378 :
アランの苦悩:04/12/30 01:20:07 ID:s/31rqDh
(…?)
ふと、アランの足が止まる。彼は何を思ったか、目を閉じて天を仰いだ。
格好つけている訳ではないだろう。…彼が何を考え、何を見ているのか…それは彼にしか判らない。
…はずだった。
それははたして、どれほどの時がたったころだっただろうか?
アランの表情が誰の目にも明らかに、変わっていったのだ。
その目に宿る光は、殺意でも凶器でも正義でもない。
――――そう、それはただひとつ、明らかな――――
379 :
アランの苦悩:04/12/30 01:22:05 ID:s/31rqDh
「…なぜ…こんな時に…ッ」
そう、アランは便意を催したのだ。
あせってズボンを下ろそうとする!間に合わない!
ブリブリブリブリブリジット♪
「と、止まらねえ…ウンコ、が」
それが彼の最期の言葉となった…
【アラン ウンコが土石流みたく止まらなくて死亡】
知的障害者は氏ねよ
通報するのでよろしく。
「畜生、あの女…逃げ足だけは速い…」
神々しささえ感じさせる黄金の髪、神秘的な紅玉色の瞳。
見るもの全てに神性を感じさせずにはおかない類まれなる容貌を持つ青年は、今となっては神聖さからは最も遠いところにいた。
「何処に行きやがったんだ…」
青龍に象徴される天の力はとても純粋だ。純粋であるがゆえに、また汚されやすいということなのだろうか。
あるいは、神の力を振るうものに人間の価値観を押し付ける方が間違っているのか。
楓の心は、その外見とは裏腹に暗い殺意に澱みきっていた。
やはり喉にダメージを折ったとはいえ、異人の女をすぐに追跡しなかったのは失策だった。
考えてみれば、この見通しの悪い街には、隠れるところはいくらでもある。
恐らくは、林立する建物にまぎれてもう楓の手の届かないところまで逃げ延びてしまったのだろう。
これで一人、殺しそこなったことになる。もしかしたらあの女が、ロック・ハワードであったかもしれなかったのにだ。
「……ちっ」
どれだけ歩いたのか、気がつけば、周囲の雰囲気は大分変わっていた。
舌打ちして空を仰ぐ。雨はもうほとんど降っていない。大分薄くなった雲の切れ間から、蒼い月の光が漏れていた。
「うっ、っ……ううっ…」
特に目立ったところのない使い込まれた赤い着物。後ろで二つにくくった艶やかな黒髪。
一見すれば誰もがはかなげな印象を持つその少女は、涙で頬をぬらしながら街を歩いていた。
「晶さん…葵さん…」
一度人を信じられなくなった心は、そう簡単にこじ開けられるものではない。
それでも最初響は、もしかしたらあの男性――結城晶がすぐに追いかけてきてくれるのではないかというほのかな期待を抱いていた。
自分は何て醜い女なのだろうと自己嫌悪に陥りながら、
彼が泣きながら逃げ出した自分をすぐに追いかけてきて、あの頼れる腕で後ろから抱きしめてくれるのではないかと夢想した。
だが、自己嫌悪も期待も所詮無用の長物だった。何故なら、
「晶さんは、追って来てくれなかった……」
実際のところ、本当に彼が追ってこなかったのかどうかははっきりしない。
もしかしたら、晶は突発的に駆け出した響を闇の中で見失ってしまっただけなのかもしれない。
事実は闇の中だ。だが、晶がすぐに彼女の元に現れなかったという事実は、元来かたくなな響の心をもう一度閉ざすには十分であった。
「…………」
泣きながら、四角く切り取られた空を仰ぐ。あれだけ降っていた雨はもうほとんど上がりかかっている。
そして雲の隙間から月の光が漏れるその空を、何か黒い影が横切るのを響は見た。
「ねえまだ見つからないの、ねえまだ見つからないの??どこ、楓君はどこなの??」
「……あせっても…見つかる、訳じゃないわ……」
一人は黄金の翼の無邪気に狂った天使、今一人は半身に赤く血化粧を施された美しい女。
目にした誰もが瞠目するであろうその二人は、焦りと苦悶の声を軌跡に残しながら、夜空を舞っていた。
「ねえ、楓君は何処……ドコ!?」
「………痛っ!」
未だ鮮血が止まらぬ左手をぎりぎりと強く掴まれ、春麗が唇から出かかった苦鳴をかみ殺す。
強引に宙に引き上げられてからずっと、彼女は傷ついた腕で探知機を持ち、
無事な方の右腕で何とかエミリオの肩にしがみついていた。
眼下には立ち並ぶ家々の屋根が小さく見えている。落ちてしまうようなことがあれば、まず命はないだろう。
そんな状態をちゃんと分かってるにも関わらず、エミリオは春麗の左腕の傷をを平然と突き、叩き、つねり、抉る。
楓君は何処、まだ見つからないの、と、時に楽しげに、時に苛立った声で、延々と繰り返しながら。
言動と行為が完全に矛盾している。
そんな筈はないのに、まるで春麗が耐えかねて手を離し、頭からまっさかさまに墜落するのを楽しみにしているかのようだった。
それだけでも春麗には耐え難い苦痛であるのに、エミリオの腰にささった日本刀からの妖気もまた、じわじわと春麗を苛んでいる。
(少しでも気を緩めれば、あの刀に理性を持っていかれる…!)
