高畑がさんざん語っていたけど、あれは戦争っていう極限状態を
回顧して描くのが目的じゃなかった、現代(88年)の若者たちが
他人とコミュニケーションを取れず、自分の中に引き籠っていく
姿を見て「ただ自分の好きなものだけを盲目的に愛玩して、他者を
隔絶し、そして破滅していく若者像」ってものを描くことで現代を
掘り下げるのがテーマだったって。恐ろしいほど的確な視点だよ。
だからあの非常時に、清太がおばさんはじめ他人に平気で物を要求して
怒られるとキョトンとしているシーンとか、原画マンはもっと清太を
腰低く哀願調に描いていたのを、監督が修正させて何にも考えてない
顔に直させている。宮崎はラストシーンを見て、死んだ母親の所にも
行けず、いつまでもこの世をさまよい続けている二人の姿に慄然と
したそうだ。だから戦後になって餓えていく二人の横で平気で生きていく
人もいるのは、経済格差とかじゃなくあの二人が「自滅」というよりは
「自殺」したっていう演出でもあるんだよね。
ただあまりにもリアルな絵と演出で「これが戦争の真実だ」なんていう
変な方向に観客の目が行っちゃったわけで、優れた作画や演出ってものも
痛しかゆしというか。