な妖魔と下等な人間には、地の底がお似合いだというのですよ。
私がわざわざそこまで降りてやる道理はありません。わかりましたか?」
話がつながらない。
なんだか変だったとは言え、まさかそんな駄々っ子のような理由で。
「困りましたね、かすみさん」
蒼月がかすみの顔を覗き込む。
「何度も言うようですが、あなたは私の言うことだけ聞いていればいいのですよ」
「…………」
返事はできなかった。
それを無言の肯定と受け取ったのか、蒼月はかすみから離れる。
顔を覗き込まれた際に、自然とかすみも蒼月の目を覗き込む形になっていた。
違う。
蒼月はどこへ行ったのか。
【かすみ(戦闘服) 所持品:ノートパソコン 拳銃(残り14発+1カートリッジ) IDカード 衣類等 目的:ガーネット達の捜索】
【風間蒼月? 所持品:なし 目的:不明】
【現在位置:2区東ブロック】
通風孔からは、転げ落ちたも同然だった。
側面の壁に手足を擦り付けながらと言え、数メートルの落下は、その着地に大きな衝撃を伴う。
体中が痛む感覚に顔をしかめながら、ヴィレンはどうにか側孔から這い出した。
地下道の中は視界ゼロ。昼間の中から突然落ちれば当然だろう。
と、地下道の一方の先が薄く光った。
次第に大きくなる地響きを伴い、光もまた接近してくる。
まずい。
光の勢いが上がるにつれ、周りの様子も見えるようになってきた。
地下道はほぼ円形、とりあえず手近にもぐりこめるような側孔はすぐに闇に紛れてしまった。
こうなれば壁にへばりついて何とかやりすごさなければ、と光を睨みつけて、ヴィレンは凍りついた。
遠目に見える光の中、逆光を背負い両手を広げてヴィレンを迎え入れようとしている人影。
ヴィレンが地下鉄を暴走させ、線路に叩き落したあの東洋人の若い男。
あの青年が、ぽっかりと黒い空洞のようになった虚ろな目をして近づいてきていた。
「…………ッ!」
数秒のタイムロス。
それで、走り来る地下鉄を避ける時間は失われた。
地下鉄の舳先に掲げられた青年の死霊は、自分を葬ったヴィレンを道連れにしに来たのだ。
死霊が泣き笑いを浮かべ、身動きできないヴィレンに向かって両手を広げて迫ってくる。
およそ数秒、ヴィレンは何もできなかった。
ただ抱擁を受け入れ、そっと押し倒される。
そしてその上を、数百トンの鉄の塊が駆け抜けていった。
「……あ」
まだ、生きている。
指先に力を入れる。問題なく動いた。
足を振ってみる。途端に左足に走った鈍痛で、馬鹿な真似はやめた。
ゆっくり、起き上がる。
遠くへ過ぎ去っていく電車の振動が、仇を捕らえ損ねた死者の嘆きに聞こえた。
話には聞いていたが、線路の真ん中に伏せれば電車に轢かれないという都市伝説は、どうやら本当だったらしい。
徐々に闇に目が慣れてくる。
体は大丈夫。左足の骨折は依然として残り、落下のダメージがプラスされて体中が痛むに過ぎない。
ヴィレンから少し離れたところに、何か光るものが落ちているのが見えた。
手に取ろうとすると、それ以外に手に触れるものもある。
まず光るものから取ってみると、それは参加者全員に漏れなくつけられた首輪だった。
ひしゃげもねじれもない、完全な状態。
そして、もうひとつはテーザー銃だった。見えにくかった理由は、黒っぽい銃身が闇に溶けてしまっていたからだろう。
こんなものがこんなところに転がっている道理はない。
とすれば、リリスの蝙蝠が拾ってきた黒い塊なのだろう。
そう思うことにした。
それにしても、ヴィレンを生き延びさせるなら、もっとマシな武器を残すなり何なりするべきだろうが。
ふと、手に残った感触を思い出す。
「悪魔の約束は固いんだよ」、か。
結局、リリスが何を考えていたのか最後までわからなかった。
ゲームを完成させるために利用するだの何だのと言っておきながらこのざまだ。
その捨て駒を庇って、自分が死んでしまっては元も子もないだろう。
「目的と手段を取り違えるな、ってな……」
リリスは死んだ。
弱いからだ。
弱い奴は食われて死ぬ。
テーザー銃を手に取り、握り締める。
それならば、明らかにリリスより弱かった自分が、こうして生き延びている道理はなんなのか。
重い体を引きずり、地下鉄線路内をどこへともなく歩き始める。
「……俺は、死なねえぞ」
左足が痛む。
【ヴィレン(左足骨折、全身打撲) 所持品:チェーン、鉄針、鉄釘、パチンコ玉など暗器多数、アーミーナイフ、テーザー銃、首輪
目的:ゲームに参加、生き残る】
【リリス ゲーム脱落(死亡扱)】
【現在位置:地下鉄線路上】
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
眼前には大量の血。
顔を上げることができない、恐怖で体が動かない。
目前に白い影、目前に血、目前に絶望。
アルルの意識は、そこで途絶えた。
「……………」
質素な部屋の粗末なベッドの上で、アルル・ナジャは目を覚ました。
直前まで見ていた悪夢のすさまじさとは裏腹に、
それは己の悲鳴に飛び起きるでも、寝床から転がり落ちるでもない、ごくごく普通の穏やかな目覚めだった。
ごしごしと目をこすり、乱れた栗色の髪をいつものように手櫛で整える。
「うーん、おはよう、みんな………って、もうお昼かぁ」
アルルの欠伸交じりの挨拶には誰も答えない。
代わりに、どこから響いてくるのだろうか、窓の外からは小さいながら絶え間ない潮騒の音が聞こえる。
「どうしてあんな夢、見たのかなぁ……ボクも、だいぶ参っちゃってるのかな。ねぇ、真吾く」
言いかけて、アルルは、己の周囲に漂う血の匂いに気がついた。
いぶかしんで横を見てみれば、テーブルの上に日輪をあしらったグローブがきちんとそろえて置いてある。
「…………………。」
赤い。
元から血濡れで不吉に赤く染まっていた金糸の刺繍は、更なる赤を吸ってもはや地の色に溶け込みかかっている。
彼女はぱちぱちと何度か瞬いてそれを見つめ、しばらくして小さくひとりごちた。
「あぁ、そっか、そーだった」
とりあげたグローブを、なんとはなしに手にはめてみる。
元は草薙京のものだったグローブは、彼女の手にはやはり大きすぎた。
「真吾君、いなくなっちゃったんだっけな」
―――――でも、どうしていなくなっちゃったんだっけ?
いまだ麻痺した感情でアルルが考えこんでしまった時、
部屋の隅でひざを抱えて座り込んでいた影がふいに身じろぎした。
それまで家具のひとつだと思い込んでいた影が動き出したことに、アルルがびくりと身をこわばらせる。
「………アルルちゃん、起きたの?」
よく見てみれば、何だか分からない影と見えたものは全身傷だらけの女だ。
とるべき行動をとっさには判断できなかったアルルは、結局流されるままに女の名を問うた。
「えーと…あなた、誰だっけ?」
「ん、私ニーギ・ゴージャスブルー。ニーギでいいわ」
「ニーギ、さん」
状況を把握できないまま、聞き覚えの無いのかあるのかもよく分らない名前をただ意味も無く繰り返す。
ニーギは体を責める鈍痛に少し顔をゆがませながら、床に手を着いて立ち上がりアルルに歩み寄ってきた。
「怪我は、確かなかったわね。具合はどうかな?」
確かに、アルルはこれまでの戦いにおいても直接負傷を受けたことは無い。
怪我らしい怪我といえば、自らつけたあのひとつだけである。
アルルは、傷をグローブで隠した右手を開いたり閉じたりしてから、ややあってうなずいた。
「…………うん、だいじょうぶ、痛くもないし」
「そう………そりゃ、よかった」
痛々しい沈黙が続く。
アルルは名前以上の何をこの女性から聞いたらいいものかわからず、
ニーギは最悪の結果を自分の口から知らせていいものかわからず。
互いが互いに、次の話題を切り出せずにいた。
「おい、ニーギ。……ってああ、あんたも起きてたのか」
そんな膠着を破ったのは、木製の扉が遠慮がちに開く音だった。
助かった、とでも言いたげな顔をしてニーギがアルルから視線を外す。
「社くん、どうしたの?」
「どうやらこの近くで大きな戦闘でもあったらしい。頃合を見てここから離れたほうがよさそうだ」
「あー、さっきの雷ね……空は晴れてるのに、どうもおかしいと思ったんだ。
でもいいの?雷使うってことは、社くんの仲間かもしれないじゃない」
社はシェルミーのことを思い描いた。できれば早く会いたい、もっとも信頼できる仲間。
だが、今の彼女がこれほどの雷を使おうと思えば、必ず天の力を持つ贄が一人以上必要だ。
彼女がゲームに乗ったとはあまり考えたくなかったが、いつでも最悪の場合は想定すべきだろう。
「まぁ、そうなんだけどな。………外したときが怖いからな」
社はニーギに歩み寄ると、ややあって傷の様子を遠慮がちに伺った。
「それさ、痛まねぇか?」
「大丈夫よ、こんなもの。今までいっくらでも受けてきたわ。それより………顔は避けてくれたのね、ありがと」
冗談めかしたニーギの言い草に、社は深刻な空気を挫かれ相好を崩した。
「まあな。女の顔は殴らねえ。最低限のマナーって奴だぜ……ま、シェルミーの受け売りだけどな」
社はそこまで言うと、こぼれていた笑みを収めてアルルに向き直った。
「………なんて言ったらいいかなんて分かんねぇけどよ、とりあえず元気出せよ」
「………元気出せって言われても?」
アルルは首をかしげる。どうしてこの男が自分を元気付けるのかが分からない。
「出られるようならすぐにでも出たいんだがな。外傷はないんだろ?」
「だって。アルルちゃん、大変だとは思うけど、出られるかな?リュウさんも外で待ってるし」
やさしく声をかけてくるニーギ。だが、彼女の耳にその言葉のどれだけが入っていただろうか。
アルルの目が大きく見開かれる。
「………リュウ?リュウさんっていったよね、いま?」
眼前が、ふっと真っ白に染まった。
信じられないといった表情のまま倒れる少年。
命消え果るその刹那、自らの血に塗れながら、その唇は誰かの名を呼んでいた。
きっと、傍観者たるアルルしか気付かなかったろう、声にならない言葉で。
『りゅ、さ、ん―――――――!』
そして彼と対峙する、白い胴衣の男――――――
「アルルちゃん?」
ニーギに突付かれてアルルは我に返り、
そのまま壊れたテープレコーダーのように胸中を吐露し始めた。
「そうだ、そうだった。真吾くん、殺されちゃったんだ」
ばたばたと大粒の涙を流しながら、アルルの唇は狂ったように高速で動く。
「後で来てくれるって言ったのに、草薙さんはさっさと死んじゃって」
「K´さんも負けたことがないって、負けないって言って、戦いに行って、でも」
一言言うたびに、シーツを掴むアルルの手にぎりぎりと不自然な力が入る。
「リュウさんはとっても親切にしてくれて。だから信じようと思って。真吾君にも信じようって言って。
なのに、なのに、こんなことになって。あのおじさんは怖い人で、拳崇さんもほんとは敵で。
みんな嘘で。嘘ばっかりで。K´さんは見捨てられて。真吾くんは殺されて。
一緒にがんばろうって思ったのに。
今度こそみんなでがんばろうってそう思ったのに」
アルルの声が二人に理解できる言葉になっていたのはそこまでだった。
後は、ただただ俯き意味を成さない言葉とともに嗚咽し続けている。
「あ………えーっと」
その痛々しい様子に、ニーギは流石にいつものやり方で相手を鼓舞するのを躊躇せざるをえなかった。
昔から、大事な人を亡くして落ち込んでいる人間を普通に慰めるのはどうも苦手なのだ。
「アルルちゃん…ごめんね。
こんな思いをしたところなのに、いきなり知らない人と一緒に来いって言われても困るよね」
手を出しかねるニーギにかわって、社がアルルを抱えてその身を起こす。
彼がアルルを立たせてやると、彼女はしゃくりあげながらも意外にしっかりとした足取りで地を踏んだ。
「おら、行くぞ」
「………リュウさ………ところ……、いくの?」
「今はどうのこうの言ってる場合じゃねえんだ。分かってくれ。
今どういう状況かは、後でリュウから聞いてくれればいい」
「うん、分……て……よ、ちゃんと……かってる」
明確な言葉を発せられないまま、アルルはニーギにすがりついた。
ニーギの顔も社の顔も見ないまま、血に塗れたグローブで目元をごしごしと拭う。
「だ……ら、しん………ボクが、………っ………よ」
アルルの胸元に光る、胸元の銀の十字架が揺れる。
「だか、ら――――」
どおん!
アルルの言葉の続きは、閃光と轟音のなかで千切れて消えた。
逃げる方向を見積もるために、小高い場所に上って晴天に下った雷光の距離と方角を確認していたリュウは、
突如自らの背後でおこった閃光と轟音に愕然として振り向いた。
「――――――そんな!」
眼前には、悪夢のような光景が広がっていた。
先刻社が引き返していった民家。その一角から炎が上がり、またたくまに家一軒を飲み込もうとしている。
木が爆ぜる音とともに新たな火の粉が舞い上がり、青空に新たな彩を添えていた。
「アルル君、ニーギくん、社君!」
背中に、気味の悪い汗が一筋流れる。
あの男たちのどちらかが、まだこちらを殺す気でいたのか。人数で勝る我々が油断するのを伺っていたのか。
「―――――くそぉ!」
炎の中にいるであろう人物の名を呼びながら、リュウは転がり落ちるように高台を駆け下りた。
「アルル君、ニーギ君、社君!何処にいるんだ!」
リュウは家の前に駆けつけると、まだ火の回っていない玄関から迷わず中に飛び込んだ。
ありったけの声で叫びながら、煙の向こうに目を凝らす。
「みんな――――!」
「―――おい、あまり、びーびー騒ぐんじゃねぇよ」
リュウの呼びかけが功を奏したのか、大柄な影が小柄な影を伴って濃密な煙の中から歩み出てくる。
だが彼の安堵は、一瞬の後に絶望へと変わった。
「他のやつらに、聞きつけられちまう、だろうが、よ…」
影がかすれた声でそれだけ言って、そのままどさりとリュウの足元に倒れこんだ。
彼にずっと抱えられていた小柄な影が、その弾みでリュウの方へと投げ出される。
「社君!」
焼け出された彼の姿を見たリュウの声は、もはや半ば悲鳴に近かった。
おそらくその身をもって炎をさえぎってきたのだろう、
社の全身は余すところ無く炎に炙られ、二目と見られぬ酷い有様になっている。
「やれやれ、浮気しすぎたしっぺ返しってやつ、かねぇ……」
こんな状態だというのに、くぐもった声で社は笑う。
「オロチもシェルミーも、ちょっと嫉妬し過ぎ、だぜ」
「とにかく早く何処かで手当てを!」
リュウの必死の申し出に、だが社はゆっくりとかぶりを振った。
「無理だ、こんなごついの抱えてじゃニーギの手当てが間に合わなくなる。今はあれを先に助けてやってくれ。
俺よりは軽いはずだが、それだけだ、多分、そのままじゃやべぇ………」
「……アルル君は?アルル君は、まだ…?」
「あの、お嬢さんは……俺たちとは反対のほうに、逃げて言った」
社は遠い目をした。
「だ……ら、……………しん………ボクが、………っ………よ」
「――――?」
社はふと、ニーギにすがりつくアルルから何か違和感を感じた。
(何だ、これは?)
アルルの手から、僅かではあるが確実に、不可視の力が漏れ出ている。
いつもであれば、社よりもニーギの方がそういうことには敏いのだろうが、
これだけは社のほうが一枚上を行っていた。
何故ならそれは、社の一族が1800年もの間敵視し続けてきた、とてつもなく禍々しい気にとてもよく似ていたから。
(何だよこれ、どうして草薙の神気が)
それは言うなれば、「守るため」などではなく、
我等オロチを「狩る」、ただそのために草薙が放つ劫火の、残滓。あるいは、その予兆。
「――――だから」
ニーギの服を掴んだまま、アルルが顔を上げる。その瞳が映すのは、
―――――狂気じみているがゆえにどこまでも純粋な、敵意。
「ニーギ!やべぇ離れろ!」
社が叫んだのと、ニーギの腹部に押し当てられたアルルの手が白熱するのはほぼ同時だった。
「リュウさんを信じたボクが…………馬鹿だったんだよ!」
どん!
十数回も増幅魔法を重ねられた魔導の炎が、二人を飲み込み熱風で薙ぎ倒す。
アルルは二人を見向きもせず、そのまま窓をこじ開け外へとびだしていった。
あの少女は、助けてくれた人を失い、仲間を見捨てられ、散々辛い思いをしてきたのだとリュウから聞いていた。
その悲しみが、草薙や矢吹の力を借り、まさかこんな形で発露するとは。
社はつくづく思う、あまりにもこのゲームは呪わしい。
「なあリュウ、あのお嬢さんは、勘違いしてる……なんとか誤解を解いてやれ。このままじゃ、誰も救われねぇ……」
「………」
「…………さ、行け!」
だが、社がリュウを追い立てる言葉は、ニーギの言葉にさえぎられた。
「何冗談言ってるの……あんたも行くのよ、一緒に……」
ニーギがぐらつく足で立ち上がりながら、倒れている社を青く光る目でねめつける。
いつどんな戦場でも余裕のある態度を崩さないニーギが社に見せた、それは必死の表情だった。
「…………おい、無理す……」
「かっこつけて勝手に庇って、勝手に死ぬ気なの?いいから、来なさい!」
熱気と煙を吸い込んで痛む肺を叱咤し、ニーギは怒鳴った。
目の前で消え行く命を見捨てることなど、ニーギにはできるはずもないのだ。
たとえ、助けられる確立が皆無だとしても。たとえ、それで自身の命が危険にさらされるとしても。
リュウが、社を背負って歩き出したのを見て取ると、
ニーギはあちこち焼けてただれた体に無理やり力を込め、自らの足で一歩、一歩と歩き出した。
「青」としての生き方を、完遂すべく。
【リュウ 所持品:釣竿、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)
目的:1.ニーギと社の手当てをする 2.ルガールを倒す】
【ニーギ・ゴージャスブルー(全身の広範囲にわたってダメージ+中程度の火傷)
所持品:ゼロキャノンコントローラ、雑貨、ゴーグル、長ビス束
目的:ゲーム盤をひっくり返す】
【七枷社(全身火傷、瀕死) 所持品:なし 目的:シェルミーと合流、ゲームには乗らない、クリスの仇討ち】
【物干し竿は焼失】
【現在位置:7区北部】
「はぁ、はぁ、はぁ……」
青いスカートを翻して走っていた少女が、荒い息をつきながら立ち止まる。
「…………ふう、どーにかこーにか」
もしかしたらとは思ったが、あの男女はどうやら追っては来られなかったらしい。
自分が逃げてきた方向の窓は、爆風に煽られて燃え落ちてきた瓦礫が上手い具合に塞いでくれた。
おそらくは逃げ場のないまま、二人ともきっちり焼かれて死んでくれたのだろう。
「リュウさんがあそこにいなかったのが残念だな」
遠方に高々と上がる煙を見て、アルルは無感動につぶやいた。
「結局。人もぷよもおんなじだ」
それは、裏切り裏切られることに慣れていなかった彼女が、
裏切られ続けた末にこのゲームの中で出した結論だった。
「勝手にくっついて」
「ちょっとしたことでにばらばらになって」
「それであっけなく消えるんだ…」
弾けるように、何一つ残さず消えていく命。つながっているその故に、連鎖して消えていく、思い。
「ボクに消されて、消えるんだ!」
アルルは笑った。人間らしい感情の欠落した、引きつり乾いた笑いだった。
魔導力は先刻の一撃でほぼ尽きていたが、一通り休むことさえできれば回復するだろう。
よしんば回復しきれぬうちに戦うことになっても、いまザックの中に入っている人形が自分の味方をしてくれる筈だ。
アルルは一度だけ煙の上がる方角を見、そしておもむろに歩き出した。
初めて自分の意思で『消した』人間たちのことを、二度と振り返りはしなかった。
【アルル・ナジャ(軽度の流血恐怖症、重度の人間不信、魔導力残量僅少)
所持品:1/10ウォーマシン(持って今日中の電池、充電は可能)、K´のアクセサリー、草薙京のグローブ
目的:1.何処か休める場所を探し潜伏する 2.自分ひとりで生き残る
備考:気絶直前の記憶の混乱をきたし、真吾を殺したのはリュウだと勘違いしています。】
【現在位置:7区北部】
突然の事態に成す術もなく、ただ呆然となる男が2人。
生の鼓動が止まり、永遠に動かなくなった2人の女。
血溜まりの坩堝と化したこの街で、まるで彫像の様に4つの人影が固まっている。
やがて
その沈黙をネオが打ち破り、のろのろと亡骸の前に近づいていく。
ささやかな弔いを行なうためであった。
道路沿いに設計された花壇に、何とか2人分埋葬できるスペースを見つける。
先刻、乗ってきた自転車が激突したゴミ置き場から、使えそうな道具を見つけて穴を掘る。
まずはガーネットから運んだ。
左胸を撃たれほとんど苦しむ事なく絶命したのだろう、
揺さぶり起こせば「あと5分…」と寝惚け眼で答えてくれるのではないかと、ネオは今でも思う。
「お前はいい女だったぜ、ガーネット…」
まずは穴の中に遺体を仰向けに寝かせ、両手をちょうど胸の上で組ませる。
そして花壇を掘り起こすために引き抜いた花の中から、ひと際華やかで美しいものを選び、
左胸の銃痕が隠れるように、花束を両手に持たせた。
「…あの世で本物の女神となって、ここいにる俺たちの事を見守ってくれよな」
人一倍美容に気を遣っていた彼女のために、その効能のありそうなサプリメントを
自分のリュックから取り出し、穴の中に入れる。
一緒にいたのは短い時間ではあったが、旧知の相棒と共に行動するのとほぼ変わらない心持ちだった。
だからこそ、今まで命の危険に晒されても切り抜ける事が出来たのかも知れない。
精神の安定をもたらしてくれた彼女に、心から感謝した。
続いて不知火舞の埋葬に取り掛かる。
頭部と下肢から血が流れ出した遺体は、痛ましさにおいてはガーネットを上回っていた。
「…さぞや、仲の良い夫婦だったんだろうなあ」
自分を殺そうとした女に、ネオは最早何の恨みもなかった。
「あともう少ししていたら、旦那と、そして、3人で…」
幸せな家庭を取り戻すため、地獄の街から生還するため、
望まぬ殺人を犯した女が、ただ、哀れでならなかった。
「こんな馬鹿げた殺し合いに巻き込まれていなきゃ、今頃……っ!」
そこから先の言葉は続かず、何も出来なかった己の無力さを噛み締めるばかりであった。
彼女の荷物の中に紛れていた一枚の紙片、紅茶か何かのレシピが書いてある。
もし遺族に会う事が出来たら渡してあげようと、丁寧にしまい込んだ。
ふとゴミ置き場の片隅に、赤ん坊にとって馴染み深い玩具であるガラガラを見つける。
すっかり汚れて古ぼけた外観とは裏腹に、振ると独特の心地よいリズム音が聞こえてくる。
花と一緒にその玩具も、ちょうど舞の腹部に来るように添えた。
生まれ出る事なく消え去った、もう一つの命のために。
一方。リョウと言えば、立ち去る事もなく、かといって埋葬の手伝いをするでもなく、
その場に座り込んで、ネオの行為を一部始終無言で見届けていた。
もし五体がまともな状態であれば、手伝いに協力は惜しまなかっただろう。
もう少し先に大きな公園があるので、墓を作るのにもっと適した場所を案内してやる事もできた。
だが、自らも風前の灯に近い傷付いた身体では、手伝うどころか却って邪魔になるのが関の山である。
とは言え、彼女たちを捨て置いて去っていくのは、余りにも気が引けた。
ユリと親しい間柄だった舞はもとより、ガーネットとかいう女が施した手当てにより、
左腕の出血は完全に止まり、重傷であるのは変わりないが、全身にかかる負担が幾らか軽減されたように思える。
本物の看護婦ではないと言っていたが、どうやら救急に関する一通りの心得はあった様だ。
消えかけていたリョウの胸に再び闘志が湧き起こってくる。
まだ、闘える。
闘わなくてはならない。
生きながらにして、人としての営みを止められてしまった、我が妹のために。
残っていた花を彼女達の全身に散りばめて、上から土をかぶせる。
埋葬を終えたネオはしばらくの間、黙祷を捧げた。
リョウも立ち上がり、彼に倣う。
突然の風にどこからともなく運ばれ、ひらひらと舞い降りる、艶やかな花弁。
志半ばにして散った徒花が、あたかも涙を流しているかのように―――
「さて…と」
ようやく一通り済ませたネオは、初めてリョウの方に向き直った。
「確かあんた、どうしてもやらなきゃいけない事があるって言ったな」
「ああ…青い柔道着を来た男を探しているが…」
それがどうした、と言わんばかりの彼にネオから意外な言葉が出る。
「ならあんたの用事ってやつを、人捜しを手伝ってやるよ」
「なっ……!」
今まで問うてきた相手は全く知らないか、隠し事をして怯えたかのいずれかしかいなかった。
自分自身が生き残るために精一杯で、お互いを気づかう余裕など微塵もない筈だった。
「その身体で相手を探すのは大変だろ?人捜しは探偵の得意中の得意分野だしな、それで…」
その先には更に信じ難い言葉が待っていた。
「あんたが目的の人物と会ってその用事が済んだら、今度こそ、ここから生きて脱出しようぜ。
俺と、生き残っている他の奴等と、みんなで一緒に」
「……………」
言葉に、詰まった。
ネオにはまだはっきりとは伝えていないが、リョウの探している相手は妹の復讐である。
当然、生かしておくつもりはないし、その先はどうするか考えてもいなかった。
先ほどの舞の言葉通り、今となっては刺し違えて死ぬ他に選択肢は残されていないだろう。
だと言うのに、この期に及んで、たて続けにおこった死を目の当たりにしても尚、皆で生きて脱出しようと主張できるのか。
本当に、馬鹿な男だ。
そして、いつの間にかその言葉に賭けてみたくなった己自身も。
ふと幸せだった頃、その幸せを掴むために必死に闘っていた頃の自分を思い出す。
ユリを壊した相手の目処が立ち、復讐を誓った時に、その感情は全て捨て去った、つもりだった。
もう二度と流れるはずのなかった熱い涙が、リョウの目から溢れ出る。
「よせやい、目的地はまだまだ先だろ…」
それを見つめるネオもまた、顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「不思議だな…お前とは初めて会った気がしない、ずっと長い付き合いをしていた様に思える」
静かに呟くリョウに、ネオは大きく頷く。
「ああ、俺も同じこと思ってたぜ。そうだ、まだお互いに名乗っていなかったな。
俺はネオ、ネオ・マクドナルドって言うんだ。よろしくな」
「リョウ・サカザキだ」
2人はがっちりと固い握手を交わした。
「…なるほど、青い柔道着を着用していて、シルバーのアクセサリーを身につけているか、よし」
捜す相手の特徴をメモに書き写したネオは、ゴミ置き場に突っ込んだまま放置されていた自転車を起こし、
荷台に乗るようリョウに促す。自力での移動が困難な彼にとって有り難い申し出である。
かくして、過酷な運命と僅かばかりの希望を載せて
再び自転車は走り出したのであった。
【ネオ 所持品:魔銃クリムゾン・食料等、多目的ゴーグル(ガーネットよりルート)、使い捨てカメラ写ルンDeath(舞よりルート)、
マチュアのメモ(本人は舞が書いたものと思い込んでいます)、(それ以外の荷物は遺体と一緒に埋めてあります)
目的:リョウの人捜しを手伝う、外のジオと連絡を取って事件解決、生存者全員で会場から生きて脱出する、メモを舞の遺族に渡す 備考:自転車】
【リョウ・サカザキ(重傷・左腕使用不可(応急処置済)) 所持品:無し 目的:日守剛の殺害】
【現在位置:6区北東端より移動中(移動先は次の人にお任せします)】
【15:00〜】
永遠に続くかと思える線路を歩く。痛む足を引きずりながら。
彼は歩く、途中、何度も無人列車が通り過ぎる。
ゴー!!
「・・・チッ、うるせぇ・・・」
彼は横に移動する。目の前数十センチのところを電車が通り過ぎる。
これで三度目か?それとも四度目?
「イライラする・・・おい、何回目だ!?」
彼は話し掛ける。誰もいないのに。誰かがそこにいるように。
「・・・そうだったな・・・イライラする・・・畜生!!」
誰もいない空間に悪態をつく。
誰かに話し掛けているのか。それとも只の独り言なのか。
誰も、それを知る物はいない。
【15:10〜】
ケーブルのオッサンと一緒に地下鉄に乗って西の端っこの駅へ到着してから1時間経過!!
で、俺は今物凄く重要な事に気が付いた!!ここは只の駅じゃねえか!!目的地はあの隠し駅じゃねえの?
OK、分からない事はオッサンに聞くのが一番だ。
そう思って俺は、
「おっさん!!目的地間違ってねえか!?確か目的地は東のウグッ!?」
オッサンは話している途中に文字通り口を遮りやがった!ビックリした。
で、人差し指をさして、シーッて言っている。そうか!盗聴されてるのかもしれないんだった!忘れてた!!
ヤッベヤッベ!
そして口を抑えている手を離しておっさんが紙に何かを書き出した。
そして俺にそれを渡す。
え〜何々?
"ここはあくまで集合場所だ、信用できる者が集まってから移動する寸法だ。"
なるほど、さすがオッサンだ。なんと言う冷静で的確な判断力だ!!
【16:00〜】
「やっと光が見えてきやがった…」
ここは終点、最後の駅。闇を望んでいたはずの彼はその光に安らぎを感じる。
「…畜生…イライラする!!」
線路から這い上がり、駅のプラットホームに倒れこむ。そしてあたりを見渡す。
「…ん…?」
何気なく見たオレンジ色の蛍光色、電光掲示板。
そこには本来あるはずの時刻は書いていない、その代わりこう書いてある
[Take thie train if you have the intention of resistance.I wait in the terminal. ]
(抵抗の意思あらばこの電車に乗れ。私は終点で待つ)
ここは終点、最後の駅。ここがその場所だ。だが自分の周りには誰も待っていない。
再度あたりを見渡す。向こう際の自分とは対極の場所に2つの人影が見える。
「なるほど…あいつ等か…」
対極の位置に居る彼らは自分の事に気づいて居ない。
ならば、罠に嵌めるのは簡単だ。
「行くぞ…俺は死ななねぇ…見ていろ…リリス…」
彼は痛む足を抑えつつ階段を駆け上がる。生き延びるために。
ここは終点、最後の駅。光に安らぎを感じた彼は再び闇を望みだす。
【16:20〜】
「オッサン・・・誰もこねえぞ?」
俺は目の前にいるオッサンに話し掛けてみる。あれから2時間経過、流石に暇だ。
「その台詞は38回目だぞ、エッジ」
むっつりとした顔でオッサンが答える。何もないのはいいけどさ、やっぱり暇だ。
あまりに暇なので犬福の頬っぺたで遊んでみる。
「ニョ〜!!」
何度やってもプニプニで可愛いなあ。
アキラに見せたら喜ぶだろうなあ…
はぁ…早く帰りてぇ…
アキラぁ…俺はお前に会いてぇよぉ…
「安心しろ、もうすぐ帰れるさ」
突然オッサンが俺に話し掛ける。
「…その為にここに来たんだ。だから頑張るんだ、エッジ」
そういって俺に笑顔を送る。
…あーっ!このおっさん!俺の心を読みやがった!ひでえ!!
その様子をみてニヤニヤしているおっさん。
くっそう!!ニヤニヤするなよぉ!泣きてぇ!!
【16:40〜】
駅ビルの中、彼は罠に使えそうな道具を探していた。
「ちぃ…何かねえのか?」
彼は闇を求め彷徨う。自分は冷静だと信じて疑わない。だからこそ罠を作る。そう考える。
しかし、使えそうなものは殆ど無い。衣服、鍋、日用雑貨。
時間があればどうとでも使えそうな物ばかりだが、彼がほしいのはそんなものではない。
「くそ…!!何か良い物はねえのかよ!!」
誰も居ないデパート内で一人悪態をつく。
数分後、ふとおもちゃ屋の前でぬいぐるみに目が行く。
その愛らしいぬいぐるみはつい先ほどまで一緒にいた少女の事を思い出す。
もし共にこの空間に居たならばこのぬいぐるみを見て大ハシャギだっただろう。
「…こんな所で騒がれるくらいなら…」
死んでもらって正解だ。そう自分に言い聞かす。
ただ、イライラする。
思い出したくも無い、そう感じてぬいぐるみから目線をそらす。
その逸らした先に、彼の興味を引く物があった。
「……」
そこには大量の花火が飾られている。
「…こいつは使えそうだな…」
そう呟くと彼は大量の花火を袋の中に入れる。
「後は罠を仕掛けるだけだ…」
そして先ほどのぬいぐるみに視線を戻す。
「……てめえはそこで見てろ…!!」
何も答えぬぬいぐるみに、彼はそうささやいた。
【16:52〜】
あ〜…暇だぁ…誰もこねえよ…
オッサンは何か横でメモ帳に向かって何か書いてるし、犬福はオッサンの膝でスピースピーと熟睡。
早く誰か来ないかな、一緒に戦う仲間か…
どんな奴だろう。バツみたいな熱血野郎かな?それともアキラみたいなかわいい奴かなぁ?
…早く会いてぇなあ…
【17:13】
エッジ達の直ぐ頭上に彼は居た。
先ほどの道具を駆使し、罠は出来た。完璧だ。
準備は出来た、後はここにおびき寄せるだけ。
だが、どうやっておびき寄せる?
彼は思考する。
普段の彼なら直接出向いていただろう、ただ今の彼は万全じゃない。
「相手はこんな状況で仲間を集めようとする甘ちゃん共だ…」
ならば、此方から出向かうなんて事はしなくてもいい。
そう思い、彼は唐突に隣店のショーウインドウのガラスを思い切り割った。
誰も居ない空間に、ガラスの悲鳴が響いた。
【17:13】
暇だー…と思ったら上の方から突然、ガシャーン!!って音が聞こえた!!
な、何だ何だ!?
何かオッサンもメモを書く手を止めて警戒している!
犬福もなんかビックリしてなんつーかもうとってもニョーニョー言ってる!!
「オッサン!?な、何だ何だ!?」
もうオロオロだよ!敵襲かもしれない!!ヤヴァイよ!オッサン!!
「エッジ、落ち着くんだ!!」
こ、こんな状況で落ち着けっていってもよお!!
「はぁ…分かった、俺が様子を見てくる」
そう言ってオッサンはサブマシンガンを小脇に抱えて階段へと向かう。
って!俺一人!?犬福居るって言っても俺一人!?
「お、オッサン!俺も行く!!」
「安心しろ、すぐ戻る。しかし10分以内に戻らなかったら様子を見に来てくれ!!」
瞬く間にオッサンは階段を駆け上がる。
じ、10分以内にオッサンが戻らなかったら…ど、どうしよう…
【17:14】
「これでいい…後は…」
彼はガラス片に手を伸ばし、痛む足にそれを突き刺す。
「グゥッ…!」
当然ながら鮮血が漏れる。
「よし…いい感じだ…」
お人よし達ならばコレで90%は引っかかるだろう…
そんな事を思いながら、彼は血が流れる足を引きずり、仕掛けを施した部屋へと戻って行く。
【17:16】
「誰も居ない…のか…?」
先ほどのガラスが割れた音の現場と思われる場所に到着するケーブル。
テレパス能力の網を広げてみるも何も引っかからない。
罠か?そう考えてみるがそれではテレパス能力に引っかからない理由にならない。
一回エッジの元に戻るか?そう思い引き返そうとした時、現場から点々と血の跡が続いているのを見つける。
「これは…」
それに触れてみる、まだ新しいのか固まっていない。
『何者かに襲われ、死に物狂いで逃げてきたものの…』
ここで息絶えた。そう考えればテレパス能力に引っかからないのも説明がつく。
『志半ばで息絶えてしまった者…哀れな…』
可哀想だが仕方あるまい、そう思いながら血の跡を辿る。
点々と続くそれは隣の店のドアまで続いている。
遺体から何か脱出のヒントがつかめるかもしれないし、遺体を一目見てみよう。
そう思いドアノブに手をかけ、ドアを開ける──
その瞬間。
スパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパアパパパパパパパパパァン!!
突然耳元で鳴り響くけたたましい爆発音。
「な、なにぃっ!」
その音、光は、ケーブルの三半規管を、視界を、容赦なく狂わす。
「罠か!!しかしテレパスには誰も…」
そう混乱するケーブルに何者かが襲い掛かる。
「馬鹿が…簡単に引っかかりやがって…」
その様子を見て一人呟く仕掛け人。
そしてテレパスに集中しすぎたケーブルの体に放つ鎖の一撃。
「くそっ!?」
突然の事にバランスを崩し、サブマシンガンを落してしまう。
そして狂ってしまった視界の変わりにテレパス能力の網を広げる。
しかし、何も引っかからない。
テレパスに掛からないもの…機械、生物ならざる物…
そして、何かが精神を守っている者・・・・
「見ていろ…テメエが居なくても俺は生き残れるんだよ…!!」
彼は気づいて居ない、先ほどまで共に居た彼女が、知らぬ間に彼を守っている事を…
【17:17】
や、やべぇ!何かさっきズババーンってスッゲエ音がしたよ!
せ、戦闘!?オッサンが戦闘してるのか!?
えっと!アレから何分たった!?えっと…まだ4分しか経っていねえ!!
どうするエッジ!オッサンは10分待てって言ってたけど…
「よ、良し!!行くぞ犬福!!」
こ、こんな所で悩んでても仕方ねえ!!ま、待ってろオッサン!今助けに行くからな!!!
【ヴィレン(左足骨折、全身打撲) 所持品:チェーン、鉄針、鉄釘、パチンコ玉など暗器多数、アーミーナイフ、テーザー銃、首輪
目的:ゲームに参加、生き残る 目の前の敵(ケーブル)を殺す】
【場所:2区最西、地下駅ビルショッピングモール内、ケーブルと戦闘中】
【ケーブル(負傷 消耗からは回復 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、忍者刀朱雀
目的:不意打ちして来た何者かとの戦闘】
【場所:2区最西、地下駅ビルショッピングモール内、ヴィレンと戦闘中】
【※注意 サブマシンガンはその場に落しました。】
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ・衣服類多数・食料多数 犬福
目的:ケーブルを助けに行く】
【場所:2区最西、地下駅内からショッピングモール内に移動中】
>>160 ×彼は横に移動する。目の前数十センチのところを電車が通り過ぎた。
○彼は横の線路に移動する。数秒後、彼の傍らを列車が通り過ぎていった。
「そういや地下鉄って単線部分と複線部分に分かれてるんだな…」
今思うと運が良かった。何も考えずにこの線路を歩いたものの、単線だったら次の電車であの野郎と同じ目にあっていた。
>>161 ×「行くぞ…俺は死ななねぇ…見ていろ…リリス…」
○「行くぞ…俺は死ななねぇ…」「……見てろ…」
に修正させてもらいます。
>>170 ×「行くぞ…俺は死ななねぇ…」「……見てろ…」
○「行くぞ…俺は死なねぇ…」「……見てろ…」
でお願いします!ンワァオ・・・
>171
死ねね
ざしっ。――足が地面を叩く音。
男の歩に合わせ、ある一定のリズムを踏みながらその音は続く。
ざっ、ざっ、ざっ。
ざっ、ざっ、ざっ。
不意にその音が止まる。
街路の隅に佇みながら、男は宙を仰いだ。
見上げた空。陽は既に傾いており、時が立てばやがて赤く変わる頃合だろう。
どうやって身を守るべきか。どうやって生き残るべきか。
今の彼には銃と包丁、そして師から教わった拳法しかない
気休め程度に先ほど居た森から数個石を拾ったが、武器としてはやはり頼りないだろう。
だがあの男なら応援してくれる、早く彼の元に向かおう。
と、前を向こうとした彼の深い黒瞳にあるものが映った。
一軒の民家。そしてその民家の窓に一瞬だけ映った人影。
それは男が見たことのある人物だった。
「大丈夫かな、あの人達を二人きりにさせて……」
廊下を一人で歩きながら、エミリオは一人そう呟いた。
勿論あの人達とはシェルミーと霧島翔のことである。
彼等は自分のことを受け入れてくれた、とても優しい人達なのはよく分かっている。
だが、シェルミーと霧島はどうも何かの因縁があるのか仲が悪いように見える。
「でもあの二人、まるでバーンとウェンディーみたいだな……」
記憶の中での彼等もあんな風にやり取りしていたのを思い出す。
「二人にあの人達のやり取り見せたら何て言うかな……」
そう思いながらクスリと笑う。
バンッ!!!
突然の物音に一瞬びくっとしながら、エミリオは視線を巡らす。
「何だろう、今の音……?」
よく分からないが、後ろの方から何か窓を叩く様な音だった
そろそろと来た道を戻りながら、窓の方を見てみる。
「……人が…!?」
窓の向こう側で、若い男がよろよろと腹を押さえ脚を引きずりながら歩いている。
ずるずると半分程歩いた所で突如膝を付き、窓から消えた。
それを見たエミリオに不安が走る。慌てて近くにあった裏口から外に飛び出し、その男が居たと思われる場所に行く。
「どうしたんですか!?」
「た、頼む……助けてくれ……」
彼は腹部を押さえてその場にうずくまり、弱々しい声でエミリオに助けを求めてきた。
今まで会ったことはない人だが、助けを求める者を拒むには今のエミリオは優しすぎる。
何とかしようと男の側に寄り、膝をつき相手の顔を覗き込む。
「……大丈夫?」
「あ、ああ……殺されそうになって……何とか、逃げてきた」
男はぜえぜえと息を吐き、手を伸ばそうとするエミリオの所に向かって倒れそうになる。
その男からは血の匂いが漂っていた。よく見ると服に赤い染みが着いている。
「怪我してるの!? ちょっと待ってて、人を呼んでくるから!」
「……ありがとう……」
シェルミー達を呼んでこようと民家へ戻ろうとするエミリオ、男はそれを見てにやりと笑った。
そしてエミリオが男に背を向けた瞬間。
ガッ!
「、、ッ!?」
地面がなくなったような位置感覚の喪失を感じ、エミリオはそのまま地面に倒れた。
殴りつけた銃身に不備が無いか確かめ、拳崇は気絶したエミリオを見下ろした。
実は先ほどのは全部彼の演技であり、服に着いた血も返り血や肉切り包丁についていたものを着けただけである。
標準語で喋っていたのは念のためだったのだが、どうやらその心配も必要なかったようだ。
「ホンマもんの阿呆や、コイツは」
偶然外からエミリオを見つけた時は正直どうしようかと悩んでいた。
彼は自分を上回る程の強力な超能力を持っている、このまま放って体力が回復すれば非常にやっかいだ。
殺すのなら先ほどの戦闘で疲労し、なおかつ正気に戻った今しかない。……拳崇は選択した。
(もっとも、まだ安心は出来ないみたいやな)
先ほど、人を呼んでくるとこの少年は言っていた。
とすると、まだ家に人が居る。恐らく彼を保護した偽善者なのだろう。
(このボンを人質にでもした方が楽に出来るかもしれへん……)
と、そう考えたその時だった。
「何やらかしてんだ、テメエはよ」
声はすぐ後ろの空けられた窓から聞こえてきた。振り向き様に拾っていた石を拳崇は投石した。
ヒュゥンっ! ガチャアアアァァアアアンッ!!!