むしろ苦痛を感じている方が、今の自分にとっては好都合なのだ。
そう自分に言い聞かせて、春麗は失血のためともすれば遠のきそうになる意識を繋ぎ止めた。
そして道は交わる。翼持つ天使と、純潔の乙女と、神の龍の化身と、そして。
何かが凄まじい勢いで動いている。
最初にその存在に気づいた楓は、しかし一瞬後に認識を改めた。
何者かが、凄まじい勢いで自分のほうに向かってきている。
「………なんだと?」
楓が「それ」に気づいてから、目の前に「それ」が来るまでにできたことは、
せいぜい横に下げていたレイピアを構えるぐらいだった。
剣の達人たる楓がその程度のことしかできない、つまりそれほどの速度だったということである。
右手に怪しい光をたたえた宝石を持ち、顔を異相の仮面で隠したその異形は、砂煙を巻き上げて楓の目の前に降り立った。
「今代青龍ノ力ヲ使役シタルハ…オマエカ」
姿も人間離れしているが、楓に語りかけるその声も、全くといっていいほど人間味を感じさせない。
「………青龍?青龍って行ったな、今…」
楓はレイピアを下段に構えたまま、四つんばいのままこちらをねめつける異形に問いかけた。
「お前、まさかとは思うが俺のことを知っているのか?」
異形は楓の疑問には答えない。
「青龍、常世ノ守護者タル汝ガコンナ所デ何ヲヤッテイルノカ我ハ知ラヌ」
「………?」
「ダガ、我等ガ出会イタルモ何カノ定メ。神ハ互イニ相容レヌモノ」
異形は…太陽の神ケツァルクアトルは、長身を伸ばして背を反らせると、
話の通じないことに苛立ちを隠そうともしない楓に向かって高らかに咆哮した。
「アオーン!戦エ青龍ノ戦士!我、オ前ガ真ニ青龍ノ依代タルカ確カメル!!不相応ナモノニ神ノ力、重スギル!」
「不相応…だと?」
楓の心の奥で何かがぴしりとひび割れる。
朱雀の造反は止めた。常世の門が開かれるのも唯一の姉の命と引き換えに阻止した。
そして、守矢の弟として、彼の敵を討つために生き残ろうとしている。
その自分が、青龍の力を振るうには、不相応?
ケツァルクアトルの「不相応なもの」という言葉が、楓の神経をやすりで逆なでした。
「神だかなんだか知らないが、勝手に話を進めるんじゃねえよ!お前が確かめようが何だろうが、これは俺の力だ!」
楓の敵意を乗せた紫電が、レイピアを取り巻いて空気を弾く音と共に火花を散らす。
「アオオオオオオオーン!!」
楓の敵意と青龍の戦意を受けたケツァルクアトルは、空に響きわたる咆哮と共に炎の塊を放った。
太陽とも見紛うその光が、神と神人との戦いの始まりの合図だった。
堕天使の翼で、一体どれだけの距離を飛んだだろうか。
「………あっ」
「どうしたんですか?」
春麗が小さく声を上げたのに気づいたエミリオが、空中で急停止した。
春麗の見ていた探知機のモニターのマップの端には、ぽつんと赤い光点が二つ灯っている。
光点の横には、「kaede」「tamtam」と確かに表示されていた。エミリオの探していた楓は、恐らくこの光点に間違いないだろう。
「…………」
だがそれをエミリオに伝えるべきか否か、春麗は決めかねていた。
前の放送で楓の名は聞いていた。ルガールの言う事を鵜呑みにするわけではないが、
もしエミリオの言う楓が本当に冷酷な殺戮者であったら、エミリオ自身も彼の持つ刀も、その手に渡す訳にはいかない。
「ねえ、どうしたんですか?ねえ?」
エミリオが、明らかに何かを期待した声で春麗をせかす。
数秒迷って、春麗はエミリオに事実を伝えることにした。どのみち空中にいるこの状況では、彼女は何をすることもできない。
楓が見つかったことを告げて地面に下ろしてもらってから、エミリオを気絶させて楓から引き離し、自分は逃げる。
幸い、先刻の戦いの中で、エミリオの格闘技能はさほど高くないということは分かっている。
一対一の地上戦に持ち込むことができれば、軽く押さえつけられる筈だった。
「……見つかったわよ、楓って言う人。」
「本当ですか?」
エミリオの声がぱっと明るくなる。
「ええ、本当よ。でも、彼、誰かと一緒にいるみたいよ?」
「誰かと……?」
エミリオを地上に下ろすべく、慎重に言葉を選ぶ。
このまま楓の元まで引っ張っていかれるようなことになれば、状況は余計に悪化するばかりだ。
だが、敵の存在を匂わせて一緒に楓を助けることを持ちかければ、あれだけ楓に熱狂しているエミリオの事である。
一度地上に降りて春麗と協力することに同意してくれる筈だった。
「……でもね、この状況よ。もしかしたら一緒にいる人は楓君の敵かもしれないわ」
――――確かに同意する筈だった。それが、いつものエミリオであったならば。
「もしそうだったらいけないから、一緒に助けに……」
その直後春麗を襲った浮遊感の意味を、彼女はついに理解できなかった。
彼女の視界の端にちらりと映ったのは、禍々しくも美しい黒き刃と、探知機を手にしたエミリオ。
そして血しぶきを虚空に撒き散らす、切断された自分の腕。
「この光の点が楓君なんだね…待ってて楓君、今助けに行くから!」
まだ春麗の手首に握られたままの探知機を食い入るように見つめて、エミリオは翼を全力ではためかせた。
その思考からは、既に春麗のことは綺麗に抜け落ちている。まるで何かに切り取られたかのように。
彼の右腕に握られた八十枉津日太刀が、哀れな犠牲者を嘲笑うように鳴っていた。
「食らえーっ!」
楓の気合と共に、天から落ち、あるいは地から駆け上がる幾条もの雷光。
