【お肉壺】QB師匠の窪みを語るスレ【股間が竹の子】 3
一
平成──
平安時代とは異なり、人々が妖しのものの存在を信じることは、ほとんどなくなったといっていい。
しかし、ここ京都や奈良ではまだ闇が闇として残っている。
住民のほとんどは、闇にうごめく力の存在を確実に信じている。
遠境の森や山の奥ではなく、役所や教育界、それらの中心に息をひそめて一緒に棲んでいるのがこの地域である。
平成とは、平安とは在様が違うだけで同質の闇が存在する時代だと僕は思っている。
今なお公的組織や施設の中に闇が蠢いている。
そのような陰惨な闇の中を風に漂う雲のように、飄ひょうと流れて行った男の話を、
ぼくはこれからするつもりなのである。
二
源博雅朝臣が、安部晴明の屋敷を訪ねたのは、水無月の初めであった。太陰暦の六月である。
現代で言うなら、七月の十日をやや過ぎたくらいであろうか。梅雨がまだ終わらないうちである。
「来たか──」
晴明は言った。
「うむ。ひと月近くも何をしていた?」
言いながら、博雅は同じ畳の上に腰を下ろす。
「京都教育大のスレッドを追いかけていた」
「どうして京教大のスレッドを追いかけていたんだ──」
博雅が訊く。
「星の相を観、人の相を観るのが陰陽博士よ。そして今度の京教大関係者の相は面白くてな」
「何が面白いのだ?」
「おまえはよい漢だが、こういう方面の話はあまり興味がないのではないか?」
「だからどういう方面の話なのだ」
「呪よ」
晴明は言った。
「呪!?」
「たとえば、呪とは何であるかのようなことをだ」
「呪とは呪ではないのか──」
「それはまあそうだが、その呪が何かということについて、今回の件でふと思いついたのでな」
「何を思いついた」
博雅が訊く。
「さあて───」
晴明、酒を飲みながら声を出した。
「もったいぶるな」
「たとえばだ。この世で一番短い呪とはなんだろうな」
「一番短い呪?」
わずかに考えて、
「おれに考えさせるなよ、晴明。教えてくれ」
「うむ、この世で一番短い呪とは、名だ」
「名?」
「うん」
晴明がうなずいた。
「ものの根本的な在様を縛るというのは、名だぞ」
「───」
三
「たとえば『国立』『私立』というのも名だ。
国立大学も私立大学も同じ大学だが、京レ関係者は『国立』という呪をかけあっているということになる──」
博雅は納得のいかぬ顔をしている。
「国立であろうが、私立であろうが大学は大学だろう」
「いや、京教大関係者にとっては国立であることこそが重要なのだ」
「しかし、大学自体の価値は国立か私立で決まるものではなかろう──」
「あたりまえではないか──」
晴明はあっさりと答えて、
「大学の価値は大学の活動実績で決まるものだ。教官や学生の質と言ってもいい。
だから『京教大は全ての私立に勝る』というのは妄言もいいところだろう」
「では、京教大関係者はどうやって自分達を高みに置いているのだ?」
「博雅よ、それもまた呪で説明できるのだよ」
「説明しろ」
「彼らは、新入生の頃から地元の住人に『京教の学生さんはご立派ですね』と言われ続けていたことだろう」
「うむ」
「それが長い間繰り返されることによって、より強い呪がかけられるということになる。
実態は底辺の大学でありながら、京大に近い存在だという意識を帯びるようになる」
「ううむ」
「ましてや、大学の教員や両親達が国立大学であることを皆で強く誇らしげに思うようになれば、
彼らにさらに強い呪をかけてしまうことになる」
「ははあ」
「時としてあやまちを犯してしまう学生は、そのように何年も甘やかされた者たちだな」
「そういうものか」
「だからさ。もとは一介の大学生であった者たちだが、閉ざされた環境で甘やかされ増上慢になるのよ。
もちろん、全ての学生がそうなるわけではない。人は自省する生き物だ。
しかし閉鎖的な体育会の中にあっては、より高い位置にいるもの達が勘違いし、鬼と変じて災いをなすというのも、
あながちわからぬ話でもあるまい──」
「ううむ。恐ろしい話だな晴明。人が鬼となるか」
「それは、あるいは体育会の伝統であったため、より凶悪な呪となったのかもしれぬな」
「何、やはり伝統行事であったのか?晴明──」
「いや、おれもまだそこまではわからんよ。」
「おまえでもわからないことはあるんだな──」
「それはあるさ」
「あるか」
「ふふん」
晴明は、微笑して、口に杯を運んだ。
「博雅よ、たけのこスレでものぞいてみるか」
「おう。呪の話もいいが、俺にはたけのこの方がわかりやすくていい」
「今からゆくか」
「今からか」
「ゆこう」
「ゆこう」
そういうことになった。