「っとぉ!」
声の主は間一髪でそれを避ける。
そこにはセンスのない道着を来た赤い鉢巻の男が居た。
どことなくその風貌はかつて何回か前にKOFで優勝していたチームの炎使いを思い起こさせる。
「な、何だテメェ! もしかしてやる気……」
「に決まってるやないかい!」
その男、霧島翔の声を遮り今度はもっと大きめの石を投げる。
再び避けられる。牽制のつもりでやったが、意外にこの男は反応が良い。
(あまり無駄弾は使いたくあらへんからな……)
「チッ、ただの便所が遅いと思ったらこういう事かよ」
窓の下に身を隠した霧島は、何とかして今の男を止める方法を考える。
「だから俺はついていこうかって言ったんだ、ってのによぉ」
いや、そうしたらあの蛇女がまた勝手に行動するかもしれない。それはそれで面倒なことになる。
しかしシェルミーにボウガンを取られてしまった今、使える攻撃方法は己の炎だけになる。
荒れ狂う炎を出そうと霧島が両手を広げた時に……
「なあ、あんさんはこのボンの保護者じゃないんか?」
色々と考えていたら、状況は更に悪化していたらしい。
「………」
「大人しく出て来いや、出て来んかったらこのまま撃ち殺すで?」
「………」
「………」
「…………くそっ」
短い舌打ちの後、拳崇の前に姿を曝す霧島。
「これでいいんでございやがりますかね、関西弁」
死にたくはない。草薙のためにも無事に帰りたい。
霧島はそう考えているがここでエミリオを殺されたら、それこそ人間として終わりだと思った。
「そいつ撃つんじゃねーぞ、やったら脳天ぶちかます」
「ははっ、何や意外と頭悪いんやな。そんなんで今までよく生きてられたもんや」
「喧しい、テメェみたいな三流と違うんだよ」
「そうやって気取ってても、正直アホみたいやで自分」
笑いながら、拳崇はエミリオに向けていた銃を霧島の方に動かす。
「ワイがそんな約束守るとでも?」
「思うか馬鹿」
さて、どうやって逆転ホームランを打つか。
向けられた銃口に霧島がそう思っていた時だった。
びちゃびちゃびちゃびちゃ……
水音と共に、拳崇の頭に大量の水がかかる。
その水は拳崇の頭上にあるペットボトルから落ちてきており、それを持っていた手の主が笑った。
「ちょ〜っと、頭冷やす必要があるみたいねえ?」
からかうような言葉と共に、脚が一閃する。
「なッ……え、なんやッ……」
ドボッ!
何があったか理解できないまま振り返り、シェルミーの脚に急所を潰された拳崇は膝をついた。
いつの間にやら近づいてきたのか、歪に微笑む影が拳崇の目の前にいた。
「アハ♪ お久しぶり、元気だった?」
場違いな程明るい声をたっぷりに振りまいて、いつか会った女が拳崇の前に立っていた。
「シェルミー!?」
射撃の的から開放された霧島が、驚きの声を上げた。
「んも〜、この子ったら優しいものだからホイホイ信用しちゃうのね。お姉さんはそういう子好きだけど、もっと慎重にしてくれないと困るわ?」
倒れているエミリオの頭をシェルミーつんつんと小突く。
「……ぁ、こ、こ……ふ…ぉ……」
その横で呻いている拳崇は前のめりのまま立ち直れない。
何ともシュールな光景だ。
とりあえず危機を回避できた霧島はホッとしながらも、あることに気づいた。
自分はガラスの割れた窓から今の光景――つまり外を眺めている。そしてシェルミーは外に居る拳崇の後ろから現れた。
ということは……
「お前…………
何 で 外 に 出 て い る ? 」
「何で」で窓枠に脚をかけ、「外に」で窓から外に出て、「出ている?」でシェルミーに詰め寄る。
きっとまた勝手に抜け出そうとした時に、ガラスの音でこちらにやってきたのだろう。霧島の顔が異様にひきつる。
そして取った行動は人質にされない様にエミリオを拳崇の側から引き離し、シェルミーに文句を言うという器用な真似だった。
「お前さっき『エミリオ見てきて』ってまた勝手に人に留守番を頼ませこの女ぁ!!!」
呂律が回らずに浮かんだ単語だけを、文法を無視して口から飛ばす。勿論唾も飛ばす。
そんな霧島を目の当たりにしてもシェルミーの態度は一向に変わらない。
「やだあ、何言ってるのか本当に分からないわよ? それより今はそんな状況じゃないはずよ」
視線――といっても瞳は隠れているので顔の角度でしか分からないが――を泳がせながらそのまま横に移す。
「ぃ、ぃ、いくら何でも……これは、反則やで……」
霧島も同じく顔を横に向ける、そこには金的の衝撃から立ち直った拳崇が居た。
「反則だから殺さないで立ち直らせてあげたのよ、優しいでしょう?」
「しばらく見ない内に取り巻きがぎょうざん増えたやないか」
「あなただって随分と男前が増したみたいじゃない?」
再び邂逅した二人の位置は、自然と対峙する形になっていた。
僅かな沈黙。それを破ったのは霧島だった。
「よし関西弁、ここは一つ交渉だ」
何か嫌な予感がして霧島は対峙する二人の間に立ち塞がる。
「二対一じゃあいくらなんでもこちらが不利ってモンだろ? お前も馬鹿な考えやめてだなぁ…」
「説得しても無駄よ、彼、もう戻れない所まで来ちゃってるみたいだから」
「……マジかよ」
背後の声に振り返る霧島に向け、溜息混じりの台詞が届いた。
「そやな、もう3人…いや4人か?」
「ううう嘘つけ! 本当ならどんなヤツ殺ったか言ってみろ!」
霧島は今思い出したばかりだが、この男は最初の犠牲者麻宮アテナのチームメイトの筈。
あの愛と正義のアイドルと一緒に使命を果たす、それが霧島が拳崇に抱いていたイメージだった。
「1人目はケッタイな格好の小娘、2人目は子供、3人目は軍人……アイツあの時死んだんかな?」
「なッ……!?」絶句する霧島。
「さあ? 私は見届けなかったからよく分からないわ」答えるシェルミー。
霧島越しにシェルミーに問いかけて、拳崇はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「で、4人目は草薙はんのおっかけさんや。ついさっき殺ってきた所か」
「そう。その2人目の子供って、クリスのこと?」
沈黙。
そして、シェルミーは口を開く。
「…どうなの、はっきりおっしゃいなさい」
絶対零度を思わす冷たい声。観念したかの様に拳崇は答えた。
「…何で分かったんや?」
「ただの女の勘……なんてね、あなたみたいな人達全員に聞いて回るのはおかしいのかしら?」
あくまでもはぐらかす、それが理由なのかそれともあの時既に感づいていたのか。拳崇には分からない。
「オレがアンタと会った時は既に、な。もう一人の知り合いも殺ろうと思ったけどなあ、失敗してしもた。
言っとくけどな、仕掛けてきたのはあのボンの方や。下手したら死んでたのはオレの方……」
「そのまま死ねばよかったのにぃ♪」
あくまで表面上は淡々としたやり取りを交わす拳崇とシェルミー。
そして、話の途中で明らかに顔色が変わり押し黙っていた者が一人。
「いま、おまえ、なんつった?」
ぼそぼそと声を漏らす霧島、その表情は何かを必死で抑えている。
「…………4人目が、誰だって?」
「耳悪いんか? 草薙はんのおっかk……」
「っ、てめぇエエッ!!」
チャッ!
「何やねんさっきから一々、やかましいわ」
吼えながら向かう霧島がカンに触ったのか、彼に向かって銃を構える。指には引き金。
勿論、霧島にはそんな事はお構いなしだ。辺りの大気が彼の手に収束し炎となりかけた。
「退いてなさい」
「――っ!?」
パァンッ!!!
拳崇の右手から銃火が放たれたその時、背後からの抱きつきにより霧島の視界が乱れた。
「…………」
霧島の視界に地面が映る。というより、地面しか映っていない。
「人助けするなんて、らしくないんやないか?」
「嫌ねえ、この子はアタシの奴隷よ? 聞き分けの無い奴隷を嗜めるのは当たり前でしょう?」
顔を上げる。歪んだ笑みを浮かべたままで対峙する二人を霧島は見やる。
どうやら二人とも、彼を完全に無視している。話に加わる価値すら無いという態度なのが見て分かる。
「矢吹が死んだだけでキレる奴や、奴隷にする必要もあるかどうか分からんで?」
(……矢吹? 矢吹って誰だ? アイツの本名か?)
「彼、草薙の親戚みたいなものだから。お弟子さんにも優しいんじゃない?」
(弟子って、そんなこと言ってなかったぜ? あの女が草薙の弟子なわけ……そもそもアイツはこのゲームに…?…)
そこまで来て、何か勘違いをしていないかと霧島は考える。
もっとも、具体的に誰をあの少女のことかと勘違いしているかまでは分からない。
「こうしてまた出合ったからには、決着つけなあかんってことか?」
「ふふっ。そうよね、あの時のオシオキもしなくちゃいけないし?」
心底愉しむように口許を歪めてシェルミーはせせら笑った。
「余裕ぶってると、すぐに後悔する羽目になっちゃうわよ?」
「貧弱スタイルなあんさんに言われたくないな」
「そう……」
刹那、拳崇は後ろに飛び、そのままボウガンの射程範囲外へと駆けていく。
シェルミーは後を追う、右手には果物ナイフ、左手にボウガン。
「お、おいおい!! ちょっと待――」
「…き、霧島さん…」
更に続こうとした霧島の耳に聞き覚えの有る声が入る。
いつの間にか、傍らに見知った顔が頭を抑えながら立っていた。
「……一体、何が?」
「あ、ああ、いや話すと長くなるんだがな」
気絶から回復したエミリオに霧島は気を取られる。
二人の姿はとっくに消えていた。争いを避けようとする二人の存在が邪魔だということか。
「無視してんじゃねえよ、ったくよお」
残された霧島はエミリオの前で一人愚痴るだけだった。
さすがに戦闘の途中にエミリオが眼を覚まし、三対一となるのは避けたかった。
そう判断した拳崇は一気に民家から大通りへと場所を移す。
こちらの武器もあまり多くはない。出来るだけ少ない人数と相手した方が好都合だ。
もっともここで新たな武器を補充するつもりだが。
「わざわざあの二人に気を使ってくれたのっ?」
「あの五月蝿い馬鹿男も来ると思ったんやけどなっ!」
裏路地へと続く道を走りながらお互いに問答する、走るスピードは緩めない。
「優しいわね、お姉さん感激しちゃうっ!」
ひゅおんッ! がっ!
やおら凄まじい勢いで飛んでゆく矢。
しかし、拳崇は転がるように避けながら裏路地の角に入る。
(クリス、そこで見ていてね。今からキツくお仕置きしてあげるから)
ボウガンを構えながらシェルミーは裏路地へと向かう。
どちらかというと肉体の消耗や武器の種類からして拳崇の方が上だ。
だが、ここで拳崇をみすみす逃すかといえば答えはNO。必ず息の根を止める方を選ぶ。
そう考えながら角の向こうを覗き込む。居ない。
一歩入り込み、周囲を窺う。居ない。
シェルミーの視界に彼は居ない――。
そのまま眼の前から消えたかの様な錯覚。ぞくりと背筋に寒気が走る。
日が当たらないせいで暗かった視界が更に暗くなる。
全力を開放した神速の突進で間合いに捕らえ、シェルミーの背後で包丁を振りかざす拳崇。
ピシュッ!
大気を切り裂きながら、胸元へと奔った一閃は――
ガッ!
「残念ね」
「っ……!?」
拳崇の表情に驚愕が走った。
目標に届く寸前で、拳崇の斬り込んだ一撃はボウガンに止められた。
「おふざけも程ほどにしてくれないかしら?」
普段のシェルミーとは明らかに違う低い声。拳崇はそれに一瞬だけ怯んだ。
そして、シェルミーは空いていた手で、素早く拳崇の手首を掴んで捻り上げる。
ぎゅぐうぅと言う嫌な音と共に、マニキュアが塗られた爪が肉に食い込む。
「ぃ、ギィッ!」
掴んだ力は強いという生易しいものではない。
まるで掴まれた右手首が潰れてひしゃげそうになる。持っていた包丁を落としそうになるの必死で抑える。
今にも叫びだしそうな激痛に顔を歪めながら、拳崇は唾をシェルミー顔に向かって吐き出した。
「…!…」
直後、自らを拘束している主を蹴り飛ばし、その反動で密着した間合いから脱出した。
お互い、沈黙を保ったまま動かない。
そして拳崇は何かがおかしいのか嘲るように細々と笑い出した。
「はは、はははは……」
「………」
「今ワイはな、あんさんを怖いと、……手負いのあんさんを心から怖いと思ったんや」
怖いって何やねん? ワイは覚悟決めたのに何でそう思うんや? あかん、あかんな、ワイは何も変わっておらんやないかい。
そう思いながら大笑いしたくなるのを拳崇は必死で我慢した。どうやら報復を受ける覚悟はまだ決めてはいなかったようだ。
(ええ加減にせえって、全く……)
「…………、…………、それで?」
「何を言っとんのや、そんなモン決まっとるで」
「むしろこれからが…って所? 第二回戦の準備はいいかしら?」
拳崇が構えた銃、シェルミーの持つボウガン、使用回数はもはや数える程しかない。短期戦になるだろう。
「次で終わりやけどな」
「あなたがね」
「言ってくれるやないかい」
地を蹴る拳崇と笑顔でボウガンを走らせるシェルミー。
即戦即決、一瞬で全てを終わらせる。
バシュっ!
迫る矢をぎりぎりまで引きつけ避ける拳崇。彼は弾丸のように素早く銃を閃かせる。
それはまるで悪鬼羅刹の如く、覇気を持ったまま迫撃する。
パァン! ビシュッ!
力の源である彼はまだ遠い。この状態では雷は使えない。だがそんなもの必要ない。
渦巻く殺気を浴びながら、シェルミーの身体が踊るように流れる。
それが弾丸が銃口から放たれ、彼女の頬を軽く裂くまでの思考と行動だった。
ボウガンはあくまで囮ということに拳崇が気づいた時には、もう遅かった。
「飛び道具に頼るからそうなるのよ」
流れるように拳崇の頭を掴み脚を放った。
意思を持つ蛇のように脚が絡みつく。
ズガァンッ!
瞬時にして拳崇は叩きつけられる。
包丁は何とか離さずに居たが、もう片手に持っていた銃がころころと転がっていく。
「が、あああっ!?」
あがる絶叫。減り込んでいく音。その光景を映す髪に隠された蛇の瞳。
途端、身体のどこかがずきりと激しく痛んだ。
そこはクリスに撃たれた右肩だ、あの後治療した筈なのに何故か今になって痛みがぶり返している。
それは拳崇の気のせいなのか、治療に不備があったのか、それともクリスの怨念――――
(んなわけあるかい! 死人には何も出来へん、人の想いが奇跡を生むだなんてありえへんのや!)
そんな法則は子供漫画やゲームの世界にしか通用しない。
だが右肩の痛みは止まらない、顔を歪めながら拳崇は立ち上がれずに居る。
落とされた瞬間、どこかの関節が外れたかの様な音がしたがそのせいもあるのだろう。
「おやすみなさい」
そして、シェルミーの挨拶が拳崇の思考を止める。
視界の端に白い煌きが見えた。
刹那、拳崇の脳裏に虚しく響く少女の応援。
『死んでは駄目、拳崇!』
――わかっとるで、アテナ。
――ワイはここで死ぬ様なタマやない。
アテナに答える様に落とさず持っていた肉切り包丁をしかっりと握り締める。
その包丁に僅かにこびりついていた矢吹真吾の血が、刃の光に空しく影を落としていた。
その後に取った行動は頭で考えてのことではない。いわば本能とでも言うべきだろう。
全開の力で抗い、包丁を持つ腕を、振るった。
ザシュっ!
突如シェルミーの左肩に熱さが現れた。みるみると赤い染みに服が侵食されていく。
「ワイは絶対に……死なない。死ねないのや、絶対にな」
ふらりと立ち上がりながら拳崇はぼそぼそと呟いた。
思わぬ反撃に斬られた肩が鈍く痛み、シェルミーは傷口を抑える。
拳崇は躊躇せず包丁を振りかぶる。
……避けられない。シェルミーがそう思った刹那、
だぁあああんっ!
視界の端から超高速でやってきた乱入者に、拳崇は横合いから思いっきり殴りつけられる。
完全に不意打ちの状態で殴られ、その身体がぐらりと体勢を崩す。
更に間髪入れずに渾身の蹴りをその状態から打ち込まれ、宙に飛ぶ。
運が悪いことに飛んだ先はビルの窓。それに気づいた拳崇は意識が飛びそうになるのを抑えて、受身を取った。
「シェルミーさん、早くこっちへ!」
いきなり現れたエミリオに手を引かれ、シェルミーはずるずると大通りに連れて行かれる。
その後ろで窓ガラスが割れる音がした。
「まったくよぉ、お前は扱いづらい女ランキング第一位決定だぜ」
路地裏を抜けて大通りを目立たないように通りながら霧島はシェルミーにそう言った。
怪我を負った彼女はあまり抵抗出来ず、なし崩しに二人に助けられ連れて来られた形になる。
霧島はシェルミーに無理矢理肩を貸しながら、エミリオは背後に注意を払いながらずるずると民家の方へ向かう。
「……邪魔を……しないで」
「馬鹿言え、その傷でやりあうつもりか」
霧島の言う通り、このままでは拳崇に勝てる可能性は限りなく低い。
ただでさえ手負いなのが、更に悪化したのだ。
斬られた肩口の傷でシェルミーの左腕はぴくりとも動かない。死に至る程の深い傷では無いが、出血も止まる気配が全く無い。
大人しく二人に連れて来られたのもそのせいだ、でなければとっくに腕を振りほどいている。
気が気じゃないエミリオが何か言おうとするがそれを手で退けて、霧島は息を吐く。
「俺はこれ以上加害者も被害者も増やしたくねえんだよ。例えお前の様な女でもな」
「私は私のやりたい様にやるわ、あなたの甘い思考に付き合う義理なんてない」
僅かに髪から見える怒気を孕んだ瞳とトーンを抑えた低い声で霧島を一蹴した。
だが、当の霧島はシェルミーに勝らずとも劣らない眼差しで彼女を射抜く。
二人とも眼光は変わらない。
「………………はいはいそうですか、だったら勝手に仇でも打って死んじまえ」
「霧島さんっ」
憤慨するかと思いきや、意外にも霧島はすんなりと矛を収めた
エミリオの非難の声が上がるが、彼は何も言わずにシェルミーを肩から離す。
彼女は何も言わずに拳崇の所に向かおうとする。霧島とエミリオに助けは請わず、あくまで自分一人で仇を討つつもりだ。
だが霧島もそれを黙って見てる様な男ではないことに、今のシェルミーは頭が回っていなかった。
ドスッ!
「……ッ!?」
その一瞬に何があったのか、シェルミーにはまるで分からない。
「下手に燃え上がってるから、周りも見えなくなってるみたいだな」
ただ信じられないほど重い一撃を首の後ろに感じた。
「復讐に燃えるヒロインだなんてナンセンスだぜ?」
手刀を受けて斃れるシェルミーに霧島は心の中で侘びを入れながらそう言った。
「あー、あー、あー、くそっ! 全く手こすらせやがって!」
シェルミーの身体を抱き寄せて、まるで悪役の様な台詞を吐きながら霧島は愚痴る。
「き、霧島さん!? 何をやって……!?」
「おい小僧、頼みがある。このアーパーと一緒に戻ってろ」
「霧島さん……っ!?」
霧島の要求に、エミリオが悲痛な声を出す。
あまりこの手は使いたくなかったが、眼の前で死なれるのはもっと嫌だ。
それにあれ程口煩く言ったにも関わらず、シェルミーが勝手に一人で行動したことがもっと腹正しかった。
「そんな……嫌だよ。僕、そんなの嫌だよ!」
「聞き分けるってことが出来ねーのか、テメエは」
「だって、だって……それじゃあ霧島さんが……!」
「ああん? お前何勘違いしてんだ? 俺は死ぬ気なんかねえぞ? 寧ろ女子供じゃ逆に足手まといだっての」
もっとも、半分はシェルミーに対しての嫌がらせみたいなものだ。
拳崇をぶちのめし眼の前で泣きながら頭を下げさせ、意気揚々と見返してやろうと思ったまで。
「それにな、少し俺に考えがあるんだ」
そう言ってエミリオの耳元でぼそぼそと囁く。その提案を聞いた彼は眼を丸くした。
「………それ、大丈夫なんですか?」
「俺だって馬鹿じゃねえ、二階堂が帰るまで時間稼ぎ位してやるよ」
「でも僕だって、僕だって戦える!! だから……」
「そうか、だったら内容変更だ。…二階堂が戻るまでこの女を守れ」
霧島はエミリオの肩に両手を置き、真剣に顔を見つめる。そしてこう言った。
「お前も漢ならそれ位出来るだろ?」
エミリオは無意識に視線を逸らす。切り揃った前髪に隠れて表情が見えない。
「あのな、もう一辺言うぞ。俺は死ぬ気が全くねえ。むしろ逆にブチ倒す。正義の味方らしくカッコよく決めてな。
このままじゃこの女を見返せなれねえからな、俺はやるぞ。本気でやるぞ。髪の毛一本一本真剣でやるぞ。
だからお前も真剣にその女を守ってろ。それとも何だ。王子役は嫌か? ヒロインの配役に何かご不満が?」
「ちがっ…」
「よし、だったら文句はないな? 俺を追いかけるのは二階堂が帰った後にでもしてくれ。分かったか?」
「……」
「返事は? はいかYESで答えやがれ」
エミリオは暫しの間俯き、そしてゆっくりと顔を上げる。交差する視線。
「…………うん」
「よし! そんな良い子のエミリオ君に霧島お兄さんからのご褒美だ」
言って、エミリオの手に置かれたのは例のテープが入ったラジカセ。
これがあるからあの時八神に殺されずに済んだのだ、いわば霧島にとってのお守りみたいなものでもある。
それ故に出来れば、エミリオとシェルミーの二人。
そして草薙京のライバルであり唯一無二の仲間、二階堂紅丸に持っていてもらいたかった。
「いざとなったら、それを大音量で流してろ。言っとくけど借すだけだからな、後で返せよ?」
「あんまり聞きたくないけどな……酷い歌なんだよね?」
「へっ、それだけ言えるなら上等。心配ねえみたいな」
霧島は背を向けてエミリオに手を振る。
「そんじゃあせいぜい死なないように頑張ってろよ、でなきゃ俺が読者に何言われるか分かったもんじゃねえよ」
何かの漫画の役にでもなったかの様な台詞を吐きながら、霧島はニヤリと笑った。
「霧島さん、死なないで! 僕も死なないから!」
「その意気だぜ坊主、あばよ!」
ザッ!
去り際のやり取りはそれぞれの激励だったのだろう。
エミリオはそのままシェルミーの身体と共に民家へと向かっていった。
ふとこの光景にデジャヴを感じたが、霧島は余計なことは考えないつもりだった。
後に残ったのは、霧島ただ一人。
「さーて、俺の見せ場はここからだ」
「………」
シェルミーの身体を汚れないように何とか背負いながら、エミリオは民家へと歩いていた。
消耗した彼にはそれだけでも大変な作業だが、それでもなるべく早く動こうとする。
ゆっくりと、一歩一歩、地面を踏みしめ、歩く。
「今なら、K´さん達の気持ちもよく分かるよ。こんな気持ちだったんだね……」
汗に塗れながら一人で呟く。涙を出さないように歯を食いしばる。
「だから僕は、絶対楓君に伝えなくちゃ駄目なんだ」
『拳崇……』
『拳崇!』
『起きて拳崇!』
『頑張って拳崇!』
「オオオオオオォォオォォオオオオおおおおおおおおお――ッッッ!!!」
咆哮と同時に身体が動き出し、地面を蹴りながら疾走を開始する。
ぱらぱらとガラスの破片が落ちる、室内の障害物全て踏み越えて拳崇は動き出した。
(邪魔しくさったのはどこのドイツやあっ!?)
アテナの応援を浴びながら拳崇は動きは止まらない、止めない、止めようともしない。
外に出て落ちていた銃を拾い、ぎりぎりと歯軋りしながら駆け出す。
(ワイは生き残るんや! 生き残ってあの屑野郎をぶち殺すんや! それが、それが……!)
それだけが拳崇がアテナに出来る、唯一残された愛の証明だから。
遠くから聞こえてきた咆哮に応じたのは、愉快げに口許を歪めた霧島。
「こっちも火が点いちまった、ってか? まるで狼煙だな」
呆れた様に息を吐き出して、もう一度息を吸う。
少女漫画専門なのでこういうのはいまいち分からないが、思う限りの台詞を考えた。
「はっはっはっはーー! 俺の名は正義の味方霧島翔ぉっ! ここにぃっ、参上っ!!!」
裏路地に響き渡る、カッコつけた口上。
「間抜けな関西弁に殺される程、俺もシェルミーも弱くはねえんだよ! バーカバーカ!」
「んなわけアルかい! お前分かっててやってんのか!?」
「テメエの阿呆さ加減ならなぁ! 違うってんなら俺を殺してみろってんだよ!」
そして声は遠ざかっていく。彼等が居た民家とは逆方向だ。
だがそれは都合のいいことにアランの居る3区への方向でもある。
それは先ほど見たあの光景と同じ。
仲間を助けるために自分を犠牲にする、とても勇敢でとても愚かな男。
「……ホンマに腹たつなあ」
まるで記憶の中の映像をそのまま再現されたこの状況は、拳崇を責め立てているかの様でもあった。
ずきずきと傷が痛む、ほぼ治っていたはずなのにまだ痛みが止まらない。
それがまたカンに触って腹立たしい。
――まるでワイが悪役扱いやんか。
――何や、自分が死ねば仲間は助かるってお涙頂戴のお約束展開なんか?
――頭に来るな。本気で頭に来るヤツやな。エエ加減にせいよ。
(調子こいて好き勝手やって、腹立つやないかい。そんなんもう見飽きてるんや)
拳崇は決めた。
わざと挑発に乗ってズタズタに殺してやろう。
あの男の首をシェルミーとあのボンに見せてやろう。
そしてその首の前で、二人を殺してやろう。
それともアランへの手土産にでもしようかと拳崇は考えた。
「……かかったな」
足音と気配と殺気。
それらが一体となって確実に自分に迫ってきている。
――殺せるものなら殺してみろよ。
全力で走りながら霧島は不敵に笑った。
落ちかけた太陽の光の中、走る二つの影。
走る、走る、走る、どこまでも駆けていく。
放送の時が、ゆっくりと近づいてゆく。やがて日輪が、ゆっくりと降りてゆく。運命の刻は近い―――。
【シェルミー(全身打撲 左肩負傷 気絶) 所持品:果物ナイフ 目的:社と合流、クリスの敵討ち(拳崇を殺す)、ついでにルガールにお仕置き】
【エミリオ・ミハイロフ(完全消耗 まだちょと戦える)所持品:ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ 目的:K´の言葉を楓に伝える、シェルミーを守る】
【現在位置 5区 紅丸との待ち合わせ場所の民家】
【霧島翔 所持品:ボウガン(矢残り4本) 目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す、正義の味方らしく拳崇の注意を自分に向ける】
【椎拳崇(やや疲労 右肩が痛む) 所持品:出刃包丁、リボルバー式拳銃(装填数4) 目的:最後の一人になってルガールを殺す、霧島の挑発にあえて乗る】
【現在位置 5区大通りを2・3区方面へ向かって移動中】
かーごーめー かーごーめー
かーごのなーかの とーりーはー
いーつーいーつー でーやーるー
よーあーけーのー ばーんーにー
つーるとかーめが すーべったー
うしろのしょうめん
だぁーあれ
気がついたら、思わず口ずさんでいた。
あれはいつの事だったろう。
こんな夕焼け空の下で、自分の姉と、自分の兄と、こんな風に歌っていた様な気がする。
「…よーあーけーのー、ばーんーにー……」
ああ、あの頃は楽しかった気がする。
悲しかったけど、でも、楽しかった気がする。
でも、楽しい思い出の筈なのに、よく思い出せないのは何でだろう。
「つーると、かーめが、すーべったー……」
二人の顔を思い出そうとすると、ひどい頭痛が起きる。
なんでだろうか。なんでなんだろうか。
なんで、思い出させてくれないんだろうか。
「うしろのしょうめん」
それは、きっと。
「――――だぁーあれ?」
思い出す必要が無い事だからなんだろう。
そういえば、そろそろ夕飯の時間だ。
遊び終わったら、いつも夕飯の時間なんだった。
それはよく覚えてる。
まずは、何か食べよう。
痛む筈の全身を引きずりながら、金髪の青年は近くのコンビニエンスストアへと入って行く。
そして店内に入った時、何か、知己の少年と少女の顔を思い出せそうな気がしたが、
思い出そうとしても、頭痛が酷くなるだけなので、
結局彼はそれきり、思い出そうとするのを止めた。
嘆き、悲しみ、呻き、そして、断末魔。
それらに満たされたこの暗き街にあって、どこにあるのか、誰にもわからない場所。
悪趣味ながらも豪華な内装の施されたその部屋に、男が一人。
モニターを眺めながら真っ赤なワインを口に運んでいる。
真紅の燕尾服に身を包み、口元に髭を蓄えたその男――――ルガール・バーンシュタインは、実に上機嫌であった。
ゲームは三日目を迎えた。にも関わらず今朝から現在…ほぼ真昼までの死者の数は既に10人を超える勢いだ。
実に順調に、ゲームは進んでいた。
いくつかの不安要素や、気に食わない不確定要素もあるにはあるが、どれも取るに足らないものだろう。
放っておいても、問題はあるまい。
――――いや、一つだけ心残りがある。
殺意の波動の覚醒を、あの男が逃れた事だ。
あの様子では、恐らく再び殺意に呑み込まれる事はそうそう無いだろう。
その任務にしくじった役立たずの狩人は、獲物として狩場に放りこむ事にした。
「…恨むのなら、神か、己の無能さを呪うがいい」
唇を吊り上げ、あざ笑うかのようにそう呟いたルガールは、その脳中で殺意の波動を得る為の更なる方法を思索していた。
――――今残っている人材で、誰が適任だろうか
――――あれ程の殺意に匹敵する意志を持つ者は、誰か居ただろうか
――――待て、そういえばまだアレがあったな
――――そうだ、アレをアイツに…そうすれば、あるいは……
まるで上質のクロスワードパズルを解いているかの様に、ルガールは楽しげに思考を巡らす。
ポーン
その時、脇に置いてあるインターホンが鳴った。
秘書のアヤからの通信である。
『おくつろぎ中の所申し訳ございません、ルガール様』
「いや、構わん。何かあったのか?」
流れてくる声に耳のみを傾け、ルガールは先を促す。
『はい、先ほどの日守剛の件、J6の承諾を得ましたので仰せの通りにいたしました』
「そうか、ご苦労だった」
剛の首輪の、正常起動。
どうやらJ6は、それを快く承諾してくれたようだった。
狩る側に居たものが、今度は狩られる側へと追いやられる。
そうなった時、その者の心情とは如何ばかりのものであろうか――――
想像して、彼は再び唇を吊り上げる。
恨むのなら、神か自分にする事だ。
『それと、ルガール様』
不意に、アヤが言葉を続けた。
『もう一人の【元】ジョーカーについては、如何いたしますか?』
もう一人の、元ジョーカー。
――――…ああ、あの狐が送り込んできた小僧か。
その少年の顔を思い出し、しかしルガールは特に興味も無さそうに鼻を鳴らす。
『日守剛と同様の処置を取らせましょうか?』
「構わん、そのまま放っておけ」
そして一瞬足りとも迷う事無く即答した。
「あの状態では何も出来る事は無かろう。それにどうせ大した情報を持っているわけでも無いからな」
『しかし、ルガール様の目的の為にはやはり万全を期すべきかと』
「なに、何もかも上手く行き過ぎて少し退屈していたところだ、構わん」
『ですが……』
それでも尚納得しないアヤに対して、
「それに、操り人形にしては折角面白いものを見せてくれたのだからな…その褒美だ」
邪悪極まりない、底冷えするような悪意を込めて、ルガールはそう答えた。
『…ルガール様がそう仰るのであれば…』
そう、操り人形如きに何も出来るはずが無いのだ。
壊れた人形の行く末など、子供にだって判りきっているのだから。
「…ああそうだ、あと、一つ頼みたい事がある」
そして、先ほど考えて込んでいたクロスワードパズルにある解を見出したルガールは、一つの指示をアヤに下した。
「………」
「………」
「…以上だ、任せて大丈夫か?」
『……かしこまりました。万事仰せの通りに致します』
「ああ、頼んだぞ」
『それでは、ごゆっくりおくつろぎください』
そう言って、アヤは通信を切る。
これで、こちらの打つ手は打った。
まあ、ちょっとした悪足掻きの様なモノだが、試してみる価値はある。
もし上手く行ったなら、お慰みだ。
ゲームも三日目、今朝から今までだけで死者は既に10人。
満足気な表情で、血の様に真っ赤なワインを口に運ぶ。
ゲームは、実に順調だった。
あれから、10分程が経ったのだろうか。
エミリオは、シェルミーを背負い五区の民家まで戻ってきていた。
シェルミーをソファに寝かせ、自分も側の椅子に腰を下ろす。
「…フゥ、良かった……なんとか着いた…」
途中誰とも遭遇する事なく、無事ここまでたどり着けた。
疲れ果てて、再び眠気が襲ってきたが、エミリオは頭を振りそれを振り払おうとする。
ここで、シェルミーさんを守りながら紅丸っていう人を待っていなくちゃいけない。
そして、紅丸さんが来たら、霧島さんを追っかけなくちゃいけない。
それが全部終わったら、楓君に、伝えなくちゃいけないんだ。
それが、今のエミリオの全てだった。
その為ならば、彼はなんだってするだろう。強い決意を胸に、エミリオは立ち上がる。
とりあえず、シェルミーさんを守る為に、誰か来ないか見張らなきゃいけない。
そう思い、エミリオは窓から外を窺ってみた。
「……あ…」
その時、エミリオは初めて気がついた。
もう、外は夕暮れを迎えていたのだ。
真っ赤な夕陽が、目に痛い。そんな見事な夕焼け空だった。
そんな空を見つめながら、エミリオはちょっとだけ目を細め、そして、ちょっとだけ昔の事を思い出した。
もうすぐ夜が来て、星空が出てくるんだ。
その後は、日が昇って、朝焼けになるんだな。
二人は、元気かな。
夕焼けから目を逸らし、エミリオはきつく目をつむる。
僕が空なんて見ても、悲しいだけだったから。
バチリとした、雷の鼓動。
それを感じたエミリオはバッと目を開く。
「……………?」
雷の力を、近くに感じる。
「……エデ、くん…?」
消耗している今の自分の感覚でも、どうやらこちらに向かって来ている事がわかった。
この街で雷の力を持つ人物。
そんな人物は、エミリオにとっては一人しか居ない。
「…かえで……くん!!」
パァッ、と明るい表情になったエミリオは、疲れも忘れて飛び出して行く。
楓君だ。楓君が来てくれたんだ。
楓君に謝らなきゃ、楓君に伝えなきゃ、楓君に言わないと……――――!!
バタバタと走り、玄関まで駆けていく。
ドアの前に、人の気配。
ドアノブに手をかける。
ガチャリ
ドアが、勢いよく開かれた。
「――楓クン!!良かった!!生きて………」
「………」
「……」
数瞬の沈黙。
「…だ、誰……?」
エミリオは、目をパチクリさせている。
「…そりゃあ、コッチの台詞だ」
それもその筈である。
てっきり楓と思ってドアを開いたエミリオの目の前には、金髪を箒の様に逆立てている、埃まみれの疲れた顔をした男が立っていた。
壁を背にして、気配を、呼吸を、殺気を探る。
拳銃を構え、壁から身を乗り出し、前方を確認する。
曲がり角に消えて行くあの男―――霧島翔の後ろ姿が目に入った。
「…何考えとるんか知らんが……」
「…覚悟、しときいや……」
霧島を追い始め、既に10分近かったが、拳崇はさらに追跡を続けていた。
ズキズキ痛む肩の痛みも省みず、執拗に追跡していく。
あの男を、あの男の挑発に乗った上で、ズタズタにしてやる。
その後には、あの男の仲間の前に、あの男の首を転がして見せ付けてやる。
これが現実なんやぞ、てな。
再び走りだす拳崇、視界の端に追う男の姿が入る。
ふと、その後ろ姿に、白髪の黒いレザージャケットを着た青年の姿がちらついた気がした。
その幻に、拳崇は一瞬思考を遮られる。
『拳崇、しっかりして』
『もっと、自分を信じるのよ』
しかし、どこからか聞こえてくる少女の声に後押され、思考はすぐに正常に戻った。
あの男が一体どんな算段を持って自分をおびき出しているのか、そんな事は関係ない。
ただ、拳崇は、教えてやりたくてたまらなかった。
そんな善意などでは結局、誰も救われないのだという事を。
背後から迫る殺意を感じながら、霧島は走り続ける。
あの関西弁を誘い出す事には、とりあえず成功した。
あとは狙撃されないようにうまく距離と位置関係を調節していけばいい。
この辺りは、以前は夜だったが一度通っている。どこをどう走ればよいかはわかっているつもりだ。
そしてうまい事アレの元まで辿りつければ、見事俺の勝ちってワケだ。
頭の中で作戦を整理しつつ、霧島は以前ここであった事を思い出した。
……思い出したくは無かった。だが、忘れるわけにはいかない事だった。
それに、やっぱり思い出すべきだったんだろう。
今、俺が何の為に走っているのか。
その事を、強く強く脳みそに刻み付ける、その為に。
後ろから追ってくる男。
あの正義の超能力者だかなんだか言ってた、KOFの常連参加者。
いつもいつもひとりの少女の事で一生懸命だった、どこにでも居る男。
そんな、ただの普通の青年だったアイツが、今は俺を殺す為に凄まじい形相でもって俺を追ってきている。
殺されちまったあの娘は、今のお前のそんな顔を見ても、きっと泣いてくれるんだろうぜ。
なのに。
それなのに。
全く、本当に女心のわからねえヤツだ。
そんな事だから、お前みてえなヤツはただの良いお友達で終わっちまうんだよ。
ちょっとは少女漫画でも読んで勉強しやがれ。
―――お互い生きて帰れたら アイツには俺のオススメの少女漫画でも読ませてやるかな
そんな事を考えながら、霧島は前方に目をやる。
赤い夕陽が、眩しかった。
さあ、もう一息だ。きっともうすぐだ。
そう霧島が思ったその時、
さあ、もう殺す。確実に、ズタズタに、思い知らせてやる。
そう拳崇が思ったその時、
――――――バッシャァアン!!
夕焼けの彼方から、雷鳴が轟いてきた。
ちりんちりーん。
気の抜けるベル音が路地裏にこだまする。
「イヤッッッホォォォォウ!!生きてるってすんばらしいなぁコンチクショー!!」
「…おい、バカかお前は…………騒ぐな……」
そして、ひたすらにやかましい声と、消極的ながらもそれにツッコむ声が続く。
「あああいいなぁそのツッコミ!ガーネット!俺最高の相方を手に入れたぜぇぇぇ!!」
「……オイオイ…そんな弔い方は……無いだ、ろう…」
しかしそれはやかましいのではなく、必死さを隠す為、荷台に居る相棒の気を繋ぐ為の、大声。
もう一つの声の主は、今にも消え入りそうな声で大声の主をたしなめる。
「だからぁ!!俺はぁ!!リョウと一緒にぃ!!お前の分までぜってえ生き抜くからなぁぁぁぁぁ!!!」
声の主―――ネオ・マクドナルドは、そう叫ぶ。その目は、既に涙でグジャグジャだった。
「………わかってるから…」
「お願いだから…静かにしてくれ、よ……」
きれぎれに呟きがら、
「…相棒……」
荷台の男―――リョウ・サカザキは、生気を無くした顔で、虚ろな目のまま、その涙の零れる様を見ていた。
あれから何時間経ったろうか。
自転車の荷台にリョウを乗せて、ネオはリョウの人探しの手伝いを始めた。
「ええーと、地図によると…ここは二区か?ようやくここまで来れたか」
ネオがサウスタウンの地図を睨みながら一人ごちる。
「……この辺りは、確かギースの根城だった場所、だな…」
その一人言にリョウは答えて、ここまでの事を思い出す。
二人の女の遺体を埋葬して、今まで5時間程が経った頃か。
六区から、五区を横切り、三区と二区の間までやって来た。
自転車に乗っての移動の割には時間にしてあまり移動距離が短いが、何分怪我人を抱えての移動だ。
自転車もあまり飛ばすと、リョウは落ちてしまうかもしれない。
途中で食事も摂ったし、包帯も代えた。ネオがリョウの事を気遣ってか、休憩も大目に取っていた。
だからそんなに移動速度は早くはない。
「そうか、ギースね…………誰それ?」
「……知らないんなら、それでいい…」
「まあいいや!そんじゃあキリのいい場所まで来たし、そろそろまた休憩にすっか!」
リョウを気遣い、ネオが休憩を提案してくる。
「…いや、今度はこのままあの男を捜してくれ」
「………」
しかし、リョウはネオの提案を突っぱねた。
「……リョウよ、お前の気持ちもわかるさ…だけどな?」
「いいから、頼む」
リョウの逸る心を諌めようとしたネオの言葉を遮り、彼は痛々しい程の目付きで懇願する。
「俺の為に、と考えているんなら、一刻も早く……」
「あの男に会わせてくれ」
「ネオ……お願いだ」
そのリョウの必死の懇願を受けながら、ネオは不覚にも思ってしまった。
コイツもこんな目をする事があるのか、と。
いつか対峙した時の、自分を殺そうとした男の目とはとても思えない。
この男は、こんな目で懇願するようなヤツだったのか。
だったら、尚更思いとどまらせないといけない。
ネオは真っ直ぐな目つきでリョウを見つめる。
「リョウ、お前がその男にどんな用があんのかは知らねえよ。…だけどな」
「俺達はパートナーだ、チームなんだ、相棒同士なんだ」
相棒という言葉が、リョウの心に大きな波紋を起こす。
そして思わず黙り込み、その先を聞き入ってしまう。
「お前だってよ、ホラ、自分が大怪我だってのに、そんな無茶なサイクリングを続けられる様な相棒はゴメンだろ?」
サイクリングというこの場に似つかわない言葉の響きに、リョウは思わず頬を緩める。
「…ああ、そんな奴は下駄履いたままで蹴っ飛ばしてるだろうな」
「ハハハ、そいつぁ痛そうだな…!」
俺も気をつけなきゃな、という風に頭をかきながら笑うネオを見て、リョウは思った。
コイツには、敵わないかな、と。
「……ああ、わかったよ、相棒」
「…そっか、わかってくれたか」
観念した様子の背中の相棒の返事に、ネオは安堵した。
「そんじゃあ、この辺でどっか休めそうな場所を……」
自転車のペダルを踏み、出発しようとした。その時、
バタリ
「…?」
後ろから、何か倒れる音がした。
心なしか、ペダルも軽い気がする。
背中に、人の体温を感じなくなった。
「…おい、リョウ?」
振り返ったネオが見たモノは、地に伏している相棒の姿だった。
ガシャアン!