乱立する木々ををものともせずに密林をかける獣を思わせる動きで全ての雷をかわしきるケツァルコアトル。
神が空を行く炎を放てば、神人は地を這う雷を飛ばして応戦する。
「ソンナモノカ、青龍ノ戦士ヨ」
「黙れ!」
放たれた雷光に対し、ケツァルクアトルが防御もせずに突っ込んでくる。嫌な予感にかられた楓が防御を固めるよりも前に、
ケツァルクアトルの顔面を狙った電撃はマヤの人々の信仰心を吸った聖なる仮面に弾かれ霧散した。
「アオーンッ!」
「ぐ……てめぇ…!」
容赦なく胸部に飛んできた炎を纏った神の拳を、前面に構えたレイピアで受ける。
ある程度の威力は殺せたものの、所詮は細身のレイピア。大きくしなった銀の刃が耳障りな悲鳴を上げる。
殺しきれなかった拳の余波で、楓の細身の体がぼろきれのように吹き飛んだ。
「マダソンナモノデハアルマイ?オ前ノ全力、我ニ見セテミヨ!!」
「……そこまで言われれば…やるしか、ねえよな」
拳を受けた痕をさすりながら、楓がさしたるダメージを受けた風もなく立ち上がる。
「ホウ、神器ニモ頼ラズ、人ノ身デ大シタモノダ」
ケツァルクアトルの目の前で、楓が頭上に掲げたレイピアに雷光が収束する。
無数の雷光をその身に宿したレイピアは、またたくまに青とも紫とも付かぬ色彩を宿す巨大な光の剣と化した。
「これが受けられるか!」
「ソレガ勇者ノ一撃デアレバ、受ケテ立ツマデ!」
ケツァルクアトルの吐き出した精霊の炎が、見る見るうちにヒウンヴェ・ファンヴェ・ズァンヴェの形をとる。
闇を断つ刃の名を冠する宝剣の写し身は、振り下ろされた紫電の剣を真正面から受け止めてのけた。
「器用なこと、しやがる…!」
実体のない剣同士の、奇妙に静かな鍔迫り合いが続く。
戦いは一見互角のように見えた。
だが、ケツァルクアトルと青龍の間に優劣はなくとも、
完全にケツァルクアトルと同化しているタムタムと、暴走する青龍を制御できていない楓の間にはやはり歴然とした差がある。
(ソレダケノ力ヲ持チナガラ、人ノ意思ニ拠リテシカ戦エヌトハ。ホトホト因果ナモノダ…)
いまだにその真価を振るえてはいない青龍に、戦いの神なるケツァルクアトルは少なからず物足りなさを感じ始めていた。
この依代にはあまりにも雑念が多すぎる。
青龍にも、例えばタムタムのようなもっと相応しい器を与えれば、良い戦いができるだろうに。
正面きって楓と睨み合っていたケツァルクアトルは、小さく息を吐き出した。
「……ヤハリ汝デハダメダ」
「何!?」
「青龍ニ必要ナモノ、余計ナ激情ヲ持タヌ依代。オ前、ソレニ値シナイ」
「馬鹿なことを言うな……俺に操り人形になれっていうのかよ!」
「今ノオ前ナラバ、操リ人形ノ方ガマダマシダ」
冷酷に宣告したケツァルクアトルが、今度こそ手加減無しの巨大な炎を吐き出した。
「あ、あれは……楓さん?楓さんよ、そうよ!」
闇を照らし出す雷と天を揺るがす咆哮に誘われてやってきたその先で響が見たものは、
そんな人知を超えたもの同士の凄絶な戦いであった。
どこかでどさ、と鈍い音がした。
「……なんだ、今の音……」
雲の下を一人で歩いていた黒髪の青年が、その音を聞いて立ち止まる。
無理に表現するならば、何かそれなりに硬いものが、何かに叩きつけられて壊れたような音だった。
「誰か、いるのか……?」
冷たい雨で目を覚まして以来フィオを探して街をさまよっていた霧島は、
その音に何か不吉なものを感じながらもそちらの方へふらふらと引き寄せられた。
「おい、誰かいるの……っ!」
言葉は最後まで続かない。霧島は息を呑んでその目に映ったものの下へと駆け寄った。
霧島の目の前で、女が放射状に飛び散った血だまりの中で仰向けに倒れている。
どこか高いところから突き落とされたのか。そう思った霧島が辺りを見回すが、それらしき高層建築は見当たらない。
のみならず、彼女の両腕は、鋭利な刃物で切断されていた。
「……おい、お前!大丈夫か?!」
見ただけで彼女が致命傷を負っている事は分かっていたが、それでも霧島は声をかけずにはいられなかった。
「……ぁ」
女の、シャドウを塗られた瞼がかすかに震える。うっすらと開かれた目は、だが焦点を結んでいない。
「俺が分かるか?しっかりしろよ、誰にやられたんだ!」
「………パ」
「ぱ?」
手首から先のない左腕が、もどかしげにのろのろと上がって、そしてある一方向を指し示す。
「パピィを、お願い……」
「……………?」
霧島には当然何のことだか分からない。だが、死にゆくものの必死の願いは、彼の首を半ば機械的に縦に振らせた。
「…………」
肯定の返事を見届けて安心したのか、腕が力尽きたようにぱたんと落ちる。女はそれきり、二度と霧島に答えることはなかった。
「puppy…?子犬??訳わからねえよ…」
本当はもっと話が聞きたかった。だが、これだけの傷を負って、一言でも喋る事ができたという方が奇跡だろう。
「まあ分かったよ、ここで会ったのも何かの縁だしな。引き受けてやるぜ…」
霧島は女の持ち物らしいボウガンを拾ってザックに入れると、彼女の指し示した方向に向かって歩き出した。
フィオの手がかりはまだ見つからない。だが、ルガールの放送が正しいならまだ死んではいない筈だった。
彼女も伊達にプロの軍人なわけではない。極限状態において生き残ることにかけては、
自分や草薙よりもずっと上手の筈だった。
探していれば、歩みを止めなければ、フィオにも、その子犬にも、いつかは会えるだろう。
霧島は、胸に手を当てて、そう自分に言い聞かせた。
「アオアオアオアオーン!」
じゅっ!
