【お肉壺】QB師匠の窪みを語るスレ【股間が竹の子】 6
幸福の赤いハンカチ
妃華は家に帰りバックをベッドに置いた瞬間、息が止まりそうになった。バックに縛り付けていたハンカチが無いのである。
このハンカチは、赤い絹製で、なけなしの金を叩いて買った高価なものである。妃華は眩暈を堪えながら、どこで無くしたのか考えた。
今日は暑い一日だった。電車に乗る時、汗ばんだ掌を赤いハンカチで拭ったのは覚えているから、無くしたのはそれ以降である。だがどうしても思い出せない。妃華は、目の前が暗くなり、床が崩れ落ちる感覚に包まれた。
あのハンカチは、コンビニで立ち読みした雑誌で、スーパーモデルがバックにスカーフを結んでいるのを見た妃華が、真似する為にわざわざ購入した物である。
スーパーモデルは抜群のセンスとスタイルで自分のものにしているのだが、自分を過大評価している妃華には、自分ならスーパーモデル以上に使い熟せると思い込み、迷わずバックとハンカチを購入したのである。
バックはモデルと同じ黒を選んだ。これはバックの中央に大きなブランドマークが入っている。
妃華にとって重要なのは、他人が一目見てブランド物だと分かる事である。このバックは、その要素を充分に備えていた。
あの時は辛かった。妃華はバックを買った時を思い出す。
このバックを買う為に、妃華はファミレスで3ヶ月バイトしたのである。その間、欲しい物は一切買わず、飲まず食わずで貯め、そのブランド物に執着する意思の強さは褒めてやって良いほどだ。
あの時はひもじくて、つい客の食べ残しの唐揚げをつまみ食いして店長に怒られたっけ、フフフ。妃華は懐かしい思い出に耽るが、感傷に浸っている場合ではないと気付き対策を練り始めた。
「妃華、なにボヤボヤしてんだい」
母親の声で、妃華は我に返った。
落としたハンカチが見付かる可能性が低いのは、認めざるを得ない。しかし明日は合コンがあり、それには医学生も来る事になっている。
妃華はこの合コンに命を懸けており、医学生をモノにするには、バックとハンカチは絶対に必要だった。それに加えて、妹の金のネックレスを身に付ける予定である。
黒いバック、赤いハンカチ、ゴールドのネックレス、なんてゴージャスなんだろう。これなら医学生も私にイチコロね。
その姿を想像すると、への字に歪んだ口も緩み、口元から味噌汁がこぼれるのだった。
よし、明日の合コンまでにハンカチを買おう。妃華はそう決心し、サンマを掻っ込んだ。
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夕飯後、妃華は自分の部屋に戻ると、ハンカチ購入の計画を練り始めた。
まず財布から現金を抜き、残高を調べた。しかし明日の合コンの会費を引くと、幾らも残らない。バイト代が入るのは来週である。
二次会は男性陣に払わせるつもりだが、一次会までタカる訳にはいかないだろう。
仕方がない、カードを使おう。
妃華は学生ながらカードを持っている。学生用なので限度額も知れているが、頻繁に使うものだから毎月の奨学金は全てカードの支払いに消えている。
しまった!
ここで妃華は気が付いた。先日この合コン用にカードで服を買ったのである。合コンに気合いが入っている妃華は、不相応に高額な服を選び、可能額があまり残っていないのだ。
とにかく、残り少ないカード可能額と僅かな現金で、なんとかするのだ!
