>>370 余談4 ムンプス
(松之助生後4ヶ月くらい)
久しぶりに、携帯にあいつから電話が来た。
とはいえ、少しばかりタイミングが悪い。
「どうした?」
出てみれば、いつになく焦った様子で、
「あ・・・すまない。ちょっと困ったことになって」
「なんだい」
「松之助が・・・おたふくで入院することになった。それで、あの・・・申し訳ないのだが、少し入院費用を借りれないかと思って。必ず返すから・・・」と言う。
「返さなくてもかまわねえが・・・大丈夫なのか」
「ああ、一応大江戸中央病院に入院することになった。もういかねばならんので。・・・ぁ・・・申し訳ないが、万屋にではなく、スナックお登勢宛に金を送ってもらえると、助かる」
「分かった。あとで使いをやらあ」
おたふくってなんだ?良く病状を聞こうとしたが、後ろから声を掛けられる。
「晋助、そろそろ時間でござる」
「ああ、今行く」と言えば、聞こえたのだろう、電話の桂も、
「なんだ、また何か企んでいるのか?・・・まあいい、今はそれ何処ではないので、ああ、タクシーを待たせているので、じゃあ、すまないが、頼んだぞ」
と言って電話を切った。
「乾族がお待ちかねでござる」
「待たせとけ・・・、なあ万斎」
「なんでござろう」
「おたふくってなんの病気だ」
「は?」
「死ぬのか?」やけに深刻そうに聞いてくる高杉に、驚きを隠せない。
ああ、この人も、人の親か。万斎は思う。
「大丈夫でござろう。流行病のひとつ。子供は大抵かかるものゆえ」
と言えば、安心したように、会合へ向かう。この人、知らないと言うことは、かかったことがないのか・・・
****
大江戸中央病院、小児病棟。
面会に来たことを看護婦に伝えると、名前をかけという。
病院と言うところは、妙にこの包帯も違和感がないようで、不審がられずにすんだ。
一瞬悩んだが、“坂田 銀時”とサインした。続柄欄には“父“と書く。
「ああ、松之助くんのお父さんですね」といって、病室を教えてくれた。
病室に行くと、“坂田 松之助”と、名札がかかっている。・・・坂田・・当然だ。
入院してから何日か経っているせいで疲れからか、そのベッドには、イスに座ったままねている桂がいた。
空いているイスに腰掛けて、じっと子供の顔を見る。子供も、よく眠っている。顔が紅く、腫れていて、なるほど、“おたふく”とはよく言ったものだと思う。
小さな顔が、痛々しい。
「ひでえ顔してやがる」
ベッドの脇に、先程なにやら適当な店で買った適当な土産をそっと置く。
桂が気づく気配がない。
「・・・相当疲れてんな」
そっと、その顔にかかった髪をすくい上げ、顔を見る。
久しぶりだ。・・・化粧っけが無いのに、白く、美しい。
いつものように、紅い簪で結い上げている。
引き抜いてしまいたいが、起こしたくはない。
仕方なく、そっと髪をなでた。
それにしても、・・・先程から視線を感じる。
やっかいなことになる前に、出て行こうと思った。そうしたら、
病室の入り口で、妙なババアに呼び止められた。
お登勢が、面会に来た時、面会表に“坂田 銀時”と書いてあった。おかしいねえ。
今日銀時が来れないから、代わりに着替え持っていってくれって頼まれてきたのに。
病室まで来ると、松之助のベッドの脇に、一人の見慣れぬ男が座っている。いかにも、浪人、と言った風情の着物と、頭にはけがをしたのか包帯を巻いている。
一瞬、何処かの病室の男が来たのかと思ったが、どうも雰囲気がそうでもない。
じっと心配そうに子供の様子をうかがって、なにやら土産を側に置くと、月子の髪を触り出す。そのしぐさが、何とも言えず優しく、いとおしそうにみえた。
