シューゴは柔らかな陽射しの中で目覚めた。
白いシーツの敷かれた寝台に横になっていた。身を起こすと、傍らには黒髪の少女が寝台に腰をかけてじっとシューゴのほうを見ていた。
この少女は……
見覚えのある顔。その顔は複雑な感情を呼び起こす。誰だっけ、と考えて不意に頭の中に答えが浮かび上がった。
「レナ様……」
「おはよう、居眠り娘のシューゴ」
そうだ。レナ様だ。レナ様……?
首を傾げて頭を整理していると、すぐに思い出せた。シューゴを奴隷商人から買い上げてくれた女主人のレナ様。
シューゴは、呪紋使いの里を襲った蛮人たちに捕まって、奴隷商人に売られてしまったのだ。呪紋使いの娘は蛮人の格好の獲物である。そして地方領主の娘であるレナに買われ、レナの住むシャトーでメイドとして働いている。
シャトーでの暮らしは、奴隷市場で鎖に繋がれていたときより、はるかに楽だ。だから、シューゴは女主人であるレナ様に感謝しなければいけない。レナ様の命令はどんなものであっても服従しなければいけない。
まるで物語でも読むようにスラスラと頭の中にそんな考えが浮かんでくる。
横たわっていた上半身を起こすと、シャランと金属の擦れる音がした。
ちょうど首のあたりで音がする。手を伸ばして確かめると、首に細い金属製の首輪がはめられていた。魔法で装着したのだろう。継ぎ目のようなものはない。
その首輪に、この世界の神を表す聖十字の形をした黄金細工が取り付けられている。
息苦しい気がして首輪に手をかけたが、継ぎ目のない首輪を外すことなどできない。
それを見たレナがふわりと微笑んだ。
「まあ。その首輪の意味を忘れたわけじゃないわよね?」
「あ……」
首輪は、シューゴがレナに従属する印だった。
聖十字の黄金細工の裏側には、レナのイニシャルが刻まれている。
首輪と黄金細工が擦れてシャラシャラと音を立てるたびに、シューゴは自分がレナの所有物であることを思い知らされる。そのための、首輪だ。
シューゴは、女主人に絶対の服従を誓って自らこの首輪を受け入れた。レナが望まない限り、この首輪は一生、シューゴの躰の一部となる。
「どうなの、シューゴ?」
にこにこと笑いながら、レナが尋ねる。
どうすればいいか、全ては頭の中に入っていた。
レナの前に立ち、両手を前に揃え、深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした、レナ様」
「わかればいいのよ」
「はい。レナ様が優しい御主人様で良かったです……」
しおらしいシューゴの言葉に、レナは勝ち誇ったように声を立てて笑った。
一抹の屈辱感がよぎったが、すぐにこれでいい筈だと思い直した。
このシャトーで暮らすようになって数年。ずっとこうしてきたのだから。しょせん、自分は非力な呪紋使いの娘だ。反抗するなど、考えられない。
「なんだか喉が乾いたわ。お茶を持ってきて」
「はい、かしこまりました」
こく、と小さく頭を下げ、シューゴは炊事場へと急いだ。シャリ、シャリ、と首輪が繊細な音をたてる。
途中の廊下で、しみひとつなく磨かれたガラスにシューゴの全身が映った。
その姿に思わず足を止めてしまう。
春のそよ風のようにうっすらと金色にけぶる髪の毛の見事さ。呪紋使い特有の月光のように白い肌と、小さな顔。瞳の色は、深い湖の底のようなダークブルーだった。
なんて綺麗なんだろう、とため息がこぼれた。
「でも自分のことを綺麗だなんて……」
と、戸惑いと恥じらいで頬に血がのぼってくる。
へんな考えを振り切るように、ガラスから目を逸らして、走り出した。
鏡や水面の中に何度も見てきた自分の姿なのにどうして動悸が早くなるのだろう。それがシューゴには不思議だった。
胸に手をやると、やわらかいふくらみの下で心臓がトクトクとせわしなく脈打っていた。胸のふくらみを感じた手のひらに思わず力が入った。すると、ふくらみの先端が押されて、胸に小さな痛みが走った。
なんだこれは?
と思うそばから、乳房じゃないか、と自問自答していた。レナほど立派なふくらみではないけど、華奢な体形のわりには大きめの乳房だ。階段を降りると、乳房が微妙に上下動して奇妙な感触だった。
さきほどから続いている違和感の正体を掴みたかったが、それよりもレナの要求に応えるほうが先だった。なぜならシューゴは、レナの忠実なメイドなのだから。
トレイに陶器のティーセットを一式載せて、急いでレナの寝室に戻った。
「お待たせしました」
シューゴがそう言うと、レナはクスッと笑ってカップを取りあげた。
注がれたお茶を美味しそうに飲むレナ。
シューゴはかたわらに立って、レナの次の命令を待っている。
「あら……」
不意にレナが声をあげた。
お茶を、胸元にこぼしてしまったのだ。
「レナ様……!」
「あらら……困ったわ」
「服を替えませんと……」
「じゃあ、あなたが脱がせて」
「かしこまりました」
シューゴはレナのドレスの編み上げをほどいて上半身をはだけさせた。
「待って」
上半身が裸になったところで、レナが呼び止めた。
「服に染みたお茶が、胸も濡らしてしまったわ」
「はい」
「きれいに拭き取ってくださる?」
「はい、ただいま……」
「違うのよ。ごわごわした布で拭かれるなんてまっぴら。あなたの舌で丁寧に拭ってほしいの」
「え? でも、そんなこと……」
驚いて戸惑うシューゴに、だめ押しのようにレナは迫った。
「それとも私の命令に逆らうのかしら?」
そう言って、シューゴの首輪に細く白い指をかけた。
「い、いえ……かしこまりました」
ため息をつくと、シューゴは屈み込んだ。レナの白くふくよかな乳房におそるおそる舌を這わせる。
ぴちゃ、ぴちゃ……
舌が触れるたびに、雫の落ちるような音が出た。
「そうよ、シューゴ。もっと丁寧に舐めて……隅々までね」
シューゴの舌が可憐な乳首の先端を擦ったりすると、レナはぶるりと躰を震わせる。
上目づかいのレナの表情をうかがうと、なにか衝動を噛み殺すような表情をしていた。押し殺してはいるが、息が荒くなっている。
不思議な背徳感を覚えながら、シューゴは舌を動かし続けた。
やがて、ため息混じりにレナが言った。
「もう、いいわ……」