決意を込めて、妃華は拳を握り締めた。
翌日、妃華は合コンの支度を済ませ学校へ向かった。
妃華は隣県の大学に通っているため、一度自宅に戻る余裕などない。
今日の講義は一限目だけ出れば良い。あとは友人に代返を頼む予定だ。
学校には不似合いな服装とハイヒールで講義を受けた後、妃華はハンカチを求め街へ出掛けた。
まず目指すは、丸富デパートである。ここは妃華のカードが使える、数少ない店の一つである。
売場の華やかな雰囲気に酔った妃華はつい気が大きくなり、この際ハンカチよりスーパーモデルが使っていたようなスカーフにしよう、などと無謀な作戦に切り替える。
スカーフ売場では、色取り々々の高級感溢れるスカーフが並んでいた。
妃華はスカーフを手に取ると、そっと値札を調べた。
おぉ、予想より安いではないか。
妃華は、予定より早く目的を達成した満足感を味わいながらバックから財布を取り出した。
とその時、値札の7を1と見間違えていた事に気付いた。
「お決まりですか?」
財布を握る妃華の元に、店員がにこやかな笑顔を浮かべて近付いた。
「あ、あいや、そ、そうね、いいかと思ったんだけど、色合いに深みが足りないわね」
ふう、危なかった。
妃華は、逃げるように丸富デパートを立ち去った。
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あの店員に顔を覚えられてしまった。
第一候補を失い、妃華は次なる店へ向かう。今度は「趣味の店トキワ」である。ここにも絹のスカーフが置いてあり、カードが使える筈である。通学用の定期を使い、二駅先の店へ向かう。
妃華の行動範囲は、定期が使える地域のみである。無駄な交通費を使う気は更々なく、そこに抜かりはない。
趣味の店トキワに行くのは半年振りだが、着いてみると店はなんと改装中ではないか。
大きな誤算だった。
ガックリ気落ちした妃華は、途端に空腹に見舞われた。とっくに昼は過ぎている。
腹が減っては戦は出来ぬ。まずは腹拵えといくか。
駅前まで戻り、マックに入ろうとしたが、少しでも安く済ます為に、立ち食いソバ屋で、かけソバの食券を買った。
「へい、お待ち」
目の前に置かれたかけソバを食べようとして、妃華は自分の失敗に気付いた。
ソバの汁が服に撥ねたら大変だ。合コンにシミ付きの服で行く訳にはいかない。
妃華は、ソバを啜らないように、注意深く口を大きく開け、その中に押し込んだ。
回りでは、場違いな服装で異様な食べ方をしている妃華を遠巻きに見ているのだが、そんな事を気にしている場合ではない。
最後の汁の一滴まで飲み干し、妃華はまたハンカチを求め歩き始めた。
暑い日に熱いソバなど食べたものだから、全身汗だくである。化粧も取れてしまったが、妃華には化粧直しする余裕はない。
第一候補と第二候補が消えた今、さてどうするか。カードを諦め、現金で買うしかない。
妃華の手持ちで絹は無理である。しかし合成繊維なら何とかなるだろう。
私が身につければ、合成繊維だって絹に見えるのよ。ホッホッホッ。
そうして、妃華はディスカウントショップに向かい始めた。
歩き始めて、妃華は喉の渇きを覚えた。
しまった。ソバつゆを飲み干したからだ。
おまけに炎天下である。妃華は目に止まった自動販売機の前で小銭を取り出そうとした。
財布の中身は、ソバ代を払って残り僅かになっている。ここは、少しでも多く残しておきたいところだが、意識が朦朧としている妃華は、無意識にジュースを買い飲んでしまった。
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妃華は、知り得る限り一番安いディスカウントショップでポリエステル100%の赤いハンカチを見つけると、値段を見てから財布の中を数えた。
何たることか。10円足りない。つくづく先程のジュースが悔やまれる。
10円くらい、どこかに落ちていないかしら。
妃華は人目も憚らず、床の上や棚の後ろを探してみた。
「お客さん、何してるんですか?」