薄暗い路地裏で、自転車が音を立てて倒れる。
「…だから…静かに、しろって……」
「うるせえぞ相棒!!いいから黙ってしっかり呼吸でもしてろ!!」
大声を出しながら、目じりに涙をためながら、ネオは肩でリョウを支えながら、目の前のコンビニエンスストアへと近づいて行く。
倒れたリョウの意識を無理矢理叩き起こし、自転車に無理矢理に乗せて、何か無いかと走り回った。
ただのクイズ探偵であるネオには、実際問題リョウの怪我はどれだけ危険なのかわからない。
それでもとりあえず、リョウはこのままでは危ないという事だけわかった。
あれ程の怪我だったのだ。止血した位でどうにかなるワケがない。
そもそも、失血量が致命的だった。今まで意識を保っていられたのも、リョウの常人離れした精神力によるものだ。
それに、傷口から雑菌が入って二次感染が起こっているかもしれない。
今まで意識を保っていられたのが、そもそも奇跡なのかもしれなかった。
「待ってろよ!もうすぐコンビニだぞ?なんてったって最近のコンビニはすげえからな!
ひょっとしたらなんか一発で体力全回復する不思議な骨付き肉とか売ってるかもな!?」
自分でもワケのわからない事を捲くし立てながら、ネオはリョウに語り続ける。
少しでも、リョウの意識を保たせる為に。
「……ッハ」
相棒のそんな様子を見て、リョウは力なく笑う。
「……やっぱり…お前…変わってる、ぜ……」
それは、いつかの二人の出会い。
いつかのコンビニで、2人が初めて遭遇した時に、リョウがネオに言った台詞そのままだった。
それに気づいたネオは、なんだか胸が一杯になってしまった。
思わず歩調が緩む。
「……そうか!でも、お前もさ!随分、変わったよなぁ……!」
掛ける声も、心なしか小さくなっていく。それでもネオは、足だけでも確実に前へ動かそうと決めていた。
一歩ずつ、確実に進んでいく。
ただ、それだけでも、確実に。
そう、心に決めていた。
―――俺も随分 変わったのかな
ネオと一緒に、ゆったりと、のんびりと、街の中を駆けてきた。
まるで、静かな休日に友人と街の散策をしているかのように。
そんな場違いな、一種のどかな雰囲気に、リョウは昔を思い出していた。
この街で過ごした、幸せだったあの頃の事を。
頼もしい父親に憧れて、ただひたすらに拳を鍛えた。
たった一人の妹の明日の為に、必死で拳を振るった。
掛け替えの無いこの街の平和の為に、親友と共にそうして鍛えた拳を振るった。
そして、全てが終わって。
街は平和になって。親父も戻ってきて。妹も、ちょっと困ってしまうくらいに元気に育ってくれて。
本当に、あの頃は幸せだった。
もうこれ以上、何も要らないという位に。
それが、今は、こんな。
妹は生きたまま壊されて。
父の興した道場の看板すら捨てて、俺は復讐者の道へと身を投じた。
かつて守った街は、人殺しの舞台に仕立て上げられて。
それすら好都合と、妹の仇を討つ為に、俺は邪魔する者を躊躇する事なく殺してきた。
全ては、ユリの復讐の為に。
それ以外に、何も必要ないというほどに。
だがそれすらも、今は、どうだ?
全てを捨てて選んだ道の筈なのに。
それ程の決意だった筈なのに。
俺の心は今、こんなにも簡単に平穏に溺れてしまっている。
それが、情けなくて。
親父に、ロバートに、ユリに、申し訳なくて。
多分、俺の命も後そう長くは無いだろう。
リョウは、そう確信していた。
あの世にいったら、親父にぶん殴られるかな。
こんな情けない息子でも、それでも殴ってくれるのかな。
もしユリがこの事を知ったら、泣き出すかもしれないな。
こんな情けない兄貴でも、それでも泣いてくれるのかな。
ロバートは、どうかな。
アイツが一番、悔しかったんだろうな。
悪い事、したかな。
「…おい!おい!!」
ハッ、と顔を上げる。
「おい、しっかりしろ……!しっかり、立っててくれ、な?」
そんなネオの呼びかけで、リョウはかろうじて意識を取り戻した。
どうやら一瞬意識を失っていたようだ。
朦朧とした意識の中、もはやかつての殺意は失せていた。
人間なんて、死ぬ時はこんなモンか。
リョウはそう思い、視界を少しだけ上げた。
そして、見てしまった。
「ほら!しっかりしろって!!着いた―――」
ネオがそう言って、店内に足を踏み入れた。
そして、それを見つけてしまった。
「―――――――――」
消えかかっていたリョウの意識は、ソレを見た瞬間僅かながらに覚醒し、
決して踏みとどまるまいと心に決めていたネオの足が、ソレを見て足を止めた。
二人はそれを前にして、一歩も動く事が出来なくなっていた。
店内の奥に、壁を背にして座り込んだ一人の青年。
右手に何か食べ物を持って、むさぼるように口に運んでいる。
口元は、その汚れでベトベトだ。
左手には、なにか口元が歪なペットボトル。開け方がわからず、無理矢理に開けられたようだった。
床の上にだらしなく投げ出された足の上には、剣の様な物が置かれている。
青年は、どうやらその剣をじっと見つめているようだった。
下を向いて、少し埃で汚れた金髪が垂れている。
そしてその髪の間から覗く、
血のような、
真紅の色をした、
眼光が。
それが、青年の印象を決定付けいるようだった。
「…ちょっと前から、アンタらがここに近づいてるのがわかってさ」
不意に、青年が喋りだした。
目線はそのままで、食事の片手間程度の様子で、語りかける。
「ひょっとしたらさ、俺を殺しに来たのかな、と思ったんだけど」
ネオとリョウは、声を発することも、微動だにする事もせずに、黙って聞いている。
「でもさ、アンタのそのバカでかい声が聞こえてきたから、違うんだな、って解ってよ」
――――否、そうでは無い。
二人とも、動く事が出来なかった。
蛇に睨まれた蛙とでも言うべきだろうか。
「そんじゃあ、待っててやるのも面白いかな、と思ってさ」
何か、とても恐ろしいモノの前に立たされている様な。
そんな、恐れを超越したような。
それは、何か、畏れと言うべきもののような、そんな感情だった。
ゴクゴクと喉を鳴らし、楓はペットボトルの水を飲み干す。
口の中の物を一気に流し込み、ネオを指さし、
「あんた、残念だけどさ、ここにはそんな便利な骨付き肉なんぞ無いぜ」
意地悪そうな顔でそう言った。
「………」
言われたネオは、しかし、口をバカみたいに開けたまま、何もまともに思考する事が出来ない。
ただ、全身の細胞がこう告げている。
眼前の男の前から、一刻も早く、逃げろ、と。
ゴシゴシと口元をこすりながら、楓は更に喋り続ける。
「そんな便利なモン食ったんなら、俺の腕ももうちょっとマシになってる筈だしな」
剣の様なモノを支えにして立ち上がり、左腕をプラプラと振る。
どうやら、左腕はあまり力を込める事が出来ない様だった。
「そういやそっちのボロボロのオッサンも、怪我の場所は俺と同じみたいだな」
「―――」
『気』を利用する格闘ならば並ぶモノは無いと自負する極限流空手にあって、
あらゆる『気』を使う格闘家達と闘ってきたリョウは、全身で感じていた。
目の前の男の、ある種異界的な『気』を。
自分のものとは、根源的に違う『気』。
何か、神の力、とでも言うような。
「―――まあ、なんだ」
ぐっ、と腰を落とす。
「ボロ雑巾みてえなオッサンに、年甲斐も無く泣いてるオッサンじゃあ、楽しめるワケもねえか」
右腕で、支えにしていた剣を持ち上げる。
楓はそれを肩に担ぎ、
「―――でもよ……ちゃんと、生きてるしな、あんたら…」
バシバシと、担いだ剣が輝きだし、
「―――生きてる奴を……殺さない…っての、は……」
常軌を逸したその光景も見ながらも、二人は、動く事が出来ないでいた。
その雷の神気に、全身が畏れていた。
「―――傲慢、なんだと、よォォォォォォオ!!」
叫びながら、楓は封雷剣を振りぬいた。
「――――――ネオッ!!」
とっさに我に返ったリョウが、いまだ放心したままのネオを全力で突き飛ばす。
出入り口で左右に分かれた二人はそのまま倒れこみ、放たれた雷は彼らを穿つ事なく通り過ぎて行く。
「ッゥをおおおおおおおおおお!?」
バタッと倒れたネオがその混乱した心情を表す叫びを上げた時、雷により背後の壁が穿たれた。
バシィッ!と大きな音と、大小様々な破片を撒き散らしながら、その壁はただの瓦礫となっていく。
「……………な、ななななんあああ!?!?!?」
混乱したままのネオが、その光景を見てさらに混乱する。
なんだ今のは?人が放ったモノなのか?
個人が持てる武装で、あんな威力と効果のあるモノがあったのか?
いや、もしかしたらあの青年はいつかの光を操る少年や蒼月のような能力者なのかもしれない。
でも、だけど、だからって、だからと言って。
ズシャリ
店内から響いてきたその足音に、ネオは心臓を鷲掴まれたような気分になった。
アイツが、来る。
体は、相変わらずうまく動かない。
俺は、このままここで殺されるのか。
そんな予感が、ネオの脳裏を駆け巡る。
なんとなく、今までの事が撒き戻しの映像の様に蘇る。走馬灯というヤツだろうか。
リョウと街を探索して、ガーネットとあの女を埋めて、ガーネットと一緒に自転車に乗って、リョウのショットガンで撃たれて、
蒼月がやたら頼りになって、ハッキングに失敗して、自分の支給品は、呪われた銃で。
呪われた銃、デスクリムゾン。
ひょっとしたら、ついに俺にも、その呪いが襲い掛かってきたのかもしんねえな。
そう思うと、何だか諦めてもいいような気がした。
ふと、目の前で倒れている男の姿が視界に入った。
息も絶え絶えなクセして、自分を突き飛ばしてくれた男。
男が顔を上げて、こちらを見ている。唇が僅かに動いた気がした。
逃げろ、と。
ズシャリ
足音が、近づいてくる。
ガクガクと震える足を、ネオは無理矢理に立ち上がらせる。
前へ。一歩ずつでも確実に前へ。
ネオはリョウの前までたどり着いた。
そしてリョウの体を起こし、自分の肩に支えて、歩きだした。
一歩ずつ、相棒と一緒に、確実に、前へ。
ズシャリ
自分のすぐ背後で、あの足音が聞こえる。
「……うううぅ…!ううゔぅ゙ぅ゙ッ…!」
恐怖のあまり、息がうまくできない。恐怖のあまり、涙が止まらない。
ヒック、ヒックと情けなく声を出しながらも、しかしネオは諦めようとはしない。
諦めてたまるか、呪いがなんだ、俺は誰だ、生きて帰るんだ、どいつもこいつも、俺が助けてやる。
「………諦めて…!……たまるか……!………」
嗚咽を漏らしながら、涙を流しながらも、ネオはノロノロと逃走を開始していった。
楓は、自分からゆっくりと離れていく二人の様子を、じっと見ていた。
感想は特に抱かなかった。
無様だとも、情けないとも、可愛そうだとも思わない。
ただ、一度やってみたかった事をするには、絶好の機会だと思っただけだった。
楓は再び剣を担ぎ、そしてひたすらに力を込める。
ブブブブと、担いだ剣が震えだす。
ビシビシ、バシバシと空気が暴れだす。
「……なぁリョウ……安心しろよ……」
肩に担いだ相棒にネオは語りかける。
「――――――………う、お、お、お、お、―――……!!!」
夕焼けで真っ赤な路地が、青白い光に侵食されていく。
楓は一度、試してみたかった。
この剣を使って極限まで練り上げた一撃には、一体どれ程の威力があるのだろうか。
それを試すのに、眼前の二人はちょうどいい機会だ。
二人を見て、ただ、そう思っただけだった。
青白い光が荒れ狂う路地裏で、それでもネオは一歩ずつ前へと進む。
肩に担いだ相棒に語りかける。
「…お前も……他の皆も……」「絶対俺が……助けるからさ…」
そんなネオの呟きも、しかしきっと背後の音にかき消されてしまったに違いない。
「――――――――ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙――――――………!!!!!!」
――――――バッシャァアン!!
雷鳴が轟き、濁った叫び声が響く。
極限まで高められた青い龍の息吹が解き放たれる。
夕焼けで真っ赤な路地裏は、真っ青な光に呑み込まれていった。
眼前には、ちょっとした建物が密集していた筈だった。
しかし、その全てが今は上半分程を失い、もはやその名残も無くなっている。
楓の全力の一撃。その標的となった建物と、それに連なっていた建築物ごと、全てが薙ぎ払われていた。
目の前に、瓦礫の海。
あの二人は、上手く生き埋めになっただろうか。
楓は手元の探知機に目を落とす。反応が二つ。どうやらうまくいったようだ。
前から試したかった事。
今の俺の全力の一撃は、一体どれだけの威力なのだろうか。
それともう一つ。
人間は生き埋めになって、一体どれくらいで死ぬのだろうか。
このままこの機械を見てれば、その答えがわかる。
じっくり、このまま、この二つの光点を見ててやろう。
二人の命が消える
その瞬間まで
ふと、画面の下の方にある、別の光点が目に入った。
その光点は、どうやら今一緒に居るようだ。
その片方の点に、見覚えがある。
誰だっけ。どこで会ったっけ。
光の下に表示されている文字を見て、楓は思い出した。
―――ああ、そうだ、思い出した。
―――さっき、ついさっきだ。
―――オレを生き埋めにした、あの男。
―――あの紅丸とかいう、伊達男の光だ。
そう思い至った瞬間、楓はすぐに移動を始めた。
もはや眼前の瓦礫の下になど興味は無い。
放っておいても死ぬだろう。
それよりも、アイツに見せてやりたい。
俺は、確かに生きてるぞ、と。
―――殺せる奴を殺さないのは、傲慢なんだぜ。
―――それを今度は、キッチリと教えてやるよ。
再び機械を見る。割と近くに、さらに二つの光点。
コイツらもひょっとしたらやってくるかもしれない。
そうなったら、今度はひょっとしたら、四人を同時に相手にするかもしれないのか。
それも面白い。
弱い奴でも束になってかかってくれば、俺を殺せるかもしれない。
瓦礫に背を向け、楓は歩きだす。
殺し損ねた命を、今度こそ刈り取る為に。
夕陽を背に受け、英雄は歩き出す。
ただひたすらに命を貫く、その快を満たす為に。
英雄は往く。
楓は往く。
誰そ彼の辻を往く。
暗黒の街に今、神々の黄昏が訪れた。
【楓(自我喪失、覚醒状態、かなり消耗 全身に重度の打撲) 所持品:封雷剣、探知機(有効範囲1q程度、英語表記)
目的:参加者を全て殺し自分が生き残る】
【現在位置 探知機を頼りに三区から紅丸の居る五区民家へ移動中】
【シェルミー(全身打撲 左肩負傷 気絶) 所持品:果物ナイフ 目的:社と合流、クリスの敵討ち(拳崇を殺す)、ついでにルガールにお仕置き】
【エミリオ・ミハイロフ(完全消耗 まだちょと戦える)所持品:ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ 目的:K´の言葉を楓に伝える、シェルミーを守る】
【二階堂紅丸(かなり消耗) 所持品:火炎放射機 目的:シェルミーと合流、拳崇をシメる、出来たら真吾とK'と合流したい】
【現在位置 5区 待ち合わせ場所の民家】
【霧島翔 所持品:ボウガン(矢残り4本) 目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す、正義の味方らしく拳崇の注意を自分に向ける】
【椎拳崇(やや疲労 右肩が痛む) 所持品:出刃包丁、リボルバー式拳銃(装填数4) 目的:最後の一人になってルガールを殺す、霧島の挑発にあえて乗る】
【現在位置 5区大通りを2・3区方面へ向かって移動中】
【ネオ 所持品:魔銃クリムゾン・食料等、多目的ゴーグル(ガーネットよりルート)、使い捨てカメラ写ルンDeath(舞よりルート)、
マチュアのメモ(本人は舞が書いたものと思い込んでいます)、
目的:リョウの人捜しを手伝う、外のジオと連絡を取って事件解決、生存者全員で会場から生きて脱出する、メモを舞の遺族に渡す 備考:生き埋め?】
【リョウ・サカザキ(重傷・左腕使用不可(応急処置済)) 所持品:無し 目的:日守剛の殺害 備考:瀕死+生き埋め?】
【現在位置 3区コンビニ前の瓦礫の下?】
男は歩いていた。
重い足取りだった。自分の足なのかわからないほど鈍重な動きだった。
男は苛立っていた。
目は血走っていた。握ろうとした拳が「ない」ことが苛立ちを助長した。
男は焦っていた。
ほとんどの力は失われた。己の力のみが己のよりどころとなった。
男は自嘲した。
今更何を、と思った。今までも、ずっとそう思っていたじゃないか。
男、日守剛は睨んだ。
地の底を睨んだ。あるいはそれは己の行く道を睨んだのかもしれない。
あの後、この街で、このゲームで生きる為のほとんどを失った彼は森を彷徨った。
後ろ盾を失い、武器を失い、プライドを失った。しかし生への執着を失わなかった。
左腕から流れ出る血が逆に彼を冷静にしていた。
頭に上った血を下げるのに丁度いい。もちろん強がりではあったがそう思った。
森を抜け民家に入る、救急セットを探し、消毒液をかけ、乱暴に、強く包帯を巻く。
そう簡単に血が止まるはずもなかったが、何もしなければ死が早まるだけだった。
次に武器を探す。もちろん個人で所有している拳銃などはほぼ主催側で回収している。
だから日用品から探すしかなかった。結局キッチンで見つけた果物ナイフと包丁だけを持った。
「ろくな死に方は、しねえと思ったがな」
フローリングに座り込み再び自嘲して笑う。
因果応報という言葉が頭をよぎったが振り払った。バカバカしい言葉、現実味のない言葉だった。
もしこの世が因果応報ならば、今まで自分が殺してきた人間はそれ相応の悪事を行なっていた筈だからだ。
そして、それならば、自分は考えることも出来ないほどのむごたらしい最期を迎えるに違いなかったからだ。
頭を切り替える。くだらないことを考えるヒマがあったら生きる術を模索しろ、そう本能が告げてきたからだった。
自分のおかれた状況を鑑みる。
まずはケガ、重傷だ。足が無事なので動けないことはないがこの出血でまともに戦えるとも思えなかった。
なにより自分の最大の武器である関節技がほとんど使えないのは痛い。片手でできることなど限られているにもほどがある。
戦うことに思いが至り、武器を見る。
ウージーはその銃身に鈍い光を宿らせてはいたが、弾は残り少なかった。
数秒撃ち続ければたちまち只の鉄塊へと落ち果てる代物だった。
あとは今手に入れた包丁とナイフ、接近して殺すには十分だが・・・
そして次の考えは自分の置かれている状況へと移る。
今会場で生き残っている人間は最後に確認した時点で23人。
おそらくあの学ランのガキと自分の撃った弾の盾になった馬鹿な豚は死んだとして21人。
つまり自分を除いて20人の敵がいることになる。
しかしそのうちまず2人は確実に敵。アラン・アルジェントとあのパーカーのクソッたれ。特にアランには主催側から報告が行くだろう。
次に梅小路葵と結城晶、アランが始末してなければこいつらも完全に敵。容赦なく殺しにくるだろう。
そしてさっきやりあった7人から拳崇と豚、学ランを引いた4人、こいつらももうダメだ。
実に7人もの完全な敵がいる。こいつらが接触する相手も考慮すれば、今の自分に味方は皆無に思えた。
この状況で、生き残る方法などあるのだろうか。
手にした包丁で殺せる範囲まで近づける相手など、いるのだろうか。
苛立ちのあまりに空へときえた弾と自分の軽率な行為を後悔した。
しかし、この状態に絶望し、安穏とたたずんでいても死を待つだけだった。
「結局、やるしかねえんだよな」
ゆっくりと立ち上がり、左腕の痛みを噛み殺し、戦鬼は歩き出した。
彼の辿りついた答えは、今までとほとんど変わらなかった。只一つ、生きる為にという理由に変わったそれだった。
「・・・殺す」
「あの、あのぉ・・・蒼月さん」
無言
「さっきの雷すごかったですね」
無言
「どこに向かってるんですか?」
無言
「あの・・・こんなに堂々と歩いてるとわたしマズいんじゃ」
無言、蒼月は答えない。答える必要がないという表情で一瞥したまま歩みを止めない。
かすみは悩んでいた。明らかに出会った頃の彼とは違う蒼月の態度に戸惑っていた。
あれから、あの妖魔(と蒼月が言っていた少女)とジャージの男を退けてから、二人は歩いていた。
蒼月はその間かすみの質問もため息も全てを無視して歩き続けた。
いや、決して只歩き続けていただけではなかった。たびたび立ち止まり、後ろのほうを振り返り、顔をしかめてはまた歩き出す。
そんな動きを繰り返していた。
彼が振り返るたびにかすみはビクッと身体をこわばらせたが、その目はかすみよりもずっと後ろのなにかを見つめているようだった。
大通りに出たあたりで蒼月はようやくかすみを見た。
「なにか?」
「え?え?」
なにか、と問われてもかすみは急に答えることができなかった。
さっきから十分ほどはもう諦めてその背中をみているだけだった彼女に今話す「なにか」などない。
聞きたい事はたくさんあったが、1時間も自分を無視してきた人間が今更なんだというのだろう。
「なんでもないのに何度も何度も我を呼んだと?」
違和感、その一言に圧倒的な違和感を感じて、ずっとおもっていたことがかすみの口をついて出た。
「蒼月さんは・・・どこにいったんですか」
「ほほぅ・・・」
ニヤリと浮かべた笑みは蒼月のものではない、そう感じた。
全てを蔑むような瞳を見て、かすみは確信したように繰り返す。
「蒼月さんはどこに・・・あなたは、誰ですか!」
「未熟なくのいちと思っていましたが、そこまで愚鈍でもなかったようですね」
「一体・・・」
ズ、と一歩下がり腰から拳銃を抜くかすみ。
表情ひとつ変えずに微笑んだままの蒼月、否、蒼月の格好をしたそれ。
「大丈夫ですよ、かすみさん」
それまでの蔑むような目から一転、柔らかな笑みに変わる蒼月だったがかすみは拳銃と険しい表情を向けたままだった。
「仕方のない女ですね」
くい、と上げた指に従って、拳銃を持ったかすみの手を水の玉が打ち据えた。
それをみて不満そうな表情に変わる蒼月。
一瞬ブレたかすみの手は蒼月の思惑とは裏腹に決してその拳銃を離すことはなく、銃口は完全に蒼月の急所を捉えていた。
「わかりました、話せばよいのでしょう」
やれやれとため息をひとつ、蒼月は諦めたような口調で言う。
かすみの表情は変わらない。
数刻前のあわあわとした雰囲気からは想像もつかないほど険しい気迫を放ちながらそこに在った。
「今の私は、風間蒼月であり風間蒼月ではありません」
数秒の間。かすみの反応がないのを確認して続ける。
「あなたはご存知ないでしょうが、風間蒼月の身体には水邪というモノが棲んでいます」
「すい・・・じゃ?」
「風間火月の身体には同じように、炎邪というモノが棲んでいます。封じられていると言ってもいい」
「火月さんにも・・・」
かすみは火月の姿をイメージする、一瞬悲しげな表情を見せるが、隙は見せまいと神経は張り詰めたままだった。
「そうですね、わかりやすくいえば神に近きモノです、水邪は水の、炎邪は炎の化身というべきモノです。
ですが、その封印には二つの物が必要です。一つは、その依代となるべき肉体、もう一つが宝刀です」
「宝刀?」
「ええ、朱雀と青龍、それぞれ対の存在を封じる為の対の刀。それが今この男にはない」
かすみは答えない。蒼月の姿をしたそれの言葉を理解しようと一言一言を噛み締め聞く。
「しかし、あるのだ、この街に、その刀は。その忌々しい封印の一部が!」
「・・・ッ!?」
語調を荒げたそれに反応して銃にこもる力が強まる。
「ああ、失礼。それが近かった為、ある程度距離をとらせてもらった。そして、さっきのあなたの疑問ですが」
「ええ、あなたはその、水邪なの?」
「違います、いえ、半分はあっているのですが」
「半分?」
「今の私は封印が半分解けた水邪と、風間蒼月の精神が混濁した状態です、だから蒼月であり、水邪でもある。
思ったよりも蒼月の精神力が強いため、蒼月として動くことも、水邪として覚醒することもできない半端な状態ですよ」
自らを指して諭すような口調で唱える。
「つまりどういうこと?」
「やれやれ、そこまで言わなければわかりませんか?愚かなことよ・・・」
口調が安定していない。かすみがずっと感じてたこの違和感に一応の説明がつく回答ではあった。
忍びとして聞いてきた特殊な口伝の数々、そして今おかれている状況からして彼女には笑い飛ばすこともできなかった。
それでもやはり、いきなり言われて納得のできる類の話でもなかった。
「最初に会った時、蒼月はあなたを圧倒したでしょう?今もそうならば、いや、もしくは水邪が蒼月を完全に支配したならば
あなたの首はその単筒を向けたときには跳ね上がっていました。しかし、蒼月はあなたを殺したくはない、それゆえにこの身体は
今、あなたを殺すことはできないのですよ。ああ、あなたがその単筒から弾を放てばおそらく私は死ぬでしょうね」
「・・・そうね、蒼月さんが本気ならわたしは勝てません。それにこの程度の脅しでそんな弱みを見せるような人でもないですよね」
「もちろん、敵に対してはそんなことはありませんよ、蒼月があなたに火月の影を見ているが故のことですし」
「あなたが蒼月さんなら絶対に言わない台詞ですよね、それ」
かすみは銃をおろした、目線はまだ逸らしてはいない。
「わかりました、ええと、蒼邪さん」
にこりと微笑む。
「そ、そうじゃ?」
「この殺しあいが終わるまでは協力してくれるんですよね?」
「いや、そうじゃというのは」
「あれ?蒼月さんと水邪さんが混じってるんですよね?あ、水月さんのほうがいいですか?それとも水邪蒼月さんとか」
「呼び方は蒼月で構いませんよ、まだ蒼月の意識が強いですから」
額を押さえて首を軽く振る蒼月、あきれた様子、というヤツであった。
「で、協力してくれるんですよね」
おろした銃を再び突き付けるかすみ。
「よかろう、しかしこの馬鹿げた遊戯が終わった時に互いに命あらば、真っ先に・・・」
その先を言おうとしてぴたりと止まる蒼月を見てかすみはようやく警戒をといた。
「あ、いいですよ、無理に殺すとか言ってくださらなくて」
人格の葛藤を見抜いたかすみのフォローを受けて蒼月はため息とともに呆れた仕草をもう一度。
「じゃあ、行きましょう、蒼月さん、頼りにしてますから」
微笑むかすみを見てハッ、と息を吐き、軽く頷いて二人の忍は歩き出した。
かすみは思う、蒼月さんは本当に火月さんを大切に思っていたんだ。今私が生きていられるのは火月さんのおかげなんだと。
そして思う、今彼は「まだ」と確かに言った。それはいずれ、水邪にこの身体がのっとられるという意味だと悟った。
思う、必ず生き残ろうと。生きて、宝刀を見つけ、この弟思いの忍を元に戻してやろうと。
昼から夕方へと移り変わるころだろうか、大通りの手前で日守剛は立ち止まる。
この通りは幅が広い、今の自分が気配を消して渡りきるのは無理だろう。
そこで浮かぶ選択肢。
1.この先に殺せる相手がいる確証はない、無理をして渡る意味はないな。
2.周りに敵がいないことを確認した上でゆっくり移動すれば問題はない。
3.この街に20人ほどの人間がそう都合よくこの場にいるものか。
3は論外だ。戦場、もはやここは戦場である、その戦場では臆病な、神経質なくらいが丁度いい。
常に最悪を想定して行動すべきだった。いち参加者へと落ちた自分に必要なのはそういう危機感だ。
甘く、楽観的なほうへ行こうとする思考を無理やり引き戻して考える。
どうする、ここは渡るべきか、それとも。
しかしその思考も、次の瞬間掻き消える。
「そこな愚民」
大きな声にはっとする。
空耳かと辺りを見回す。
「貴様ですよ、左腕を怪我しているそこの」
視線が大通りを挟んで向こう側の男を捉えたのは数秒後だった。
あの忌々しいニーギ・ゴージャスブルーの時よりもさらに遠く、あんな位置から気配を察知されたと言うのか。
確かに基本的に静まり返った街ではある。
しかしながら、怪我をしているとはいえ、己の気配を消し、他人の気配を探りながら行動している自分の位置をあの距離で見つけられたとは
にわかには信じ難く、信じたくないことであった。
次の一手が浮かばない。この位置から銃を撃っても無駄弾を浪費するだけだ。かといってこの状態で相手に取り入れるのか・・・
どん
建物の影から顔だけを出し様子を伺うその背中を押される。
バランスを崩し、よろよろと身体を晒す。
「なっ!?」
バッと振り返る。
目を見開いたそこにあったのはふわふわと浮かぶ水の塊だった。
すぐにそれはばしゃりと地に落ちてそこにあった水溜りヘと還る。
向き直った目の前には銃が突きつけられていた。
「あの、大丈夫ですか?」
銃を向けている女が聞く。
「・・・殺そうとしている相手にいう台詞じゃねえな」
毒づいて隣の男を見る。
こいつもか、二人ともあの一瞬で大通りを渡って目の前まで来たってのか。
無事な頃の、自信と傲慢さに溢れた自分ならば渡りあえると信じていた。
いや、実際に化け物じみた者たちを何人も殺してきた実績もあった。
だがどうだ、大怪我を負い、ひとりの参加者になり、対面して初めてわかるその絶望感。
そのときの剛には、それが水邪の気を含んだ蒼月の圧倒的な威圧感であることがわからなかった。
先ほどヴィレンをたじろがせたそれを、彼は知るよしもなく膝を突いた。
銃を持った右腕を上げる隙をこいつは与えてくれないだろう。
この女を人質にとるか、いやこの腕では捕まえられない。
頭に次々沸く活路は、全て巨大な濁流に飲まれ全て水没していくようだった。
「あ、あの、無駄に戦うつもりはありません。それにあなた怪我されてますし」
「死に掛けた虫をいたぶる趣味はありませんしね」
いつもの剛なら虫扱いを許しはしない。表情で笑ってその間に殺しにかかっているはずだった。
しかしいまの彼にそんな余裕はなく、己の無力さに苛立って噛み締めた奥歯がギリギリと音を立てるだけだった。
この無力な自分を殺さないという彼らに逆に腹が立った。
力を使わぬ傲慢さに反吐が出た。それでも、弱者である自分が何も出来ないことに変わりはない。
「あの、蒼月さん、どうします?」
「捨て置きなさい、得る物はなさそうです」
「あ、でも治療を・・・」
女の反論を言下に拒絶する。
背を向けすたすたと歩き出す男。
「ご、ごめんなさい。あの、見逃してくれるそうなんで、早く逃げてください、じゃ」
申し訳なさそうについて行く女。
剛の怒りは沸点へと達した。
「クソがッ!!!」
振り上げた右腕の銃が唸りを上げる。
死をばら撒くはずの弾を女は建物の影に入り避ける。
男は避けようともしなかった。
ただ、男に銃弾が触れた時、その男はその場におちる水となった。
「やれやれ、うるさい虫だ、せっかく見逃してやったのに」
後ろから声。
右の指先の少し上にさっき剛を押し出したのよりも少し大きな水塊を浮かべてせせら笑う男。
「万死に値します、言い残すことは?」
「お、俺は」
剛のプライドはボロボロだった。
「陸で溺死というのも風情があるでしょう?」
恥も外聞もプライドも力も後ろ盾もない彼に残ったものは
「俺は、主催者側の人間だった」
どんなことをしてでも生き残るという執着だけだった。
「つまり、主君の命令を仕損じて見捨てられた無能、と」
剛は睨みつけるがその横っ面をすぐさま水の塊がはじく。
小さな塊はパーンといういい音とともに粒になって路地裏に落ちていく。
剛の言う監視の死角とやらに移動して行われている尋問、いや拷問か。
どうせどこも監視されているというのなら、とダメ元でついていた二人だったが
それ以降は有無を言わせぬ態度で続く蒼月の問いに剛は答えていった。
ジョーカーだったこと、他のジョーカーのこと、そして今ジョーカーでないこと。
話が止まるたび、蒼月の指は動き、剛の頬は水球に張られた。
「クッ・・・」
奥歯を軋ませて地面を睨むしかない剛。
話にでてきたあやねの名前に驚き、涙を浮かべ、困惑していた様子のかすみがやっと口を開く。
「あ、あの」
「なんですかかすみさん」
その言葉にピクリと動く剛。
「この人、左腕の血、止まってないんですよ・・・放っておいたら、話を聞くどころじゃなくて」
「で?」
「いやだからあの治療をですね」
言いかけるかすみの方へ掌を向ける蒼月。
「満足ですか?」
「え・・・?」
かすみはキョロキョロと周りを見て、ふと剛の左腕に目が行く。
「あ・・・」
見れば包帯から滲んでぽたぽたとたれていた血が止まっている。
自然の作用で固まったのではないことは落ちようとしている血が包帯の先に水滴になる直前の形で止まっていることから明らかだった。
「さて、続きを聞きましょう」
剛は己の腕と蒼月を交互に見やっていたが、顔の横に浮いた水球に促されるように言葉を吐いた。
「だが・・・」
その時、近くの空で巨大な、今日2度目の雷が堕ちる。
すさまじい音と光に一瞬全員の身体が硬直する。
剛はその隙を見逃さなかった。
残る全力で動き、かすみの後ろをとる。
首筋に手をかける。
「待て!撃つな!違う!」
反射的に拳銃を自分の背にいる男に向けたかすみと、無数の水球を浮かせた蒼月に声を上げる。
パチンと音がして
かすみの首輪が外れた。
カチャンと音がして
それが地に落ちた。
「え?」
かすみは目を丸くしてそれを見る。
「機能していない首輪は構造を知っていれば簡単に外せるんだよ」
両手を挙げたまま剛は話す。
「どうもヤツらはアレに夢中のようだ。『死んでいる』奴のことまで気にかけていなかったらしい」
親指でさっき雷の落ちた場所を指す。
「わたしのこと、知ってたんですか」
「知らないが、放送で呼ばれていたってことは死んでるってことだ。俺に連絡が来ていないってことは奴らが知らないってことだ」
もちろん、最後の連絡から今までに大分時間は経過している。
その間にこの女の首輪が作動されていれば、自分に待っているのは目の前の男か、この女からもたらされる死だったろう。
賭けに勝った剛ははぁはぁと荒い息を吐きながら続ける。
「アンタのも外してやる、その代わり俺を生かせ」
「それは外してから言うべき言葉ですね」
舌打ちひとつ、剛は後ろを指す。
普通ならば気づかないであろう距離と大きさではあったが、なにか浮いている機械があることを蒼月は悟る。
くい、と動かした手に従って飛んだ水球が遠くで小さな爆発音を上げたのを確認して剛は続けた。
「ずっと監視と盗聴の死角にいたからな、連中が痺れを切らしたんだろう」
管理側の内情を知る自分の動向は気になるだろうよと剛は悪態をついた。
「女、おそらくお前のことはすでに知れている」
「えっ」
「だが、何らかの都合で、この殺しあいを賭け事にしてるクソどもの都合かもしれないし、やつらの中でのなにかあったのかもしれない。
一人でやっていることではないからな、だが事実、お前の首輪は動いていなかった」
剛の脳裏にはゲームの前に見かけたルガールと話をする気色の悪い笑みを湛えた眼鏡の中国人と、
ヒラヒラと派手な服に身を包んだ趣味の悪いナルシストの姿が浮かんでいた。
「ほう、賭博ですか」
蒼月の言葉を無視、ではなく聞き流し剛は言う。
「ヤツらの監視が届かない場所が必要だ、これ以上の詳しい話も実際の作業も見つかれば即首輪を爆破されてもおかしくない」
これは確証はなかった。拳崇がいっていたように、むやみやたらに爆破することはないと剛も思っていた。
爆破される側に回った時に、それは楽観的な希望でしかない。少しでも確実な選択をしたかった。
「そんな場所がどこに?」
「この街には、もともとは支配者がいてな・・・」
ジョーカーだった男が声を潜めて話しだしたとき、遠くの空で3度目の雷鳴が轟いた。
【日守剛 所持品:ウージー(残り弾僅か、一度撃ったら空になる程度)、包丁、果物ナイフ 目的:ギースの隠し部屋を探し出し
そこで首輪を解除する。 生きる 左腕欠損。出血は血液を凝固されて止まっているが怪我は治っていない】
【風間蒼月 所持品:なし 目的:首輪の解除、その後は不明】
【かすみ 所持品:ノートパソコン 拳銃(残り14発+1カートリッジ) IDカード 衣類等 目的:蒼月に従う。水邪を封印する 首輪解除、戦闘服着用】
【備考:蒼月は半水邪の状態だがどちらと言うわけでもなく混ざったような状態。蒼月が弱れば水邪に近くなる
かすみの首輪は解除、今後カメラと目視以外では追跡できません。ちなみにルガールにかすみの情報がいってないのはウォンが邪魔してます。ノートパソコンについては保留した状態で剛の話のほうが優先と考えています】
【現在位置 5区大通り沿いの路地裏】
です。表記し忘れ申し訳ないです。
「…だ、誰……?」
「…そりゃあ、コッチの台詞だ」
てっきり楓だと思ってドアを開けたエミリオの前に立っていたのは、しかし楓ではなく見知らぬ男だった。
誰だろう、この人は。何でこの場所に来たんだろう。
いや、待てよ、そうか。
ひょっとしたらこの人が紅丸っていう人かもしれない。
「……あ、あの…」
もしかして、あなたが紅丸さんですか。
そう問おうとしたその時、
ッドス
「ッグフ!?」
紅丸の鋭い拳がエミリオの腹に突き刺さり、そのままエミリオは崩れ落ちる。
そして吐き出さされた肺の空気を必死で集めている様子のエミリオに、紅丸は火炎放射機を突きつけた。
「…勝手に喋るなよ、少年」
見知らぬ子供が自分とシェルミーの待ち合わせ場所から現れたのだ。紅丸としては当然の行動である。
何だコイツは?何でこんな所に居る?シェルミーは無事なのか?
「…いいか、こっちの質問にだけ答えろ、それ以外は黒コゲだ」
…いや、それよりもこいつは先刻、確かに言った……。
「…お前は、楓の仲間なのか?」
楓。
殺人鬼として放送で名を晒され、先程自分を殺そうと襲い掛かってきた、人間離れした雷の使い手。
およそ自分が知る限り、人の操れる限界以上の雷の力を事もなげに操っていた青年。
その男の名がこの眼前の少年の口から放たれた。
その事実が紅丸に仲間の安否を確認するよりも先に、眼前の少年と楓との関係を問い質させていた。
「…べ、紅丸さん…楓君を…知ってるの……?」
しかしエミリオは、紅丸の質問に答えなかった。
紅丸さん……と思われるこの男……は楓君を知っている。
その事実がエミリオに口を開かせた。
そしてそれ故に、エミリオは紅丸の更なる一撃を見舞う事になった。
ッドスリ
「ッッ!!」
先程と同じ様に、エミリオの腹部に今度は紅丸お得意の蹴りが突き刺さった。
「質問に質問で返すんじゃねえぞ」
「……………ッ」
苦しげに前のめりに倒れこむ少年を見て、紅丸は少し顔をしかめる。
無抵抗の人間をいたぶるような趣味は無い。こんな不本意な事はしたくは無かった。
それでも、この少年が楓の何らかの知り合いというのは間違いなさそうだった。
その上、この少年は今度は自分の名前まで知っていた。
現時点では紅丸にとってエミリオは限りなく敵と見なすべき存在である。
楓の仲間がシェルミーと俺との待ち合わせ場所に先回りしていたのだろうか。
そうだとすると、シェルミーは既にコイツに殺された――――?
最悪の想像に行き着いた紅丸は決心した。
この少年は、この場で殺すと。
「………」
手にした火炎放射機を捨て、拳に電撃を纏う。
―――バシィッ!
バチバチと鳴り続ける拳同士を打ち付け、一際大きな音が弾ける。
「…ァ……ァ…ゥ……」
その光景を前にしながらも、少年は涎を垂らしながら呻くだけで何も出来ないでいた。
「……悪く思うなよ、少年……!」
紅丸がエミリオにそれを叩きつけようとした、その時、
「……紅丸!戻って来たの!?」
その音を聞きつけて目を覚ましたシェルミーが、大急ぎで奥の部屋から顔を出した。
雷鳴が聞こえてきて、はや10分。
霧島は背後の気配を見失い、それでもその事を脅威と思わなかった。
それ以上の脅威が、何か、すぐ近くにある。
そんな予感がしたからだ。
「………そもそもが、だ…こんな天気で雷なんぞが鳴るワケがねえんだ」
カチャカチャと、それを弄る。
配線を引っ張り出し、それをバチバチと繋げようとする。
「となると…ありぁやっぱ、シェルミーや二階堂みたいな奴が放ったモンだろうな…ああ、クソ!」
しかしそれがなかなかうまくいかない。
「…それにしても、あれはちょっと大き過ぎだろ……」
あの雷鳴。
あれは、自分とさほど離れてないところから聞こえてきた。
雷光自体は見る事が出来なかったが、まず間違いないだろう。
なぜならその音の直後に空気の震えを感じた。
遠方に立ち込める土煙と共に、崩壊していく建造物群を見たからだ。
だからわかるのだ。
あの雷鳴は、人の能力で放てる域を超えたモノだと。
―――― 一体誰がどれだけの威力の雷を放ったというのだろうか?
