bemani長編・漫才・二次創作総合スレッド -5th-

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305 ◆779b4UMz4I
「 M Y  M E M O R I E S 」


雑誌記者「次は何に挑戦してみたいですか?」
TAKA「機会があれば、ロックをやってみたいですね」


Beatmania 2DX 8thstyleの開発もいよいよ佳境に差し掛かり、
開発チーム一同は追い込みの作業に入っていた。
KAGEが大量に買い込んできたお菓子を片っ端からほおばりつつ、それぞれの仕事に精を出す。
続々と曲が筐体に入り、ムービーが完成していった。デバッグ作業も進行していく。
スタッフは常に会社に箱詰めの状態であった。労働基準法などあったものではない。

早々に「Rainbow Flyer」「Giudecca」を完成させたTAKAも、
さらなる曲製作やディレクション、雑誌の取材に忙しく追われていた。
8月下旬。彼は渾身のハウスナンバー「thunder」を完成させた。
同時期に「Colors」のリミックスを横田商会に依頼し、
自らは新しいファン層の開拓のため「Foundation of our love」の移植作業に入る。
その1週間後には、ユーロビート調にリミックスされた「Colors」のデモテープが到着。
さっそく譜面製作の作業に入る。夜も満足に寝ることのできない日々が続いた。
マスターアップ期日の4日前、ようやく彼の全ての仕事が完了した。
306 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:36 ID:???
その翌日、9月7日。定例の会議である。
収録曲の詳細がほぼ確定したことを受け、KAGEが切り出す。

「最初にユーザーさんにお送りすることができる曲数は41曲。
 なんとかノルマである『過去最大のボリューム』を達成できたということで、
 とりあえず、TAKA、UCCHIEを初め、サウンド製作陣、本当にお疲れさま」
「お疲れ様でした」とTAKA。
「ようやくこれで別の仕事に取り組めます…」UCCHIEもつぶやく。
「まあこれからも忙しい日々は続くだろうけど、とりあえず明日は日曜だし、
 息抜きに一日ゆっくりと休んでくれ」
「ありがとうございます」
「でも、まだこれで完成というわけではないので。HPの曲紹介コメント考えとけよ。
 あと、ムービーチームの面々、プログラム担当は、最後の追い込みを頑張ってくれ。
 特にGOLI。お前は一度データ飛ばしてるんだから、寝ない覚悟で遅れを取り戻せよ」
「わかりました…」GOLIは少々恐縮気味だ。
「他のみんなもわかったな?」
「はい」とGYO。
「了解です」HESも返事する。
「状況は厳しそうですがやります」KANIも同様である。
「じゃあ今日の会議は終了。各自全力を尽くすように。」

その夜、TAKAは帰路についた。
「久しぶりに家に帰ることができたな…」
そうつぶやくと、彼は床に倒れこんでそのまま眠りについてしまった。
連日の激務で、彼の疲労の蓄積は相当なものになっていた。
307 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:37 ID:???
彼が目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎになってからだった。
せっかく手に入れた休日であったが、彼は何をすればいいのかわからなかった。
というより、何かする気力もなかった、という表現の方が正しいのかもしれない。

サウンドプロデューサーという仕事…。
他人が作った曲を取捨選択しつつ、自らも曲を製作する。時には譜面も作る。
そして、音楽ゲームの顔という宿命を背負ったそれらの曲を全国にさらけ出す。
それゆえ、常にユーザーらの注目を浴び、クオリティが低ければ容赦なく叩かれる。
そのような仕事に対する責任の重圧が、重く彼にのしかかってくる。
それがどれほどまでに大きいものであるかは、想像に難くないだろう。

もっとも、今回の作品群には、彼もかなりの自信を持っていた。
「自分はこの仕事で本当は何を作りたいのか。この仕事とは、そして自分とは何なのか…」
そのひとつの答えが、8th開発初期に製作した「Rainbow Flyer」であった。

「他人の目などいちいち気にしてはこの仕事はやっていけない。
 自分の作りたいものを作ればいい。そうすれば自然に結果はついてくる。
 そう、誰に何と言われようと、俺は俺を通すんだ…」

これが彼の導き出した結論だった。
308 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:37 ID:???
しかし、心の奥底で、言い知れぬ不安があったことは確かであった。
新作発表の時期になると、いつも湧いてくる、気が狂いそうなくらいの不安…。
「HPの曲紹介コメント」など、考える余裕もなかった。