やわらかな果実のような感触に名残惜しさを感じつつ、シューゴは乳房から顔を離した。二つの形のいいふくらみを思いきり触ってみたいという欲求がシューゴの頭の芯のところでくすぶった。
女主人じゃなければ、そうしていただろう。シューゴには女同士で愛し合った経験などない。だが、女性のしどけない姿態を目にして、奇妙に心の一部が騒いでいた。
「うふふ……あなた、なんて顔してるのかしら」
「あ、いえ……」
「いいのよ。私の裸に見とれていたんでしょう?」
「……はい……」
「あははは。シューゴちゃんは素直だねえ♪」
「お……おそれいります」
顔を赤くして、シューゴは俯いた。レナの指摘が妙に恥ずかしかった。
「じゃあ、ここもシューゴに綺麗にしてもらおうかしら。お茶が下の方にもこぼれてしまったみたいなのよ」
レナはドレスを下着ごと脱ぎ捨てた。
シューゴの首をかかえて、自分の腰へと導く。
レナの力は強く、シューゴは抵抗できなかった。
女性の秘部がシューゴの眼前にあった。同じ女である以上シューゴにも同様のものがあるはずなのに、それを見て驚きが隠せなかった。
「さあ、舐めてくださる? それともこういうのはイヤかしら?」
「でも、私は……」
「あなたは絶対服従するメイドだったはずよね?」
「あ……」
その通りだった。こくり、とシューゴは頷く。
「じゃあ、始めてちょうだい」
「……かしこまりました」
言われるまま、シューゴはちょこんと舌を出して、レナの蕾を舐めた。
ほんの舌の先端がかすめただけで、レナは声をあげた。
「はんっ……!」
ふるるっとレナの全身が震える。
じわりとしみ出た透明な蜜をすくい取るように舌を動かした。
シューゴの両肩におかれた手に力が入った。絶え間なくレナの口から喘ぎ声がもれてくる。
女の蜜の匂いが、シューゴを高ぶらせた。
夢中で舌を動かし、愛撫した。隠された真珠のような突起も掘り起こし、可愛らしくふくれたそれをそっと舌の上で転がした。
「あ……はうんん……」
シューゴ自身の股間にずんと響くような喘ぎ声だった。
シューゴの内で強い衝動が頭をもたげた。
「ダメ……もう我慢が……」
シューゴは片手でスカートを乱暴にたくしあげ、下着の中に手を入れた。そこに、ある欲望で張り詰めた器官を求めて。
「あれ? なんで? 無い!」
シューゴは思わず叫んでいた。
張り詰めた器官に触れるはずの手は、むなしく空振りしていた。
代わりに、熱く濡れた泉のような場所に指先がぶつかっていた。
シューゴの躰の真芯に、甘い痺れが走った。それは快感であると同時に、大きな戸惑いを呼び醒ました。
シューゴの戸惑いなど知らぬげに、レナの手がシューゴの乳房に伸びた。固く張り詰めていた胸の先端を指できゅっとつままれて、あられもない声がシューゴの口から飛び出した。
そのままレナは両手でシューゴの胸を包み込み、粘土細工のようにもてあそぶ。
胸のふくらみに加えられる愛撫に、シューゴの意識は流されそうになった。必至で理性にしがみついて、自分の感じている「何か」に思いを巡らせる。
何かがおかしい。
胸をいじられる快感は未知のものだ。
それに、股間に触れたときの、あの違和感……
どうして、あるはずのものが……
あるはずの……
シューゴは自分にあると思いこんでいたモノの正体に気付いて愕然とした。男の欲望の象徴。それが、女である自分の躰についているわけがない。
だが、同時に、それがないことが、ひどくおかしいことにも思えた。
次の瞬間、シューゴの頭の内で落雷のようにパッと光が閃いた。
覆い隠されていた記憶に手が届いたのだ。
がばっと身を引き離すシューゴ。
さらに数歩、後ろへ下がる。
寝台の上でレナが悪魔のように微笑んでいた。
「どうしたの? 女主人の命令よ、こちらに来なさい」
「いやだ……」
しぼり出すようにシューゴは言う。女主人に逆らうことへの抵抗感から全身が震える。しかし、これは全てまやかしだ、とシューゴ……国崎秀悟は自分に言い聞かせた。
「れな! ……おまえの仕業なんだな、これ!?」
「あー」
レナは口をとがらせた。
「つまんなーい。もう初期設定が剥がれてきちゃったのォ?」
「なんだ、その初期設定ってやつは!」
叫んだ秀悟は改めて、自分の声の可愛らしさに愕然とする。
そして、目の前で女王然と自分を見下ろしているレナのヌードから目を逸らした。
「レナ様、いやレナ。いいかげん服くらい着たらどうなんだ」
「あら、メイドのくせに女主人に指図するの?」
「う……」
高圧的に言われて一瞬、秀悟はシューゴに戻っていた。びくっと身をすくませてしまう。
「あはは。まだシューゴちゃんの反応も残ってるみたいね。かーわいいー」
「こいつ。悪質なイタズラにもほどがあるぞ!」
秀悟/シューゴは次第に置かれた状況を把握しつつあった。
西洋風の地方領主の娘がなぜレナなどという日本名なのか。そもそも、ゴシック建築に細部で様々な国の美術意匠がミックスされたこの城の存在自体、実在のものではない。
そんな当たり前のことを疑問に思わず受け入れてしまっていたのも、全てはレナのいう「初期設定」のせいである。
この不条理な世界は、あきらかにVRゲームの世界だ。
女主人ことレナは本来、秀悟の双子の妹なのである。
レナがTHE WORLDのクローンサーバーを設定し、そこに秀悟を引き込んだに違いなかった。どういう経緯でゲームに引き込まれたかは記憶が曖昧になっていて、思い出せなかった。ただ、レナがどうしてこんなことを計画したかについては、思い当たる節があった。
数日前のことだ。
秀悟が学校から帰宅すると、いそいそと、れなが迎えに出てきた。
「おかえりお兄ちゃん!」
「………………」
「な、なによーその渋い顔は。せっかく可愛い妹がお出迎えしてるのに」
「その顔、絶対なにか企んでる」
「えー? そんなことないよー」
「ぁゃしぃ……」
「お兄ちゃんにプレゼントがあるんだってば。ほら、バレンタインのとき家族義理チョコ忘れてたから、その替わり。服買ってきたんだよ」
「ほーう?」
その時点で秀悟は確信していた。その服とやら、ロクなもんじゃねェ、と。
「ホラ! 可愛いメイド服ぅー! じゃじゃーん! やったネ、お兄ちゃん!」
「じゃな」
スタスタと二階の自室へあがっていこうとする秀悟。
シュッ!