さも、大切なものを扱うかのような、その雰囲気・・・ああ、この男が、例の男かと、長年の勘で分かった。
あの、警戒心の強い月子が起きないのもその所為だ。
あの子は、こんなに無防備に他人がいて眠れる女じゃない。
親しい仲だからこその、優しい時間。
だが、長くは続かず、
その男がすっと立ち上がり、こちらに来た。
その男の顔・・・一目見たら忘れられない。
光る、隻眼。
これは危険だ。だが、ひるまない。
「ちょいと、待ちな」
気づいたら、呼び止めていた。
「あんただろ、松之助の父親は」
「誰だ、てめえ」
じろりと睨む。ああ、なんて目をするんだ。まるで獣だよ。
「スナックお登勢のお登勢だよ。あんたの電話、時々つないでいるんだ、覚えときな」
と言えば、興味なさそうに
「あぁ」
そのまま去っていってしまいそうだ。
「銀時の名前まで語って。いつまでそうやってこそこそしているつもりだい。一生名乗らないつもりなのかい」
「あんたには、関係ないだろ」剣呑な空気を醸し出す。
「月子のことで、ちょっと話したいんだけどねえ。時間をくれないかい」
「はあ?」
「いいだろ、たまにはババアの話も聞いておくのも。あんたにとっても悪くはないと思うがねえ」
そうしたら、フン、と軽く笑った。だが、以外にも、
「少しだけならつき合ってやらあ・・・世話になっているようだしな」
と、病室の子供をちらりと見た。あら分かってんじゃないの。
きっとこれから言われることもこの男は分かってる。
二人は、病院の喫茶室に入った。
「あんた、仕事は何をしてんだい。どうも堅気じゃないようだねえ。・・・あんたのことを月子がよく高杉と呼んでいたが、確か、有名な攘夷志士にもそんな名前の奴が居たっけね」
「バアさんよ、もうちっと長生きしたいなら、余計なこと言わねえほうがいいぜ」
瞬間、察知した。この男、間違いなく、高杉晋助。本人だ。で、あれば、やはり危険だ。そして、この話は、これ以上はしない方が良いだろう。
しかし、お登勢もだてに歌舞伎町四天王ではない。キッと、高杉を見据えて切り出した。
「あんた、一体、月子のことどうおもってんだい」
「・・・人様に言う事じゃねえなぁ」
今度は、のんきに茶を飲みながら、はぐらかす。べえと舌を出して、「まずい茶だ」と言う。
「あんた、あの子に惚れてるんだろ。恋仲だった女に、そんなことも伝えずに子供だけ残しちゃあ、気持ちの整理が突かないんだよ」
「恋仲ねえ・・・確かにガキが出来たのは和姦だが、そんな甘い関係じゃねえよ、俺たちは。あいつは、目が覚めたら俺をぶっ殺しに来るという。それを俺は楽しみにしてる」
「はあ?一体どういう了見だい」話が見えない。
ククク・・・ただ嗤う。
「一体、何を考えてんだい、あんた」
「クク・・・そんなに知りたきゃ、俺の考えていることを教えてやろう。俺は今、一体何処に本物の火鼠の皮衣があるのかと思っていたところだ」
「なんだって?」
お登勢は怪訝な顔をする。
「俺には偽物しか用意できねえ。あったとしても、探す気もねえ。だから、俺たちは共に居ることができねえ、とそういういう理由(わけ)だ」
「阿部御主人かい。そんなの理由にならないよ。電話でえらい熱い愛の告白してたじゃないの。・・・月には返さないって、あれがあんたの本心なんだろ」
「へえ、なんだ、あんたも聞いていたのか。館内一斉放送でもかかったのかあ。趣味のわりいスナックだな」
にやりと笑う。
数回、会話を交わしただけだが、底の見えない男だとお登勢は思う。
