そして今、クーラはK'の部屋のドアを前にしている。
…いざ入るとなると、やはりどうしても躊躇してしまう。
紅丸の言っていたことは、確かにわかる。考えてみれば、K'は照れ屋で口が悪くて
ひねくれ者なのだ。あの言葉が本心だったとは、どうしても思えない。
しかし、もしも――もしもあれが本心だったら?
今またあんなことを言われたら、きっと自分は立ち直れない。絶対に。
その怯えが、クーラの意思に反して筋肉を硬直させる。
だが…結局そうしていたのはわずかな時間だった。
「(一歩動かなきゃ、何も始まんないんだよね…お兄ちゃん)」
クーラは思い切ってドアのノブを回す。鍵はかかっていなかった。
ゆっくりと中へ入るや否や、部屋の奥から驚きの混じった声が聞こえた。
「クーラか……!?」
K'だった。声とともに、彼は弾かれたように玄関へと姿をあらわした。
「来て…くれたのか…」
ほんの数時間前に会ったばかりなのに、あきらかに彼の顔はやつれて見える。
いつもの覇気に満ちた表情は消え、かわりに疲労と戸惑いの跡がそこにはあった。
クーラは大きく深呼吸して、K'に言った。
「……話して。あたしが知りたいと思ってること、全部話して」
「ウィップさんが、K'の…」
やはり何かを決意していたらしいK'が、クーラにとって意外なほど落ち着いて
すべての事情を話し終えた後、驚きとともにクーラが呟いた。
「俺も、お前も、ネスツの記憶操作は一応解けたみたいだが…やっぱり
まだあやふやな所があるらしい。お前は…知っているはずなのに、
まだ思い出せていなかったんだ」
「じゃあ、K'とウィップさんは…あたしが、変な誤解してただけってこと?」
「ん…まあそういうことになるかな…でもな」
K’はベッドの上にあぐらをかいたまま、膝に手を置いて深々と頭を下げた。
「どういう理由にせよ、俺が言ったことは悪かった。お前を傷つけちまったと思う。
この通りだ…すまない」
クーラは安堵で胸がいっぱいになると同時に、軽い驚きを覚えた。
K'がこれほどまでに素直な態度をとるのは、少なくとも彼女が覚えている範囲では
初めてのことだったからである。
「うん。すっごい傷ついた。でも…」
そんな彼を見て、クーラは笑顔を浮かべる。
「もう直っちゃった。K'の気持ち、わかったもん。あたしの方こそ、
誤解してゴメンナサイっ!」
クーラはぴょこんと頭を下げた。そして、右手を差し出しながら言う。
「仲直りのあくしゅっ!」
一瞬の戸惑いの後、K'は素直にその手を握った。
「なあ…あのケーキ…お前がつくったんだよな…いや、俺が悪いんだが…
なんかもったいないコトしたな…」
すっかり明るくなってはしゃぐクーラにさすがについて行けず、
なんとか少し落ち着かせようとK'が言った。
「だから悪いのはK'だけじゃないよぉ。でも、確かにもったいないね…」
「…ちょっと待ってろ」
K'は大事に冷蔵庫にしまっておいたそれを持ってきた。
「あ…捨てたんじゃ、なかったんだ」
「捨てるかよ。本当は、どうしていいかわからなかったから
とりあえずしまっといたんだけどな。…食ってみてもいいか?」
「え。潰れちゃってるよ?…ヤじゃないの?」
K'は無言で箱を開け、クリームとスポンジが崩れて混ざり合ったケーキを
指でひとすくい取って口に入れた。
「ん…うまいぜ」
「えー?ほんとにぃ…?やだ、ほんとはもっとちゃんとしてたのに…
そっちの方がおいしいよ。またつくったげる」
多少慌ててクーラが言う。そんな彼女を見ながら、K'は何事かを思いついたように言った。
「いや、マジでこれもうまいって…お前も食ってみるか?」
「うーん…ちゃんと味見はしたんだけど…えへへ、じゃ、一口だけ」
K'はうなずいてもう一度指でケーキをすくうと、そのまま自分の口に入れた。
「え…?」
クーラが疑問を口にしようとした瞬間、K'がその口をふさいだ…。
「んっ…」
触れ合った唇の間から、甘く暖かいものが流れ込んでくる。
そして、柔らかく滑らかな舌がそれに続く。
「んん…んぅ…」
クーラの口の中で、二人の舌が絡み合う。その感触に、彼女の頭の芯は
心地よくぼやけていく。
どれくらいそのままでいたかわからない…クーラが気づいたときには、
すでにK'の唇は彼女の下から離れていた。我に返ったクーラは、
顔を真っ赤にしてふてくされたように言う。
「……ふいうちは、ヒキョウだぞぉ……」
K'は笑顔で答える。
「嫌だったのか?」
クーラはぶんぶんと首を横にふって言った。
「ヤなワケ、ないでしょ…!でも…」
さらに赤くなる。
「ビックリして…その…」
「何だよ」
「……変なん、出てきた」
