優勝者は何でも願いを叶えよう。
そう宣告されても、ゼンは他の参加者のように心躍らなかった。
願いなど、とうに自力で叶えてしまった。
グリードを生き返らせて、もう一度納得いくまで戦うか?――それも、馬鹿馬鹿しい。
どこか空虚な気分を抱えたまま、それでも一応ゼンは迷宮を進む。
そんな彼の前方で、何やらちょっとした騒ぎがあったようだ。
よくよく見てみると、騒ぎの発生源は顔見知りだ。
アラン・アルジェントが誰かに高速の裏拳でツッコミを入れている。
それを額で受け止めているのは……何と睦月ヒカリだった。
「……あ、あれ?」
信じられない光景に、らしくもなくゼンは狼狽する。
その少し前からかすかに訳のわからん言動が聞こえてきていたが、まさかそれは全部彼と彼女のやりとりなのか。
アランはともかく、ヒカリは明るく健気で心優しく、といった感じの少女だったはずだが。
「ふん、豚めが…分かればよろし」
(……お、俺の知っている睦月はあんな台詞は吐かんはずだ……)
それともまさかあれが彼女の本性なのだろうか。女は怖いぞ、信用するなとバロールの誰かが言っていた気もするが。
と、思った次の瞬間、
「なので今回の大会の優勝は絶対私が頂きますから。では失礼します」
ゼンのよく知った口調でそう言ったヒカリは、やはりゼンのよく知った明るい笑みを浮かべて去って行った。
もはや女はどうこうと言ったレベルを超えているような気がする。
アランもそうだが、周囲で見ていた他の参加者もドン引きだ。
あまりのことに、ゼンは彼女がああなってしまった理由を考える。
とはいえ彼女とはF.F.S.でしか接点がなかったので、判断材料はそれ絡みしかないのだが。
例えば……もしも彼女の変貌が、父の仇を討てなかった事に起因していたとしたら?
不慣れな地下格闘大会に出場するほどに覚悟を決めていたのだから、ゼンがグリードを倒してしまったと知ったときの衝撃はかなりのものだっただろう。
(ま、まさか俺のせいなのか……?)
別にヒカリに対して特別な感情を抱いていたとか、そんな訳ではないのだが。
知り合いが自分のせいであんな寒すぎる変貌を遂げているのだとしたら、さすがに猛烈に申し訳ない気分になってくる。
先程までとは打って変わって、ゼンの内には固い決意が生まれていた。優勝して、彼女を元の心優しい少女に戻してもらおうと。怖いし。
アランに続いて、ドン引きしたままの参加者たちの間を駆け抜けて、ゼンは一回戦突破を果たした。
とりあえず、ヒカリは元々電波な性格だったのです、という可能性は考えないことにしておく。
【譲刃漸 二回戦進出 願い:ヒカリの性格を元に戻してもらう】