その想像にゾッとし、しかしそれよりも、自分の作業が上手くいかない事に苛々した。
「……ああクソ!!何だってンだよ前は上手く行ったのによお!?」
放置されたオートバイの前に屈みこみながら、霧島は一人愚痴をこぼしていた。
「クソったれが…!!絶対に…もう死なせやしねえぞ!!」
強い決意を言葉に表し、霧島は心に不屈の闘志を燃やしていた。
絶対にもう死なせはしない、と。
「…いや、何と言うか……本当に済まなかったな……。ええと…エミリオ…だったか?」
「…い、いえ、もう…大丈夫ですから…。それに、僕の方こそ迂闊だったんですし…」
ゴホゴホッと呼吸の調子を整えながら、エミリオは申し訳なさそうにしている紅丸に向かってそう告げる。
紅丸は帰路の途中で寄ったドラッグストアで調達したミネラルウォーターや薬などを取り出し、
バツが悪そうにしながらエミリオにそれを差し出した。
「……まぁこんな状況だもの…お互いこの事は忘れましょう?ね?」
そんな微妙な二人の空気を取り持ちながら、シェルミーは紅丸の土産の中から自分の怪我に合う薬を探し出していた。
消毒液をふりかけ、化膿止めを塗り、包帯を巻きつける。
傷の深さから考えればこんな処置では足りなかったが、それでも無いよりはマシだろう。
シェルミーはそう思いながら怪我した足を悩ましく組み直す。
「…さて、とりあえずお互いの状況を説明しようか…」
そんなシェルミーの様子にヒュウッと口笛を鳴らしながら、紅丸はもっとも重要な本題を持ち出す。
「俺にはもう、何が何やらわからないんだがな」
そう言いながらエミリオを一瞥し、そして続いてシェルミーの足の怪我を見やった。
「……とりあえず、ソッチは俺の居ない間に色々あったらしいな…」
自分は自分で殺人鬼に追われ死に掛けたのだが、どうやら内容としてはシェルミー達の方が聞き応えがありそうだ。
そう思った紅丸はシェルミーに先に報告を迫った。
「……そうね、ちょっと沢山あったわね…」
シェルミーから、いつもの余裕が完全に消えている。
これはいよいよ何かあったのか。
「……少し、長いわよ…」
シェルミーはややあってから、疲れた様子で語りだした。
拳崇は霧島の追跡を止め、今は身を隠している。
あの雷鳴の主に心当たりがあった。
雷の力を持ったバケモノの加護を受けた青年。
雷の力が封印された神器。
その二つが今一つ所に集まっているいう話を、まだ自分がジョーカーだった頃に剛から聞いた事がある。
そしてその持ち主が今、このゲームの最有力候補になっているという事も。
…あの男はひょっとしてその男の元へ自分を向かわせようとしたのだろうか?
いや、それは考えすぎだろう。あの男も雷鳴の鳴った時、何か驚いたような反応をしていた。
どっちにしろ、拳崇はそんな奴が近くに居るかもしれない場所へ近づくのはゴメンだった。
そういえばアランが向かったのはこの辺りだったろうか。
まだ近くに居るかもしれないし、合流を図ってみるべきか。
そう考えた拳崇は、しかしすぐにその提案を自ら却下した。
いや、放送まで待った方がいいだろう。
もしアランが既に死んでいたとしたら、それは全くの無駄足だからだ。
ジョーカーだった時と違って、他人の生死が確実に判る情報は放送だけなのだから。
だからそんな無駄は絶対にするべきでは無い。
なぜなら、自分は生き残らなければいけないのだから。
アテナの仇を討つ為に。
「……アテナ、きっと見たってくれや…」
ワイがきっと お前の仇を討ったる
確実な情報を手に入れるまで自分からは動かない。
至上の目的の為に獲物の深追いはあえてしない。
拳崇の下したその二つの判断は、既に一流の狩人のそれであった。
「………そして今、私の奴隷クンが私の代わりに拳崇を追ってくれてるってワケ」
「…………」
シェルミーの話を一通り聞いた紅丸は、額に手をやり考え込む。
シェルミーが自分と別れ八区に向かい、このエミリオ少年を保護して、そしてさらに霧島と合流した。
そして霧島の支給品と首輪の関連性を曖昧ながらも聞き出し、その後拳崇の襲撃を受け今に至る。
…霧島翔。記憶の片隅に少しだけ存在している男。
いつだったか、京がKOFの会場に遅刻しそうだった時。
バカでかい音を出しながら、凄まじい速度で突っ込んでくるバイクに乗った男が京を会場まで送ってきた事があった。
あいつは誰だと京に聞いてみると、確か親戚か何かで、名前は霧島翔だ、と答えていたような気がする。
その後も、何度かKOF予選などで顔を見た事はあったが、本選では結局一度も見た事は無い。
紅丸にはその程度の認識しかなかったが、それでもなにか心強い気がした。
「京の親戚、か…」
少しだけ嬉しそうに笑みをこぼして、紅丸は立ち上がる。
そしてツカツカと歩き、エミリオの前で足を止めた。
「………あ…」
紅丸の影に気づいたエミリオが、少し不安そうに声を上げる。
シェルミーから聞いた話をまとめてみても、しかしまだ判っていない事がある。
K´と、楓。
このエミリオ少年は、その二人と何らかの関係を持っているらしかった。
それ故にシェルミーはこの少年を保護したのだが、どうやら未だその関係を問い質せていない様だ。
「…さて、ここまで来ちまったんだ。もう隠し事は無しだぜ、少年」
それでも、シェルミーの話から何となくの憶測はしていた。
後は、それを直接コイツの口から聞くだけだ。
「…K´のヤツは、お前が殺したのか?」
あえて、直接的な言葉でもって紅丸は問うた。
「…紅丸……」
あまりに直接的すぎる紅丸のその問いに、シェルミーは口を開きかけた。
しかしそれよりも早く、エミリオは口を開いた。
「……はい……僕が…」
僕がK´さんを、殺し――――
ドンッ
「――――ッ!!」
そこまで言って、しかしエミリオは言葉を続けられなかった。
紅丸がエミリオの襟首を掴み、そのまま後ろの壁に叩き付けたのだ。
「………………ッッッ」
エミリオの眼前に突きつけられた紅丸の表情は、様々な感情が入り混じった何とも言えない複雑な表情をしていた。
怒りを、殺意を、悲しみを、あらゆる感情を無理矢理に押さえ込んでいるような、そんな表情。
その様子を見ながらも、シェルミーはただ沈黙しているだけだ。
――――でもそれも当然だろう
息も苦しい状況にありながら、エミリオは抵抗する事なく紅丸の感情を受け止めている。
――――だって紅丸さんは K´さんのお友達だって言ってたから
だからエミリオは、敢えて嘘もつかずに紅丸に本当の事だけを伝えた。
「……僕が…K´さんを……殺したんだ……」
静かに涙をこぼしながら、エミリオは敢えて決定的な一言を紅丸に突きつける。
もしこれで僕がこのまま殺されても、それでもいい。そう思ったから。
やるべき事はまだ幾つもあったが、それでも自分は許しを乞う事など出来ないのだから。
ここで死ぬのなら、それはそれでしょうがないだろう。
そう思っていた。
不意に、紅丸は手を離し、エミリオの体が自由になった。
「…………え?」
「……………」
紅丸は苦しげな表情のまま、それでも両手を収めながら呟いた。
「……そうかい」
そしてそのまま踵を返し、火炎放射機を手にしてシェルミーに声をかける。
「そんじゃあいっちょ、その奴隷クンでも助けに行くか」
「………!」
「おい、何してんだ少年?とっとと行くぞ」
驚いた様子のエミリオにそう声をかけ、紅丸は今度はシェルミーに向き直る。
「シェルミーは悪いが、ここに残っててくれ」
「……ええ、それは構わないけど…」
今自分が行っても足手まといなだけだ。それは百も承知している。
「…紅丸…アナタ……」
しかし紅丸は、それでいいのか。
眼前にチームメイトの仇が居るというのに。
「俺を心配してくれるのかい?そいつぁ嬉しいなハニー」
しかし紅丸はいつもの調子で答えながら、そしてこう付け加えた。
「しかしな、草薙の一族ってのはどうにも手のかかる奴等なんだよ」
「だから、俺が行ってサポートしてやらないといけないんだ」
「……紅丸」
「わかってくれるな、シェルミー…?」
そう言った紅丸の表情は、しかし、放送で京の名前を聞いた時のようにどこか曇っていた。
「…わかったわ、私の奴隷の事、よろしく頼んだわよっ」
そう言って、紅丸にウィンクを一つ。
「エミリオも、無茶しないように頑張ってね♪」
そしてエミリオに、投げキッスを一つよこした。
「……………」
エミリオには何だかわからないまま話が進んでいった。
「……なんで…」
でも、これだけはわかった。
なんで皆 こんなに優しい人達なんだろう
下を向き、ポロポロと涙を零しながら、エミリオは立ちあがる。
「…よし、その息だぜ、少年?」
「…そんな、少年はやめてください……」
そしてエミリオは紅丸と共にいざ一歩を踏み出そうとした。
その時、
――――――バッシャァアン!!
「!?」
黄昏空の彼方から、突如雷鳴が響いてきた。
「………………」
「………………」
「………………」
その轟音に誰一人として反応できず、民家の中を沈黙が包む。
しかしやがて、一人の少年と一人の青年がそれぞれに口を開いた。
「……――――楓、君…?」
「……――――楓…………」
エミリオと紅丸は、ほぼ同時に同じ名を呟いた。
「…ちょっと、楓ってまさか……」
「……………楓君だ…楓君だ、楓君だ!楓君なんだ!!」
シェルミーの呟きを遮りエミリオが嬉々としてその名を何度も繰り返す傍ら、紅丸は深刻な表情のまま微動だにせずにいた。
「………んな、バカな…」
今の雷鳴はまさか。
いやそんな筈はない。
なぜならアイツは今頃瓦礫の下に居る筈なんだ。
俺がこの目で確認したんだ。
あれで生きてるなんて、そんな筈はない。
そんな人間が居る筈がない。
そんなモノが人間である筈がない。
それはもう 人間じゃない
人間。
その言葉が紅丸にはなぜか、とても虚しいモノに感じられた。
そんな紅丸の心境を無視して、エミリオは絶望的な発言を続ける。
「…待って……これは……!楓君が!楓君、こっちに向かってる……!?」
「…――――バカ言え!!アイツは俺が確実に……」
生き埋めにした筈だった。
しかし、現実はどうだ。
あれほどの雷を操る人間が、他に居るというのか。
これは、紛れも無い現実なのだ。
「間違いないよ…!楓君だよ…!コッチに向かって来てるよ…!!」
「…黙れ!!そんなワケが……!!」
「…………そうね…何か…大きな雷の力を持ったモノが近づいてきてるわ…」
エミリオの発言を否定しようとした紅丸を、シェルミーが遮る。
いまや楓の存在を、オロチ四天王であるシェルミーも感じ取っているようだ。
もはや、決定的だった。
楓が、来る。
呆然とする紅丸を尻目に、エミリオがフラフラした足取りで歩きだした。
「!?ちょっとエミリオ、何処へ……」
「伝えないといけないんです…!楓君に…K´さんの……!」
有無を言わせぬ調子でそう言い放ったエミリオだったが、紅丸の傍らを通り過ぎようとした時、その肩を掴まれた。
「…待て」
「…な、何……?」
「……お前と楓を会わすワケにはいかねえ」
「な、なんでそんな事言うの!?」
「なんでもクソも無え」
「…で、でも、僕はK´さんに頼まれたんだ…!必ず伝えるようにって…!!」
「ガキには過ぎたおつかいってもんなんだよ」
「子供扱いするなッッ!!」
自分を頑なに阻み続ける紅丸に対し、エミリオはついに大声で反発した。
「僕は今まで何もやれてなかった!!ただ…ずっと…人を殺してきただけだ…!」
「何も人の役になんか立ててなかったんだ!!今まで!!ずっと!!ずっと!!」
「閑丸君も死んで!あの女の人も落っことしちゃって!!響さんも何処かに行っちゃって!!」
「K´さんも…!!僕が…殺して…!!」
自分の肩を掴む紅丸の腕を掴み返しながら、エミリオは自らの心中をぶち撒け続けた。
「でも…それでも……K´さんは僕に…託してくれて……!!」
「だから、だから!!K´さんの言葉を、楓君に伝えなくちゃいけないんだ!!」
「やっと僕も人の役に立てるんだ!!だから……だから…!!」
瞳に今までに無い強い決意を表し、エミリオは紅丸を真正面から見据える。
「……そうかい」
掴み返された腕をどけながら、紅丸は逆の手をエミリオの肩にやる。
そしてエミリオの逆の肩にポン、と手を置いた。
「…わかったよ、お前の気持ちはな」
「……紅丸さん!」
紅丸がエミリオに笑みを返し、エミリオはそれを肯定と受け取った。
――――バチィ!!
「…!!」
「……だから、お前は少し眠ってろ」
肩に置かれた手から電撃を浴びせられ、エミリオはそのまま気を失ってしまった。
「……いいの?紅丸」
「ああ、ガキなんざ居ても足手まといなだけだ」
失神したエミリオをソファに寝かせ、紅丸はシェルミーにそう言った。
「そうじゃなくて…その子は、K´の……」
「……同じなんだよ、このガキは」
同じ目だった。
いつかのKOFで、初めて会った。
その時はただの白髪の生意気なガキだ、くらいにしか思わなかったが、しかし。
自分の出生の秘密を告げられ、眼前に己の鏡像たる男…クリザリッドを前にした時の、あの時の目。
あの時のK´の目を、紅丸は忘れる事が出来なかった。
いつかのKOFで会った、栗色の髪の毛の少女。
一緒に美術館に行ったりして、無邪気そのものだったあの子。
クーラがK´を前にした時の、あの悲しそうな目を、紅丸は忘れられない。
エミリオも、二人と同じ目をしていた。
深い、悲しみの目。
その目を、紅丸は忘れる事が出来そうにもない。
「コイツは、コイツが殺したアイツに似すぎてるんだ」
「だからわかるんだよ…」
だから信頼する事にした。K´の言葉を楓に伝えるというその意志を。
「ま、だからと言ってコイツを楓に会わすワケにはいかないよな」
「あらあら、紅丸ったらそのコには随分優しいのね?」
「おいおいシェルミー、勘違いしてもらっちゃ困るな」
アハッと笑いながら自分をからかうシェルミーに、紅丸はいつもの調子で受け答えする。
「俺は本来誰にだって優しいんだぜ?ただ、君の様に美しいレディにはもっと優しいだけさ」
言いながら、ウィンクを一つ。
その様子にクスリとしながら、フッと真剣な調子でシェルミーが聞いてきた。
「…そんなにキレちゃってるの?そのカエデってコ」
「……まあな…その上俺や君以上の雷の使い手だ……正直言ってもう二度と会いたくない」
言いながら、紅丸は火炎放射機を手に取り、台所から物色したいくつかのナイフをシェルミーに渡す。
それを受け取りながら、シェルミーは再びクスリと笑い、
「それじゃあ、何か作戦が必要かしらね?」
手のひらの上でナイフを弄びながら、イタズラっぽく笑った。
「……作戦?そんなモンはたった一つだけだ」
肩に火炎放射機を担ぎ、そしていつもの笑みを浮かべながら言い放つ。
「楓は確実に殺す……そんだけさ」
かくして女神の加護を受けた騎士は、わがままなお姫様と共に旅立った。
眠りについた天使を後に残して。
街は、真っ赤な夕陽に彩られていた。
【シェルミー(全身打撲 左肩負傷 気絶) 所持品:果物ナイフ数本 目的:社と合流、クリスの敵討ち(拳崇を殺す)、ついでにルガールにお仕置き 楓を殺す】
【二階堂紅丸(かなり消耗) 所持品:火炎放射機 目的:シェルミーと合流、拳崇をシメる、出来たら真吾とK'と合流したい 楓を殺す】
【現在位置 5区 楓の機先を制する為に移動中】
【エミリオ・ミハイロフ(完全消耗 まだちょと戦える)所持品:ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ 目的:K´の言葉を楓に伝える、シェルミーを守る】
【現在位置 5区 待ち合わせ場所の民家で気絶中】
【霧島翔 所持品:ボウガン(矢残り4本) 目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す、正義の味方らしく拳崇の注意を自分に向ける シェルミー達の所へ戻る】
【現在位置 五区の2・3区方面】
【椎拳崇(やや疲労 左肩が痛む) 所持品:出刃包丁、リボルバー式拳銃(装填数4) 目的:最後の一人になってルガールを殺す 放送でアランの生死を確認するまで身を隠す】
【現在位置 5区大通りの2・3区方面に潜伏】
…………
……青白い光が荒れ狂う路地裏。
それでもネオは一歩ずつ前へと進む。
そして、肩に担いだ相棒へと語りかける。
「…お前も……他の皆も……」
しかしそんなネオの呟きも、
「絶対俺が……助けるからさ…」
きっと背後の音にかき消されてしまったに違いなかった。
「――――――――ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙――――――………!!!!!!」
――――――バッシャァアン!!
己の背後から、神人の咆哮と、青き龍の息吹が迫る。
それらは自分の遥か上を通り過ぎ、そして傍らのビル群をいともたやすく薙ぎ払った。
青い光が暴れ狂う中、無数の瓦礫が落ちてくる。
「……ゔゔゔゔゔゔゔゔゔお゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!」
ネオはそれでも必死に前へと歩む。
その顔は、もう涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
ッドン!
不意に、突き飛ばされた。
いや、突き飛ばされたというよりも吹っ飛ばされたという方が正しい。
それ程の衝撃だった。
風に舞う木の葉の様にネオは数メートルを一挙に進む。
その空気抵抗に抗いなんとか振り返る。
そこには右腕を突き出した姿勢で立っている、自分の相棒の姿があった。
「――――――――リョ――――――」
相棒の名を叫ぼうとしたネオが最後に見たモノは、
落下してくる無数の瓦礫と
口元に笑みを浮かべたまま崩れ落ちる男の姿だった。
「…………………」
そんな夢から、ネオは目を覚ました。
「…………………」
辺りは、夕焼け空の太陽の光を受け、真っ赤に染まっている。
自分の周囲は、瓦礫だらけだった。
そして自分の傍らには、ひしゃげて曲がった自転車が落ちている。
ああ そうだ。
思い出した。
リョウに吹っ飛ばされた自分は、乗り捨てた自転車のとこまで飛ばされたんだ。
そんでもって、思わずその自転車を盾にして、そのまま生き埋めになったんだっけ。
圧死を免れたものの、しかしまだ解らない事がある。
生き埋めになった筈なのに、なんで俺は外に居るんだろう?
誰かが掘り返してくれたのだろうか?
でも、一体、誰が。
ネオは考える。
しかし流石のクイズ探偵といえども、この答えは容易には出せなかった。
ふと、背後の瓦礫を見やる。
そこには、ひたすらに、瓦礫の海があるばかりだ。
自分の様に生きている人間の気配は、何も無かった。
「……………ッッッッッッ…………!!」
「ッッウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!!!」
ネオは泣いた。
いや、それは啼くという方が正しい、それほどの慟哭だった。
一人の探偵は、己の無力さを再び思い知ったのだ。
魔銃デスクリムゾン。
それは持つものに過酷な運命をもたらすという、呪われた銃。
過酷な運命とは、何も過酷に死ぬ事だけではない。
数多の過酷な死を背負い、己の無力を存分に味わい、そして一人残される。
それもまた、過酷な運命といえよう。
やがて慟哭は夕陽に消え、そして静寂が訪れる。
そして立ち上がる一つの影。
こんな呪いがなんだってんだ。
この銃の力でもって、俺は人を救ってやるぞ。
そうやって皆でここを脱出してやる。
そうすりゃ、今までの呪いなんざ何てこたない。
差し引きゼロってヤツだ。
俺は、諦めねえぞ。
ネオは、敢えて過酷な運命を生きる道を選んだ。
夢から覚めた夢が、たとえ悪夢の続きだったとしても。
一歩ずつ、確実に前へ。
探偵はたった一人、夕闇に向かって歩き出していった。
【ネオ(全身打撲、主に足) 所持品:魔銃クリムゾン・食料等、多目的ゴーグル(ガーネットよりルート)、使い捨てカメラ写ルンDeath(舞よりルート)、
目的:外のジオと連絡を取って事件解決、生存者全員で会場から生きて脱出する、メモを舞の遺族に渡す 】
【現在地:三区コンビニ前の瓦礫付近】
ホシュ
【??:??】
Hush-a-bye, baby, on the tree top,
When the wind blows the cradle will rock;
うるせぇなあ、聞きたくないんだよ
When the bough breaks the cradle will fall,
Down will come baby, cradle, and all.
まだ、眠るわけにはいかねえんだよ…
「心も体もぼろぼろな人って、リリス大好きよ…もっといじめたくなるから」
誰がぼろぼろだ!!体はともかく、心がぼろぼろになった覚えはねえ!!
「大丈夫。リリスが守ってあげるから、ね」
一体どうやって守るっていうんだよ。テメエは俺より弱い、だから消えたんだろ!?
「悪魔はね?義理堅いんだよ?知ってた?」
知るか!消えてなくなっちまった奴がどうやって義理を守るんだって言うんだ!?
「そのうち解るよ・・・ふふふっ♪」
どういう事だよ
「最後まで…ずっと一緒だよ?」
うぜぇよ、ふざけるな──
【17:18】
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ぶかぶかの服を着た男──ヴィレンの鎖が彼の目の前にいる男──ケーブルにへと襲い掛かる。
「チッ!しまった…!?」
先ほどの花火により三半規管と視界を奪われ、その上彼の特殊能力、テレパスすら効果のない相手の一撃
ケーブルはそれの腕で辛うじてガードするしか選択肢は無かった。
「クッ! 重い!?」
一撃目はガードできた。が、続いて2度目、3度目の鎖がケーブルを襲う。
鎖を使うチンピラとは何度か戦ったことはあるケーブル。
しかし目の前の男の放つ鎖はチンピラが使う"脅しの為の道具"としての鎖ではなく"その道のプロが使う凶器"としての鎖だった。
1、2回ならともかく、こう連続で食らってガードしきれるものではなかった。
「(内に…内に入りさえすれば…!?)」
しかし彼の振り落とす鎖には隙が無い、振り落とし、隙見えたと思ったら再び次の鎖が振り落とされる。
「(このままでは…マズイ!!)」
5回目、6回目、7回目と鎖は振り落とされる。
「死ねぇ!!」
そして、止めとばかりに鎖を大きく振りかぶる。
そこに、一瞬の隙ができた。
その隙を見逃すほど、ケーブルは甘くは無かった。
「今だ!!」
ガードを解き、その場から消えるケーブル。渾身の一撃を込めた鎖が空しく空を切る。
「ナッ!?」
目の前の男が突然居なくなった、避けた様子も無いのに。正に消えた。
その事にヴィレンは動揺を隠せない。
「ど、どこ行きやがった!?」
右を見る。居ない。
「クソッ!!どこだ!」
左を見る。居ない。
「ここだ」
後ろから声が聞こえた。
「な…にぃ!?」
声がする方向を見ようとする、が、その前に後ろから体を押さえつけられる。
「残念ながら、チェックメイトだ。」
「て、てめえ…どうやって…!?」
ケーブルの能力の1つ、ボディスライド、瞬間移動。そんな能力があるとは知るはずもないヴィレンにとっては当然の疑問だった。
「簡単に言うと瞬間移動の一種だ。それは後々説明しよう。俺は君と話がしたい。色々言いたい事はある。」
ヴィレンの体を押さえつけながら説得を始める。
本当は今すぐにでも色々聞きたかった、何故襲い掛かってきたのか、何故彼の心が読めないのか等を。
ただ、そこで熱くなってしまっては負けだ。もう勝負はついた。彼も降伏してくれるだろう。
そして、あわよくば彼も対主催への仲間にしたい。
そう、ケーブルは思っていた。
「ちぃ……まあよく持った方だな…」
腕を上げて、手のひらを上に掲げるヴィレン。
鎖はその場に落とし、戦意がないといわないばかりに手を振る。
「俺の負けだ…何でも話す…」
「そうか、そうしてくれるとありがたい。」
降伏宣言と思い押さえつけている力を緩めるケーブル。
「……なんて言うと思ったかこの甘ちゃん野郎!!!!」
次の瞬間、ヴィレンのぶかぶかの裾から一本の”ケーブル"が飛び出す。
相棒が残してくれた取っておきの使えない武器。テーザー銃。
「な…!?」
そのケーブルは”ケーブル”に当たった。
次の瞬間、強い電撃を放つ。
「グ、ぐぁぁぁぁあああぁっ!?」
その電撃はケーブルの意識を失わせるまでには行かないものの、致命的な隙を作るのには十分すぎる威力であった。
「意識はあるのか…対したもんだ…だが立場逆転だな、もっとも俺はアンタに聞きたい事なんてねえがな…!!」
先ほど落した鎖を拾う。
目の前の男、アンタは確かにつええよ…ただな?
強い奴が生き残るんじゃねえ…生き残る奴が強いんだ…
「く た ば れ…!!」
鎖を振り上げる。目の前の敵を殺すために。
自分が強い事を証明するために。
──
きたね
【17:20】
──
「お、オッサーン…?どこですか〜?」
あれから結構な時間が立った。
俺はオッサンを探す為に音がする方向へ向かう。無論、隠れて。声も小声で。
だ、だってよ?やっぱり怖ええよ!さっきの音なんて爆発音だぜ?
も、もし爆弾魔とかだったらどうしたらいいんだよ!?け、けどオッサンは心配だ!!
兎に角今はオッサンがいそうな場所を探すしかない!!勇気を持って爆音がした方へレッツゴウだ!!
っと、そんな事を考えている時、連れの犬福が。
「ニョ!にょにょにょ!!」
と、俺の元に駆け寄ってきて、俺の服の裾を引っ張る。
「ど、どうした!?オッサン見つけたのか!?」
「にょー!!ニョニョニョー!!」
よし!何言ってるのかサッパリだ!!!
「よ、よくわからねえが…ついて来いって事か!?」
何となくそこは解ったので聞いてみる。すると
「にょ!!」
と元気よく返事をしてくれた!OK!さすが俺だ!!賢い!
まだか
んでもって犬福について行ったんだ。
「にょ!にょにょ!!!」
「これ…オッサンの銃…?」
そこには、半開きのドアの横にオッサンがさっきまで持っていったマシンガンって武器が落ちていた。
ヤッベエ!オッサン武器落したら丸腰じゃねえか!
と、届けてやらないと!!こ、この近くにいるんだよな!?
っつーか、この不自然に開いてる半開きのドアの中にいる確立が高い!…よな?
け、けど、と、言う事はだ…オッサンが銃を落してしまう程の強敵がこの中にいる…
っつーことは!やヴぇえ!オッサンピンチだ!!助けてやらないと!!
そう思った俺はオッサンが持ってたマシンガンを装備してそのドアを開けた。
──
【17:21〜】
「く た ば れ…!!」
ヴィレンは構えたその鎖を振り落とそうとするその瞬間、突然後ろのドアが開く。
「!?」
敵の増援か!?そう思い後ろを振り向く。
「う、動くな!!お、おっさん!助けに来たぜ!!」
「にょにょ!にょ!!」
そこには、髪の毛をツンツンに立たせた金髪の男──山田英二がケーブルの銃を構え立っていた。その横には犬福も居る。
「え…エッジ!?」
ケーブルは痺れが取れない体を無理に動かしながら時計を見る、あれからまだ8分しかたっていない。
と、言う事は…
「エッジ、あれからまだ10分経っていないはずだぞ!!」
「ま、まあ…いいじゃんか、この様子みるとオッサン大ピンチ気味だろ?」
そう言いながらヘヘッ、と笑うエッジ。
確かにこのままでは敗北は確実だっただろう。実際助かったのは事実だ。
「そ、そこのアンタ!そ、そう言う事だからアレだあれ!え〜っと…て、手を上げて…え〜っと…あれだ!兎に角手を上げるんだ!」
降伏という言葉がでなかったのだろうか?ドモりながらヴィレンに銃口を向ける。
「…糞…イライラする!イライラする!!」
何故こうも上手く行かない!?何故だ!?何でだ?アイツが居なくなったからか!?
こんなゲームに乗る気も無い甘い奴等の方が強い…だ!?
認めねえ!!ぜってぇ認めねぇ!!
「何もかも…くたばれぇぇぇぇぇぇえぇぇぇっ!!」
そう、大きく叫びエッジの方に向かうヴィレン。
もう足の痛みも何も関係ない、目に映るもの全てを殺す!!イライラの原因は全て消す!!
「エッジ!?」
痺れる体に鞭を打ち、ヴィレンを止めに走るケーブル。
負傷はあるものの、彼の実力ならばエッジなど簡単に殺してしまうだろう。
それだけは、それだけは阻止しなければいけない。彼は運命を切り裂く希望なのだから、自分はそれを繋ぐケーブルで在るべきなのだから。
「え?あ…う、うあ・・・!?!?」
久々に感じた殺気、自分に向けられた殺気にただ怯えるエッジ。
本物の殺気、脅しじゃない。
こ、このままでは殺される!俺はいやだ!ま、まだ殺されたくねぇ!!死にたくねえ!!
「ゔぬかぁぁぁぁあ、あ゙ああああああああああああああああ!!」
エッジは、先ほど拾ったケーブルのマシンガンの引き金を引く。
マシンガンの激しい閃光と共におぞましいまでの狂騒が部屋中に響く──
──
【17:22】
「はぁ…はぁ・・・」
目の前は埃が舞いちってて何がどうなってるのかわからねえ…
と、言うより自分が何やったのかもイマイチわからねえ…
冷静になるんだ、エッジ…えっと…
あのオッサンに襲い掛かっていた奴が俺の方に来て…
そうだ!!お、俺…マシンガン撃って…!!
埃が晴れてくる、そこには一人の人影が立っていた。
俺を襲ってきた男だ。
そ、その男は…ち、血まみれ…お、俺が…ヤッたんだよな…!?
ち、血まみれの腹を抑えながら俺の方を見てる!?
その男は一言俺に
「て…てめぇ…!!」
と言い残してその場に倒れた。
空気読めないくんだってさw
文句があるやつはここでいいなさーい
まだ?まだ?
そして…その先に…
「ぐは…ぁ…」
同じように血まみれになって突っ立っている…
オッサンが居た。
え?
何で…?
思い出せ…俺は何をした?
俺、あの男に襲われそうになって。
このマシンガンをぶっ放した。
凄い威力だった。
人間なんて簡単に貫通するくらい。
あ、ここ雑談スレじゃなかったの?
じゃあ…その貫通した弾は?
「あ・・・あ・・・?」
何となく分かった。自分が何をしたのかを。
俺の撃った弾が貫通して。
後ろに居た オッサン に?
「ぐ…あ・・・」
オッサン が その場 に 倒れる
結 論
俺 が オッサン を?
こ ろ し た
…!?
俺が オッサンを、オッサンを、オッサンが?オッサンが!!
嘘だろ う、嘘だろ嘘だって嘘だって言ってくれよ!?
誰か!誰か!?俺だよ!俺!!俺が!?オッサンが!オッサンが!!
オッサンを殺したのは俺?いやだ!いやだ!!信じたくねえよ!いやだよ!助けてくれよ!?
「あ・・・あ・・・あぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!?あああ…ああぁぁ…」
【17:23】
「にょ〜!!にょ〜…!」
ボクの目の前で、けーぶるさんが苦しそうに、ハァハァ言ってる…
お腹には沢山の小さな穴が開いてて、そこから赤い水が飛び出している。
それが何か、ボクは知っている。それが無くなったらどうなるかも。ボクは知っている…
「オッサン!オッサン!!俺…俺はぁ…俺わァ…!」
ボクの隣で山田も泣いている。ボクも泣いている。
そんなボク等を見て、けーぶるさんはニコッて笑ったんだ。
「…泣くな…パピィ…エッジ…」
そんな事言われても無理だ。がるふぉーどさんも居なくなって、ちゅんりーさんも居なくなって…
その次はけーぶるさんまで居なくなる…ボクはそんな事耐えられない。
「…エッジ…やらなければ…君が殺されていた…仕方…無かった…の…だろ…?」
「俺…は…おっさん…けど…俺…」
「落ち…つけ…エッ……ジ…そして…パピィ…今から…言う事を…よく…聞け…」
そう言ってけーぶるさんは支給品袋を山田手渡そうとする。
けど、プルプル震えてて、その支給品袋をポトッと落してしまう。
「お、おっさん…」
けーぶるさんの支給品袋を山田が拾う。
「…ウイルスが…浸食しているな…一回しか言…わない…よく…聞け…」
山田がもってる袋を指差し、けーぶるさんは振るえる声で話し出す。
「私の…支給品袋の…中に…私の…考えをまとめる為に使った…メモが…入って…いる・・・」
そういやけーぶるさん、駅のプラットホームで難しい顔をして何か書いていた。きっとソレの事だ。
「こんな事に…なるのなら、もっと…キチンと…まとめ…て…書いたの…だがな…それを…見れば…何かの…役にた・・つ…」
「一人じゃ無理だよぉ…死ぬなよぉ…オッサン…オッサぁン…!?」
「エッジ…泣くな…」
無理だ!山田じゃ無くたって泣かないなんて出来ない!
だって…ボクだって涙がとまらいんだから…
「ふふ…エッジ…君は…実に馬鹿だ…そして…愛すべき・・馬鹿だ…」
「おっさぁん…」
「パピィ…彼の事を…守ってやってくれ…無いか…?」
そういってけーぶるさんはボクの頭をそっと撫でる。
その手は、前に撫でられた時とは違って、ゴツゴツとしていた。冷たかった…まるで、機械の様だった…
「願わくは…自らの…運命を…切る…」
けーぶるさんの撫でる手が止まった。
「にょ…!にょ〜!!!!」
「おっさん…!? オッサン! オッサン…ケーブルの…オッ…さん…!!」
そして、けーぶるさんは そのまま うごかなかくなった。
ボクと山田は、その場で泣いた、ワンワン泣いた。
ボクはきっと呪われているんだ!!ボクのご主人様はみんな居なくなってしまう。
がるふぉーどさんも…ちゅんりーさんも…そして…今けーぶるさんも居なくなってしまった…
ボクは…ご主人様なんてもう作らない…そう、思った──
──
うんパピィは死んだ方がいいよ
パピィ!パピィ!ぼくのパピィ?
【17:25〜】
──けーぶるさんが動かなくなってからどれ位たっただろう…
けーぶるさんの前でずっと座って泣いていた山田がすくっと立った。
そしてボクに言うんだ。
「…行くぞ犬福…!!」
って…今までのびくびくしてた山田の顔と違って、きりっと引き締まった顔で、何かを決心したような顔でボクに言うんだ。
「にょにょ!!」
ボクはそれに対して元気に返事した。
だって、最後のご主人様の命令だから!!
そして、山田はボクの親友だから!!
ボクは、うごかなくなったけーぶるさんに心の中で『ありがとう』って言ってから、山田の後ろについていったんだ!!
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ・衣服類多数・食料多数・マシンガン(弾数少量)忍者刀青龍、忍者刀朱雀・ケーブルのメモ 犬福
目的:ケーブルがやろうとしていた事をやれる所までやってみる。】
【場所:2区最西、地下鉄駅内へ移動中】
【ケーブル 死亡】
【ヴィレン
【??:??】
「…………」
何だ…よ…お前…居たの・・かよ…
「……… ……」
何言ってやがる・・・!?俺は…まだ死な…ねえ…まだ…くたばらねえ…ぞ…!!
「………」
そん…な…御託はいい…くそっ…腹が…痛てぇんだ…
「………………」
このまま…じゃ…マジ…くたばっちまう…アレ…やってくれ…
「…………」
そうだ…あの痛みを…とる奴だ…この痛みさえ無くなりゃ…
「…………」
「…」
よし…いいぞ…これでまだ…
「……」
ああ…そうだ…少し休んだ…ら…もう一回…行くぞ…?
「…………………」
ああ…だから…お前は…見張りで…も…してろ…
セックスまだ?
「…………」
そこで…待ってろ…リリス──
【ヴィレン 死亡】
>>273 誤字をしました…指摘してくださったかた、申し訳ありませんでした。
×そう言ってけーぶるさんは支給品袋を山田手渡そうとする。
を
○そう言ってけーぶるさんは支給品袋を山田に手渡そうとする。
に変更させてもらいます
気にしないで下さい
パピィらしくていいじゃないですか
再度修正
>>274の「振るえる声で〜」を「震える声で〜」に修正をお願いします。
さすがパピィ
――――俺さ このくらいの時間の空が好きなんだよな
いつか、青年が自分に語ってくれた。
夜明けの空が好きだって、楽しそうに言っていた。
――――夜空の星ってさ 綺麗だよね
いつか、少女は言っていた。
夜の星空が好きだと、悲しそうに言っていた。
僕は、どうだろう。
二人と一緒に空を飛ぶ事はあっても、そんな風に思った事があったろうか。
――――僕は どんな空が好きだったんだろう
二人に答える事もないまま、
今も僕はその答えを持たない。
空なんて見ても、僕は悲しいだけだったから。
「…………」
真っ赤な夕陽が、眩しい。
体に掛けられたシーツの温もりと、柔らかなソファの感触。
そして沈んでいく夕陽の光の眩しさを感じながら、エミリオは目を覚ました。
「……うぅ…」
体を起こそうとして、筋肉を動かす。
体が痺れている。
うまく立ち上がれない。
あの時の、紅丸さんの電撃のせいだ。
僕と楓君を会わすまいとして、こんな事を。
本当に、皆優しい人達ばかりだ。
それが嬉しくて、だからこそエミリオは悲しくて、だからこそ強く決意した。
楓君は僕と同じなんだ
楓と初めて会った時、彼も彼自身の持つ大きな力によって、自らを見失った。
だからこそ、僕は行かなきゃいけないんだ。
楓君の気持ちがわかるのは僕だけなんだから。
楓君を止められるのはきっと、僕だけなんだから。
痺れて上手く動かせない体を無理矢理に動かし、それでもエミリオは向かう。
今まさに、幾つもの雷鳴が集おうとしているその場所へ。
殺してしまった、新たな親友との約束を果たす為に。
救わなくてはならない、自分と同じ苦しみを持つ親友に伝える為に。
今まで自分が犯してきた、幾つもの罪を償う術がそこに有ると信じて。
壊れた人形の行く末など、子供でも判る。
強い決意を支えにして踏み出したその足取りは、出来の悪いゼンマイ人形の様に不確かだった。
頭が痛い。
吐き気がする。
目眩がする。
赤い光を受け浮かび上がるその影は、剣のようなモノを支えにして歩いていた。
今の楓は極度の肉体疲労と全身打撲、そして左腕は相変わらず力が入らず武器も片腕で扱うしか無いような有様だ。
普通なら満身創痍と言ってよい、そんな状態だった。
それでも楓は、右手に握った封雷剣を支えに歩く。
果たして楓は己の意志を以って封雷剣を用い歩んでいるのか。
封雷剣が楓の腕と脚を用い、その神託を成し遂げようとしているのか。
そんな問いにはもう、何の意味も無くなっていた。
楓は自分の手元の探知機目を落とす。そこには光点が4つ。
その内一つは自分の物だ。それを中心に、光点が3つ近づいてくる。
その内1つは、なにか凄い速さでこちらへ向かって来ているようだった。
その内2つは、どうやら一緒に行動しているようだ。
そしてその光点の一つは、あの男のモノだ。
一緒に行動している二つの光点とは、すぐに接触するだろう。
その後、間もなくこの単独の光点も接触するだろう。
今度は、三人を相手にするのか。
楓の表情に、笑みが宿る。
神人然とした、そんな笑み。
やがて楓は機械を荷袋にしまい、それを握力の無い左腕にひっかけた。
そして右手で封雷剣を支えにしてひたすらに突き進む。
真っ赤な黄昏に照らし出されたその姿は、何処までも神々しい。
ズキズキと、頭が痛む。
ユラユラと、目眩がする。
グルグルと、吐き気がする。
(かーごーめー かーごーめー)
(かーごのなーかの とーりーはー)
(いーつーいーつー でーやーるー)
色んな顔が浮かんでは消え、色んな名前が浮かんでは消え、
それらを思い出そうとすると、頭痛と吐き気と目眩が襲う。
(よーあーけーのー ばーんーにー)
(つーるとかーめが すーべったー)
それはきっと、思い出す必要が無い事だからなのだろう。
だから楓は思い出そうとはしなかった。
(うしろのしょうめん)
気が付けば、辺りはすっかり夕暮れだった。
気が付けば、何時の間にか路地裏を出ていた。
気が付けば、周りを高い建物に囲まれている。
そして楓は最後に、眼前の人影に気が付いた。
「――――だぁーあれ?」
頭の中でずっと流れていた童歌の一節を、楓は知らぬ間に口ずさんでいた。
それはあたかも、眼前の人影への問いかけのようだった。
人影が、口を聞いてきた。
「まったく、美しいってのも善し悪しだよな」
金色の髪の毛を逆毛におっ立てた男が立っている。
やや大袈裟な仕草で、ヤレヤレといった風に頭を左右に振っている。
「いくらファンの皆様には優しい俺でも、あまりにしつこい追っかけは歓迎できないぜ」
その頭に右手をやり、呆れた様な口調で語りかけてくる。
左手には、火炎放射機。
「……あんな目に遭ったってのに追っかけて来るなんざ、相当俺の魅力に参っちまったのかい?ボーイ」
自分と同じく雷を操る男。
自分を生き埋めにした男。
あの時、俺が殺し損ねた男。
そして、俺を殺し損ねた男。
「……ああ…アンタにゃすっかり痺れちまったよ、伊達男」
右手の封雷剣を持ち上げ、凶暴な神性を底に秘めた笑みのまま、楓は眼前の男にそう答える。
洒落臭い事を吐く、伊達男。
二階堂紅丸がそこに立っていた。
待ち構えていた男を前にして、紅丸は余裕の姿勢を崩さない。
「やれやれ…これだから若者のファンは困る……」
――――距離は大体百歩って所か
しかしその内心では、急ごしらえながらも必死で練り上げた幾つかの策を活かす為の算段を始めていた。
余裕など一切有りはしない。
「ちょっとは常識ってモンを持って行動してもらいてえな、全く」
「…ソイツは悪かったな……末っ子なモンで、すっかり甘やかされて育てられたみてえだ」
お互いに軽口を叩き合いながらも、紅丸は楓の様子を観察していた。
楓の服には所々に汚れや破れた箇所が有る。
先程は剣を支えに歩いていたし、足取りも不確かなようだった。
両手で剣を持とうとしない所を見ると、左手を上手く使えないのかも知れない。
――――こいつはチャンスだ
いくら化け物じみた男でも、流石にあの瓦礫の下になっては無傷というワケにはいかなかった様だ。
ならば、勝機は有る。
しかし、それもまずは接近できなければ話にならないのだが。
だから、その為の策を動かすとしよう。
「そうかいそうかい、どうやらあれだけじゃまだお仕置きが足りなかったみてえだな」
紅丸は火炎放射機をブラブラと動かしながら、しかし構える事はなく、そしてゆっくりと動き出した。
「ッハ……アンタの仕置きはちょいとキツ過ぎだ、あれじゃ悪ガキはさらに捻くれちまう」
楓は持ち上げた封雷剣の切っ先をくるくると回転させ、そして少し足を引きずるようにして動きだした。
距離が縮まる。
バシンッ、と弾ける音がした。
楓の剣が、青白い光を帯び始める。
――――来るか ならばこちらから
「折角追っ掛けてもらってなんだが…前にも言ったろう?」
右手に持った火炎放射機を前に構える。
――――先手を 打つ
「――――お前みたいな男はな、誰にも好かれないんだよ!!」
紅丸は言い放ち、そして駆け出した。
それが、合図だった。
男が自分に向かって走ってくる。
その目には、恐れも何もない。
「クククククククくくくふははははははははははははあああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ハハハハハハハハハァッ!!」
笑い声はいつしか濁った叫び声となり、やがては再び笑い声へと還っていく。
内なる衝動に全てを任せ、楓はそのままに笑い、叫び、笑った。
楓は右腕一本で封雷剣を振り上げる。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ぁぁぁぁぁっ!!」
そして、それを無造作に横に払った。
神の怒りが放たれる。
紅丸は冷静にそれを見据え、捉える。
右手で手刀を形づくり、それを振るった。
「……雷靱拳!!」
そして自らも雷を放ち、楓の放った雷へとぶつける。
二つの青い光の矢は互いに弾けあい、周囲に光をばら撒き、そして消え去った。
楓まで、あと90歩。
止まるわけにはいかない。
一歩でも、前へ。
まずは接近しないと話にならないのだから。
楓は剣を振りきった姿勢のままだ。
片腕ではニ撃目はすぐには放てまい。
それでもお前はもう一度それを放つしかないだろう。
さぁ、手首を返してニ撃目を撃ってこい。
それこそが、『俺達』の勝機だ。
眼前の光景を眺めながら、楓は先程と同じ調子で笑い出す。
「クククフフフううウウウうううあああああああはははははぁあああいいぞいいぞいいぞいいぞ伊達男ォ!!」
そして一息にそう言った。
哄笑と共に紅丸を賞賛する。
その紅い眼光は、眼前の青い火花に釘付けだった。
「ッハ!もう俺の輝きに釘付けってかい!?」
楓の放った哄笑に、紅丸も言葉を返す。
そして内心で安堵の息をついた。
まずは、狙い通りだった。
楓は無駄な動作を排して剣を振りぬいた腕の手首を返す。
その顔には、傲慢で、そして神々しい微笑みを貼り付けたままだ。
握りを返した右手に納められた封雷剣が、再び輝きだす。
「ックハはははははぁああああああああッ!!」
笑い、そのまま叫び、そして笑い飛ばす。
楓はそのまま剣を振りぬいた。
――――さぁ来た!! 今――――
紅丸も再び拳に雷の気を集め、楓の放つ雷を打ち落とす為に前方に注視した。
しかし、紅丸の視界では剣を振りぬく楓の姿こそあれ、それ以外は想定外のモノが映っていた。
「オオオォォォォォォぉォラアアアアァァァァアアア!!」
楓は右から左へ振りぬいた封雷剣を、手首を返してそのまま下段から上段へと振り上げる。
再び放たれた雷撃は、しかし紅丸のいる前方ではなく楓のほぼ左真横のビルへと放たれた。
そこの三階付近に向かって、雷は飛んで往く。
そこに、一つの人影。手元にはキラリと光る何かを持っていた。
「………!!」
その影が、明らかに動揺した。
「シェルミー!!逃げろォォ!!」
紅丸は楓に向かって駆けながら雷を放ち、そう叫んでいた。
楓まで、あと60歩。
シェルミーはビルの三階に身を隠し、楓が来るのを待ち構えていた。
「……(まぁ、時間も無いし精々こんなモノかしらね)………」
今の自分達が持っている武器は、果物ナイフ数本と火炎放射機。
どちらもある程度接近しないと効果を発揮できない。
他にも一応、格闘家として『鍛え上げた己自身の肉体』というのも有るには有るのだが、それはとりあえず今回は却下だ。
まずは接近できなければ話にならない。
よしんば接近出来たとしても、相手は『雷を自由に操る剣術の使い手』だ。
近づけても素手対剣術。
接近戦が自分達にとって有利かと言えば、そうでもない。
うまく接近して、決定的な一撃をこちらから先に叩き込む。
そんな当たり前の事を実行するのがとても困難な相手である。
ならば考え方を変えよう。
強力な武器も無ければ時間も無い自分達が、楓に対して勝っている点は何か。
それは人数。
楓は一人だが、こちらは二人だ。
そして楓はシェルミーの存在を知らない。
強力な武器も時間も無い自分達が楓に勝つ為には、そこを付く以外に無かった。
段取りはこうだった。
シェルミーは身を隠し、紅丸は楓の前に現れる。
そして楓の初撃を紅丸一人で凌ぎ、楓の注意を紅丸一人に完全に引き付ける。
そうして自分の相手は紅丸一人だと思い込んだ楓がニ撃目を放つその時、シェルミーは楓にナイフを投げつけ、楓の呼吸を乱させるのだ。
素人の投げるナイフがそうそう対象に当たるモノでは無い。殺傷力などは更に期待できないだろう。
あくまでも、楓の呼吸を乱す事が狙いだ。
そして紅丸はその隙を付き楓に一気に接近し、念願の接近戦に持ち込む。
その後も高所からの投げナイフで、紅丸の援護をする。
「……(それにしても、随分とまた地味ぃーな役回りねぇ)……」
その自分の役回りに、内心でちょっとだけ不満を漏らしながらも、しかしシェルミーは納得していた。
自分の足の怪我を考えるとそれ以上の事は確かに出来ないだろう。
ここは紅丸のサポートに徹し、危険人物を速やかに排除するべきだろう。
何しろ、この後はあの肉まん小僧を追跡し確実に殺さなければいけないのだ。
確実に勝たねばならない。
「……(見ててねクリス。あなたの仇は、私が、きっと)……」
ズシャリ
「……(………!!)……」
その時、夕陽を背負い一人の男が現れた。
楓が、現れた。
いつかの放送で名を晒された殺人者。
成る程、それに相応しい殺気を纏っているではないか。
そして、シェルミーは何か気に入らない、自分とは異質の力をその青年に感じた。
やがてはじまる闘争。
そしてシェルミーは、最高のタイミングでその闘争に横槍を入れる筈だった。
「オオオォォォォォォぉォラアアアアァァァァアアア!!」
やたらと尾を引くその叫び声と共に、己に向かって雷が放たれた。
「!何?!」
まさか、なんで。
何故自分の居場所がバレたのか。
「シェルミー!!逃げろォォ!!」
楓の叫び声を追う様にして、すぐさま紅丸の叫び声が響いてきた。
「……ちょっとお!!話が違うじゃないのォ!?」
その叫びとほぼ同時に、シェルミーは身を引く。
いや、身を引くくらいでは駄目だ。
飛び退かねば。
ここから、逃げ出さねば。
「ック!!」
脚に感じる痛みを無理矢理に振り切り、シェルミーはそのまま後方へと飛び退く。
シェルミーの前方に、青い光が広がる。
そして背後には、階下へと続く薄暗い階段があった。
「……!・!・!」
雷から逃れる為に飛び退いたシェルミーは、そのまま階段を転げ落ちる。
自分が先刻まで居たフロアでは、青い光が所狭しと暴れまわっているのが見えた。
部屋の天井は崩れ落ち、瓦礫が飛び交っている。
そのフロアはそのまま半壊した。
飛び退くという判断はどうやら正解だった様だ。
「……く…そ…」
しかしそうして拾った己の命の代償は、何の防御も無しに階段を転げ落ちるというモノだった。
全身が痛む。何時かの時の打撲の非ではない。
脚が痛む。相変わらず出血は止まらない。
立とうとして、そしてすぐに力尽きる。
今すぐには、満足に歩く事も出来ないかもしれない。
紅丸の援護はもはや自分には無理だ。
「……く、そ…!!」
シェルミーは悔しそうに吐き捨てる。
しかし腕を使って、這いずりながら外へと向かって前進した。
楓は、紅丸は、どうなったのか。
外からはガシィン、ガシィン、という音が響いてくる。
その音を聞きながら、なんとか一階まで彼女がたどり着いた時、
――――バッシャァアン!