つかみ所が無いというか、人の心をはぐらかすのが上手い。きっと、ふれられたくないことがあるのだろうが、その本体の鱗片さえ見せてはくれない。
「松坊のことは、どうすんだい」
「ガキのことは、銀時が面倒見るだろ」
「あんた、それでも父親かい。たまには顔見せに来たって良いんだよ」
「あいつは、そんなこと望んじゃいねえ・・・俺に会うことなど、望んじゃいめえよ」
ふう・・・と、今度は煙管で一服。
お登勢も、併せて煙管に火を入れた。
「そんなわけあるかい。父親が子供と会うのに、理由なんかいらないだろうに」
「ガキになんぞ、興味ねえ」
うそぶく。あんな優しい目をして子供を見ているくせに。あんなにいとおしそうに、月子に触っていたくせに。
「だいたい、あんた、ガキガキって、てめえの子供の名前すら呼べないのかい」
「あァ?」
「松之助さね、松之・・・」
とたん、男の顔色が変わった。
「気安く呼ぶんじゃねえよ」
瞬間、ものすごい殺気を感じた。その殺気だけで殺されてしまいそうだ。さすがのお登勢も息をのむ。身動きひとつとる事が出来ない。
「だから止めろと言ったんだ。けったいな名前付けやがって・・・」
ギリ、と、心がきしむ音がした。
「他人が気安く呼んでいい名前じゃねえ・・・」
はき出された言葉が、血を吐くようで、
この男の、闇が見えた気がした。この男の闇は深い。深くて深くて、こっちまで吸い込まれそうだ。
「なんだい、いきなり・・・」それを言うのが精一杯だった。
男は、いくらか殺気をゆるめ、だが、剣呑な目をして、お登勢を見据える。
「あんたは、この町、長いんだろう。あんたの青春を過ごした頃、ここはどうだった?こんなイカレた場所だったか?今のこの世界、あんたはどう思う?」
「・・・そうさねえ。すっかり過わっちまった。でも、それはそれで仕方がないと思っているよ。あたしらは、与えられたところでどう生きていくかを考えるだけだからね」
男は、フン、と鼻で笑った。
「まだ、この国だって捨てたモンじゃないよ。奇麗なものも残っているんだ」
「そうかい。だが、どっちにしても、この国は腐ってく。汚らしい侵略者どもが、この国を腐らせていく。だったらよぉ。いっそのこと、
腐りきる前にぶっつぶした方が良いと思わねえか?あんたの言う、まだ、美しいものが残っている、そのうちに」
「・・・・」
ああ、と思った。ああ、この男は、本物の攘夷志士だ。そこらの上辺だけの攘夷志士ではない。そして、危険な思考を持っている。
答えに詰まるお登勢に、フッと笑うと、煙管を口にくわえる。
言葉の凄みと真逆に、この男の仕草は優雅だ。魅せられる。
茶を飲む仕草も流れるようだ。その二の腕に刀傷が数本見れる。きっと、身体にも同じような傷があるだろう。片目を包帯で覆っているのもそうかもしれない。
それは、激しい戦地を思い浮かばせた。
そして、きっと傷があるのは、身体だけじゃない。心にももっと深い傷がある。
「ずいぶんと、物騒なこと言うじゃないか」お登勢は、落ち着くために、煙管に口を付けた。ふうーーーと、煙を吐くと、幾分かすっきりする。
「月子のことを振り回すのも、あんたのその狂気が関係しているようだね」
「さあ・・・狂っているのは、俺か世界か。正義ってのは、何処にあるんだろうな」
「あんたの頭の中じゃないことだけは、たしかだろう」
キリッと、相手を見据えて言う。
「度胸ある女だな」
「だてに長生きしてないからね」
「はは、だったら、この世界には、知らないほうがいい世界もあるって、長生きしてたら知っているはずじゃねえか?綾乃サン」
!!本名で呼ばれたお登勢はさすがに目をまるくする。
