そう言うが、やはりcome outにおけるズレ、あるいは漸次位相変移プロセスの確信犯的実践には
政治的意図よりむしろ、より音楽的な表現への飽くなき渇望が見え隠れしている、
と考えるほうが自然かもしれず
it's gonna rainとの比較は的を得てはいるとは思うが、やはり政治的表現への接近、変移プロセスの手法など
明らかな違いがあると思う。個人的にはphase patternsにreichの先進性を感じてはいるが
それは確かにrainbow in curved airを通過したからこその存在だ、とは勿論認識したうえで、と断っておく必要があると思う。