レナの拳が秀悟の鳩尾に走ったが、間一髪で秀悟はそれを受け止めた。剣道部で次期主将と目されているだけあって、さすがの反射神経であった。
「フ……やるわね、お兄ちゃん」
「おまえの性格くらい読めてるっつーの!」
「ふうん。じゃあ、どうあってもこの可愛いメイド服は着てくれないと?」
「あ・た・り・ま・え・だ」
「どぉぉ……しても?」
「そんなにメイド服が好きなら自分で好きなだけ着てろっ」
「やだっ。お兄ちゃんが着るから面白いだもん」
「だもん、じゃねぇ。いい加減、おまえの変態趣味には付き合ってられん」
「変態ってなによ? ちょっとしたした耽美と倒錯の趣味じゃない」
「世間じゃそれを変態っていうんだ」
きっかけは、れな三歳のときだった。七五三。このとき、両親が面白がって、秀悟にも着物をきせてみたりしたのだ。そのとき、れなが異様にはしゃいで目を輝かせていたことを秀悟はいまでも覚えている。
以来、れなは、秀悟を女装させることに異様な執念を燃やすようになってしまったのだ。
小学生の頃はちょっとした冗談だと思って、秀悟も付き合ってやったりした。リボンを頭につけたり、とその程度のことだった。
ところが、だんだんれなの要求はマニアックになっていった。中学にあがる頃には、制服のスカートをはけだの、ブルマをはいてみろだの、しまいには寝込みを襲われて化粧までされたこともあった。
そしてれながいわゆるスーパーハッカーになったのも、中学頃からだった。
もともと小学校のときから理科と数学の成績が抜群で神童と言われていたれなだが、中学に入るともはや常人では理解不能な理論をもとにハッキングプログラムを設計するまでになっていた。
中学生になって人前であまりハッキングの話はしなくなったが、れながネットゲーム『THE WORLD』のコピープログラムを作っていたことを秀悟は知っていた。
「ねえねえ、メイドさんになってようお兄ちゃん。それで、メイドと女主人ごっこしようよぅ」
「却下。大却下!」
「ええー? 特別に私のおっぱい触らせてあげるからぁ」
手で持ち上げて強調した胸をむにゅうと押しつけてくる。その攻撃にはさすがに秀悟もたじろぐ。
「ばかっ、おまえ、恥じらいってもんをだな……」
「えい。うりうりっ」
惜しげもなく、中学生にしては立派すぎるふくらみを押しつけてくる。無邪気というよりは、それが女の武器だと自覚しきった攻撃だった。
「いいかげんにしろっ」
あらっぽくレナを突き飛ばした。いつまでもあの調子で攻撃を続けられたら秀悟の理性が吹っ飛ばないという保証もなかった。
しゅん、とうなだれるレナ。
乱暴に突き飛ばしたことで少しやりすぎたかと心配になり、秀悟は妹の顔を覗き込んだ。
「おい…………」
「隙ありっっ!」
まともや、鋭い正拳が襲ってきた。ひょいとかわす秀悟。
「このクソ妹! もう許せん!」
「なにをー! こうなりゃ力尽くでメイド服着せるからっ!」
バトルのゴングが鳴り響き、壮絶な兄妹ファイトが繰り広げられた。
結局、勝負は十分ほどで秀悟の勝利に終わった。
「うぇーん、グスグス……」
「あたた……通信学習で妙な格闘技身につけやがって。ったく、女の腕力で俺に喧嘩売るほうが悪いんだぞ」
一抹の罪悪感を覚えたまま、秀悟はその場を後にした。
……などという一幕があったのである。
どう考えても、そのときの意趣返しでレナが仕組んだに違いなかった。
「下らないこと考えやがって……」
「ふーんだ。お兄ちゃんが最近、ネットゲームは飽きたなんていうから、特別製のを作ってあげたんだよーん」
「こんなキャラでプレイして楽しいわけあるか!」
秀悟は、ほっそりとした女呪紋使いの躰を見下ろして言う。
首に巻かれた首輪が重く感じる。そして、その下にある胸のふくらみ。そこの部分だけ、乱れた服のしわが妙になまめかしい。さっき、レナに揉まれたときの悩ましい感触がいまだに胸に残っていた。
「そう? さっきはそれなりに楽しんでたみたいだけど?」
「くう…………」
ククッと邪悪に笑うレナ。それを憮然として睨む秀悟。
「お兄ちゃんのその躰には、いろいろと設定してあるから。可愛い女の子にしてあげたんだし、存分に楽しんでよね。
そうそう、その可愛い顔だけど、お兄ちゃんを知ってる人が見れば分かると思うよ。お兄ちゃんのDNAをもとにアレンジした顔だからね」
先ほど秀悟が廊下で自分の姿を見たとき、性別や髪の色はともかくとして、ガラスに映る姿を完璧な別人だと感じなかったのはそのためだった。
女らしいほっそりとカーブを描いた顔の輪郭になって、睫毛も長くなったりして紛れもない女の顔だが、秀悟の面影は残っている。
髪や瞳の色、体形が日本人だったらば、レナと並んで姉妹のように見えたことだろう。
「ったく。つき合いきれないぜ」
秀悟は吐き捨てるように言った。
秀悟としては、レナのイタズラにいつまでも付き合うつもりなどなかった。
もう充分、屈辱的なところを見せてしまった。レナに施された「初期設定」……偽の記憶のせいで、よりによって実の妹を「様」づけで呼んでしまい、メイド奴隷として性的な奉仕までしてしまったのだ。