眼前の光景から、雷鳴が響いてきた。
「雷靱拳!!」
シェルミーの居る建物に向かって飛んでいく雷撃を見ながら、紅丸は苦し紛れに雷靱拳を放つ。
「ックハハハハハハハハハハハハハアアアアアアアアハハハハハア!!」
狂い続けるテープレコーダーの様に笑いながら、楓は自らに向けて放たれた雷靱拳を見ようともしない。
そして振り上げた右腕をそのまま振り下ろす。
バシィン!という音と青い火花が辺りに散らばった。
自らに向かって放たれた雷靱拳を、楓は振り上げた封雷剣で叩き斬った。
そして楓が振り下ろした刃からは、三撃目の雷が放たれていた。
「……!!」
手刀を振りぬいた姿勢のまま紅丸は硬直した。
こちらも雷靱拳で相殺を……――――
間に合わない。
「うおおおおおおおおお!!」
駆けながら紅丸は、楓の放ったソレを前転で避ける。
頭上を、死の雷が走った。
そして紅丸は隙を見せずに、跳ねるように起き上がった。
楓まで、あと40歩。
そこで紅丸の前進は止まった。
紅丸は起き上がり、眼前を睨む。
楓は相変わらずの笑みのまま、紅丸を眺める。
「……………」
紅丸は考える。
なぜだ。なぜシェルミーの居場所がバレた。シェルミーは無事なのか。
いや違うそうじゃない今考えるべき事はそうじゃない。
今は、どうやってこの状況をひっくり返すべきかを考えろ。
どうやってあの雷を避け続け楓に近づくべきかを――――
ズシャリ
不意に、楓が動いた。
片腕で封雷剣を構え、踏み込み、そして紅丸へと突進してくる。
「!?」
突然の事に紅丸は反応が遅れる。
「ッラァアッ!!」
そして楓は雷撃を放たず、切っ先にソレを纏わせた状態で紅丸に斬りかかった。
「なんっ!?」
バックステップで紅丸は間合いを離し、ギリギリでそれを避ける。
ロクに考える事もできなかったが、それでも拙い思考をする。
相手から近づいてきた?
待て、これは好都合か?
しかしシェルミーの援護は無いぞ?
――――いや、もう覚悟を決めろ!!
結局は、そんな思考しかできなかった。
楓まで、あと10歩――――!
後方に飛び退き、膝を付いた姿勢から立ち上がろうとした刹那、
青く光る切っ先が迫る。
「ック!!」
ガシィン、と鈍い音がした。
紅丸は手にした火炎放射機を横に構え、封雷剣をかろうじて防ぐ。
そうして両腕を使って斬撃を受け止めた瞬間、しまったと紅丸は思った。
楓は右腕一本で封雷剣を矢継ぎ早に振るう。
楓は振り下ろす。
楓は振り上げる。
楓は振りぬく。
その度に切っ先の雷は凝縮されていき、輝きを増していく。
そしてその度に紅丸は火炎放射機の銃身でその斬撃を防ぐ。
ガシィン!
ガシィン!
ガシィン!
前に構えて引き金を引かなければ火炎放射機は使えない。
しかし自分は今、あろう事か銃身を持って相手の斬撃を防いでいる。
これでは、こちらから攻撃する事が出来ない。
その上、今は片膝をついた姿勢のままだ。
そうして紅丸は、攻撃に転じるタイミングを失った。
ガシィン!
斬撃を受けた時のその音に、何時の間にかバシィッという音が混ざっていた。
迫る切っ先は着々と輝きを増し、そして熱を帯びていく。
「……クソ…!!……ったれがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
刃を受け止める銃身から伝わってくる熱を感じながら、紅丸はそう叫んでいた。
頭が痛い。目眩がする。吐き気もする。
だけど、それでも今自分はすこぶる好調だ。
楓はそう確信していた。
腕一本で封雷剣を扱っているにも関わらず、少しも重いとは思わない。
あれほどダルいと思っていた全身が、今は何の苦も無く動く。
思考が脳中で言葉になるよりも早く、全身を動かしている。
そんな感覚だった。
ああ それにしても頭が痛てえ
先刻は静まったのに、一体何故。
それはきっとこの男がしぶといせいだ。
だからこの男を斬り殺せば、きっと収まるかな。
「ラアァ!ガアアアァ!!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!」
斬りつけて。
斬りつけて。
斬りつけて。
斬りつけて。
狂ったゼンマイ人形のようにひたすらにその繰り返し。
そしてその度に切っ先の輝きは増していく。
「…グ、オ、オオ、オオオオオオオッ!!」
眼下の男が苦しそうな声を上げる。
眉間に皺をよせ、歯を食いしばるその表情は、普段の美しさの欠片もない。
「色男が、台無しだ、なぁああああ!!」
言いながら楓は、封雷剣を一気に引いた。
瞬間、切っ先の輝きは一気に刀身全てに行き渡った。
来る。
紅丸は確信した。
楓は次で決める気だ。
未だ膝を付いたままの自分では避けきれない。
火炎放射機も、恐らくそのまま叩ききられるだろう。
一瞬でいい、何か隙があれば。
今まさに地震でも起きてくれないだろうか。
紅丸は思わずそんな事を考えていた。
そしてそんな事を思いつくだけの余裕がまだ残っていた事に思わず苦笑した。
――――ブルルロォォォォォォ…!!
「!!」
「!?」
どこからか、やかましいエンジン音が響いてきた。
二人がその爆音に一瞬思考を奪われた瞬間、紅丸のすぐ後ろの路地裏から瓦礫が飛び出した。
そして直後に、土煙を上げ瓦礫を蹴散らしながら、路地裏から一台のバイクが現れる。
それは、そのままこちらに向かって凄まじいスピードで突進してきた。
「―――――――――」
バイクに跨るその青年の姿に、紅丸は見覚えがあった。
「――――――きょ―――」
「伏せろ二階堂ぉおおおお!!」
紅丸は思わずその名を呟いたが、それをかき消す大声で青年は叫ぶ。
爆走するバイクを駆る青年――――霧島翔は、そのまま楓に突っ込んでいった。
大きなエンジン音を巻き起こしながら、霧島は全速でバイクを爆走させていた。
かつて、あの少女と別れた夜。
その時からそのまま放置されていたバイク。
風雨にさらされ汚れていたが、もともと自分の物ではないのでそんな事は気にしない。
ただ、急いでいた。
少し遠くに、崩壊していく建物が見えた。
赤い夕陽に混ざって、青い光が見えた。そこへ向かって霧島はバイクを走らせる。
そこへ向かうのは、ただの自分の勘だった。
そもそも何で向かう必要があるのか、それすらわからなかった。
ただ、何となく。
今度こそ、間に合うんじゃないかって。
そう思っただけだった。
瓦礫を蹴散らし、土煙を上げ、そして路地裏を飛び出す。
そして霧島の視界に入ってきた映像は、
旧友のチームメイトだった男と、その男に今にも斬りかかろうとしている金髪の男だった。
「伏せろ二階堂ぉおおおお!!」
気が付いたら叫んでいた。
二人がこちらを向き、二階堂が何か口を開いたようだったが、霧島には何も聞こえなかった。
霧島は暴走するバイクの速度はそのままに、弾丸の様な速度で楓へと向かって往く。
本来ならあの肉まん野郎にコレで仕掛けるつもりだったが、仕方ない。
道端にあった瓦礫を踏み台にして、バイクごと飛び掛る。
二階堂のヤツはしっかり伏せている。
「喰らいぃ…やがれええええ!!」
そしてその前輪で楓を押し潰そうとした。
「……………――――――っ」
その時、霧島は楓の表情に気が付いた。
笑っていた。
それはまるで、獲物を前にした肉食獣がその牙を剥き出しにしているかのような。
そんな、表情。
それを見た瞬間、霧島は宙を進むバイクから必死の思いで飛び降りた。
一体何故そうしたのか、自分でもわからないまま。
楓は自らに向かって飛び掛ってくる無人のバイクに対して、後ろ向きに倒れながらそれを避けた。
そしてその倒れる勢いを利用して、封雷剣を振るう。
――――バッシャァアン!
閃光が走り、雷鳴が轟いた。
バイクは後輪の辺りから真っ二つになり、そのまま楓の後方の空中を進んで往く。
やがてそれらは重力に引かれ地に落ち、そのまま数メートルを滑り、そして炎を上げた。
爆発炎上しながらそれは滑り続け、半壊した建物の前を通り過ぎていった。
目の前を通り過ぎていった炎の塊を見やり、シェルミーは唖然とした。
「…………」
痛む体を何とか引きずり、這い蹲ってここに来たシェルミーには、今の状況がわからない。
爆発炎上したバイクと、後ろ向きに倒れ、今起き上がろうとしている楓。
地に伏せたままの紅丸と、そして苦しげに地に伏すもう一人の男。
「…霧島!!アンタなんでここに……!?」
それは、間違いなくあの霧島翔だった。
「……ガ、ハァ……!!」
無理矢理にバイクから飛び降りた霧島は、ロクな受身も取る事ができなかった。
「……クソ…化け物がよ…!!」
それでも無理矢理に立ち上がり、飛んできたバイクを一刀で叩き斬った男を睨む。
楓は封雷剣を支えにして、やっと起き上がったところだった。
即座、霧島は楓に向かって走り出した。
右腕に炎を灯し、そして駆け出す。
「ッラァ!!」
「………チぃ…!」
楓は少しイライラした表情のままそれを見つめる。
霧島が炎の腕を振るった。
ドスリ、と腹に衝撃が突き刺さった。
「!!…ブゥ…ア…」
楓は霧島の大振りな拳を避け、そして封雷剣の柄尻で腹部を付いた。
霧島はそのまま崩れ落ちていく。
「オオオ゙ラ゙ァ゙ァッ!!」
バシィ!
ゴシャァ!
楓の叫び声、何かが爆ぜた様な音、何かを殴った鈍い音。
そんな異質な音が同時に響く。
崩れ落ちる霧島に楓が更に追い討ちをかけたのだ。
霧島の顎に、そのまま雷の力を込めたアッパーを決めた。
封雷剣を握ったままの拳で。
「……………」
「テ、メ、エ、…」
言いながら楓を思いっきり睨み付け、霧島はその場に倒れこんだ。
楓は無言で手首を返し、止めを刺す為に振り上げた腕をそのまま霧島に振り下ろす。
しかし、
「楓ェェェェェェェェェェェェェッ!!」
瞬間、楓の背後から紅丸が迫った。
銃身がボロボロになった火炎放射機を手にして、紅丸は駆けた。
楓まで、あと10歩。
ズキン
楓を頭痛が襲った。
「……あ゙あ゙あ゙あ゙ァ゙ァ゙ァ!!」
振り下ろそうとした封雷剣を、楓は無理矢理背後に向けて振り払う。
紅丸はそれを火炎放射機で受け止める。
ガシィン、と鈍い音がする。
火炎放射機は紅丸の手を離れ、彼方へと飛んでいった。
「もう仲間も居なけりゃも武器も無ねえぞ!!どうするよ伊達男ォ!?」
痛む頭を叫び声で誤魔化しながら、楓は返す手で封雷剣を二度三度と振るう。
フットワークを使い、紅丸はそれを避ける。
鼻先に刃がかすり、腹筋に刃がかすり、頬に刃がかすった。
ギリ、と歯を食いしばり紅丸は叫ぶ。
「――――――まだなぁ!格闘家の本領が残ってんだよォ!!」
そして握り締めた拳にバシィ!と電撃を纏わせた。
「ッッラアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
上段から一気に振り下された刃を、紅丸は避ける。
ガツン、とアスファルト舗装された地面に刃が突き刺さる。
――――今だ!
楓まで、あと5歩。
勝負を決めるべく、紅丸は一気に踏み込んだ。
地面に切っ先が刺さり、刃を振り上げる事ができない。
紅丸はその機を逃さず、拳を輝かせ楓に迫った。
そしてその瞬間、楓は牙を剥き出しにした獣の様に笑った。
――――バガァンッ!
閃光と衝撃が駆け抜ける。
地に刺さったままの封雷剣の切っ先に光が集まり、そしてそのまま爆ぜた。
アスファルトの地面を抉り、破片が宙を舞う。
「!?」
紅丸は突如地面を襲った衝撃とアスファルトの破片に足元を揺さぶられた。
その瞬間、
「ッガアアアアァァァァァァァァァ!!」
楓が封雷剣を振るった。
紅丸は上半身と首の関節の全てを可動範囲ギリギリまで動かしそれを避ける。
激痛と、ブシュン、という音が聞こえた。
そしてその音を最後に、頭の左側からは全ての音が遠くなっていく。
紅丸は痛みのあった左即頭部を思わず押さえる。
そして違和感に気づいた。
「…………っ」
紅丸がその違和感の正体に気づくのとほぼ同時に、背後では何かが瓦礫に紛れながらボタりという音を立てて落ていた。
それは、楓に斬り飛ばされた紅丸の左耳だった。
体勢を崩したまま、紅丸は一瞬完全に動きを止めてしまった。
「紅丸!!」「…二階堂ォ!!」
シェルミーが全身の痛みに耐えながら、霧島が白む己の意識を叱責しながら同時に紅丸に向かって叫んでいた。
しかし紅丸が地に伏す二人の叫び声に気付くよりも早く、楓は右腕を振り上げる。
「―――あばよ、伊達男」
封雷剣は、そのまま真っ直ぐに紅丸へと振り下ろされた。
一条の光。
それが真っ直ぐに伸び、振り下ろされる封雷剣を弾いた。
「!?」
ガキィン、という音と共に右腕を弾かれ、楓は驚愕した。
何だ?誰だ?何処からだ?
あの隠れていた女か?それとも変な乗り物に乗ってきた男か?
一体誰が 何をやった?
光の、衝撃――――
ズキン
楓の記憶を何かが掘り起こし、そして頭痛が襲った。
「紅丸さん!!」
まだ幼さの残る声が響いた。
楓はその声の方角を見遣る。
赤い夕陽に邪魔されて、よく見えない。
乱入者だと。そんな馬鹿な。
機械で調べた時、この付近にはもう他に人間は居ない筈だった。
一体、お前、誰だよ――――
ガシィ、と頭を押さえ込まれ、楓は我に返った。
「……………!」
目の前に、左耳の無いシルエットの顔があった。
「…覚悟しな……コイツは効くぜ…」
そしてその影はそう呟く。
二階堂紅丸が、そこに立っていた。
楓まで、あと0歩。
やっとここまで辿りついた。
たかが100歩進むのに、一体どれだけ苦労させられたのか。
全く、お前は大したヤツだよ、楓。
――――だから 最高に派手な技で決めさせてもらうぜ
「喰らいな、楓――――!」
「……………!!!」
楓が右腕を振るおうとした。
その時、
「―――エレクトリッガー!」
紅丸の両腕から、青白い輝きが放たれる。
バリバリ、バチバチと音が爆ぜる。
「―――――――――ッッッッ!!!」
楓は声を上げる事も出来ずに、そのまま崩れ落ちていった。
「紅丸さん!シェルミーさんと霧島さんは……!?」
「…うるせえな少年……生きてるよ」
おぼつかない足取りで紅丸に駆け寄ってきた少年、
エミリオ・ミハイロフはそう聞いて、安堵の表情をした。
民家で目覚めたエミリオは、フラつく足取りのまま紅丸達の気配を追っていた。
雷鳴に、爆発音。そして人の叫び声。
その中に自分の旧知の人物の声を聞き取り、エミリオは必死でその声の方角を目指した。
そして、間に合った。
「……そ、それで…楓君は…」
「…安心しな、死んじゃいねえよ」
エレクトリッガーは、相手に瞬時に数万Xの電撃を見舞う技だ。
高電圧のスタンガンの様なモノであり、相手を気絶させる事こそあれ死に至らしめる事はそうそう無い。
「……よかった…本当に…」
不意に、エミリオはそのまま気を失う。
もともと満身創痍の上、無理矢理に光を操ったのだ。
もう立つ力も残っていない。
崩れ落ちるエミリオを、紅丸が受け止めた。
「…………」
「……お前のお陰で助かったぜ、エミリオ…」
受け止めて、紅丸はエミリオに礼を述べた。
「ガキ扱いして悪かったな、お前は立派な男だよ」
肩でエミリオを支え、紅丸は立ち上がる。
さて、まずは楓を拘束してエミリオとシェルミーを運ばねばならない。
シェルミーは俺が運ぶとして、エミリオと楓の拘束は霧島にでもやってもらうか。
そう思って霧島の方に目を向ける。
霧島が、何かを叫んでいるのが見えた。
「ハイハイ…そんな叫ぶなよ…」
何を叫んでいるのかわからない。
けれども紅丸は霧島の表情を見て顔をしかめた。
必死に、大声で自分に向かって叫んでいる。
紅丸は背後を見遣る。
「―――――――――」
自分のすぐ背後。
何時の間に立ち上がったのか、
全身から煙を上げながらも真っ赤な眼光でこちらを睨み、楓が立っていた。
「―――――――――」
そして声にならない声を上げながら、今まさに自分に向かって封雷剣を突き刺そうとしていた。
「―――クソったれ」
呆れたような、諦めた様な顔でそう呟き、舌打ちを一つ。
背後の青年に対し紅丸が出来たのは、ただそれだけだった。
頭が痛い。目眩がする。吐き気がする。頭痛がする。
いつだったか、自分に電撃を浴びせた女が居た。
紅丸の一撃でそれを思い出し、楓は更に酷い頭痛に襲われた。
女は何事か俺に伝えようとしてた。
変な名前を呟いてたが、ヒューヒュー言っててワケがわからなかった。
ああ、それにしても、頭が痛てえ。
思い出すな思い出すな、頭が痛くなるだけだから。
ただ、眼前の命を抉れ。
ただひたすらに、突き刺し、貫き、穿て――――
楓が封雷剣を突き出したのか、封雷剣が楓に右腕を突き出させたのか。
もはや、そんな問いに意味は無かった。
かーごーめー かーごーめー
かーごのなーかの とーりーはー
いーつーいーつー でーやーるー
ミリミリと肉を裂き、ブチブチと血管を断ち切り、バキバキと骨を穿ち、封雷剣は眼前の命を貫いた。
楓の眼前に一つの影が立ち、
紅丸の眼前に一つの影が立っていた。
よーあーけーのー ばーんーにー
つーるとかーめが すーべったー
刃が自らを支える男を貫くのを良しとせず、少年は男を突き飛ばす。
そして少年は自らの肉と血と骨を差し出した。
ミリミリと肉が裂け、ブチブチと血管が断ち切られ、バキバキと骨が穿たれた。
うしろのしょうめん
「……だか、ら……」
楓は己の邪魔をしたそれを見て何も思わない。
邪魔臭いとも、憎たらしいとも思わない。
ただ一言、呟いただけだった。
だぁーあれ
「…誰なんだ、よ…お前……」
「……か、え、で、ク、ン……」
封雷剣で貫かれたエミリオを前にして、楓はそう問いかけていた。
「……エミ…リオ……?」
もう立つ事すら出来なかった筈の少年に突き飛ばされ、状況を飲み込めていない紅丸は悲痛な声を上げた。
エミリオは、自らの腹部を貫いている封雷剣の刃を掴み、楓を逃すまいとする。
ブシュッ、と手の平から血がふき出す。
楓は剣を引き抜こうともせず、ただその光景を見ていた。
頭痛が、した。
「………ケイ、ダッシュさんから…楓君に……」
エミリオはいつかの約束を果たそうとして、必死に語り続けた。
エミリオの呼吸をする音が、ヒューヒューと響いた。
ケイダッシュ。
誰だっけそれ。聞いた事がある。
ヒューヒュー言っててうるせえなこのガキ。
それも聞いた事がある。
泣きそうな顔してやがる、このガキ。
その顔も、何時か、見た。
「楓…クン、は………一体…」
「誰を……守れた…の……?」
――――ああ 思い出した
「……エミリオ、じゃんか、お前」
右腕を突き出した姿勢のまま、楓は相変わらずの調子で呟いた。
「…なんで、だよ」
なんでお前、こんな場所に居るんだよ
そう思って、楓は再び思い出した。
ああ、そうだったっけ
そういやお前、あの機械には写らないんだったな
そんな会話があった気がした。
その傍らには、響という少女が。
自分には、守矢という名の兄が。
雪という名の姉が。
殺した女が呟いた名前、K´。
K´が俺に聞きたかった事。
俺は、誰かを守れたんだっけ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
思考はその叫び声により中断された。
拳に真っ赤な炎を纏った男が、涙を散らしながら突っ込んでくる。
楓の頬に、熱い拳がめり込む。
封雷剣は楓の手から離れ、そしてエミリオの体からもこぼれ落ちていった。
飛散った真っ赤な血は、赤い夕陽に溶け込んでいった。
「クソ!畜生!畜生クソちくしょうチクショウチグジョォオ゙オ゙オ!!」
「なんでだよ!!何で…!!お前が…何で……!!」
「クッソおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
霧島が紅丸の上に倒れているエミリオの腹部を押さえながら、そう叫び続けていた。
「………」
紅丸は、それを黙って見ている。
「シェルミー!!おいお前オロチだろうが何とかなんねえのかオイ!!オイ!!」
「……ちょっとは静かにしなさいよ…」
なんとか立ち上がり、紅丸達のところまでたどり着いたシェルミーは、一言そう言い、そして静かに首を振った。
「……霧島、さん…」
「うるせえ!喋んな!!黙ってろ!!」
涙を流しながらエミリオにそう言った霧島だったが、エミリオはそれを無視して喋りつづけた。
「……泣いて…くれてるんだ……ありがとう……」
満足気な表情でそう言い、そして微笑んだ。
唇から零れる血が、赤い夕陽の中にあってもとても赤くて、それが霧島には気に入らない。
「…もういい…頼むからもう喋るな、エミリオ……」
「…紅丸、さん……」
悲痛な顔付きで、紅丸はエミリオに語りかける。
フラフラのくせして、自分一人じゃ立ってる事もできないくせして、
何で人の事を庇ったりすんだ。
そういうのは、俺みたいなヒーローがやるもんだろうが。
全く、オイシイところ持っていきやがって。
「よかった……僕、K´さん殺しちゃったから……だから…」
だから助けたってのか。
俺がK´の知り合いだから。
「………馬鹿やろう」
歯を食いしばりながら、そう呟いた。
「…いいかエミリオ…!お前が死んでいい理由なんてこれっぽっちも無えんだ……!!だから……」
「…僕さ……今まで…ヒドイ事しかしてなかったから……きっと…凄く…惨めに死ぬと思ってたんだ……」
霧島の言葉を遮りながら、エミリオは喋りつづける。
「でもね、やっと人の役に立てて、K´さんとの約束も果たせて、楓君も皆も無事で、僕の為に泣いてくれる人が側に居て」
「…僕…こんな幸せな死に方で…いいのかな…」
不安そうな、それでも幸せそうな表情で、エミリオはそう呟く。
霧島は、もう何を言っていいのかわからなくなっていた。
「………お前さ、言ってたじゃねえかよ」
「今までさ、生きてて、良い事なんて何も、無かったって」
「だからさ、これからさ、沢山楽しまねえとさ、駄目なんだよ」
「俺がさ、手伝ってやるからさ…」
「…だから、さ………」
「……だから…!」
その先はしかし、なぜか言葉が出てこない。
ただ、涙が流れるばかりだった。
「…あ、楓君……」
エミリオのその呟きに、紅丸と霧島は顔をあげた。
楓がいつの間にか立ち上がり、その光景をじっと見ていた。
「……エミリオ」
「…楓、君……この前は…ごめんね」
エミリオは突然楓に謝りはじめる。
「響さんには…僕……もう謝れそうに、無いや……ごめんな、さい…」
楓はエミリオの言っている事に思い当たった。
ああ、コイツあの夜の事言ってんのか。
馬鹿だな、お前。そんな前の事。
大体、響はもう死んじまってるし。
大体、お前を殺した男に向かって、そんな。
「…楓…クン……は……」
「………ね…」
エミリオのその呟きは、しかし楓の耳に届く事はなかった。
力尽きたエミリオは、ふと空を見た。
視界一杯に、真赤な夕焼け空がある。
そういえば、こんな風に空を見るのって、初めてかもしれない。
初めてしっかり見たそれが、とても綺麗で、
「――――空って――――――こんなに綺麗、だったんだ、ね――――――…」
エミリオは、そんな事を呟いた。
そういえばバーンは夜明けの空が好きだって言ってたっけ。
ウェンディは、夜の星空が好きだって言ってたな。
今まで自由に空を飛んで居たのに。
やっとそんな事に気付くだなんて。
なんだか、勿体無いな。
でも、最後に気づけたんだし、まあいいか。
本当、最後に、間に合ってよかったな。
バーン
ウェンディ
僕は、夕焼け空が好きだよ。
いつか皆で、空を見たいな。
随分遅れちゃったけど、僕もやっと人の役に立てたんだ。
最後の最後だけだけど、僕ってきっと、立派だったよね。
二人もきっと、褒めてくれるよね。
だからさ
だから早く 早く二人に 会いたいな
エミリオはそれきり、糸の切れた人形の様に動かなくなった。
求め続けた自由を手に入れて、エミリオはきっと幸福だったに違いない。
誰も、何も動かなかった。
ただ沈む夕陽のみが時を刻む。
霧島はエミリオの傷を押さえ続けながら涙を流し続ける。
紅丸はそっとエミリオの顔に手をやり、目を閉じさせる。
「……行くぞ、霧島……」
そして立ち上がり、落ちている封雷剣を拾いあげ、シェルミーの元へと向かった。
「おい、お前ら」
その時、不意に楓が紅丸達に語りかけた。
「お前の雷でも、お前の炎でも、お前のナイフでも」
「その辺の瓦礫でも、なんでもいい」
「どうか俺を、殺してくれねえか」
金髪の青年は、動かなくなってしまった少年の前に立ち尽くし、そう言った。
どうか俺を、地獄に叩き落してくれないか
そう言った青年の表情は、何の感情も無かった。
その顔は、もはやただの人のモノである。
「『頑張って、生きてね』」
紅丸は、楓の方を見向きもせずそう言った。
「この坊やからの、お前への最後の伝言だよ」
エミリオが楓に最後に言った言葉。
「――――――――」
楓はそれを聞いても、何も表情に浮かべない。
「だからお前は、精々生きてろ」
紅丸はそう吐き捨てて、そして
「殺せるヤツを殺さないのは傲慢、ね」
「残念ながら、俺は傲慢な男なんだよ」
そう言って、封雷剣を持って去っていく。
霧島がシェルミーに肩を貸していた。
三人は、二度と楓の方を見なかった。
一人残された楓は、立ち尽くしたままずっと考えていた。
あんなに人を殺してしまったのに、償う事も、許しを乞う事も出来なくて。
たった今殺してしまった相手からさえ、死を選ぶ事すらも許されずに。
俺は、それ程の罪を犯していたのか。
封雷剣を失い、暴走する青龍の意志は急速に弱まっていった。
楓は気付かぬうちに人間らしい思考を少しづつ取り戻す。
そうして少しづつ、全てが手遅れという事を知っていった。
これから何をすればいいのかわからない
解き放たれた心をどうすればいいのかわからない
自由っていうモンは
こんなにも不自由なモンだったのか
不意に、街中から声が響いてきた。
楓の耳にはその内容の殆どは入ってこなかったが、いくつかの名前だけは聞くことができた。
「――――エミリオ・ミハイロフ」
(頑張って、生きてね)
自分を殺した相手に、それはねえだろう。
「――――K´」
(お前は一体、何を守れたんだ?)
俺にあの栗色の髪の女を殺させたクセに、テメエこそ誰か守れたのかよ。
「――――高嶺響」
ああ、お前の仇は取ったよ。
でも、お前を守れなかったんだよな、俺。
「――――ロック・ハワード」
『まだ生きている者に止めを刺さないのは 傲慢なんだそうだぜ?』
うるせえよ。畜生め。
一体、どうすればよかったんだよ。
あの時、俺がしっかりエミリオに殺されてればよかったのか。
あの時、俺がしっかりお前に殺されてればよかったのか。
あの時、俺がしっかり紅丸に殺されてればよかったのか。
俺の、せいかよ。
もう、何もわかんねえよ。
ポタリ、
真っ赤な夕陽を受け、光る雫が落ちる。
あんなに人を殺したクセに何も守れなかった上、自分が奪った命に生かされて。
このままここで、死ぬまでこうしていたかった。
それすらも許されない罪を、俺は犯したのか。
楓にはもう、何もわからなかった。
真赤な夕陽に映し出され、立ち尽くす影が一つ。
その影は人影で、今にもかき消えてしまいそうで。
その髪は金色で、神々しく、儚い程に美しく。
その瞳は真紅に濁っていて、
涙で滲むその深紅の眼光は、まるで黄昏時に沈み往く夕陽の様に歪んでいて。
償う事も、許しを乞う事も、死ぬ事すらも許されず。
英雄は誰そ彼を背負い、天使の亡骸の前に立ち尽くす。
そしてその死を悼む事も、悲しむ事も、後悔する事もできずに、
ただ何時までも涙を零していた。
【二階堂紅丸(かなり消耗) 所持品:封雷剣 火炎放射機 目的:シェルミーと合流、拳崇をシメる、出来たら真吾と合流したい 】
【シェルミー(全身打撲 左肩負傷 ) 所持品:果物ナイフ数本 目的:社と合流、クリスの敵討ち(拳崇を殺す)、ついでにルガールにお仕置き 】
【霧島翔 所持品:ボウガン(矢残り4本) ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ 目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す 】
【現在位置 5区】
【楓(覚醒状態、肉体・精神共に疲労困憊) 所持品:探知機(有効範囲1q程度、英語表記) 目的:――――】
【現在位置 5区】
【エミリオ・ミハイロフ 死亡】
【二階堂紅丸(かなり消耗、左耳欠損) 所持品:封雷剣 目的:拳崇をシメる、出来たら真吾と合流したい 】
【シェルミー(全身打撲 左肩負傷 ) 所持品:果物ナイフ数本 目的:社と合流、クリスの敵討ち(拳崇を殺す)、ついでにルガールにお仕置き 】
【霧島翔 (打ち身で全身痛む)所持品:ボウガン(矢残り4本) ハーピーの声(脱力効果あり)入りテープとラジカセ 目的:パピィ(正体不明)を保護する、首輪解除の方法を探す 】
【現在位置 5区】
【楓(覚醒状態、肉体・精神共に疲労困憊) 所持品:探知機(有効範囲1q程度、英語表記) 目的:――――】
【現在位置 5区】
【エミリオ・ミハイロフ 死亡】
に修正します。失礼しました。
その小柄な女は病院に入り込むと力尽きたかのようにばったりと倒れた。
女はひどい怪我を負っていた。顔はすすだらけである。無数の擦り傷や切り傷は言うに及ばず、何をされたのか
破れた服からはあざがみえる。さらに体のいたるところに火傷を負っており、肌が焼けただれてしまっていた。
その後ろから白い胴着を着た男が、自分よりもさらに大柄な男を背負ってて入ってきた。
白い胴着の男は見たところ、それほど目立つ怪我はない。ただひどく疲れた顔をしていた。
しかし、大柄な男の怪我は目も当てられぬほどひどいものであった。全身が黒く焦げかかるほどの
大火傷を負っており、息も絶え絶えであった。
その小柄な女は病院に入り込むと力尽きたかのようにばったりと倒れた。
女はひどい怪我を負っていた。顔はすすだらけである。無数の擦り傷や切り傷は言うに及ばず、何をされたのか
破れた服からはあざがみえる。さらに体のいたるところに火傷を負っており、肌が焼けただれてしまっていた。
その後ろから白い胴着を着た男が、自分よりもさらに大柄な男を背負ってて入ってきた。
白い胴着の男は見たところ、それほど目立つ怪我はない。ただひどく疲れた顔をしていた。
しかし、大柄な男の怪我は目も当てられぬほどひどいものであった。全身が黒く焦げかかるほどの
大火傷を負っており、息も絶え絶えであった。
「やっと・・・ついいたわね、社。」
倒れ込んだままの体勢で小柄な女が言った。
「ああ・・・・・。俺の意識がここまでもってよかったよ、ニーギ。俺なんか負ぶって大変だっただろう、リュウ。」
「大変?大変だったのは君のほうだったはずだ社君。ここまでよくがんばってくれた。」
裏切られ続け、自暴自棄になってしまったアルル。ひたむきな思いは折れやすい。
そして、それが折れたとき、アルルは初めて自らの手を真っ赤に染めた。
何のためらいもなく。
炎を放つグローブで。
まごうことなき敵意をこめて。
そのときに負った怪我を手当てするため、ニーギたちは、社の提案でかって社とビリー
がナコルルを助けるために向かった病院へと到着していた。
ニーギはすぐにでもアルル」を探したかったのだが、自身の怪我、何より瀕死の状態の社を一刻も早く
助けるために病院に到着していた。
「早いとこ・・・ニーギの手当てをしてやってくれ・・・・・。どの道俺はもう助からねえ。」
社のその声に促されるかのように、リュウはうなずくとニー儀の元へと向かい起き上がるのを手伝おうとした。
しかしニーギはその手を振り払うといった。
「私は自分で手当てするわ。リュウ、あんたは社の手当てをお願い。」
>>255-284 は、矛盾が発覚したため破棄させてもらいます。
矛盾内容は感想スレで書かせてもらいます。
――俺とした事が、こうもあっさりトラップに引っかかろうとは……不覚だ!
大量の花火の閃光と大音響に視界と聴力を奪われ、更に不意の攻撃にサブマシンガンを取り落としてしまった。
最強のミュータントとまで言われた者が、テレパスが通用しない敵を相手にしただけでこのザマだ。
眩む目を押さえ、ケーブルは歯噛みする。
ここは一度、五感が正常に回復するまで退くべきか。
その考えに決定を下す間も無く、更なる一撃がケーブルに襲い掛かった。
「ぐぁあっ!?」
全身を一瞬で駆け抜ける衝撃。電撃だ。
たまらずその場に崩れ落ちる。起き上がろうともがくが、身体が言う事をきかない。
恐らくこの次に訪れるのは、獲物を仕留めるための必殺の一撃。
最早、逡巡している暇は一秒とて無い。
――あっさり引っかかりやがって、デカブツが。
花火による目くらましは成功。敵の武器も叩き落した。
服に隠れた口元に薄い笑みを浮かべ、ヴィレンはテーザー銃を握りしめる。
形状と使い方こそだいぶ違うが、電撃で相手の自由を奪うという点では、この銃も自分が普段愛用していたスタンロッドも同じだ。
殺傷力にはいまいち欠ける武器だが、存外自分との相性は悪くないのかもしれない。
感謝しといてやるよ、クソガキ。胸中で一つ呟き、ヴィレンはトリガーを引いた。
射出された電極が巨漢に命中、十五万Vの電流が彼の身体を麻痺させる。
これで一人始末だ。倒れ伏した相手の息の根を止めるべく、ヴィレンは足を踏み出した。
その眼前で。
「!?」
忽然と、巨漢がその場から消え失せた。
高速で移動したとか、そんなものではない。何の前触れもなしに、まるで最初からそこには誰も居なかったかのように、彼は消え去ったのだ。
「……なん……馬鹿なっ……」
辺りを見回すが、何処にも男は居ない。
向こうが幽霊でもない限りは……そういう、能力を持った者という事だろうか。
「はっ……ははっ……またバケモノかよ……クソッタレがぁ!」
苛立ちに声を荒げ、ヴィレンはテーザー銃を床に叩きつけた。
白胴着、雷使い、青い髪の水使い、リリス……グリード、ユズリハ。
どいつもこいつも、このクソバケモノども、所詮オレなんざテメェらの足元を這い回るドブネズミにすぎないってか。
いや……ユズリハは殺した。リリスも死んだ。バケモノどもにもしっかり死は平等に存在する、殺して殺せない事はない。
「ドブネズミを甘く見るなよ……フリークスども!」
宙を睨み据えて、一声吼える。
今の自分の負傷状態を考えれば、深追いは好ましくない。いや、そもそもトラップを張ったとは言え、自分から実力の知れない相手に仕掛けた時点で無謀だ。
リリスと別れてから先、奇妙にハイになっている。ほんの僅かな違和感は感じてはいたが、ヴィレンは自分の精神状態の異変を自覚できずにいた。
ショッピングモールの通路を、エッジは犬福を抱えてひた走っていた。
派手な戦闘の音が聞こえるかと思ったのだが、どういうわけかとんと音がしない。
――おっさん、まさかやられてんじゃねぇだろうな!