だが、妃華の不審な行動は、店員に万引きと疑われ、妃華はディスカウントショップを追い出されてしまった。
どうしたらいいんだ。
妃華は公園のベンチに座り、途方にくれていた。
慣れないハイヒールで、足はマメだらけである。
もう、諦めようか…。
弱気になり妃華は目を閉じた。その瞼に浮かぶのは、瀟洒な家の前に立つ自分の姿である。肩書はもちろん医師夫人だ。
ダメだ。諦める訳にはいかない。
ハンカチ一枚で何も変わらないのだが、妃華の赤いハンカチへの思いは今や執念となっている。
と、その時、妃華の目に向かいの民家の軒下に干している洗濯物が写った。風に揺れている中に赤い物が見えるが、あれは紛れもなくハンカチである。
なんという僥倖であろうか。
妃華は、フラフラと引き付けられるように民家に近付くと、回りに人がいないのを確認して、素早くハンカチを取り、一目散に逃げ出した。
「あっ、下着泥棒だ、待てー」
背後に追い掛けて来る気配を感じたが、逃げ足だけは人一倍速い妃華である。途中ハイヒールを履いた脚がぐにゃりと曲がったものの、まんまと逃げおおした。
ああ、私は見捨てられていない。信仰をた持っていたお陰だわ。
ボサボサになった髪をかき上げ、手にしたハンカチを広げた。
「!」
どうした事だ!ハンカチの中央には大きくうさちゃんのイラストが描いてある。
流石の妃華も、これを使う勇気はなく、ハンカチをバックにしまった。
時計を見る。合コンの時間が迫っている。妃華は力なく立ち上がった。ハイヒールの踵が折れている。先程転びかけた時に折れたのだろう。だが、家に戻る時間はない。
妃華は折れたハイヒールの脚を引きずりながら、対策を考えた。
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まずはこの取れたヒールをどうにかしなければならない。このままでは何も行動を起こせない。
妃華は淋しい財布の中から、接着剤を購入し、取れかかっているヒールに塗って靴に押し付けた。
しばらく押さえたままで乾くのを待ち、そっと履いてみる。
グラリ。ハイヒールは重い妃華の体重を支え切れず、またすぐに取れてしまった。
このままではダメだ。何かで固定しなければ。
辺りを見回すとスーパーの看板が見え、妃華は迷わずそこへ向かった。
スーパーのサッカー台でヒールに接着剤を塗り、その上からセロテープを幾重にも巻く。
よし、これで何とかなるだろう。
ハイヒールは妃華の体重を支えられるようになったが、華奢な靴にテープが巻かれた様子は醜悪である。しかし、それを気遣う余裕は既にない。
ついでにサッカー台にあったポリ袋を5〜6枚掴んでバックに入れるのも忘れない。
スーパーを出て、妃華は今後を考えた。日は暮れかかっており、合コンまで間もない。
諦めるしかない…。
今日が徒労に終わった悔しさを噛み締め、妃華は合コンに向かうべく、駅に向かって歩き出した。
薄暗くなった裏道を歩いていると、人気のない工事現場に行き当たり、そこに差し掛かった時、妃華はその片隅に赤い布を発見した。
赤いハンカチ、赤いハンカチ。
妃華は、その赤い布目指し、闘牛場の猛牛のように突進した。
赤い布を引掴んでみると、それは赤い手旗である。妃華はそれを持ったまま、暗がりに潜み布に縫い付けられている棒を抜こうとした。
しかし、棒はなかなかしっかりと縫われているようである。
妃華は指で縫い目を解く事にした。暗がり故、それは思った以上に困難な作業で、妃華の指はマニキュアが禿げ爪はボロボロである。
それでも何とか引き剥がし、最後は歯で噛み切ると、妃華は早速手に入れた赤い木綿のシミが付いた布をバックに縛り付けた。
ようやく念願の赤いハンカチを手に入れた。日頃の行いが良かったからだわ。信仰を捨てないで良かった。あぁ、有り難い。
妃華の胸は感激でいっぱいである。
そして妃華は、化粧直しもせず、髪も掬かず、テープの付いたハイヒールで合コンに向かうのだった。
完
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