瞬きを二度、パチパチと繰り返す。いったん、間を置いてから、またパチパチと瞬きする。これは、最近のFMDで採用されている緊急離脱用のプロトコルだった。
バグなどで閉じこめられたり、精神的負担の大きすぎる状況に陥ったとき、プレイヤーの安全のために、簡単な身振りなどでVR世界から離脱できるよう、緊急離脱プロトコルはどのゲームにも実装が義務付けられている。
ところが、瞬きの合図では緊急離脱プロセスが働かなかった。
リアルの身体感覚は停止されているから、物理的に端末の電源を切ることもできない。
「なんで……」
緊急離脱プロセスがまったく反応せず、秀悟は愕然として呻いた。
「だってこのゲーム、あたしのカスタムだもん」
勝ち誇ってレナは言う。
「でもネットで評判になって、全世界からたくさんのプレイヤーがアクセスしてるんだよ。ふつうの人にとっては、ふつうのTHE WORLDクローン。ただし、アダルトシーン有りだけどね」
ネットでアマチュアが流通させるTHE WORLDクローンは、正規のものと違って、性交渉を再現できるVRエンジンを積んでいることが多い。
だが、それにしても、緊急離脱ドアのないゲームでは危なっかしくて、誰も見向きもしないものだ。
「要するにね、特定の経路でネットワークにアクセスしたプレイヤーだけ、緊急離脱を無効化してあるの」
「俺のほかにも誰がいるんだ!?」
「ふうん。そのへんの記憶は戻ってないみたいだね。初期設定データを上書きした影響で、ゲームに引き込まれる前後のことは覚えてないんだ?」
「言え、レナ! また俺のほかに誰を巻き込んだ!」
「うふふふーん。それは自分で調べてみてね」
レナが勢いよく立ち上がると同時に、彼女の体にドレスが出現した。
このVR世界の設計者であるレナはいわば創造主である。たいがいの不可能は可能になる。
「さーて。ゲームの始まりだよ、お兄ちゃん」
涼しげな声で、レナは宣告した。
「なに!?」
レナの手には、いつのまにか鈍く光る金属製の工芸品がのっていた。
「このアミュレットの魔力を使えば、現実世界へのドアを開くことができるよ」
「じあ、はやく寄越せ!」
「ダーメ」
ぺろっと舌を出してレナは要求をはねつける。
「頑張って冒険して、アミュレットを見つけてね。お兄ちゃんがあんな目に遭ったりこんな目に遭ったりする萌え萌えなイベント満載だから!」
「誰がそんな冒険するかっ!」
「それじゃ一生、ゲームからログアウトできないよ」
「ぐ……」
「だからお兄ちゃんはこのゲームに参加するしかないんだよね。あーわくわくするぅ、これからお兄ちゃんの××な姿をたーっぷり神の視点から見せてもらうからね。うふふ……」
「このサディスト! 変態妹!」
「呪紋使い娘のメイドがそんな口きいたら似合わないゾ」
ふざけた口調でレナは言う。
「それに……サディストで淫乱なのはホントのことだもん。いまさらお兄ちゃんに言われなくても、ね」
と、レナは開き直った態度をとった。
カッときて、シューゴ/秀悟はレナに飛びかかった。
「悪ふざけもいい加減にしろ!」
レナの持つアミュレットを奪おうと手を伸ばす。
一瞬早くレナが反応した。
「シューゴ! 」
びくん、とシューゴ/秀悟の動きは止まってしまう。
「あらあら忘れちゃったの? シューゴはあたしに絶対服従するメイドだったでしょう?」
「双子とはいえ、兄を呼び捨てにすんな……」
弱々しく喘いで、シューゴ/秀悟は首を振った。
レナはすぐ目の前にいるのに、体が動かなかった。指一本動かせない。レナの一声で全身が硬直していた。
「あたしの顔と声で名前を呼ばれるとね、あたしには逆らえなくなるんだよ」
「ぐ……くぅぅ…………」
「アハハハ。いくら頑張ってもムダ。そういうふうにプログラムされてるからね。いまのお兄ちゃんはなんでもあたしに従っちゃうメイドの姿をした操り人形なの! ね、シューゴちゃん」
シューゴ、という名を否応なく押しつけられた。
レナは文字通り、全能だ。その気になれば、いともたやすく今のシューゴの心臓を止めることもできる。
せめてもの抵抗にレナを睨みつけるが、そんなシューゴの眼差しすらレナにとっては心地よいものらしい。
「シューゴ、返事をなさい?」
「はい……」
「はい、何?」
「はい、レナ様…………くそぅ……」
双子の妹に命令されて抵抗もできず従順にしたがってしまうことへの屈辱感で、シューゴ/秀悟は目の前が真っ暗になった。
「なんだか緊張してるわねえ。シューゴ、もっとリラックスしなさい」
「はい、レナ様……あうう」
シューゴの意識とはうらはらに、レナに命令された通り、全身が弛緩していく。
「じっとしてなさいね」
言いおいてレナは自分からシューゴに近づくと、おもむろにシューゴの唇を奪った。
ぱちぱちと戸惑いのあまりまばたきを繰り返してしまうシューゴ。
女呪紋使いの華奢な体格は、女のレナにも簡単に抱きすくめられてしまった。
肩に手を回されたうえで、唇を嬲られた。