不安がエッジの胸中をかすめる。
「おおーい、おっさ……」
大声を張り上げようとして、それでは何処かに居るかもしれない敵に自分たちの存在を教えてしまうと気付いた。
慌てて口を押さえたが。
「にょにょにょー!」
犬福が代わりにケーブルを呼んでしまった。
「うわっち!……静かに静かにっ、誰か危ねーヤツがこの辺にいるかもしれねぇんだ」
「もごにょご……」
犬福の口を押さえ、エッジは声を抑えてささやいた。
素早く周囲を見渡すが、誰かが近付いてくる様子は無い。ひとまず大丈夫か、と安堵の息を吐く。
その時。
「……おあ!?おっさん!?」
「にょっ!?」
「ぐぅっ!!」
エッジたちの眼前の空間に突如としてケーブルが現れ、どさりと地面に落ちた。
慌てて、エッジたちはケーブルに駆け寄る。
「ちと大丈夫かよおっさん!わ、火傷してんじゃねぇのコレ!?」
「く、すまんな、不覚を取った……目と耳が、しばらくまともに使えん」
「敵か!とにかく、一旦どっか隠れた方がいいよな?」
ケーブルに肩を貸してどうにか立ち上がらせ、エッジはすぐ近くの本屋に入る。その足元を、犬福が心配そうに鳴きながらついてまわった。
「テレパスが通じない敵だ。俺以上の能力者か、アンドロイドの参加者、なんて事もあるかもしれん」
「思考が読めない、おまけに見えねぇ聞こえねぇとくりゃあ、流石におっさんでもてこずるか。……あれ、でもおっさん、今俺と普通に喋れてるじゃん」
「テレパスでお前の言いたい事はわかるからな。耳鳴りは未だに取れん」
書棚の陰で、ケーブルは謎の襲撃者についてエッジに話していた。
サブマシンガンをその場に残したのはまずかった。今頃敵の手に渡っているだろう。
眩んだ目と耳鳴りはもう少しすれば回復するだろうが、ボディスライドの反動がかなりきつい。身体中が軋んでいる。この分だとしばらく大立ち回りは無理だ。
だがあの敵を放置するわけにはいかない。いずれこの場所に集まってくるかもしれない他の参加者にも、危害が及びかねないのだ。
どうにかして捕らえるなり、殺すなりしなければ。
「……おっさん、サイオニック能力ってヤツにさ、何かビームが出るとか衝撃波が出るとか、とにかく遠距離攻撃できるやつねぇか?」
何か思いついたのか、エッジは真剣な表情でケーブルに問うた。
「あるが……何をする気だ?」
「ちっと思いついたんだけどさ――」
彼の提案を聞いて、思わずケーブルは目を剥いた。
「馬鹿な事を言うな、危険にもほどがある!そんな無謀な真似を……くっ」
口角泡を飛ばす勢いでまくし立て、身を乗り出しかけてケーブルは激痛に顔をしかめた。
彼の剣幕とエッジの提案に驚いた犬福が、彼らの間で右往左往する。
「でも敵をほっとくわけにゃあいかねぇんだろ!?それにおっさん、そんなにボロボロじゃねぇか!重労働は若いヤツに任せとけっての!」
護られてばかりでは情けないという意地と、敬愛する総番長を思い起こさせる風格のケーブルの役に立ちたいという思い。それゆえ、エッジも譲らない。
互いに睨み合う事数秒。
折れたのは、ケーブルだった。
拾ったサブマシンガンを片手に提げ、ヴィレンは周囲を窺いながら進んでいた。
打撲だらけの身体に、鉄塊の重みがズシリと響く。
折れてからも散々酷使されている上に、先程血を撒き餌にするために自ら傷つけた左脚も、いい加減ひどく軋んで痛みを訴え続けている。
しかし、どういうわけだか、それらがあまり気にならなかった。
痛みよりも、今は獲物二匹をどう殺してやるか、そればかりが頭を占めていた。
隠れ潜んでやり過ごしたり、誰か他の参加者が殺してくれるのを待つ、という考えも一応浮かびはしたが、検討する事も無く却下している。
「ゲームを、完成させねぇとな」
ぼそりと呟く。言ってから、違和感を覚えて首をひねった。
これは自分の台詞では無かったか。誰が言ったんだったか。
その違和感も、あっという間に意識の彼方へと追いやられる。今はそんな事はどうでもいい。
と、何かが聞こえた。……若い男の声か。
「おーい!おっさん何処だー!?一人にしないでくれよお!」
獲物のガキの方か。仲間を探してうろついているらしい。
まずはこっちから始末するかと、ヴィレンは声の方へと足を向けた。
本屋の入り口から顔を覗かせ、エッジはきょろきょろと周囲を確認する。
まだ誰の姿も見当たらない。もう一声、張り上げてみる。
「犬福、こっちだこっち!この本屋に隠れようぜ!」
「にょにょにょー!」
ややわざとらしい気もするが、どうにかこっちへ相手をおびき寄せないとならない。
エッジが買って出たのは、囮役だった。
相手は少なくともマシンガンを持っているのだから、下手を打てば死へと直結する。
だが、無理のきかないケーブルばかりを戦わせるわけにはいかない。
――恭介、先生、総番長に岩にアキラ……俺に力を貸してくれや……!
一応ケーブルから借り受けた忍者刀・朱雀をぐっと握りしめ、ざわざわと恐怖が渦巻く己の心を励ます。
足元の犬福も、緊張しきった面持ちだ。
そこへ。
ざり、と、かすかな音が聞こえてきた。
――来る。
店の中へと引っ込み、書棚の陰へ身体を滑り込ませた。
今から始まるであろう本物の殺し合いを前に、ゲド高斬り込み隊長は腹を括った。
とんだド素人が、よくまあここまで生きてたもんだ。
声の主が潜んでいるらしき本屋の前で、ヴィレンはそんな事を考えていた。
緊張の色が混じった、不自然な大声。おびき寄せようという魂胆が丸見えだ。
どうせあのバケモノのおかげで生き延びてこれたのだろうという結論に辿りついたが、自分も似たようなもんだと思い至ってまた苛立つ。
さておき、どうするか。
――怯えてるくせに、囮になるつもりなのか。
――必死になっちまって可愛いもんだ。折角だからお誘いに乗ってやろうか。
「……」
何か、変だ。
でも何が変なんだ?違和感がまたヴィレンの脳内をかすめる。
そしてやはりそれは、かすめただけに終わった。
マシンガンを構え、本屋に足を踏み入れる。
店内をじろりと見渡す。
本棚の一つの陰から一瞬、少年――エッジが顔を出した。
すかさずそちらへ距離を詰め、マシンガンのトリガーを引く。
けたたましい音と共にばらまかれた無数の弾丸は、しかしエッジの隠れている本棚に無数の抉り傷を付けただけだった。
こちらを視認した瞬間、彼はすぐさま頭を引っ込めていたのだ。
舌打ち一つ、だが弾幕のおかげで、向こうはその場を動けずにいるはずだ。
直接息の根を止めてやるべく、ヴィレンは左手にナイフを握り、駆ける。
いや、駆けようとした瞬間。
赤い光線があらぬ方向から走り、ヴィレンの右腕に一条の傷を焼き付けた。
「なっ!?」
しまったさっきのデカブツか。激痛が走る右腕を押さえ、ヴィレンは光線が襲ってきた方向をギッと睨む。
しかしその方向には大きな本棚がそびえているばかりで、相手の姿は見えない。
また消えやがったのか!?と思う間も無く、今度はエッジが本棚の陰から飛び出した。
マシンガンを再び向けるが。
「喰らいなっ!!」
トリガーが引かれるよりも早く、エッジが勢い良く腕を振るう。鮮やかなモーションで投げられた十得ナイフが、見事にヴィレンの右腕を切り裂いて行った。
ピンポイントの二連撃に、今度はヴィレンがマシンガンを取り落とす。
「クソがっ!」
毒づき、エッジを睨みすえながら、ヴィレンの思考はぐるぐると混乱していた。
――何故こうも上手く行かない!?何故だ!?何でだ?
――何で上手くいかないんだろう?どっちも大した敵にはならないと思ってたのに!
「……あ?」
違和感が、鮮明になる。
痛みのおかげで、意識がクリアになってきたのだろうか。自分のものに混ざり込んでいた誰かの思考が、はっきりと別人の声として聞こえてきた。
ちらりと、何も無いはずの宙に視線が行った。
――クソガキ、本当にそこに居やがるのか。
エッジが物陰から顔を出し、相手の位置を確認してすぐに引っ込む。
その思考を読み取って、ケーブルはヴィレンの大まかな位置を割り出す事ができた。
つまり、エッジが彼の目の代わりになるのだ。
彼とちょうど本棚を挟んですぐ向かいになる位置に立つ。
五感は回復したが、身体の動きはやはりぎこちない。大技を使えば相当な負担になるのだが――やらねばなるまい。
自らのコードネームにこめられた意味。現在と未来を繋ぐ『索』。
――この地に放り込まれた者を一人でも多く、未来へと繋ぐのだ。
ケーブルの左眼が、赤い輝きを放つ。
「はああっ!」
輝きは、灼熱のラインとなって勢いよく発射される。
そして本棚を貫通し、その向こうのヴィレンの腕を焼いていった。
オプティックブラストと呼ばれる、彼の奥の手だ。
反動で崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、ケーブルは本棚に手をつきながらもしっかりと立つ。
――俺は、ここで負けるわけにはいかない!
身体は軋み、頭は痛む。だが戦いはまだ終わっていない。膝をつくのはまだまだだ!
エッジの思念を再び追う。
彼の投げたナイフで、ヴィレンはマシンガンを取り落とした。
よくやった、心中でエッジを褒めながら、ケーブルは更にオプティックブラストを放つ。
光線はヴィレンをかすめるだけでさしたるダメージは与えられなかったようだが、分が悪いと見たのか彼は踵を返して走り出した。
これで後は俺が……。ぐらぐらする頭を押さえながら、ケーブルは追撃に移ろうとしたが――
「……!!エッジ待て!深追いするな!」
マシンガンを取り落としたヴィレンに、更に赤い光線が襲いかかる。
致命傷にはならなかったがまたしても身体を焼かれ、さすがに分が悪いと思ったのだろうか。彼はくるりと向きを変え、店の外へと走り出した。
エッジはそれをそのまま逃がす気も、ケーブルに任せっぱなしにする気も無かった。
刀を握り、後を追って走り出す。
後ろでケーブルが呼んだような気がする。だが彼は止まらない。
相手は脚を怪我している。追いつける!
その時、ヴィレンが上体をひねり、エッジに向かって何かを投擲した。
風を切って飛来したそれは、エッジの肩に勢い良く突き刺さる。
「っぐぁ……!!」
左肩に突き立ったのは、ドライバー。
鋭い痛みに、思わずその場に立ちすくんでしまいそうになる。
「……ける……か……負けるか……ゲド高、なめんなよぉお!!」
それでも、彼は意思を燃え立たせて走る。
ケーブルもあれだけボロボロになって、まだ戦っているのだ。自分だって、負けられない。
「逃がすかぁっ!」
追いついた!
驚いたような表情で、ヴィレンがこちらを振り向く。
エッジは刀を振り上げ、その胴を袈裟懸けに斬った。
「ぐはっ……」
ヴィレンはその場に崩れ落ちる。……かに、見えた。
「……!!??」
ばちっ、と何かが聞こえて、気がつけばエッジは床に倒れ伏していた。
何かすさまじい衝撃が身体を駆け巡って……でもそれが何なのかわからない。
そのまま膝をつきそうだったヴィレンの右手が、その寸前で突然跳ね上がったのは見た。
その手には何か握られていて――それで俺はやられたのか!?
痺れた身体でもがきながら、エッジは自分の上に落ちる影の主にどうにか視線を向ける。
「やってくれるじゃねぇかクソガキ……ただ、甘かったな」
刀はだぶだぶした服を裂いたにすぎず、ヴィレン自身にはかすり傷しか負わせていない。
テーザー銃をアーミーナイフに持ち替えると、彼はエッジにトドメを刺すべく、それを振り上げた。
そこで油断していた彼もまた、甘いとしか言いようがない。
ナイフがエッジの背中めがけて振り下ろされるその直前、ケーブルがボディスライドでヴィレンのすぐ横へと出現したのだ。
「!しまっ……」
「うおおおおおおおおおっ!!」
ケーブルの豪腕が、ヴィレンを薙ぎ飛ばす。
吹っ飛ばされた勢いで、壁に背中から叩きつけられた。
「はっ……」
肺から空気が逃げていく。一瞬気が遠くなりかけたが、まだヴィレンの意識は繋がっていた。
霞む視界に、がっくりと崩れるケーブルが写る。
――クソが、殺るなら今だ!
ぎくしゃくと、身を起こそうとし――
「にょおおおおおー!!」
全速力で駆けてきた白い物体が、ヴィレンの顔面を直撃した。
「!?……うがっ」
体当たりの勢いで、後頭部が思いっきり壁にブチ当たる。
ゴチンッ、と盛大な音がした。
目から火花が出たような気がする、などと思う暇もなく、ヴィレンの意識はぷっつり途切れた。
どこだここは。
気付けば真っ暗な空間に、ヴィレンは立っていた。
ぐるりと周囲を見回しても何も無く、誰も居ない。
これが噂に聞く地獄なのだろうか。随分と殺風景な。そんな事をうっすら考える彼の背中が、突然軽く叩かれた。
振り返ると……そこに居たのは、どこかで予想していた通りの人物だった。
「……死んだんじゃねぇのかよ、テメェ」
「肉体の死と魂の死は別物。これは人間にも言える事よ」
くすくすと、リリスは無邪気な笑みを浮かべる。
何だそりゃ。何だか腰砕けになりそうな気分で、ヴィレンは額を押さえた。
「てか……何してるんだよ、テメェ」
「んーとね、モリガンが、『おつかいもきちんと出来ない悪い子は、お家に入れてあげません』だって。だからリリス、魔界に帰れないの」
よくわからない。
さらに眉間の皺が深くなるヴィレンに、リリスは構わず続ける。
「裸の魂でふらふらしてるのって、すっごく心細いの。全然落ち着かないの。……リリス、一人ぼっちは嫌いだもん」
ああそうかい。
もう一段階、眉間の皺が深くなる。
「だからね、帰れるようになるまで、ちょっとヴィレン君の身体にくっ憑いてるの」
「……ああ道理で……オレが無謀な行動ばっか取っちまったのはつまり……」
額を押さえていた手が、電光石火の勢いでリリスの頭をはたいた。
「テメェの影響かこのボケッおかげでオレは死にかかったんだぞ!?クソッ、一回真面目に殴りてぇ」
他人の精神に干渉するのは、夢魔にとってはお手の物だ。
無謀にも未知の敵につっかかっていったのも、トラップを全く警戒しなかったのも、普段なら全くしない油断をしまくってたのも、彼女の思念が影響していたのか。改めてヴィレンは頭を抱える。
そう言えば、痛みがあまり気にならなくなるほどの高揚ぶりは、ゼンと戦ったあの時のそれと似ていた。
「うわぁん痛いー!だってあのおじさん重傷だし、男の子は逃げ回ってばっかりの子だったから楽勝だと思ったんだもーん!」
「死んでまでフザけてんじゃねぇ!!テメェは頭悪いんだからしゃしゃりでて来ンじゃねぇよ!」
ヘッドロックに移行して、ぐりぐりと彼女の頭に拳を押し付ける。
ひとしきり、闇の中に罵声と甲高い悲鳴が流れた。
「余計な真似するんじゃねぇよ。言ったろ、テメェは見てろ」
「見てるだけー?一緒に遊んじゃダメー?」
「ああダメだ、オレからもお仕置きだチキショウ」
苛々と髪をかきむしるヴィレンに、リリスはふくれっ面をする。
「イジワルー、守ってあげてるのにっ」
「あ?何か言ったか!?」
「何でもないー!」
拗ねてしまったリリスに、ヴィレンはさらに溜め息を追加しながら。
「……ドブネズミにはドブネズミの戦い方があるんだよ。だからここで、黙って待ってろ」
そう言って、こちらを上目遣いに見上げる小悪魔の頭を小突いてやった。
ゆっくりと、意識が覚醒する。
真っ先に視界に写ったのは、冷たいアスファルトだった。
どうやら、自分はまだ生きている。
後ろ手に縛られて床に転がされ、上着と仕込んでいた様々な武器は奪われていたが、右腕と左脚に新たにできた傷は手当てされていた。
頭を動かして、周囲の様子を窺う。最初にケーブルたちを見つけた地下鉄のホームに戻っているらしかった。
――運のいい事だ、全く。
こちらから襲撃したのにも関わらず、生かされている。自嘲気味に、ヴィレンは自らの強運を賞賛した。
腹筋を使って、身体を起こす。
その動きを察知したのか、彼から少し離れた所で何やら語り合っていたケーブルとエッジが、彼の元まで近付いてきた。
「気がついたか」
「……生かしといてくれてどうも」
「言っとくけどな、アンタはいわゆる捕虜って奴だぜ。大人しくしてりゃあいいけど、変な真似したらぶっ殺すぞ?」
じろりと、エッジがヴィレンにガンを飛ばす。
「ぁあン?」
ギロッ、とヴィレンが睨み返す。
流石に、チンピラ高校生と下っ端とは言えマフィアでは、メンチの切り方の迫力に差がありすぎた。
すごすごと、エッジはケーブルの後ろに下がる。
「……あのな。まあいい、俺たちはほんの僅かでも情報が欲しい。お前は殺さないでおいてやる、その代わり知っている事を何もかも話せ」
そうヴィレンに言い放った巨漢は、全身傷だらけでモップを杖代わりに立っていながら、有無を言わせない圧迫感をまとっていた。
これは迂闊に逆らわない方がいいだろう。
「……オーケー。オレの負けだ。全部話すよ」
保身のためとは言え、『負け』と口にするのはやはり癪だった。
だが……死ねば、それこそ完全な敗北だ。挽回するチャンスは二度とやってこない。生き延びてこそ、いずれ勝ちを拾いに行く事ができる。
「俺はネイサン・クリストファー・サマーズ、通称はケーブルだ。こっちはヤマ……エッジ、それと犬福。お前の名は?」
「……イリヤだ」
念のため、ヴィレンは偽名で通す事にした。一応三人殺している、楓やロック・ハワード、リュウのように放送で晒し上げられる可能性があった。
今更な気もするが、これ以上下手に警戒されてはやりづらい。
「何か、似合ってねぇ名前だなあ」
「うるせぇよ。それよりもこれ、ほどいてくれねぇか?」
手首を縛る布を示すが、ケーブルは首を横に振った。
「さすがにそこまで信用はできないな」
「……いくら何でも、殺さないでくれた相手をいきなり襲ったりしねぇよ。悪魔だって、命の借りは命で返すんだぜ?」
自分で言っている側から吐きそうだ。だがここはどうにか向こうの信用を取り付けて、せめて行動の自由ぐらいは確保したい。
「そんな悪魔は俺は聞いたこと無いな。ではさっそく聞きたい事だが、この首輪」
すげなく却下して、ケーブルはヴィレンのザックから取り出したらしいリリスの首輪を目の前に掲げてみせる。
「本物か?」
「ちっ。……ああ、仲間の形見だよ」
あれを仲間と呼んでいいのか正直疑問だが、とりあえずそういう事にしておいてやる。
何だか、少女の嬉しそうな笑い声が聞こえるような気がした。気のせいという事にしておく。
ふむ、とケーブルが一つ頷く。重要な脱出への鍵を、一つ入手できたわけだ。
「悪いが、少し弄らせてもらうぞ」
「好きにしろ……」
ヴィレンが持っていた工具を使って、ケーブルは首輪を分解しにかかった。
首輪の構造から解除方法を発見されでもしたら、ゲームの完成は限りなく無理に近付くのだが。
……いや別に、リリスはゲームの中にいないんだから完成させる必要も無いんだったか。
(いや阿呆かオレは……アイツの都合は関係ないだろ……オレ自身がゲームに乗る気でいるんだろ)
げんなりとするヴィレンの周りを、さっきから白い物体がちょろちょろ歩き回っている。
一部なら学名まで空で言える程度には生物に詳しいつもりではいるが、こんな生き物を見るのは生まれて初めてだ。
先程顔面に体当たりをかましてくれたそれを、足先で小突いてみる。
「にょむー!」
「あ、こらイジメんなよ!」
「……よくできた動くぬいぐるみ、じゃあないみたいだな……」
――バケモノ親父に謎の小動物。どうしてこう、得体の知れない連中にばっかり遭遇するんだ。
全く、どこもかしこもバケモノバケモノバケモノ。むしろ自分のような普通の人間の方が少数派なんじゃないかとすら思えてくる。
だが、最後に生き残るのは連中ではない……オレだ。
リリスに見栄を切った手前、化け物相手に屈する気はなかった。どんなに無様でも、泥の中這いつくばっても生き抜いて、必ず連中の首筋に噛り付いてやる。
なめるなフリークス。ドブネズミの意地を見せてやる。
「おっさん、アイツこのまま連れていくの?」
ベンチに腰掛けて作業を続けていたケーブルの隣に腰掛け、エッジは問うた。
正直、自分たちを殺そうとした人物とこの先同行するのは気が重い。
ドライバーが突き刺さった左肩が痛む。
マシンガンの轟音や、振りかざされたナイフ。自分がやってのけたのは真に殺し合いだったのだと思い出して、今更ながらに肝が冷える思いがした。
「まだ聞ける事は多そうだ。未だにテレパスが通じないのが気になるが……先ほどの戦いからして、それ以外の能力は無さそうだな」
「でもさぁ。俺ヤだぜ、あんな人相悪いヤツと一緒に行くの」
「……エッジ、正直人相に関しては、俺もお前も似たようなものだ」
「……ここに集まってくれた人が俺ら見て、逃げ出したらどうしよ」
その可能性は想定していなかった。ケーブルは軽く眉間に皺を寄せる。
殺伐さは犬福の愛くるしさで緩和できないだろうか。視線をそちらに向けると、犬福はイリヤと名乗った青年の周りを珍しい物でも見るかのように、相変わらずちょこまかしていた。
……和むような、和まないような。
「何とか、相手を警戒させないようにしないとな……おっと」
ケーブルの手から、ドライバーがぽろりとこぼれ落ちた。
それを拾って手渡そうとしたエッジだが……受け取ろうとしたケーブルの腕の動きが、ぎこちない事に気付いた。
元より全身傷だらけ、それに加えて四度ものサイオニック能力の酷使。
ケーブルの身体にかかった負担は並大抵ではない。
「おっさん――」
「大丈夫だ。最強のミュータントを甘く見てもらっては困るな」
エッジに皆まで言わせず、ケーブルはドライバーを彼の手から取った。
正直、無理をしている。工具を動かす僅かな手の動きでさえ、全身に響く有様だ。
だがそれでもまだまだ自分は戦える、ケーブルは強くそう思う。
こうして脱出への手がかりを少しずつ手に入れている。
未来への希望は、まだ絶たれていない。
全身が軋んでいる。それでもまだ、戦える。
「……おっさん、俺生きて帰るからな。おっさんもだからな!」
エッジが、不安と決意のないまぜになった目でケーブルに訴える。
「ああ。必ずルガールに一泡吹かせて、そして少しでも大勢で、ここから帰るんだ」
改めて互いの決意を確認し、二人は固く握手を交わした。
それを横目で冷ややかに眺めながら、ヴィレンはこの拘束をどうやって解くか、ひとまずそっちへ頭を回す事にした。
誰も彼も傷だらけで、身体も心もギリギリと痛んでいる。
――それが、どうした。
ボロボロになりながらも、誰も彼も抗う事をやめはしない。
――生きるんだ。
それぞれの胸に、それぞれの望みを抱えて、彼らは生を諦めない。
【ヴィレン(左足骨折・全身打撲、リリス憑依中、拘束中)所持品:なし 目的:拘束を外す、ゲームに参加・生き残る】
【ケーブル(負傷 大消耗中) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、サブマシンガン、首輪、工具類 目的:風間蒼月にメモの内容を伝える。終点で地下鉄に乗ってくる者を待つ。首輪の構造を調べる】
【山田栄二(エッジ) 所持品:十徳ナイフ、忍者刀朱雀、衣服類・食料多数、犬福 目的:みんなに会う為、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。ケーブルについていく】
【備考:リリスは現在大人しくしていますが、何か興味を引かれる事が起きれば、ヴィレンの精神に影響を及ぼす可能性があります。
犬福はノーマル状態です。】
【現在地:二区最西地下鉄のホーム】
修正
>>350 【山田栄二(エッジ)(左肩負傷) 所持品:十徳ナイフ、忍者刀朱雀、衣服類・食料多数、犬福 目的:みんなに会う為、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。ケーブルについていく】
にお願いいたします。
さらに修正ちきしょーい。ケーブルとエッジはヴィレンからアイテム没収済み。
【ヴィレン(左足骨折・全身打撲、リリス憑依中、拘束中)所持品:なし 目的:拘束を外す、ゲームに参加・生き残る】
【ケーブル(負傷 大消耗中) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、サブマシンガン、首輪、工具類、暗器多数(ヴィレンから没収) 目的:風間蒼月にメモの内容を伝える。終点で地下鉄に乗ってくる者を待つ。首輪の構造を調べる】
【山田栄二(エッジ)(左肩負傷) 所持品:十徳ナイフ、忍者刀朱雀、衣服類・食料多数、犬福、アーミーナイフ(ヴィレンから没収) 目的:みんなに会う為、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。ケーブルについていく】
【備考:リリスは現在大人しくしていますが、何か興味を引かれる事が起きれば、ヴィレンの精神に影響を及ぼす可能性があります。
犬福はノーマル状態です。】
【現在地:二区最西地下鉄のホーム】
テーザー銃忘れてた_| ̄|○
三度目の正直、状態欄を以下のように修正お願いします。
【ヴィレン(左足骨折・全身打撲、リリス憑依中、拘束中)所持品:なし 目的:拘束を外す、ゲームに参加・生き残る】
【ケーブル(負傷 大消耗中) 所持品:衣服数点、忍者刀青龍、サブマシンガン、首輪、工具類、テーザー銃、暗器多数(ヴィレンから没収) 目的:風間蒼月にメモの内容を伝える。終点で地下鉄に乗ってくる者を待つ。首輪の構造を調べる】
【山田栄二(エッジ)(左肩負傷) 所持品:十徳ナイフ、忍者刀朱雀、衣服類・食料多数、犬福、アーミーナイフ(ヴィレンから没収) 目的:みんなに会う為、いつも行く喫茶店に文句を言いに行く為に生き残る。ケーブルについていく】
【備考:リリスは現在大人しくしていますが、何か興味を引かれる事が起きれば、ヴィレンの精神に影響を及ぼす可能性があります。
犬福はノーマル状態です。】
【現在地:二区最西地下鉄のホーム】
サウスタウン7区には、5区と呼ばれる東西に貫く巨大な大通りに面した場所に、一軒だけ医院が存在した。
社がそこを利用したのは、ほんの一日前のことである。色濃い記憶を手繰るのは、そう難しいことではない。
リュウの背から道を指示してどうにか辿り着いたのは、負傷からそれほど時間を経ていなかった。
「よく覚えてたね……って、なんか戦場の跡っぽいけど大丈夫コレ」
バッグを持ったニーギが、疑わしげにちらちらと覗き込んでいる。
バッグは、ちぎり飛ばされたばかりの左腕の近くに落ちていたものだ。つまりは日守剛の武器が入っている。
持っていて損はあるまいと、負傷をおして引きずってきたものだ。
とは言っても、彼女は歩いている間に随分と回復した様子を見せていた。
肝心の病院は、外見こそそのままの形を保っているが、
待合室の窓は割れ、中を覗けば弾痕に血痕。これで戦闘がなかった、などと言える人間の方がどうかしている。
「俺が見てこよう」
「いや、私が行く。リュウさんはそのでかいの支えててもらわなきゃ」
「治療設備はぶっ壊れてねえはずだ。中になんかいねえかどうかだけ気にすりゃいい」
一息にしゃべると、社の体から体力がごっそりと抜け落ちた感触がした。
空気を察して、社の体勢が少しでも楽になるように、リュウが社を背負いなおす。
ニーギは先に院内へ足を踏み入れていった。
二人とも何も言わない。
それが逆に心地よかった。
さて、社を背負っているリュウは、社の傷のこともあり、それほど大きな動きをするわけにはいかない。
自然とニーギが先頭を受け持つことになったのだが、彼女のダメージも無視できるレベルではないはずだ。
それにもかかわらず、院内を警戒しつつ進む彼女の動きは淀みがなく、かつ正式訓練を積んでいることを想像させる。
と言っても社にはとっては「映画で出てくる特殊部隊と似たような動きしてやがるな」程度の認識でしかないのだが。
と、ひとつ思い出した。
ニーギが診療室ではなく、待合室横の物置のような場所に手をかけている。
「おい、そこは勘弁してくれ」
「なんで?」
当然と言えば当然の疑問だ。
「……前来た時、埋めてやる余裕なんかなくてよ」
医院の回りに、掘れるような地面は存在しなかった。
少し遠出をすればできたかもしれないが、傷を負っている彼女を一人で置いていくことなどできなかった。
「うん、わかった」
言わんとしていることを察してくれたらしい。
ニーギは物置の扉を開かず、診療室へ向かった。
診療室といくつかの病室、それが医院の内部構造だった。
レントゲン設備まであるのだから、サウスタウンのような典型的なダウンタウンという立地条件からみれば
期待以上の充実した設備には違いない。
そのうちの一室に社を寝かしつけ、リュウが片端から持ってきた医療品らしい箱を根こそぎひっくり返し、
手際よくと言うにはかなり乱暴ながらも、それでも社がやるよりは格段に手際よくニーギが治療の準備をしていく。
社に点滴を打ち、何の成分か今ひとつわからない軟膏をリュウに渡す。
「リュウさん、火傷の対処の仕方はわかる?」
「応急処置程度なら大丈夫だ。ライバルに火を使う男が二人もいるからな」
「そう。じゃ、社よろしく」
軟膏をさらにいくつか渡し、彼女はふたつばかり手に持って、自分の火傷に服の上から塗り始めた。
「重度の火傷の場合は、服を皮膚の代わりに貼り付けておくんだ。あくまで応急処置に過ぎないんだがな」
怪訝そうな顔を見てとって、リュウが簡単に説明してくれる。
「彼女に比べたら俺は手が硬いかもしれない。痛むかもしれないが我慢してくれ」
なるほど、言われたとおり格闘に特化した男の手は、服地の上からでも傷に響く。
ただでさえ軟膏が沁みる。かと言って、こんなところで痛そうな素振りを見せるのも気に入らないので、
山のように積みあがった予備のカンフルを眺めてごまかすことにした。
「リュウさーん、悪いけど包帯持ってきてー」
ひとしきり塗り終わってもう一度重ね塗り、というところでニーギの声が飛んでくる。
ちょっと目をやると、彼女は椅子の上でひっくり返っていた。
「お、おい」
「ニーギくん、大丈夫か!?」
「ちょっとダウン……」
大丈夫なように見えて、そうでもなかったのだろう。
「おい、大丈夫なのか……?」
「まともに熱気吸っちゃったけどね。カラダの方あわせても、あんたよりは軽いわ」
「火傷はそうかもしれないがな、肺を焼いたのなら安静にしていた方がいい。
それに、ボディへの攻撃は思ったより後を引く。君もゆっくり休むんだ」
ひとしきり辺りを見回して、リュウは戸棚から包帯を取り出した。
「いくつ必要かい」
「あるだけ。8:2ぐらいに分けて、2のほうをちょうだい」
棚の常備の量は、それなりにある。院内を隅々まで探せば、恐らくもっと出てくるだろう。
上体を起こそうとするニーギに手を貸す。
「じゃあ、俺は社君の手当てをするが……」
「覗いていいかどうかは心配しなくていいわ。どうせ服の上から巻いちゃうから」
「そうか、わかった」
数分後。
「まあ、これが精一杯か」
火傷が引きつれるのか、打撃のダメージが残っているのか、どこかぎこちない体の動きを確かめながらニーギが呟く。
ところどころの包帯が痛々しい。
「そっちは?」
「こっちもこれで精一杯だ」
ベッドには今さっきピラミッドから出てきました的な大柄の包帯の塊が転がっている。
「……生きてる?」
「まだ死なねえよ……」
「社君、無駄に体力を使ってはいけない」
もぞもぞと自己主張するミイラをリュウが嗜めた。
動きが止まる。
「……本当に生きてる?」
「うるせえ」
包帯まみれが動きを止めるとどうも不安になってくるのだが、あまりリアクションを取らせるのもよくない。
「リュウさんは大丈夫? さっきいいパンチもらってたみたいだけど」
「ああ、問題ない。真吾君は、屠る拳ではなく祓う拳を打ち込んでくれた」
それでも痛いには痛いが、鍛えているからとリュウは穏やかに微笑む。
「祓う拳、ねえ……」
包帯の塊が、何か言いたげにぼそりと呟くが、それ以上言葉は繋がなかった。
「さてと。今の状況を整理しましょ」
リュウにも座るように促し、ニーギはバッグを自分の前へ引き寄せる。
「これはさっきの悪党面が左手と一緒に置いてったバッグね。たぶん武器が入ってると見ていいわ……ほら、やっぱり。
バズーカと拳銃と……ナニコレ。コンドーム」
なぜかコンドームをいそいそとポケットに確保しながら、武器を二人に示してみせる。
「使えるの、ある?」
「俺は、あまり武器とは縁がないんだ。あいにく撃ち方も知らない」
「……こんなザマじゃあ、な」
拳銃なら使えるかもしれないが、反動を踏みとどまれるかどうかすら心許なかった。
「そっか。それじゃ、私が使うわ」
バズーカは大きすぎて取り回しが利かないので、拳銃をポケットに突っ込む。
ニーギにはまだビスの束が残っているのだが、火傷の引きつれで威力や精度が落ちているかもしれない。
それに、撃ったことのない人間に銃を撃たせるのはかえって危険だ。
「ひとつ、聞いていいか」
包帯がリュウに声を向けた。
「なんだ」
「あんた、昨日の放送で晒されてたよな。無神経な質問だが、4人殺したってのは本当か」
「ああ、本当だ」
答えるリュウに、もはや淀みはない。
「それは、さっきのヤバイ雰囲気となんか関係があるのか」
「ああ。だが、俺が彼女たちを殺したのは言い訳のしようのない事実だ」
「……へっ」
別に何を言うでもなく、包帯は無理に寝返りを打った。
「……ニーギ君は、気にならないのか」
「うーん」
水を向けられたニーギは、少し考える素振りを見せる。言葉をまとめているのだろう。
「リュウさんは殺したこと反省してるんだよね」
「……ああ」
淀みはないとは言え、事実を受け止めることにためらいがなくなっただけであって
そう「殺した」とはっきり言われると、さすがに心に突き刺さる。
「さっきみたいな状態にならなければ、殺す気はないんでしょ?」
「もちろんだ」
「なら、私からは何もないわ」
それじゃあ状況整理続けましょ、とさばさばとしたニーギに、逆にリュウのほうが面食らった。
「……いいのか?」
「もうあしきゆめには囚われないんでしょ? さっきのリュウさん、そんな顔してたわ」
「銃も使えねえ癖にここまで怪我人引きずってくるお人好しが危険人物ってのも笑える話だ」
「そんなことより、情報の整理しましょ。もう時間は残ってないわ」
二人の言葉が優しさからなのか冷静な打算からなのか、わざとそっけない態度で覆い隠されていて、
リュウには判別がつかない。
だが、二人は気にしないと言ってくれた。
「すまない」
罪の意識からではない、心からの感謝の念が、自然とこぼれる。
「ふーん……K'、ね」
「おそらくは、この状況に彼女の心が耐え切れなかったのだろう……」
その下地で燻っていた不安が、先ほどの真吾の一件が引き金になって弾けたと考えるのが妥当か。
信頼した仲間が矢継ぎ早に死を迎えては、確かに精神の均衡を失っても仕方がない。
目を伏せて語るリュウをよそに、ニーギは別のことを考えていた。
アルルは、炎を放つ前に、確かこう言っていなかったか。
「リュウさんを信じたボクがバカだった」だったか。
話を聞く限り、拳を封じられたリュウがほぼ何もできないのは、アルルも承知していたはずだ。
彼女がリュウを糾弾したのは、言わば逃避あるいは責任転嫁。
そして取った行動は、考えうる限りで最悪の部類に入れていい。
「まずいわ」
「……そうだな。彼女は魔法を使えるらしいが、それでも一人では危険だ」
「そうじゃない」
リュウの心配はもっともだが、ニーギの懸念は、リュウが見るまいとしている別の事実にあった。
「あの子を放っておけば、あの子自身が危ないだけじゃない。
あの子のお陰で命を落とす人間が出てくるかもしれない」
「それは」
リュウの反発が来る前に、さらに畳み掛ける。
「どうしようもなく昏い思念に囚われたことがあるなら、わかってるでしょ?
あのアルルって子は、あしきゆめに囚われかけてるわ。
わかりやすく言うなら、さっき凶暴化しかけたリュウさんと同じ状況になってるの」
「殺意の波動……? そんな馬鹿な」
「ことがあるのよ。そのナントカ波動ってのとはちょっと細かいところが違うかもしれないけど、
大元は同じはずよ。精神の均衡を失って、暗い思念に囚われて、人を傷つけることばかりを考えるようになる」
あしきゆめに囚われた場合、肉体が怪物のそれへと変貌を遂げる者もいることを考えれば
アルルのそれは未だ軽い。
だが、程度の問題で片付けるには、少々危険な事例であることも確かだ。
サウスタウンでの先例において、「そうなった人間」一人を止めるために、直接的に4人が犠牲になっているのだ。
そして、今は精神の均衡を取り戻した「そうなった人間」は、現在傷らしい傷もなく健在である。
そんなものがもう一例発生したら、どうなるか。
もはや言うまでもないだろう。
小難しい言い回しをしたが、要は彼女が取り返しのつかない行動に及ぶ前に止める必要があるということだ。
ただ殺人者となるのを止めるだけではない。可能であれば、精神の均衡を取り戻させるべきだろう。
「もう祓える人間はいないわ。私たちを除いてはね。それに、あの子を助けてあげられるのは、もう一人しかいない」
「……そうだな」
リュウには格闘の技しかないが、祓う力はもう二度も受け取った。
おそらくニーギの精霊を持ってすれば、そのあしきゆめとやらも祓えるのかもしれない。
だが、助けるとなれば、顔をあわせたばかりの彼女に頼るわけには行かない。例えリュウ自身にそんな資格がなかろうとも。
「彼らのためにも、俺が行かなければ」
「そうね」
決意を含んだリュウの独白に、ニーギはわざと醒めた声を返した。
「でも焦らないで。やらなきゃならないことを全部並べてから動かなきゃ。もう、あまり時間がないからこそ」
椅子から立ち上がると、ニーギは社の点滴を取り替えた。
「で、やっぱりどうしてもついでになっちゃうけど、それでもいい?」
「……ああ。このザマだ、わがままは言わねえ」
包帯まみれの社にも、やはり焦りの色は隠しきれない。
彼にとっては、足りないのはゲームの残り時間だけではないのだ。
「探してる仲間ってどんな人?」
「女でな、シェルミーって名前だ。フランス人っつってたかな……
髪は……赤茶だな。腰まである。うなじのところで縛ってて、前髪が目にかかってるからわかりやすいはずだ」
聞いた特徴を、リュウに視線で流す。
首が横に振られる。
「スタイルは……割と肉付きがいいほうだな。俺よりは小さいが、背は高い方だな……
あとファッションとか言って、色々と穴開いた変な服着てるはずだ」
「性格とか印象は?」
「一言で言うなら……」
一瞬、言うか言うまいか逡巡したらしかった。
「蛇、だ」
「蛇、か」
「蛇、ねえ」
全員、一瞬にしてイメージが固まった。
だがおそらく誰一人として同じイメージではないだろう。
「他には?」
「……そうだな。タイトスカート穿いてやがるくせに、レスリング系の格闘技を得意としてるのと……」
晴れていると言うには少々雲の多い空が、一瞬光った。
後を追うように、地響きを伴う轟音が空気を揺らす。
とっさに確認すると、光ったのは北側。光と轟音の間隔はほんの数秒。落着地点はかなり近いだろう。
追記するなら、今は天候が荒れるような季節ではない。
「……あいつは、雷を使うんだ」
包帯の塊が、搾り出すように呻いた。
「そうね。手は足りないけど、いくら頭数揃っても、肝心のコレがこのままじゃね」
この病院を見てから、ずっと昨日のことが頭に浮かんでは消えていた。
「アルル君の話によれば、魔法でロックをかけているらしい」
ナコルルと会い、彼女の高潔さに心を打たれ、ビリー=カーンと手を組み、
「多分、機械的なロックもしてるわ。いきなりドカンなんて心配がなければ、
がちゃがちゃいじってれば外せるかもしれないけど」
行きずりの女医にナコルルを救われ、
「まったく、女の子に首輪つけるなんて趣味悪すぎ」
何者かの襲撃でビリーを失い、
「確かに。金属製だからな……擦れたり蒸れたりで、集中が乱れることがあるかもしれない」
ついにはビリーに守ると約束したナコルルをさえ失い、
「え、あー、そういうこともあるかも……」
そして自分の命まで失いかけながら、ここでこうして転がっている。
「せめて首輪の単品でも手に入ればいいんだけどね」
「そうだな。その後、アルル君に魔法の詳しい話を聞くのがいいだろうな」
何かがここから始まり、そして終わろうとしているのだろう。
「……へっ、ガラにもねえ」
怪我が人を感傷的にさせるなど、聞いたこともない。
自分が弱気になっている証拠だ。
「どしたの、社」
ニーギが聞いてくるが、社は応えなかった。
「…………」
彼女らは、何が何でも生きて帰ろうという手合いではない。
何が何でも、可能な限りの生存者と共に生きて帰ろうという、さらに手に負えないタイプの人間だ。
「ま、いいけど。具合悪くなったらなんかアピールしてよね。
……それにしても、あんな火の玉食らっても、まだ爆発しなかったね、首輪」
そういうタイプは、彼女らのほかにも二人ほど会い、二人とも死んだ。
「もしかすると、かなりの衝撃にも耐えられるのかもしれないな……」
ビリー=カーンは、病室のナコルルを守るために。
ナコルルは、撒き散らされる銃弾に誰も傷つけられることのないように。
「うーん……それなら、外す時に力の加減間違えてどかーん、なんてことがなくていいけど」
それで、自分は何をしたのか?
