>>458 「いいだろ、あんたは十分楽しんだはずだぜ」
体を離せば、プライドが傷ついたのか。
「なんで・・・何言って・・・」
泣きそうな顔をした。めんどくせえな。
「耳が痛くてかなわねえ。もう勘弁してくれや」
女の服をそっちに放る。もう泣いている。
「わりいが、これから用事があるんだ。ちっと席を外してくれねえか」
「何よ!!!馬鹿にして!!!」
今度は怒ったのか。忙しい女だ。
ばっ、と、服を着て飛び出していった。
ドアの外に、奴がいる。
「突っ立ってないで、入れや」
>>461 【万斎】
その部屋の前に行くと、
女の声が、ひっきりなしに部屋から漏れ聞こえている。
結構厚い扉だと思うが、それを越して声が聞こえるとは。
・ ・・なんとも、品のない女でござる。
元来、性的に淡泊な高杉が、このようなことをするのは、久しぶりだ。
万斎がずっと部屋の入り口にいたのが分かったのか、女の声がやんだ。
高杉は、自分の情事を特に気にしない。中断されようと、見られようとも平然としている。女だけではない。
部下の命も、自分の命にすらきっと執着はしていまい。何を犠牲にしても、構わないのだ。そもそも、滅多なことでは動じない男だ、この男は。
なにより自分の野望を優先させる。
その為に重要だと思うものを優先させる、それだけのこと。
だからこそ、女より自分を優先させるのは当然だ。
きっと高杉は出てくるだろう。
そうでなくてはならない。
そのはずだ。
それなのに。
桂が騎兵隊の船にいた時、高杉の私室に泊まっていることを確かめるため、同じようにこうやってドアの近くに居たことが何度かある。
艶っぽい声はしなかった。なにやら話す声がかすかに聞こえるだけ。昔話でもしているのか、それとも・・・と思っていた。
だが、どっちにしても。
そのとき、高杉は出てこなかった。
慣れた自分の気配に気づかないはずはない。
そして、気づけば出てこないはずがないのだ。
常の、彼であれば。
それが拙者をとても不安にさせた。
この男を惑わせるものがこの世にあること。それは、とても危険な存在を意味する。
燃えさかる火で全てを焼き尽くそうとしている自分達にとって、消火栓になりかねない。
下手をすれば、晋助自身が死へ追い込まれかねないのではなかろうか。
しばらくして、ドアが開いた。
あわてて女が出て行く。一瞬、目があった。ぼろぼろと泣いている。
おやおや。ずいぶんと若い・・・
「突っ立ってないで、入れや」
どうも、女を追い出すのに今までかかったようだ。
「別に、追い出さずとも良かったのに。拙者は後でも」
「ずっと部屋の前にいながら、よく言うぜ」
「泣いていたでござるよ」
「ああ?鳴き声はうるさかったが。十分満足したんじゃねえかな」
「晋助は、途中だったのでは」
「俺はいい。いつものこったろうが」
別段、気にもとめずそういって、「で、なんだ」と用件を促す。
やれやれ。
万斎は、先程騎兵隊から連絡があった件を手短に放した。全てを聞いた後、すかさず、
「どう思う?」との意見を求められ、自分の意見を言う。この男は、いつもそうだ。自分の意見を求めてくる。
終始、目を細め、歪ませた笑みを浮かべながら、「てめえは相変わらず聡いな」と、言う。
ああ、たまらない。
この男の、こういうところ。
そして、決まってその後で、自分の考えの上を言う。
「まあ、加え言いえば、家持を使って竈を壊させたら完璧だな。家持ちには息子が居た。ありゃ相当などら息子だ。2??3人当てりゃ堕ちんだろ」
「・・・なるほど。適任者を手配いたそう」
「最後に、爆破するなら待機は10人前後ってところだな」
「・・・ちと多くはござらんか」
犠牲者と言うには。一応は戦力だ。
「少なすぎんと、不審に思うだろうが。十人くれえが丁度良い」
平然と、10人の命のやり取りを口にする。この時点で、その10人の命は売られた。
「・・・承知した。その10人も武市殿とともに選出するでござるよ」
「頼んだぜ、万斎」
“頼んだぜ”
その短い言葉で、簡単に喜ぶ自分がいる。
その言葉を、もらえる人間が本当に少ないことを知っているからだ。
いや、あえて彼がそうしているのかもしれないが。
