>>533 そして、その後、贈ったはずの990両が、返金されてきた。
自分の愛する女と愛する息子。
その二人が女の愛する者と暮らしている。
そこに、女の愛する者の間に出来た子が加わる。
危ういバランスで経っていた柱が、軋んで、
傾いていくのを感じる。
晋助の奏でるメロディに、最近は不協和音が混じっている。
なんとかしなければ。
そう思っていたある日。
突然に、晋助が言い出した。
朝食の後で。
「おう、来島。聞きたいことがあるんだが」
「はいっ!なんっすか!」話しかけられることがまれなので、また子は嬉しそうだ。
「てめえ、武市のことどう思う?」
「えええええ???何すか?いきなり!きもいっす!近寄って欲しくないっすよ!」
「何ですか、あんた。私だって貴方のような猪女ごめんですよ」同じ部屋にいた武市がすかさず言う。この二人の折り合いが悪いのは有名だ。
「じゃあよ、好きな奴はいるか?」
「私の好きな人は晋助様っす!!!!・・・あっ」ぽーっとなって、言っちゃった!みたいな顔をする、また子。可愛い。・・・可愛いけど、
なぜそんなことを言い出すのだ、晋助。
「ちっと、たとえ話につき合ってくれや」
「いいっすよ!!」
「じゃあ、例えばよ、・・・そこの武市にてめえが犯されて」
「えええええ??????!!!突然、なんて事言うンすか!!きもいこと言わないでほしいっす!!!!そんなの無理!!死んじゃう!!」
「うるさいですねえ。私だって貴方のような猪女ごめんでだって言ってるでしょう!!」
イラッとしたのか、晋助が、低い声で
「聞け」
と言えば、しんとなる。
「・・・武市に犯されて、てめえにガキが出来たとする」
あっ・・・なんかわかったかも。だけど。・・・。
「はあああ??!!超嫌っす!!もう無理!!想像もしたくない????!!うあ????!!」
「じゃ、もういい」また、イラっとしたのか、素っ気なく言うと、また子はたまらない。
「すみませんでした!!聞きます!聞きます!聞きますから、お願いですから、怒らないで下さい、晋助様ぁ??」
そう、見放されるほど、つらいことはない。この人に。
「・・・じゃあよ、その武市の子を身ごもったお前が、お前の好きな奴・・俺と、結婚したとすらぁな」
「はっっ!!!!晋助様と結婚・・・・っ!!!!」カアアーーーと、顔が赤くなる。ほんわか??・・・と、幸せそうに笑っている。
「で、俺が、構わねえから、産め、といったら、お前どうする?」
「産むっす!!嫌だけど、晋助様が産めというなら産むっす!!!」ぐっと、握りしめた腕を押し上げて、ガッツポーズ。
「おう。で、かわいがれんのか?」
「分かんないっすね・・・産んだことないし・・・元々あんまり子供好きじゃないし」
「・・・そうか。ま、そうこうするうち、俺との間に子供が出来たとする」
「ええええ!!!まじっすか!!嬉しいっす!!超幸せっす!!」また、赤くなる。
「てめえならどうする?産むか?」
「もちろんっすよ!!!産む!!で、晋助様と幸せにくらします!!」今にも、踊り出しそうだ。
「武市との子はどうする」
「え?・・ああ、あーー」ちらっと、武市を見て、うう、ゾーッとした顔をした。
「邪魔っすよね。捨てちゃいたいっす」
その瞬間、
「!!!!!!」
ガタッと席を立って、部屋から去っていってしまう。
「え?あ。・・・なんで・・・晋助様ぁ??!私、何か行けないこと言ったっすか・・?どうしよう、何が正解だったっすかね。何の心理テストだったんだろう。
女として、心の狭い女と思ったっすか・・・あああ、どうしよう・・・」泣きそうな、また子。
いや、お前は悪くない。
それにしても、気持ちは分かるでござるが・・・
例えがあんまりにも、悪すぎるでござるよ・・・晋助・・・
これは、もう一度、スナックお登勢に行くしかない。
と、思った。
余談 二回目の訪問
どうにも、もう一度とおもって、足を運んだスナックお登勢。
金曜の午後六時。ふう。白夜叉が来る前に、少しゆっくり桂に話をしたいところだ。
客もまばらで、ホステスと話しやすい。丁度良い。
前回同様、カウンターでビールを頼む。
嫌そうな顔をしたが、桂が来てくれた。
「どうぞ」
「かたじけない」
腹・・まだまだ分からないでござるな。見た目には。細い方でござるし。
視線で感じたのか、手をおなかにやる。
「拙者、何もしないでござるよ」
「・・・そう願いたい」
ああ、母とはこのような者なのか。
「月子殿。・・・早速だが晋助のことで」
「万斎殿。俺の気持ちは変わらない」
「そこを何とか、一度で良いから、連絡して欲しいでござる。最近は、輪を掛けて荒れているでござるよ。
前に言ったメロディーが、既に崩壊してきているでござる。抜け落ちた音符を、聞くに堪えない不協和音で埋めている・・・」
と、そこまで言って、はっとなった。月子がまたぽかんとしている。
ああ、この例えじゃだめなのだった。・・・なんと言えば。
そう考えているうちに、えらくまじめな面持ちで、月子の方から切り出した。
「あのな、万斎殿。この際だからはっきり言うが」
と言って、はっきり言う、と言ったわりには、とても小さい声で話し出した。
「俺のことを、・・・だ・・・抱いた夜・・・あいつは、俺を、・・・“気持ち悪かった”・・・と、言ったんだ」
「!!!??」
晋助・・・なんて事を言うでござるか・・・!!!おおかた、自分でもどうしてそんなことをしたか分からなかったのでござろうが・・・にしても、
相手に聞こえるように言って言い言葉じゃないでござる!!
