無料公開してるweb版から抜粋。
メイド姉「しかし、みなさん。
貴族の皆さんっ。兵士の皆さんっ。開拓民のみなさんっ。そして農奴の皆さんっ。
わたしはそれを拒否しなければなりません。あんなに恩のある、優しくしてくれた手なのに。
優しくしてくれたのに。優しくしてくれたからこそ。
拒まねばなりませんっ」
メイド姉「わたしは、“人間”だからですっ。
わたしにはまだ自信がありません。この身体の中には卑しい農奴の血が流れているじゃないかと、
そうあざ笑うわたしも確かに胸の内にいます。
しかしだからこそ、だとしてもわたしは“人間”だと云いきらねばなりません。なぜなら自らをそう呼ぶことが
“人間”である最初の条件だとわたしは思うからです」
メイド姉「夏の日差しに頬を照らされるとき目をつぶってもその恵みが判るように、
胸の内側に暖かさを感じたことがありませんか?
たわいのない優しさに幸せを感じることはありませんか?
それは皆さんが、光の精霊の愛し子で、人間である証明です」
使者「い、異端めっ!」 ビシィッ!
メイド姉「異端かどうかなど、問題にもしていませんっ。わたしは人間として、冬越し村の恵みを受けたものとして
仲間に話しかけているのですっ!!」
メイド姉「みなさんっ。望むこと、願うこと、考えること、働き続けることを止めては、いけませんっ。
精霊様は……精霊様はその奇跡を持って人間に生命をあたえてくださり、その大地の恵みを持って財産を与えてくださり、
その魂のかけらを持ってわたし達に自由を与えてくださいました」
自由――?
メイド姉「そうです。それはより善き行いをする自由。より善き者になろうとする自由です。
精霊様は、まったき善として人間を作らずに、毎日、ちょっとずつがんばるという自由を与えてくださった。それが――喜びだから」
メイド姉「だから、楽だからと手放さないでくださいっ。精霊様のくださった贈り物は、
たとえ王でも!
たとえ教会であっても!
犯すことのない神聖な一人一人の宝物なのですっ!」
使者「異端めっ! その口を閉じろっ」 ビシィッ!
メイド姉「閉じませんっ。わたしは“人間”ですっ。
もうわたしはその宝物を捨てたりしないっ。
もう虫には戻りませんっ。たとえその宝を持つのが辛く、
苦しくても、あの冥い微睡みには戻りはしないっ。
光があるからっ。優しくして貰ったからっ!」