彼は目を覚ました後も、長い間床に突っ伏していた。まるで何かに押し潰されるかのように。
どれほどの時間が経っただろうか。彼はやっと体を起こした。
ほとんど放心状態のまま、着替えて、少し伸びた髪の寝ぐせを直し、
昨日帰宅の途中で買ってきたコンビニ弁当をほおばる。
時計に目をやった。すでに午後7時を過ぎていた。
「今日はもう美容院へは行けないな…」と、彼は独り言をつぶやいた。

家にはここ1週間帰っていなかった。部屋には若干ホコリがたまっていた。
さらに、機材、没になった曲のデモテープ、ガラクタなどが、部屋のあちこちに散らばていた。
「やることもないし、とりあえず掃除でもするか…」
ふと思い立ったように、彼は部屋の掃除と整頓を始めた。
それが今の彼に出来る精一杯のことだった。

あれを見つけるまでは…

押し入れを整理している途中、ダンボール箱の中の一本のテープが彼の目についた。
大量のテープの中に埋もれていたものだが、これだけラベルが貼られていない。
「これって何だったっけ?」
彼はそれに導かれるかのように、それを手にとった。そして再生してみる。
309 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:38 ID:???
聞こえてきたのは、バンドの演奏であった。
ギターがうなっていた。ドラムが激しく叩かれていた。ベースがしっかりと脇を固めていた。
演奏は決して上手いとは言えなかったが、その疾走する熱いビートはなんとも心地が良かった。

その瞬間、彼に電撃のようなものが走った。
そして、彼はこのテープが何であるかを思い出した。

失いかけていた「記憶」のテープ。

それは、彼が学生時代のころ。彼は、仲間たちとともにバンドを組んでいた。
そうして、たくさんの曲を作り、歌い、演奏してきた。楽しい時間を共有してきた。
時には意見が対立するときもあったが、それすらも楽しいと思えた。
彼の学生時代は、良き友人たちに恵まれ、本当に充実したものであった。

そんな彼らにも、大学を卒業する時が近づいてきた。
それぞれが違う道を歩もうとしていた。
全員が同じ時間を共有できることは、もうほとんどないかもしれない…。
そう考えた彼らは、最後に卒業記念の曲をみんなで作ろうと考えた。

新生活に向けての準備に追われて暇はほとんどなかったが、それでも少しずつ製作は進んでいった。
全員が集まれる時間を少しずつ見つけては、新曲について議論した。
そして、歌なしの仮レコーディングを完了させるところまでこぎつけた。
歌詞は永遠の友情を誓ったものにしようということになった。すでにタイトルも決定していた。
だが、時は無情だった。その歌に歌詞を乗せることはできなかった。
ついにその曲は完成することはなく、彼らは別れの時を迎えたのである。
310 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:39 ID:???
彼はゲーム業界への就職を志して、KCEスクールに進学した。
そこで作曲者としての才能を開花させ、1年後にはKONAMIへの入社が決定した。

KONAMIに入社早々、音楽ゲーム製作のサウンドプロデューサーに抜擢された。
それは、仕事に忙殺されそうになる日々の連続だった。
その中で、彼の学生時代のころの記憶は少しずつ隅に追いやられていった。
今までとは比べ物にならないほど大量の曲を製作する過程で、
その出来事は遠い日のものになっていった。それがわずか数年前のことだというのに…。

学生時代に最後に作った、未完成のデモテープ。
それが、あのテープだったのだ。

忘れかけていた記憶がよみがえってくる。仲間たちの顔も、今なら鮮明に思い出せる。

「あいつら、今ごろ何やってるんだろうなぁ…」

仲間たちのことを考えた次の瞬間に、彼は強烈な制作意欲に狩られた。

「雑誌のインタビューでは俺はロックを作りたいと言った。
 それは、単純に最近の2DXのジャンルがマンネリ化していたために、
 次回作では新ジャンル開拓をしたいという、ある種の事務的な意味で言ったものだった。
 だが今の俺は違う。あのころの、忘れていた物を思い出した。
 今ならただの表面上ではなく、心の底から言える…

 
 『ロックは俺のルーツだ。俺はロックを作る』と。」
311 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:40 ID:???
「『Rainbow Flyer』は俺の仕事に対する宿命、答えとなる曲。
 が、今からでもまだ遅くない。もう1曲別の方面から、
 俺自身を表現した曲があってもいいのではないだろうか。
 そう、『dj』ですらない、ありのままの俺を、俺とあいつらの『記憶』であるこの曲に乗せて…」

そう思うのが早いか、彼はあのテープを聞きながら、机に座って歌詞を書きはじめた。
あの時、完成しなかった曲に、新たな想いを吹き込んでいく。
次々とフレーズが浮かんできた。思いつくままにそれを書き連ねる。

