62 :
風の谷の名無しさん@実況は実況板で:
ちょっと、今回のポケモンアニメは酷すぎ・・・。
あまりにも酷い部分が多すぎるから、重要なとこだけ。
1.サトシのレベルダウン
ストーリーとして、サトシはヒカリと旅してきて、その後の話であるはずだ。(1話でそういう流れだったしね)
だからこそ、サトシがほとんどのポケモンの知識が無くなってることが視聴者に強い違和感を感じさせる。
ゲーム用だから、ゲーム初心者への説明を兼ねてて仕方ないんだよって言う人もいるが、だったら別な主人公を立てれば良い話。
それはアニメがつまらないことの擁護にはならない。
(アニメの視聴者はアニメ単体を評価すべきで、製作者側の都合はアニメの評価に関係がない)
結局、ストーリーは連続してるのに、主人公はストーリーを通じて連続してないから粗が目立つ。
63 :
風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/10/29(金) 02:42:01 ID:2uZQqrjU0
2.ポケモンの欺瞞
ポケモンの本質は昆虫採集に闘犬の要素を組み合わせたものだ。
何が良いたいかって言うと、ポケモンのゲームは無理やり自身の手持ちポケを戦わせて、自分の私欲の赴くままにポケモンを捕まえて収集欲求を満たそうとしたり、(対人戦で)勝利して快感を得ようとするわけ。
それは本質的にはとても残酷なことであり、それを美化しようとしたのがそもそも間違い。
無印の本質は、人間は無茶(残酷なこと)をポケモンにさせてるからこそ、ポケモンには精一杯愛情を掛ける(あるいは、配慮する)(表現の仕方は人によって違うとしても)べきだし、ポケモンの自由意志を尊重すべきだってのが根底にあった。
愛情を掛けるべきだってのは、例えば、ニビジムでのタケシが、イワークにピカチュウを出したとき、「相性も知らないトレーナーに戦わせられるなんて、ポケモンが可哀想だな」(正確な発言は忘れたが)
ということを言っていたし、カスミもピカチュウがオニスズメの群れに襲われてポケモンセンターに運び込まれた回でサトシにキツく当たっていたなどがある。
他にもたくさんあるが、これらは全て、ポケモンに対してトレーナーは無理をさせている以上、トレーナーはポケモンに対して配慮が求められるという考え方が無印にはあったと
言うことを示している。
ポケモンの自由意志に関しては、リザードンの不服従、ゴーストの勝手な行動、ピカチュウやゼニガメなどの戦闘拒否、バタフリーの離脱(例えば、サファリパークでのピカチュウ、ナツメ戦でのゼニガメ達の行動)といった例が挙げられる。
そういった考え方をベースにして、無印が述べていたのは、確かにゲームではポケモンを好き勝手に戦わせたり、ゲットしたりしている、だけど、本当は、ゲームに描写されてはいないけれども、ゲットや戦闘において個々のドラマがあるのだということだったのだ。
64 :
風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/10/29(金) 02:44:05 ID:2uZQqrjU0
にもかかわらず、AG,DP,BWにおいて、ポケモンの自由意志はかなりの程度なくなった(ポケモンが「行け!」と言われるだけですぐに戦おうとする。トレーナーへの反抗も激減した。)し、ポケモンへの配慮も明らかになくなった。
(もちろん、全く無くなった訳ではない。ムサシのドクケイル、コジロウのチリーン、サボネアとの別れなどの例はある。
ただ、例えば、ポケモンへの愛情をサトシが持っているんだという描写はあるにはあるが、後述の理由によりリアリティがなくなったため、配慮がなくなったように思われる描写が増えた。
また、相性の悪いポケモンに対し戦いトレーナーが挑ませるという、戦いでポケモンが傷つくはずであるので、戦わせるということに関して特に配慮しなくてはならないのにそういうことが無くなった)
3.情熱の欠落
初期のサトシは事あるごとに、ポケモンマスターを口に出していたし、またそれを強く意識しているのが伺えた。
(未来のポケモンマスターといった発言や、ピカチュウ関しての育て方を警察犬のガーディを見たときに考えたりしていた)
現在、少なくともdp,bwに関して、一体サトシがどれだけポケモンマスターを意識した発言をしてきただろうか。
目標に向かって努力し悩む少年の姿は、多くの人に感動を与える。
今のサトシの生き方に誰が共感し、感動するであろうか?