蛋白質の焦げる嫌な匂いが楓の鼻腔を突く。黄金の髪の一房が精霊の炎で焼き焦がされ、灰も残さず空中に飛び散った。
ケツァルクアトルの吐く精霊の炎はただの炎ではない。嘉神や李の使う炎にも似ていたが、威力そのものが段違いだ。
まともに食らえば火傷どころでは済まないだろうが、連続して吐きつけられる火球は間合いを離すことも楓に許してはくれない。
「こいつ、手加減してやがったのか……?」
一瞬前に楓がいた空間で、再び火球が炸裂した。飛び散った炎の飛沫が、楓の服の裾を焼き焦がす。
本来静と動のはっきりした日本刀での戦闘に慣れていた楓にとっては、
間合いも何もなく常に動き回ることを強いられるこの戦い方は著しく不利であった。
(守矢が、雪がいてくれたら……)
ともすれば頭をもたげそうになる弱気な思考を無理矢理押し込める。
「オ前ガ生キテイル限リ、青龍ハオ前ノ中カラ動ケヌ!」
近距離から足元に向かって吹き付けられた炎を回避しようと飛び上がった楓は、一秒もしないうちにそうしたことを後悔した。
触れただけで焼け付くような炎の神気を纏い、ケツァルクアトルが飛び掛ってくる。
楓は避けるまもなく頭部を地面に全力で叩きつけられ、そしてケツァルクアトルの片腕で吊り上げられた。
「ソレハ、我モ、他ノ全テノ者モ望ムトコロデハナイ!」
「……だがな、俺がここで死ぬことも……守矢の望むことじゃねえんだ!」
絶望的な一撃を前にして、なお楓は闘志を収めない。
エゴに塗れた哀れな型代を清き灰燼に帰すため、ケツァルクアトルが炎を叩きつけようとしたその瞬間。
「楓君っ!」
「ナニ…?」
「エミリオ、お前……?」
予想もしなかったところからの予想もしなかった声に、楓は瞠目した。
神の戦場の上空から、漆黒の閃光が稲妻の様に走る。
エミリオの投げつけた八十枉津日太刀は、あたかも磁石が引き合うようにケツァルクアトルに向かって加速し、
ぱきんっ!
そして、神の力の源たるパレンケストーンをいともあっさりと打ち砕いた。
「グアアアアアアアアッ!」
依代から引き剥がされそうになったケツァルクアトルが苦悶の声を上げる。
エミリオは、楓に向かって手を差し出し叫んだ。
「楓君、今のうちに逃げよう!」
「あ、ああ!」
仮面を押さえて苦しみだしたケツァルクアトルの手を逃れて、楓はまだ痺れる足で飛び退った。
「お前、なんで…なんで追ってきたんだ……」
「だって僕は……うわぁっ!」
楓に自分の意思を伝えようとしたエミリオは、
仮面の奥からこちらを睨むケツァルクアトルの目に凄まじい怒りが宿っているのを見て悲鳴を上げた。
「貴様、聖ナル戦イ、汚シタ……」
楓を連れて飛び立とうとしても、力はとうに使い果たしている。本当のところは、自分が立つだけでも精一杯だった。
「許シテ、置カヌ!」
ケツァルクアトルが大きく胸を膨らませる。必殺の意思を込めた精霊の炎が、口から溢れて、そして。
ぱきぃんっ!
神の宝玉を打ち砕く澄んだ音。
それを反射してなお済んだ音を鳴らす日本刀が彼女の眼前に突き立った時、
響は自分がつい先刻まで神と楓との戦いの恐ろしさに物陰で震えていたことも忘れてそれに駆け寄っていた。
「…お父様の…お父様の遺作!」
響が見間違う筈もない。夜においてなお暗く、闇においてなお深き漆黒の刀身。その名を八十枉津日太刀。
いとおしげに八十枉津日太刀の柄を撫でて、響は思った。
ああ、楓さんはやはり無慈悲な殺人者などではなかった、だって自分にお父様の刀を持って来てくれたのだ、
それにあの人は私の敵とあんなにぼろぼろになって戦ってくれている、そんな彼が悪い人である筈がない。
あの人の元に行かなければ、助けなければ。あの化け物を討たなければ。
何処からが響本来の思考で、何処からが妖刀の魔力に取り付かれた思考なのかは判然としない。
とにかく彼女の行動には一切の迷いがなかった。八十枉津日太刀を地面から抜いて、腰に構えて、そして。
ざんっ!