レナは、ついばむようにシューゴの唇をくわえたり離したりする。やがて、レナの舌が無遠慮に唇の間に押し割ってきた。別な生き物のように動く舌に口腔を愛撫され、その甘ったるい刺激に「ん……」と声が漏れてしまう。
ようやくシューゴから離れたレナは満足そうに舌なめずりした。
「こう見えてもね、ファースト・キスなんだよ?」
「し、知るか…………」
「お兄ちゃんとファースト・キスするのが夢だったの。VRの中だけど、夢が叶ったな。……もっとも、お兄ちゃんがこんな可愛い女の子になっちゃってるけどね」
可愛い女の子、などと言われ、悔しさと羞恥に染まった表情をみせまいと、シューゴはそっぽを向いた。けれども、自分の口からもれる小さな息づかいさえ、すっかり少女のものになっている。その事実から逃れることはできなかった。
「どう、いまのキス。気持ちよかった?」
「そんなわけ、ないだろ…………」
「正直に答えなさい、シューゴちゃん?」
びくり。シューゴ、と名指しされ、体が震えた。
「ちゃんとメイドらしい言葉遣いでね」
もう、命令に逆らうことはできなかった。
「はい……とても気持ちよかったです、レナ様…………ううっ!」
自分の口から出てきた言葉に打ちのめされ、シューゴはがくりと床にへたりこんだ。
「ふふ、いつも思い通りにならなかったお兄ちゃんがこんなに可愛くって素直になっちゃって。ネットゲームってサイコー! ねえ、シューゴちゃん」
「は、はい……」
レナの高笑いは、悪魔の声に聞こえた。
じつの兄妹だからといって、情け容赦してくれる相手でないことはイヤと言うほど秀悟には分かっていた。
すぐ手を伸ばせば届くとこにアミュレットがあるのに、レナにどうしても逆らえない。それがもどかしくてたまらなかった。
「レナ、様……」
「あははは! あのお兄ちゃんが様づけであたしを呼んでるかと思うとゾクゾクする!」
「…………」
「で、なに?」
「後でなんでもしますから、そのアミュレットを……」
「しつこいなあ。ダメったらダメ」
レナがアミュレットをひょいと放り投げると、それは空中で姿を消した。おそらく、どこかへテレポートさせたのだ。
「さて。シューゴにはメイドらしく、お茶のおかわりを持ってきてもらおうかしら?」
「はい……かしこまりました……」
「あはははは!」
レナの命令は絶対だった。空のトレイを拾って、シューゴは女主人の要求を満たすため動いた。初期設定のせいで自分を本当のメイドだと思っていたときと違い、いまのシューゴには「秀悟」としての自意識がある。
本人の意識は、レナの気まぐれな要求をはねつけようとしているのに、プログラムに支配されてメイドとして動いてしまう。かえって、初期設定のままに動いていたときのほうが葛藤がないぶん、楽だった。
どうやっても命令に逆らえず、表向きは恭しい態度でシューゴは淹れ直したお茶を運んできた。
「シューゴ、肩をもんでちょうだい」
「はい、レナ様……ぐぐぐ」
やはり恭しい仕草でレナの肩を揉むことしかできなかった。
「もういいわ」
「はい」
「メイドらしく次の命令をお待ちなさい。シューゴ」
「は……い……レナ、様」
シューゴ/秀悟は男として兄として屈辱的なメイドの仕草を強要され、レナ
の前で両手をエプロンの上で揃えて俯き加減で立った。
強制女性化スレのコピペかよ!でもいいよ!やっちまえ!
「ほーんと、すっかり従順なメイドさんだね」
「くぅ……」
「これが中身、お兄ちゃんだと思うとゾクゾクしちゃう」
なにか言い返そうとしても、メイドらしくとの命令のせいで余計な口もきけなくなっていた。そのことが一層、悔しく、シューゴ/秀悟は心の中で歯噛みをした。
「こちらを向いてごらん、シューゴ」
声を投げかけられて、言われるままにシューゴは顔をあげた。
レナが目を細める。
「我ながら、傑作品だわね。お兄ちゃんの面影があって、加えてこのまばゆい金髪。それに……」
「あ……」
レナの手でおとがいを持ち上げられ、シューゴはかぼそい声を出した。
「それに、この神秘的な色の瞳。サファイアブルー……ううん、もっと微妙な色合いだよね。神秘的な呪紋使いに相応しいわ。ほんと、計算以上のいいできだよ、お・に・い・ちゃん」
ちゅっ、と今度は軽くキスをするレナ。
「くっ…………」
逃れようとシューゴは顔をそむけた。
「あー、反抗的。そういう子にはおしおきだね」
「な!」
「シューゴ。感じなさい!」
「え……きゃああああああああ!!」
レナの「命令」によって、全身の性感帯が発火した。
数十人の手が一斉にシューゴの全身の敏感な場所をまさぐっているみたいだった。
女みたいな悲鳴をあげてしまった。ちらりとそんな後悔が頭をかすめたが、それどころではなかった。
躰の芯が甘く痺れ、体中のいたるところから快感が送られてくる。あっというまに固く尖った胸の先端が服の裏地にくいこみ、それがまた身悶えするほどの鋭い快感となった。
股間が熱くなってとろけだしたように分泌された露が内腿を伝わった。
じんじんと疼く快感は自分では全く制御することができなかった。何か叫ぼうとしても、意味をなさない喘ぎ声になるだけだった。
>>255 それを知ってるとは相当なマニアでちゅね?