と言うことを考える余裕もなく、口に出してしまうほど、テンパっていたのか。
「だから・・・あいつが、俺に愛情があるとかどうとかいうことは、ない。なにしろ、・・・き・・気持ちの悪い・・・俺を、だ・・抱くのは、
それなりの理由があったからだ。・・・分かったら、お引き取り願えるだろうか」
「いや、それは誤解でござるよ。晋助は」
ここで引き下がるわけにはいかない。だが、桂は更に、声を潜めて話し出す。
「奴は、俺に将軍を、寝床で殺害しろと言った。だから、きっと、その為に俺を、男に馴染ませるために・・・したことだ。それ以外に理由はない。あの行為に・・・」
なぜか、桂はとてもつらそうに、哀しそうに言った。
ああ、そのときのことを思い出しているのか。
そう言うことに、二人の間ではなっていたのか。
晋助が、拙者に言ったこととは矛盾する。ということは、本当は理由など無かったのだ。
戦略など、あるはずのない行為。
当然だ。ただの、“愛”に、理由などない。
理由を付けねば、身体を重ねられない。互いの気持ちが繋がっていながら、繋がっていることに気付いてはいけない。気付きたくない。
・・・気付いても、どうしようもない。
ああ、そうか。この二人は、お互い自分の気持ちを分かっている。
分かった上で、相手に同じであって欲しいが、そんなわけがないと思っている。
なんとも・・・哀しい関係でござるな。
「月子殿。始まりはどうあれ、今は晋助は貴殿と息子を案じているのは本心。・・新しい子が生まれて、自分の子が捨てられやしないかと、不安なのでござる」
「なっ・・・捨てるなど!!あり得るはずがない!!!」
「それを、伝えてもらいたいのでござる。貴殿から」
「・・・いやだ。あいつに連絡を取るのは・・・・」
・・・なんとも、なんとも強固なお方。
と、そこへ・・・。
「あ??。また来てるのか、しつけーな、ヘッドフォンの人!」呑気な声。
白夜叉が・・・。偉く今日は早いな。拙者の情報不足だったか。
「何?また、あいつの話?いい加減にしてよ。荒れようが何しようが興味ないって言ったでしょ!!!」
・ ・・はあ。
「大体、不思議と女にゃ、不自由しないんだから、ホント、月子にちょっかい出すの止めてくんない?得意の、どこぞの娘捕まえて発散してくれればいいじゃん」
「!!・・・ま、まあ。そ、そうだな・・・。その、むやみに娘に手を出すのは良くないが、もう、俺たちのことは、放っておいて欲しい」
「では、なんで、貴殿は、女に不自由しないであろうあの人が、そんなに月子殿に執着すると思っておいでか?」
「執着などと・・・何か考え合ってのことじゃないのか」
「貴殿は、よほど理由づけをせねば納得しないらしいようですな」
「ああ?何言ってンの」
「主らは、晋助を誤解しているでござる。あのような物言いをするため誤解されがちだが、言うほど、女性に興味はないでござるよ。むしろ、超淡泊でござる」
「はあ??そんな訳あるか!!いつも人の奥さんをコソコソ狙っているような奴だぜ」
????だから、それが特別執着している証なのだ。気付いてくれ、桂。