「私、学校に行きたい」
とある日曜日の朝。ウイップが洗い物をしていると、
クーラが横へ来てこんな事を言ったのだ。
「えっ、突然そんなこと言われても・・・」
「制服着るだけでもいいの!お願い、ウイップ」
唐突に言われたため、ウイップは返答に困った。
なぜこんなことを言い出したのか理由を聞いてみると、
『街でみかけた同じ年頃の子達が可愛い服(制服)を着ていたから、
自分も着てみたい。』ということらしい。
確かに、クーラは14歳。普通なら中学生の年頃だ。
制服を着たいという気持ちもよく分かる。
けれど事情が事情なだけに学校へ行かせることも出来ない。
「ねぇ、いいでしょ?一回だけでいいから制服っていうやつを着てみたいの!」
「困ったわね・・・」
ウイップは洗い物をする手を止め、クーラの頭を撫でた。
「いい、良く聞いてね。確かに、クーラが制服着たいっていう気持ちも分かるのよ。
だけど、学校に行ける状態じゃないでしょ?だから我慢して」
クーラが上手く学校でやっていけるかどうか心配だし、
何より学校へ行かせるお金の余裕もない。
制服を誰かから借りるという手もあるが、借りるあてが全くない。
「我慢出来ない!私、絶対制服着たいの!!」
クーラは半泣き状態でウイップにせがんだ。
一度こんな状態になると、しばらく手がつけられない。
「K'、後は頼んだわ」
一人奥の部屋でテレビを見ていたK'は、状況が把握出来なかった。
2人のいる所にやって来ると、クーラがわめいている。
「私ちょっと出かけて来るから」
「あっ、おいちょっと待てよ!!!」
ウイップはそそくさと部屋を後にした。
(これからどうしようかしら・・・)
部屋を出てきたのはいいものの、どうせ夕方には帰らなければいけない。
クーラの機嫌は相当悪く、しばらく落ち着かないだろうと思われる。
彼女の願いを叶えてやりたいとは思う。けれど、どうしても良い案が思い浮かばない。
ウイップは一人、頭を抱えるのだった。
彼女の足は街へと向かっていた。日曜日だけあって人が多い。
考え事をしていたせいか、ウイップは真っ直ぐ前を見ていなかった。
その時、誰かに勢い良くぶつかった。
「痛っ・・・ごめんなさい・・・って、え?」
顔を上げるとそこには見たことのある顔があった。
相手も自分に気付いたらしく、驚きの声をあげた。
「あなた、極限流の・・・ユリ・サカザキ?」
「そういうあなたは・・・ウイップさん!!」
偶然にもぶつかった相手は、去年のKOFで戦った相手だった。
「きゃーお久しぶりです!!元気でした?」
「ええ、まぁ・・・」
そっかー、ウイップさんの所、大変なんですねー」
ユリは目の前の紅茶をを一口、口に含んだ。
偶然の再会の後、彼女たちは喫茶店に入り、世間話や、自分たちの事についていろいろと話した。
ウイップは、今朝の出来事をユリに語って聞かせた。
「そうなの・・・それで今どうしようか悩んでた所なのよ。制服なんてないし。」
「お互い、大変ですね・・・」
二人は同時に深いため息をついた。
「あ、そういえば・・・!」
ユリは少しの沈黙の後、何か思いついたように言った。
「確か家に私の昔の制服があった筈・・・良かったらそれ、貸しましょうか?」
それまで暗い表情だったウイップの顔がぱっと明るくなった。
「ホント?じゃぁ悪いけど、貸してくれる?」
「私のお古で良かったらどーぞ!!あ、でも1つお願いがあるんですけど・・・」
ユリの顔つきが何か企んでいるような感じに変わる。
「何?私の出来る範囲でなら構わないけど・・・」
「ちょっと耳かしてください!!」
ユリがひそひそと耳打ちをした。
「あら、そういうことなら喜んでやるわ!」
ウイップの表情も怪しげになる。
「じゃぁ制服取りに行くから、家まで付いてきて下さい」
電車を使い一駅越して、そこから少し歩いたところにサカザキ家があった。
「ウイップさん、ちょっとここで待っててくださいね」
ユリはそれだけ告げるとバタバタと家の中に入っていった。
「ただいまー!お兄ちゃん、私の制服ってとってあったよね?」
「んー、ああ、確かあっちの押し入れにあったとおもうぞ・・・」
「良かったー!お兄ちゃんの制服もちょっと借りるねー」
「おいユリ、そんなの何に使うんだ?」
「いいからいいから!!」
奥から大量の制服を持ち出してきたユリは、また玄関へと戻っていった。
「ウイップさん、お待たせ!ハイ、これ。」
玄関の前で待っていたウイップに大きな紙袋を渡した。
「どうもありがとう。これ借りていくわね」