ちなみにカイト君淫乱道中の連載を中断したままばっくれてアニメ板きてるのは強制スレのみんなにはナイショの方向で>255
「あ、あ、……はんん……あふぅ……はぁはぁ、ああああああ」
燃え上がった欲情を静めるため、自然と手が動いていた。左手は股間へと、右手は乳房へと。
だが、そのときレナのにやにやとした表情が目に入った。
シューゴ/秀悟の反応を楽しんでいるのだ。
(誰が、こんな責めに屈するか……)
歯を食いしばり、シューゴ/秀悟は手を引っ込めた。
が、その間にもどうしようもない疼きと刺すような快感が全身を支配しつつあった。
手が自然に局部と胸へ向かってしまう。体の内側がとろとろと焙られるみたいにせつない感覚がこみあげてくる。それを迎えようと、無意識のうちに体をよじり、手を動かしてしまう。
「ん、はぁぁぁん…………」
「うわあ……お兄ちゃん、いろっぽい声」
「そ、そんな、これは……んんっ、あはぁぁぁ!」
抗議しようとしたが、その前に脳天が甘く痺れて言葉を失ってしまった。
「それじゃ、軽くイッてもらおっかな。あたしの指が触れたのを合図にイッちゃってね♪」
小悪魔の表情でレナは命じる。
そして、レナの指がひょいとシューゴの口にねじ込まれた。
ちゅくちゅくと、口腔内を指がかき回す。
「!? んああああああああああっっ!!!!!」
レナの命令に忠実に反応して、快感が爆発した。
胎内で見知らぬ器官がきゅう、と収縮を繰り返すのをシューゴは感じた。頭の中が真っ白に塗り潰されている。
抵抗など思いもよらぬほどの圧倒的な快感の奔流だった。秀悟の男としての意識は完全に、女の躰の悦びに押し流された。
獣のように淫らな吐息が長々と漏れ出た。
ぴくんっ、ぴくんっ……
子宮と■、それに連動して■■で濡れた内腿が収縮を繰り返した。
「アハッ。イッちゃった。女のお兄ちゃんのとろけた顔、かわいい!」
秀悟の意識は絶頂の波に洗われてとぎれとぎれだった。
かすかに残る意識は、レナによって手もなく絶頂を味あわされたことに怒りと情けなさを覚えていた。
レナのなぶるような言葉を遠くに聞きながら、意識がフェードアウトする。
くたり、とうなじまで朱に染めてレナの腕の中で力を失ったシューゴ。
シューゴの口の端から、可憐な顔に似合わないよだれがひとすじこぼれていた。
無防備なシューゴの寝顔に、レナは満足そうに頷く。
「お兄ちゃん。……お兄ちゃんが悪いんだよ。あたしの気持ちに応えようとしてくれないから……だから、そんなお兄ちゃんにはとことん意地悪してあげる♪」
意識のないシューゴをベッドに横たえると、レナはシューゴの形の良い胸を揉みしだいた。
マッサージでもするみたいに、大きくこねるように揉み回した。
「ううん…………」
天使のようなため息が小さな唇からこぼれる。
そのとき秀悟は夢を見ていた。
薄暗い水の中をどこまでも泳いでいく夢だった。
胸が苦しい、とぼんやり思った。
夢の中で、海の藻が胸に巻きついていた。
藻がずるずる動くと、胸の肉がそれに合わせて形をかえた。なぜかその部分がとても敏感になっている……。
「……あ!」
不意にシューゴは目を開けた。
夢から醒めたとき、シューゴは横にされていて、レナの両手で胸をこね回されていた。乳房を弄られて、シューゴは自分が人間でなく玩具として遊ばれているように感じた。事実、いまのシューゴはレナのいい玩具である。
夢から醒めても、悪夢は続いていた。
「おはよーお兄ちゃん」
好き放題に胸をこね回されながら、シューゴは唇を噛んだ。
「はい、シューゴ。女主人である私に言うことがあるでしょ?」
「う……あ……」
プログラムの強制力で、シューゴはよろよろと立ち上がった。
衣服の乱れを直すと、レナの前に立った。恭しく頭を下げて言う。
「レナ様、私のような至らぬメイドに御寵愛を賜りましたこと、なんと御礼を申し上げていいかわかりません……」
むりやり屈辱的なセリフを喋らされて、目頭に涙が滲みだした。
このうえ涙をこぼすところなどみせまいと、シューゴは必死で目をしばたたいて涙を押しやった。
「はーい、おつかれさーん。メイドさんはそこまででいいよ」
それまで働いていた強制力がフッツリと消え去った。
どういうことなのか。
シューゴは用心深く身構えた。
「というわけで、このシャトーでの『女主人とメイド』ごっこはプロローグだったのよ」
2
レナがパチンと指を鳴らすと、サラサラと砂が崩れるように城が消滅していった。
いつのまにか、人気のない街道に二人で立っていた。
「こっからが冒険本番!」
と、レナ。
不意に肌寒さを感じて、秀悟は自分の体を見下ろした。
メイド服がまるごと消滅していた。
ボロ布で、腰回りと胸が覆われているだけになっていた。これも、レナの仕業に違いない。ごわごわした布がきつく巻かれていて、胸のふくらみに強い圧迫を感じる。腰回りの布も、慣れない尻のふくらみのせいか余計きつく感じられる。
その格好はあまりにも無防備で、呪紋使いの娘の姿に変えられてしまった身としては、ひどく頼りない心持ちだった。
>W.B.イエーツ
まあ、やる気になったらいつでも帰ってきてください>カイト君
ごくりと喉が鳴る。そのときの感触で、首輪だけは相変わらず残っていることをシューゴは知った。
さらにレナが指を打ち鳴らすと、二人の大柄な男の双剣士が突然現れた。
「なんだ、あいつらは……」
「うん。シューゴちゃんは逃げ出してきた奴隷って設定。連中は、奴隷商人の手下だよ。……逃げなくていいのかなあ?」
「!」
振り向くと、男たちはシューゴの姿を見つけて猛然と追ってくる。
「待てよ、レナ!」
シューゴはレナの手を掴もうとしたが、空をきってしまった。レナはその場に見えているのに、実体がなくなっていたのだ。
「そうそう、いまのあたし、お兄ちゃん以外のキャラには見えなくなってるから」
「くっ!」
「言ったでしょ。ゲームの始まりだよ」
迫る男たちの息づかいがすぐそばで聞こえ、反射的にシューゴは走り出していた。
レナの体を素通りして男たちが追いすがる。
「見つけたぞ、このメス呪紋使い!」
「こらぁ、逃げきれると思ってんのかァ?」
ふわりとレナの体が宙に浮いた。
創造主の名に相応しく神々しいオーラに包まれる。
「さてと。あとは高みの見物だね。可愛くて非力な女の子になったお兄ちゃんの冒険、楽しませてもらうわ」
レナが直接、力を行使しなくても、すでにこの世界には様々なキャラクターとイベントをプログラムしてあった。シューゴ/秀悟がこのアミュレットを目指す限り、それらのイベントを回避する方法はないのである。
「グッドラック♪」
クスクス笑いながら、レナの姿は空気に溶けるように消えていった。
一方、シューゴはレナが消えたのにも気付いていなかった。
それどころではなく、必死で逃げていた。
が、呪紋使いの少女の肉体では、男のときのように力強く走ることができなかった。体は軽くなっているが、それ以上に筋力が弱くなっている。
全力で走っているのに、夢の中みたいにもたもたとしか走れない。
おまけに、足を運ぶたびに胸が上下にはずんで落ち着かないし、鈍い痛みもある。
後ろから伸びてきたごつい手が、背中に触れた。
「きゃっ!」
とっさの悲鳴が少女の声だった。その声で自分の立場を思い知らされる。いまのシューゴは、大の男に追われるか弱い少女なのだ。
言い知れぬ恐怖を覚えて、がむしゃらに足を動かした。
それでも男との距離はあっというまに詰められてしまった。
「とったァ!!」
がしっ!
