ここはステルヴィア中央スペースポート1番ロビー。
ドーナツ状回廊の内側からは発着ドックが、外側からは商業区が見渡せる。
今日は12月26日。クリスマスパーティ兼忘年会を終え、帰省する学生達は皆、
午後発のフジヤマに搭乗するとあって、ロビーは大変な混雑だ。
そんな中、栢山晶は一人で窓際に佇んでいた。茶系統のロングパンツとジャケットが、
長身で均整の取れたプロポーションを一層引き立てている。足許には二人分の荷物。
そこはかとなく憂いを含んだ表情で街並を眺めている。
(今のわたしには何かが足りない…成績の伸びもいまひとつだし。プログラミングだけが
取柄の落ちこぼれかと思っていたしーぽんはあんなに頑張って今や首席クラスなのに。
年上のお嬢はともかく、コータや、どうかするとりんなちゃんにもまだ追いつけない。)
(それから、未だに他人と気易く打ち解けることができない。アリサがそれとなく
世話を焼いてくれるお蔭で、何とか仲間に入れてもらっているけれど…)
(そういえば、しーぽんとコータは、インフィに乗ってから一段と親密になったような…)
「よお、栢山じゃないか!」
いきなり声をかけられ、ふと我に返る。
「なんだ、ジョジョか」
「なんだはねーだろ。おいらも今日の便なんだから」
いつになく生真面目な、どこか思いつめたような様子にはっとする。
いつもは滑ったギャグを連発して、笑わせるというより笑われている彼だが、
それも彼なりの気配りなのかもしれない。
「やっと冬休みだねぇ。栢山は家でのんびりできそう?」
「ん〜…ウチの親は、娘が帰ってきたら家事をするのが当然と思ってるからな。
炊事、洗濯、掃除…弟は甘えてくるし。」
「そっかー。栢山って意外と家庭的なんだ。」
「それはわたしが家庭的に見えないって意味か!」
ジョジョの頭を軽く拳でぐりぐりする。
「いててて〜。子供扱いはやめてくれよー。」
まるではしゃぐように、大げさに騒ぎ立てる。
「それにしても、栢山って人気あるよなー。」
「わたしが? からかうのもいい加減にしてくれ。」
「だって、さっきから見てると、通りかかる女の子が、みんな栢山のことぼーっとして
見つめてるぜ。」
「…背が伸び出してから、そんなことが多くなったな。あまり嬉しくない。」
口をへの字に結ぶ。
「それよりお前、さっきからその辺にいたのか?」
「えへへへ、ちょっと前からね。」
「ところで栢山、これ受け取ってくれないか?」
小さな紙包み。中にはリボンの掛けられた小箱。
「何? わたしに?」
「さっきメインプロムナードでお土産を選んでたらさ、栢山にそっくりの髪の
マネキンがあって…なんかすごく似合いそうだったんで…」
「似合うって…」
「…イヤリングなんだ。俺、こんなの買うの初めてだけど。」
急に動悸が早くなり、頬が上気してくるのがわかる。
とっさに、どう受け答えしてよいやらわからない。
「なんで、わたしなんかに…」
「ちょっと遅いけどさ、クリスマスプレゼントのつもり。迷惑だった?」
「いや、そうじゃないけど、あの…」
自分でも何を言っているのかわからない。
「すまない、ちょっと荷物を見ていてくれ。」
そう言うと、晶は紙包みとポーチを小脇に抱え、不安そうに見送るジョジョを残して
足早にその場を離れていった。
15分後。
少し俯きがちに、ゆっくりと晶が戻ってきた。
普段のナチュラルメークの上に、薄く頬紅を乗せている。
眉のラインが描きなおされ、目許が柔らかく見える。
引いたばかりのルージュがちょっと艶かしい。
珊瑚色のイヤリングが両耳に揺れている。
「よかった! 気に入ってくれたみたいで。すっげえ素敵だよ!」
「…あの……ありがとう」
小さく答える。頬の赤みが増していく。
雑踏の中、しばし時が止まったかのような沈黙が続く。
「…じゃあ、また来年な。よい休みを。」
「ああ。」
恥ずかしそうに手を振る晶を何度も何度も振り返りながら、ジョジョが立ち去る。
「あ・き・ら・ちゃん! 何かいいことあったの?」
いきなり声をかけられ、飛び上がる。
「いや、なに、その、何でもない!」
今度こそ顔が真っ赤になる。
「待たせてゴメンね。私が忘れ物なんかするから。」
「…別に。それより、いつ戻った?」
「うふふ。」
「…お嬢は、笑うと目が糸のように細くなるな。」
「そうかしら? ふふふ…。」
「ハハハ…。」
華やかな笑い声が人込みにゆっくりと吸い込まれていく。
冬休みは、始まったばかりだ。
−−− fin −−−