クリスを助けられず、近くの雷撃の辺りにいるかもしれないシェルミーに会いにも行けず、
ビリーとナコルルを見殺しにして、自分は自分で役立たずに成り果てて、挙句の果てにお荷物だ。
このままでは、見殺しの人数が倍に増えるだけだ。
何もできないまま死ぬ。
「おい」
「何、のど渇いた?」
「あるぜ、単品の首輪」
「社君、本当か?」
ここに戻ってきたのは、おそらくビリーが呼んだからに違いない。
お前は肝心なところで抜けてやがるから、と。
手伝ってやるぜ、か。クソッタレめ。くたばる前と同じ調子で違うこと言いやがって。
「さっきの物置だ。俺の仲間の死体がゴミ袋に詰めてある。
埋めてやる時間も場所もなかっただけだがな……もう必要ねえ物だ。そいつの首落とせば、首輪一個は手に入る」
リュウが険しい表情をした。
時間がない、と連呼していた手前だ。生き延びるためには、もう手段を選んでいる暇はない。
「だが……」
「死んだのは昨日だ。死体なら痛くもねえし、死に直す心配もねえ……
死人でも傷つけるのは気が重い、なんて言ってたら、俺たちも死人の仲間入りだぞ」
また、ビリーに借りを作ってしまうことになる。
返し方は見当もつかないが、どうせ早晩会うことになるだろう。
頭のひとつも下げれば、大目に見てくれるだろうか。
「社」
ニーギが近くで社を見下ろしている。
「気持ちだけ受け取っとくわ」
直後、コン、と、拳で殴られた。
「ニーギ君、怪我人を殴るのは!」
「手加減ぐらいしたって! ほら包帯もクッションに!」
「そういうことではなくて、万が一ということも!」
「リュウさんあの女痛えー。超いてえー。しぬー」
「や、社君! 気をしっかり持つんだ!」
「こら社仮病使うな! リュウさんも騙されないの!」
「火傷は仮病じゃねえんだが……」
「あーもーうるさいわね! 何!? 死体の首切ってまで首輪欲しいの!? そんな暇あるかー!」
「ニーギ君落ち着くんだ、怪我人が!」
「私も怪我人よ文句ある!?」
「うるせーな……何か他にテがあるのかよ」
低く抑えた社の声に、場の空気が静まった。
「首はさっきのバズーカで吹っ飛ばせば、手間はかからねえ。
四の五の言ってる場合じゃないッつってたのはお前のほうだろ」
二人とも、じっと黙っていた。
病室の空気が、のしかかってくるように重い。
「今あんたたちの話聞いてて閃いたんだけど、首輪が人が消し飛ぶくらいのエネルギー量に耐えられるなら
ここであんたの仲間の解剖しなくても首輪が手に入るわ。しかも2つ」
「……仮定の話だろ。何喰らったか知らないが、首輪ごと吹っ飛んでたら無駄な手間だ」
確実な手段を取るなら、ここでビリーから首輪を取っておいた方がいい。
包帯の下で表情が見えにくい社へ、ニーギはちちちと指を振る。
「こんなところでバズーカ撃ったら、誰かが気付くわ。さっきの雷があんたのお仲間で、バズーカの音聞いて
遠ざかられたらまた面倒でしょ? それに、雷がやる気のある奴で、のこのこ出てこられたりしたらそれこそ面倒よ」
「だけどよ」
それなら、院内を探せば刃物の類はあるはずだ。それで首輪をとるのに時間がかかるかもしれないが、
無駄足かもしれない道のりを歩くより、時間の節約ができるはずだ。
「今首輪を手に入れても、魔法ロックがかかってるなら、私たちにできることはないわ。
それに、私の仲間の首輪がある場所は4区のあたりだから、アルルちゃんか雷の元を追っかけてから行っても、
ちょっと遠回りになるだけ。空振りだったら戻ってくればいいだけよ。悠長だけど、そのほうが確実でしょ」
「…………」
「それに、首輪とるのあんたやる? あんたがよくても、私は嫌よ」
結局は好みの問題だというのか。
気に入らないが、社には彼女の論を覆せるようなものを何一つ用意できない。
「甘いことを言っているのは承知している。だが、俺も死んだ人間の首を落とすことまではしたくない。
仲間のことを自分から言い出してくれた気持ちはありがたく受け取る。だが社君、ここは譲ってくれないか」
リュウにまで諭されては、社も引き下がるしかなかった。
「……知らねえぞ」
「任せて。悪いようにはしないわ」
「おい」
「何よ」
「俺はどうするつもりだ?」
「別に」
いまだベッドに横たわったままの包帯からの問いかけに、あっさりと答える。
「あんたが好きなようにすればいいわ」
「そうかよ……」
そう答えるのは、ほぼ予想がついていた。
そういう女だ。時々気に入らないこともあるが、だからこそいい奴だと思う。
「ここに居てもしょうがねえよな」
「私があのおっさんぶっとばすまで持てば、ちゃんとした病院へ行けるかもよ」
「へッ。信用ならねえな」
沈黙が流れる。
互いに気を使うことを拒否し、また気遣いを受けることを拒絶した誇り高い沈黙だった。
「俺もつれてってくれ」
「死んでも知らないわよ」
「邪魔になるようなら、道端に捨てていってくれて構わねえ。まだ動けるうちに、シェルミーの顔を見ておきたいだけだ」
「そう。それじゃ、それまでよろしくね、社」
社が行くとなると、彼を支える分だけ人手を割かなければならない。
その手間もあるだろうに、ニーギはそれについては何も言わずに部屋を出て行った。
後には、社一人が残った。
この病室は、ナコルルが傷を癒し、扉の向こうでビリーが最期を迎えた場所だ。
「……これで、いいんだろ」
誰にともなく呟く。
「悪いな。俺も、すぐ行くからよ」
だから、その前に、ひとつだけ。
病院の玄関を出て、外を眺める。
狙撃の格好の的だが、その殺気を見落とすほどリュウは甘くない。
少し考えをまとめるために出てきたのだが、言ってみればこれは周囲の偵察も兼ねていた。
眼を閉じる。
背後から妙に騒いだ空気が漂ってくる以外には、遠くに肌を刺すような死合いの気を感じる。
距離は遠い。すぐには脅威になることはないだろう。
ここの周囲には、死と沈黙。凪いだ海そのものだった。
今まで会った人々を思い起こす。
さくら、リムルル、ダン、ちづる。
拳は、砕くことしかできない。
そして、響子、K'、ナコルル、ママハハ、ついには真吾まで。
拳では、掴みとめることもできない。
掌を見る。
先ほど洗ったばかりの手は、今も血で汚れているのだろう。
「それでも俺は……」
指は動く。
腕も動く。
鍛え上げ、信頼し、なお満足せぬ己の人生の全てがそこにある。
「俺は、他の道を知らない」
だから、その手は再び拳を形作った。
「俺はもう、間違えない」
己に誓う。
予備ロールの中。
ドアノブの裏。
貯水タンクの中。
コンセントプラグを外してその裏。
意表をついて、照明の電球。
散々探して、盗聴器1個と監視カメラ1個を見つけたのがやっとだった。
探し方が甘かったということはないだろう。
「……なるほど、予算ないのね」
サウスタウンはそれほど大きくない街だが、一軒一軒一部屋一部屋に盗聴器やカメラを仕掛けるとなると
その手間は凄まじいものになるだろう。
設置だけではなく、モニタリングにも手間がかかる。
行動が不審かどうかの判断は機械任せにできない分、その労力は設置以上かもしれない。
「さて、と」
自分が居ては、リュウも社も考えをまとめづらいだろう、ということで、トイレに立て篭もったわけである。
便座のフタにどっしりと座り、足元には武器の詰まった拾い物のバッグ。
そして自分のザックからは、二人に言わなかったコントローラを取り出す。
言う必要が特になかったのと、タイミングを外したのとが理由なのだが。
周辺の地図と人の所在を表す光点が、画面に光っている。
この辺りのすぐ病院を襲撃できる範囲には、彼女たち三人以外に人はいなさそうだ。
他に、画面に「stand by」の文字が小さく光っていた。
チャージは終わっている。これで、いつでも撃てる。
「それにしてもなあ……」
便座に背中を預ける。
吐きそうになった愚痴は飲み込んだ。言っても事態が好転するわけではない。
「ま、やるしかないか」
コントローラは念の為自分のザックに小分けにした。
「よし。そろそろ、二人ともどこ行くか決めたかな」
そろそろ行ってみるか、と思いながら、彼女は再び武器のバッグに手を突っ込んだ。
369 :
16/16:2005/07/23(土) 23:35:14 ID:fVI3B8Dy
死んだものは、死体以外は何か残せるというわけではない。
だが、命を失い、それでも失えぬ思いは、あるひとつの形を持って地上に残る。
ついに開かれることがなかった物置のドアから、ほのかな青い光が舞い出て散った。
【リュウ 所持品:釣竿、ホアジャイ特製スペシャルドリンク(残り1本)
目的:1.アルルを助ける 2.ルガールを倒す】
【ニーギ・ゴージャスブルー(全身の広範囲にわたってダメージ+中程度の火傷)
所持品:ゼロキャノンコントローラ(チャージ完了)、雑貨、ゴーグル、長ビス束、コンドーム
目的:ゲーム盤をひっくり返す、4区ゼロキャノン痕に首輪(炎邪・アルフレッドのもの)を探しに行く】
【七枷社(全身火傷、瀕死) 所持品:なし 目的:シェルミーに会う】
【共有:剛のバッグ…スペースハリアーバズーカ、マカロフ、携帯電話(アランの連絡先登録済) 】
【現在位置:7区北部】
ホシュ
アイボリーホワイトの壁。
クリームイエローの床。
淡いパステルピンクのカーテン。
柔らかなパステルカラーで全体の色調を統一された部屋。
白くて、清潔な、ただそれだけの部屋。
ベッドに身を預けている女性は、だらしなく口を開けたままテレビを眺めている。
映っているのは、他愛も無いホームドラマ。
こうなる前の彼女が、毎週楽しみにしていたテレビプログラム。
門下生の稽古等で時間通りに見れない事もあり、そんな時はビデオに録画して後で見るようにしていた。
それにもかかわらず、その日の稽古は決まって早めに切り上げようとしてしまう。
そしてその事が発覚する度に、彼女は兄に怒られていた。
だけど今は、何の邪魔も無く、いつまででもテレビを見る事ができる。
「……よかったな、ユリ…」
「…………」
こんなドラマの一体どこが面白いのか。
正直言って、リョウ・サカザキには妹の嗜好を今も理解する事ができない。
だけど、
たかが30分のホームドラマくらい、毎週ちゃんと見させてはやれなかったのだろうか。
そんな無意味な後悔が、いつまでも彼の心を苛む。
「……そろそろ行くよ…」
「…………」
語りかけても、何の反応も返ってこない。
リョウはそんなユリの様子に、時として微笑ましさすら感じる事がある。
「……俺は馬鹿だからさ、こんな事くらいしか思いつかなかったんだ…」
「…………」
ひょっとしたら、彼女は憎しみも何も無い世界に居るのかもしれない。
それは、人の醜い感情の全てが切り離された世界。
彼女はこれから、もう心を痛めることも無い平穏な世界で、ずっと幸せに過ごすのかもしれない。
「親父に知られたら、やっぱぶっ殺されるんだろうな」
「…………」
そう思うと、なんだか安心してしまった。
それはまるで、これからの自分の世界とは逆ではないか。
これからの己の歩む道を思うと、リョウにはますますそう思えてならなかった。
「…でもさ、それでも俺は……お前の兄貴だからさ……」
「…………」
「……許せない」
「…………」
「許せる筈がないんだ………!!」
「…………」
双眸に狂気とも言うべき色を宿し、拳に血管を浮かべ、噛み締める様に呟く。
そんなリョウの傍らで、ユリはずっとテレビを眺めて続けていた。
「………それじゃあ、元気でな、ユリ」
「…………」
「…さようなら」
そう言って、リョウは静かに病室を後にした。
アイボリーホワイトの壁。
クリームイエローの床。
淡いパステルピンクのカーテン。
柔らかなパステルカラーで全体の色調を統一された部屋。
白くて、清潔な、ただそれだけの部屋。
リョウがユリの病室を訪れる事は、二度となかった。
「…………」
薄暗い部屋の質素なベッドの上で、リョウ・サカザキは目を覚ました。
「…………」
ここは一体何処だ。
何故俺はこんな所に居る。
そもそも俺は、一体何をしていたんだ。
ボンヤリした頭で少しずつ記憶を辿る。
確か、自分はネオと一緒に行動していた筈だ。
そしてアイツを庇って、力尽きた。
力尽きた自分の眼下に、マンホールがあった。
コレをこじ開ければ、ひょっとしたら助かるかもしれない。
そう思ったが、そんな力も残ってなかった。
じゃあ、やっぱりここで死ぬのか。
そう思った。
その時、なぜかそのマンホールの蓋が開いて、中に引きずり込まれた。
リョウの記憶はそこで終わっていた。
助けられたのか、自分は?
でも、一体誰に――――?
「お目覚めになられましたか、Mr,サカザキ」
その時、薄暗い部屋に事務的な、しかし凛とした女性の声が響いた。
奥の部屋から、数人の男を伴い黒いスーツを着た女が現れる。
「………貴様は…」
リョウは、その女に見覚えがあった。
ルガールの傍らに控えている、女秘書の片割れ。
アヤとか言った、ルガールの側近の一人だ。
「ご気分は如何ですか?」
「……貴様等が、俺を助けたのか…?」
アヤの質問には答えず、リョウは体を起こしながらアヤに問い質した。
しかし体を起こそうと両腕を動かした時、リョウは違和感に気づいた。
「………」
左腕が、肩から先から無くなっていた。
「勝手な事とは承知しておりましたが、あなたの怪我についてはこちらで処置をさせていただきました」
「………」
どうやら、外科手術でもって左腕を切除したようだった。
「ご安心を、ルガール様の力添えにより最高のスタッフを取り揃えての治療を行いました。手術は完璧に成功しております」
もともと使い道の残っていなかった腕だ、無くなった事はいい。
「…とはいえ何分大怪我だった為、まだ動かない方がよろしいかと」
「………」
手術をしたという事は、輸血も済まされているのか。
ふと右腕に目をやると、点滴の管が付いている。
「麻酔がまだ残っているかもしれませんので、暫くは頭の方が少しボーっとされるかもしれません」
「………なぜだ」
リョウは、混乱した。
こいつらは俺をあの瓦礫の雨から助け、更に怪我の治療を一通り済ませている様だ。
なぜ、一参加者でしかない俺にそんな事を?
「なぜ、と申しますと?」
「……俺を生かして、一体何が目的だ!?」
立ち上がり、ベッドの上から飛び降り、腕一本で構える。
そのリョウの動きに応じ、アヤの傍らの男達は銃を抜いた。
そして隣の部屋から更に武装した男達が銃を構え現れた。
ルガールの私兵達か―――!?
緊張するリョウを余所に、アヤは腕を上げその兵士達を御し、そしてリョウの疑問に答えた。
「それは愚問というモノですよ、Mr,サカザキ」
「……何だと…?」
事務的な笑顔を浮かべたまま、アヤは言葉を続けた。
「あなたは以前、私達の手駒になる事を了承された筈でしょう?」
そう言って、懐から一枚のFAX用紙を取り出す。
それは、以前リョウがホームセンターで受け取ったFAXと同じ物だった。
アヤを先頭にして、数人の男達に囲まれたまま、リョウは薄暗い階段を下っていった。
「……任務に失敗した死に損ないの手駒なんぞ、とっくに見放されてると思ってたがな」
銃で武装された男達に囲まれたまま、リョウはアヤにぞんざいに言い放つ。
最高の治療とやらを受けたとはいえ、常人ならばまだ動き回れるような体調では無い筈である。
実際に、まだ麻酔がぬけきっていない為か、足元はフラつき頭は少しぼうっとしている。
しかしリョウはそんな気配は微塵も見せず歩んでいる。
やはり極限流空手『無敵の龍』、並大抵の鍛え方では無いという事だろうか。
「ルガール様は聡明な御方ですから」
事務的な微笑みを称えたままそう答え、アヤはリョウの方をわずかに見やる。
「使い道が残っていると判断なされれば、例え無能な死に損ないであろうと役目をお与えなさるのですよ」
「そいつは涙が出る程有り難い話だな、小悪党にも人を見る目はあったようだ」
皮肉を込めた会話を繰り広げながら、リョウは考える。
それにしても、この状況は一体何なのか。
必死の場面を救い出され、一切の治療など望めぬ状況にありながら思わぬ形で最高の治療を受けた自分は、
それでも果たして運が良いと言えるのだろうか。
恐らくその交換条件として、ルガールの手駒として更なる仕事を課せられるのは間違いないだろう。
しかし、ルガールは今更自分に何の利用価値を見出したというのだろうか。
左肩を揺らす。
リョウは左腕を失った自分の体運びを案じていた。
今まで2本の腕で闘ってきたのだ。まだ体が片腕でのバランスに慣れていないだろう。
いきなり隻腕になったのでは上手く立ち回る事など出来る筈がない。
そんな空手家に、あの男は一体何を期待しているというのか。
「ここは、我々がゲームの進行を滞りなく行う為に構えている拠点の一つです」
思考を続けるリョウに対して、アヤが唐突に説明を始めた。
「それらの拠点の全てがあらゆる設備を備えておりまして、当然医療設備なども完備しております」
「そのお陰で俺の治療も済ませられたのか、お陰で体が軽くなったよ。
特に、体の左側がな」
「勿論、それ以外の設備も整っております」
リョウの皮肉には付き合わず、アヤは眼前の扉に手をかけた。
「例えばこの様な、ね」
ぎぎぎいぃ、と重々しく扉が開く。
扉の隙間から眩しい光が漏れ出し、リョウは思わず右腕で目を庇った。
「――――……」
真っ白い部屋だった。
それは、照明用のライトが最大限に効果を発揮できるようにする為の内装。
その眩しさに、リョウは麻酔でまだ思考がぼうっとしているのもあって、目眩を覚えた。
「ここは言わば、撮影スタジオの様なものです」
言われてみれば、モデル写真や、テレビ収録の為の撮影スタジオの様だった。
その部屋の中央に、人影。
人影は、どうやら女の様だった。
その女は、どうやら完全な裸の様だ。
鉄パイプか何かにロープで手足を縛られて、無理矢理に立たされている。
全身、赤や青の痣だらけだ。
出血している箇所もある。
よく見ると、焼きゴテでも押し付けられたような酷い火傷の様な跡もある。
よくよく見れば、右手首は腫れ上がり、あらぬ方向を向いている。
左手は、全ての指が関節から無理矢理に一回転させられており、爪は全て剥がされている。
右足の甲はハンマーで叩き潰され、その指などはもう見る影もなくなっている。
左足はそれぞれの指の間を無理矢理に裂かれ、足首まで達している。
両太股には、赤茶けた錆びた釘が何本も刺さっている。
その傷口から流れる液体は、もはや赤い血ですらない。
腐った傷口から流れた膿か、もしくは釘に塗られていた劇薬か何かか。
股間からは血が滴り、両乳房等はもはや形容しがたい異容となっている。
そんな中、ただ一つだけ無傷の場所がある。
女の顔だけは、何の傷も負っていない。
歪みきったその表情は、生きたまま、意識を持ったまま弄ばれた事を如実に物語っていた。
まだ少しフラつく思考。
「――――……アイツは」
リョウはその顔に見覚えがあった。
ルガールの傍らに控えていた、女秘書の片割れ。
「先程まで、あそこのモノに対してあるショウが行われておりまして」
相変わらず、事務的な態度を崩さないこの女と一緒に居たもう一人の秘書。
「その光景を、出資者の方達へここから中継しておりました」
「………」
麻酔で白むリョウの脳髄は、この状況を少しずつ理解していった。
「皆様にはこのショウを大変気に入っていただきまして」
「……おい」
しかし、一つ理解すると同時に一つ疑問が生まれ、少しずつ混乱していく。
「途中からは観客の皆様からのリクエストを取り入れ、それも賭けの対象としての遊びとなりまして」
「おい」
ボンヤリする頭とは対照的に、心臓の鼓動はどんどん早まっていく。
「例えば一体何処に焼きゴテを入れれば一番苦しむか、どこの骨を砕けば一番いい音がするのか」
「……おい!!」
猿ぐつわをされ、血も涙も鼻水も排泄物も垂れ流したままのその女。
リョウは、見覚えがあった。
「――――あいつは、お前の相棒じゃなかったのか」
「ルガール様は聡明な御方です」
「例え身の程を弁えぬ愚か者であろうと、それ相応の役目をお与えなさるのです」
アヤは、相変わらず眉一つ動かすことなく平然と語り続けた。
「ヒメーネも、自分のような身の程知らずがルガール様のお役に立つ事が出来て、きっと本望でございましょう」
そしてかつての自分の同僚を淡々と身の程知らずと断じ、心からの冷笑をみせた。
〈生きたまま弄ばれた女〉
リョウの意識は、麻酔の影響でまだボンヤリとしていた。
それとは対照的に、心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。
〈生きたまま壊された女〉
眼前の光景から、懐かしい鼓動が蘇る。
眼前の女から、狂おしい程の衝動が蘇る。
拳に憎悪と殺意が宿り、双眸に憎悪と狂気が宿る。
〈生きたまま壊された妹〉
未だ白むリョウの意識には、もはや狂気以外の何も残ってはいない。
トン、と右腕に何かを手渡された。
「そうです。その衝動こそがあなたの初心」
アヤが一本だけになってしまったリョウの腕に、何かを差し出している。
「生きたまま破壊された妹の仇を討つ。あなたにはそれ以外には何も無かった筈」
リョウはほぼ無意識にそれを受け取る。
「しかし、今のあなたがそれを成し遂げる為には、足りないモノが多すぎます」
アヤは右手にそれを握らせ、そしてそれを鞘から解き放つ。
「これは、今のあなたに足りないモノの全てを補う事でしょう」
リョウは殆ど無意識にそれを握り、歩む。
鞘から解き放たれた刀身が、黒く、禍々しく輝いたようだった。
(――――これは 一体 何事か)
ヒメーネは、殆ど視力も失われてしまった両目でその男を見た。
いつか、自分が利用しようとした男。
その男が、一本だけの腕に日本刀を握ってこちらへと送り出されてきた。
(――――止めろ 寄るな)
錯覚か、刀身が黒く輝いて見えた。
アレを持たせたアイツに、自分のトドメを刺させるつもりか。
これ以上、更に私をいたぶるつもりなのか。
(――――止めて 寄らないで)
恐らく刀など扱った事も無い、しかも隻腕の男の振るう刃では、肉は切れても骨は断てない。
絶命するまで、自分は一体どれだけ切り刻まれねばならないのか。
(――――お願いだ 止めて 近寄らないで)
薄らいでいた意識が、恐怖により覚醒していく。
(――――お願いだから もう 死なせてくれ)
涙と血とよくわからない液体でグシャグシャになってしまった瞳が、恐怖に引きつっていた。
殆ど無意識に、刃を振るう。
腕を斬りつけたが、骨の半ばで刃は止まった。
―――違うな こうじゃない
殆ど無意識に、刃を突き刺す。
腹に刃を突きたてたが、肋骨に邪魔され上手く突き刺さらない。
―――刃を立てると 上手くいかないのか
少し意識をして、腕の関節を狙い斬り付ける。
女の腕は、胴体から離れていった。
少し意識をして、刃を寝かせて先ほどの腹の傷を突く。
女の背中から、赤黒く輝く刃が生えた。
―――そうか 刀とはこう扱うのか
―――ソウダ 命トハソウヤッテ穿ツノダ
―――そうか それじゃ試し斬りはもういいな
―――ソウダ 眼前ノ命ヲ穿ツノダ
―――もうとっととコイツを殺して 妹の仇を殺しに捜さないとな
―――コイツヲ殺シテ 更ニ新タナ命ヲ穿チニ行カネバナラヌ
〈妹の仇を討つ〉
〈全テ命ヲ穿ツ〉
〈それ以上に何が有る〉
〈ソレ以外ニ何ガ有ル〉
リョウは腰を落とし、刃を肩に担ぎ、精神を研ぎ澄ました。
〈それ以外に何も無い〉
一閃。
黒い閃光が迸る。
鍛えぬかれたリョウの肉体は、足りぬ腕一本分の膂力を充分に生み出した。
暗き刃は、ヒメーネの胴体を内臓一つこぼす事なく容易く両断する。
その刀身が、血に濡れて尚黒く輝いたようだった。
「我々があなたに求める事は、今まで通りあなたの仇敵を追っていただくこと。それだけです」
「…その男はお前らの手先じゃなかったのか?」
アヤがリョウの持つ刀に付いた血をふき取っている。
両者とも、足元の死体には目もくれない。
「ご存知でしたか。どこでその情報を?」
「貴様の知った事じゃない」
「確かに、私共にはどうでもいい事ですね」
アヤは事務的な笑顔でそう答えた。
「しかし、あなたにとってはそうはいかない筈です」
「あなたの仇敵は、確かに我々の手の者です。
正確にはこのゲームの参加者ではないのですから、最後まで参加する必要などない。
つまり、彼の生きたままの途中退場も、充分に有り得ます」
「成る程、確かにそれは困るな」
血が拭き取られた刀身を確認するように、リョウはビュッと刃を振るう。
「ですから、あなたには彼の分まで仕事をしていただく必要があります」
「というと?」
「彼の役目は、このゲームの完成。つまり参加者同士の効率の良い殺し合いです。
その必要がある間は、彼は我々にも必要な人間です」
事務的な口調の中に、アヤは含み笑いを漏らす。
「…ですが、もしその役目を充分にこなす人間が他に居るならば、彼はもはや我々には不要な人間です」
「…成る程、道理だ」
リョウの双眸に、光がともる。
「―――引き受けていただけますか?」
「―――俺は、俺の道を阻む者には容赦しない」
彼の答えは、今までと同じ。
リョウのこれまでのスタンスと何も変わらない。
例え邪魔者が全ての参加者であろうとも、リョウの信念が揺らぐ事は無いだろう。
「契約成立、ですね」
満面の笑みを浮かべ、アヤは傍らに控えさせていた男から一枚の写真を受け取る。
「それでは、早速ですがあなたに優先的に狙っていただきたい男がいます。
あなたの働き次第では、目的の男との一対一での対決の場を設けましょう」
「そいつは涙が出る程有り難いお話だ」
こんな奴等の約束などアテには出来ない。それでも少しでも目的達成の確率が上がるというならば、
言われる通りにするまでだ。
「標的は、この男です」
アヤが一枚の写真を見せる。
そこには、一人の男が写っていた。
「……コイツは」
リョウの眉が僅かに動く。
「あなた程の格闘家ならば、彼の噂を聞いた事があるでしょう」
赤鉢巻と、白胴着。
一部の格闘家達にとってその二つの特徴が示す人物は、世界にたった一人しかいない。
その拳、風より疾く、
その歩、林より静に。
その気、火より烈しく、
その一撃、山すら砕く。
俺より強い奴に会いに行く。
そう言ってのけた、孤高の求道者。
いつか、ずっと、必ず闘いたいと願っていた男。
「彼を探し出し、そして遭遇する事があれば、必ず仕留めていただきたい」
無論、その途中で出会った参加者達もあなたの判断次第で如何様にでも対処していただいて構いません」
面識もなく、名前すら知らないその男とは、周囲から今まで何度となく比べられてきた。
そして実際に写真で見れば、リョウは確かに自分とどことなく似ていると思った。
「……面白くなってきた」
リョウは、初めて復讐以外の目的をこのゲームに見出す。
この男と、思う存分に拳を合わせる。
「全くです」
リョウのそんな呟きにアヤは同意を示し、そして一言付け足す。
「ルガール様もあなたの活躍に期待しておられますよ。Mr,サカザキ」
数人の武装兵達に囲まれて去っていくリョウの背中を見つめ、アヤは一人残っていた。
リョウに話した内容には、多分に嘘が混ざっている。
剛は既に自分たちの手駒では無く、彼を保護する理由などはもはやとっくに無くなっていた。
リョウは目標がルガールの手の者である限り、己の成就を果たせる可能性は限りなく低いと考えたのだろう。
だからこそリョウはこちらの条件に乗ったのだ。
「嘘も方便、とは言ったものですね」
そして、ルガールの指示通りにリョウにあの刀を持たせる事も出来た。
序盤、殺意の塊だったようなリョウならば、その時の初心を思い起こさせる事で容易くあの刀の術中に陥るだろう。
そしてリョウはかつて以上の殺意を纏い、あの男の元へ辿りつく。
こちらが標的として指名した男―――リュウも、かつては同じ様な状態だった。
仲間達の犠牲の末、いくら殺意の波動を克服したといっても、かつての己自身に勝るとも劣らぬ殺意にその身を晒されたならば。
例え殺意に目覚める事は無くとも、面白い物が見れるのは間違いない。
果たしてどの様な結果になるのだろうか。
アヤは楽しみで仕方ない。
やがてアヤはリョウの背中から、足元の死体へと視線を移す。
「……救い様の無い愚か者でしたね、あなたは」
かつての相棒の引きつったままの表情を見て、冷ややかな笑みを浮かべる。
そしてポケットから一枚のメモを取り出し、死体の目の前でヒラヒラと弄ぶ。
「こんな事の為に、忠節と私怨を見誤るだなんて、ね」
それはマチュアが残した、紅茶の淹れ方のメモ。
あのネオとかいう探偵が持っていたものだが、物のついでに回収させておいた。
それに、あの探偵の持つ武器、デスクリムゾンをあのままにしておくのは少々勿体無い。
人の精神力を喰らい、進化してゆくというその銃。
その過程を観察する為、ある出資者が今回の支給品の一つとして登録させたモノだ。
あの男には引き続きその実験台になってもらおう。丁度ネオの精神を揺さぶる条件は揃っている。
死んだと思っていた相棒が、以前以上の殺意を纏い己の前に姿を現す。
そうなった時、果たしてどのような結果が待っているのか。
アヤは楽しみで仕方ない。
さて、そろそろ放送の時間だ。
ルガール様の元へ戻らなければならない。
そしてこのメモに書いてある方法で、メイド達にルガール様へ紅茶でも淹れさせよう。
ルガール様も、きっと上機嫌で放送の時を待っているに違いない。
ゲームも、何もかも、恐ろしい程に順調なのだから。
そして恐らく、その結末は近いのだから。
最後に誰が生きるのか
最後に誰が果てるのか
アヤは、楽しみで仕方なかった。
黄昏に暮れる街。
その街を往く影が一つ。
男は一振りの抜身の刃を携えて、一心不乱に突き進む。
双眸に、決して揺るがぬ決意を秘めて。
これからまず自分のするべき事。
ユリの仇を討つ。
その為に青胴着の男を捜す。
その為に赤鉢巻と白胴着の男を捜す。
その為に邪魔になる奴等には、容赦はしない。
そういえばネオは大丈夫だろうか。
アイツ、どこか抜けてるからな。
そうだ、アイツにも俺の人捜しを手伝って貰おう。
ネオは確かに俺に言った。
俺の人捜しを手伝ってやる、と。
〈ユリの仇を討つ為に青い柔道着の男を殺す為に赤鉢巻と白胴着の男を殺す為に邪魔になる奴等を殺す為にネオを捜す〉
こういう事か。
よくわかった。
―――それじゃあ 往くぞ
―――相棒
殆ど無意識の内、リョウは心の中でそう呼びかける。
そしてその呼び掛けに応える様に、携えた抜身の刃は光を放つ。
街を彩る黄昏時の真赤な夕陽の光を受けながら、
それは尚黒く、鈍く、禍々しい光を放っている。
夕闇にあって、漆黒に塗れる黒き刃。
死を呼吸し、それを振りまく暗き刃。
漆黒の、狂刃。
その太刀の名を、八十枉津日太刀といった。
かくて太陽は堕ちゆく。
三度太陽は昇り、三度太陽は沈み往く。
街に三度目の夜が訪れる。
この街の闇を照らすものは、もはや無い。
【リョウ・サカザキ(左腕欠損:処置済) 所持品:八十枉津日太刀
目的:ユリの仇を討つ為に青い柔道着の男を殺す為に赤鉢巻と白胴着の男を殺す為に邪魔になる奴等を殺す為にネオを捜す】
【現在位置 3区地下施設より地上に出た所】
【今回登場した主催地下施設はこの後速やかに放棄されています】
392 :
ゲームセンター名無し:2005/07/29(金) 00:11:29 ID:i17UpzHZ
保守
さらに保守
ホシュ
アイボリーホワイトの壁。
クリームイエローの床。
淡いパステルピンクのカーテン。
柔らかなパステルカラーで全体の色調を統一された部屋。
白くて、清潔な、ただそれだけの部屋。
ベッドに身を預けている女性は、だらしなく口を開けたままテレビを眺めている。
映っているのは、他愛も無いホームドラマ。
こうなる前の彼女が、毎週楽しみにしていたテレビプログラム。
門下生の稽古等で時間通りに見れない事もあり、そんな時はビデオに録画して後で見るようにしていた。
それにもかかわらず、その日の稽古は決まって早めに切り上げようとしてしまう。
そしてその事が発覚する度に、彼女は兄に怒られていた。
だけど今は、何の邪魔も無く、いつまででもテレビを見る事ができる。
「……よかったな、ユリ…」
「…………」
こんなドラマの一体どこが面白いのか。
正直言って、リョウ・サカザキには妹の嗜好を今も理解する事ができない。
だけど、
たかが30分のホームドラマくらい、毎週ちゃんと見させてはやれなかったのだろうか。
そんな無意味な後悔が、いつまでも彼の心を苛む。
「……そろそろ行くよ…」
「…………」
語りかけても、何の反応も返ってこない。
リョウはそんなユリの様子に、時として微笑ましさすら感じる事がある。
「……俺は馬鹿だからさ、こんな事くらいしか思いつかなかったんだ…」
「…………」
ひょっとしたら、彼女は憎しみも何も無い世界に居るのかもしれない。
それは、人の醜い感情の全てが切り離された世界。
彼女はこれから、もう心を痛めることも無い平穏な世界で、ずっと幸せに過ごすのかもしれない。
「親父に知られたら、やっぱぶっ殺されるんだろうな」
「…………」
そう思うと、なんだか安心してしまった。
それはまるで、これからの自分の世界とは逆ではないか。
これからの己の歩む道を思うと、リョウにはますますそう思えてならなかった。
「…でもさ、それでも俺は……お前の兄貴だからさ……」
「…………」
「……許せない」
「…………」
「許せる筈が…ないんだ………!!」
「…………」
双眸に狂気とも言うべき色を宿し、拳に血管を浮かべ、噛み締める様に呟く。
そんなリョウの傍らで、ユリはずっとテレビを眺めて続けていた。
「………それじゃあ、元気でな、ユリ」
「…………」
「…さようなら」
そう言って、リョウは静かに病室を後にした。
アイボリーホワイトの壁。
クリームイエローの床。
淡いパステルピンクのカーテン。
柔らかなパステルカラーで全体の色調を統一された部屋。
白くて、清潔な、ただそれだけの部屋。
リョウがユリの病室を訪れる事は、二度となかった。
頭が重い。
視界が白む。
体が寒い。
左腕には相変わらず感覚が無い。
全身が思うように動かせない。
まるで、自分の体ではないかのようだ。
心臓は、弱々しく鼓動を刻む。
意識は、たどたどしく思考を紡ぐ。
「…………」
でもそれは、自分はまだ生きているという事。
心臓は鼓動を刻み、意識は思考を紡いでいる。
紛れもなく、自分は生きている。
薄暗い部屋の質素なベッドの上、リョウ・サカザキは目を覚ました。
ここは何処だ。
何故俺はこんな所に居る。
俺は、一体何をしていたんだ。
ボンヤリした頭で少しずつ記憶を辿る。
確か、自分はネオと一緒に行動していた筈だ。
そしてネオを庇って、力尽きた。
力尽きた自分の眼下に、マンホールがあった。
コレをこじ開ければ、ひょっとしたら助かるかもしれない。
そう思ったが、そんな力も残ってなかった。
じゃあ、やっぱりここで死ぬのか。
そう思った。
その時、なぜかそのマンホールの蓋が開いて、中に引きずり込まれた。
リョウの記憶はそこで終わっていた。
助けられたのか、自分は?
でも、一体誰に――――?
「お目覚めになられましたか、Mr,サカザキ」
その時、薄暗い部屋に事務的な、しかし凛とした女性の声が響いた。
奥の部屋から、数人の男を伴い黒いスーツを着た女が現れる。
「………お前は…」
リョウは、その女に見覚えがあった。
ルガールの傍らに控えている、女秘書の片割れ。
アヤという名の、ルガールの側近の一人だ。
「ご気分は如何ですか?」
「……貴様等…」
「勝手な事とは承知しておりましたが、あなたの怪我についてはこちらである程度の処置をさせていただきました。
…とはいえこのような状況ですので、あくまで『最低限の医療措置』、ですが」
驚愕した様子のリョウを無視して、アヤは先を続けた。
「治療に使用した薬物の副作用がまだ残っているかもしれませんので、暫く頭の方が少しボーっとされるかもしれません」
自分に対して淡々と説明を続けるアヤに、リョウは更に困惑していく。
「………なぜだ」
つたない思考で必死に状況を飲み込もうとするが、一向に答えは出ない。
こいつらは俺をあの瓦礫の雨から助け、更にある程度の怪我の治療まで済ませている様だ。
なぜ一参加者でしかない自分にそんな事を―――?