神の器は三人が見守る中、綺麗に十字に断ち割られ、そして自らの炎で骨も残さず燃え尽きた。
二人一緒に焼き殺されると覚悟していた楓とエミリオは、何の前触れも無く現れた救世主の姿に声を失っていた。
「高嶺、響……?」
楓が呆然と響の名を呼ぶ。響は返り血まみれの顔のまま、にっこりと笑って二人に礼をしてみせた。
「羽の方。お怪我はありませんか?」
「あ。はい……僕は大丈夫ですよ。ありがとうございます、助けていただいて……僕、エミリオっていいます」
エミリオは春麗の手にいまだ握られたままの探知機を持ったままぺこりと一礼した。
見た目よりもいささか子供らしいしぐさに、響がくすりと微笑む。
「良かった……私は高嶺響と申します。宜しく、エミリオさん」
差し出されたエミリオの手を握り返した響は、今度は楓のほうに向き直った。
「ほら、楓さん。一度どこかで手当てをしないといけないわ」
「馬鹿、いらねえ世話だ」
血と脂に塗れたレイピアを腰に挿しなおしながら、楓がぷいとそっぽを向く。女に助けられたのが悔しいらしい。
「やせ我慢は良くないわ、酷い火傷じゃない…」
「だからいらねえって」
楓の態度はかたくなというより、まるですねた子供のようだ。おそらく緊張の糸がぷつりと切れてしまったのだろう。
そんな楓の姿が、また響の苦笑を誘った。
「しょうがないですね……エミリオさん、落ち着いたらどこかでお薬を探しましょうか」
「ええ、そうですね!」
「おいエミリオ、お前どっちの味方だ……」
言いかけて口をつぐむ。暫く迷って、楓は彼らしくもない遠慮がちな口調で二人に問いかけた。
「お前らさ、何のつもりなんだ?まさか俺についてくるつもりなのか?」
エミリオと刀について何事か話していた響は、楓の声に振り向くと八十枉津日太刀を頬に寄せてほんの少しだけ顔を赤らめた。
「私も……誰かと共にいるなら、やはり旧知の方と共にいたいですもの……。それとも、私ではお嫌ですか…?」
「いや、そんなことはないが……」
ひるんだ楓に、エミリオが無邪気な声で追い討ちをかける。
「僕も行くよ、楓君。三人でいれば、きっと何があっても怖くないよ!」
生き残るのは最後の一人なのに。もし自分たち三人だけが生き残ったらどうするつもりなのか。
結局、楓はそうは言わなかった。それを聞いて、二人が手のひらを返すのが何故か少しだけ怖かったので。
楓は、やはりどのような姿であっても楓であった。
【楓(軽度の負傷) 所持品:レイピア 目的:最優先でロックを殺す。生き残るため、出会った参加者は殺す。】
【高嶺響 所持品:八十枉津日太刀 目的:楓に捨てられないため彼のために戦う(殺害も辞さず)】
【エミリオ・ミハイロフ(かなり消耗)
所持品:探知機(効果範囲半径1qほど)目的:楓に捨てられないため彼のために戦う(殺害も辞さず)】
【現在位置:1区】
【霧島翔 目的:1.フィオと再会し首輪の解除法を探る 2.パピィ(正体不明)を保護する
所持品:ハーピーの歌声入りラジカセ、ボウガン(矢残り5本)
位置:1.3区境界付近から西南に移動】
【タムタム:死亡】
【春麗:死亡】
ホシュ
ホシュ
ホス
ほしゅしておきます
せめて保守
保守捕手補修補習
400
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
保守
「どういうことだ・・・なんで手がかりすら・・・!」
苛立ちを隠そうともせず、アンディ・ボガードは拳をテーブルに打ちつける。
「落ち着けアンディ。気持ちはわかるけどよ・・・」
「落ち着いていられるか!舞は身重なんだぞ!兄さんやマリーさんも・・・いったい何が・・・!」
対面して座るジョー東は親友をなだめたが、彼の苛立ちは当然だった。
一昨日の夜のことである。
アンディから妻である不知火舞が居なくなったと連絡を受けた。
どこかに行ったのではなく、それこそ痕跡を残さず「消えた」というのだ。
おかしな話だった。子供が出来て喜びと不安でノイローゼにでもなったか、からかい半分で答えたが、事態は深刻だった。
舞が向かいそうな場所や心当たりがありそうな人間を全てあたってみたが手がかりがない。
真っ先にセカンドサウスにいるアンディの兄テリーに聞こうと思ったが、一向に連絡がつかない。
テリーの知人を数人あたっても、肉親のアンディが無理なのに他人にわかるわけもなかった。
しかし、聞き込みの範囲を知人からテリーのファイトをよく見ている子供にまで広げた時、こんなことを聞いた。
「テリーとロックがね、車に乗ってたんだ。まっくろの車でね、二人とも寝てたみたいだったよ」
ジョーとアンディは青ざめた。テリーが拉致された?
普通に考えてあのテリーが、そして、テリーがそのセンスを褒めるほどの力の持ち主、あのギースの息子のロックまでもが。
「まさか舞も・・・」
「テリーとロックが本当にさらわれたんならあるかもしれねえ・・・」
ジョーは以前にもらったブルー・マリーの電話番号に連絡した。
彼女もまた連絡はとれなかったがエージェントである彼女はそういう時期もあるだろう。
しかし、律儀な彼女が電話に残した伝言にすら丸1日応答しないだろうか?
