【出崎】劇場版AIR&クラナド総合スレ 5 【鍵】
>>924 共通しているのは「死んだ」という事象であって、それの捉え方は全然違うでしょ。
大切な人をなくしたことがあるか、というのがこの物語の標題でもある。愛する人の死を、ゲームは過程で死を乗り越えたはずなのに一家全滅した上、しかし最後は三人揃ってハッピーエンドて展開に納得いかないから、死を乗り越えるところを重点を置いた物語にしたて事でしょ。
なんか盛り上がってるなあ。
互いに話が噛み合わないのは、公開時に劇場で売っていたパンフに目を通しているか
いないかの差じゃねーのかなと思う。あれに目を通していないと、企画段階から意図された
劇場版と原作の違い(限られた尺という制約のもとで、原作の何を表現し何を削ることに
したか)も、出崎に知らされていたこと・知らされていなかったことは何かも、わからんからな。
いや、パンフ云々じゃなくて、単に原作批判されたと思って噛み付いているだけでしょ
AIRと三千里の共通項とかって概要聞いたら誰でも最初によぎって忘れるネタかと思ったけど、意外とそういう人って居なかったんだろうか?
インタビューは、そういう話の流れであればなぜリアルにしなければならないのかわからなかったというか、
>>927みたいなのが見たかったんだよな、死に頼らなくても出来る人だと思うのに2作品ともだから。
2作品とも死を描いているのだから当然
頼っているのだとしたら元の原作だろう
本家4作の内死を扱わなかった作品はゼロだし
リトバスはやり過ぎだがな。
>>933 >愛する人の死を、ゲームは過程で死を乗り越えたはずな
>のに一家全滅した上、しかし最後は三人揃ってハッピーエンドて
>展開に納得いかないから、死を乗り越えるところを重点を置いた
>物語にしたて事でしょ。
たしか出崎は汐が死ぬってことを、最初知らなかったんじゃなかったっけ?
どっかにソースもあったと思うので誰か頼む。
汐も死んじゃうって聞いて「なんだと!」って怒ったってパンフに書いてあった気がする
それとは関係ないが出崎の春原に対する言葉にはえらく感動したな
脚本を作ってる時に、俺は「これお父さんが主役だよ」と言い始めたんだ
俺はこの一文に痺れた
もういい年なのに相変わらず熱い人だ
うむ、アッキー主人公のレジェンド作ればよかったと思う。
ただそれ考えると、誕生日のケーキすら自分で渡せなかったダメオヤジでなく、
全くの悪者に仕立て上げられてしまった敬介が不憫に1ラリアット。
944 :
見ろ!名無しがゴミのようだ!:2009/09/02(水) 03:27:30 ID:bQMNW1J8
ところでなんでこんな急に祭りなの?
いきなりレス数伸びてびっくりした。
>>941 製作途中で知ったとあったな。
そりゃ普通怒るよ。
原作において、渚死亡・汐生存というシナリオが存在しない事が、
原作と出崎の死に対する認識の最大の乖離なんだろうな。
出崎が鍵原作のこの二作に惹きつけられたのは、
出崎が早くに父親を亡くしているというも関係あるかもしれない。
劇場版エースのDVDに付いてるインタビューによれば、
母親に対して大分反発してたようだしね。
かっこいい直幸を見るだけでも、劇場版には価値あるだろ。
「ある人に頼まれた、(芳野や古河夫妻に頭を下げて回る直幸)誰かはお前はまだ知らなくていい」の
場面は、二度目に視聴したとき泣いたね・・・。
直幸は良いね
父親の愛情ってすげえなあと思った
小さな子供の汐までストーリーの都合で安易に殺すのは許せんよな〜
渚死亡、汐生存エンドは実は個人的に最も見たかった展開だった
汐が死んじゃうのはゲームのトゥルーエンドがあってこその展開だと思うし
安易な死とは思わないけど、一本道だとどうしても安っぽくなってしまうしね
原作のトゥルーは何度も並行世界を繰り返したゲームだからこそ感動できる演出だ
直幸は原作より現実的なキャラになってるんだけど原作より好きだったな
直幸と朋也が完全に和解してないところが、この映画ならではのいいところだと思う
でも、これから少しずつ理解していくんだろうと思える終わり方だった
スタッフロールの部分で一枚絵で朋也と汐の成長を見せていってくれたら良かったのにな
直幸の土下座告白からずっと涙腺崩壊しっぱなし。
「私と同じだ」の言葉にハッとなる朋也も凄かったな。
婆ちゃんと言いたい事は同じなんだろうけど、不和の原因を作ってしまった本人が言うと、説得力が違うなと思った。
その後の朋也の慟哭もぐっとくるよね
婆ちゃんのあれはパンフで知って「なんじゃこりゃ」と思った。
その後TVで見て説得力のなさに別の意味で泣いた。
あの土下座告白が直幸と朋也それぞれの凍った時間を動かし始めるのがいい
直幸も現実という終わらない夢にうなされていたかと思うともうね…
>>952 観鈴はどうなるんだ? 失われた10年間があるから問題ないってこと?