この男は、こうやって、人の心を簡単に掴んでしまう。そして、捕まれたら最後、惹かれて、やまない。
一応の話が終わり、帰ろうとした時、思い出したことがあった。
「・・・そういえば、白夜叉に風呂場で会い申した」
「は?」
「奥方と一緒に」
「・・・・」
「おおかた、新婚旅行でござろうか」
「へえ・・・」
「用心のため、脱衣所で確認したところ、部屋番号は202でござる。こちらの部屋のことはひとつも言っていないでござるよ」
「・・・」
「先程、・・・途中で中断してしまったのは拙者が悪いかもしれぬが、ゆめゆめ面倒はごめんでござる。今日は、めでたい誕生日故」
「ああ?なんの心配をしてるんだ。奴らのことなんか関係ねえ。女の代わりもいらねえよ」
では、と、部屋を出ようとした時、珍しく呼び止められた。
「万斎、ちっと散歩にでもいかねえか。暇で仕方ねえ」
「・・・いいでござるよ。お供致そう」
一階の、売店近くを通って、廊下を進む。中庭に、ベンチがおいてある。
そこに行こうと思っていた。
ところが、そこには先客が居た。
何か、見覚えがあるような・・・
見れば、髪の長い女と、体格のいい男。カップルか?と思った時、意外にも、つかつかと高杉がその二人に近寄るので驚いた。
どうも、女の方は眠っているらしく、不自然に男に身体を預けている。
「兄ちゃん、何してんだい」
高杉が声を掛けると、男の方はビクッとなる。
万斎も聞きたくない、敵意むき出しのときの声だ。
「だ、誰だ、あんた・・・」
高杉のただならぬ雰囲気と、その威圧に、怯える男。
「てめぇごときが触れていい奴じゃねえよ、そいつは」
言うが速いか、女を抱いていた腕を掴んで、男の顎を強打し、すっ飛ばした。
あちゃ??!
男は、その場で動かなくなった。脳しんとうを起こしたに違いない。
「晋助・・・」
高杉は構わず、その女の頬を優しく叩く。
「う??ん・・・」とは言うが、意識はもうろうとしているようだ。
月明かりに、はっきりと、その顔が見えた・・・
桂。
「先程、湯あたりをしたとは言っていたが・・・なぜここに」
「さあな。ぶっ倒れたところをその男が介抱していたのかもしれねえな」
そんな男をあんたは更にぶったおしたんかい!!思わずつっこみたくなった。
「おおかた、脱水なんだろ」
桂の近くになにやら売店で買ったらしい荷物が置いてある。
その中に、ペットボトルの水がある。
高杉が、それを開けて口に含み、ためらいなく、桂に口移しで与えた。
はああ!!
「う・・・」
それを、数回繰り返すと、ぼんやり桂の意識が戻ってきたようだ。
「万斎、来い」
言われたとおりに行くと、桂を支えるよう言われる。
「適当に気付いたら、抱えるなりなんなりして部屋に送り届けておけ。フロントには行くなよ。あとで追求されたら面倒だからな」
「晋助は?」
「部屋に戻る」
「え・・・」
「面倒はごめんなんだろ?お前の言いつけは守らなきゃなぁ」
不敵に笑う。
・・・言いつけって・・・またそんな、心にもない、可愛いことを。
「晋助」
「あァ?」
「拙者は、月子殿に触れても構わぬのだろうか」
「・・・くだらねえことを言うな」
フ・・・と嗤って去っていく高杉。
まったく、この人は。どこまで、人の心を操るのが上手いのか。
【高杉】
部屋に戻ると、
Tullll・・・電話が鳴った。
舌打ちと共に、出ると、
「すみませ??ん、フロントですけどォ」間抜けな、気の抜けたような声が聞こえた。
「あの・・・そちらに、長い黒髪の女の人は・・・」
「いねえよ。ヅラなんぞ」
「・・・!!!あっ!!!てめ、高」ガチャン!
なるほどな。
おおかた、ヅラが居なくて、フロントに行ったが、ここの宿屋は秘密厳守が絶対だ。各部屋に電話を掛けて確かめてもらうことも断られたんだろう。
で、自分でひとつひとつ部屋に電話を掛けて確かめている訳だ。ご苦労なこったぜ。
まったく。しっかりしやがれ。
まあ、分かるけどな。
女・・・月子として最後の旅行だろう。
先程の、久しぶりの肌の感触、唇の感触を思い出して、身体が熱くなるのを感じた。
ガキか、俺は・・・。
ああ、一風呂浴びてくるか。頭から水でもかぶらなきゃ寝れそうにねえ。