   「降りしきる雨に濡れてた 野良犬のように
    たぶん 誰もが いつも何かに脅えながら」

   「失う物ばかり 空のheartで 信じる my beat, runaway」

   「最後の楽園を 鏡の向こうで見た my blues」

こうして、永遠の友情を誓った歌詞が乗ることを予定していた曲は、
現在の苦悩と、学生時代へのもう帰れない想いをつづったものに生まれ変わった。
タイトルには、あの時仲間たちと決めていたものを、そのままつけることにした。

歌詞を作っても、製作の衝動はまだおさまらない。
彼はその勢いで、「Rainbow Flyer」の曲紹介コメントも一気に書き上げてしまった。
今まであった疲労感はすでになくなっていた。いや、感じなくなっていたというべきであろうか。

時計は午後11時を回っていた。彼は車を走らせ、KONAMI本社に向かった。
UCCHIEに電話をかけて、彼にも本社へ向かわせた。
312 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:41 ID:???
日付が変わった。マスターアップ期限まであと48時間に迫った。
本社開発室では相変わらず2DXチームの最後の追い込み作業が続いていた。
開発室にはKAGE、GYO、HES、KANIの4名。GOLIは別室にこもってポスター作りに没頭していた。

そこに、わけのわからないままUCCHIEが開発室に入ってきた。
「どうしたんだ、UCCHIE?こんな深夜に」KAGEが驚いた顔で彼にたずねる。
「わたしもよく事情がわからないんです。
 ただ、TAKAさんに『本社で待ってて』と言われたので…」
「TAKAが…?サウンド方面で何かあったのか?もうすべて仕上がってるはずなのに」
「どうかなされたんですか?」と、眠い目でムービーを作っていたGYOも怪訝そうにたずねる。
にわかに開発室内が騒然となってきた。

そこにTAKAが、数枚の紙と、1本のテープ、それにギターを持って部屋に駆け込んできた。
そしてドアを閉めるなり大声で叫んだ。

「俺、もう1曲作ることにしたわ!!」

再び、開発室内に驚きの声が上がる。
「ちょっと本気でそれ言ってるんですか!?」
「それで私を本社に呼んだんですか!?今からなんて無謀ですよ!」
「締切は明日ですよ!どうやって今からムービーもう1本作ればいいんですか!!」
口々に反対の声が上がる。それは当然のことであった。しかし、
「ちょっと静かに!彼の言い分も聞いてみようじゃないか」とKAGEがみんなを制止させる。
313 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:42 ID:???
「今から作ろうってことは、少なくともすでに曲の構想はまとまってるんだろうな、TAKA?」
「はい。このテープに以前作った仮の曲が入っています。歌詞もすでにあります。
 タイトルは『memories』、ビートロック風の曲です」と、TAKAは自信に満ちた口調で言った。
「こういうことらしいが…みんな意見はあるか?」
「ビートロック…いくら雑誌の紙面で約束したからって言ったって、この短期間では」
「やっぱり次回作に回すべきでは…私にはTAKAさんの意図がわかりかねます」
「曲の構想があるといっても、譜面も新たに3種類作らなければいけないんだし…」
製作陣が相変わらず反対の意見を唱える中、TAKAは絶叫した。

 「誰に何と言われようと、これは俺が絶対にやり遂げなければならない仕事なんだ!
 間に合うか間に合わないかの心配だと?間に合わせるんだよ!
 失敗した時の責任は俺が全部取る!それでいいだろ? 
 譜面も俺が作る!ムービーにも俺が出るからそれを撮ってくれ!!」
  
TAKAのただごとではないその迫力に、その場にいた誰もが言葉を失った。
彼は身を翻すと、ギターを担いでレコーディングスタジオに向かった。

「KANIさん、彼どうしましょうか…?」
「やらせてみよう。あの雰囲気では、どうせ止めても無駄だろう」

レコーディング、ミキシングの作業は夜を徹して続けられた。
そして、日が昇り始めたとき、彼はスタジオから出てきた。
314 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:42 ID:???
「曲が完成しました」と、かすれた声でTAKAが言った。
「おっ!もうできたのか!?」KAGEが驚いたように声を上げる。
「それじゃ早速聴いてみよう」と、彼はイスで寝ていた製作陣を全員起こした。
別室にこもっていたGOLIも呼んだ。
完成したテープからは、疾走するビートロックのリズムと、熱いボーカルが聞こえてきた。
「これは凄い!」「漢だ!」「カッコいい!でもやっぱり時間がないですよ…」
様々な反応が出るが、全員が曲そのものについては絶賛しているようだ。
「これ誰が歌ってるんですか?」と、GOLIは事情がいまいち飲み込めていない。
「ボーカルは俺だよ」「えっ!?TAKAさんなんですか!?」
その反応に思わず笑う製作陣。開発室内が少しなごむ。