>>955 子供大事にしてそうな事を言っていただけで、子供より仕事優先して帰ろうとするから、失われた10年は取り戻せず、ボディブロー喰らう羽目になるんじゃないのかな。
それを言うなら朋也だって紙一重だな。
敬介は偽善者臭がプンプンするから…
殴られた後観鈴を探してるシーンでも挟めばまだ違った
住人は朋也も殴るだろうな
そういう風に描けばそう見える。
原作だと後半は子ガラス視点だから第三者なようでいて実は子供の目で母親贔屓している。
その印象で上書きされていれば殴られて当然だと思う人が多いと思う。
ただ往人って子供時代預けられていて、突然迎えにきた親と旅の途中ではぐれて探してるような人間で、
結構冷静に見ているから微妙な気がするんだよな。
結局、殴られる理由を描けば殴られるし、死ぬ理由を描けば死ぬ。
但し、殴られない理由は描けないし、死なない理由も描けない。
そうなると重い軽いって結局なんだろうなって気はする。
>>959 出崎がその時一番描きたかったものが、それだったというだけの話。
単純明快だが複雑怪奇。
それが人間
>>959 つまり死ぬ理由が十分に描けていない説明不足
重い軽いは心理描写の不足
ひいては人間の生き死にを軽く見てるに繋がる
次スレたてるのは970くらい?
980でもいいかも
描きたいものを描く、それでいいと思うんだけど、インタビューは、それじゃ話が軽くてへんだから、
それだけじゃなくて理由も描かなきゃいけない。って言ってるように聞こえる。
もっともだけど、ただ、原作者達ってそういうスタンスはとってないと言えるな。
まず、エロゲというのは、バケツに3杯ならぬティッシュに3発な世界だから、そういう話はある意味当然多い。
しかし鍵の作品って明らかにヘンなんだよね、エロを表現しようと思ったら幾らでもできるのに何もしていない。
むしろH入れれば売れるから18禁入れてるだけとティッシュ批判されたら、全年齢でクラナド出して証明してみたりする。
つまり、理由をちゃんと描くのではなく、描写しないって選択をとる人達。
そもそもこの業界、表現規制がキツいから以前描いてたような話すらもう描けない部分がある。
だから、描きたいものを描くなんて王道の選択肢はハナから無いのよね。
仕方ないから、代わりに描かずに表現して妄想をかきたてる訳だ。
そうなると、直接的な理由なんて全く余計なモノでしかない。
インタビューの源氏じゃないけど、昔の人の短歌とかにもそういうの多いよね。
蝶よ花よとばかり詠ってるように思えるけど、表現の対象は生身の人間だったりする、それも物語と違ってノンフィクション。
まあ、そんなの原作の神奈は焚き付けにしてるんだけどさ。多分アレにも意味はあるんだよ。男言葉にも。
私にはピカソの絵はわからないけど、二次元の限界という意味では案外似たような理由があるのかもしれない。
あの絵をヘンだといっても仕方がないもんね。
描けない言い訳にしか聞こえない
ほっとけば信者が勝手に理由を考えてくれるから楽だな
>ほっとけば信者が勝手に理由を考えてくれるから楽だな
これはまた大きな釣り針ですね
>>964 鍵のファンの方々は劇場版は飛ばしすぎてるという言ったり、
描写しすぎてると言ったり、忙しいですなぁ
出崎の演出は基本的には印象派もっといえば抽象画的でしょ。
現実でどう見えるを超えて、「こう見せたい」というのをやる。
あるいは1カットに100カット分の意味を持たせる。
そういうのは劇場版エースからの出崎の十八番。
>描写しないって選択をとる人達
とは言うが、ゲームという媒体で全部の内容を見るには何十時間と必要な分量を使用している人と、
90分という非常に限られた時間で表現しようとする人、
どちらが「描写しない」という手法を積極的に使っているかは火を見るより明らか。
クラナドについては
普通にやれば4クール(=約16時間)は必要だということを京アニが証明してるわけだしね。
「理由を描く」というのは直接描写することを意味するわけじゃない。
>>966 テレビ版クラナドの、最終回の事じゃないか(笑)?
