http://blog.oitablog.jp/takaakira/archives/2006/03/post_69.html NHKが絶対報じない中台戦争・台湾228事件
大陸の国民党政府は、共産軍と内戦の最中で、敗戦が続いていた。
国民党政府は、最後の砦となる台湾の状況の悪化に驚き、鎮圧部隊を台湾に送り込み、島内各地で台湾人の虐殺を繰り広げた。
国民党軍と話し合いを続けてきた台湾人の代表委員はほとんど殺害された。だまし討ちにあったのだ。
台北駅の西にある台湾鉄路局のベランダからの機銃掃射で、多くの市民がバタバタと倒された。
暴動に関係ないものでも、台湾人であるということだけで、その場で手足を縛られて射殺された例もある。
基隆市では、多くの台湾人が手のひらに針金を通されて射殺され、そのまま港の海に投げ込まれた。
もっとも暴動が激しかった南部の嘉義市の駅前では、たびたび公開処刑が行われた。
私が少年時代によく遊んだ台南駅前の広場でも、公開処刑が行われた。
この暴動は日本の新聞でも「南京発」の情報として報じられた。
李登輝・元総統も、身の危険を感じて一週間ほど山中に身を隠していたという。
反乱の掃討戦は一ヶ月ほどで終わり、台湾各地に血の跡を残し、台湾人と大陸人(外省人)との間に、深い溝ができてしまった。
ところが、国民党政府の弾圧は、これだけでは収まらなかった。
この事件を契機として、日本時代の台湾人インテリを対象にした「虐殺」が始まった。「白色テロ」である。
突然逮捕され、身に覚えのないことで裁判もなく処刑されるものが相次いだ。
台湾大学のキャンバスに、針金でぐるくる巻きにされた射殺死体が捨てられていた。文字通り「暗殺」である。
こんなことが珍しくなかった。台湾人は恐怖のため、夜も安心して眠れない状況に追い込まれた。