「へえ。よく調べてるじゃないかい。確かに、そう言うのは得意そうだね」
と、男の隻眼がすっと細まり、低く響く声を出した。
「さあ、・・あんたに興味があったのかもしれねぇよ」
「なんて声出すんだい。相手が違うんじゃないか」
「違わねえ。綾乃サンよぉ・・・旦那を早くに亡くしてさびしいってんなら、俺が相手してやってもかまわねえぜ・・あんたのことは、・・・気に入った」
冗談とも、本気とも取れるささやきだ。・・・何とも魅惑的な響きがある。自分の心を垣間見せて、人の心を全て握ってしまう、そんな男じゃ無かろうか。
「いい、女だ、・・・・綾乃サン、あんたは」
わざと、区切って囁くように言う。
なんて顔するんだ・・・お登勢は目を細めた。
「ごめんだね。あたしの相手しようなんざ100年早いよ、若造が」
「クク・・・そうかい。残念だ」
ああ、でも。この男に、女が惹かれるのも無理はないと思う。長年女をやってきて思うが、こんなに闇を抱えて、傷を抱えて生きているこの男が、手をさしだしたら拒めない。
その手を、振り払うことなんか出来ない。きっと、掴んでしまう。
そして、掴んだが最後、放したくないと思ってしまう。そう言う気持ちにさせる男だ、この男は。
「たちの悪い男に掴まったもんだよ、あの子も。」
「はっ、わかってねえなあ。あいつの方が俺よりよっぼどたちがわりい」
月子の話題が出たことで、男がすっかり毒気を抜かれたような顔をした。
ふと、男の顔がやや赤らんできていることに気が付いた。まさかとは思うが。
「あんた、おたふくしたことがあるのかい?」
「さあ、記憶にねえなあ」
「だったら、気をつけな。成人男性がかかったら、種なしになるって言うよ」
せめてもの、意趣返し。少し脅してやろう。少しはこの傲慢な男の焦った顔が見たかった。ところが、それを聞いて、男はさも楽しそうに笑った。
「そりゃ、朗報だなァ」
「なんだって?」
「気兼ねなしに腰が振れる」
ククク・・・と笑って、伝票を持って去っていく。
なんだい、あの男は。だけど、減らず口なところは、銀時に似ているねえ。
***
スナックお登勢に、一千両(約六千万円)が届いたのは、その日の夕方。
「・・・・・・・・」
お登勢も、月子も言葉が出ない。
こ、こんな大金・・・
目を光らせて、見つめているのは、キャサリンだ。
「私がアズカリマ??ス」
「だ・・・だめだめだめだめ!!!」
***
TULLL・・・電話がかかってきた。
「なんだ?」
「なんだ、はこっちの台詞だアアアア!!なんだ、この大金は!!!病院ごと買い取る気かアアア!!!」
出るなり、突然、桂が息巻く。
「そうなのか・・・?入院したことがないんで良くわから無えんだが・・・」
熱があって、だるい。もう、立っているのもやっと。
桂の声が、キンキンうるさい。
「適当につかえや・・・」
「いらん!!てか、怖い!!いや、キャサリン殿がと言うわけではないぞ・・・」
なにやら、誰かに言い訳してるようだ。
「ヅラ・・・ちょっと熱があるようで・・・金のことならまた・・」
と言えば、
「大丈夫か、貴様?あ・・まさか、さっき来てくれたのはやはり・・・」
「しらねえよ。風邪ひいちまったようだ」
「貴様、おたふくは、あれだぞ。あの、成人の男がかかると、その、男性機能が」
「お前以外に種付けしねえから、関係ねえよ・・・」
ああ、限界だ。
ど、っと、倒れたに違いない。なんだか、来島が悲鳴を上げて駆け寄ってきた気がする。
はあ・・・・なんだってんだ。
厄日だ、今日は。
とりあえず、寝たい。
・・・