【ひだまりスケッチ】夏目はツンデレ垂れ目可愛い 8ツン目

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333名無しさん@お腹いっぱい。
夏目は、店の非常階段の手摺にもたれ、メンソールの箱の封を切り、一本くわえ火をつける。
「ふうっ…」
タバコの嫌いな客もいるので、吸うのは仕事の終わった後の一本だけにしている。
残りはいつも店の黒服に渡している。
更衣室の窓から同僚達のかしましい声が漏れ聞こえてくる。
「まったく、文(あや、夏目の源氏名)って調子に乗ってるよね。」
「ほんと、もう年増のくせに」
「店のナンバーワンだからっていい気になっているのよ」
「なに、ツンデレって。今時はやらないっての」
「あたしなんか、なじみの客取られたのよ!」
「最低ーっ!」

―馬鹿どもめ

夏目はもう一服すると、灰皿にタバコを押しつけ火を消した。

「お疲れさま!」

従業員達にあいさつをして店を出る。
いつもの黒服に一本だけ吸ったメンソールを箱ごと渡す。
「いつもありがとうございます。」

―なんでこんなかわいい娘が黒服なんて底辺の仕事やっているんだろうか?

他人の詮索はしない。
それがこの町のルールだった。

外はネオンで昼間のように明るい。
不夜城と呼ばれるだけある。
これから、夕飯がてらなじみの居酒屋、大学生など来ないような路地裏にある居酒屋で飲んでから、
店から借りているワンルームマンションに帰る。
そして、また飲んで寝る。
最近、医者から処方された睡眠導入剤が効かなくなってきたので、代わりに酔いつぶれるまで酒を飲んでいるのだ。

しかし、今日は違った。

居酒屋から出ると、キャバ嬢の一団とすれ違った。
スレ違いざまに、いきなり腕をつかまれた。
まあ、こういうことは日常茶飯事だが。
腕を取った嬢に「夏目さん、夏目さん!」と、いきなり本名を呼ばれ夏目は驚いた。
ろれつの怪しいしゃべり方で声をかけたのは、かわいい声をした小柄キャバ嬢だった。
「わすれちゃったんですかぁー?なずなですよぅ、なずな。ひだまり荘のなずなですよぅ…」
「なずなちゃん!?」
「そうれす!」
服装も髪型もメイクも典型的なキャバ嬢だったが、確かになずなの面影があった。
「ど、ど、どうしてこんな所に?しばらく前に沙英に会ったときは乃莉ちゃんと結婚して子供もできたって…」

「さっさと行くよ!」
なずなの仲間が声をかける。
「すいません、友だちに久しぶりにあったんで今日はすいません。」
なずなはそう答える。
「きゃー、プライベートの恋人がいるんだ!」
「子供みたいな顔して、隅に置けないね!」
なずなを冷やかしながら、キャバ嬢の一団は去っていった。

「なずなちゃん、どういうこと?ちょっと聞かせて。」
「はい…」
そういうとなずなの目から涙がポロポロとこぼれ落ちてきた。
334名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/26(日) 07:52:26.55 ID:kq4gRpz/0
夏目はさっき出たばかりの居酒屋に戻り、なずなを座らせ料理と酒を注文した。

まず始めに夏目は自分の身の上を語った。
美大に進んだこと、母子家庭なので学費が厳しかったこと、高給をもとめ秋葉原でメイドの恰好をして
高い複製画を売りつけるバイトを始めたこと、
マルチ商法にはまって借金を作ったこと、借金を払うためにこの街で働くようになったこと。
今は偶然、編集長に連れられて店に来た沙英にひだまり荘の面々の話を聞かされた。
そして、沙英の紹介してくれた弁護士のおかげで借金のかなりの額が精算できもうすぐ完済できること、そんなことを話した。
なずなは、酒も飲まず、料理にも手をつけず、涙をポロポロこぼしながら聞いていた。
「まあ借金返し終えても、その先がないから、もう少しお金を貯めて小さな雑貨屋さんでも開こうと思うんだ。」
そういうとなずなははじめてにっこりした。
そういえばこんな顔して笑うんだっけ。夏目は少し心臓がどきりとした。

しばらくすると、自分のことをぽつりぽつり話し出した。
卒業後、乃莉はそこそこ大手の美術中心の出版社に就職した。
乃莉と同棲していたなずなはパートをしながら主婦のまねごとのようなことをしていた。
やがて、なずなの妊娠がわかり、結婚し一児を授かった。
しかし、乃莉の勤める出版社が経営危機に陥り乃莉はリストラ、事実上の解雇となった。
しばらくなずなのパートと乃莉の失業保険でやりくりしていたが、
乃莉は憂さ晴らしで始めたギャンブルにのめり込んでいった。
ハローワークに行くと行って家の金を持ち出し、競艇ばかりやっていた。
「トータルでは勝っている」
それが乃莉の口癖だった。
そして、乃莉は酒に溺れるようになり、なずなに暴力を振るうようになった。
「私がいけないんです。乃莉ちゃんの気に障るようなことをするから…私さえちゃんとしていたら…」
なずなはそういった。
さらに乃莉の暴力はエスカレートしていき、娘にまで手を出そうとした。
娘をかばおうとすなずなのことを乃莉は殴る蹴るの暴行を加えた。

そしてある日決断した。乃莉は娘を連れて出て行った。
女手一つで娘を育てていくのは大変だった。
そして流れ着いたのはこの街だった。
苦手な接客もようやくそれなりにこなせるようになった。
娘は昼間は保育園に、夜は水商売の向けの託児所に預け働いている。
それが、なずなの話の大筋だった。

「また、会えるかしら?」
「はい!」

―かわいいなぁ…
 って、何考えているの!私には…私には…沙英が…
沙英は商業作家として成功して、ヒロと結婚して子供もいる。
こんな所で働いている私には会う資格さえないのに…

なずなと別れ、家に帰って飲み直してもいろいろな考えが頭をよぎり寝付けなかった。

 ― ― ― ― ― ― ―

そして、夏目となずなは頻繁に合うようになり、ある日夏目が大きなダイアモンドの指輪とともプロポーズした。
結婚までの道のりは平坦ではなかったが、今は双子の娘をもうけ、五人一緒に仲良く暮らしている。
もうすぐ念願の雑貨屋もオープンする。
そんな話は、まだ未来に属する話である。

「どろぬまスケッチ」 ― 完 ―