***数ヶ月後***
子供が生まれて、三ヶ月くらい経った頃だろうか。
桂が買い物から帰ってきてから少し様子がおかしい。
松之助を預かりながら、
「どうした?」と聞けば、
「なにも?」と応える。
俺の腕の中で、松坊が暴れる。
「そういや、出かけるとき、髪結ってなかったっけ?」
どうでも良いことなのに、妙にそのときは気になった。
「風が強くてな」妙といえば、こいつも妙だ。
「何かあったろ」俺の追求に、観念したのか口を割った。
「・・・高杉に」
「はあ?あいつ、最近おとなしいみたいだったけど、江戸にいんの?」
「ああ、今日会った」
逢い引きですか、オイ!!きっと俺はものすごく嫌そうな顔をしたのだろう。
「会って、ただ立ち話をしただけだ。それ以外何もない」と、俺の目をしっかり見て言う。
ふーん。と、興味ないようにそっと桂の髪を上げる。
「・・・」
「・・・」
ピキッ。
「ヅラく??ん、ヅラ君。この跡なあに?」
「なにかあるか?ではきっと虫にでも刺されたのだろう」わざとらしく奴が言う。
「うそつけやああああ??????!!!!何したの、あんた達!!??まさか浮気したんじゃねえだろうなあ!!!!ちょっと、これは問題ですよ??!!
夫婦の危機ですよ!!!俺、元彼とまだ会う彼女とかも絶対許さない方だから!」取り乱す俺を見ても、ヅラは動じない。
「あいつは元彼でも何でもない」しれっと言い切る桂を、ぽかっと殴った。もう妊婦でもないしね。頭を抑えてなにやら文句を言っていたが無視した。てめえが悪い。
嫌々ながらも、あの隻眼の男を考える。
高杉よぉ。
何コレ。どういう事?
宣戦布告って奴?
それとも嫌がらせ?
どちらにしても、この子のことを知ったって事だよな。と、腕の中の松坊を見る。
でも、残念。うちの子ですから!!あいつも、俺のモンですから!!
そうなんだ。ずっと疑問に思ってた。あの計算高い奴が、子供を作るなんて芸当、考えなしにやるとは思えない。だったら、答えはひとつだ。
どうしても、欲しかったんだろ?桂との子供が。絆が。それを自覚しているにしろしていないにしろ、お前は望んだんだ。
そのくせ、桂には合意を得ていない、いや、それ以前に気持ちすら伝えていないんだろうから手に負えない。
高杉、俺はお前の気持ちが分かるよ。認めたくない気持ちが。
こいつ相手に、本気になるなんて自分、恥ずかしすぎて穴に入っちゃいたいよ。豆腐の角に頭ぶつけて記憶喪失になりたいよ。
でも、穴に入ろうが記憶喪失になろうが、こいつを無くすよりははるかにましだ。
桂は、元々頭の切れる男だ。変なところ鋭いし、聡い。だが、半面、
疎いところはとことん疎い。特に恋愛に関しちゃ、中学生レベルだよ。だから、
てめえの気持ちなんかも、桂は気づいちゃいねえよ。
「元彼でも何でもない」ってさあ。ざまあみろ。
ああ、それは幸いか。
むしろ、お前はそれが望みなのかもしれないな。
だがよ、だったら認めちまえよ。
計算高いあまりに、負けるとわかってる戦に出るのがいやだったんだって。
怖かったんだって。
それが出来ない奴に、俺たちの関係に割ってはいって欲しくない。
やっと手に入れた家族なんだ。
もう、誰にも、奪わせない。
俺は、夕食の支度を始める桂の方に向かった。
「なあ、桂」
「・・・なんだ?」
ばっと、大げさに身構える。なにしろ、おれが“桂”なんて呼ぶときはそうそう無い。
「お前と俺ってどういう関係?」
「夫婦にきまってるだろ」
「期限付きの?」
「・・・決まっている」
そうなんだ。そうなんだけどね。
「でもさあ、」
桂は不審そうな顔をしている。多分、何が言いたいか分からないんだろう。
「俺、お前のこと好きだよ」
「!!!!!」
かあーーーっと、奴の顔が紅くなる。超驚いているに違いない。
こいつには、これくらいストレートに言わないとダメなんだ。
「もちろん、月子が、だけどね」
「俺は、俺だ」
「そうなんだけどね??・・・」
桂が男に戻る日は近い。ということは、この、ままごとが終わる日が近いと言うことだ。
そんな間際になってこんなこという俺は、ずるいんだろうか。
「今更だな・・・」
「ん?」
「俺だって、好きだぞ。知らなかったのか?」
「マジ・・・!!!!」
ああ、やられた。
今度は俺が紅くなる番だ。
そんでもって、こういうときに限って余計な奴らが帰ってくる。
「ただいまある????!!」
「あれ、銀さん、顔赤いですよ。熱でもあるんじゃないですか?」
うるさいうるさい。
今、俺はいいところなの!
