かんなぎ 126柱目

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702名無しさん@お腹いっぱい。
「ピ~ザ夫ちゃん、どうしたの?体の具合でも悪いの?お薬持ってこようか?」

母は、襖越しにそう言った。
部屋から出てこない彼のために、老いた母はおぼつかない足取りで
二回まで食事を運ぶのが日課であった。
だが、今日は昼に持ってきたはずの食事がそのまま廊下に置いたままだった。
なるべく刺激したくはない。下手な事を言えば、またいつかのように暴れ出して、
手が付けられなくなるかもしれない。それでも子供可愛さが勝り、恐る恐る声をかけたのだった。

「うるっせえババア!!!今忙しいんだよ!!!ほっといてくれよ!!!」

甲高い怒声が、安普請の和風家屋を振るわせる。

「でも…ご飯食べないと体壊しちゃうよ…?」

母親の慈しみは、彼を余計にイラつかせた。
今、彼はインターネットでボロクソに扱き下ろされている。
論戦の相手の方が知能がはるかに上で、まったく太刀打ちできないのである。
なんとか言い返そうと必死で理屈を捏ねてみるが、即座に言い負かされてしまう。
そして、誰一人として自分に味方してくれる人間がいない。
IDを変えながら書き込んで複数を装ってみるが、自分を騙せはしない。彼は今、途方もない孤独に耐えていた。
そんな時に、母親に優しくされるのは、ありがたいようでいて、なんとも不思議な屈辱でもあった。
もはや肉親以外の誰も、自分を肯定してくれないという事と表裏だからだ。
もちろん彼自身には、そのように明言化する知性はないので、ただただ感情として、そう感じていた。
“インターネットしてる間は不遇な現実から逃れられる”
そうした信仰にも似た気持ちが彼をネットに耽溺させたのだが、その先にはどこまで行っても彼の求める桃源郷はなかった。
ネットは現実の一部に過ぎない。故に、現実における愚者は、ネットでもまた愚者として排斥されるのだ。