後ろから腕を回された。
「ひっ!?」
屈強な腕を胸の前に回され、シューゴの突進は強引に止められてしまった。
頑丈な鉄棒に引っかかったようなものだった。勢い余って下半身が逆上がりでもするように宙ぶらりんになってしまった。そこをグイと引き寄せられた。
「へへへっ。つーかまーえたぁ」
「やめっ、離せ!」
力一杯もがいても、腕一本で抱きすくめられた体を自由にすることはできなかった。太い鎖で戒められたみたいだった。それほどに男と力の差があることを思い知らされるシューゴだった。
「こら、暴れるな。ったく、とんでもねぇ跳ねっ返りの女呪紋使いだな!」
「女呪紋使いじゃない……オレはほんとは双剣……」
「あん? なに言ってんだ」
むなしくもがいているうちに、もう一人の男も追いついてきた。
「へへ、うまいこと捕まえたみたいだな」
「ああ。昂奮して暴れて大変だ」
男のごつごつした手でシューゴは両手をまとめて頭の上に持ち上げられた。ばんざいする格好になった。呪紋使いの少女の姿になって皮膚が薄く、筋肉も弱々しくなっている。
男に乱暴に扱われると、体のあちこちに痛みが走った。それでも、悲鳴をあげたり「痛い!」と口走るのは男としてのプライドが許さなかった。
「呪紋使いの小娘にしちゃ、気丈な顔してやがる」
「はは、変わり種だな」
後からきたほうの男が、行きがけの駄賃のように無造作にシューゴの胸を鷲掴みにした。
「あうっ……!」
鋭い痛みにシューゴは、歯を食いしばった。
いまの姿になって背が低くなっている分、シューゴには男たちが巨人のように感じられた。自分が男たちに怯えているという事実がいっそうショックだった。
ぐいと両手をまとめて吊り上げられると、軽々と足が宙に浮いてしまった。
こんなふうに人形のように扱われるのは、はじめてのことだった。
怯えを振り払うように、シューゴは思いきり足を振り上げた。
油断しきった男の股間に蹴りがきれいに入った。
「おごっ!?」
目を白黒させて男はうずくまった。
男の脚力なら急所を潰すことができたかもしれないが、筋力が足りなくて手応えは浅かった。
「てめえ!」
シューゴを拘束している男が手に力を入れると、握られた手首に激痛が走った。
拘束された両手はどんなにもがいてもビクともしない。
自分の背後に立つ男の股間を狙って、後ろ向きに踵を蹴り上げた。
しかし、その攻撃は読まれていた。片足で易々とブロックされてしまった。
「ジャジャ馬だねえ、お嬢ちゃん」
「くっ!」
シューゴは身をよじった。
男の腰に、短刀がさしてあった。
あれを奪えば、まだ勝負になる。
秀悟は剣道二段である。たとえ短刀でも、棒きれでもいい。武器となるものがあれば、力でかなわない相手であっても御する自信があった。
しかし、両手を封じられていては、何もできない。
「なあ、聞いてくれ。オレはほんとは、プレイヤーじゃないんだ」
一縷の望みを託して、シューゴ/秀悟は話しかけた。
「騙されてこの世界に閉じこめられてるんだ。外の人間に連絡してほしい」
「けっ、わけの分からないことを。それとも気が触れたか?」
「ダメか……」
男たちはプレイヤーではなくプログラムされたキャラクター(NPC)であるらしい。当然、外の世界のことなど知らないし、プログラムされたようにしか振る舞わない。もしかしたら、この世界にはNPCしかいないのかもしれない。
あるいは、外の世界に関する話題を口にしてもフィルターで排除されて通常プレイヤーの耳に入らないという仕掛けも考えられる。いずれにせよ、そういう簡単な逃げ道はレナによって塞がれているのだろう。
そう思ったとき、男が意外なことを口にした。
「へっ、雰囲気をぶち壊すなよな。リアルの話題はタブーだぜ。みんなリアルモードが黙認されんのを承知でこのサーバー選んだんだ。不利になったからって、途中でやめるわけにゃいかないんだぜ?」
リアルモードというのは恐らく緊急離脱機能を封印して実世界に限りなく近いスリルを味わうためのモードだった。ゲーム中で死亡すれば現実に戻されるが、死に方が酷ければ精神障害が残ることもある。
危険が大きい分、市販ゲームでは味わえないセックスやハードな殺し合いが味わえる。
場合によっては、ゲーム中で獲得した財宝がリアルマネーに換金できたりもする。リスクと引き替えに快楽と一攫千金を狙うマニアのための設定だ。
そんなゲームに参加しているプレイヤーは相手を出し抜くことばかり考えている。たとえシューゴ/秀悟が事情を説明しようとしても、耳を貸してくれないだろう。
「違う……オレはゲームに参加したわけじゃ」
「あーうるせー!」
男の日焼けした手で胸をもみ回された。
「うああっ……や、やめろォォ……」
「キャラクターになりきれよ。どうだ、感じるだろ。え?」
「違う……俺は、ゲームなんて、ゲームなんて……」