「どうですか?」と、TAKAがKAGEとUCCHIEにたずねる。
「うん、時間は本当にないけど…」「この曲はいいと思いますよ」
「OKですか!ありがとうございます」
そういうと、彼は机に座って作業を始める。譜面製作のためだ。

曲を聴いて、それにふさわしいエキサイティングに叩けるような譜面を考えて、
それをエディターに起こす。合計3種類の譜面を作らなければならない。。
いま作った曲の音を細かく刻んでいき、再び貼り付けていく。
その作業は、肉体的にも精神的にも、想像以上に労力を要するものである。
通常はかなりの時間を必要とする。しかし彼は、半日でそれをやってのけた。
315 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:44 ID:???
「あとはムービーだけか…」
肝心のGYOはまだムービーの調整に追われていた。
「こうなったら俺が…」
彼は自分が考案したムービーのイメージを図面に起こしはじめた。
その図面は、最終的に十数ページにも及ぶことになった。
翌朝。ようやく調整を終え、眠り込んでいたGYOを、TAKAが起こす。
TAKAの図面を元に、衣装が買い集められ、急ピッチで撮影が行われた。

「TAKAさん、本当にどうしちゃったんだろう…」と、撮影風景を見ていたUCCHIEがKAGEに言った。
「ああ…。ここ2日間一睡もしてないはずなのに、なぜか生き生きとしてるな。」
「ええ。3年ほど一緒に仕事してきましたが、あんな明るいTAKAさん初めて見ましたよ…。」

そして、期限日当日の午後6時、ついにムービーが完成した。
ムービーと譜面がKANIに託された。さっそく、曲を筐体に入れる作業を行う。
こうして、TAKAの思いを乗せた曲「memories」は、無事筐体に収録されることになった。
316 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:45 ID:???
「できたー!」
「マスターアップだー!これで休めるぞ!」
「TAKAさん凄すぎ!まさか本当に収録できるとは…」
製作陣が口々に叫ぶ。が、何故かKANIだけは浮かない顔をしている。
「KANI、どうした?」KAGEが聞く。
「いや、バグがまだ残ってるんですよ…。原因がわからなくて。
 もう少し時間があれば直せるとは思うんですが、急遽TAKAさんの件が入ったもので…」
場が少しざわついた。

「どんなバグが出るんだ?」
「いや、何故かFREEモードで『thunder』や『Red Nikita』を選ぶと、
 次のプレイでは7KEYSでも1曲目から普通に出来るようになっちゃうんですよ…。
 しかもそこで選曲しても、2曲目以降もその曲が選べるっていうもので…。
 さっき『memories』を入れた時に試したら、やっぱり同じ症状が出るんです」
「それくらいいいじゃん?もう時間もないし。仕様ってことにしとこう」
「仕様ってことでいいんですかね…?まあ、しょうがないですかね」
「そういうことでいいよ。君は十分にやった。なあ、TAKAもそう思う…よな?」

TAKAはすでに、床に倒れこんでそのまま眠りについてしまっていた。

彼が目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎになってからだった。

今までにないほど、すがすがしい目覚めだった。
317 ◆779b4UMz4I :02/10/13 23:46 ID:???
その2日後のこと。以前取材を受けた雑誌から、また取材が来た。


TAKA「個人的に新しいことと言えば、今回初めて2DXで『ロック』を作ったことですかね。
    技法的には昔やってたことなので、新しくも何ともないけど」
雑誌記者「以前このページのインタビューで『ロックをやりたい』とおっしゃってましたね」
TAKA「そうですね(笑)。あの時はまさか実現するとは思っていませんでしたけど」
GYO「実際、心打たれるものがあって(笑)、『作れるかな、作れないかな』という状況でしたが、
    TAKA本人の惜しみない協力もあって、ムービーも作ることができました」


AMショーで披露された後、ついに「Beatmania 2DX 8thstyle」は稼働日を迎えた。
手ごたえは上々だった。「memories」は、各地でユーザーの注目を浴びた。
「TAKA、吹っ切れてるな」「(・∀・)イイ!!」「今回の顎はヴァカだ…」
そんなユーザーの反応も、いつもと違い、今回は余裕を持って楽しむことができた。

誰に何と言われようと、自分を突き通し、ありのままの自分自身を表現する。
それが「TAKA」のやり方だと気付いたから。

8thの稼動後、彼は久々にまとまった休日を取ることができた。
彼は思い出したようにこうつぶやいた。


「そうだ、久しぶりにあいつらに会いに行こう…」


--FIN--