人生で、一番、いいところなんだから!
*** さらに一ヶ月後 ***
ところが、人生で一番良いところは、さらにその後やってきた。
ヅラに俺の子供が出来たのだ!!!
深刻な顔しちゃってさ、「話がある」だって。
苺牛乳を注ぎながら、聞いてたら「・・・子供が、できた」
だなんて!!うは!!
「は!!!???俺の???!!!!マジで・・・・・・!!!!」
うわ??????!!!信じらんねえ!!!うれしすぎる!!!キャッッホウ!!
ヤバイ、神様、いたとしたら、感謝します!!!生まれて、はじめて!!もう立ち上がってアルプス踊りを子ヤギの上でしたいくらい!!
いや、自分で思うくらいだから、そうとう、このときの俺はだらしなくにやけていたと思う。でもしかたない。
だが、そのすぐ後、低い声でヅラが言った言葉で、高揚した気分が吹き飛んだ。
「どうする?」
一瞬、意味がわかんなかった。
「え?いや、どうするって何???産んでどっちが育てるかって事?それとも、なんて名前にするかとかそう言う相談???」本当に、分からなかったんだ。
まさか、
「いや・・・産むか産まないか」そんな選択肢を言っているなんて。
思わず、というか、一瞬でかっとなった。同時に、ダン!!と大きい音がした。
「どういう意味?」自分でも怖い声だと思うが抑えられない。
「・・・もう一年、男に戻るのが遅れる・・・」
「だから、その子を犠牲にするってのか??」
こいつの言っていることが理解できない。こればかりはさすがに頭に来る。本気で怒る。
「男に戻りたいから、殺すのか?!」
「そう言う意味ではない」
「じゃあなんだ!あいつの子は産めても俺の子は産めないってか?!」
「ただ、これ以上は迷惑になるかと思ってだな」
「もういいよ」
本当に、もういい。こいつは最悪な天然野郎だ。
お前は、産みたくない訳じゃないんだ。
ただ、これ以上万事屋に迷惑をかけたくないと言っているんだ。そうだよな?
こいつには、はっきり言わなきゃ分からない。
どんなに俺が、うれしくて、喜んでいるかも。迷惑なんて思っているはずもないことを。
つっと奴に近づく。怯えたような顔をする桂。
なあ、桂、頼むから。拒まないで。
「迷惑じゃないから、産んで欲しい・・・」
お願い、お願いだから。
俺に家族をちょうだいよ。
俺に、幸せをちょうだいよ。
きっと、同じだけ、返すから。
この、凍てついた氷のような心を、
溶かしてくれるのはお前しかいないんだよ。
昔の俺を知っていて、今の俺を知っている。
そして、側にいて、分かり合える奴は、家族のいない俺にはお前しかいない。
だから、お願い。
一緒にずっといれないのも分かってる。
この夢がいつか終わるのも。
お互いの道が違うのだから。
でも、だからこそ、夢が終わるその最後の一瞬までのお前は、
俺にちょうだい。