>>958 奴が殴られたのは出崎が本気で敬介に対して怒ったからじゃないかと思う
>>967 私は原作ファンとしては異端なので、あまり参考にならないと思うので宜しく。
>現実でどう見えるを超えて、「こう見せたい」というのをやる。
そう、だから期待していたんだけど、ある意味「当たり前のドラマ」があった。
多分見たかったのは、その原作のヘンな部分を活かしたものだったのかもしれない。
ヘンだからこそ上手くやれば様々な補完が働くけど、それを誘導するのは縦読みを作るようなもので
見た目よりずっと難しいとは思う。
>どちらが「描写しない」という手法を積極的に使っているかは火を見るより明らか。
これはありえない。
百聞は一見に如かずだし、絵のカット数でいえば比較にならないほど少ない。
見るのにかかる時間は、むしろ無かった描写の補完に使える時間が多い事を示しているだけであって
そういう尺度で量るなら、製作にかかった時間をカット数で割る方が妥当ではないだろうか?
一例でいっても、往人の旅の道連れである筈の人形が全然出てこない事実があったりする。
観鈴と仲良くなるきっかけでもあり、全般的に何より重要なアイテムであるこの人形を描かないなんてことが
積極的にそうしているのでなかったらありうるだろうか?
>>969 同感ではあるけど、一人でバスに乗っていった人間がやる行動じゃないなあ。
>>970 自分の行為と敬介を重ねちゃったからこそかもね
どっちにしろ青臭い住人
>>970 そもそも補完を働かせなければ理解できないってのがアニメの中だけで完結していない証拠
最初から信者補正が働くことに期待しているのが作品として偏っている
それも根拠なしの妄想の類
描かないことをピカソの絵画に例えつつ、都合が悪い部分はカット数を持ち出す自己矛盾
結局、ID:+7a8GVykは映画が気に入らない典型的原作ファンの劇場版アンチ
素直にアンチスレにいけウザイから
>>970 ヘンな縦読みを作るような作品は出崎が真っ先に否定するもの。
何かを伝えたいなら縦読みじゃなく真正面から伝えるべき。
ただ、その縦読みで書かれた内容には、出崎の食指が動く部分が
結構有ったように思う。
だから出崎は縦読みで書かれたものを
真正面から表現した。
まあ衒学的なものの好き嫌いはただの好みだし、
どちらが良いという話ではない。
それを分かってくれるとありがたい。
信者補正って莫迦か?
そもそも作品を観て信者になるんであって、その逆はないだろ。信者でないうちからどうやって信者補正が働くんだよ。
それじゃあ信者が最初に観た作品は補正なしで素晴らしかった事になるから、その劇場版作れば何も言われなくてハッピーって話になる。
そもそも単なる原作構造の言い訳というか説明に一体何を必死に反論して否定したいんだかさっぱりわからん。
妄想のどこが悪い? どこが偏ってる? 出崎は原作をいつ否定した? そういう根拠のない断定こそ偏ってる。
>>974 >出崎は原作をいつ否定した?
例のインタビューだろう。
あとパンフでも汐死ぬって聞いて怒ってたし。
ただ、「映画の素材」としては評価してるとも言っている。
>>976 AIRを連想させるインタビューで言ってるんだからそんな単純な話じゃないだろう。
また一日中水掛け論が続くのか。
このスレ潰してもいいから新スレ立ててからにしろよな。
>>975 >あとパンフでも汐死ぬって聞いて怒ってたし
監督じゃなくても怒るだろ、普通。
>>976 AIRはそもそも中村誠の脚本に惚れ込んでなので、
原作は元々眼中にさえない。
中村誠は最近よく見るね
プリラバとかアンとか
>>979 プリラバは主人公の良改変が光ってるね。
往人は祭りの日にバス亭で夜までなにやってたの?という出崎監督の問いに、
「さぁ〜?!」と返す大雑把さは相変わらずだが、
個人的にはそれを含めたどこか大らかな所が好きだし、
自分の頭の中でシーンとシーンの間に何があったかを勝手に想像するのも、
中村脚本を見る楽しみだったりするw
ただシリーズ全体を俯瞰で見ると、名雪や磯崎蘭のようにキャラの成長がちゃんと書かれてるし、
その為の改変や構成は非常によく練られているのは流石だなと思う。
あとギャグでエロを使っても下品にならない所も○
乙です。