「いえいえ、気にしないで下さい。あ、だけどあの事は忘れないで下さいね?」
ユリはにやりと笑った。
「ええ、任せておいて・・・」
ウイップもにやりという笑いを浮かべた。
PM3:00。
「ただいまー」
「クーラ、制服借りてきたわよー!」
彼女の一言を聞いたクーラは一目散に玄関へ飛び込んできた。
「ホントなの、ウイップ?」
ウイップはこくんと頷く。紙袋を指さした。
「うわーい!!!ありがとうウイップ、大好きー!」
クーラがウイップに抱きつくと同時に、奥の部屋からK'が出てきた。
「ただいま」
「ああ、お帰り・・・ウイップ、制服どうしたんだよ?」
「今日偶然ユリ・サカザキに会って。借りてきたのよ。」
「あの極限流の・・・?」
「ええ。ここで話してるのもなんだから、早く部屋に入りましょう。」
「ウイップ!早く服出して!!」
クーラは興奮冷めやらぬ様子でウイップに頼んだ。
「はいはい・・・あ、何だか2種類入ってるわね。じゃぁまず定番のこのセーラー服。」
前でスカーフを結ぶタイプのセーラー服をクーラに渡した。
「わー、これが“せえらあ服”ってヤツだね!」
「ハイ、K'はコレね。」
そう言ってK'の目の前に差し出したのは学ラン。
「はぁ?何で俺が着なきゃいけねぇんだよ」
「K'のもあるんなら一緒に着ようよ。」
クーラは満面の笑みを浮かべてK’を見た。
ここでクーラに従わないとまた駄々をこねるので仕方なく従う事にした。
「ちっ・・・しょうがねぇな・・・特別だぞ」
K’はがっくりしながら自分の部屋へ入る。
「さ、クーラ。着てみて」
「う、うん・・?」
クーラは、朝制服を着たいと言ったとき、いい顔をしなかったウイップが
今は自分より楽しそうにしているのを不振に思った。
けれどそれもさほど気にせず、服を脱ぎ始めた。
「あっれぇ、コレってどう着るんだろう・・・?」
クーラが着方に悪戦苦闘していると、ウイップは鞄からカメラを取り出した。
(ちゃんと約束は果たさなきゃ、ね・・・)
約束とは、ユリ・サカザキから制服を借りる条件の事である。
その内容は、
『制服を貸す変わりに、クーラとK'の制服姿を写真に納める』
というものだった。
その条件をウイップは快く引き受けたのだ。
そんなことを思い出しているうちに制服を着たK'が部屋から出てきた。
「おい・・・こんな感じか?」
当然学ランを着るなんて初体験のK'。照れているようにだった。
「あははは。K'不良学生みたいよ!!まぁでも似合ってるわ」
浅黒の肌に銀髪、確かに不良っぽく見える。
「おい!笑うんじゃねぇ!第一ウイップが着ろって言ったんじゃねぇか!」
「まぁまぁ落ち着いて・・・」
「ねーねー二人とも見て!似合うでしょ?」
クーラが二人の間に入ってきて、制服姿の自分を披露する。
「あら、よく似合ってるじゃない、クーラ。ほら写真撮るから二人でそこに並んで」
「おい、写真なんか撮るなよ!!」
「いいじゃん、撮ろうよK'」
クーラがK'の腕を組むと、すかさずウイップがシャッターを押した。
「ふふ・・・純情カップルみたいでいいわね」
相変わらず、クーラよりもウイップの方がはしゃいでいる。
「ねーウイップ、次のも早く着たい!」
「ああそうね・・・もう一着はブレザーだわ。良かったわね二種類着れて。」
紺色のブレザーに赤×黒のチェックのリボン。同柄のスカートで、なかなか可愛らしい。
それをクーラに手渡すと、部屋に戻って着替え始めようとしているK'を呼び戻す。
「K'、あなたの分も、もう一着あるのよ。」
K'は無言のままドアを開けた。
抵抗しても無駄だと悟ったのか、おとなしく制服を受け取った。
数日後。
ウイップは一人、とある喫茶店へ向かっていた。
ユリ・サカザキに会うためである。
写真の現像も終わり、制服を返しに行く所だった。
店内に入るとすでにユリは座っていて、こちらに向かって手招きをしている。
「ウイップさん、こっちこっち」
ウイップは席に着くと、コーヒーを注文した。
「これ、どうもありがとう。本当に役に立ったわ」
大きな紙袋をユリに渡す。
「いえいえ、いいんですよ。それより、例の物持ってきてもらえました?」
「ええ、もちろんよ・・・」
待ってましたとばかりに、ウイップは鞄の中から取りに行ったばっかりの写真を取り出した。
テーブル一面に写真をバラ撒く。
「きゃーK'さん不良みたーい!!」
「やっぱりそう見えるわよねぇ」
「あー、こっちのクーラちゃんちょっとえっちな感じ!ウイップさん撮り方えっちぃですよぉ!!」
こうして二人の会話は一日中店内に響いていた。 〈終了〉