あずまんが 榊さんスレッド

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球技大会、体育祭、マラソン大会………。私の前には常に彼女がいた。黒く長い髪を揺らしなが
ら、彼女はいつも私の前を走っていた。だから私は自然に彼女を目で追うようになっていた。
ライバルだから意識していると思っていた。でも、何故だろう? 廊下ですれ違った時、食堂で
偶然席が近かった時、そしてお互い汗を流して競いあっている時、私は自分の心が浮かれている
のに気付いた。ライバルとして彼女を見ている―――そんな感じはしなかった。
幾つかの勝負でも彼女が1位で私が2位だった。私は悔しいとは思わなかった。むしろ当然の結果
のように受け止めていた。私だけが彼女のすぐ後ろを走れるんだ。私だけが彼女と全力の勝負が
出来るんだ。話したことはなかったけど、それが私と彼女の絆なんだと思っていた。
深く青い空の下で、全力で走った私はしばらく息を切らせ、空に向かって思いっきり背伸びをした。汗をかいた体をそよ風が心地良く包み込む。

 私は彼女が好きなんだ。

素直にそう自覚するまで、あまり時間はかからなかった。
2872/5:02/08/12 22:21 ID:isVMitRZ
2年生になり、幸運にも彼女と同じクラスになれた私は すぐさま彼女と友達になった。少々強引
なアプローチだった気はしたが、部活のない日は下校を共にするようになった。
彼女は無口だった。それは前から解っていたが、意外にも温厚で優しい人柄だった。人に対して
傷付けるようなことは決して言わなかったし、猫に噛まれてもじっと耐えてその猫を叱ることは
なかった。スポーツ万能という肩書きは私と同じだけど、内面的な部分は がさつで思慮が足りな
い私とは正反対だった。私に姉がいたらこういう人なのかな? いや、私が理想としてる姉がこう
いう人なんだ、―――と妙に納得したことがあった。
毎日が楽しかった。学校でもプライベートでも、いろいろなイベントを彼女と一緒に楽しんだ。
私は彼女のやんちゃな妹になったような気分で彼女に頼ったり、甘えたり、好きなように迷惑を
かけたりした。
2883/5:02/08/12 22:22 ID:isVMitRZ
そんな生活の中で一つ、私を悩ます種があった。
彼女は同性からモテた。それは自分でも解る。私だって好きだから。
単に「背が高いから」「カッコイイから」とアイドルに群がるミーハーのように騒ぐ女性徒が多
かったが、中には真剣に彼女に心酔している子もいて、時には手紙なんかを送っていた。
彼女は優しい性格だから、いつも困った顔はするものの、嫌そうにしたり邪険に扱うということは
なかった。だから彼女を慕う女子の数は減ることはなかった。当然私はあまりいい気はしていな
かった。感情が一途過ぎて周りが見えてない子も珍しくなく、恋愛感情を求める子も少なからず
いた。何故か私にはそういうものが不潔なものに思えて、酷く自分をいらつかせた。私は純粋だ、純粋に
彼女が好きなんだ、とそう言い聞かせずにはいられなかった。人より一歩踏み込んで彼女と仲良く
してる私だが、私もそういうふうに見られたりしていないか不安だった。
2894/5:02/08/12 22:22 ID:isVMitRZ
3年生の夏、恒例で友達の別荘にみんなと遊びにいった。
夜、足りなくなったお菓子の買いだしで、私は彼女と二人きりになった。
道を照らす常夜灯と青白い月の光、そして深夜に響くさざなみの音は、昼間通ったはずの同じ道
を、別の不思議な世界へと変貌させていた。
ふと、私は空を見上げた。吸い込まれるように眼前を覆う夜空と耳を埋める波の音。生暖かいコン
クリートの熱気に入り混じり、優しく頬を撫でる涼しい風。すべてが心地良く何もかも忘れてこの
ままいつまでも浸っていたくなる空間だった。
頭を悩ます受験の前の最後の生き抜きだな、と思った。正直3年という期間はなんてあっという間
なんだろうと思った。怖いくらいに毎日が楽しくて笑いに包まれていて、―――そして彼女がいて
くれた。その日々を振り返ると、―――私は何故か胸が締め付けられるような不安に襲われた。
2905/5:02/08/12 22:24 ID:isVMitRZ
「……ペガサス……白鳥、イルカ……」
ふいに彼女の声がした。夏の星座を数えているようだった。私は星座のことはさっぱり解らなかっ
たけど、こういう時の彼女は妙に真剣で一つ一つの星座をゆっくりと確認しながら数えていた。
私はそんな彼女の細かなことにも一生懸命になる姿が好きだった。言われるがまま、私も空を見な
がら星座を指でなぞって、「え? この形がヤギ? なんで〜?」と言って笑った。彼女も凄く
素直な笑いを私に向けていた。ほんとに、ほんとに幸せな空間だった。
「私達も、この星座のように、一年後に、また、同じ、場所で、―――ここで、会えたら、いいな」
上を見ながら彼女は言った。少し照れてるようだった。
「もちろん会えるさ。私達、同じ地球の上で回ってるんだもん」
我ながら訳の解らない台詞だと思った。少しきょとんとした彼女だが、安心したようにふっと息を
ついて微笑んでくれた。そして彼女から他愛のない星座の話を聞きながら海沿いに延びる道を歩いた。
不安はもう消えていた。