ゲームなんて、と言ったつもりなのに、その部分だけ声がかき消された。「……なんて、……なんて」と意味の叫びになってしまった。フィルターが機能して、メタゲーム的な単語を禁止しているのだ。
シューゴは覚悟を決めざるを得なかった。
拘束されていた両手がフリーになっていた。男は下品に笑いながら、シューゴの胸をまさぐっている。
シューゴは渾身の力で身をよじった。
「おっ、このっ……!」
男の力が一瞬緩み、その隙に短刀を奪うことができた。
「こっ、この野郎!?」
「……動くなよ。容赦しないぜ」
はぁはぁ、とシューゴは肩で息をする。男の手から逃れるだけで、ひどく体力を消耗していた。それでも、短刀を手にできたのは決定的だった。
「こら……お嬢ちゃんにそんな光り物は似合わな……げえっ!?」
なにげなく近づいてきた男の袖がすっぱりと切り裂かれた。シューゴが鋭い突きを繰り出して動きを牽制したのだった。竹刀が短刀にかわっても、剣術の心得は充分に有効だった。少なくとも、武術が素人同然の相手には有効だった。
「いてぇ……こいつ、人が優しくしてりゃつけあがって!」
シューゴとしては、優しくされた覚えなどない。男どもの乱暴な仕打ちに腹を立てていた。
「言っただろ、容赦しないって。近づいたら、こんどは服だけじゃすまないぜ」
「ちぃっ」
男は荒々しく舌打ちをした。
短刀を構えたまま、シューゴはじりじりと下がる。
そのとき、背後に気配を感じた。
さっきの男だ。すぐに勘づいた。急所のダメージから立ち直った相方が、回り込んできたのだ。
そうはさせじと、振り向きざま短刀で払った。
「おっと!」
男はあっさりと飛び退いた。そのかわり、苺のような果実を放り投げてきた。
短刀の刃は空中で果実を真っ二つにしていた。
プシャッ!
刃に赤い汁が飛び散った。
山椒に似た香りがあたりにパッと広がった。
妙に鼻腔に残る、強い香気だった。
「な、なんだこれ……?」
不意に頭が軽くなったような気がして、シューゴはつぶやいた。
「知らないのか?」
へへへ、と男たちがどちらともなく野卑に笑った。
「そいつは、おまえら呪紋使いの大好物じゃねえか」
「知るか、そんなの……うっ」
くらっ。めまいを覚えたが、かろうじて足を踏ん張ってよろけないようにした。
「そいつぁ、熟れたヴィシャンの実だよ」
「へへへ、そいつを口にしたり匂いを嗅いだけで、女呪紋使いは体内の魔力が暴走して発情状態になっちまうんだよな」
「な……んだと……?」
すでにシューゴの足はぐらついていた。世界がぐるぐると回りだしていた。
アルコールを口にしたときに似ている。だが、それだけでなく、催淫効果もあるようだった。乳首が固く尖って、じんじんと疼きだした。
「おお、さすがに女呪紋使い専用アイテムだ。効果覿面だな」
「な……なにを……」
強がっても、すでに声までふにゃふにゃしたものになっていて、男たちの失笑を買うだけだった。
短刀を構えようとしても、足元がふらつくし腕に力も入らないしでフラフラとしてしまう。
急速に、ヴィシャンの実の香気に意識が冒されていった。
考えるのが、億劫になっていく。
どろりとした快楽に身を委ねたくなる。
ついに膝が折れて、シューゴは道の真ん中にへたりこんでしまった。
「あーあ。すっかりできあがっちまって」
「にゃにぃ〜。そんなことょ、ないりょ。あうー、なんか変……なんか、きもちいい……」
すでに言葉も支離滅裂になっている。
ヴィシャンの実は呪紋使いにだけ効果を発揮する。そばで見守る男たちには何の影響もないのだ。
「あふ〜。にゃんか……からだが、熱いよぉぉ……」
ぼうっとした意識のまま、シューゴは腿をすり合わせた。そうやってこすり合わせると、なんだか気持ちが良かった。
もはや、男たちに見られていることは気にならなかった。いや、男たちの存在そのものが意識から抜け落ちていた。
頭のどこか隅のほうで本来の秀悟の心が叫んでいた。こんな醜態をさらすのはイヤだ、と。
しかし、呪紋使いの肉体は悲しいほど正直にヴィシャンの実の魔力に反応する。肉体の器に支配されて、シューゴ/秀悟の心もやがて、正体を失った呪紋使いの少女そのものになってしまった。
「ああん……なんだかねむいよぉ……」
そう呟いて、シューゴはうつ伏せに身を横たえた。固い地面に尖った乳首が押しつけられるのを心地よく感じた。
すぐに、シューゴは寝息を立てていた。
シューゴの手から落ちた短刀を男が拾った。
「やれやれ。どこまでも手間かけささせやがる。いっそ、ここでマワしてやるか?」
「やめとけや。フロック様は商品管理に厳しいからな。俺たちが勝手に傷物にしたって知られたら、どんな罰をくうか分かったもんじゃねぇ」
「ああ……それもそうだったな」
残念そうに言うと、男はぐったりとしているシューゴを軽々と肩に担いだ。
二人は、雇い主である奴隷商人のもとへと足を向けた。