そういう意味では、シンジの方が、初期のサトシの有り方に近い。(ポケモンとのかかわり方は180度異なるが)
65 :
風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/10/29(金) 02:45:49 ID:2uZQqrjU0
4.ポケモンバトルのチープ化
2で述べた、ポケモンへの登場人物の愛情表現のリアリティの欠如の根幹であり、アニメが薄っぺらくなった最大の要因である。
PTAが原因なのか知らんが、それは批評には一切関係ないのでここでは無視する。
問題は、ポケモンがバトルで、あるいは日常で酷く傷つかなくなった(描写的に)ことにある。(もちろん、シンジのヒコザルのようにまったく無いわけではないが)
ピカチュウはサトシが必死に身を挺して守り、助けてもらったから、心を開いた。
ヒトカゲは命の危機に瀕したときに助けてもらったから、心を開いた。
ゼニガメはロケット団からサトシが身を挺して守ろうとしたから、心を開いた。
真に危機が迫った時、自身の身を挺して助けてくれるからこそ、ポケモンとの信頼が生まれることに
説得力が生じる。
サトシがdp.bwで誰の真の危機を身を挺して守った?
例えば、ナエトルの出会いは、本当にナエトルがサトシを信頼に足ると思えるぐらい、サトシは身を挺したのか?
対して危なくも無いところを助けて無理やり信頼感を作りだしてはいなかったか?
今作の7話のツタージャとピカチュウの最初の戦いでピカチュウは、本当に危機的な状況にあって、それをサトシが自身の身を省みずに守ったのか?
66 :
風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/10/29(金) 02:47:31 ID:2uZQqrjU0
5.登場人物のリアリティの欠落
全般的に、登場人物のキャラ付けが甘い。
最近多い、特徴的な(かつ、不自然な)口癖によるキャラ付けが先行し、行動によって示されることが少なく、
今ひとつ登場人物の個性が描かれていない。(例えば、「やさしい」、と言葉で言う、あるいは他の登場人物に言わせるのは容易いが、だからといって、
視聴者がその言われた人物を「やさしい」と見なすとは限らない。)
6.バトルのコメディ化
bwになってから、バトルのチープ化が更に進み、コメディ化しつつある。特にミジュマル。
それはバトルの真剣さを著しく削ぐ。すなわち、本当にこいつ等はやる気があるのか?という感じを
視聴者に与える。
サトシの強い願いがリーグ優勝であり、ジムリの役目が、そういった少年を阻むものだとすれば、その部分を
コメディにするのは視聴者がサトシに感情移入するのを阻むのではないか?
67 :
風の谷の名無しさん@実況は実況板で:2010/10/29(金) 02:52:26 ID:2uZQqrjU0
7.馴れ合い
dpでは見られたが、bwになってからは消滅したように思える。(この点では個人的にbwは評価している。)
ロケット団との馴れ合いは本当はありえない。
彼らはサトシの親友であるピカチュウをしつこく強奪しようとし、しばしば成功している敵役である以上、常識的に考えれば、酷く恨まれていても不思議は無い。(というか、でなければ不自然。)
ロケット団に良いところは有るということを描写するのは結構だが、サトシと馴れ合わせるべきではなかった。
無印時代、ピカチュウはニャースを見殺しにしようとしたり(正確な回は忘れたが、ロケット団とサトシが豪華客船に乗り沈没する回の辺り)
ロケット団に電撃を浴びせるとき笑ったりしていた。(例えば、バイバイ、バタフリーの回)
だからこそ、初期のピカチュウに人間くささがあったのではなかろうか?
全体的に言えるのは、bwを含め無印から別な方向へアニメのポケモンは向かっている。
つまり、よりアニメはゲームらしく成って来た。だが、ポケモンというゲームが、主体的にポケモンを収集し、戦わせるというところに面白さがある以上、
アニメのゲーム化はけっして、アニメを面白くしないだろうと思う。