今日になっても連絡がこない。
そして昨日から二人で駆けずり回って、あまりに遅い朝食をあんでぃととっていたところである。
と、ジョーの携帯が鳴った。
マリーか?テリーか?舞か?アンディが携帯を覗き込んだ。
画面に表示された名前は「リリィ」だった。
「兄と連絡がとれないんです、ジョーさん何か知りませんか?また格闘技の大会とか・・・」
いよいよもってこれはおかしい、アンディはついに頭を抱えてしまった。
「なにかヤベェことになってるんじゃねえのか・・・これは」
「舞・・・兄さん・・・」
アンディの声が悲壮になってくる。無理もない、兄と妻。最愛の人間を二人もさらわれたとなれば気が気であるわけがない。
ジョーは考える。
マリーとビリーは保留にしても、テリー、ロック、舞の三人が誰かに連れ去られたとしたら、いや、保留とはいったが
3人がそうならおそらくは前述の2人もそうだろう。そんな事が出来るヤツ、いや、ヤツらか。
今は亡きギース・ハワードならば出来たかもしれない。しかしギース亡き今、彼の街だったサウスタウンはただの都市で・・・
「サウスタウン?おいアンディ、おまえサウスタウンのヤツだれか連絡ついたか?」
「いや、そういえばダックとかもぜんぜん・・・」
なにか考え込み、思い立ち、声をあげるジョー。
「サウスタウンにいくぞ!」
ジョーが勢いよく席を立った。
うなだれていたアンディの腕を無理やり掴んで勘定を払わせ、店を飛び出す。
と、後ろに気配。カチャリという音が聞こえた。
横でアンディが身体をこわばらせていた。
何かが背中に当たる。おそらくは銃だ。チッと舌打ちをして後ろを見ずにジョーが尋ねる。
「何モンだ?」
「少し嗅ぎ回りすぎだぜ・・・」
「てことは・・・やっぱり舞たちは・・・」
「ああ、こいつらに・・・ハッ!」
一瞬で背中に当たっていた銃を叩き落として振り向き様に相手の顔面に拳を・・・
打ちつける前に眼前に逆の手で持っていたであろう銃が突きつけられる。
「チッ!!」
目をあげて初めて相手の顔を拝む。
「あぶねえだろ!まったく!」
「あ?」
そこにあったのはKOFでよく見る顔だった。
「だから俺はやめようって言ったんですよ大佐」
「ちょっと脅かしてやろうって言っただけじゃねえかよ!まったく手のはええ・・・」
帽子とサングラスでアンディと向き合っているのがクラーク、
バンダナを巻いてジョーに銃を突きつけて冷や汗を書いているのがラルフだった。
おっと、といってあわてて銃を腰に戻し、ジョーが叩き落としたほうも拾って仕舞う。
「悪かったよ。まあつまりはそう言うことだ。あんたらが首つっこんでるヤマはな」
「ハイデルンだっけ、あのオッサンの部隊が動いてるってことか」
「そうだ、それだけ危険で大きい事件だということだ」
サングラスで表情はわからないがクラークが補足した。
「隊長!アンディ氏と東氏をお連れしました!」
「ご苦労、大佐。ああ、クラークから報告は受けている。あとでもう一度来たまえ」
「うへぇ・・・お説教か・・・」
「減給のほうがいいと言うならば・・・」
「失礼しました!」
ビシッと敬礼をして逃げるように部屋をでるラルフ。アンディとジョーはデスクを挟んでハイデルンと対面した。
「さて、君たちが知りたいと思っているだろうこの事件の話をしよう」
唾を飲むアンディとジョー。
ハイデルンは静かに語りだすのだった・・・
S-1 2日目深夜、病院内
「なぁ…機嫌直してくれよ」
社はベッドの前で頭を下げる。
「怪我もなおったんだしよ…考え方次第じゃねぇか」
「社さんに私の気持ちがわかるもんですか!」
泣き声と同時に枕が飛んでくる。
「分かる!いやわかんねぇけどよ…それでも分かるから…な」
いったい彼らに何があったのだろうか?
S-2 ゲーム開始直後
話は開始直後にまで遡る。
ソフィーティアは夜道の中を心細げに歩いていた、一体ここはどこなのだ?
彼女にとっては雑居ビルすら、神か悪魔が創りたもうた巨大な遺跡か何かに思えてならない。
それに…彼女はバックを引きずりながらため息をつく、このバッグの中には一体何が入っているのだ?
意を決して彼女はバックの口を開く、中は夜の闇と同じほどの暗闇…そして何かが光った。
「いっ…いやぁぁぁぁぁぁ!」
いかに神の加護を受けた剣士でも、突然の状況ではこうならざるを得ない
ソフィーティアはバッグを放置したままあらぬ方角へと全力で逃げ出していく。
そしてバッグの中からもぞもぞと抜け出してきたのは…。
S-3 2日目深夜、病院内(S-1の1時間前)
社はナコルルの病室の扉の前で門番のように座りこんでいた。
考えているのはシェルミーのこと、やはり心配でたまらない…だが、
長い付き合いだがシェルミーがしくじる姿など社には想像できなかった。
贔屓抜きで彼女ほど抜け目の無いという言葉が似合う女性はいないように思える。
それが良い方向に向かっていてくれればいいのだが…。
社は最悪の事態を考える。
もし戦うとして…お互い持てる力をフルに出したとしても自分の方が強いと言う自負はある、
だが、所詮自分は力勝負しか出来ない男だ。
頭脳戦、心理戦では勝負にならない。
それに今の自分は自分だけの命ではない、社はビリーの最後の言葉を思い出す。
ビリーは苦しい息の下、頼むと言い残したのだ、そして自分ははっきりとそれに頷いた。
生きている人間との約束は例えやむなく違えたとしても、いずれ償える時が来る。
だが死者との約束を違えるわけにはいかない。
だから…
(ああ…頼む、妙な気は起こさないでいてくれ…ってうん?)
掃除用具を入れたロッカーの中から何やら音が聞こえる。
「?」
社は耳を澄ます、確かに聞こえる…慎重に近づき一気に扉を開いた。
「てめぇ!何してやがる!!」
しかしそこから出てきた物体の正体を見て社は思わず絶句する。
何と出てきたのはガラパン一枚のみずぼらしい髭面の男だ、しかも両手と胴体は縛られており
見た感じ一人SMの真っ最中としか思えなかった。
「おおおお…おまえ誰だ!」
髭男は動揺しまくりの社の言葉に縄を解いてくれといわんばかりのジェスチャーで応じる。
「おまえも?俺たちと同じなのか?」
それについて男は何も答えない…ただ背中の結び目をアピールするだけだ。
社は無言で縄を解いてやる、どうせ何もできそうにないだろうという判断だ。
「サンキュウ」
自由になった髭男は礼を言うと、もぞもぞとどこからともなくお礼の品々を取り出す。
その目線の示す先にはベッドに横たわるナコルルがいた。
彼女にやれ、ということらしい。
「それはいいんだけどよ、おまえパンツ一丁のくせに何処からこれ出してきたんだ…まさか…」
髭男はそれには応じず、ヂュワッ!と敬礼するとそのまま病室の扉から外に飛び出していく
社が後を追いかけて廊下に出たときには、もう髭男の姿はどこにもなかった。
「なんだったんだ…」
そして社の前に残されたのは肉まんだのパンだのといった膨大な食料だった。
とりあえず恐る恐るながら、湯気をあげる肉まんを一口かじってみる。
美味い…それにどうやら毒も入ってなさそうだ。
「ごはん…」
社の耳にドアの向こうの呟きが聞こえる、ようやくお姫様のお目覚め…といったところか?