「なぜ、と申しますと?」
「……俺を生かして、一体何が目的だ?」
言いながら睨み付け、拳を握り、全身の神経を研ぎ澄ませる。
リョウが鋭い闘気を発し、それを感じた武装兵達も銃を身構える。
その闘気は先程まで殆ど死人と見分けも付かなかった様な男が発しているとは到底思えない、
重く、鋭く、威圧的な闘気であった。
一触即発とも言うべき張り詰めた空気の中、アヤが片腕を上げ傍らの兵達を御し、リョウの質問に答えた。
「それは愚問というモノですよ、Mr,サカザキ」
「……何だと…?」
事務的な笑顔を浮かべたまま、アヤは先を続ける。
「あなたは以前、私達の手駒になる事を了承された筈でしょう?」
そう言って、懐から一枚のFAX用紙を取り出す。
それは、以前リョウがホームセンターで受け取ったFAXと同じ物だった。
アヤを先頭にして、数人の男達に囲まれたまま、リョウは薄暗い階段を下っていった。
「……任務に失敗した死に損ないの手駒なんぞ、とっくに見放されてると思ってたがな」
銃で武装された男達に囲まれたまま、リョウはアヤにぞんざいに言い放つ。
そんなリョウの体は、常人ならばまだ動き回れるような体調では無い筈である。
『薬の副作用』のせいか、平衡感覚は僅かに狂い頭も少しぼうっとしている。
しかし、リョウはそんな気配を微塵も見せず歩んでいる。
やはり極限流空手『無敵の龍』、並大抵の鍛え方では無いという事なのだろうか。
「ルガール様は聡明な御方ですから」
事務的な微笑みを称えたままそう答え、アヤはリョウの方をわずかに見やる。
「使い道が残っていると判断なされれば、例え無能な死に損ないであろうと役目をお与えなさるのですよ」
「……有り難い話だな…小悪党にも人を見る目はあったって事か…」
皮肉を込めた会話を交わしつつ、リョウは歩きながら四肢の具合を確認する為に力を込める。
両足。
歩く事も、ある程度ならば走る事も出来そうだ。
右腕。
拳をつくる事も、それを打ち出す事も可能だろう。
だが、やはり左腕は動かす事も出来ず、感覚も無い。
ッチ、と舌打ちを一つこぼし、リョウは忌々しげに左腕を見遣った。
それでも、確かに気を失う前の状態より体調も体力も戻ってきている。
一体どのような処置をしたのか知らないが、確かに『最低限』の力を発揮する事が出来そうではあった。
だが、それでも以前として自分が満身創痍という事には変わりない。
未だ平衡感覚は回復しきっておらず、思考は以前ぼやけている。それらは恐らく薬の副作用だけが原因というワケではないだろう。
先程のベットの上でも、上体を起こそうというだけの動作がひどく辛かった。
今の自分の状態は、あくまで『まだ動ける』というだけだ。
だがそれでも、以前の自分の状態よりはずっとマシなのは間違いない。
どうやら、こいつらは嘘を言ってはいない。
だからこそ、解らない。
この状況は、一体何なのか。
必死の場面を救い出され、一切の治療など望めぬ状況にありながら思わぬ形で治療を受けた自分は、
それでも果たして運が良いと言えるのだろうか。
恐らくその交換条件として、ルガールの手駒として更なる仕事を課せられるのは間違いないだろう。
しかし、ルガールは今更自分に何の利用価値を見出したというのだろう。
左肩を揺らす。
リョウは左腕を失った自分の体運びを案じていた。
今まで2本の腕で闘ってきたのだ。
使えるのが右腕一本では上手く立ち回る事など出来る筈がない。
そんな空手家に、あの男は一体何を期待しているというのか。
「ここは、我々がゲームの進行を滞りなく行う為に構えている拠点の一つです」
思考を続けるリョウに対して、アヤが唐突に説明を始めた。
「それらの拠点の全てがあらゆる設備を備えておりまして、医療設備なども備えております。
そして他にも多様な設備が整っております」
言いながら、アヤが眼前の扉に手をかける。
「例えばこの様な、ね」
ぎぎぎいぃ、と重々しく扉が開く。
扉の隙間から眩しい光が漏れ出し、リョウは思わず右腕で目を庇った。
「――――……」
真っ白い部屋だった。
それは、照明用のライトが最大限に効果を発揮できるようにする為の内装。
その眩しさに、リョウは麻酔でまだ思考がぼうっとしているのもあって、目眩を覚えた。
「ここは言わば、撮影スタジオの様なものです」
言われてみれば、モデル写真や、テレビ収録の為の撮影スタジオの様だった。
その部屋の中央に、人影。
人影は、どうやら女の様だった。
その女は、どうやら完全な裸の様だ。
鉄パイプか何かにロープで手足を縛られて、無理矢理に立たされている。
全身、赤や青、紫の痣だらけだ。
よく見ると、焼きゴテでも押し付けられたような酷い火傷の様な跡もある。
出血している箇所もあり、よく見ると出血の種類も様々だ。
血が滲み出すような出血、裂傷による出血、毛穴から噴出した様な出血。
よくよく見れば、右手首は腫れ上がり、あらぬ方向を向いている。
左手は、全ての指が関節から無理矢理に一回転させられており、爪は全て剥がされている。
右足の甲はハンマーで叩き潰され、その指などはもう見る影もなくなっている。
左足はそれぞれの指の間を無理矢理に裂かれ、足首まで達している。
両太股には、赤茶けた錆びた釘が何本も刺さっている。
その傷口から流れる液体は、もはや赤い血ですらない。
腐った傷口から流れた膿か、もしくは釘に塗られていた劇薬か何かか。
股間からは血が滴り、両乳房などはもはや形容しがたい異容となっている。
左肩に、弾けた柘榴のように大きく裂けた真っ赤な傷跡。
切れ味の悪い刃物か何かで無理矢理に切り開かれ、抉られたような酷い傷。
出血を抑える為に乱暴に布で縛られており、血流が止められその先の左腕は肌の色が変質してる。
治療が目的ではない、出血によるショック死をさせない為の、生き長らえさせる為だけの処置なのだろう。
そんな中、ただ一つだけ無傷の場所がある。
女の顔だけは、何の傷も負っていない。
歪みきったその表情は、生きたまま、意識を持ったまま弄ばれた事を嫌という程に物語っていた。
まだ少しフラつく思考。
「――――……アイツは」
リョウはその顔に見覚えがあった。
ルガールの傍らに控えていた、女秘書の片割れ。
「先程まで、あそこのモノに対してあるショウが行われておりまして」
相変わらず、事務的な態度を崩さないこの女と一緒に居たもう一人の秘書。
「その光景を、出資者の皆様へとここから中継しておりました」
「………」
未だ白むリョウの脳髄は、この状況を少しずつ理解していった。
「皆様にはこのショウを大変気に入っていただきまして」
「……おい」
しかし、一つ理解すると同時に一つ疑問が生まれ、少しずつ混乱していく。
「途中からは観客の皆様からのリクエストを取り入れ、それも賭けの対象としての遊びとなりまして」
「おい」
ボンヤリする頭とは対照的に、心臓の鼓動はどんどん早まっていく。
「例えば一体何処に焼きゴテを入れれば一番苦しむか、どこの骨を砕けば一番いい音がするのか」
「……おい!!」
猿ぐつわをされ、血も涙も鼻水も排泄物も垂れ流したままのその女。
リョウは、見覚えがあった。
「――――あいつは、お前の相棒じゃなかったのか」
「ルガール様は聡明な御方です」
「例え身の程を弁えぬ愚か者であろうと、それ相応の役目をお与えなさるのです」
アヤは、相変わらず眉一つ動かすことなく平然と語り続けた。
「ヒメーネも、自分のような身の程知らずがルガール様のお役に立つ事が出来て、きっと本望でございましょう」
そしてかつての自分の同僚を淡々と身の程知らずと断じ、心からの冷笑をみせた。
〈生きたまま弄ばれた女〉
リョウの意識は、薬の影響でまだボンヤリとしていた。
それとは対照的に、心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。
〈生きたまま壊された女〉
眼前の光景から、懐かしい鼓動が蘇る。
眼前の女から、狂おしい程の衝動が蘇る。
拳に憎悪と殺意が宿り、双眸に憎悪と狂気が宿る。
〈生きたまま壊された妹〉
未だ白むリョウの意識には、もはや狂気以外の何も残ってはいない。
トン、と右腕に何かを手渡された。
「そうです。その衝動こそ、あなたのこのゲームにおける全ての動機」
アヤが一本だけになってしまったリョウの腕に、何かを差し出している。
「生きたまま破壊された妹の仇を討つ。あなたにはそれ以外、何も無かった筈」
リョウはほぼ無意識にそれを受け取る。
「しかし今のあなたがそれを成し遂げる為には、足りないモノが多すぎます」
アヤは右手にそれを握らせ、そしてそれを鞘から解き放つ。
「……これは、今のあなたに足りないモノの全てを補う事でしょう」
リョウは殆ど無意識にそれを握り、歩む。
鞘から解き放たれた刀身が、黒く、禍々しく輝いたようだった。
(――――これは 一体 何事か)
ヒメーネは、殆ど視力も失われてしまった両目でその男を見た。
いつか、自分が利用しようとした男。
その男が、右腕に日本刀を握ってこちらへと送り出されてきた。
(――――止めろ 寄るな)
錯覚か、刀身が黒く輝いて見える。
アレを持たせたアイツに、自分のトドメを刺させるつもりか。
これ以上、更に私をいたぶるつもりなのか。
(――――止めて 寄らないで)
恐らく刀など扱った事も無い、しかも片腕しか使えない男の振るう刃では、肉は切れても骨は断てない。
絶命するまで、自分は一体どれだけ切り刻まれねばならないのか。
(――――お願いだ 止めて 近寄らないで)
薄らいでいた意識が、恐怖により覚醒していく。
(――――お願いだから もう 死なせてくれ)
涙と血とよくわからない液体でグシャグシャになってしまった瞳が、恐怖に引きつっていた。
殆ど無意識に、刃を振るう。
腕を斬りつけたが、骨の半ばで刃は止まった。
―――違うな こうじゃない
殆ど無意識に、刃を突き刺す。
腹に刃を突きたてたが、肋骨に邪魔され上手く突き刺さらない。
―――刃を立てると 上手くいかないのか
少し意識をして、腕の関節を狙い斬り付ける。
女の腕は、胴体から離れていった。
少し意識をして、刃を寝かせて先ほどの腹の傷を突く。
女の背中から、赤黒く輝く刃が生えた。
―――そうか 刀とはこう扱うのか
―――ソウダ 命トハソウヤッテ穿ツノダ
―――そうか それじゃ試し斬りはもういいな
―――ソウダ 眼前ノ命ヲ穿ツノダ
―――もうとっととコイツを殺して 妹の仇を殺しに捜さないとな
―――コイツヲ殺シテ 更ニ新タナ命ヲ穿チニ行カネバナラヌ
〈妹の仇を討つ〉
〈全テ命ヲ穿ツ〉
〈それ以上に何が有る〉
〈ソレ以外ニ何ガ有ル〉
リョウは腰を落とし、刃を肩に担ぎ、精神を研ぎ澄ました。
〈それ以外に何も無い〉
一閃。
黒い閃光が迸る。
鍛えぬかれたリョウの肉体は、足りぬ腕一本分の膂力を充分に生み出した。
暗き刃は、ヒメーネの胴体を内臓一つこぼす事なく容易く両断する。
その刀身が、血に濡れて尚黒く輝いたようだった。
「我々があなたに求める事は、今まで通りあなたの仇敵を追っていただくこと。それだけです」
「…その男はお前らの手先じゃなかったのか?」
アヤがリョウの持つ刀に付いた血をふき取っている。
両者とも、足元の死体には目もくれない。
「ご存知でしたか。どこでその情報を?」
「……貴様の知った事じゃない」
「確かに、私共にはどうでもいい事ですね」
アヤは事務的な笑顔でそう答えた。
「しかし、あなたにとってはそうはいかない筈です」
「あなたの仇敵は、確かに我々の手の者です。
正確にはこのゲームの参加者ではないのですから、最後まで参加する必要などない。
つまり、彼の生きたままの途中退場も、充分に有り得ます」
「……成る程、それは困る…」
血が拭き取られた刀身を確認するように、リョウはヒュッと刃を振るう。
その目には、何の意志も見て取れない。
「ですから、あなたには彼の分まで仕事をしていただく必要があります」
「……仕事だと?」
「彼の役目は、このゲームの完成。つまり参加者同士の効率の良い殺し合いです。
その必要がある間は、彼は我々にも必要な人間です」
事務的な口調の中に、アヤは含み笑いを漏らす。
「…ですが、もしその役目を充分にこなす人間が他に居るならば、彼はもはや我々には不要な人間です」
「…成る程、道理だな」
「―――引き受けていただけますか?」
あまりにも馬鹿げた取引。
いや、取引にすらなっていない。
満身創痍の男が、主催者の犬となって参加者を殺し回り、その報酬として自分の目的の男を討つ。
どうせ、ロクでもない企ての為に自分を利用しようとしているのだろう。
そんなありえない条件の取引など、まともな思考をしていれば受ける者など居ない。
しかし、
刃を握る拳に、一層の力が加わる。
意志の無い双眸に、一層の狂気が宿る。
全身を流れる血が、まるで激流のようだった。
心臓ではなく、全身で鼓動を刻んでいるかのような肉体の猛り。
冷えきった思考、冷え切った肉体。しかし、血は熱い。
その熱の源は、狂おしい衝動。
黒い刃が、艶やかに輝く。
右拳に一層の力が込もる。
そして、リョウは答えた。
「―――俺は、俺の道を阻む者には容赦しない」
リョウの双眸に意志の光が灯り、黒い刃身がより暗く輝く。
彼の答えは、今までと同じ。
リョウのこれまでのスタンスと何も変わらない。
例え邪魔者が全ての参加者であろうとも、リョウの信念が揺らぐ事は無いだろう。
「契約成立、ですね」
満面の笑みを浮かべ、アヤは傍らに控えさせていた男から一枚の写真を受け取る。
「それでは、早速ですがあなたに優先的に狙っていただきたい男がいます。
あなたの働き次第では、あなたの目的の男との一対一での対決の場を設けましょう」
「……涙が出る程有り難いお話だ」
こんな奴等の約束などアテには出来ない。それでも少しでも目的達成の確率が上がるというならば、
言われる通りにするまでだ。
「標的は、この男です」
アヤが一枚の写真を見せる。
そこには、一人の男が写っていた。
「……コイツは」
リョウの眉が僅かに動く。
「あなた程の格闘家ならば、彼の噂を聞いた事があるでしょう」
赤鉢巻と、白胴着。
一部の格闘家達にとってその二つの特徴が示す人物は、世界にたった一人しかいない。
その拳、風より疾く、
その歩、林より静に。
その気、火より烈しく、
その一撃、山すら砕く。
俺より強い奴に会いに行く。
そう言ってのけた、孤高の求道者。
いつか、ずっと、必ず闘いたいと願っていた男。
「彼を探し出し、そして遭遇する事があれば、必ず仕留めていただきたい」
無論、その途中で出会った参加者達もあなたの判断次第で如何様にでも対処していただいて構いません」
面識もなく、名前すら知らないその男とは、周囲から今まで何度となく比べられてきた。
そして実際に写真で見れば、リョウは確かに自分とどことなく似ていると思った。
「……面白くなってきた」
リョウは、初めて復讐以外の目的をこのゲームに見出す。
この男と、思う存分に拳を合わせる。
「全くです」
リョウのそんな呟きにアヤは同意を示し、そして最後に一言付け加えた。
「ルガール様もあなたの活躍に期待しておられますよ。Mr,サカザキ」
数人の武装兵達に囲まれて去っていくリョウの背中を見つめ、アヤは一人残っていた。
リョウに話した内容には、多分に嘘が混ざっている。
剛は既に自分たちの手駒では無く、彼を保護する理由などはもはやとっくに無くなっていた。
リョウは目標がルガールの手の者である限り、己の成就を果たせる可能性は限りなく低いと考えたのだろう。
だからこそリョウはこちらの条件に乗ったのだ。
「嘘も方便、とは言ったものですね」
そして、ルガールの指示通りにリョウにあの刀を持たせる事も出来た。
序盤、殺意の塊だったようなリョウならば、その時の初心を思い起こさせる事で容易くあの刀の術中に陥るだろう。
事実、リョウは先程の取引も、自分にとって全く有利な条件などないにも関わらず承諾してしまった。
……恐らくはあの刃の影響で、殺意が理性を上回っているのだろう。
ルガールの思惑通りだ。
そしてリョウはかつて以上の殺意を纏い、あの男の元へ辿りつく。
こちらが標的として指名した男―――リュウも、かつては同じ様な状態だった。
仲間達の犠牲の末、いくら殺意の波動を克服したといっても、かつての己自身に勝るとも劣らぬ殺意にその身を晒されたならば……
それが、ルガールがリョウに期待している事の全てだった。
狂おしい程の殺意をリュウにぶつけ、再び殺意の波動の覚醒を促す。
その役目に最も適していたのが、リョウ・サカザキ。
ルガールがリョウを指名した理由は、ただそれだけだ。
片腕しか使えぬ満身創痍の男の戦闘力などに、大した期待はしていない。
「……まあ、手負いの獣とは中々に手強い物ですからね」
それに、片腕とは言え無敵の龍。そして更にあの刀が一緒なのだ。
リュウが殺意の波動に目覚めようと目覚めまいと、それなりの闘いをしてくれるかもしれない。
二つの殺意がぶつかった時、果たしてどの様な結果になるのだろうか。
アヤは楽しみで仕方ない。
やがてアヤはリョウの背中から、足元の死体へと視線を移す。
「……それにしても…」
足元には、己の血と涙と膿と排泄物にまみれて倒れ伏している女の上半身があった。
「全く以って救い様の無い愚か者でしたね、あなたは」
かつての相棒の、引きつったままの表情を見て、アヤは冷ややかな笑みを浮かべる。
そしてポケットから一枚のメモを取り出し、死体の目の前でヒラヒラと弄んだ。
「こんな事の為に、忠節と私怨を見誤るだなんて、ね」
それはマチュアが残した、紅茶の淹れ方のメモ。
あのネオとかいう探偵が持っていたものだが、リョウをこの施設へ移動させる際に、
物のついでにと部下に命じておいて回収させた物だ。
それに、あの探偵の持つ武器、デスクリムゾンをあのままにしておくのは少々勿体無い。
人の精神力を喰らい、進化してゆくというその銃。
その過程を観察する為、ある出資者が今回の支給品の一つとして登録させたモノだ。
これまでの経過では、まだ何の変化も見せていない。
ならば、このままあの男には引き続きその実験台になってもらおう。
それに、他の参加者に渡すよりも進化の可能性は高いだろう。
なぜなら、丁度ネオの精神を揺さぶる条件は揃いつつあるのだから。
――――――もし死んだと思っていた相棒が、己の前に姿を現したら?
――――――そしてその相棒から、己に対して殺意を向けられたとしたら?
そうなった時、果たしてどのような結果が待っているのか。
アヤは楽しみで仕方ない。
さて、そろそろ放送の時間だ。
ルガール様の元へ戻らなければならない。
そしてこのメモに書いてある方法で、メイド達にルガール様へ紅茶でも淹れさせよう。
ルガール様も、きっと上機嫌で放送の時を待っているに違いない。
ゲームも、何もかも、恐ろしい程に順調なのだから。
そして恐らく、その結末は近いのだから。
最後に誰が生きるのか
最後に誰が果てるのか
アヤは、楽しみで仕方なかった。
黄昏に暮れる街。
その街を往く影が一つ。
満身創痍の心と体。
それを一個の衝動で塗りつぶし、男は一振りの抜身の刃を携えて一心不乱に突き進む。
全身に、死に物狂いの衝動を漲らせ。
双眸に、決して揺るがぬ決意を秘めて。
これからまず自分のするべき事。
ユリの仇を討つ。
その為に青胴着の男を捜す。
その為に赤鉢巻と白胴着の男を捜す。
その為に邪魔になる奴等には、容赦はしない。
そういえばネオは大丈夫だろうか。
アイツ、どこか抜けてるからな。
そうだ、アイツにも俺の人捜しを手伝って貰おう。
ネオは確かに俺に言った。
俺の人捜しを手伝ってやる、と。
〈ユリの仇を討つ為に青い柔道着の男を殺す為に赤鉢巻と白胴着の男を殺す為に邪魔になる奴等を殺す為にネオを捜す〉
―――こういう事か よくわかった
握る拳に、より一層の力が加わる。
双眸に、より一層の狂気が宿る。
流れる血が、まるで激流の様だ。
全身が鼓動を刻んでいるかのような、熱い猛り。
血が、熱い。
その熱の源は、狂おしい衝動。
リョウの思考が、一色へと染まっていく。
まるで真っ黒な絵の具をぶち撒けられた一枚の絵のように、正気が狂気で塗り潰されていく。
もはやリョウには、正気と狂気の隔てなど無い。
死に物狂いの衝動。
その一個の衝動その物となったかのように、リョウは夕闇を突き進む。
―――それじゃあ 往くぞ
―――相棒
殆ど無意識の内、リョウは心の中でそう呼びかける。
そしてその呼び掛けに応える様に、携えた抜身の刃は光を放つ。
街を彩る黄昏時の真赤な夕陽の光を受けながら、
それは尚黒く、鈍く、禍々しい光を放っている。
夕闇にあって、漆黒に塗れる黒き刃。
死を呼吸し、それを振りまく暗き刃。
漆黒の、狂刃。
その太刀の名を、八十枉津日太刀といった。
かくて太陽は堕ちゆく。
三度太陽は昇り、三度太陽は沈み往く。
街に三度目の夜が訪れる。
この街を照らすものは、もう何も無い。
【リョウ・サカザキ(左腕使用不可:怪我は最低限の処置済) 所持品:八十枉津日太刀
目的:ユリの仇を討つ為に青い柔道着の男(剛)を殺す為に赤鉢巻と白胴着の男(リュウ)を殺す為に邪魔になる奴等を殺す為にネオを捜す】
【現在位置 3区地下施設より地上に出た所】
【今回登場した主催地下施設はこの後速やかに放棄されています】
「あらお兄様、こんな朝っぱらからインターネットですか…って、ど、どうしましたかお兄様!?」
そのHPを見た瞬間、アデルは口を抑えイスにもたれ掛かった。
そして自分のその横に最愛の妹が居た事に気づき、平常を保とうと表情を明るくしようとする。
が上手くいかない。
「ローズ…居たのか、大丈夫だ、なんでもない…」
妹の前では強くなくてはいけない、そう思ってローズに枯れた笑顔を向ける。
「だ、大丈夫ですの?顔色が真っ青ですわよ!」
ローズが心配そうに近寄る。
「いや、ちょっと気分が悪いだけなんだ…悪いけど一人にしてくれないか…?」
遠まわしに部屋から出て行って欲しいと頼むアーデルハイト、それを察してかローズは一言。
「私は何があってもお兄様の味方ですわよ?」と言った後、彼女の部屋へと戻っていってくれた。
ローズが出て行ったのを確認した後、アーデルハイトは再びディスプレイに向かい、誰に言うわけでも叫んだ。
「2チャンネラーは、この殺し合いを楽しんでいるというのか!?2チャンネラーは」
そう叫んだ後、自分のスレが立っている事に気づいて、再び口を抑えた。
ttp://f57.aaa.livedoor.jp/~kasabuta/imgboardphp/src/1123535442206.jpg 保守
念のため保守
捕手
乾す
ホス
ho
_____________
/|:: ┌──────┐ ::|
/. |:: |☆・荒巻 . ::|
|.... |:: |オセロで対決 ::|
|.... |:: |./ ,' 3 `ヽーっ .| ::|
|.... |:: └──────┘ ::|
\_| ┌────┐ .| ∧∧
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ( _)
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄旦 ̄(_, )
/ \ `
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|、_)
 ̄| ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄| ̄
新作↓
2つの人影がビルに近づいて来るのを確認すると、アランはおもむろに携帯電話を取り出した。
ビルの屋上から結城晶と梅小路葵の姿を発見してから、終始ここから離れず彼等を監視し続けている。
追跡をするため下手に動き回るよりも、その方が得策と考えたからである。
双眼鏡を用いて2人の行動を観察していくと、この3区をくまなく歩き回っている事が大体分かった。
何か探し物という目的のために、区画内に留まっているのかも知れない。
どのくらい時間が過ぎたであろうか、彼等は3区を1周する形で元居た地点に戻ってきた。
区画の中心部にあるハワードアリーナから雷鳴と思しき轟音が鳴り渡ったが、どうやら巻き込まれずに済んだ模様である。
そして2人がこの建物に足を踏み入れるのを見て、このまま行けば屋上で出くわすのは間違いないと確信した。
これより接触する旨を、元々彼等を標的にしていた日守剛充てにメールを打つ。
送信が完了すると、しばらく交信できなくなるであろうそれの電源を切り、バックの奥深くしまいこんだ。
それから約10分後。
晶とそれに続いて葵が、ビルの屋上に到着した。
まずはここに居る事を不自然と思わせぬ様、最初のアプローチが肝心である。
2人に向かって歩き出すと、懐から銃を取り出す。晶は葵を庇う形で構えの姿勢を取る、当然の反応であろう。
それを見て彼はいきなり持っていた銃を放り投げ、両手を挙げた状態でこう言った。
「どうやら驚かせちまった様だな。俺はあんた達と争うつもりはさらさらないぜ。俺の名はアラン、アラン・アルジェント」
その姿を最初に見つけてから接触までに、およそ2時間半経過していた。
13:30 時計で確認
アランと名乗った男は、知り合いの行方を尋ねてこのビルの屋上まで来ていたと言う。
その知り合いとは看護婦の様な白い服と帽子に赤い髪を結った女性、残念だが心当たりはない。
しかし彼は余り気にしていないと言わんばかりに、親しげに葵に話しかけてくる。
着物こそが日本女性の美しさを最大限に発揮する、だとか。
かなり馴れ馴れしい所もあるが、どうやら悪い奴ではなさそうだ。
人捜しという同じ目的を持った俺達のために、持っていた双眼鏡を貸してくれた。
13:45 時計で確認
先に見ていた葵が、俺に双眼鏡を差し出す。
それまで肉眼で見ていたが、今度は双眼鏡を使って屋上から周囲を見渡す。
焼け落ちた建物や爆発の跡など、戦闘の生々しい爪痕を随所に発見する。
中でも一際立つのは先ほど雷鳴が轟いた中心部にあるあの建物。
最上階の屋根が吹き飛ばされ、ほぼ半壊の状態である。
目を凝らして捜してみたが、結局響とサラと思しき人影は、
しかしついに見つけることが出来なかった。
彼女達の無事を祈っている。
14:05 時計で確認
やはり気になっていたのだろうか、葵があの半壊した建物に行きたいと言い出した。
あの凄まじい破壊力をもたらした敵に出くわしたらひとたまりもない。
俺は強く反対したが彼女も引き下がろうとしない。
仕方がないのでアランの意見も聞いてみた。彼の言い分はこうである。
「最後の雷鳴が聞こえてから一時間近く経過しており、既に戦闘は終わっている可能性が高い。
危険な場所だと誰もが認識していれば、しばらくは敢えて近づこうとはしないので、却って安全なのではないか」
確かにそれも一理ある。それに今は一人増えていてしかも彼は拳銃を持っている。
人数が増えれば危険を回避できる確率がそれだけ上がる。
ついに葵の熱意に押され、三人でその場所に赴く事に決めた。
14:40 時計で確認
半壊した建物に到着。階段には血がこびり付いている。
長い長い階段を上りきると、かつて存在したであろう部屋に瓦礫が積み重なり
もはや元の形を想像するのは困難である。
そして辺り一面に漂う血と、肉と、それらが焼け焦げた独特の臭い。
思わず目を覆いたくなるようなこんな場所に、葵をいつまでも置いておく訳にはいかない。
大丈夫、と彼女は気丈にも答えるが、ただでさえ心身ともに参っているというのに
惨たらしい光景を目にしていたら、どうにかなってしまうだろう。
それにあの二人がこの中にいないとは……
外に出よう、とさり気なくアランが葵を誘い出してくれた。
最初会った時は警戒していたが、徐々に葵も彼に打ち解けつつある。
14:50? 時計が無いために正確な時間はわからない
彼の機転で一人になった俺は、この場所を調べ始めた。
掘り起こされた瓦礫の近くに、幾つかの拳銃が無造作に放り出されている。
いずれも弾切れであった。
恐らくは何者かが使える武器はないかと、俺達の前にここに来ていたのだろう。
後少し来るのが早ければ、そいつと出くわしていたかもしれない。
敵味方かどうか、何とも判断はしかねるが。
足元には、人体の一部と思しき残骸が散らばっている。
既に肉片と化していて、身元の確認は不可能に近い。
更に瓦礫を掘り起こすと、あるモノが出てきた。
即ちここにいる者達を拘束している、忌わしき『首輪』、
これだけの破壊に、全くの損傷も受けずに、二つ見つかった。
少なくともここで、犠牲者が二人出ている事を意味している。
解除の手掛かりになるかも知れないので、注意深く回収した。
これが響とサラのものでない事を、ひたすら祈るばかりだ。
ふと、側面の壁に開いた穴から外を覗いてみると、
その真下に、誰かが血まみれになって倒れているのが見えた。
この建物に着いた時には気付かなかった。
最早、生きている気配が全く感じられないのが、ここからでも分かった。
15:10?
階段を下りて、三人目の犠牲者の近くにやって来た。
血痕の様子からして、あの上から転落したのものと伺える。
先ほどの肉片よりは、比較的原型を留めている。
だが全身に火傷を負っており、右腕が根元から完全に無くなっている。
そして何よりも、頭部も無くなっていた。
やはり身元の確認は困難で、酷い状態である事には変わりない。
身体つきからして、十代後半〜二十歳前後の若者だろうか。
ふと、二回目の放送で呼ばれたリオンの事が頭に浮かんだ。
あいつも、こんな惨たらしい最期だったんだろうか。
ジャッキーもそうだが、助けてやれなかった事を、改めて無念に思う。
恐らく彼と同年代であろうこの若者も、将来の目標の為に、研鑽の日々を送っていたのだろうか。
ここにいる犠牲者は、ほんの一握りに過ぎない。
この街で、数多くの者達が、志半ばにして散っていった。
多くの者達の命を、夢を、幸せを、そして未来を奪った、
この卑劣な殺人ゲームを、俺は許す事が出来ない。
決して、許してはならない。
これ以上犠牲者が出る事を、何としてでも食い止めなければならない。
響とサラは、どうか無事でいて欲しい。
少し歩くと、見晴らしの良い広場にたどり着いた。
3区の中心部に位置するハワードアリーナは、サウスタウン市民の憩いの場として、広く親しまれてきたのであろう。
血生臭い戦場である事を少しだけ忘れさせてくれる、心地よい風が吹き抜ける。
近くのベンチの埃をはらうと、アランは葵に腰掛けるよう促した。
「…おおきに」
葵が座ったのを確認して、彼もまた、隣に腰を下ろす。
「ちょうどあんさんと二人きりで話がしたい、そう思ってはりました」
「告白かい?嬉しい事言ってくれるねえ」
景色の良い場所のベンチに腰掛ける若い男女、さながらデートの最中に見えても何ら不思議はない。
だが、葵から発せられた言葉がそんな和やかな雰囲気を一挙に吹き飛ばした。
「うちの知り合いに日守剛という男がおるんどすが、よりにもよってこの殺人ゲームを企てた主催者の
手下になりよってからに、多くの罪の無い人達を騙して死に至らしめた、人の皮を被った鬼としか言い様がありまへん。
うちも後一歩のところで、命からがら逃れてきましたさかいに」
「…それは災難だったねえ、一歩間違えれば君には出会えなかった訳だ」
頭を掻きながら、アランは同情の相槌を打つ。無論、今朝方まで剛と行動を共にしていた事はおくびにも出さずに。
「こないな戯けたゲーム、とっとと止めにして、元いた場所にみんな帰るべきやと思うんどす。
せやけど剛は…、剛だけは許す訳にいきまへん。
この手であの男を地獄の閻魔様の前に突き出してやらんと、気が済まんのどす」
「そりゃまた可愛い顔に似合わず、ずい分物騒な…」
「…せやけど並大抵ではない覚悟が必要やのは、重々承知しておるからに。
万が一の時は、あんさんがうちの代わりになって、あの男を討ってくれまへんやろか」
「………」
アランは答えない、答えられる訳がなかった。
彼女が心の底から怨んでいる卑劣な男の代わりにここにいて、奴が戻ってくるまでの間、
時間稼ぎをしているに過ぎない事を改めて思い知らされていた。
「晶ちゃんは確かに、強いお人や。せやけどあくまでもそれは一般社会での話。
この狂気じみた街の中では、必ずしもその強さが通用するとは限らへん」
目を細めながら、葵は幼馴染みに思いを馳せる。
支給された大学ノートに日々の出来事をつぶさに書きとめ、少々過保護ではないかと思う位葵を気にかけている。
そしてさほど疑いもせずに己を仲間だと認識している。
実直とも言えるその格闘家の姿を、アランもまた頭に思い描いた。
「この普通じゃない世界では、生きる知恵に長けたあんさんの様なお方でないと、生き抜いていくのは難しいでっしゃろな。
この街に放り込まれて三日も経つのに、怪我らしい怪我一つせず、小奇麗な身なりをしてはりますのは、ほんに、奇特なお方どすなあ」
「ははは…今まで運が良かっただけさ」
無傷なのはともかく、返り血と油に塗れた服を脱ぎ捨て新しい服に着替えて以来、戦闘らしい戦闘には遭遇していない。
誰もが血みどろの殺し合いに疲れ果てたこの街の中で、却って浮いてしまっているかも知れないと、内心焦った。
「ここに来る前に、今まで数多くの修羅場を切り抜けてきておりますでっしゃろ?
生き物がぎょうさん押し込まれた檻の中で、天井を悠々と飛び回ってはる、そんな印象をあんさんから受けるんどす」
檻の中に変わりはあらへんけど、と付け加える葵。
確かに、言われてみればそうかも知れない。
目の前に広がる凄惨な光景も、消えていった命も、この期に及んでも尚、己の中では現実味を帯びていない。
どこか他人事のように思えて、あと少しすればこの悪趣味な舞台から降りる事ができるのだろうと。
同時にそれは、こんな所で命を落としてたまるかという生への執着の裏返しでもあった。
「ここで会ったのも何かの縁。あんさんが何者なのか、敢えて詮索はせえへんからに」
アランを見つめる葵の眼は、あたかも全ての物を射抜く矢の様であった。
「こんな所で死にたくない、そして君の様な女性に会えて良かった…これだけは言える」
もしかしたら己の正体に薄々感づいているのかも知れない、それでも黙っていてくれるのだという。
たおやかな外見とは裏腹に、物事を見極める賢さと鋭い洞察力、そして不屈の精神を秘めている。本当に、大した娘だ。
「…日守剛の件、くれぐれもよろしゅう頼んます」
一緒にいたのは僅かな時間だったが、奴の本質は人の命を殺めるのに何の躊躇いも感じない、そういう世界で生きてきた男だ。
もし仲間割れを起こしてやり合う事になれば、遠慮する理由などどこにもない。
誇り高き気丈な大和撫子に敬意を表して、アランは頷いた。
15:20?
アランが戻ってきた。
葵は近くの広場で休んでいて、大分落ち着きを取り戻したという。本当に良かった。
俺はこの建物内の犠牲者を葬ってやりたいと、彼に言った。
いつ敵に遭遇するかも知れないが、望まぬ戦いで命を落としていった者達の、
せめてここにある遺体だけでも、供養はしてやりたい。
彼はしばらく考え込んでいたが、俺の考えに賛同してくれた。
遺体を運搬する担架の様な物と、上から覆い被せるシートの様な物を探してきて、
首のない若者と、可能な限り回収してきた肉片を、二回に分けて正面の広場まで運ぶ。
どうやら壊れた建物と広場は、同じ敷地内にある様に思われる。
15:50?
正面広場に着くと、既に墓が作られてあった。しかし何者かによって、その墓は暴かれている。
生き残るためとは言え、何と浅ましい行為だろう。
それを直している間に、アランが墓を掘るのに適したスコップを持ってきてくれた。
その両隣に若者と、ばらばらになってしまった肉片を埋葬する。
すぐ近くに、刀を持った男の遺体があったので、それも埋葬する。
生前は争っていたのかも知れないが、死んでしまったら、最早敵味方も関係ない。
墓標に見立てて、その見事な刀を地面に突き刺した。
俺達が立ち去った後、誰かがそれを目ざとく見つけて、持ち去ってしまうかも知れないが。
16:20?
ちょうど墓を作り終わる頃に、葵がやって来た。幾つもの花を手にしていて墓に添えてくれる。
彼女の優しさにつくづく心を打たれる。何があっても彼女だけは守り抜かなければならない。
死者への供養を行なっている間、静寂を破るかのように不気味な雷鳴が轟きわたる。
空は晴れているというのに、あの建物を破壊した、化け物の仕業だろうか…
響とサラが無事でいる事を、心から願っている。
彼等から離れた場所にいる隙に、アランはバックの中から携帯電話を取り出した。
これまでも建物やら広場やらを行き来している間、1人になったのを見計らって、
着信や新着のメールがないか、何度もチェックしていた。
だが、午前中に電話でやり取りをして以来、剛からは何の連絡も入ってこない。
目的地が遠く離れた7区方面とは言え、もうとっくに着いていていいはずである。
長期戦に突入し、連絡が取れない状況が続いているのか、それとも…。
ハワードアリーナに待機していたルガールの私兵にも、身分を明かした上で、探りを入れてみたりもした。
彼等が持っている情報によると、雷鳴の正体は参加者の1人である楓という者の仕業で、
今から4時間ほど前に、ここでもう1人の優勝候補者と激しい戦闘を繰り広げ勝利し、建物を破壊していった。
そして剛は人を伴い午前中ここに立ち寄り、近くの地下水路からボートに乗っていったのを目撃したのが最後だという。
晴天の下、鳴り響く雷を耳にした時その発生源は何であるか、大体の予測はついていた。
かつて己をぎりぎりまで追い詰めた、手負いの女兵士が遺した魔法の剣。
自分が焼け跡に赴く前に楓という男が持ち去り、それを武器に暴れまわっており、
以前より増して誰の手にも負えなくなっているのが今の状態なのである。
それにしても、ジョーカーという立場であるにも拘わらず、
現在把握している情報が、一般の参加者とさほど変わらないというのはいかがなものか。
直接主催者とコンタクトを取れば、何らかの情報を得られるのは間違いない。
しかし、あの芝居がかった悪趣味なあの男の声を聞く気にはなれず、
向こうから何の指示がないのをいい事に、こちらからも何もしていない。
「…つくづく俺って、信用されてねえな」
自嘲気味につぶやいて、電源のスイッチを入れる。
果たして、液晶画面は初めて新着メールの受信を知らせていた。
受信してからそれほど時間は経過していない。すぐさま文章を開封する。
「………!?」
送り先のアドレスは、確かに剛のものであった。
だがメッセージの内容を見て、アランは一瞬、目を疑った。
16:50 時計で確認
見晴らしの良い広場のベンチに腰掛け、葵と共に小休止を取っている。
そろそろ夕方を迎えようとしているが、響も、そしてサラの手掛かりも、結局何一つ掴めてはいない。
後二時間もすれば、あの忌わしい放送で現参加者の安否が知らされるが、
それまで待たなければならないのだろうか。
そこへ道具を元の場所へ返しに行ったアランが、血相を変えて走ってきた。
何でも大事な約束があったのを今の今まで忘れていて、危うくふいにするところだったと言う。
彼の口から懐かしい人物の名が挙がった。
ニーギ・ゴージャスブルー。
俺と響を仮面の男から救ってくれた、命の恩人である。
聞くところによると昨晩彼女と会っており、今夜七時に待ち合わせの約束をしていたのだとか。
待ち合わせ場所は隣の四区、今から行けば十分間に合う。
一緒に行かないかというアランの誘いに、俺は二つ返事で答えた。
葵もまた、俺の恩人とかいう相手に是非会ってみたいと言う。
もしかしたらニーギなら、響の行方を知っているかもしれない。
希望の光は、まだ消えてはいない。
17:30 時計で確認
目的地に近づくにつれ、次第にそれははっきりとしてきた。
例の建物に向かうあの足跡と、それに付随する様に点々と連なる血の痕。
奇しくも道案内を果たしているかの様なそれに、心なしか胸騒ぎを覚える。
相変わらず、時折雷鳴が聞こえてくる。一体何者の仕業なのだろう。
先頭を行くアランは何か考え事をしているのか、珍しく深刻な表情である。
そう言えば彼もまた、探している女性の消息が掴めないままでいる、気になるのは当然だろう。
そんな彼を見て、葵が話しかける。するといつもの明るい表情に戻った。
一時はどうなるかと思ったが、すっかり打ち解けたおかげで葵は笑顔を取り戻すようになった。
俺達のために、色々と手を尽くしてくれた彼には、心から感謝している。
後は、響とサラが無事である事を心から祈るばかりだ。
『今接触をはかっている2人を、今夜7時までに所定の場所にそのまま生かして連れてくる様に』
要約するとメールの内容はこんな感じだった。
文末の署名には見知らぬ名前が、否、主催者側からゲームの進行を妨げる要注意人物リストに入っていた女の名前である。
待ち合わせの約束というのは、この脅迫めいた文面と辻褄を合わせるためにでっち上げた嘘である。
適当に言ってはみたものの、今の所彼等が不審に思っている気配は感じられない。
もしかしたら、少女の方はそうとも言い切れないかも知れないが。
察するに、ニーギという者に携帯電話を奪われた剛は、ジョーカーとして再びここに戻ってくる可能性が極めて低い、
そして現在、参加者の中で主催者側と繋がっているのは、アランただ1人になってしまった、そういう事である。
とは言うものの、剛と拳崇が任務に失敗し、死亡したのかどうかは今の時点で断定は出来ない。
結局は放送を待つより他はないという結論に至った。
「そろそろ、身の振り方を決めないとな…」
このままルガールの手下として任務を全うするか、それともこの機会に悪趣味なクライアントをこちらから見限るか。
尤も後者には、裏切り者への報復という大きなリスクが伴うであろうが。
18:40 時計で確認
待ち合わせ場所であるという四区の公園に到着。
沈みゆく太陽が、空を真っ赤に染め上げていく。
さながら燃えさかる炎か、それとも流れ出る血か、どうも不吉な単語ばかり連想してしまう。
葵も空を見上げてつぶやく。とても美しい、そしてどこか物悲しい夕焼けであると。
もしここから生きて帰れて、再び空を見上げる事があるのならば、
夕焼けを見るたびに、今の言葉と共にこの痛ましい出来事が思い起こされるであろう。
例の足跡と血の痕は、目的地の途中で分かれて、尚も果てしなく続いている。
その先には一体誰がいるのか、何があるのか。
待ち合わせの時間にはまだ間があるので、行って確かめてみたい気もするが、
約束の時間に遅れて待たせるのは相手に悪い、という葵の一言で思いとどまった。
18:50 時計で確認
向こうから人影が近づいてくる。あの姿は、確かに、間違いない。
もうすぐ放送が近い。
響とサラの名前が出ない事を、ただひたすら祈っている。
自分が指定した場所に向かって、女は歩いていく。
ここには首輪を2つ取りに行くのだけが目的だったというのに、
病院のトイレの中で偶然見つけた厄介な代物のお陰で、余計な用事が一つ増えた。
しかし携帯に残る様々な履歴の中で、見知った者の名前を黙って見過ごすのは、彼女の信条に反していた。
自分を含めた3人はそれぞれの目的の為に、結局別行動を取る事にした。
尤も1人の男は単独行動が極めて困難な状態なので、今頃はまだもう1人の男と行動を共にしているであろう。
数時間後、例の病院で落ち合う予定にはしている。
どれも命の危険を伴う目的ばかりなので、再会出来ないかもしれないという事は暗黙の了解となっていた。
しかし目的を上手く果たせば、仲間を増やして帰ってこれるという特典がもれなくついてくる。
いつだって彼女は、危険な賭けに自ら進んで応じていった。
今までも、そして、これからもずっと。
「あんた達小悪党は、揃いも揃って青い服を着ているけど、何かの目印なのそれ?」
喧嘩を売り付けた相手がここにいる事を確認すると、彼女は単刀直入に言い放った。
「まあでも、言われた通り、2人共生かして連れてきたから、あいつらとはちょっと違うみたいね」
彼女の姿を、アランはまじまじと見る。
全身に包帯を巻き付け、満身創痍とも言うべき、何とも痛ましい姿。
「君は一体…」
「ニーギ・ゴージャスブルー。豪華絢爛にしか生きられない、そういう女」
だが、不屈の精神を宿したその眼は、どこまでも澄み切っていた。
それぞれの想いが交錯する、黄昏の時。
間もなく、運命を告げる声が流れようとしていた。
【結城晶 所持品:大学ノート(死亡者の名前とハガーメモの要点写しと手記)と鉛筆、首輪(マリーと守矢のもの) 目的:響とサラを探す、葵を守る】
【梅小路葵 所持品:釣竿とハガーのノート 双眼鏡(アランから借りている) 目的:響とサラを探す、晶たちとともに生きて帰る。剛を倒す】
【アラン・アルジェント 所持品:PPKワルサー(残り7発)、携帯電話(剛の連絡先登録済)、折り畳みナイフ、
目的:結城晶と梅小路葵の監視、ゲームを内側から壊す、プローブの情報を盗む為に本部へ潜入】
【ニーギ・ゴージャスブルー(全身の広範囲にわたってダメージ+中程度の火傷)
所持品:ゼロキャノンコントローラ(チャージ完了)、雑貨、ゴーグル、長ビス束、コンドーム、首輪(炎邪・アルフレッドのもの)
剛のバッグ…スペースハリアーバズーカ、マカロフ、携帯電話(アランの連絡先登録済) 目的:ゲーム盤をひっくり返す】
【現在位置:4区の公園】
全生存者入場!!
格闘家は生きている!! 殺意の波動を越え永遠の挑戦者が甦った!!!
噂の男!! リュウだァ――――!!!
雷撃の撃ち合いなら我々の技がものを言う!!
静電気体質 閃光の美学 二階堂紅丸!!!
自分の忍らしさを知らしめたい!! 「ジョーカー」 かすみだァ!!!
合気道では3戦生存どすけど晶ちゃんがおるなら全戦うちのもんや!!
京の舞姫 梅小路葵だ!!!
タイマンなら絶対に敗けんと思ってた!!
暴走族も一般人だ 特攻隊長 エッジだ!!!
黒歴史から炎の血族が上陸だ!! 草薙分家 霧島翔!!!
使えそうだと思ったからガキ(リリス)を憑けてただけなのだ!!
鼻から下は見せてやらん!!ヴィレン!!!
神への捧げ物に参加者とはよく言ったもの!!
魔界の水邪が今 精神不安定によって復活する!! 水忍 風間蒼月先生だ―――!!!
最強ミュータントこそがゲーム崩壊の代名詞だ!!
まさかこの男が入っているとはッッ ケーブル!!!
生き残らなければならないからここまでやったッ キャリア一切不明!!!!
フランスのナンパファイター アラン・アルジェントだ!!!
脱出の鍵は今だオレの頭にある!! オレを助ける奴はいないのか!!
日守剛だ!!!
まがい物の思い上がりはきちんと躾けてナンボのモン!!! 荒れ狂う稲光!!
本家オロチ八傑衆からシェルミーのお仕置きだ!!!
最後の勝利はオレのもの 生きてる奴は思いきり止めを刺し思いきり傲慢なんだぜ!!
Mr.一人相撲統一王者 楓
お人よしに更なる磨きをかけ ”意外と理知的”結城晶が帰ってきたァ!!!
アテナのためならオレはいつでも全盛期や!!
ほぼ一般人 椎拳崇 マーダーで生存だ!!!
妹の復讐はどーしたッ 憎悪の炎 未だ消えずッ!!
片手も邪剣も思いのまま!! 坂崎リョウだ!!!
特に理由はないッ 恋する女が強いのは当たりまえ!!
策が無いのはないしょだ!!! 絢爛舞踏!
ニーギ・ゴージャスブルーがきてくれた―――!!!
暗黒街で磨いた実戦サバイバル!!
クイズタウンのデンジャラス私立探偵 ネオ・マクドナルドだ!!!
魔性だったらこの女を外せない!! 超A級カレー魔道師 アルル・ナジャだ!!!
超一流男前の超一流の土俵際だ!! 生で拝んでオドロキやがれッ
オロチ八傑衆・乾いた大地!! 七枷社!!!
人造生物はこの物体が完成させた!!
やっぱりなんだかよくわからない!! 犬福だ!!!
虐殺の交響曲が帰ってきたッ
どこへ行っていたンだッ バトロワ主催者ッッ
俺達は君を待っていたッッッルガールの後ろから豪鬼の登場だ――――――――ッ
加えて脱落者発生に備え超豪華なかさぶた四天王を御用意致しました!
おっぱい星人 ジャッキー・ブライアント!!
希望の虹 高嶺響!!
毒舌アイドル! 麻宮アテナ!
……ッッ
どーやらもう一名は名前が間違っている様ですが、正式には何角なのか判明し次第ッ皆様にご紹介致しますッッ
444 :
故○角:2005/09/01(木) 21:49:50 ID:lXKyu1h4
>>443 キタ━━━(゜∀゜)━━━ !!!!!
アランはフランスじゃなくてイタリアだったような