【お肉壺】QB師匠の窪みを語るスレ【股間が竹の子】 4
四
土御門大路にある安部晴明の屋敷を、源博雅が訪ねたのは文月に入ってからである。
太陰暦の七月──現代で言うなら八月の二十日頃であった。
「今日は酒を飲みに来たのではないぞ」
「しかし、酒をこばみに来たわけでもないのだろう?」
「おまえは口がうまいな」
「この酒はもっとうまい」
言いながら、晴明は酒を口に運ぶ。
「おれはな、最近とみにはかない気持ちになっているのだ。何やらの霊の話ばかり、俺の耳に入ってくる」
「ほう」
晴明は、肴を噛みながら、博雅の顔を見た。
「高取の、もの言う地蔵の話は耳にしているか」
「いや、まだだ」
「九日ほど前であったか。凸十六でのことだ。
久某なるものが地蔵に向かって「小学生から奇怪な渾名で呼ばれないように」と願い事をしていたのよ」
「ふむ」
「すると半刻の後、その地蔵が「俺の担当は子供だから叶わぬ望みだな」というような事をいったのだよ」
「おもしろいな」
晴明がつぶやいた。
「しかもそのような事があわせて三度も起こったのだそうだ。願い事の度にだいたい半刻後に地蔵が突っ込みを返す」
「さもあろうよ」
「このような物の怪もあるのだなあ」
「それはあるだろうさ」
「なあ、晴明。人や動物でもない、ものでも、あやかしをするのか」
「あたりまえではないか」
晴明が、あっさりと言う。
「生命のないものがだぞ?」
「生命がなくとも、ものには霊が宿る」
「まさか」
「まさかではないぞ。霊はどのようなものにも宿る。
「この酒瓶にもか」
「そうだ」
「信じられぬな」
「酒瓶だけではないぞ。その中の酒にだって、霊はある」
「どうしてなのだ。人や獣に霊があるというのはわかる。しかし、どうして、酒瓶や酒に霊が宿るのだ」
「なあ、博雅、そもそも霊とは、何なのであろうかな」
「俺に難しいことを訊くなよ、晴明」
「霊もまた呪(しゅ)と同じものよ」
「また呪か!」
五
「霊と呪とを違うものとして見ることはむろんできるが、同じものとして、見ることもむろんできる。ようは見方だ」
「ははあ」
理解のおよばぬ顔で、博雅はうなずく。
「たとえばここに、酒があるよな」
「うむ」
「つまり、これは生まれつき宿命として、酒という呪をその身に持っているものだ」
「うむ」
「で、さざんか亭でさ、その酒を被害者に無理やり飲ませて意識朦朧にしたとしよう」
「うむ」
「さて、その酒は、酒であろうか、犯罪の道具であろうかな」
「ううむ」
低く唸ってから、
「それは、酒でもあり、犯罪の道具でもあるということであろうが」
博雅が言った。
「そうよ、博雅、よくわかったな」
「わかるさ」
博雅は、武骨な面もちでうなずいた。
「霊と呪とが同じというのはそれほどの意味さ」
「ふうん」
「加害者達が、酒というものに、犯罪の道具という呪をかけたことになる」
「そういえば、おまえ、いつであったか、名とは、一番簡単な呪であるという話をしたことがあったな」
「呪にも色々な呪があってな。名も、酒を犯罪の道具として使うのも、呪をかけるということでは同じだ。
呪の一番基本的なものさ。誰にでもできる───」
「うむ」
「でよ、昔から、形が似れば霊が宿るというが、それは本当のことだぞ」
「───」
六
「形もまた、呪の一つだ」
「ううむ」
博雅はまたわからなくなっている。
「酒瓶がしゃべるというのと、地蔵がものをしゃべるというのはどちらがより信じやすい?博雅よ」
「それは地蔵の方だな」
少し納得したような顔で博雅が応える。
「たとえば竹の子にそっくりな、お粗末なものがあったとするな」
「うむ」
「それはつまり、竹の子という呪をかけられた器官だ。
似れば似るほど強い呪がかけられいていることになる。
お粗末なものが、竹の子の霊性をわずかながら帯びることになる。
それだけではどうというものではないが、それが竹の子のようなものと、皆が強く思うようになれば、
そのお粗末なものに、さらに強い呪をかけてしまうことになる。」
「そういうものか」
「そういうものだ。さらに悪いのは持ち主自身が「俺のは竹の子」と思いはじめることだよ。
こうなると呪はなまなかなことでは解くことが出来なくなる」
「ううむ」
「たとえ平均より少しばかり小さいモノであっても、「竹の子」という意識に支配され続けることになるのだよ」
「そういうものなのか」
「そういうものなのだよ。そのような輩は普通に女子に懸想することが出来ぬようになる。
なんらかの対価を払っているうちはまだよいが、凶悪な鬼と変じて災いを為すようになると、もはや手遅れだ」
「なるほど」
七
「今回の事件の中心となったもの達は、なんらかの形でそのような呪に囚われてしまっていたのかもしれんな」
「なあ、晴明よ。そのような呪はどうにかならなかったものか」
「もちろん、「竹の子」の持ち主が必ず鬼と変じ災いを為すわけではない。並の者、剛の者とて鬼と変じることはあるだろうよ」
「今回の事件は女子学生が一番の被害者であることは間違いない。
しかしそのような呪に囚われたものが集団で鬼に変じるというのは、なんともいえず哀しいことだな。
なあ、晴明よ。俺はけっして加害者達に同情しているわけではないぞ。そこは誤解しないでくれ。」
「もちろんわかっているさ」
「なあ、晴明よ───」
博雅が言った。
「まっすぐ生きるということは難しいことだな」
晴明が思わず微笑した。
「博雅よ── おまえは、よい漢だな」
「よい漢か」
「よい漢だな」
短く言った。
「ふふん」
「ふふん」
誰にうなずくともなく、ふたりは小さくつぶやき、酒を酌み交わした。