社がドアを開くと、ナコルルは包帯でぐるぐる巻きになった自分の姿を不思議そうに眺めている。
その姿を見て、社は数年前ブームになったとあるアニメのヒロインを思い出していた。
(にんにくラーメンチャーシュー抜きだったか?…それはともかく)
「傷は思ったよりも浅かったそうだ…血がちょっと多めに出ちまったくらいで
まぁ戦うのはちときついけど、動く分には問題なさそうだってよ、よかったな」
「ビリーさんは?」
いきなりの言葉に、口篭もる社…気まずい沈黙。
「遠いところにいったさ…あんたが無事生きてかえれるようにお願いにな」
それだけを答えるのがやっと。
「そうですか…」
社のような男は総じて嘘が苦手だ、そしてナコルルのような少女は総じて勘が鋭い。
ナコルルは何も言わずそれっきり黙ってしまっていた。
社はまた余計な気を女の子に使わせてしまった自分の至らなさをまた恥じた。
(なさけねぇ…)
無言のまま起き上がろうとするナコルル、慌ててその身体を支える社。
「お…おい大丈夫か?」
「私一人こうして安穏としてはいられません、早く回復しないと…」
その瞳に山積みになった料理が入る。
「あれ…いただいてもいいですよね?」
(うわ…)
社は目の前で繰り広げられている光景を唖然として見つめていた。
その視線の先ではナコルルが巨大なパスタの山にかぶりついている。
先ほどからのナコルルの食べっぷりはまさに凄まじかった。
その様子を見ながら社はとあるアニメ映画を思い出していた。
詳しい話は忘れたが、確か泥棒が囚われのお姫様を救い出す話だ。
作中で重傷を負った怪盗がやはりこんな風にドカ喰いをするシーンがあったはずだ。
(何て映画だっけ…よく金曜の夜にテレビでやるんだよな)
それにしてもと改めて社は思う、あの小さい体のどこにあれだけの料理が入るのだろうか…
だから社は気がつかなかった…ナコルルの身体が少しずつだが膨らんできていることに…
そしてナコルルが全ての料理を完食したその時…窓ガラスに映った自分の姿を見た瞬間
凄まじい悲鳴が病室に響いたのだった。
そして話は冒頭に戻る。
いまやナコルルはまさに数倍に膨れ上がった己の肉体を見て途方に暮れている。
数字に換算すると0.1t増といったところか。
器用なことに服までも身体に合わせて大きくなっている。
その姿を見て社は今度はとある格闘マンガの敵キャラを思い出していた。
(いてえよだったか…いや、息をするのもめんどくせーとか言ってたよな…)
「急激に摂取すると一時的に体重が増加する可能性ありって皿の裏側に書いてるな…いまさらながらだが」
「ま、一時的なんだからそのうちに戻るだろうよ」
「一時的ってどれくらい何ですか!?1日?1時間?1年っ!?」
己の肉体を見て嘆きの声を上げるナコルル、
それを見ながらも俺の責任じゃないと心の中で思う社だった。
その時だった。
くすくす、くすくすと窓の外から笑い声が聞こえる
そこには蝙蝠を思わせるシルエットの一人の少女がいた、その正体は言うまでもなくリリスだ。
「でぶ」
「でーぶでーぶ」
リリスは窓枠に腰掛けたまま、容赦無い罵倒をナコルルへと浴びせ掛ける。
「きれいな心を感じたから奪ったげようかなーって思ったけど、こんなデブの夢なんかつまんないや」
「こっ…こっ…こっ…」
ナコルルの顔が怒りと屈辱でニワトリのトサカよりも真っ赤になっていく。
そしてそのままリリスへと躍り掛かろうとしたのだが…。
ギシギシと安普請のベッドがきしんだかと思うと、ナコルルもろともベッドはぺしゃんこになってしまう
その無様な様子を見て、さらにリリスは意地悪く呟く。
「あなたの夢って考えるだけで胸焼けがしそうね」
そう吐き捨てるようにさらに追い討ちをかけ、リリスは翼を広げ空へと舞いあがる。
「ま、そゆわけだから、せいぜい食べ放題の夢でも楽しんでてよ」
そう言って飛び去ろうとしたリリスの背中に社が声をかける。
「おい?」
「なーに?」
「こんな顔した女見なかったか」
社は髪にシェルミーの似顔絵を書いてリリスに見せる、目が隠れるほどの前髪と
括った後ろ髪の特徴はとてもわかりやすい。
「昨日だったら見たよ、金髪のとんがり頭と一緒だった」
金髪のとんがり頭、社の脳裏に浮かんだのは一人しかいなかった。
(あいつか…)
二階堂紅丸、軟派な外見や言動とは裏腹に、かなりの切れ者だ。
あの男が一緒ならシェルミーも勝手はできまい。
「わかった…すまないな」
リリスは社の顔を数回繰り返し見ていたが、
「1/3人前…くらいかな?」
そう呟いてから飛び去っていった。
その後ろ姿を見ながら社は言い様の無い嫌な気分になっていた。
相手が化け物ということもあったが…。
(あの蝙蝠…)
そんな風に沈んだ気持ちでいる社とは違い、ナコルルはかなりハイテンションになっているようだった。
その手に光る何かが握られているのにようやく気がつく社、だが慌てて止めたりはしない。
「何すんだよ…そんなの持って」
「わ…私も侍です!かかる屈辱は腹をかっさばいて」
「無理だ!その腹じゃ脂肪に阻まれて痛いだけだ」
「な…なら枝ぶりのよい木を探して」
「その体重でロープがもつと思うのかよ…」
「それに今死んだらデブのまま死ぬことになるんだぞ」