今度はK'が赤面する番だった。
「変なんって、お前…」
「違うもん!おもらしじゃなくて、違うのだもん!」
「……!!」
さらに激しく否定するクーラを見て、K'は悟って言った。
「わかった。わかったから。…なあクーラ、俺は、お前の事が…好きだ。
お前は、どうだ?」
「……大好き」
その返事にうなずき、K'は優しくクーラを抱きしめた。
「なら…お前の事……抱いてもいいか?」
「抱くって…」
「意味、わからないか?」
しばらく間が空く。その時間が、K'にはひどく長く感じられた。
「わかった……K'なら……いいよ」
二人の心臓が高鳴る。その鼓動を互いに感じながら、彼らはゆっくりとベッドに倒れこんだ。
K'はひとつひとつ丁寧にクーラのブラウスのボタンを外す。
続けてスカートのホックを外し、下着にも手をかける。
すぐにクーラの体は、一糸纏わぬ姿でK'の前にさらされた。
「なんでだろ…?なんか、すごく恥ずかしいような気がする…」
クーラは顔に手を当てながら言う。
「灯り、消すか?」
「…お願い」
あたりが暗闇に包まれる。その中、自らも衣服を脱ぎ捨てたK'が
クーラのしなやかな肢体に覆い被さる。
……互いの息遣いが、やけに大きく聞こえる。
「やっ……!」
K'がクーラの下半身に手を伸ばすと、彼女の口からささやかな声がもれた。
「はぁ……んんっ…」
「(もう…いいみたいか?)」
K'はそのとろりとした質感を確かめて、心の内に呟いた。
「(あーっと…アレは確か…)」
K'はベッドの脇にあるサイドボードの引出しを手探りで漁る。
「(これだ…)」
彼は以前「一応念の為」買っておいたそれの箱を開け、中から包みをひとつ取り出す。
使い方はわかっている。買ってすぐ半ダースを無駄にして練習したのだから。
「(ええと…ここだよな…あれ、もっと下か…?)」
準備を済ませたK'は、ゆっくりとクーラの中に入ってゆく。
「いっ……」
と、半分ほどまでつながったところでクーラが声を上げた。
「たぁぁぁぁぁい!ちょ、ちょっとK'!痛いってば!」
「悪ぃ、しばらく我慢しててくれ…そういうもんなんだって」
「我慢って…知らないよあたしそんなの!」
「知らないって…お前、意味わかるって…」
「なんかよくわかんないけど、色々えっちぃコトするだけだと思ってたのに…
こんな痛いコトするなんて聞いてないよぉ!」
「……すまん、ケガとかそういうんじゃねえから…我慢しててくれねえか?」
「……」
クーラはあきらめて口を閉じ、必死に痛みに耐える。そして、我慢のために
力をこめられた下半身は、一層きつくK'を締めつける。
「う……」
その刺激に、あっさりとK'はクーラの中で果てた。脈動がクーラにも伝わり、
彼女はいっそう身を強張らせる。
行為が終わった後も、クーラはぐったりとベッドの上に身を横たえていた。
「いや…なんか…そんなに痛かった、のか?」
「痛い」
幾分弱気になったK'に向かってクーラはぴしゃりと言う。
「誰もそういうコト教えてくんないし…あたし、せっくすってどんなものか
知らなかったんだもん」
「……でもよ」
「何よ」
「これで、クーラは俺の女だ」
その一言に、クーラは顔を上げる。
「ほんとに…俺はお前の事が好きだから、こうしたかったんだ。俺だって初めてで
良くわかんなかったしよ…これから少しずつ、二人で探っていけばいいじゃねえか」
「……そうだね」
クーラは少し微笑む。
「でも…今夜はもう遅いから、もう寝よ?」
「だな…でもお前、今日泊まってって平気なのか?」
「いまさら帰るわけにもいかないじゃない。帰れなんて言わないでしょ?」
「そりゃもちろん、な。んじゃ寝るか…」
「K'」
「…何だ?」
「愛してる」
初めてクーラの口から聞くその台詞は、世間ではありふれた言葉であるにもかかわらず
格別の響きを伴ってK'の耳へ届いた。
「……俺も、愛してる、ぜ。……おやすみ」
不器用にK'は言葉を返す。
「うん。おやすみなさい」
クーラもそう返し、そのままどちらからともなく唇を重ねた。
それきり二人の間に言葉は発せられなかったが、胸の内では
それぞれに様々な思いがよぎっていた。
「(まいったぜ…一回済ませたってのに、ちっともおさまんねえじゃねえか…
このままじゃ寝られねえよ…クーラが横にいるのに自分で、ってワケにもいかねえし…
ちくしょうどうすりゃいいんだよ…)」
一歩、クーラの方はというと…。
「(ってゆーかほんとにまだ痛い…まだなんか入ってるみたい…
あーもう、こんなんじゃ寝られないよぉ…どうしよう…)」
……時刻はまだ日付が変わったところ。
二人の永い夜は、まだ当分終わりそうにない。
第三部 完