目を覚ましたときみていた夢は、最悪だった気がするのに、覚えていない。
何度ブラシを通しても、いつものようには髪がまとまらない。
わからないかもしれないけど制服のそでに紅茶が一滴、しみを作った。
タイは何度結びなおしても少し曲がっている。
今日は『ダメの日』なのかもしれない。
(マリア様おはようございます。今日一日お守りください。)
登校途中でマリア様にお祈りするときに、思わずそう願ってしまったのは、私が弱いから。
「あら、瞳子ちゃん。ちょっと待って。」
振り向くと祐巳様だった。
「はい、これ持ってて。」
有無をいわせず鞄を押し付ける。
「タイが曲がっていて…… ごめん、もう一回やり直す。」
祐巳様が何度か結びなおし、最初よりはちょっとましな形になった。
「おかしいなぁ、何回も練習してきれいに結べるようになったはずなのになぁ」
ありがとうございますとだけ言って立ち去ろうとした私の横に祐巳様は並んでぶつぶつ言っている。
今日は『ダメの日』ですからとはいわず、人のタイを結ぶのは自分の物を結ぶのとは感じが違いますからと言うと、祐巳様はえへへと笑っている。
そして別れ際『ダメの日』を決定付ける出来事が私を待っていた。
「今日の放課後、ちょっと、練習に付き合ってもらえないかな」
祐巳様がほほを赤らめ、誰かに聞かれないよう注意を払って、私の耳元でささやく。
私が演劇部だからですか。誰かにそれを告げるための代役リハーサルですか。聞きたいけれどぐっとこらえる。
大丈夫、涙なんてコントロールできる。
「ええ、わかりましたわ」
にっこりと微笑んでみせる。大丈夫、まだ笑えている。
「だめですよ、祐巳様。そんなんじゃ、誰もロザリオなんて受け取ってくれません。もう一回」
わたしは何をしているんだろう。
自分に渡されるはずもないロザリオを、お芝居とはいえ何度も拒絶して、祐巳様が"だれか"に渡すのが1秒でも遅くなればと願っている。
「方針を変えちゃったほうがいいかもしれませんよ。ダメなお姉さまかも知れないけれど支えてほしいとか。」
もうだめだ、これ以上は耐えられない。何か理由をつけてOKを出してしまおうと思った。
そして、2回ほどせりふを通して練習したあと、OKを出した。
「まぁまぁじゃないですか。普通の人ならこれでばっちりですよ。」
私は、ちゃんと、笑えていただろうか。
祐巳様には、笑っている瞳子を覚えていてほしいなんて、すぎた願いですか、マリア様。
「じゃあ、本番ね。」
祐巳様が唐突にそう言った。何が起こったのかよくわからない。
「わたしは、あまり立派なお姉さまにはなれないかも知れない。
だけど、あなたが支えてくれるなら、きっと誰よりも立派な薔薇として咲けるわ。
支えてくれないかしら。瞳子?」
「きっと後悔しますよ。」
とっさにそんな皮肉が口をつく。
「ええ、あなたとする後悔なら、きっと楽しいわ。」
ほほを暖かい液体が流れているのがわかる。
ああ、今日は『ダメの日』だから、涙だってコントロールできない。
#個人的願望ですいません