残酷な現実だった…つまりナコルルに残された道は何が何でも痩せて、
もとの美しさを取り戻す以外には残っていなかったのだ。
「なぁ」
社はナコルルの肩を持ち、その顔を覗きこむ。
「あんたは俺の恩人だ!あんたに出会わなきゃ俺はどうなっていたかわからねぇ、ビリーの奴だってそうだ!」
あのギース・ハワードですら、彼女には何かと便宜を計っていたのだという。
やはり彼女にはそういう不思議な力が備わっているのだろう。
だからこんなところで躓かせるわけにはいかない。
「こんなくだらない」
「くだらないとは何です!!」
「人間大切なのは心だ!体重が増えたくらいでくよくよすんじゃねぇよ…ふぐやカバだってあんなに」
言ってしまってから社はしまったと思ったがもう遅かった。
ナコルルは眼に涙を浮かべると、社を突き飛ばしそのまま外へ飛び出そうとして
病室のドアにその巨体を引っ掛けてしまっていた。
社はため息をつきながらナコルルの背中を押してやるのだった。
そして病院の外には
(おい…何でだよ)
入るときには誰も気が付かなかったが遠大な下り坂が広がっている、いわゆるダラダラ坂というやつだ。
「今、転がった方が速いって思ったでしょう?」
ナコルルが恨めしそうに社に言う。
「そ、そんなことねぇよ」
思ったけど、と心の中で付け加えながらも社は弁解する。
「まったく…あら?」
結びそこなったリボンがはらりと地面に落ちる。
ナコルルはしゃがみこんで拾おうとするが、届かない。
皮下脂肪が邪魔をして、手が地面に届かないのだ。
やっと指先がリボンに届く、だがリボンはするりとまた風にさらわれ数メートル先に転がっていく。
デブル…いやナコルルはさらに身体を屈めていく、その時何かがずれる音、そして
「あら…あら…あらららららららっ…」
数歩たたらを踏んだかと思うとナコルルはそのまま、まさに転がるように坂道を滑り降りていく。
その様子を見てまた社は例の映画を思い出していた。
「確か屋根の上をぴょーんぴょーんと飛び跳ねるんだよな」
そしてナコルルの転がる行く手にはまるで狙ったかのように川があった。
しかしナコルルは転落の勢いそのままにぴょーん、と川を飛び越え…ることはできなかった。
例の映画の主人公とは違い、あまりにも体重が重すぎたのである。
哀れにも派手な水しぶきを上げてナコルルは川に転落してしまう、社がビリーの形見でもある
物干し竿を伸ばして救出を計ろうとするが、ナコルルが竿をつかんだ途端
「っわわわわっ!」
自分もバランスを崩して川に転落してしまう、雨上がりということもあって流れはかなり速い
2人は岸に上がるタイミングを掴めないまま、下流へと押し流されていく。
「ダイエットになっていいじゃないか」
社は元気付けようとあくまでも気楽な発言に徹する。
だが、ナコルルはそこまで楽観的になれないようだった。
「じゃあふぐは!カバはどうなんですかっ!」
こんな時でもやはり体重の心配をするのが、年頃の女の子らしいといえばらしいのだが
こんなことでは先が思いやられるのだった。
こうして社とナコルルが川下りをしているころ
髭男はまた己の身体を縄で縛り、街角に座りこんでいた。
自分の縛めを解いてくれる親切な誰かを待ちながら…。
【七枷社 所持品:物干し竿 目的:1.ナコルルを守って.仲間(シェルミー)と合流、ゲームには乗らない 3.クリスの仇討ち】
【デブルル(全回復) 所持品:不明 目的:ダイエット】
(肥満は最大で24時間経過で元に戻ります、肥満中は運動能力がUPしますが
当たり判定が大きくなります)
【リリス 所持品:不明 目的:おつかい完了・ヴィレンに守ってもらう】
(作中時間は「はじめてのおつかい」の前になります、あと登場してませんが
ヴィレンもいました)
髭男(メタスラ捕虜)について
縄を解いてくれた親切な人にアイテム進呈、ただしメタスラに登場した物のみ
残り回数は2回
彼本人はアイテム扱いなので、それ以外の自発的な行動は不可とします。
かすみはぷかぷかと波間に漂うまま、流されていた
流れこそ緩やかで水温も暖かだったが、もう陸地は見えなくなってしまってた。
どうやら海流に乗ってしまったらしい。
(どうしよう…)
彼女も過酷なまでの忍術の訓練を生き抜いた者、これくらいならまだ何とかなるものの
このまま陸にたどり着けなければやはり最後は溺れるか、凍えるか、鮫の餌だろう。
かすみは夢うつつで聞いたあやねの言葉を思い出す。
「あやねちゃんにもらった命だから…ちゃんと後悔しないように使わないと」
かすみは計ったようにボウガンの刃先が刺さった、あやねの形見のイヤリングを握りしめる。
それにしても彼女は自分の運のよさを実感せずにはいられない。
あの時、海からの風が一瞬逆風になり、矢の威力と狙いが微妙にずれ
そのおかげで矢は身体に刺さらず、さらにあの忍者の攻撃が峰打ちだったことも幸いした。
気を失っていたのはどれくらいの時間だろうか?
気がついたときにはまだ陸が見えていたのだから、それほど長い時間でもないだろう。
離岸流に流され戻れなかったが…。
そんな中、前方に明かりが見える。
ホシュ
そういやこの質問ってやらせじゃねえの?質問を送ったけど答えてもらえたってレス見たこと無い、やらせじゃねえの?
↑ゴメソ、ゴバク